終わりを告げるチョコレイト
深夜、俺は家を抜け出した。
片手には件のカッターナイフ。
俺は死ぬのだ。
一度の失敗も許されない世界で生きられる程、俺は強くない。
強くあろうとも思えない。
「Hallow、しけたツラだなぁオイ」
そいつは突然現れた。
黒いパーカーに黒いヘッドフォン、ダメージジーンズからは包帯を巻いた肌が覗いた。
そして手には…僅かな光源でも容易に視認できる程鋭利に…研ぎ澄まされたナイフ。
俺はその酷く冷淡な輝きに見惚れた。
「ったく、何て目をしてるんだか。オイしけ面お前のせいで通り魔やる気が失せたじゃねえか。どう落とし前つけてくれるんだ?」
あれ、が。欲しい。
ナイフが欲しい。
丁度この手に握るカッターナイフが陳腐な物に…命を刈り取るのに相応しくないと思っていたところだ。
渡りに舟。
「それ、を寄越せ」
「あ?」
「そのナイフを…寄越せぇぇぇぇえ!!!」
理性は狂気で蒸発し、残りカスすら狂気の牧と化した。
右手に知覚した冷たい感覚に任せて一閃をブッ放す。
「…オイオイオイ!えぇ?しけ面かと思ったらただの野犬じゃねえか!気に入った!いいぜ?奪え奪ってみろ!」
何処が愉快なのか黒スケは笑う。
踏み込んで低姿勢から腹部を抉るようにアッパーが良いか。
身体は素直に反応した。
しかし、黒スケも決してノロマではない。
冷静にバックステップ。
だが、俺にはそれじゃあ足りない。
俺にはセルファに追い付きたい一心で磨いた技がある。
どうせ死ぬのだ。最期に魅せてやろう。
「なっ!?」
俺の得意技、それは大した物じゃない。
ズズッ!
通常、踏み込みから黒スケまで俺の腕ではリーチが足りず当たらない。
が、当然距離が近ければ当たる。
頭突きの要領で頭を突き出し慣性で摺り足。
靴裏が擦り減るのが難点だが、初回は強い。
思考を切り替える。
アッパーより地面に叩きつけてナイフを手放させればより効率が良い。
パーカーを握り込む。
がー。
ふにゅ。
柔いものに触れた。
大き過ぎず小さ過ぎず適度なサイズの胸。
「ッ〜〜ッ!!!?」
黒スケは女だった。
どうでもいい。
ナイフさえ奪えれば。
黒スケを地面に叩きつけてナイフを奪い…自分の短慮に溜息をつく。
チョコだ。
ナイフ型で、アルミ箔で覆われたチョコを黒スケは握っていたのだ。
「うぅ…痛いよぉ」
挙げ句、泣き始める始末。
全く、俺はどれだけクズなのか。
「……」
気まずいと無言でハンカチを手渡す。
「待ってよぉ、どこ行くの」
「………」
待ってやる道理は全く、これっぽっちもありはしない。
だが、なんて事だろう。
この巫山戯た厨二病女から俺は可能性を感じてしまったのだ。
俺と同類の匂いも。
「…あ…あっあー。やっとスイッチしたかよ。オイしけ面、待てよ」
「何だ?俺は早く死にたいんだ。お前に構ってる暇はない」
「なぁ、感じてんだろ?同族の匂いがよ。しけ面からも臭うぜ?病院のアルコールの匂いだ。どうせしけ面もどっかの精神病棟から抜け出したんだろ」
「…多重人格…いや、そうか。仮想人格か」
「そう言うしけ面は鬱かPTSDか?」
呆れよりも興味が湧いた。
寂しがりに同族を投げ込めば嫌悪よりも傷の舐め合いが始まるのだ。
それは多分、とても優しい。
「ま、死にたいのは俺もだ。なぁ、しけ面。一緒に心中しねえか?」
「嫌だ、黒スケは勝手に死ね」
「冷てえなあ。Cool気取りかよ。全然キマッてないっての」
不機嫌そうに黒スケは言う。
『楽しい』
俺はどこかでそう思ってしまった。




