カッターナイフは何方を向くか
翌日、俺は学校に向かった。
登校風景は変わらないのにもの悲しかった。
というのもリューザスが罪悪感を感じて俺と顔を合わせないようにしているからだ。
それはセルファも同様で。
俺は一人ぼっちに逆戻りしていた。
学校に着くなり他ごとをせずに自分の席に態度大きくどっかりと座り込み鞄から文庫本を取り出す。
嫌いな世界を忘れさせてくれるA4サイズの救済。
でも、時折耳につくのだ。
『アイツがまたセルファを虐めた。挙句に友人のリューザスまでも裏切り悦に浸っていた』と。
俺は存在するだけで他人までもを貶める害悪に成り下がったらしい。
溜息をついても心は一向に晴れない。
今日は雨天で珍しく天気と心情がリンクしたと感じた。
まぁ、常に俺と天気がリンクしていたら雨季も真っ青だろうが。
◆◆◆
一限目の移動授業から教室に戻ると俺の机が荒らされていた。
ナイツ・ゲームで使うようなペイント剤で『アスレイ死ね』と書かれている。
俺の細やかな救いだった文庫本は数ページ分切り取られていた。
切り痕から察するに彫刻刀、それも三角刀だったか。それのようだ。
文庫本に引かれた二本の直線は何度見ても痛ましかった。
机の中身はゴミで埋め尽くされ悪臭を放っている。
クスクス…。
女の笑い声。
ああ、そうか。
クラスにはセルファを崇拝する女子生徒がグループを形成していたっけ。
『セルファを虐めた俺』を虐めて自己陶酔に浸っているのだ。
正義面して、心底気持ち悪い。
一限目の間にこれだけの大掛かりな事を仕出かしたのだ、個人である筈がなかった。
リューザスは気まずいのか話しかける事は無く、セルファは下を向いて俯くだけ。
どちらも昨日の出来事があり、今の俺の現状を見てはいない。
『誰も見ていないのは、産まれてこの方じゃないのか?』
そんな疑念が頭をよぎる。
馬鹿な、と思うと同時に否定は出来なかった。
父さんはよく外に連れ出してくれた。
『世間体を気にしてこうあるべきってテンプレを繰り返しただけだろ?』
母さんはいつも美味しいご飯を作ってくれた。
『それも同じ事だ。全部欺瞞だろう?』
『父さんの手の感触をお前は覚えているか?』
覚えてる。ゴツゴツしてた。
『じゃあ、触った事はあるか?抱きしめてもらった事はあるか?撫でて貰った事はあるか?』
全部、ある。
『それは本当か?皮膚に触れた手の感触は覚えてるか?』
…俺なんだからそろそろ黙れ。
『何だ?何で焦る?覚えてるんだろ?』
良いから黙れッッ!!!
『何だ、やっぱり覚えてないじゃないか』
……。
『なあ、思い込みって酷いよな。ない事をあった事にしようとするんだから』
サァァと血の気が引く。
パンドラの箱に手を掛けたような背徳感!!
不可侵の領域を鋭い刃物で深く抉るような錯覚すら覚える。
俺が思っていた自由は唯の放任だった。
両親の怠慢だった。
だから、外で遊べるものを探した。
外でないとダメだった。
家は散らかしたら酷く怒られるから。
それに憧れがあった。
外には沢山の人が居て中には俺を褒めてくれる人がいるかもしれない。
頭を撫でてくれる人がいるかもしれない。
だから『放任』を『自由』と置き換えて外へ繰り出した。
何度も死ぬかと思った。
壁の中だから魔物はいないが車はある。
交通ルールを知らない間に外へ出れば間違いなく撥ねられてしまうだろう。
知らないから唾を吐かれながら暴言を吐かれた。
そうして身を以てルールを知った。
それから俺はどうした?
知ってる。
人通りの多い場所を当ても無く彷徨い歩いた。
時に走り、時に這いずり、時に跳ねながら色々な場所へ行った。
最後に着いたのが何の変哲も無い公園。
そこで俺はナイツ・ゲームに出会った。
それを母さんに言ったらどうなった?
『そう、良かったわね』
それで終わりだった。
だから、ナイツ・ゲームを始める時はゴミ漁りから始めた。
ゴム製のナイフを見つけたら心が高鳴った。
あぁ、今更気付いたさ。
誰にも目を掛けて貰ってない。
全部世間体を気にしてた欺瞞だらけの偽物だ。
もしー。
もしゴム製のナイフではなくて本物のナイフがあったらー。
俺はそれをどう使うだろうか。
チキチキチキ…。
右手から刃を出す音。
俺は知りたい。
「おはようさん、きょうの雨は…はい?」
視界の端に映るメギア先輩にも気にならない。
俺はカッターナイフを、その女生徒に突き付けた。
「アスレイ?あんた、何やっとるんか?なぁ…答えぇ!!!テメェ今何やっとるんじゃぁ!!!」
打たれた。
「ナイツ・ゲームに出られへんかったからってこんな弱い女子を虐めるのはちゃうんやないか!!この馬鹿野郎!!!!」
打たれて、打たれて顔が腫れ上がった。
拝啓父さん、母さん。
俺は死にたいです。
どうしたらいいのですか。
教えて下さい。
『メギア先輩の答案:ベストアンサー』
「テメェみたいなゴミは…ッ」
「死んだ方がええッ!!!」
「あっ…」
俺は解を得た。
ならばゴミらしく死ぬとするか。
こんな世界も、無様な俺も皆んなザマーミロ。
…ザマーミロ。




