第2章 ~真実〜
第2章
~真実~
「まさか……」
そこに立っていたのは……
「なつみ……なのか?」
そこには一人、右手をこちらに突き出して、肩で呼吸をしているなつみがいた。
破れた制服から突き出した片腕には血管のようなラインが心臓の鼓動に合わせて脈打つように浮き出ている。そのラインには一定の間隔で光が循環していた。
なつみの表情からは異常な程の圧力を感じる。
まるで、何かに怒りを向けるように。それでいて、何かに怯えるように……
朝見た顔からは想像もつかない。今のなつみからはそんな面影も読み取れない程、別人のようだった。
「なつみ……お前…」
「…………」
天井に空いた穴からは二人の間を裂くように鋭い光が射し込んでいる。
「はぁ……私はこの世界の人間じゃない。異世界の人間なの」
躊躇いながら出された言葉には今の状況を説明するのに最適な答えだった。
「ふぅ…そっか」
何故だか妙に安心感があった。本当のことを教えてくれた事に嬉しさを感じた。
「あれ 驚かないの?」
「いや、だって。俺も異世界から来たし」
「え!?そうなの!?」
「あれ、言わなかった?とっくに知っているものかと……」
「言ってない~!!」
そんなに怒らなくても……
まぁ確かに英司の頭の片隅にも話した覚えはない。
朝の転倒のせいか少し頭がぼやけて、時折記憶が曖昧なもので…「てことは、朝私と会った時から気付いてたの?」
「あぁ、最初は気にならなかったんだけど、いろいろと話してるうちになつみの魔力が出始めて、気付いたというか。」
「は!?それじゃあ何が『なつみ……お前…』よ!明らかに知らない感じを装ってるじゃない‼︎」
「違うわ!突然だったあの出来事によく対応できたなっていう驚きだよ!」
「あーそうですか」
「あ、お前絶対信じてないだろ。というか、まずお前がどんな魔法使えるとか知らないし」
「…………………………」
「…………………………」
その一言で怒声が止み、なつみの怒りは即座に収まった。
話を戻そう。
魔力は気持ちの変化に反映する事もある。いわゆる、喜び・悲しみ・怒り・緊張などだ。
簡単に言えば、興奮状態にある時は、心臓の動きも活発になる。すると、血流が速くなるのでなるので魔力の威力も高くなり、作り出される魔力の量も増加する。
逆に緊張している時は、心臓の動きが活発であっても、血管が縮んでしまう。すると、血流の流れが遅くなり、魔力の威力は低下し、作り出される魔力の量も減少する。
まぁ、中には自ら血流の流れを速くして心臓を活発にする奴もいるが、その方法は身体に負担が掛かるのと、寿命を早めてしまう可能性があるので、お勧めはしない。
なつみの場合は、血流の流れから魔力を生み出すタイプらしいが、自ら血流の流れは作らず、もともとある血液の流れを利用しているので効率もいい。
「なんで…気付いたの?」
彼女からすると、気付かれてしまった事が一番のショックらしい。
「なんで?なつみの魔力の事か?」
「そう……」
「だって、お前からオーラがバンバン出てるし。廊下で顔真っ赤にした時が一番分かったぞ。」
「うそ~ちゃんと隠してるつもりだったのに~」
いや、あれで隠せてるって思える方がスゴイわ。
「ま、いいか……それよりも……」
なつみは天井に意識を向ける。
英司も同じように意識を向けた。
「どうして天井が落ちてきたんだろう。落ちてくる前に何か違和感を感じたし気配も感じた」
「うん。その気配はよくわからないんだけど、たぶんゲートが開いたんだと思う」
「どうして分かるの?」
「直感だよ。感じたエネルギーが俺がこっちの世界へ来たときに頭に残る感覚に限りなく似ていたから」
ゲート
それは、向こうの世界とこちらの世界を繋ぐ境界門、即ちゲート。
世界と世界を繋ぐ方法は大概がこのゲートによって行われる。
ゲートには人や物資の移動などに多く用いられる。が、その大半は、各世界の軍などによる『世界の侵略』であった。
異世界の存在が認められつつあるこの世界でも未だに異世界を信じない、あるいは信じているから自分の世界の一部としてその世界を乗っ取る、あるいわ従えようと考えている世界も少なくはないはずだ。そのせいか、世界どうしの争いは絶えず、侵略のために軍を送り込むのにも用いられる。
英司やなつみも、このゲートによってこちらの世界に来たはずだ。
「でも、何でこんな所にゲートが?」
「それは分からない」
「わざわざ人が集まる所に開くのも変だよね」
『向こうの世界』で何かが起きて、自然に開いたゲートなのか。もしくは、誰かが意図的に開いたゲートなのか……
「いや、何らかの目的があって人が集まるからこそ開いた可能性も否定は出来ない」
「んー、今回の件の原因は不明だね」
「一応様子見ということにしておこう。同じことが起きれば明らかにおかしい訳だし」
「でもどうする?あの穴……」
天井には一部、くり抜かれたような大きな穴が空いている。
「それなら問題はないよ」
「……え?」
なつみはただ首を傾げる。
「だって、俺がさっき展開魔法でワールドを展開しておいたからな」
「…どういうこと?」
なつみは傾げた首をさらに傾けて、何で?と言わんばかりに目をパチパチさせている。
「要するにだ……」
英司は一つ間をおいてから、ありもしないメガネをクイッと、押し上げる仕草をした。
「此処は今、異世界なんだ」キマったー!
「…………はい?」
ズコッ
「いってぇ~……いやだから、今俺たちがいる此処は異世界なんだって」
「…頭打っちゃったかな?」
「打ってないし!」
駄目だコイツ。完全に疑ってやがる。頭大丈夫ですか?って馬鹿にした文字が分かりやすく顔に浮き出てやがる。
「さっきお前が岩を消滅させる前に展開しておいたんだよ。ただ、間に合わないと思ったからあれはマジで助かった」
なつみの首はもう90度に傾いている。
これ以上首を傾けるのは不可能なので、ただひたすら表情を曇らせるだけである。
「ま、簡単に説明するといまこの場所は違う世界なんだ。さっきから言ってると思うけど、俺が展開させた『異世界』であり、別の次元にあるという事」
「要するに、此処は現実世界ではなくて異世界。別の空間、次元にあるという事?」
「分かってもらえたなら助かる」
「だからみんなが消えたのね」
「まあ、この世界には俺たちみたいな異世界の人間しか居られないからな。普通の人間じゃ、この空間に居ることはまず不可能だろう。いるとしてもごく僅か。身体に何らかの能力がある者だけだ」
被害を最小限に抑えるにはこの方法が適している。
「ただ、今ここは完全な異世界では無いんだ。いわゆる現実世界の複製ともいえる」
「うん」
「この世界は時空に歪みを作り、そこに世界を展開させているから完全な世界を作り出せている訳では無いということ」
少し難しかったか?と、なつみの顔を確かめる。そこまで難しい顔をしていなかったので安心した。
「何となくだけど分かった」
「だから、崩れた天井も本当なら直せるのだが……今回は展開のタイミングが遅くて、現実世界で崩れてから展開したんだ……」
自分に対して後悔の感情が込み上げてくる。
「じゃあ、どうやって直すの?」
「方法は…あるんだ……」
正直にいえば自信なんて無かった。確かめたこともなく、うまくいくかの保証なんてどこにも存在しないからだ。
『問題ないよ』
なんて言った自分が恥ずかしいくらいに……
「何よ!自信なさそうに、自分に自信を持ちなさい」
「はい」
俺は何故、怒られているのだろうか。
「ならよし。で、その方法は?」
英司は冷静になり、一息吸ってから答える。
「修復魔法を使う」
「ふむふむ」
「俺の魔力は完全戦闘用で使えない」
「だから私の魔力で直すって訳ね。理解したわ」
うまくいけば直るはず。この世界は現実世界と時空との歪みに作った世界だから。
この世界が現実世界と少しでも影響し合っているのならできるはず。ほとんどが賭けだ。
「それじゃあ、やってみるわ」
「おう。頼む」
なつみは再び腕を突き出すと天井に向ける。
緊張した空気が漂う。
なつみの腕に赤いラインが表れる。
「リペアー!!(repair)」
なつみの腕から魔力が放たれ、天井に広がる。
緊張感の漂う空気も優しい光に包まれる。
「ふぅ。終わったよ」
光も消え、天井の穴も塞がっていた。
「よし、これで現実世界に影響して、うまく反映してくれればいいんだが」
「やってみなくちゃ分からないよね」
「そうだな」
何故だかは分からなかったけど、自信はあった。
なつみのこういう前向きな気持ちが英司をそういう気持ちにさせるのだろうか。
「んじゃあ、始めるか」
英司は魔力を集中させて……
「ワールド解除!」
一瞬光ったかと思うと、そこには同じ景色が映っていた。少し違うのは、生徒も先生もいたことだろう。
皆が天井を見上げている。誰もが不思議そうな顔をしていた。
皆、天井が崩れるその瞬間を目にした。しかし穴はなく何も落ちていない。
皆、うずくまった姿勢からおずおずと起き上がる。
そこからしばらく騒然とした空気が流れたが、「さて、どこまで話したかな……」と校長先生が話を始めると、何事も無かったかのように自分の席に戻り、長い話に耳を傾けるのだった。
体育館の集会が終わっても授業の内容は頭に入ってこなかった。
体育館での出来事は少し大きめの地震であったとみんなが認識しており、天井の一件はただの錯覚ということで話はまとまった。
ふと窓の外に目を向けると、校庭に植えられた桜の花が弧を描いて舞い落ちていく。
朝からいろいろあって気がつかなかった。
今の季節は春。この世界では様々な生命が宿ると言われている。実に美しく、華やかな季節である。
こんなに美しい季節があるのはこの世界だけかもしれない。
英司は流れ作業でノートを写していく。
目線は彼女の方を指し、頭の中は体育館での出来事でいっぱいだった。
黒い戦闘服に身を包み、突き出した腕には電線のように赤いラインが循環している。標的に向けたその意思はまるで別人のような雰囲気。
英司は何度も何度も思い浮かべる。それでも、今の彼女の雰囲気とは重ならなかった。
なんとか初日の授業を乗り切った英司の心は達成感で満ち溢れていた。
帰り仕度を済ませて立ち上がると、目の前には、なつみが立っていた。
「一緒に帰らない?」
気がつけば、英司となつみの二人だけが教室に取り残されていた。
「あれ?みんなは?」
英司は普通の質問をした。
「君がゆっくりと仕度をしている間に帰っちゃったよ」
「そっか。ごめんな」
素直な気持ちだった。
「何で謝るのよ~」
あれ?ここは謝るところじゃないの?
「そこで謝ったら、私が皮肉を言ったみたいじゃない」
いや別にそんな風に捉えてないけどな。
「だって、俺のこと待っててくれたんだろ?」
「べ、別に待ってた訳じゃないからいいの」
「あ…そうか……。え、そうなの?」
「そうなの!」
誰もいない教室に鋭い怒声が響く。
「お前、何をそんなに向きになってんだよ」
「なってないもん!!」
いや、明らかにムキになってるだろ……
女ってこれだから理解ができないのだ。明らかに矛盾している事を言っているのにも拘らず、それを否定し認めようとしないのだ。言い返せば怒るし、無視しても怒る。全く理不尽な生き物だ。
「まあいいや。じゃあ、行こうか」
英司となつみは誰もいない、暗く夕日が微かに照らす教室を後にした。
校門を出てからどのくらいが経ったのだろうか。
未だに会話の一つもしていない。
重い空気の中、口を開くも言葉が見つからず口を閉ざす。
何を話したらいいか迷っている英司の横で、なつみもまた言葉を探す。
「なつみの世界はどんな所だったんだ?」
ふと思った事を口にした。
するとなつみは足を止め、俯いてそも場に立ち尽くした。
体育館で目にしたような殺気に溢れたなつみに変わったのを感じた。
「な…なつみ?」
英司は異常な程に感じる殺気を目の前に足が竦んだ。
それでも、彼女に近づき声をかける。
「…大丈夫か?」
「……あ」
ようやく気づいたように俺を見ると、さっきまであった殺気がなつみから消えた。
なつみの足は震えていた。
「あ、うん。大丈夫」
相変わらずの笑顔で応答する。が、その時、なつみがその場にバタリと倒れ込んだ。
「なつみ!」
英司は倒れているなつみに必死に呼びかける。
しかし、返答は無い。
焦った英司はなつみの手を取り脈を測る。
「脈は正常だな。とすると、気絶しているのか?」
俺はなつみの額に手を当てる……
「――――――――アッツ! これは凄い高熱だ」
きっと魔力を慣れない使い方をしたことによって生じたものだろう。
英司は倒れているなつみを背に担ぐと、家に向かって駆け出した。
夕日は沈み、月夜が暗い夜道を照らしていた。
ここから家まではそう遠くはない。英司は急いで家に走った。
家に着くと、直ぐになつみを二人ほど横になれそうな大きめのソファーに横たわらせると、急いで準備を始めた。
準備といっても、薬や水などではない。
異世界の人間全てにその世界の薬が効くかどうかはそれぞれであり、逆に薬が合わなかった場合、身体や精神に異常を来す可能性があり、もっと酷ければ死に至る。
まあ、あとは自分が面倒だと思った事が少なからずあったからである。
英司は制服を脱ぎ捨ててワイシャツ姿になると、なつみの前に立つ。
「少しキツイが我慢してくれ」
英司はなつみの耳元でそう囁くと、両腕をなつみに向けて魔術を展開する。
英司は呪文を唱えると、なつみの周りに術が展開され、魔法陣がなつみを包み込む。
「ヒール!」(heal)
この魔法なら、どの世界でも共通である。
「ん……うぅぅん……」
苦しげな声を出すなつみを無視して俺は治療を続ける。
少し経つと魔法陣が消滅し、英司は腕を下ろすとなつみを確認する。
ソファーに横たわった彼女はスヤスヤと眠っていた。
「ふぅ…よかった」
ふぁー、と大きなあくびが出ると、英司もその場で眠りにつこうと横になる。
英司は今日、たった1日の間に起きた出来事を一つ一つ受け入れながら、静かに、ゆっくりと目を閉じて眠りについた。
皆さん、異世界共存生活を読んでいただいてありがとうございます。
今回は第2章を投稿させていただきました。
前回の続きです。
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