第2章べとべとさん
次の日。午後の講義が終わり、私は急いでCー3棟(別名サークル棟)にある、八城君の住処ともなっている、妖怪部の部室へ向かった。
部室に着くと、ノックもせずにドアを開けた。
「天野先輩もう来てる!?」
中を見ると、寝癖だらけの髪に、シワシワの白シャツと、黒ズボンを履いた二十歳前後の青年、即ち八城鷹犖がいた。
「あぁ、ユーレイか。天狐ならまだ来てないぞ?」
「なんだ、まだ来てないのか。天野先輩。」
「お前も天狐と呼べばいいのに......」
「流石に先輩を変なニックネームで呼べないよ。」
確かに天野先輩は優しいが、先輩は先輩である。「天狐」と八城君が呼ぶのを怒ってもいいとは思うのだが、本人は気に入っているのか、怒ったところを見たことがない。
「あれあれ?又崎さんもう来てたの?っていうか、鷹犖、昨日どうだった?」
あ!天野先輩!
「昨日?あぁ、『うわん』の事か。もう元の住処に戻ったはずだ。」
「そっか。そう言えば、八城君。昨日『うわん』に何いったの?」
「ん?あれか。『なぜここに来た。いくら妖怪であろうと、お前は青森出身のはず。ここに来る必要は無いはずだ。なにか理由があるのか?』と言った。」
「......そっちじゃなくて、小声で耳打ちした方です。」
「そっちか?そっちはだな、『青森にあるあなたの住処が壊されてますよ』だ。」
「なんだい、それ。」
「なんとなく言っただけだ。」
「......」
「そうそう、鷹犖!また頼みがあるんだけど......」
「えっと、天野先輩、それって......」
なんか嫌な予感が......
「又崎さんの予想通り、妖怪の事だよ。」
うわぁ~
また妖怪のことですか....
「ほう、どんなのだ?」
「実は、つい最近......といっても、昨日の晩のことなんだけど、実験が終わって家に帰っている時、後ろから足音が聞こえたんだよね。『ペタン』『ペタン』って。後ろを見ても、誰もいないんだ。」
「昨日の晩って......」
「えっと......確か2時ぐらいだったかな......。」
うわ~。この人、そんな時間まで大学に居たんだ......。
「鷹犖、なにか分かった?」
天野先輩がそう言うと、八城君は顎に当てていた手をのけ、自信満々にこう言った。
「それはべとべとさんだな。」
「「べとべとさん!?」」
私と天野先輩は同時に言った。
「八城君、べとべとさんって、どんな妖怪なの?」
「べとべとしているものだ。」
って、そのまんまじゃない!この人、バカにしてるでしょ......
「真に受けるな、冗談に決まっているだろう?元を辿れば、べとべとさんはオオサンショウウオだと言われている。そして、そのオオサンショウウオは、かつて土着の神だったと言われているんだ。」
「神!?」
「ねぇ鷹犖。あんなネトネトしたオオサンショウウオが仮に神だったとして、べとべとさんは妖怪。神とは全然違うんじゃないかい?」
確かにそうだ。
私はうんうんと頷いた。
「まあ、時として......たまに没落し、零落する神がいる。その没落した神は___妖怪になる。......と、昔読んだ本にあった。」
「で、べとべとさんがオオサンショウウオだという理由は、結局なんなんですか?」
神が没落したら妖怪になる......というのは何となく分かったけど、肝心のべとべとさんがオオサンショウウオだという理由と、姿が見えない理由が分からない。
「送り狼、という言葉を知っているか?」
「へっ?」
「送り狼って、女の子を送ると見せかせて、ろくでもないことをしようとする男のことだよね?」
「へぇ~そうなんですか......。」
「よく知ってるな、天狐。まあ、女だろうが、ユーレイには関係ないだろうな。」
「ちょっ!?」
たしかに私はよく男子と間違えられるが......今のは少しひどくないか!?
「大丈夫、又崎さんは可愛いよ。」
天野先輩......ありがとうございますっ!
「まあ、そんなのはどうでもいいとして、あれは本来、山の神である狼が山道を歩く人の後ろを姿を見せずについてくることを指す言葉だ。狼が見えないなら、オオサンショウウオが見えなくても不思議はない。これがベとべとさんの姿が見えない理由だ。」
「じゃあ、どうすればべとべとさんがついてこなくなるんだい?」
「そんなの簡単だ。『べとべとさん、先へおこし』といって、道をよければいい。」
どうだ!と言わんばかりの顔で八城君が言った。
そう言われても、べとべとさん先へおこし、ってなに......?
「オオサンショウウオの異名をハンザキと言う。べとべとさんの『べとべと』は、オオサンショウウオがべとべとしているから、『さん』はサンショウウオの『さん』、先へおこしは......ま、ここまで来ればわかるな?」
「えっと......『先へおこし』は、『先方へ進め』ではなく......」
「わかった!!サキ___つまり、オオサンショウウオの仲間のいるところへ帰れ。という事で、だからべとべとさんはオオサンショウウオなんだね!」
いや先輩、それ途中まで私が言ってたんですけど......。いいところ取らないでくださいよ!
「そういう事になるな。っと言うことで天狐。次にべとべとさんが現れたら、『べとべとさん先へおこし』と言えよ?」
「分かったよ。ありがとう、鷹犖。」
そうして無事、天野先輩に取り憑いていたべとべとさんは、その日の晩に去っていったのだった。
その後
「何だかんだで八城君、本当はすごいんじゃん。」
「別に......」
「あれ?鷹犖。顔が赤く......」
「う、うるさい!」
「?」




