神子?
春。そう聞いてみんなは何を思い浮かべるのかな?
桜、お花見、お雛様、暖かい日光、初めての経験、出会い、別れ。色々あるよね。
わたしも今年の春は色々体験したよ。高校受験して、受かって、卒業式をして、馴染みの人と別れて、そして受かった高校に入学し、新たな一歩を踏み出そうとした。
そう……"した"の。"する"んじゃない。
わたしは頑張って勉強して受かった高校に行けなかった。
理由は……
「……………………」
「どうしたのですかな?」
目の前にいる、神主のような格好をしたこの変なおじいさんのせい。
今から1週間前。春の暖かな日差しが差し込む部屋の中で、わたしは一人浮かれていた。今年から通うことになる高校の制服を着て、鏡の前に立ちくるんっと回る。
くるん。
「ふふっ」
くるんくるん。
「ふふふっ」
ニヤけが止まらない。だってそれぐらい楽しみなんだもん!
高校生だよ! 中学生の時と違う世界が見られるんだよ! 楽しみじゃん!
「ふふっ」
くるんくるん。
「……………………(ジーッ)」
「ふふっ」
くるんくるんくるん。
「…………おねえ……」
「ん。なにー?」
部屋の扉から妹が顔を覗かせていた。
…………えっ? 妹?
「え、な、わっ! な、なに!?」
びっくりした! なんで!? いつの間に!?
突然の妹登場で驚きすぎてわーわー焦って、床に置いてあるクッションを踏んじゃって、ズゴンと盛大に尻もちをついた。
急いで別のクッションを持ってきて自分を隠すようにバリケードを作る。だってあんなはしたない格好を見せちゃったんだよ? 恥ずかしいよ……。
「いつから……いたの?」
「おねえがくるくる回ってるとこ……」
そこかー……。
「おねえ、お父さん呼んでたよ」
「う、うん……わかった。
って、用があるならちゃんとわたしに声かけてよ!」
ドア前でこそこそとされると怖いわ!
「だって、おねえのあんな姿みたら、誰だって呼びにくいよ……」
「あんな姿?」
「制服着て、鏡の前でニヤニヤしてるの」
「……………………」
さっきの自分を想像してみる。
……………………。ごめん。確かに声かけづらいね。
「おねえ……怒ってる?」
とドアに隠れて小さく縮こまった妹が言う。なんか怖がってる……。
「え、なんで?」
「勝手に部屋の中覗いたから……」
「あー……」
納得。
とりあえず、誤解は解いておこう。あの子のああいうところあまり見たくないんだよね……。
「別に怒ってないよ。ちょっと驚いただけだから」
「ほんと?」
「ほんと」
と妹────美結に近づいて頭を撫でてあげる。こうしてあげると緊張が解けるのか、ちょっと笑顔になってくれる。
「ん…………えへへ……」
ほら、ね。可愛く笑ってくれるの。
それを見ているとね、わたしも自然に笑顔になるんだ。どんなことがあってもね。
そろそろ着替えよっかなと思って、撫でている手を離したら、美結に手を掴まれた。
「おねえ、もっと……」
とうるっとした目で上目遣いをして、わたしを見てくる。やばい……。今、キュンってきた。妹にときめいた。なにこれ。いつこんなの覚えた。危険すぎる!
「ごめんね。してあげたいけど、お父さんに呼ばれているし。また今度」
なんとか理性を保って、美結を諭す。
"わかった……"としゅんとしながら部屋から離れていく美結。その姿はまるで飼い主にかまってもらえないチワワそのもの。
ああぁ、もうダメ……!
「美結!」
「…………?」
「えっと……あ、あと1分ぐらいなら、してもいいよ」
その瞬間の美結のぱぁーっとした笑顔はとても眩しかった。
あと、美結の頭がクリンヒットした胸下はとても痛かった……。
美結を満足させ、部屋が1人になったところで高校の制服を脱ぐ。
そしてお父さんの仕事を手伝うための衣装に着替える。きちんと着れているか鏡で確認して、家を出る。そして家を出てすぐのところにあるお父さんの仕事場に顔を出す。
「お父さん、来たよ」
そう拝殿を綺麗に掃除しているお父さんに声をかけた。袖を紐でたくし上げ、お祭りの人みたいな格好をしているお父さんはいつ見ても格好いい。
「お、来たな。早速だけど頼めるか?」
「うん」
と社務所のところに立てかけてあった竹箒で参道をはく。
もうお気づきになったでしょう。わたしの一家は"神主"の仕事をしています。昔からずっと受け継がれているの。
わたしたち一家が代々神主をしてきた神社はかなり古くて、一説には欽明天皇の時に建立されたと言われている。欽明天皇だから……約1400年前かな。それくらい古いの。
祭神は大国主命。国護りの神様として有名。他にも農業神や商業神、縁結びの神様としても知られています。
でもみんなはそっちよりも、とある神話ですでに知っていると思う。"因幡の素兎"。知っているでしょ?
知らない人のために大雑把なあらすじを言っときます。
あるところに一匹の白いうさぎが海を渡ろうとしました。しかしそこにはたくさんのワニがいました。どうしようか考えている時に1人の神様がやってきました。その神様は意地悪でそこうさぎを騙しました。
騙されたうさぎは綺麗な白い毛が汚れ、傷だらけになり途方に暮れていました。そこにさっきとは別の神様がやってきて、的確な指示の元、無事白いうさぎは元の綺麗な姿に戻り、海を怪我なく渡ることができましたってお話。
このお話の中にうさぎを助けた神様しましたよね。その神様こそが大国主命なの。すごいでしょ、わたしの神社の祭神。
そんな神様を祀るこの神社は今春色一色に染まっている。桜が綺麗に咲いて、風が吹けば所々桜の花びらが舞い散る。この時期には、ここら辺ではあまり聞くことのないウグイスも綺麗なさえずりを奏でる。まさに春です!
その春を感じに参拝する人も増える。だからこの時期は意外と忙しい。今日だって、もう何人も来ている。
「こんにちは」
「こんにちは。あら〜可愛い巫女さんだこと」
「いえいえ、そんなことは」
「可愛いわよ〜。
そうだ。さっきあそこのお店で桜餅買ってきたんだけど、お一つどう?」
「いえ、そんな!」
「もらってちょうだいな。おばさんの気持ちだよ〜」
「え……その、ありがとうごさいます」
「いいっていいって。じゃあおばさん、お参拝してくるね」
と拝殿に行くおばさん。
忙しい忙しいって言っているけど、実はわたしのやっていることはそんな忙しくない。ただ参道辺りを掃除して、さっきみたいに必要に応じて参拝者のお話相手になるくらい。
因みにさっきのおばさん、初対面だ。
「おーい、かぐ。ちょっとこっち来てくれ」
社務所の方から声が聞こえた。お兄ちゃんだ。
「はーい」
と答えて、お兄ちゃんがいる社務所へ向かう。
あ、そうだ。自己紹介忘れてた。
わたしの名前は宮守輝夜。輝く夜でかぐや。漢字だけ見ると男の子っぽい名前だけど、れっきとした女の子です。ちゃんと女の子の体しているんですよ。
みんなからは"かぐ"と呼ばれています。
以後、よろしくお願いします。
お兄ちゃんに言われて、社務所まで来た。中にはお兄ちゃんと洋のような和のようなよくわからない服を着たおじいさんと綺麗なお姉さんがいた。何か話している。
「お兄ちゃん……?」
ガラガラっとドアを開けた時、そのおじいさんとお姉さんがくるっとわたしの方を向いた。
「誰かな?」
「私の妹です」
お仕事モードのお兄ちゃんがわたしを紹介する。するとおじいさんが目をカッと見開いて、近づいてくる。
「おおっ! あなたが宮守輝夜さんですね?」
「え、ええ。そうですけど……」
そしてそれにビビるわたし。
目の前まで来たおじいさん。懐から何かを取り出した。
「これって、え?」
おじいさんが取り出したのは、お札だった。黒の墨で印みたいなものが書かれていた。
「これを持ってみなさい」
とひらひらと催促をしてくるおじいさん。なんだろうと不思議に思いつつも、そのお札を掴む。
その瞬間、お札が太陽みたいに輝きはじめた。印からはなぞるように火がちらつかせていた。
「え、なにこれ!」
「放してはいかん!」
おじいさんに言われた通りお札を持ち続ける。するとお札に書かれた印が火で焼かれて消え、新たに別の印が浮び出た。その印はまるで太陽のような文様をしていた。
その印が浮び出たのと同時に輝きが徐々に失われ、普通のお札に戻った。
なに……さっきのあれ……。
さっきの出来事に呆然としていたわたし。その手をおじいさんが掴んできた。
「おお! やはりあなたなのですね!」
と何か興奮してブンブン腕を振ってくる。元気なおじいさん。
違う、そうじゃない。
「やはりって何がですか?」
そう聞くと、さっきとは逆におじいさんの表情が曇った。何かマズイことでも言っちゃったかな……。謝ろう。
「宮守輝夜さん」
「ごめんなさい!」
「なぜ謝るのです?」
驚かれた。怒っているんじゃないの?
「いえ、何かマズイこと言ったのかと思いまして……」
「何もそんなこと言っていませんでしたよ」
読み違えたか……。ん? じゃあいったい?
「ええっと……ではいったい何なのでしょうか?」
「宮守輝夜さん。あなたに1つ言わなくてはいけないことがあります」
とまた真剣な顔つきで言ってくるおじいさん。やはり何かマズイことを言ったんじゃないんだろうか。
そう思っていたら
「あなたは───"神子"です」
「ほえ?」
おじいさんのこの発言に不意をつかれた。
「"巫女"……ですか?」
「さよう。"神子"です」
と威厳ありげな顔で言ってくるおじいさん。
いや、そう言われても……
「わたし、今"巫女"ですよ?」
「ですから"神子"と言っているのです」
ん? わけわかんない。どういうこと?
「お爺様。話噛み合ってませんよ」
とおじいさんの後ろに立つお姉さんが笑いをこらえながら言う。すぐ向こう側にいるお兄ちゃんも頭を押さえて残念そうな顔している。???
「どういうこと?」
「輝夜さんが言ったのは神様に仕える"巫女"のことで、お爺様が言ったのは神様の子供と書く"神子"のことです」
と今尚笑いをこらえて説明してくれるお姉さん。お姉さんって意外と笑上戸?
「なるほど。そういうことなんですね」
「そういうことです」
なるほどなるほど。納得です。
……………………。はい?
「え、どういうこと?」
お姉さんに説明されたけど、やっぱりわからない。おじいさんの言う"わたしが神子"って意味、なに?
「ほらお爺様。変なふうに話してしまわれるから、輝夜さん困ってますよ」
「善処はしたんじゃがの〜」
「分かりにくいんですよ、お爺様の話し方は」
"ふむ"と腕を組んで考えこんでしまった。んーっと唸ってる。
「全くもう……、お爺様は……。
輝夜さん」
おじいさんに呆れたお姉さんがわたしの名を呼んできた。さっきまでのほんわかとした表情とは違い、キリッととした真剣な表情になったので
「は、はいっ!」
それに慄いて変に気が入った返事をしてしまった。
「輝夜さんは先ほどお話した通り、あなたは"神子"なのです。神様の御子なのです。
そしてその親たる神様が祀られている社を守らなくてはなりません」
「え? え? え?」
お姉さんが淡々と、だけど一語一語に重みがあるように語ってくる。さっきのおじいさんの話したものに加えて。
やっぱりお姉さんでもどういうことなのかはさっぱりわからないけど、どれくらい大事なことかぐらいはわかる。だから驚きが絶えない。
そしてその後に続けて言われたことに、わたしは今までで一番驚いた。
「───あなたは今すぐ、"神宮"へ行かなくてはなりません。"天照大御神"の神子として」
「へ?」
「は?」
なんでしょう……。驚きすぎて声出なかったです。お兄ちゃんも"なに?"って顔をしています。
そしてなぜだかおじいさんも驚いた顔を……。
でも多分、この中でわたしが一番驚いてい───
ガラッ
「「はいぃぃぃい!?」」
すいません……。お父さんとお母さんの方が驚いてました。
呼んで頂いてありがとうございます。
今年は多分これで終わりです。受験頑張らないといけないので。
冬美華「また読んで頂けると幸いです」
碧「まだまだこれからですので」
詩穂&灯真「お姉ちゃん(姉ちゃん)たちだけじゃなく私(俺)たちもいますのでお忘れなく」
冬美華&碧「では、また今度です」
輝夜「わたしを忘れるなー!」
冬美華「あ、ごめんなさい」