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初夏。

作者: 春名優助

--- <1> ---


 季節は初夏。もう春の凉しさなんてあっという間に過ぎ去って、学校までの道のりには額に汗した人々がただ前だけを見て風をきる。僕等の毎日に変わるのは曇の御機嫌くらいなもので。学校帰り、また今日もたあいのない会話が飛び交う。


「どーしたら良いかな?どーしよう…ハヤトがいけないんだよ、あんなこと言うから」

部活帰りの薄暗い住宅街。バテバテになるまで練習してたはずなのに、僕はまたハヤトの周りで飛び跳ねている。


「なんだよ、ただ修学旅行の斑に誘っただけじゃんか。嬉しいくせに」 ほっぺたをつんつんしてくるハヤト。


「それで感づかれたりしたら−」 僕はそんなのに構ってる場合じゃないんだ。


「気にすんなって。最初からかずみの中にお前なんか居ねぇから。つかしかも疑われるなら俺だろ」 ふん、と鼻をならす。


「もう!僕にはすごい重大事なんだからっ」


「にゃははっ。俺のおかげでだろ?」


ハヤトは僕の小さい頃からの大切な友達。

しょっちゅう僕を困らせては面白がっているが、優しいイイ奴なんだ。


「だいたいかずみなんかのどこが良いんだ?あんなのただのお嬢ちゃんだろ?」


「じゃあ、どうしてケーイチのこと怒ってたの?」 拗ねたように口を尖らせたまま、僕は訊いてみた。


「……関係ねーよ」


「なくないよ。ねえ、なんで?」


「黙れって」 ハヤトの顔をまじまじと見つめる僕が居ないみたいに小さく応える。。


「ケーイチがかずみのことバカにしたから怒ったんじゃないの?」


「ぁああっ。知らね知らね。もう忘れたっ」


言いたい放題なくせして自分が困るといつもコレだ。だけど、なんかそれ以上責められなくなってしまう。

ハヤトは強い存在。何でも笑顔であしらって、たまの照れ笑いがよく似合う。そんなハヤトの困った姿は見たくないから。いつも、ドンと構えていてほしいから。


かずみはお金持ちな家のお嬢様で、おしとやかで物静かで。横顔がとっても可愛い。

男子の皆からはお高くとまってるって思われてたりもするけど、そんなことないんだよ。野外活動の時には、バスで酔っちゃって吐いた子の背中をずーっと擦っ てあげてたし。ゲロの始末だって先生より早く、ささってしてさ。すっごく優しい子なんだよ。理科の実験じゃ女の子だけの斑だったから、自分だって大嫌いなくせに蛙相手に頑張って。

僕はそんな彼女が好きなんだ。



--- <2> ---


ある日、かずみが僕に話しかけてきた。


「シンジ君、はさみ持ってる?あったら借して欲しいな」

そう言いながら両手を口元で合わせてる。思わずみとれちゃいそうだ。


「…あ、うん!」 赤くなる頬を悟られないようにとすぐ後ろを向いて、筆箱を漁る。漁る。

あれ、僕はさみ持ってたっけ?少し焦りながり振り返った。


「あの、僕持ってないや…ハヤト持ってる?」


間髪を入れずに言葉が返って来る。

「なんだよ、せっかく愛しのかずみちゃんがしんじに頼んでんのに持ってねーのかよ」


「ほんとだよー」 どっから()いてきたのかケーイチまでが野次ってる。


「そんなんじゃないってば」


「やめてよハヤト君。ケーイチ君も」


少しだけムっとした彼女の横で恥ずかしく、彼女の顔を見ることも出来ない。

ただじっと黙って、ケーイチが「ほらよ」と彼女に渡すはさみだけを見つめて。気の利いたことも言えず、冗談にして流すこともできない僕には、「にゃはははは」とハヤトの笑い声が耳に居座っるだけだった。



その後は教室に居ても惨めだった。誰も気にしてなんかいないのかもしれないけれど、かずみがどう思ったのかが気になって。

いつもの高鳴るドキドキなんかじゃない。追い詰められていく様な、低い太鼓みたいなドキドキで彼女を盗み見てた。


午後のまったりとした休み時間。僕はもうただ推測で不安に不安に考えることが疲れて机に伏していた。周りの賑やかし達はその想いを紛らわすには調度良かった。


しかしその時またしてもあやつの声が賑やかし達をかい潜って僕に届く。


「なあ知ってる?シンジってかずみのことが好きらしいぜ」ケーイチだ。


「どこからの情報?」 取り巻きが話に乗る。


「俺の勘だよ」


「なんだよそれ、あてになんねー」


「でもお似合いじゃねーか。ガキ同士だし?」


「ははは。それは言えてるよな。二人でままごとでもすんじゃね?」


「『はい、シンジたん御飯でちよ?』『はいーかずみたんも御飯でちょ』って」


「ぎゃはははは、大人はいねーのかよっ」


「しょーがないでしゅ。二人ともおこたま(お子様)なんだもん」


「ひひひ、良いじゃんお似合いだよ」


聞こえない振りをした。立ち上がって弁明する気力もない。伏せたまま呼吸を調えて、夢を見ることに集中するんだ。。

スー…ハー…スー…ハー…スー…ハー……


「もうやめろよ」 …! ハヤトだ。


「なんだよ。お前だってさっきは楽しんでたじゃんか」 またケーイチ。


「いいからやめろっつってんだよ」


「あれ、もしかしてお前もかずみが?」


「ぁあ?黙れや」


その後は二人に沈黙が流れて、気を利かせたケーイチの取り巻きが話題を変えていた。



授業が終わり僕はすぐに鞄を片付けた。今週掃除当番にあたっている斑が箒や雑巾を手にしていくなか、ハヤトを避けながら教室を出て。部活動の顧問に多少の嘘で休むと告げて家に直行。

何が嫌なのか不満なのか上手くは言えないけれど、胸ん中がもやもやだらけで歯痒かった。

なのにその想いをぶつけることも出来なくてただ静かに装うことが僕の最善策であり、偽者であったとしてもそうやって平常心な自分を保とうとしていた。


「なんだよ…なんなんだよ」

そう蚊の鳴くような声で、ベッドに潜り込み自分にしか聞こえない八つ当たりを誰かにぶつけた。



--- <3> ---


いつの間にか寝てしまったらしい。目をこすりボンヤリ眼の僕に見えるのは、僕を覗き込むハヤトだ。起こされたらしい。

ウチにハヤトが来たときにはたいてい「いらっしゃーい、シンジは部屋に居るからね」なのだ。


「よぉ、元気か?」

泣きそう…どうして急にそう思ったのか、咄嗟にまた布団を頭まで被った。


そしたらやっぱり涙が出た。具体的に何が嫌だったのかというよりは、どこか反射的な涙。

もう僕の中でかずみは痛い思い出になりつつあって、そんなことはないのだろうけれど。もやもやが考えることを邪魔していて、幼稚な想いと考えで簡単に僕を満たす。

ついさっきまで独りの世界だったのに。何事もなかったみたいに帰ってきて、閉じこもってリセット出来るわけじゃない。…けどそんな気になって。そしたらいきなりハヤトが割り込んで、かずみも頭ん中でいっぱいになって。



…嫌だ



目をつぶると余計にかずみが鮮明で、惨めな気持ちが思い出されて。


「ごめんな。今日のはちょーっと言い過ぎたかな…はは」


ハヤトは泣く僕を知ってか知らずか横で座って喋りだした。


「…いいじゃんなんだったらさ、この勢いで告っちゃえば。。ってのは無いわな」 早口はのな緊張しているとき。


「お前寝てたから知らねえかもしんないけど、あの後ケーイチがまたいろいろ言ってさ。一応止めといたから」 けど加えてよく喋るのは困っているとき。


「なあ起きろよ」 トントンと僕の肩辺りに呼びかける。


しばしの沈黙の後、僕の無反応さに痺れを切らしたハヤトが布団を下げた。

「ごめんってば。起きろよ」


感覚が鈍くなっているのか、驚くこともなく自分でも冷静だと思える程スムーズに布団を奪い返してまた潜り込む。

ちらっと見えたハヤトの顔は意外そうでいた。拗ねているだけで泣いているとまでは思ってみなかったようだ。


「…あの、ごめん。その、、」言葉に詰まるハヤトは初めて。

また沈黙。


「………」


「ケーイチと一緒んなって僕のこと笑って楽しかった?」

布団から顔だけを覗かせて意地悪く言った。ハヤトが居るのとは反対を向いて。


「そんなことねーよ!」


「じゃあどうしてあんなこと言ったの?」やばい…泣きそうだ。


「それは…ほら、あの」


「どうせまた『忘れた』なんでしょ。ぐすん…、僕はかずみのこと忘れらんないんだよっ!」

目に浮かんだ涙はとどまることなく簡単に溢れた。


「ふんっ……なんだよ、かずみかずみって。なんなんだよ」


「なんなんだはこっちだよ!」

思わず布団からがばっと勢いよく上半身を起こし、ハヤトに向きあった。目を細め、むすっとしたハヤトを真っ直ぐに睨んだ。。


「……そんな奴忘れさせてやんよ」目を逸らして小さく、ハヤトが言った。


「何がだよ。ムリだよそんなの。」

また涙。何度も頬を伝う。その度に自分が弱くなっていく気がして、情けなくて。


「ムリなんかじゃねー、忘れさせてやる!」

徐々に声が大きくなる。


「もうヤだよ…」


今はハヤトに何言われたって、耳に入ってこない。そっとしといて欲しいのに。もう帰ってくれよ…。

なのに僕の腕を掴んで自分に向き合わせる。


「何すんだよ。。はなせよ。はなせって。」

弱々しくはあっても、ハヤトにこんな口をきいたのはきっと初めてだ。


どうしようもなく気持ちがパニくってて、もうきっとぐしゃぐしゃな顔で泣いている。

「黙れよ」ハヤトが腕を掴んだまま、また低い声で言い聞かせる様に呟いた。


「なにが『だま…』」「っ!!?」


「………」



「………」



季節は夏。首筋に流れた汗もひんやりと、蝉鳴き静まる午後の頃。ヤハトがこの唇にキスをした。



--- <4> ---


「…な」


「その。……。」


「?」


「俺もお前が好きなんだよ、冗談とかじゃなくて」


「ぇあ……」


「ごめん。なんか…いっつもお前がかずみの事嬉しそうに話してて、それ聞いてるの、俺結構辛くてさ。だから冷やかしたりして。」

呆然とする俺に、ハヤトはいつもより早口に話し出した。


だけどハヤトの話よりも、意識はキスの感触が残る唇に向く。


「この前ケーイチにムカついたのはお前のこと悪く言われたからで。今日はあいつ殴っちまったし。」


「…え?」 不意に目を合わせてしまう。


「お前のこと話のネタにしてんの見てたら、つい…

なぁ俺じゃ…ダメだよな。俺男だもんな」


ハヤトが掴みっぱなしだった僕の手をパッと放した。

「はは。なんかこのままじゃ押し倒しそう」

苦笑いしながら言う。ハヤトが男の僕に。


時計の針の音が聞こえだし二人に静寂が訪れようとしたとき、それを察したかのようにハヤトは立ち上がる。


「ごめんな。いろいろ。…ばいばい!」



ドキドキした。目を合わせてからはどんどんドキドキがふくらんで。。もし押し倒されてたら抵抗できたかな…?


ハヤトに恋しちゃいない。僕の好きな人はかずみ一人だよ。だけど、なんだろ。初めてのことで頭ん中ぽーってなって。

どーしよ。どーしよ。ちゅうしちゃったんだよ?どーしたらいいんかな。どーしよ。


具体的には何も考えられない。ただひたすらに「どうしよう」が巡るばっかりで。

十分…三十分…一時間…二時間…

布団に入るころ、やっと今日の出来事を振り返ることが出来た。


ハヤトにキスされた。


男だよ?ハヤト何考えてんの?…でも、冗談じゃないって。まさか…。

かずみにバレたらなんて言われるかな。。ヤだな。考えたくない。

どーしよう。やだよ。なんであんなことしちゃったんだろ。


また泣いた。



翌日、学校への足取りは重かった。

ハヤトはどんな顔してるのかな。かずみにどんな顔したら良いのかな。

バレてるわけでもないけどそんなこと考えて。


「おう、おはよっ」 ハヤト!!


「え、あ。うん」 いっぱいいっぱいな俺は頷くだけで精一杯。


「何て顔してんだよ。犯すぞこら」


「え…、いやシャレんなんないよっ」 ちょっと笑えた。


あまりに普通だから。

あんなに泣いたのに。あんなに悩んだのに。

やっぱハヤトだ。


「にゃはははは」


ハヤトはハヤト。僕の大好きな親友。



それから、たくさん話した。次の日もその次も。

僕の気持ちも、ハヤトの気持ちも。お互い言いたい事だけ言って(笑)

だけど、もっと大好きになれた。憧れなんだから。大切な人だから。


ハヤトは僕を諦めるって。かずみのこと応援するって言ってくれたんだよ。


「だからたまには、ちゅーさせろよな」


「なんでだよぉ。

…でも、たまになら…て絶対ヤだから!あはは」


「なんだこのヤロー!期待させやがって。」


今は冗談にして話せる。ハヤトもその方が気楽だって。

ときどき寂しい顔したりもするんだけど。そしたら僕も寂しくなって。結局ハヤトに励まされたり。

強い存在。だからいつも頼ってばかり。


「ごめんね。チュっ」 ほっぺにキスをした。


「あ、、」


照れてるハヤトも可愛いな(笑)

「何赤くなってんだよ」


「だってお前…そりゃ」


「ハヤトは友達だよ。親友!だから"ごめんね"のちゅー。今ので最後っ」


「はは、振られたわけだな」


「僕も強くなるから!」 今時、ピースサインで胸張った。


「なんだ、俺に押し倒されないようにか?」

その印を掴んで、それごと、ハヤトは僕を包んだ。


「そんなとこかな」


「にゃははははは」

僕の頭をくしゃって、撫でて嬉しそうに笑った。



ハヤトといると、誰にも負けない気がするんだよ。

それは、今まで一度だって弱い所を見た事ないからなのかも。

強がりだから。見栄っ張りだから。泣き虫なんかじゃないけど、泣く事だってあるんだよね?

いろんなツライ事、隠して歩いてるから。走って吹き飛ばしてるから。笑い声で掻き消して。バカやって誤魔化してるから。


僕はハヤトにはなれないかもしれない。だけど、僕が…僕だって支えたい。

そうなれるまで、せめて迷惑かけないように。平行線で。二人で前見ていきたい。


僕の自慢の人。彼が傷ついたときには、僕の笑顔で迎えてやるんだからっ。


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