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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第一章    戦乱の大地    《紫電清霜》
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第七七話    ベルゲン強襲 前篇




「そう緊張するな。指揮官の臆病と悲観は部下に伝染する」


「ええ、分かっているわ」


 トウカの言葉に、リシアが強張った顔のままに頷く。


 止む終えないことかと、トウカは小さく独語する。


 航空優勢の原則が未だ成立し得ず、多くの者に認知されていない現状に在ってはそれも致し方ないと納得するしかない。当然であるがトウカも初めての経験であり、戦車と違い装甲などなきに等しい機体に身を任せる不安は少なからずあった。そして、魔導障壁があるとはいえ、生身で龍に騎乗して制空戦闘や爆撃任務に従事する戦闘爆撃騎の恐怖心は並大抵のものではないだろうと思い知る。


 トウカは窓から外を垣間見る。


 そこには闇と閃光が乱舞していた。


 夜明けに近い時間であることもあり全容は窺い知れないものの、遠目にも見える大地で咲き乱れる激しい閃光の大輪がその苛烈な戦闘を物語っていた。爆発の如き閃光は戦車などの装甲兵器の発砲であるのに対して、間延びしたような箒星の様な光芒は、多連装擲弾発射機(ネーベルヴェルファー)の飛翔であることは疑いない。対する応射は、魔術陣を数多く展開し、複数人の魔導砲兵による魔導複合射撃を用いており、皇国軍正規部隊であることが一目で分かる。


「戦争という、どうしようもなく愚かな消費活動は、今この時こそが花盛りと言ったところか」


 そう、皇国に於ける北部動乱は一つの転機を迎えようとしていた。



 ベルゲン強襲。



 天頂方向に装備された機銃座の硝子窓から見える航空部隊が、箱型陣形を形成している様を見て、トウカは深い笑みを浮かべながらも状況が予想通りに推移していることを察した。


 ベルゲンという城塞都市は、強固な防禦を誇る永久防禦陣地であるが、強固な防護能力を保持し続けられるか否かは別問題である。時代の進歩に、百年単位の期間で建造されて国体護持の一端を担うベルゲンという要塞都市は、果たして建造当初の堅牢さを有し続けているのだろうか。


 否だ。


 攻城側の兵器の発達に対応しきれていない。それは城塞都市というある種の戦略兵器の限界であり、兵器の長射程化と重装甲化……そして何よりも高機動化が進む中にあって、三つ目の項目がその性質上不可能であることも大きかった。ヴェルテンベルク領、領都フェルゼンに関しては、防空能力と長射程の野砲の大量配備で相対的な防禦力向上を果たしている。それでもトウカからすると、市街地や民間人という巨大にして膨大な防衛目標を追加されていることから隙だらけに見える。それらを解決するには膨大な時間と資金が必要になることから現実的ではない。


 だからこそ、何十年、何百年と前に建造されたそれを改修と改装を行いながら使用し続けている。申し訳程度の増強に留め、能動的な対応が可能な機動戦力か、広範囲を攻撃対象とできる重砲戦力の整備を重視した。いずれは要塞という兵器の概念そのものが廃れ往くだろう。現在まで生き延びているのは、一重に魔導技術による防禦能力によるところである。そして、住民が生活している以上、一からの新造が難しいという点も理由の一つとして挙げられた。


「黙って高空からの攻撃に晒されろ。過去の遺物」


 トウカの呟きに応じるかのように白み始めた空を背に、梯団を形成していた戦闘爆撃騎が一騎、また一騎と、等間隔に緩降下を開始する。獲物を求めて一斉に降下するその様は、正に龍と称するに相応しく、頼もしさを感じる光景であった。


 対してトウカ達が搭乗している輸送滑空機の三機は、それぞれが戦闘爆撃騎に牽引され、僅かな直援を伴いながら飛行を続ける。


 地上を窓際から見下ろすと、連続した火球が出現し始める。


 それは高い命中率を維持しているのか、人も虎も狼も馬も兵器も関係なく引き裂きながら宙へと舞い上げる。舞い踊る血風や兵器の残骸の壮絶さを想像し、トウカは複雑な表情をした。


 急降下爆撃。


 それは、トウカは苦悩した戦法だった。


 本来、急降下爆撃を任務とする場合、急降下時に飛行禁止速度の超過を防止するために、 降下制動機構(ダイブブレーキ)という空気制動装置(空力ブレーキ)が使用される。これがなければ降下速度に耐えられず、龍が空中で生体を損傷する可能性が大きかった。腹に懸吊した爆弾を投弾した後、引き起こしに失敗して人龍諸共大地に激突して挽肉となりかねない。


 無論、生物である龍に降下制動機構(ダイブブレーキ)など付けられず、外装装備としての装備は翼の稼働を著しく阻害する。発動機による飛翔と翼による飛翔の差……機械と生物の差がこの時、立ち塞がった。


 しかし、一個戦闘航空団にも上る戦闘爆撃騎は急降下爆撃を敢行している。


 目標に向かい深い角度で降下しながら狙いを付けて投弾。降下角度が深い為、目標と爆弾の降下予測範囲が狭くなり、緩降下爆撃よりも命中率が高い。空からの大規模攻撃など想定しておらず、対空射撃による迎撃などない状況下では妨害など皆無に等しかった。


 だが、ルーデルを始めとした航空兵は、ただ只管(ひたすら)に命中率を求めた。


 そしてトウカはそれに負けて、急降下爆撃という戦法を漏らしてしまう。よもや挽肉になる可能性を無視して行うと考えていなかったトウカだが、航空兵は個人的な研究と苛烈な訓練を実践し、急降下爆撃をトウカの予想とは違った形で完成させた。


 魔導障壁による降下制動機構(ダイブブレーキ)


 科学技術に重きを置くトウカには考えすら浮かばなかったが、この魔導に満ちた世界の飛行兵からすると然して慮外な考えではなかった。結果としてトウカの予想とは違った形で急降下爆撃という戦法はこの世界に生を受ける。


 そして、高練度から個別の目標に対する単騎での攻撃すら可能とすることから、トウカの思惑を超えて皇国の空は新たな局面を迎えつつあった。実はトウカの監修で開発された爆撃照準器が精密であったことから、個々の騎体で狙いを定め投下することが可能となり、各自の技量による命中率の差が縮小したことが理由として大きいのだがその点をトウカは知らない。


 既に目を付けたマリアベルによって量産され、対艦攻撃任務に転用すべく改良も始まっていた。


「参謀殿、降下準備を。空の旅は終わりです」


 操縦席越しからの機長の言葉に、トウカは機内を一瞥する。その意味を理解したリシアや兵士達は、緊張の面持ちで装具と武装の点検を開始すると共に、自身の身体を座席に帯革で固定し始める。トウカもそれに倣い身体を固定し、試作型短機関銃や軍刀、大型拳銃、脚に装備した戦闘短剣(コンバットナイフ)などの確認を行う。士官として戦闘に加わるトウカとリシアは比較的軽装備であるが、他の兵士達は手榴弾に擲弾筒、機関銃……試作品の短機関銃も装備している。例外はベルセリカだけであり、巨大な斬馬刀と大太刀のみを装備していた。


 それらの装備に不備がなさそうであることを遠目に確認し、トウカは軍刀鞘の石突きで床を突く。


 闘争だ。トウカは胸内で高揚を感じた。


 自らの作戦によって異世界とは言え歴史の一篇を飾るかも知れないという事実は、トウカをこの上なく高揚させた。そして、何よりもこの作戦の成功は征伐軍を瓦解さる一手であり、北部貴族の戦力を天下に知らしめることとなる。中央貴族も皇国本土に無視できない被害を与えると判断し、無理な交戦を避ける為に融和的な政策を取る可能性がある。最悪の場合、戦略爆撃の有効性を示唆すれば、内戦を意図する意志など容易に挫けることは想像に難くない。


 緩やかな統合。その中で、クロウ=クルワッハ公爵を排除する手段と時間を見つければいい。そうトウカは考えた。


 北部貴族に対するあらゆる意味での時間の創出。


 時間があれば、全てに於いてマリアベルも寛容になるだろうとトウカは考えていた。マリアベルは北部貴族の崩壊を恐れている。擦り減らされる戦力と統制の効かなくなる北部貴族達。それはマリアベルの心労の種であるが、時間があればそれらは立て直せるはずであり、帝国という脅威がある以上、中央貴族も安易な交戦を選択はできない。


 戦争の勝敗は、保有する軍事力よりも、それら生産、運用する経済力で決定する。


 時間は重工業化著しいヴェルテンベルク領にとって何よりの味方となる。経済はマリアベルが、限定的に戦時経済に移行させているが、その効果は兵站、特に弾火薬の生産量の充実を見るに既に前線にまで影響し始めている。一年、内戦の始まりが遅ければ、蹶起軍は初戦で征伐軍を火力戦によって撃破できていたことは疑いない。


 そう言えば、とトウカは思い出す。


 ――これまではミユキを疎かにし過ぎていた。


 恋人とは口にしていても、恋人らしいことなど然してしてやれていないという後ろめたさは、トウカの胸中で長きに渡って燻ぶっていた。恋人らしいことを理解できていないトウカだが、ベルゲンですれ違う恋人達の姿を見て、このままでは良くないという想いを抱くことは不自然なことではない。


 ――ミユキが俺に疑問を抱かないくらいに構ってやるべきだった。


 トウカは下唇を噛み締め決意する。


 この勝利はミユキを幸せにする手段なのだ。ミユキが望むと言うのであれば、退役もありかも知れないとすらトウカは胸中で考える。時間さえあれば、トウカの立場などザムエルでも代行できる上に、助言は領邦軍士官でなくとも問題ない。


 ――悪くない。この一戦、俺にとっても天王山だ。


 戦意を燃やし、トウカは疎らな対空砲火で揺れ始めた機体の中、兵士達を今一度、見回す。


「諸君、戦友達」


 トウカの言葉に機内のリシアを始めとした兵士達が傾注する。


 戦場に於いて、戦闘前に指揮官が士気を上げる為に演説を行うことがあるが、トウカはそれを好ましくないと考えていた。指揮官がその規範と戦意を示すべきはその指揮によってであり、政治家のように口先を以て行うべきではない。これは武士道や騎士道以前の問題であり、自らの指揮で戦死するかも知れない兵士に対する最低限の真摯の発露でいて、静かなる健気であるとトウカは信じていた。無論、どちらにせよ人前で人心掌握を意図して演説を行うことを苦手としている大和民族の軍人の精一杯の言い訳かも知れないが、軍人は沈黙を以てして語ることを是とする大日連の人間としてはこれでいいとトウカは考えていた。


 だが、今この時ばかりは自然と言葉が出た。


「死が迫る今この時、何を思い、何を想う」


 照れの入り混じった笑顔と嬉しげに動く狐耳のミユキを思い浮かべ、トウカは兵士達の瞳の奥に潜む真意を推し量ろうとする。其々の瞳に宿る意志は千差万別だが、そのどれもが負けず劣らず裂帛の決意を示していた。


「我らが領主の為、領民の為、誇りの為……そんな御題目や建前はこの際どうでも良い。そんなものは急降下爆撃宜しく地面にでも投げ捨てろ」


 一様に驚いた表情の兵士達を見てトウカは満足する。その様な建前の為に兵士を駆り立てることも重要ではあるが、敵地で孤立同然の任務を遂行する戦友にそのような無粋なものを振り翳すことは勝利に影を落としかねない。


「俺には護りたい(おんな)がいる。その為だけに戦っている。貴様らはどうだ?」


 心から護りたいモノがあるか、とトウカは問う。


 それがなくては烈士足り得ない。建前は重要だが、個々人にとって真の原動力とは成り得ない。尤も“悠久の大義”という建前を限りなく本音に近づける大和民族は数少ない例外かもしれないが、それでも万人がそれに納得している訳ではない。


「護りたいモノの為に戦え。その対象が如何なるものであっても俺が許容しよう」


 トウカとて仔狐の笑顔の為に戦うのだ。部下に自らが護りたいモノの為に戦うことを認めないことは不条理であり理不尽である。そして、それを強制せねばならない状況でもない以上、認めてやることは指揮官の度量に他ならない。


「何よりも俺がそうしているのだ」


 上官が率先して行うのだ。部下達に否はない。


 東洋的な価値観よりも西洋的な価値観に重きを置く皇国人には、建前よりも本音を前面に押し出した目的こそが戦意を滾らせる。死の淵に在って護りたいと思うのは共に過ごした戦友であり、逢いたいと思うのは家族や恋人なのだ。権威や国家という大きな正義ではなく、郷土や家族、恋人という小さな正義があってこその裂帛の戦意である。一方が欠けても精兵は生まれない。


 ミユキという少女が心の内の多くを占める今この時、トウカはそれをこれ以上ないほど強く感じる。書籍や文献では書き古された心理だが、戦場に在って最愛の人を想うということがこれほどに力を与えてくれるとはトウカにも思ってもみないことであった。


 ――どれ程に書物を読み漁り、歴史を学んでも届かない想いがあるということか。


「さぁ、諸君。戦争だ。何よりも誰かの笑顔を護る為に」


 今一度、トウカは軍刀の鞘の石突きで床を叩く。


 応じる声はない。


 だが、烈士達の瞳には峻烈な色が灯り、激しく己の意志を燃やしていた。


 トウカは鷹揚に頷く。











 ミユキは窓越しに雪の降り始めた空を見上げる。


 頻りに狐耳を動かし、何かを捉えようと空に視線を巡らせるミユキの姿に、執務机で領地運営に関する書類に目を通していたマリアベルが首を傾げるが、当人は窓を開け放ち露天席(テラス)へと進み出て手摺(てす)りに身を預けると只管に空を見据える。


「ふむ……往くか」


 マリアベルは書類から手を離し、執務椅子の背凭れに身体を預けて呟くが、ミユキは一瞥すると再び氷雪の舞う空を見上げる。


 峻烈な意思。燃えるような恋心。


 最愛の人の決意が胸の奥底で燃えている様な感覚に、ミユキは己の胸元に両手を当てて照れたような、それでいて熱に浮かされた表情を浮かべる。寒空の下であるが、ミユキの心と体は燃えるように熱く、性的衝動に浮かされたかの様な熱を帯びていた。


「主様が……」


 隣に進み出たマリアベルの視線に応じる様に、ミユキは呟く。


 言葉にできない程の万感の想いが込み上げるが、決して多くはない語彙はミユキの心の内を言い表すには至らない。だが、瞳だけはその胸中の想いを伝え得るほどに強く輝いていた。


「そうか。御主が思うなれば、間違いなかろうて」


 マリアベルの言は正しい。



 “契約”



 その一言で事足りる。


 それが皇国に於ける恋であり、(つがい)の関係なのだ。


 最愛の人の心と共に在ることができる世界で唯一の国家。天帝という政治的犠牲者の上に成り立つという側面を知ったミユキにとって、汚らわしいものに思えてしまう祖国であるが、今この時ばかりは皇国の国是に感謝する。 



 ヒトの子よ、慈しみたまえ。祝福の大地を。永遠の恋人よ……



 初代天帝が今際の際に漏らした一言の意味を知る者はいない。その意味を語ることもなく初代天帝が天霊の神々の御許へと旅立たれたからであり、それ故に祖に一言は多くの憶測を呼んだ。結果として、最後の文末である“永遠の恋人よ”という言葉を除いて国是とされ、その言葉を今でも貴族達は狂おしいまでに護っている。


 だが、ミユキは想う。


 初代天帝は赦しを求めたのではないか、と。


 何処かに居るであろう……否、散ってしまったかもしれない恋人に。


 死に際の一言は完全なものではなく続きがあったのかも知れないが、永遠という不可侵性を冠する恋人は、初代天帝から見て神聖視される程に昇華された幻影であり、それに対する供物だったのかもしれない。この《ヴァリスヘイム皇国》という国家は。


 初代天帝は、天霊の神々の御許へと旅立たれるその時に至るまで女性を娶ることはなかった。近しい女性はいたものの決して皇妃の存在を認めなかったのは、“永遠の恋人”に対する未練であり、それ以上に(すめらぎ)となる為に失った、或いは亡くしてしまったことへの悔恨からだったのではないだろうかとミユキは考えていた。


 そして、国法に男女の仲を故意に引き裂くことが法によって刑罰の対象となり得る可能性を遺したことは、その精神の表れではないだろうか?


 表向き皇国は種の生存と保存を極めて重視し、それ故に男女間における誓約や婚約を法的にも重要なものとして強力に擁護していた。男女の仲を故意に引き裂くことが法によって刑罰の対象となる可能性がある法治国家は皇国くらいのものであるが、それは初代天帝の静かなる決意だったのかも知れない。


 自身と同じ悲劇を繰り返さぬ為の“祝福の大地”の創出。初代天帝はそれこそを求めたのではないのか。


 穴らだらけの推測と予測に満ちた想像に過ぎないが、ミユキはそうだと確信していた。


 きっと、トウカの決意が自身の思考を焦がしているからこの様なことを考えてしまうのだろう。


「主様が燃えています。決意と覚悟を胸に」


 痛いほどに伝わるトウカの想いを胸に、ミユキは呟く。


 一つの恋心から始まった波紋は、皇国に於ける内乱に大方の予想とは違う展開を齎そうとしていた。










「応射! 応射! 撃ち返せ! 装甲砲兵、何をしている! 砲撃魔導士を対砲迫射撃で叩き潰せ! 〈第一装甲聯隊『ラインバッハ』〉は装甲楔型陣形(パンツァー・カイル)を形成しつつ中央を抉る! 対空戦車は両翼支援! 敵を迂回させるなよ!」


 ザムエルは喉を枯らさんばかりに叫んでいた。


 慌ただしく機動を続ける機甲戦力が砲射を繰り返しつつも前進する光景を指揮型Ⅵ号中戦車から見据える。クラナッハ戦線での機甲突破の経験から、連携や機動に対する理解は深まっており、その行動に無駄は削ぎ落とされ、鋭い槍の如く昇華された突撃は未だ戦列を整えることすら叶わない装虎兵に襲い掛かる。


 ベルゲン近郊に於ける戦局は、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉有利の内に展開していた。


 〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉はクラナッハ戦線突破後、早々とトウカ隷下の部隊と分離して一路東部地方方面に向かって東進、東部地方と北部地方の境界線に沿う形で迂回、ベルゲンを西方に捉えた瞬間、一息に西進してこれを直撃した。


 実質的には師団規模の装甲戦力による総司令部への攻勢。


 予期せぬ方角であった事と、ザムエルの指揮の下で徹底的に集落を避けたことで視認されなかったことから発覚が遅れたことも征伐軍の被害を拡大させた。


 航空偵察による索敵網という戦場把握手段を征伐軍がベルゲン近郊で行っていなかったことも大きい。〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の存在は天候も手伝って発見が極めて困難であった。何より装甲兵器のみで構成されていた為に高い機動力を誇っていたことと、落伍や故障した車輌を放棄して前進し続けた事も大きい。それらの果断は、ザムエルが今作戦に於ける機動力の重要性を正確に把握していたからに他ならない。無論、代償に戦車猟兵として装甲擲弾兵が一個大隊程度しか随伴していない為、一度でも混戦となれば致命傷を受けることは避けられないだろう。


 そして予定時刻に間に合う形で攻撃を開始した。


 ベルゲンの駐留戦力が郊外で展開していることから哨戒網に接触し、これと交戦状態に陥った。これは想定の範疇であり可能な限り哨戒部隊を隠密裏に処理しながら前進することで、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉襲来を最大限遅らせるようにしていたのだが、既にベルゲン近郊ではそれも不可能である。


 ベルゲンに駐留していた征伐軍の総兵力は約一個師団ほどで、装虎兵大隊を中核とした歩兵師団であったが、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の接近に気付くことに遅れたベルゲン駐留戦力……仮称〈ベルゲン守備隊〉は隊形の形成が間に合わず〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の突撃に対して大きく壊乱しつつあった。


 元より、ベルゲン近郊の有力な戦力は出払っている。


 駐留している一個師団も総兵力であり、本来は複数の部隊として運用されているのか、その行動に統一感と連携はない。複数の大隊や聯隊による集成部隊と推測できた。


 本来であれば共に陣形を形成しつつ共に接近し合い、野砲と砲撃型魔導士による支援砲火の下で突撃するという戦術が現在の基本であった。だが、ザムエルは好機と見て機甲突破を意図した装甲楔型陣形(パンツァー・カイル)を突撃による躍進距離の間に行うという暴挙に出たことも征伐軍側の対応が整わなかった理由として挙げられる。


 本来、陣形の形成にはそれ相応の時間が必要であり、〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉の場合は長距離の強行軍の末、休止も挟まずに〈ベルゲン守備隊〉主力を見つけて突撃を開始した。それらの理由から形成された装甲楔型陣形(パンツァー・カイル)は歪であり、先頭を担う中戦車の車輛間隔や連携には敵味方双方から見ても不安があるように思えた。だがそれ以上に〈ベルゲン守備隊〉の陣形の形成が間に合っておらず、初手から展開の遅れた師団砲兵を圧倒する装甲砲兵大隊と多連装擲弾発射機(ネーベルヴェルファー)による大規模火力投射もあり、恐ろしい程に先手を打つことに成功する。


 混乱の極致にあるベルゲン守備隊に襲い掛かる鋼鉄の野獣。


 電光石火にして見敵必殺。


 陣形や事前攻撃準備も重要だが、戦場に於いては何よりも戦機を読むことが重要視され、それを見切る才能がザムエルにはある。それはマリアベルが最も重視した要素であり、政治に於いても軍事に於いても機会を逃せば保有している戦力と権力に意味はなくなる。


 実はトウカは、ザムエルの軟派な性格と相反する果断な一面を高く評価していた。トウカであれば部隊を三つに分割する形で両翼包囲によって敵戦力を擦り減らすことを優先しただろう。両翼包囲とは自軍の部隊のうち左右に展開した一部……翼を、対峙する敵軍の側面から迂回させるように機動させ、中央の部隊と協力して多方面から攻撃、包囲することである。これは戦列が前後に伸びる突破と違い戦力の多くが最前面に配置される為、投入火力が増大するという特徴があった。ベルゲン守備隊の中核が歩兵であることから、砲撃による漸減は極めて有効である。トウカならば敵に圧力を加えつつ、城塞都市ベルゲンに押し付ける形で後退を強要させ、最終的には壊乱に持ち込み、退却する敵に追い縋りながらベルゲンに配備されているであろう要塞砲の攻撃を封殺し、城塞防護壁に取り付く戦術を御選択しただろう。


 一見するとトウカの戦術が優れている様に見えるが、交戦が始まっている以上、ベルゲンに急行している戦力がある可能性もあり、時間的喪失が無視できないことを考慮すれば、ザムエルの選択は被害が増大するものの決して間違ったものではない。重要なのは作戦目標の達成であり、敵戦力の漸減ではないのだ。


「ッ! 戦闘団司令殿! 友軍航空部隊です! 間に合った!」


 その声にザムエルは地上の戦況から東の空へと視線を向ける。人口密集地上空の飛来を避ける為に、飛行経路は東であると作戦計画には記されていた。


 その時、龍達の嘶きが響き渡る。近い。


 ザムエルは見張りに対して発見が遅いと怒鳴り付けたい衝動に駆られたが、今現在、航空戦力を積極的に攻撃任務に投入しているのはヴェルテンベルク領邦軍だけである。航空攻撃の有効性を再認識し、対策を各陣営が施すのは今作戦以降からであった。それはヴェルテンベルク領邦軍に於いても例外ではない。トウカが行った航空戦力の刷新はあくまでも、対地攻撃能力の向上のみであり、それ以外の分野は全く進歩していなかった。


「来たかッ!」


 上空を飛来する戦闘爆撃騎の翼を曙光が照らす。


 大編隊の襲来に更に混乱するベルゲン守備隊だが、ザムエルは突撃の継続を思案する。


 既に、〈ベルゲン守備隊〉の陣形の半ばまでに食い込んでいる〈ヴァレンシュタイン戦闘団〉は、破孔を拡大しつつ敵の分断を意図して前方局所への火力集中を始めていた。


「友軍騎急降下!」


「全軍に通達だ! 散開……いや、密集しろ! 突撃は継続しつつ、敵の砲兵陣地と魔導士の展開地点に砲火を集中! くそっ、この様だと運用規定を定めねぇと味方も巻き込むぞ!」


 ザムエルは一瞬の躊躇を見せた後、決断する。


 爆撃というものはその性質上、命中率は決して高いものではない。誘導爆弾や赤外線誘導装置のある大日連とは違い、爆撃照準器を覗き込み照準する以上、誤差の増大は避けられなかった。


 ――なんつぅ急降下だ! 地面に追突するぞ!


 誤爆の心配もあるが、ザムエルは何よりも急角度で降下する戦闘爆撃騎に目を奪われた。


 密集を指示したが、それは装甲兵器が密集していれば敵味方識別が容易になるという判断であった。幸いなことに比較的密集しているので誤爆の危険性は少ないはずであった。相手方に戦車戦力が皆無である事も識別を容易にしている。発砲炎の数は黎明時であっても識別可能なはずである。


 照明弾の無遠慮な光の中、投弾を開始した戦闘爆撃騎を見てザムエルは盛大に笑う。


「こいつはぁ良い! 良いぞ! 新しい戦争だ! おい、そこの奴、指揮官旗を揚げろ! 戦闘団司令部も突撃に参加するぞ! 根性見せろや!」


 ザムエルが戦車の天蓋に拳を振り下ろし、周囲の戦闘団司令部を構成する将兵を見据えると、それに応ずるかのように装甲車輛が一斉に魔導機関を唸らせる。


「戦闘団司令殿! その言葉をお待ちしておりましたよ! 退屈すぎて死ぬかと思いました」


 敬礼しながら笑い掛けるカリスト中尉に、ザムエルは予備戦力として眼前で戦友達が活躍している様を見ているしかないカリスト中尉に不満が溜まっていたことを察する。


 砲兵陣地と魔導士の展開地点に砲撃を集中させ始めた装甲部隊の意図を察したのか、その地点に対する爆撃を敢行している戦闘爆撃騎を一瞥し、風に揺れながらも掲揚されつつある指揮官旗に視線を移す。


 指揮官が居場所を不用意に発露させることは好ましくない、とトウカは口にしていたが、残念ながらザムエル・フォン・ヴァレンシュタインという男は、在り方は大衆の騎士像とは掛け離れ共も心は騎士であった。


 上空で鳴り響く機関砲の発射音。


 爆撃を終えた戦闘爆撃騎が両翼に懸吊された大口径機関砲と機銃を唸らせ、戦闘団司令部に近づいていた〈ベルゲン守備隊〉の騎兵を一薙ぎにする。人馬諸共に大口径機関砲の直撃によって血煙と消えて肉片を雪の大地へ撒き散らす。


 それを何の感慨もなく眺めるザムエルだが、大外套の胸元に入ったナニカの感触に慌てる。


「熱っ! くそっ、薬莢か!」


 慌てて軍服内を、手袋を付けた手で(まさぐ)り、薬莢を取り出して投げ捨てる。


 車長用司令塔(キューポラ)四方への魔導障壁展開は個人防禦の必要性から成されているが、上面に関しては、車載機銃を掻い潜り手榴弾や火炎瓶を投げ込むことは全高からしても困難であると省略(オミット)されていた。


 大方、戦闘爆撃騎の機銃の空薬莢であろうとザムエルは見当を付ける。


 それは正しく、装甲部隊でも車長用司令塔(キューポラ)から上半身を乗り出していた戦車長が空からの空薬莢の洗礼を受けるという珍事が一部で見られ、後に戦車兵に襟巻き(スカーフ)が標準装備となる一因となった。


「ええぃ笑うな、中尉! 司令部前進急げ! 敵の野砲と砲撃型魔導士を潰したらベルゲンを狙うぞ!」


 苦笑しているカリスト中尉に、ザムエルは喝を入れる。


 既に壊乱を始めた〈ベルゲン守備隊〉だが、装虎兵大隊が戦闘団の突撃を阻んでおり、未だ分断は叶ってはいない。斯なる上は全戦力を突入させることによって人虎諸共、装甲兵器で磨り潰すとザムエルは意気込む。装虎兵は脅威だが、所詮は大隊規模であり混戦となりつつあるものの、対空戦車が威力を発揮し、歩兵諸共薙ぎ払い優勢のままに戦況を推移させていた。


「さぁ、突撃だ! 敵を履帯に掛けて、俺達の時代が始まったことを教えてやろう!」ザムエルが右手を上げる。


 鋼鉄の野獣の時代が始まった。









「怯むでないぞ! 我等は大御巫を護っておるのじゃ!!」


 銀糸の如き流れるような長髪を靡かせた少女が戦斧(ハルバード)を振るうと、中戦車の車体に刃が半ばまでめり込み、直撃の衝撃で履帯が僅かに浮き上がる。恐ろしいまでの膂力を見せた少女だが車体の重装甲に眉を顰める。皇国陸軍主力戦車であるクレンゲルⅢ型歩兵戦車であれば貫徹できるが、眼前の中戦車は側面も正面も強靭な装甲を有していた。砲塔や履帯部分を含めた側面の大部分を空間装甲(シュルツェン)という追加装甲もあり、砲弾であれ斬撃であれ一撃では車体本体に直撃を与えられないのだ。


 少女……レオンディーネは思う。何を間違ったのか、と。


 征伐軍は優勢に戦況を進めていた。前線を日に日に押し上げて、蹶起軍がその被害に耐え切れなくなると征伐軍総司令部は判断し、動員できる兵力の多くを投じて前線に圧力を加え続けていた。


 しかし、突然の反撃が征伐軍を混乱させた。


 実際、クラナッハ戦域に於いてヴェルテンベルク領邦軍が大規模な兵力移動と物資の集積、陣地構築を行っているという事前情報は得ていたが、それは防衛戦強化の行動として判断されていた。義勇兵制度の充実したヴェルテンベルク領は予備兵力や非公式兵力が多く、突破は難しく戦域の維持に留めることが決定しており、他戦域を突破し半包囲下に置く計画であった。


 だが、ヴェルテンベルク領邦軍は動いた。目まぐるしい程に。


 予想外の攻勢。だが、クラナッハ戦域には三個師団が動員され、後方には複数の戦域の不測の事態を収拾するための予備戦力として一個機動師団が控えており十分な戦力を展開させていた。


 ものの半日足らずでそれらが撃破されるなど予想だにしていなかった。


 征伐軍司令部は浮足立ち情報も錯綜した。その上、蹶起軍が全戦域に渡って大攻勢を開始したことが混乱に拍車を掛けた。


「くっ、余力があるならば、何故今まで攻勢に出なかったのじゃろうか」


 対空戦車が砲を旋回させている姿に、レオンディーネは口笛で白虎を呼び寄せると飛び乗り、他の中戦車の陰へと飛び込む。腰に吊るしていた柄付手榴弾をすかさずその戦車の機関部上面板(エンジングリル)へと投げ込むが、防護対策は十全なのか魔導障壁と思しき不可視の壁に弾かれる。投擲される手榴弾自体は、魔導障壁を貫徹する力はなく、弾かれて雪の大地へと落下して炸裂した。


 Ⅵ号中戦車は魔導機関が前部に配置されており、被弾時に走行不能になる可能性が上がる代わりに魔導機関を装甲の一部とすることで防禦力の向上を図っている。他にも燃料や各種装備など、車内のあらゆる物が乗員と弾薬に対する防護として働く様に配置されており、その防禦能力は卓越していた。設計試作だけに十年以上の歳月を掛けただけあり、その設計に無駄は少なく、恐ろしいまでに優れた耐久性をこの戦野で示している。


 レオンディーネは舌打ちを一つ。


 ヴェルテンベルク領邦軍……否、マリアベルの才覚を知る身としては納得できるのだが、それでも尚、眼前の戦車の性能には納得できなかった。


 ――本当にこれが改修型か? どう考えでも新兵器じゃが……真っ当な改修の結果ではない!


 兵器は進歩する。


 しかし、それは急進的なものではなく、順を追ったものであり順序と道筋が必ず存在する。眼前の中戦車……Ⅵ号中戦車B型、その冬季迷彩から『Schimmelreiter(白い幽騎)』とも称されるそれは確かにⅥ号中戦車の改修型であるが、余りにも変更点が多かった。まるで対戦車戦闘や対装虎兵戦闘を見越しているかのような発展型の投入に、レオンディーネは疑問を抱きつつある。確かに形状はⅥ号中戦車だが、長砲身化に加えて、空間装甲(シュルツェン)の改良、増加などの大きな改修や、機関部の排気口の防護などの細かな改装も数多く成されていた。


 トウカはⅥ号中戦車の改修に関しては、初期設計の余裕を食い潰す形で発展させたに過ぎないと冷笑して戦車兵の賛辞に応じていたが、決してトウカの言うところの“長い砲を乗せただけ”という訳ではなかった。


 魔導技術によって車外外周を目視できるよう顔全体を覆う装置で視神経を接続する機構を採用した為に操縦窓などはなく、戦車の弱点として数えられる部分が最低限に抑えられていた。魔導機関上面板に手榴弾や火炎瓶の投擲防止を意図した鋭角な魔導障壁が展開されており、それらの威力や降下を大きく漸減する事に成功している。


 無論、視神経の接続という魔術的特徴の一つを利用しただけに過ぎないが、それでも尚、改良時間の兼ね合いから操縦士のみへの採用に留まっているが、即応性は大幅に向上した。ヒトという生物の中で最も情報取得の効率に優れた視覚での時間的損失(ロス)を削減する意義は大きい。


「最短の解か……鬼才じゃな」


 レオンディーネは白虎を駆り、近接した対空戦車の砲身を戦斧で斬り落とし、嘆息する。


 これほどの兵器を作り上げるマリアベルと衝突する(みち)を選択したアリアベルと、それに敵対する中央貴族達にレオンディーネは暗澹たる気分となる。


 そんな想いを胸中に秘めつつも、レオンディーネは砲身を斬り落された対空戦車の駆動輪に戦斧を差し込み擱座させる。起動輪で引っ掛かり変速機構(トランスミッション)や履帯を破壊できる可能性もあるが、対空戦車の搭乗員もそれを理解しているのか素早く魔導機関を停止させる。


 レオンディーネは群青の軍装と銀の長髪を靡かせ、背の長剣を抜き放つと再び迫り来る装甲戦力を見据える。混戦状態だが、本来は混戦に於いて活躍できるはずの装虎兵は中戦車だけでなく対空戦車や突撃砲、自走砲までもが魔導防護を充実させている為に一方的な戦闘を展開できず、それどころか対空戦車の大口径機関砲による掃射で少なくない被害を生じていた。


 正規軍では、装甲兵器にこれ程の魔術的防護を施そうという意見はなかった。


「これは手を(こまね)いてはいられんかッ!」


 長剣の魔術刻印による輝きを煌めかせ、レオンディーネは白虎を駆る。


 一騎当千を絵に描いた様な姿で、中戦車に飛び掛かるその姿は獅子姫と称するに相応しい姿であり、その技量を示す通り空中で白虎から飛び降りて中戦車の天蓋に降り立つと、長剣で機関部を一突きに突き徹し切り払う。


 炎を噴き上げる戦車から飛び退き、阿吽の呼吸で最接近する白虎に飛び乗ると、レオンディーネはすれ違う中戦車の砲塔側面の空間装甲(シュルツェン)を斬り飛ばす。


 ケーニヒス=ティーゲル公爵家の宝物庫より持ち出した神器は十全に機能していた。



 山の心臓(テペヨロトル)



 そう呼ばれる一振りの古ぼけた長剣は、見た目には刀身部分が異様に長い魔術的な処理の施された直剣にしか見えない。嘗ての建国神話で初代神虎公が振るったとされる魔導長剣であり神話級武器として名を轟かせるそれは、科学技術によって製作された均質圧延鋼装甲と魔導技術によって成された魔術刻印による魔導装甲を重ね合わせた二つの技術大系からなる“複合装甲”をも容易く斬り裂く。


 砲塔を半ばまで斬り裂き、レオンディーネは宙に視線を向ける。


 龍が大口径機関砲を唸らせて一騎の装虎兵を鋼鉄の嵐で薙ぎ倒す。


 先程より見られる光景で、装甲部隊と一度距離を取ると猛禽の如く待ち構えている航空騎が大口径機関砲と機銃による爪で襲い掛かる。レオンディーネも装甲車輛の隙間を縫うように戦う事で航空攻撃から逃れているが、それほどの練度を持つ装虎兵の数は少ない。神虎族の直系で強力な魔導障壁を展開できるオレンディーネだけが例外であるが、それでも度重なる大口径機関砲弾の直撃は魔導障壁を著しく損耗させる。


「舐めるなッ!」


 レオンディーネは山の心臓(テペヨロトル)を振り上げる。


 蒼い魔力によって限りなく延伸される刀身が、天を衝く。


 振り下ろされる蒼炎の刃。神話の一端を担うに相応しい一閃。


 延長線上にあった数機の戦闘爆撃騎が負傷して降下を始める。


「これが限界か……」


 刀剣による対空迎撃は近代に突入して以降は戦場でも見られなくなった光景であるが、決して前例がないわけでなく、騎士が主体となっていた時代の戦場では練達の高位種が飛来する龍種を文字通り斬り落す為に行うことが多々あった。しかし、一度に撃墜できる数と魔力消費の問題に加えて、射程増大と比例する魔力集束率の維持の困難も手伝って、近代では対空射撃を前提とした高初速の砲撃型魔術や連装の対空機関砲が主体となっている。


 詰まるところ近代軍での運用に致命的な程の困難が伴うのだ。


 そして、レオンディーネもまた使い(こな)せてはいない。


 低空とは言え、魔力集束を刀身の形状を維持したままに何百倍以上に延伸させるには恐ろしい魔力消費と精神的集中が必要となり、それらをレオンディーネは満たしていない。現に拡散した魔力の刃は戦闘爆撃騎に損傷を与えるに留まり、斬り伏せるには至らなかった。


 しかし、戦闘爆撃騎の群れは、レオンディーネを危険視したのか上空で旋回を始める。友軍中戦車が近いので攻撃を躊躇っているのか降下する気配はない。


「お嬢! ベルゲンが空襲を受けています!」


「何じゃと! くっ、航空攻撃は我らが吸収した訳ではなかったのか!?」


 レオンディーネがベルゲンの方角に視線を向けた瞬間、一際高い火柱が舞い踊る。航空基地の弾火薬庫に誘爆したのか、見覚えのある管制塔の中空線(アンテナ)が爆風に煽られて宙を舞っていた。


 ベルゲンに駐留している航空部隊の邀撃を受けることを恐れたのか、ベルゲン上空には多数の戦闘爆撃機が旋回と対地攻撃を繰り返している。突然の空襲であった為か撃ち上がる対空砲火は疎らで、戦闘爆撃機が降下する度にその数は減っている。制空権を奪取された上、応戦しようとした部隊は航空からの爆撃と大口径機関砲弾、機銃弾の反撃に遭い次々と沈黙しているのだ。


「軍曹、妾は戻る! 師団長には遅滞防禦に努めよと伝えるのじゃ!」


「もう、師団長は手筈を整えていますよ! 装虎兵一個分隊で続きます!」


 白虎を駆り手短な中戦車の魔導機関上面板に戦斧による斬撃を加えた軍曹の言葉に、レオンディーネは、深く頷く。


「良きに計らえ! 往くぞ!」






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