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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》

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第四二七話    狼達の其々



「そう、世はまさに小型艦時代」


 渾身の得意(ドヤ)顔で艦艇の自慢をする小さな神狼。


 自身が小柄である事を正当化しているかの様な振る舞いであるが、見ている分には微笑ましいので、彼はそれを咎める事はない。寧ろ、小型艦が主体となる時代が到来する事は彼自身も理解していた。


 しかし、オイゲン・ヨシカワ大佐は、小さな神狼……ヘルミーネの言葉に反論をぶつける。


「去りとて、天帝陛下は駆逐艦の大型化を望んでいるという話ですが……」


 公爵令嬢に接する機会などないヨシカワは、草臥れた軍帽の上から頭を掻きながら端的な事実を口にするが、体面を気にする相手ではない事は有名であるので躊躇はない。


 トウカは兵器設計に口を挟む。


 戦略上、必要な兵器の性能を具体的な数値で要求する。しかも、具体的な新機軸の技術の開発と、その搭載まで要求するのだから研究開発を担う面々からすると堪らないであろうというのはヨシカワにも分かる話である。奇想兵器を要求するマリアベルの下での兵器開発局もそうであったからであるが、トウカの場合は具体的に過ぎる為に負担が大きい事が容易に想像できた。


 だが、そうした要望にかなりの部分で答える開発者がヘルミーネでもある。


 ヴェルテンベルク領邦軍時代には酸素魚雷や中戦車を始めとした装甲兵器、各種戦闘艦艇……果ては陸上戦艦まで設計する奇才であった。


 兵器設計者が性質の異なる複数の兵器の設計に携わる例がない訳ではないが、これ程に大きな実績を性質の異なる兵器で見せるのは歴史上、稀な事である。


 とは言え、新型駆逐艦に関してはヨシカワを始めとした水雷戦隊指揮官の要望を聞いた上でを建造するとの事であったが、既にトウカからの意向が提示されており、その意向に沿わない意見を口にするのは憚られた。北部の者達の気質を踏まえれば怪訝に思う者も多い振る舞いであろうが、戦勝を齎す者に対する敬意や好意はあった。


「水雷兵装を装備させていただけるだけでも有難い事だ。五連二段魚雷発射管が二基で二〇射線。十二分に対艦戦闘も実施できるだろう」


 ヨシカワとしては、再装填装置が欲しいところであったが、そこまでは復元性と他兵器搭載の兼ね合いから認められなかった。


 何より居住性が今迄の皇国海軍艦艇よりも重視された為、船体の大型化による積載兵器の増加分は限られていた。沿岸海軍から外洋海軍への転換というには大星洋は広大であるが、それ以上の活動範囲を想定した設計である事は疑いなかった。


「だが、未だ設計には余裕がある様に見受けられる。砲も前甲板と後甲板に背負い式に二基ずつというのは十分であるが、中央甲板にも搭載可能ではないだろうか?」


 水雷兵装が限られるならば砲噴兵装による対艦戦闘となるが、兵装要項を見るに既存艦艇を僅かに優越する程度に過ぎず圧倒できる程ではない。船体規模を踏まえると寧ろ不足しているとすら言える。


「軽巡洋艦に匹敵する規模だから錯覚するかも知れない。でも、これは駆逐艦。二〇本もあれば平均的な搭載数。そして、砲は新型。長砲身で速射性が高い」

 

  渾身の得意顔をするヘルミーネ。無表情であるが鼻息が荒い光景は奇妙であるが、学生が背伸びしている様に見えて微笑ましいものがある。成果は勉学ではなく兵器開発として出てくる為、血腥い限りであったが。


「既存の駆逐艦が搭載している砲と異なり、半自動で発射速度は倍になる。しかも、砲身に冷却機構を搭載して砲身命数も大幅に増加する」畳み掛ける心算なのか砲の先進性を語るヘルミーネ。


 教室の如く見える雛壇状に席が配置され、正面に黒板のある会議室で、背伸びをして黒板に白墨(チョーク)で何かしらの説明文を記しているヘルミーネの背に、ヨシカワは何度も頷く。


「長砲身で倍の火力……それならば圧倒できるか。確かに設計図で見ると砲塔は大型化しているな」


 ヨシカワの見た限り砲身仰角を直上……九〇度まで上げる事が可能に見え、これは対空戦闘を考慮した様子であった。大型化による砲員の操作性向上も期待できる。砲塔自体の重量増加で旋回や揚弾の動力となる電動機なども高出力とせねばならない以上、同規模の既存火砲よりも遥かに重量増加を招く事は間違いなかった。その為に砲塔数が減少したが、それでも投射量は増大するので火力は寧ろ増加する。


 ――そうか、砲塔の数を減らせば一基当たりの増加した重量よりも減少幅は大きいか。


 兵器総重量を抑えつつ、時間単位当たりの火力は増加する。


「問題はまだこの新型砲は完成していないこと」


「それは……大問題ではないか?」


「そう、大問題。そもそも、そんな夢の兵器は簡単にできない」


 開き直る構えのヘルミーネだが、トウカがそれを許すのだろうかとヨシカワは怪訝な顔をする。


「高仰角を維持したまま再装填を行う機構の開発が遅延している。海軍も皇州同盟軍も主砲は平射砲から発展したもので軽量だった。でも、次はそうじゃない」


 フェンリスの娘とはいえ、事に軍事に関わる話であればそれを理由に見逃すとも考え難い。


「最悪、防盾付きの九九㎜対空砲を仮設する事になる。陛下はそうしろと言ってる」


 トウカも開発は容易ではないと見ているのかヘルミーネに無理な真似をさせない様子であるが、既存の対空砲では対艦戦闘に不足であると予想された。


「それでは……対艦戦闘はできぬ事はないが、些か威力が不足する」


「その為の雷装。陛下は将来的に誘導弾発射器に換装する心算みたい。対艦と対空の誘導弾。その辺りは私の専門外だけど、式神を利用した誘導方式を想定している……らしい」


 ヘルミーネから次々と出る話にヨシカワは、何処までが特に重要な軍事機密なのだろうか、と頭を掻くしかない。駆逐隊司令や水雷戦隊司令官の職責程度の人物に伝えて許されて話なのかと疑問を抱かざるを得ないが、下手に踏み込むと話が大きくなる為、聞き出す真似は出来なかった。知るという事は責任を負うという事である。


「将来を見越した拡張性のある設計の艦艇を量産するという事か」


「生産性も考慮して直線を多用した船体構造で、有事の民間造船所での建造も想定している。短期間で数を揃える事が重要みたい」


 ヘルミーネの指摘に、ヨシカワは大規模な戦争を想定しているのだろうと緊張感を覚えた。こと戦争に於いてトウカの予想や思惑は外れないというのが皇国軍人の専らの評価である。ヨシカワもその辺りは疑っていない。

 

 そして、建造計画への干渉を思えばトウカが大規模な開戦が起こると考えているのは自明の理である。


 トウカの下で枢密院が立案した総力戦計画に基づいた兵器生産は量産性を強く意識している。予算的都合もあるが、戦時下の効率的な戦力補充に加え、量産性それ自体が改修などを踏まえた汎用性と類似する面が大きい事もあった。艦艇性能も重要であるが、トウカはそれ以上に量産性や改修による多機能化を求めていた。しかし、皇国海軍は予算不足から近年まで個艦優秀主義を採用しており、これはトウカの求める海軍とは相反する。故に是正する必要があったが、この建造計画に天帝であるトウカの権威を海軍は利用する構えを見せていた。


 皇国海軍組織の職域に踏み込まれて遺恨が残りそうに思える話であるが、実際のところ海軍府長官と軍令部総長が揃って参内してトウカに泣き付いたという経緯がある。艦艇設計を担う艦政本部や艦艇毎の派閥を抑えるべくトウカの権威を求めた形である。


「ま、海軍は揉めたみたいだけど」


「ああ、最近の揉め事の震源地はその辺りか」


 トウカは激怒した。そして、止む無しと判断した。軍が内部を纏められないと権威を利用しようと試みたのだ。トウカから見ると怠惰や力量の欠如と見えても致し方ない。去りとて現時点での大規模な人事変更は混乱を招く。


 予算が増加しても航空母艦を主軸とした空母機動部隊に取られては意味がないと一部の海軍派閥が蠢動する為、海軍府の高官はトウカの合意を先んじて用意する事で無数の派閥を封殺する事を望み、トウカも空母機動部隊を提案した手前、無碍にはできないという事情もあった。


 冷酷な主君であるというトウカの世間一般での印象を最大限に利用するという動きは各府に見られる傾向である。冷酷な主君であるというのは紛れもない事実であり、トウカも政戦が安定する状況までは止むを得ないと考えていた。対するヨエルやベルセリカは難色を示した。宰相と枢密院議長の懸念はトウカの心情に対するものなどではなく、国家指導者の権威を利用して物事を進める事に対する姿勢であった。要職にありながら組織を差配する事を諦めて権威を利用する事を考える姿勢に対する疑義であり懸念である。


 給料分の仕事をしろ。各府庁の組織運営は天帝の職分ではない。


 端的に言えば、それである。


 無論、権威の肥大化への懸念もあるだろう。権威を示すという事は影響力を認めるという事であり、影響力は時に困難な要求の大義名分となる。傍から見るとヨエルとベルセリカがトウカの野放図な戦争指導を不安視していても不思議ではない様に見えた。


 ――天帝陛下は権威を扱うが、それは軍神としての権威の側面が強い。武断的な色ばかりが強調される事を厭うのは政務側としては当然の懸念と言える。


「軍人は困ると直ぐ天帝陛下に泣き付くって、蔵府長官が言ってた」


「ああ、それは、まぁ……」


 ヨシカワにも心当たりがある為、強くは言えないものがあった。


 重雷装艦四隻からなる戦隊を指揮していた頃、トウカに対して艦橋周辺の防弾能力不足を立ち話として話した際、翌週には改装工事の話が出ていたので、気遣い頂いて恐縮したという過去がある。無論、トウカは使用実績の報告書を求め、航空攻撃が一般的になれば爆撃や執拗な機銃掃射に晒されるだろうからな、と肩を竦めたのでヨシカワとしては背筋の凍る話でもあった。


 因みに後の演習で参加した戦闘航空団が頻りに艦橋付近への攻撃進路を取っていた事にヨシカワは軍事技術の進歩に呻いた記憶がある。


「つまり、一々、天帝陛下に泣き付かれない汎用性と拡張性が必要ということ」


 ヘルミーネの言い草に対してヨシカワは、嫌な副次目的がある、とげんなりする。


 実際、長期的に見て単価以外は全て満たすべし、との意向の下で設計は進められており、その船体規模は軽巡洋艦に迫るものとなっていた。単価も大規模な量産によって低下を望めるという事情もある。それ故に汎用性と拡張性のある艦を多数建造するという方針を選択したと言える。


「しかし、魚雷は時代に取り残されるという事か……世知辛いな」


 誘導弾への換装が予定されていると聞けば、ヨシカワにも思うところはある。


 ヨシカワは水雷科出身である。俗に言う水雷屋であり、彼はヴェルテンベルク領邦軍士官学校卒業以来、水雷戦隊一筋であった。そうしたヨシカワからすると自身が専攻した軍事技術が廃れるのは忍びないという話に留まらず死活問題と言えた。騎兵科の如く廃止され、昇進に影響が出るのでは人生設計に差し障りがある。無論、騎兵科将校には装甲部隊指揮官として活躍した者や戦車搭乗員となって武名を轟かせた者も少なくないが、昇進と戦功は時の運に負うところもあった。


 そうしたヨシカワに、ヘルミーネは、頭は大丈夫か?と言わんばかりに応じる。


「魚雷はなくならない。誘導魚雷の話も出てるし、潜水艦への攻撃に利用も想定されている」


 未来があるというヘルミーネであるが、ヨシカワは疑問を覚えた。


 昨今の軍事技術の進歩を踏まえると、そうした進歩が加わりヨシカワの水雷戦隊指揮官としての技量の介在する余地が大きく減じるのではないかという危機感。新技術の噂を聞けば、近い将来にヒトによる戦争ではなく、機械による戦争とでも言うべき様相を呈するのではないかと考えるものは決してヨシカワだけではない。


 トウカは人的資源の消耗を厭い、そしてヒトが介在する事を不規則性と見て兵器運用人員を最小化する事に余念がない。市井ではこれを自国民の人命を優先する慈悲と見る向きもあるものの、軍人達は内戦や対帝国戦役での熾烈な戦争指導を実体験している為、それが効率的な殺戮に資すると判断しただけであると理解していた。


残酷なまでの正しさこそがトウカの本質である。


「そこに水雷屋が負うべき専門性……あるだろうか?」


「うーん……魔導技師と電子技術の余地の方が大きいかも?」


 ヨシカワの問い掛けに、ヘルミーネは既存の水雷兵装の運用に必要な専門性とは大きく乖離してくると説明する。


 より高性能化するに当たり、精密性と複雑性が増し、関わる技術も増加する以上、専門性というものはより広範に渡る事となる。無論、指揮官が負うべき最大の要点は決心と決断に他ならないが、扱う兵士と技術を知る程に指揮官の決心と決断に於ける判断材料は増加する。


「だろうな。最近は若い兵士がぴこぴこと隅で訳の分からぬ事をしている。今後はああした輩が艦橋を埋め尽くすのだろうな。やれやれ、学ぶ事が多くて困る」


 電子技術や魔導技術、科学技術の進歩と、それらを複合的に利用した新技術の発展は目覚ましいものがあり、それらを学ぶ必要がある事をヨシカワは痛感する。


 同時に、ヨシカワとしては覚悟していた事でもある。


「技術革新と戦い、その余力を以て敵と戦うのが未来の海軍の姿である……何時かに軍神……天帝陛下に申された事を思い出したよ」


 自身が退役する頃の話でしょうか?などと笑顔で応じた嘗ての自身に、転職を早々に考慮しなかった事を殴り付けて教育したい心情であった。無論、ヨシカワも将官であり、その様な事は口にしないが。


「でも、技術革新との戦いはヒトが死なない。引き離した技術で戦争を優位に、短期間で済ませられるならば、それは正しい」


 或いは研究開発中の不慮の事故死などはあるやも知れないが、通常の戦争と比較すると僅少であり、その技術優越を以て実際の戦争での有利を獲得し、短期間で目標達成が叶うのであれば費用対効果は高い。


「因みに潜水艦隊が増強されるから魚雷の生産数は増える。水上艦の魚雷との互換性の問題も出ているけど、今はそこが揉めている」


「魚雷の互換性?」


 技術革新で話が面倒となる兵器に遂に魚雷も加わったのかと、ヨシカワはうんざりとする。


 技術革新に伴う兵器の興亡は軍人を含めた関係者達の悲喜交交を招いていた。


 陸軍では騎兵科が廃止され、軍馬は輜重科の荷馬に転用されるか民間に払い下げられる事となった。騎兵科将兵も大部分は輜重科に転属する事になり、戦闘兵科でなくなった事に不満を持つ者は装甲科に流れる事となり、影響を受けた者は数知れない。軍人は勿論、軍馬を納入する牧場やそれを支える産業を踏まえれば、影響を受けた人数は一〇万名を優に超える。これはトウカの機甲戦力重視の方針によるものであるが、元より銃火器の発展で一度の騎兵突撃を敢行するだけで兵員の半数を失う兵科であるという実情もあった。強力な魔導障壁を展開できる魔導士は装虎兵科や軍狼兵科を選択する傾向にあり、騎兵科は魔導技術の恩恵が限定的であった事も大きい。


 最も有名な技術革新による兵器……軍馬の状況は広く知られている。


 それだけではなく、皇国陸軍の装虎兵科や軍狼兵科でも優秀な魔導士を優先的に配置されでも尚、年々高性能化する火砲の前に損耗率拡大が予期……現に帝国との戦争で無視できない被害を受けており、それを見越して兵科の縮小が決定されている。其々の兵科に採用されている主力戦闘獣の育成や飼育数の大幅削減は利権の問題も伴って各新聞社も無責任に噂話を書き立てていた。


 海軍でも、技術革新に伴う兵器の興亡は生じている。


 駆逐艦の大型化で軽巡洋艦との差異が縮まり、兵装も対空砲が増強された代償に火砲や魚雷の搭載数が減少している。生産する企業からすると死活問題である。トウカによる軍備拡充計画による艦艇数拡充で補いが付く兵装もあるが、北部の軍需企業も皇国軍への兵器供給に加わる事となった以上、供給企業側も増加する為、厳しい業績に置かれる企業も生じ始める事は間違いなかった。


 兵器が不足しているが、需要の少ない兵器を生産している企業が、生産兵器の変更を短期間で為せる訳でもない。生産工程の変更は予算と人員と教育の面から多大な負担と時間が必要となる。


 上り調子の軍事産業だからと関連企業の全てが増益という訳ではない。兵器需要の変化は技術発展に伴い目まぐるしく変化している。時勢を読み損ねた企業が苦節を味わう、或いは倒産する事は世の常である。軍需企業とて例外ではない。


 ヨシカワは魚雷の話であれば自身にも飛び火するかも知れないと溜息を吐く。


 軍需企業が将官を動かそうと怪しげな動きを取る事は既に先例がある。端的に言えば賄賂であるが、余りにも兵器開発の潮流が激しい為、実を結ぶ例は現時点では少ない。天帝であるトウカが兵器開発を逐一把握する事に努め、口を挟む為である。将官の意向など天帝の意向の前では霞む。


「今、潜水艦が採用している魚雷はヴェルテンベルク領邦軍が採用していた酸素魚雷。これの直径が六一㎝でかなりの大型。潜水艦隊司令部が之を過大と見て、小型化して一隻当たりの搭載数を増加させたい……みたい」


 ヘルミーネからの情報に、ヨシカワは衝撃を受ける。


 魚雷の種類を増加するという事である。


「なんと……小型の魚雷を開発するのか。て、天帝陛下は御認めになられたのかい?」


 生産兵器の種類を増やす事に対し、或いは軍事費に事ある毎に難癖を付ける大蔵府長官よりも厳しい天帝が、そうした意見にどの様な反応をするのかヨシカワとしては戦々恐々である。


「噂だと、已むをえまい。二種類に分けるのは合理的だろう……だって」


 魚雷という兵器の規模を一つに統一する事は却って運用上の不便を招き、非効率を実戦部隊に強いる事になるとの判断であり、トウカは已む無しと考えていた。航空騎への装備や特段と小型の武装艇への搭載に於いて、現状の魚雷は規模(サイズ)や重量の面で制限が多い。ヴェルテンベルク領邦軍艦隊の場合、敵戦艦撃沈の為、武装に船体や運用、兵站を合わせる事を躊躇しない為、問題とはならなかった。力技でねじ伏せたと言える。敵野戦軍や敵艦隊の撃滅を最優先する為の軍隊所以であった。


 しかし、そうした殺意に満ちた非効率を皇国軍に持ち込む訳にはいかない。


 ヴェルテンベルク領邦軍艦隊の例は、殺意に満ちた無理を押し通す事を当然とする将兵達と目的の徹底的なまでの純化があって初めて成立する。当然、領地防衛に特化し、航続距離を大幅に犠牲にできる部分も大きかった。


 ヴェルテンベルク領邦軍艦隊の戦闘艦は極一部を除いて敵戦艦の撃沈に特化していた。故に魚雷艇なども駆逐艦や巡洋艦に搭載する魚雷を運用できる様に大型化していたが、ヴェルテンベルク領邦軍艦隊と皇国海軍では規模も状況も異なる為、そうした編制と運用は困難であった。


「知らぬところで驚くべき議論が起きているという事か……花魁の簪の一件もある。恐るべき技術の進歩だな。最早、付いてゆけぬ」


「奇遇。技術者もそう。理論と完成していない技術と兵器ばかりが一人歩きしている。天帝陛下の理想ばかりが垂れ流されている」


 恐らくは開発中の兵器は推測される性能を発揮するであろうが、それは完成後の話であり、未だ試作段階のものが多数存在する。


 その際たるものが電波探信儀(レーダー)である。


 莫大な予算を投じながらも開発が難航しているが、試作品による艦載試験なども行われており問題点の把握や運用方法の確立にも熱心であった。そうした余波を実戦部隊は受けており、建造中の試験艦が就役するまでは実戦部隊の一部艦艇がこの試験に従事している。当然ながら軍艦という限られた容積の中に兵器や装甲、主機、弾火薬、住環境に関わる一切合切を詰め込む都合上、積載量に余裕がない場合が多い。将来的な改修を見越して余裕のある設計をしている艦艇も存在するが、それも一般的に考えられる程の余裕ではなかった。そこに試作兵器とそれを運用する技術陣を積載して行動するというのは、元より余裕のない小型艦である程に困難であった。


 ヨシカワは駆逐艦艦長達からの不満を幾度か耳にしていた。


 花魁の簪と揶揄される電波探信儀(レーダー)空中線(アンテナ)をヨシカワは思い浮かべるが、確かに銀細工の如き構造物を艦橋上部に取り付ける事に否定的な駆逐艦艦長は多い。特に対空戦闘訓練に於いて判明した事であるが、既存艦艇の艦橋は対空戦闘に適しておらず、空が本格的に戦場に動員された事で対空監視が必要となった。舷側座(スポンソン)を増設し、対空監視要員を配置する様な改修は開始されているが、航空騎は艦艇と比して遥かに優速であり、発見から連絡、行動までの時間的余裕は艦艇を相手にするよりも遥かに少ない。そうした経緯から艦長達……特に艦隊の外郭を担う駆逐艦の艦長達は、その即応性を維持する必要性から自ら目視する事に拘った。


 艦橋の天井……天蓋部分にある点検用艙口(ハッチ)から顔を出し、時には双眼鏡を手に取りながら敵騎の動きを確認しながら指揮を執るという方法が常態化していた。当然ながら、艙口(ハッチ)は視察口ではない為、態勢の維持には特段の”配慮”が必要であった。端的に言うと、副官や副長、水平達が肩を貸し、その肩の上に立つ事での指揮であり、これは海軍府総司令部も認識しており、問題視されていた。中には転舵方向を肩を蹴りつけて伝える艦長も存在し、艦橋要員の負担は大きい。


 ――そもそも、駆逐艦の艦橋天蓋は非装甲だ。機銃掃射で指揮機能を喪失する可能性が高い。回避を確実なものと為さしめる事を優先するのは当然と言える。


 駆逐艦という兵器は一般人から見ると巨大であるが、海軍軍人から見ると小型艦であり、その装甲が皆無に等しい事を知っている。それ故に駆逐艦の艦長は自艦の防御力を信用せず、回避による生存を重視する傾向にあった。その為、目視による状況把握の為、艦橋から積極的に身を乗り出す姿は艦隊戦時にも散見される。当然、海軍府の交戦時行動規則からは逸脱するが、慣習として黙認されていた。


 しかし、航空攻撃で艦橋を攻撃目標とする合理性は既に航空艦隊から指摘されており、いずれ周辺諸国の海軍が対艦攻撃を実施する段階になり対策を始める様では手遅れである。対空火器の装備などは推進されているが、攻撃を受けた際の防備や対応手段の整備は低調であった。


 無論、それは対空火器の開発や搭載配置、運用方法に対して具体的に過ぎるトウカの言及があった為であり、そうした部分と比較しての低調という意味に過ぎない。トウカはそうした部分を未だ認識しておらず、結局のところ個人の目の届く範囲など国家や軍隊という規模から見れば極一部でしかなかった。


 ――射撃指揮装置が揉めている事に皆が目を奪われている事も大きいだろうが。


 対空射撃というのは基本的に命中しない。


 そうした意見もある程に命中率が低く、これは以前から問題視されていた。陸軍でも高射射撃指揮装置は配備されているが、その単価と品質、配備数の面で不足が著しかった。射撃に秀でた種族が高射射撃装置を運用する事で命中率を底上げしても尚、縦横無尽に飛行する航空騎への命中は容易ではなかった。


 実際、飛行機械……“航空機”と異なり“航空騎”は生物兵器であるが故に挙動の面で多彩で柔軟な動きが可能であった。無論、積載兵器次第では動作に制限が付くものの、戦闘機などの小型騎は比較的生物的な飛行を戦闘機動として行う事も珍しくない。


 当然ながら命中させる事は容易ではない。


 元より弾丸を目標に命中させる事は、目標の規模や距離にもよるが困難である。


 重力の影響を受けて放物線を掻いて飛来し、風雨、温湿度、惑星の自転……多くの物理的影響を受け、弾道は直進しない。その上、目標が移動している場合、未来位置を推測して射撃する必要がある。弾道と目標の未来位置の交差点を算出する必要があり、その為の計算を行わねばならないが、目標が飛行していた場合、或いは銃砲それ自体が移動し続けていた場合、その計算の複雑さは増大する。敵騎は複雑な軌道で空を舞い、対空火器を搭載した艦艇は波浪で上下にも揺れる。


 命中するはずもなかった。


 それを命中させる為の艦載用高射射撃指揮装置の生産は遅れており、存在はするが精度も低く海軍府も満足していなかった。トウカは多方向からの来襲に対応できる数を搭載していないと見ており、増産を指命令したが、それも難航している。艦載である以上、重量と規模(サイズ)に於いて制限があり、それを満たす構造の為に高価であった。当然、複雑な構造であるが故に製造に時間を要し、軽量化の為に消耗部品の交換頻度も高い傾向にある。


 よって対空火器ほどに生産が間に合っていない現状がある。


 これにトウカが言及した事で注目を受け、それ以外の問題が埋没した経緯がある。


 海軍府としても天帝陛下からの御下問を受けた問題を過大視し、他の問題が埋もれる事になった。投じられる予算と人員も偏重しており、これは海軍が天帝に配慮し過ぎている事が理由にあるとヨシカワは見ていた。


 ――海軍は天帝陛下の近くにヒトを置けていない。他府の後塵を拝している。


 直接、意思を伝える事が陸軍よりも遅れる、或いは水面下で意思疎通を図る事に対して時間を要するという事である。喫緊の案件への即応性低下という部分もあるが、それ以上に信頼関係の構築という面で時間を要するという事が問題であった。ヒトの全てが合理的に振舞える訳でもなければ、直截的な遣り取りを避けて重要な事柄が不十分な儘になる可能性もある。国家指導者との遣り取りに臆さぬ者は稀であり、トウカも会話に於いては寛容な姿勢を心掛けてはいるが、それが功を奏しているとは言い難い現状があった。余りにも“実績”が在り過ぎたのだ。


 国家指導者が各府の細部の案件にまで口を挟む事は好ましくないと考えているのか、最近のトウカは提案という形で意見を伝えはするが、考慮した上で決定する主導権を各府に与える形を取っている。結局、多大なる配慮を要求されているに等しいので各府は動揺を避け得ないが、そこで臆さぬ面子が各府に居る事も確かであり、今は健全な意思疎通が行われ始めた所である。


 各府もトウカの意向を窺う……妙に具体的で正確な意見を恃むところ大であり、実際のところ双方は歩み寄りの意思があった。ましてやトウカの方針は事細かに示されているが、皇国の実情と擦り合わせるという点では未だ議論すべきところが多い。特に法制度上の齟齬を擦り合わせる為、法務府はトウカへの上奏が陸海軍府より多いが、それはトウカの行動を把握する事に努めているという側面もあり、それは恐怖を上回る焦燥あってのものでもあった。


 本質的に皇権神授による神権政治の側面を持つ皇国では、皇権は法律に優越すると明文化されているが、堂々と無視される様では困るというのが法務府の意向であり、そうした事実が臣民の順法精神に悪影響を与える……行き着く先に緩やかな領邦制の側面が綻びを見せるとの判断があった。臣民が法を軽視するならば、貴族もまた同様であり、権力を持つ者がそう振舞うならば統治は難局を迎える。


 法務府にとって現在の皇国の統治は法的妥当性に背を向けた部分が多い。


 トウカが短兵急に政戦を進めるに当たり、既存の法制度と相反する命令、或いは違反するものは無数とあった。無論、倫理や道理に反する判断は稀(ない訳ではないが)であるが、法改正を御座なりにした動きは好ましいものではなかった。


 それは各方面への根回しをしていない。或いは、最低限であるという事でもある。


 法務上の諸問題からの逸脱は避け得ない。


 故に法務府は主席法務官をトウカの付き纏い(ストーカー)の如く張り付けている事は有名である。さも当然の様に補佐官の如く振舞っているとの事であり、法的齟齬を照会するに便利であるとトウカもこれを認めていた。認めさせるだけの人物であるとの話であり、中々に癖の強い人物であると専らの噂である。


 残念ながら海軍はそうした動きを取らなかった。


 陸軍や皇州同盟軍がリシアやクレアを通じてトウカとの遣り取りをしているが、海軍府はそれに便乗できると考えている節があったが、ヨシカワの見た所、そうはならなかった。クレアもリシアも其々、立場があり、海軍との折衝の機会に乏しい。最近では一方は座敷牢、もう一方は他国への派遣があり、海軍どころか陸軍や皇州同盟軍すら二人を利用したトウカとの意思疎通に制限が付いている。


 ――まぁ、小さな問題が生じる度に御伺いを立てるのは健全ではないからな。


 兵器の発展傾向まで最高指導者に兵器の研究開発の方向性について尋ねるというのは健全な軍組織の姿ではない。そもそも、軍事技術の進展に奇妙な程に造詣の深い国家指導者を頂く幸運は歴史を見ても前例は一つしかない。軍事技術進展への理解や投資への積極性ならば珍しくないが、トウカの様な具体的で専門性のある軍事技術を知っているというのは、トウカを除くと初代天帝しかいなかった。


「恐るべき天帝陛下……技術者は陛下の意見を聞きたくて仕方がない。産業分野の有力者も……困った話だけど金のなる木に背を向ける商売人はそもそも才覚がない」


 天帝不在の御代によって生じた技術的停滞をトウカの持つ知識で是正しようと試みる企業が最近は現れ始めているとヘルミーネは指摘する。


「……産業……軍需産業かな?」


 ヨシカワとしては、皇国の軍事技術や産業技術が諸外国と比して落伍している様には思えない為、停滞というのは自企業内で生じている強迫観念染みたものがあるやも知れないと考えた。企業として技術発展を実感できないのは、天帝不在の御代に於ける経済的停滞から利益の減少に伴う研究開発費用の不足を踏まえれば不思議な事ではない。研究開発の質と量が低下するのは当然と言えた。


「それもあるけど、それ以上に規模の大きい民間の重工業辺りが張り切ってる。特に車輛とか家庭用機械器具の企業(メーカー)が野心を燃やして鬱陶しい」


 心底と汚らわしいという表情を隠さないヘルミーネ。露骨に表情を、それも否定的な感情を露わにした姿に、ヨシカワは相当に鬱憤が溜まっているのだろうと見た。


「家庭用機械器具……冷蔵庫や焜炉(コンロ)辺りか……貴官の担当範囲でもないだろう?」


 世の奥様方が夫に強請(ねだ)る家事を容易ならしめる家庭用機械器具……ヨシカワにはヘルミーネに関係のあるものとは思えなかった。無論、大量の乗員を擁する軍艦の炊事家事洗濯を思えば、そうした器具の発展は望ましい事である。業務内容の簡略化と省人化が可能となれば、乗員削減が可能となる。器具の重量と規模(サイズ)を踏まえても、乗員一人乃至数人が航海に必要とする食糧や水、生活必需品を搭載する空間を思えば採用は十分に有り得た。


「洗濯機に電子加熱器(レンジ)……まだまだある。輸出大国を目指したいという天帝陛下の意向に大喜びらしい」


 多種多様な家庭用機械器具の提案をトウカが行い、それに複数の企業が手を挙げたという構図だが、それが各企業の野心に火を付けた。


「挙句に馬鹿が軍事技術まで用いて製品開発をしようとしている」


 洗濯機で潜水艦の水流魔術制御を利用して効率的に汚れが落とせるのではないかと言い出す馬鹿に、電波探信儀の技術から電磁波照射で食品を加熱できるのではないかと言い出す馬鹿……そして、そうした技術が企業に漏洩している現状。


 閉鎖都市の造成は正しかった、とヘルミーネが吐き捨てる。


 軍事技術の研究開発に関わる大部分を都市という箱庭として抱え込むという大規模にして多額の予算を必要とする暴挙。軍事技術の漏洩の規模を思えばそれは正しかった。


「私が関わった軍事技術もあるし、母が煩い……もう全部、国営企業にしてしまえばいい」


「独裁国家の誹りを免れんな……いや、まぁ、天帝陛下の為さり様は既に独裁者の如きものだと口さがない者は言うが」


 実情と擦り合わせるなら軍需企業の国営化も不自然とは言えず、市井もそうした流れにあるのだろうと納得しかねない現状があった。


 ――天帝陛下の戦闘国家か……


 最近、陸海軍将兵の間で口にされる皇国の有り様に対する評価をヨシカワは知っている。皇州同盟軍に関しては、これを黙殺していた。必要なら殺すという話でしかなく、そこまで大層な話ではないと考えている節がある。


「しかし、商人共も変わり身の早い事だ。天帝陛下に頭を押さえ付けられていて静かにしているかと思えば、銭になると判断すると忽ちに意見を翻す」


 銭勘定に(かま)ける者に政戦に口を挟まれるのは軍人であるヨシカワとしては業腹である。彼らは軍人の生命にも値札を付けている。それも安値であり、自社の懐が痛まない出費だと考えている節があった。商人は国家や公益というものは、建前として口にはすれども本音としては持ち合わせていない。


「その背後に居るのは蔵府……とは言え、あの守銭奴は関わっていないみたい」


 大蔵府と言えばセルアノという印象が定着しつつあるが、国家の金庫番である以上、大蔵府というのは以前から国富増加の試みに対して積極的であった。成功していたか否かを別としても、その試みが以前よりあり、それは現在に至るまで継続していた。その潮流の一部としてトウカの意向を大義名分として工業製品の輸出拡大を目論む動きがある。


 しかし、先進的な工業製品には、先進的な技術が必要である。


 そこで大蔵府は各種軍事技術に目を付けた。


 無論、軍事技術などという量産性と工作精度、設備導入に於いて困難と手間の多いものを転用するのは費用対効果の面で問題が生じるが、大蔵府や各企業は軍事技術の一部を転用して工業製品に合わせた更なる研究開発を意図した。


 陸海軍府は難色を示した。先んじて軍事技術を嗅ぎ回り、民間企業に軍事技術の概要を伝えたという問題もまた心象の悪化を招いた。


 そもそも、軍事機密漏洩にも触れる話であり、憲兵隊による摘発も発生した。


 結局、トウカの裁可を仰ぐ事態に発展し、軍事技術の民間移転を判断する機関の発足が決まった。この決定までに三人が不審死を迎えており、陸軍による謀殺だという批判が大蔵府から寄せられており、これもまた混乱と確執を招いた。


 そうした経緯もあり、ヘルミーネは造成されつつある閉鎖都市に猶更と篭る様になった。技術を巡る各府の綱引きに利用されては敵わないとの判断であり、ヘルミーネは狼として危機への嗅覚を失っていなかった。


「技術に振り回されて、愛国者達が騒いでいる。技術なんて実用化できるか分からないし……挙句に資源にまで口を挟む。資源も敵国があって容易に扱えるものでもないのに」


 ヨシカワもヘルミーネに賛同すること頻りである。


 未だ得ていない技術や資源を目当てに先々の皮算用をする姿は滑稽極まるものであり、ヘルミーネからするとトウカが掣肘しない事が不満であった。対するヨシカワはその意図するところを察してもいた。


 ――結局のところ天帝陛下は官僚や財界が積極的になれる機会を潰したくはないのだろう。


 天帝の武威の下、周辺諸国は皇国に多大な配慮を示し、その軍事的影響力は計り知れない。それは国内も例外ではなく、寧ろ武断的姿勢を肌身で感じ、その破壊と抑止力による安寧を目の当たりにした臣民には好意的な者も多い。


 しかし、企業や商会、官僚は異なる。


 トウカと対立、或いは不興を買う立場の者が不審死した事に起因する消極的姿勢を堅持している団体や個人は少なくなかった。


 余りにも殺し過ぎた結果と言えるが、その消極的姿勢により即位以前や即位直後は国営上、或いは経済上の不都合な干渉を抑止できた事もあり、トウカは当座を凌ぐ事を優先した。


 ――そうした部分に意識を裂く余裕ができたという事なのだろうな……


 ヨシカワから見てトウカに余裕ができたのであれば喜ばしい事であり、国家指導者の苛烈な姿勢が和らぐ事への期待もあるが、それ以上にヨシカワも北部出身者である為、トウカに対する心配があった。無理をする若者という印象をヨシカワを含めた北部の年長者は拭えないでいる。要領が良過ぎてどうも遣り過ぎる若者を庇う年長者の役目を勝手に自認する将兵が少なくない。


 ――皮肉屋の割に困った顔もするところが受けがいいのだろう。


 容姿含めてそう見える年長者相手の場合、トウカは孫であるかの様な仕草をするところがある。当人に自覚はないであろうが、恐らくは日常的に年長者達と遣り取りする機会があり、年長者が望む、そして人間関係が丸く収まる様に立ち振る舞いが収斂していった結果、そうした仕草を自然と見せる様になったのかも知れない。


 ヨシカワの推測は大凡、当たっていたが、トウカがそうした仕草を見せるのは年長者の力量を見せた実力者に限られていた。そして、そうした扱いを受ける者は往々にしてその事実を失念する。ヨシカワもまたその一人であった。


 ヘルミーネは平素の無表情へと戻り、応接椅子に深く腰掛け、自身の尻尾を膝上に乗せる。


「ところで本来の予定は……新型駆逐艦に文句を付けに来た?」


「まさか、大型化して装備も充実。それでいて機械化で乗員数は据え置き。まぁ、実戦に耐え得る砲の開発が遅延しているのは御愛嬌というものでしょう」


 ヨシカワは朗らかな笑みで肩を竦める。


 駆逐艦乗りや水雷屋にとり、開発遅延など御愛嬌程度の話でしかない。トウカの即位以前では、装備の充実した艦隊型駆逐艦の建造計画や、それに合わせた新装備の研究開発など予算編成の俎上にすらなかった。それを思えば、長く実戦配備に耐え得る艦隊型駆逐艦の配備に予算と人員を裂く動きが明確に打ち出されている現状は満足できるものであった。数十年単位での苦労を思えば、数年程度は十分に待てるとの判断。


 ヨシカワは本題から逃げ続ける訳にもいかない、と懐から封筒を取り出し、ヘルミーネへと手渡す。


「いや、実はだな。陸軍の将軍の婚儀への参加要請をしに来たのだ」


「???」これ以上ない程に首を傾げるヘルミーネ。


 そうなるだろう、とヨシカワも苦笑するしかない。寧ろ、伝書鳩宜しく招待状を携えて訪問しているヨシカワとしても揃って首を傾げたいところである。


 建前の上では新型の艦隊型駆逐艦の設計についての質問や助言という名目が用意されていたが、その目的はとある陸軍将官の結婚式への参加要請の伝達であった。


 本来、皇州同盟軍艦隊大佐の立場のヨシカワが負うべき任務ではない。


 それ故に隠れ蓑として最適と抜擢された。


「私の友人に真っ当な結婚が叶う者は居ないはず……」


 おや、友人が居られるのですか、とは口にしないだけの分別があるヨシカワだが、高位種の異性に対する要求水準の過大なること甚だしいという事実を信じて疑わないヨシカワは要らぬ半畳を挟む真似もする事はない。


「天帝陛下も御臨席なさると聞いております。些か面識があるとか」


 内戦中に遭遇したとの事であり、ヨシカワも詳しくは知らなかったが、天帝陛下をして、生涯最大の戦果だろう、と評しているという噂がある為、半ば物見雄山であるかも知れないとも疑っていた。


 手紙の差出人を一瞥し、ヘルミーネは渋面を浮かべる。


「……そこからの要請……政治……種族面での演出?」


 政治に疎いかと思えば、ヘルミーネはトウカの意図するところを正確に言い当てた。


「銀狼からも手紙が来た。要領の得ない手紙だったけど浮かれている事は分かった」


 呆れ返ったヘルミーネの声音に、ヨシカワは面識があるのかと驚く。


 ヴォルフローレ・フォン・ハインミュラー中将。


 今回の婚儀の新婦であり、銀狐族の女性将官であった。若き日は軍狼兵として勇名を馳せ、現在は〈中央軍集団〉司令部軍狼兵参謀の要職にある。内戦中、ベルゲン空挺強襲時にはトウカと交戦しており、それを踏まえればトウカと面識があると言えなくもない。ヘルミーネもヴィトルニル公爵家の直系であり、狼系種族内に於ける名将との面識があっても不思議ではなかった。


「魂消た。あの銀狼が伴侶を迎えるなんて。その相手は……オスカー・ウィリバルト・バウムガルテン?」


「〈中央軍集団〉司令部砲兵参謀を努める中将です。人間種で初老に差し掛かる年齢の男性ですが、当官も詳しくは知りませんな」


 最近まで海上勤務一筋だったヨシカワが陸軍高官の為人や人間関係を知るはずもなかった。それどころかヨシカワは皇州同盟軍艦隊所属である為、海軍高官の事も詳しくはなかった。ただ、元は海軍中将であったシュタイエルハウゼン提督が皇州同盟軍に属している為、海軍高官に関しては其方の伝手があり、対する陸軍はそうした伝手がない。ザムエルが陸軍に転属となったものの、ヨシカワは面識がある訳ではなかった。


「高位種を射止めるだけの男……何かを持っていると思う。まぁ、高位種も色々と居るから趣味が悪いという可能性もある」


 自己紹介ですか?とは口にしないだけの分別をヨシカワは持っているが、ヘルミーネが或いはトウカの側妃となる可能性もあるので、飛び火しかねないとの理由もある。トウカを趣味が悪いと後に詰られるのは皇国軍人であれば誰しもが避けたいところである。


 実は、この婚約に対するヘルミーネの反応を探るという役目をヨシカワは負ってもいた。否、負わされていた。


 その役目を負わせたのは北部在郷軍人会である。直接の遣り取りは予備役となったハウサー大将であり、彼は陸軍からの要請を受けたヨシカワに便乗する形でヘルミーネが側妃となる可能性を探ろうと試みた。ヨシカワからすると自身の軍務の範疇を逸脱する話であり迷惑極まりない要請であったが、高官からの要請ともなれば断り難い。皇州同盟軍総司令部が容認した事も大きい。


「その趣味の悪い生き物の見物に善意で呼ばれた訳ではない筈……ヴィトニル公爵家の血筋が参列する事に意味がある?」


「御明察です。狼系種族の長に連なる人物が臨席する事で箔が付く、と」


 トウカは二人の結婚に箔を付けてやりたい、と考えており、人間種の男性と高位種の狼が結婚するという慶事に対し、国家として肯定的に捉えているという意思表示を行うべきとの判断であった。種族的な交流や価値観の平準化による衝突の余地を減じる事にトウカは熱心であり、彼は多種族国家を指導する立場にありながら、多種族国家という実情に大して醒めた視線を向けていた。


 各種族の種族特性を利用した国営を行うという長所は、科学技術の進展に伴い種族特性は年々、補う事が可能となりつつあった。そうした中で種族特性からなる役目や仕事は特権意識に繋がり易く、所得にも差となって表面化する短所が無視できなくなりつつあった。否、トウカはそれを放置すると将来に禍根を残す事になると危機感を抱いていた。不満の源泉となりやすく、長きに渡る役目や仕事は伝統や仕来りに転じ、強固な固定観念や既得権益となる。


 トウカがそれを口にする事はないが、種族特性に依存した政治や産業からの脱却を指向している事は周知の事実である。その一環として種族間の婚姻の推進による相互理解……交流促進を意図していると見る者は少なくない。ヨシカワもその一人であった。


 ヨシカワは誰の意図するところか口にはしないが、大体の予想が付く話でもあり、ヘルミーネは眉を顰める。


「陛下がそう望まれた? そこまで気を遣う相手なのに名前を聞かないというのは不自然」


「当官も首を傾げるところでありますが、〈中央軍集団〉とは内戦中に交戦した経緯がありますので」


 或いはトウカの琴線に触れる何かが内戦中にあり、その一端を担う者が今回の新郎新婦であるという可能性は十分に考えられた。寧ろ、その可能性以外をヨシカワは予想できない。


 明確にトウカの要請であるとは口にしないが、そうである事実は迂遠に示した形であり、ヘルミーネもそれを察したのか行きたくはないが拒絶はできないという心情が露骨に見て取れる表情をしていた。


「承知した……けど、招待状の書き方って……どうだっけ?」


「ああ、それは……」


 そうした経験に乏しいヘルミーネをヨシカワは指導する羽目になるが、元より結婚式の招待状というのは人生で幾度も目にするものではない。結局、二人揃ってそれらしく記す事になる。




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