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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》

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第四一五話    〈傭兵師団〉と〈第一二航空艦隊〉 前篇




「出征……うむ、 出征ではあるな、 出征ではある」


 フルンツベクは輸送騎から舷梯(タラップ)を用いて降りつつも、奇妙な現状に対して思う所がある為、その表情は何時にも増して厳めしい。滑走路に降り立ったフルンツベルクは、その長大な滑走路を一瞥して大層な事だと遠方を睨む。


 クローベル伯爵領、領都郊外の飛行場は未だ建設途上にあったが、それでも尚、その完成時の規模が巨大である事を窺わせる。実際、航空騎を八〇〇騎以上運用可能な航空基地の建設を目指しており、空輸にて投入された工兵隊は交代勤務で作業に励んでいた。


 翼を休めるの姿が滑走路沿いの駐機場に見受けられるが、その数は多く、龍舎で鳴きを上げてい竜を含めれば概算で三〇〇を超えている様に見えた。掩体壕で整備兵によって行われている鉄籠や機関砲などの整備を見れば戦力化も熱心に行われている事が窺える。梱包された航空装備の組み立てによる戦力化は着々と進んでいた。


 とは言え、その航空基地を防衛する戦力は乏しい。


 本来は、一個増強師団規模の兵力を持つ〈傭兵師団(ランツクネヒト)〉が担う予定であったが、その兵力規模は段階的な兵力派遣を経た最終目標であり、現状では一個歩兵大隊と二個防空大隊という規模となっていた。


「伯爵領の規模を考えれば一個歩兵大隊では到底足りんな」


 遠方に窺える出迎えの航空基地司令部の面々に答礼しつつも、フルンツベルクは兵力不足を嘆くしかない。


 クローベル辺境伯領は大公国と評して差し支えない規模の領土を持つ。他国から見ても接する国境付近が大層な辺境であった為、小競り合いもなく放置されており、辺境伯ではなく伯爵でもよいのではないかという意見も連合王国内でも出ていた程である。辺境伯とは元より国境防衛の為に有力な権限を持つが、余りにも辺境でそれを必要としないが故であった。


 クローベル辺境伯領を取り巻く環境は、人口すら疎らな辺境地域でしかなく国境を三国が面していても争う理由が生じなかったというものに尽きる。特に部族連邦側は森林地帯であり、共和国側は河川があり水捌けの良い丘陵地帯である為に農耕には適さないが故に人口は乏しく、三国で国境を跨いだ交流も限定的であった。


 争うにも基盤が必要であるが、その基盤……特に生活や移動を担う部分で多大な制限が付いた。軍隊の駐留に耐え得るだけの環境や公共施設はなく、そこに軍を投じて戦う無謀は各国共に理解していた。人口や資源の面でも見るべきものがない以上、戦力投射の採算に見合うものはないという判断。


 しかし、皇国は大規模な戦力投射を宣言した。


 連合王国側からの非難はあったが、皇国は、帝国に与する敵性国家の排除已む無し、と極めて苛烈な返答を以て応じた。共和国はこれを熱烈に支持し、協商国も要塞線崩壊後に連合王国を痛烈に批判して皇国に続いた。部族連邦は表面上、苦言を呈するに留めたものの、自国領土を皇国に割譲してまで連合王国問題に皇国を介入させようとの意図を露わにしていた。四ヵ国揃って分割統治を水面下で目論んでいる以上、節操のない話の如く思えるが国際関係とはそうしたものである。


 そもそも、この時点で呑気に武力進駐に非難声明をしている時点で、未だ共同分割統治に気付いていないという事でもある。神州国まで加わるのだから四面楚歌という表現すら生温い。


 ――可能なら連合王国軍を脅かせ、か。無茶を言うではないか、あの若造め。


 政戦両略の天帝陛下は厳しい要請をしているが、飽く迄も要請であり命令ではない。命令はクローベル辺境伯領の保持のみである。去りとて、本来は共和国側の戦線に〈傭兵師団〉が投入される予定であった事を踏まえると、激戦となるよりは遥かに被害が抑えられる為、傭兵達の頭目であるフルンツベルクとしては否と言い難い話でもある。


 クローベル辺境伯領は領都周辺の村落がある程度密集しており、それ以外は森林地帯や草原地帯となっている。この草原地帯も軍であれば踏破できそうに思える表現であるが、人間の全長の三倍は届こうかという雑草類が繁茂する土地であり、道路を敷設する為には相応の労力を払わねばならない。ヒトに害を及ぼす虫や植物を排除し、道路建設を推し進めるのだから時間も予算も相当なものとならざるを得なかった。


「ミラン中佐、何処までやれるか?」


 舷梯(タラップ)を降りたフルンツベルクは、舷様の手摺を以て慎重に降りる白兎へと意見を求める。


「団長閣下、そこは相手次第と申したではありませんか」


 フルンツベルクは僅かな巡の後に手を差し伸べる。部下とは言え異性に馴れ馴れしいというのは好ましくない。


 ミランは、多種族に配慮した皇国軍用規格の舷梯ですら些か歩幅が苦しいのか慎重に降りてくる。


 安易な関係は好ましからざる印象を周囲に与えかねない。そもそも、体格差が在り過ぎて周囲に胡乱な視線を向けられている事をフルンツベルクは察していた。


 ミランも僅かなの後、フルンツベルクの逞しい手を取る。


 その逡巡が周囲からの印象を慮ってのものか、純粋に体格差のある巌の如き佇まいに怯懦を覚えての事か、フルンツベルクとしては大いに気になるが、まさか問い掛ける訳にもいかない。婦女子の扱いを遅まきながらに教育されている様な感覚すら覚えたフルンツベルクは居心地の悪さに軍帽を被り直して歩き始める。無論、ミランの歩幅に合わせて。


 一歩後ろに続くミランは、咳払いの後、フルンツベクの問い掛けに説明を加える。


「実際のところ、共和国からの情報も有力な連合王国軍部隊の所在程度のみですので、先ずは調査が先かと思います。連合王国北東部は余りにも不明瞭かと」


 道理であり、ミランが事前に情報を集めるであろうと見ていたフルンツベルクは、それでも然したる情報が集まらない事に対して辺境というよりも未開の地であるという印象を抱いた。情報伝達が遅いという事は、通信と人流が極めて限られているという事である。


 フルンツベクは、その辺りに対する確信があった。


「実はだが……出征前に陛下に内密に謁見する機会があったのだが……」


「それは羨ましい事です」驚いた様子のミラン。


 フルンツベルクとしては、マリアベル健在の頃からトウカを知るので、トウカに対しては中々に無茶をする小僧という印象が強く、挙句にヴェルテンベルク領邦軍第一種軍装を相変わらず纏い、以前と変わらぬ口調で話す為、嘗ての印象が中々に抜けなかった。無論、北部の者達に対する配慮……要らぬ装飾語を嫌って会話が煩雑になる事への配慮かも知れないが、フルンツベクとしては同じ武辺者であると好感を抱かざるを得ない振る舞いである。勿論、そうした姿勢が過度な畏怖を招いているとも理解しているが、戦国乱世である。 斯くあるべしとすら彼は考えていた。


「陛下の御言葉はどの様なものでしたか? やはり奮励努力を願うという……」


「まさか、直截的な物言いで進駐に関しての存念を語り合ったのだ」


 恐らく、畏れ多くも直接、奮励努力せよとの御言葉を頂いての出征なのだろうか、という期待を背中越しに感じたフルンツベルクだが、北部出身ではない軍人の印象がそうしたものである事は今更であるが、可笑しさを覚えなくなるには未だ時間を要する。そして、軍人に限り、天帝陛下の実務上の情け容赦のない姿勢を知ると、一層と尊崇の念を深めるまでが一連の流れであるが、ネネカの様に理解があるのは結構だが無法が過ぎる、という姿勢の軍人も存在する事は、フルンツベルクとしては愉快なところであった。北部には存在しない(タイプ)の軍人である。


 隠し立てする事ではないので、フルンツベルクは早々に説明する。


「陛下が仰るには、共和国も連合王国も連合王国北東部に於ける実情を良く理解していないのではないか、との事だ。故に皇国も情報を取得する手段がクローベル辺境伯領の高官しか居らず、その高官も与り知らぬ可能性がある。その様な事を申されていたな」


 政戦両略と評されるトウカだが、時節に合わせた果断の多くは戦場の霧が諸事情を不明瞭とする中でのものであった。皇州同盟軍自体がその戦力差から敵を殴り付ける棍棒としての役目に偏重し、諜報や情報分析の面で多大な制限と不備があった事を踏まえれば致し方ない事であるが、その中でもトウカは咄嗟の判断に怯まなかった。


 何よりトウカの指揮の妙は、前線指揮官の判断を縛らず、作戦計画に於いて戦線指揮官に余裕を与える余地を十分に用意している事にある。参謀将校などは作戦計画を緻密にする傾向があり、不測の事態の連続である戦場の実情と合致しない事が多い。


 これは放任主義的とも捉えられ、独断専行の気風が生じた問題もあるが、野戦指揮官が権限の範疇で作戦命令を最大効率で達成する事への理解が有った。その恩恵はフルンツベルク自身も受けたが、最も受けたのはザムエルである。彼の運動戦重視の部隊運用に追従するだけの兵站を用意するのはトウカの果断がなければ困難であった部分がある。兵站の特定部隊への集中は、それ以外の部隊の運用に制限を加えた。


 フルンツベクとしては、今回もそうした果断の一つだと考えていた。


「作戦計画は白紙のままだ。戦域を理解し、地域の保持に最善を尽くせ。可能ならば戦果拡大を図れ。そういう事だ」


 政治都合ありきの軍事行動というのは、国家の統制上、珍しい事ではないが、白紙の作戦計画を渡されるに等しいというのは、そうある事ではない。半ばクローベル辺境伯領を含めた地域の運営や現地統治機構への干渉まで含まれるのだから、これは軍人の範疇に留まる職務ではない。


 辺境伯や護民官という統治上の権限も付与された軍事指揮官に近しい役目を追わされた様なものである。当然、統治に干渉する専門性と権限を持った参謀将校は〈傭兵師団〉に存在しない。そうした役職を用意しては軍閥化を警戒されるという事もあるが、そもそも〈傭兵師団〉自体が北部防衛の為に世界各地から傭兵を雇用する為に成立した集団である。成立目的が限定的であった為、政治的空白地帯への進出や、戦国時代の如く敵領地切り取り次第などという状況は想定していなかった。無論、通常の陸軍師団司令部もそうした軍政に関わる人員を司令部に加えてはいない。


「全幅の信頼を置かれているとの意見も出るだろうが、国外に等しい土地で好き勝手にしていると思われる事も避けたいところだな」


「……それならば文屋を呼び付けて、広報を徹底すべきかと思います。本国から何をしているか不明瞭に見える事は危険かと」


 周知を図る努力をしてはどうだろうか、とのミランの提言に、フルンツベルクは鷹揚に頷き、無精髭を撫でる。


 しかし、文屋を本国から呼び付けるのでは陸軍府の広報部門に対して角が立つ上、師団が勝手に広報の真似事をするのは好ましくない。叶うならば現地で文屋を捕まえたいところであった。報道関係者を呼び付けるという行為自体は駐屯地域の住民との円滑な関係構築の為に必要とされており師団長の権限内ではあるが、その内容次第では広報部門の承認を経なければならない。


 現地で偶然、報道関係者からの取材を受け、その後の長期取材の要請を師団長として許可するという筋書き。


 無論、最大の問題は現地に文屋が存在するとは思えない点にある。


 他国の辺境であり、少なくとも現状では皇国本土とは陸続きではない。そうした土地に皇国本土から訪れている文屋が存在するとは思えない。去りとて、現地には皇国本土の報道機関に伝手のある記者が……そもそも報道という職業が存在するかも怪しい所であった。新聞社という営利企業が維持できる程の人口と収入がある地域には見えない。町内の噂話程度で収まる程度の規模の環境かも知れない。


「本国から統治に加わる官僚が派遣される様だが、どうも占領地の軍政に関する知見を得たいという意向もある様だ。その実験場を守るという役目も我々にはある」


 トウカは将来的に軍事侵攻した土地の統治を想定した問題点の洗い出しを求めており、陸軍参謀本部や内務府もこれには同意していた。南域保護領でもそうした動きはあるが、彼の地は大森林に無数の村落が点在し、それが貧弱な道で連結されているというもので、統治の参考にはならないと看做されていた。閉鎖環境が過ぎる上に、個々の村落の人口を踏まえると得られる知見は乏しいとの判断。それを踏まえた占領統治業務に関わる人員の派遣はクローベル辺境伯領の安全が確保されてからであり、差しあたっては安全確保を目指さねばならない。


「話を聞く限り随分と裁量のある任務です。陛下の信任篤く、当官としても鼻が高いです」満足気なミラン。


 対するフルンツベルクは、俺の仕事ではない、と胸中で吐き捨てる。


 作戦計画の自由度が高過ぎるというよりも作戦計画の中身がない。訓令や裁量という次元ではなく、師団長に過ぎないフルンツベルクに要求されるべき範囲を超える。何を言ったところでフルンツベルクは傭兵である。本来は正規軍人よりも為せる役目は少ないが、トウカの即位に続く軍の大改編の中で〈傭兵師団〉も陸軍の指揮系統へと組み込まれたものの、そうであるからとフルンツベルクを始めとした傭兵と愉快な仲間達が正規軍人の如く振舞える訳ではない。そもそも、通常の陸軍師団の師団長でも匙を投げる話である。安全が確保されるまでは、フルンツベルクが軍政の真似事をしなければならない可能性があるのだ。


 とは言え、行動しない訳にも行かない。


「まずは、偵察による索敵を行うべきか。海軍が実施している三重の多段索敵だ。周辺貴族領の軍備と編制、拠点を調べ上げ、皇国軍の基準に適応した地図も作成しなければならない」


 派遣された〈第一二航空艦隊〉司令部との折衝が必要となるが周辺の把握は必須である。特に地域の軍事集団の所在と正確な地図作成は避けられない。陸軍参謀本部、兵要地誌図局が正確な測量による地図作成が必要と提言した事もあるが、そもそも正確な地図なくば軍事行動自体難しいものである。


 クローベル辺境伯領には正確な地図がない。


 不明瞭な地図しかなく、これは現地為政者が侵略に備えて敢えて用意していなかったという部分もある。敵へ正確な地形が漏洩する事を恐れたのだ。無論、時代に合わせた測量技術の導入自体が遅れている部分もある。とは言え、これは短期間で完了する話ではない。


 一応、航空騎からの魔導波測量という新規技術の導入調査も行われる予定であるが、地上からの測量と比較すると障害物の影響を受け易く精度の面では劣る問題があった。大々的な運用を願っても、完全とは言い難く、どれ整合性があるかの確認の必要もある。


 為すべき事は山積している上、恐らくは未だ見えていない問題が遥かに多い。


「辺境で立身出世を目指す物語となりそうですね」


「……その辺り、陛下の実績と比較しては霞むだろう。誰も見向きはするまい」


 北部に突然現れ、瞬く間に軍閥の枢機を担い正規軍と互角の戦闘を繰り広げた挙句に、敵国とも干戈を交えて勝利を重ね、気が付けば天帝陛下である。相手が悪く、神話の如き幸運の物語であり、トウカの立身出世は力量に注目される事が多いが、実情としては幸運の物語であった。特にヴェルテンベルク領邦軍掌握と皇州同盟軍成立、 そして何よりも即位に関しては関係者と時節、状況がトウカに味方した。フルンツベルクが少々、辺境伯の如く振舞って土地と臣民を守護したところでトウカの実績の前では些事に等しい。


「しかし、展開中の航空艦隊と指揮権が別というのは問題となりませんか?」


 ミランの言葉にフルンツベルクは正論であるが故に渋い顔をする。


 陸空連携を踏まえると、指揮系統の分断は好ましい事ではない。


 フルンツベルクの提案が必ずしも受け入れられる訳ではないという危険性(リスク)は軽視できず、〈傭兵師団〉の作戦行動にも制限が付きかねない。無論、事前の擦り合わせや合意を以て事を為すのであれば問題は生じないが、軍事行動というのは往々にして予想外が頻発するものである。戦争で最初に戦死するのは作戦計画である、というトウカの言葉もあった。


「軍事的に見て問題ではあるのだが……恐らく大丈夫だろう。〈第一二航空艦隊〉の司令官は知らぬ中ではない」


 フルンツベルクとしては奇妙な人事もあったものだと呆れと感心の入り混じる所であるが、その力量と人間性については疑問視していない。寧ろ、相手の難しい立場に同情する処である。


「バルトシュタイン侯爵家の方と聞きますが……西部貴族と面識が?」


 陸軍府からの御目付け役として知るべきと見たのかミランが問うが、フルンツベルクとしては陸軍府は間違いなく把握しているので杞憂であると考えるものの、鈴が上の意向を知る筈もないとも察した。


「元は北部で胡乱な動きをしていた奴だ。フェルゼンにもよく顔を見せていた。先代ヴェルテンベルク伯とも既知であったな。天帝陛下との面識があるとは聞かないが……」


 胡乱な振る舞いをする男で胡散臭い様にしか見えないが、困った事に誠実な人物で何時も貧乏籤を引いていると評するしかないが、フルンツベルクとしては説明し難いものがある。そして、当人や経歴を見ても恐らくは誤解するであろう事は疑いない。


 とは言え、その当人は既に眼前で待ち受けていた。


 航空基地の滑走路沿いに建設されつつある航空艦隊司令部の正門付近で待ち受ける集団。その先頭にある見知った顔にフルンツベルクは軍帽を被り直す。


「やぁ、久し振りですねぇ。傭兵殿」


「国家に終身雇用された傭兵は最早、国家公務員だがな」


 二人は敬礼を交わし、揃って肩を竦める。



 フランツ・ダウ・フォン・バルトシュタイン中将。



 西部貴族バルトシュタイン侯爵家の次男であり、容姿は痩躯に糸目である上に左へと傾いだ傾いだ口角が何処か胡散臭いを抱かせる。事実、その経歴も胡散臭く、内戦より遥か前からヴェルテンベルク領邦軍と水面下で連携して兵器開発や売買に関与していた。


 西部貴族は内戦中には特段の動きを見せなかったとされているが、実際のところは消極的であったという訳ではなく、寧ろ国防……領地防衛に対して特段と神経質になっていたと言える。水面下では領邦軍増強を進めており、特に兵器や弾火薬の集積に対しては積極的に実施していた。その最大規模での取引相手が北部貴族であり、相手武器と弾火薬がなくば兵士が居ても交戦能わずと見て武器弾薬を大量購入していた。


「まさか貴官が航空艦隊指揮官になるとはな。何でも卒なく熟す男ではあったが」


「天帝陛下からの御指名とあらば否はないね。挙句に航空装備に対する改善も期待されているというので、ギンヌメール中将からの突き上げもある。中々に面倒な事だ」


 ギンヌメール中将は陸軍航空総監を務める人物であり、トウカの神経質とも言える航空分野への介入の矢面に立つ人物でもある。ギンヌメール自身も龍系種族の派閥との板挟みで難儀な立場に置かれている様子であるが、その意向を受けた技術将校でもあるバルトシュタインもまた風当たりの強い立場であった。


「中佐、彼は内戦中も北部に残留して航空装備の生産に一枚噛んでいてな……まぁ、逃げ出す事もしないし、引き際を知らん男だ。こう見えても」


「それ、負け癖が付いた博徒に対する評価では?」


 糸目で感情は読めないが、歪んだ口元が不満気に見えるが、実際はそうでもないとフルンツベルクは知っている。


 そうした会話と共に司令部内へと案内されたフルンツベルクとミランは未だ建設途上にある事が見て取れる通路を通り、司令部内の作戦会議室へと招き入れられる。


 作戦会議室の軍用規格の野戦椅子へと腰を下ろしたフルンツベルクは、野戦軍の如き家具ばかりが目立つ光景に、何もかもが足りていないのだろうと、先行きを不安視する。


「見ての通りだ。何もかも足りていないね。何せ本国との輜重線が航空輸送頼りだ、正直、弾火薬の事前集積も到底、本格的な航空作戦に耐え得る規模じゃない」


「とは言え、周辺に有力な陸上兵力が展開している訳でもないだろう?」


 そもそも本格的な航空作戦が必要な段階ではないとフルンツベルクは見ていた。


 皇国にとり主戦域ではないクローベル辺境領周辺……連合王国北東部に有力な敵対的軍事集団は存在しない。


「どうかな。何せ戦時下だ。何が起きても不思議じゃない。武器を売る国もあるからね」


 フルンツベルクの見解に対してバルトシュタインは懐疑的であった。


 先に現地入りしているからこその視点か、属する西部貴族という枠組み自体が水面下での軍備拡大を推し進めていた過去を知るからこそか。答えは早々に語られる。


「何より、情勢の胡乱なる事を鑑みて軍備を拡充している貴族も存在するかも知れない」


 内戦以前の西部貴族は非公式にバルトシュタインを派遣し、北部貴族……特にマリアベルの軍備拡大に影で協力していた。資金提供の見返りに兵器購入や技術供与を受け、三角貿易にも陰ながら協力していた節がある。先皇崩御後の西部貴族の方針は重武装中立であり、それは中央貴族や軍が有事に頼りにならないと看做して独自防衛の必要があると考えた為である。北部貴族の如く積極的に中央貴族や中央政府と敵対した訳ではなく、可能な範疇で独自の防衛力を身に付けようと試みた形である。現実路線での自主防衛と言える。


 去りとて大手を振って兵器購入や軍事技術導入を行えば中央からの不信を招きかねない。軍需企業からの兵器購入などは軍への兵器納入の兼ね合いもあり、軍や政府への購入数量の漏洩を免れない。そもそも、兵器購入量は国防を万全ならしめる為に政府が各領邦軍へ報告を義務付けていた。そうした点を隠蔽するには、中央に報告せず軍備拡大や生産を行う勢力から兵器を用立てる必要があった。無論、西部地域での軍需企業育成も並行して行われていたが、北部貴族は二〇〇年近く前に有力な軍事力の保有を目指し始めた事に対し、西部貴族は一〇年足らずの話であった。一朝一夕に為せるものではなく、そして兵器工場は露呈すると弁解の余地がないと判断した事もある。


 斯くして、皇国西部の貴族達はヴェルテンベルク領で生産された兵器で武装する事となった。


 無論、完全に同型の武器や兵器で武装しては関連を疑われる上、弁解できない為、形状に関してはかなりの手が加えられており、武器も兵器も準同型とも言い難い程度には掛け離れた外観をしているが、共通の弾火薬や基幹部品である事に変わりなく、実情を見れば誤魔化しは聞かない。露呈した場合、技術的模倣であり生産拠点は西部にあると抗弁する腹積もりであった。実際、そうした機会はなく、北部貴族の狂信性ばかりが注目されて、実情が露呈しなかった為、その機会がない儘にトウカの即位を迎えた。


 そうした経緯もあり、バルトシュタインはヴェルテンベルク領領都フェルゼンに長く駐在していた。特に航空優勢による大戦果が実現して以降は、航空装備の開発や生産に携わり、西部貴族領邦軍への技術(リバース)移転(エンジニアリング)を目指していた。


 そして、内戦中にもフェルゼンに留まっており、それ以降の帝国との戦争でも同様であった。


 西部地域の重武装中立の為、危険を顧みず職務に当たる姿勢は当時のヴェルテンベルク領邦軍でも高評価を受けていた。非公式の関係である為、彼の活躍を知る者は限定的であり、トウカですら指揮に忙殺されており、彼を知るのは戦後である。貴族同士の非公式協力という扱いであり、軍事分野ではなく政治的案件と看做されていた為、そうした部分をマリアベルが受け持っていた事も大きい。トウカは当時、政治への関与は乏しかった。


 北部地域は孤立していたが、孤立を利用する勢力が存在していた傍証と言える。


 フルンツベルクは、兵器開発にあたり〈傭兵師団〉が選定試験(トライアル)の役目を負う事が多い為、バルトシュタインと面識があった。武人の蛮用……兵士の運用が可能か耐久性を図るに当たっては、兵士よりも粗暴な槍働きを為す傾向にある傭兵が試用する事で実力を図るというのは合理的な判断である。


 その過程でフルンツベルクとバルトシュタインには交流ができた。


 剛性と軽量を求める運用側と、性能に固執する開発側……という一般的な遣り取りではなく、バルトシュタインは西部貴族の領邦軍に安定して供給できる事や、容易に運用である事まで求める為、運用側としても一般的な開発者よりは理解できる相手であった。兵器開発側が使い易さを考慮する事はそうある事ではない。少なくともフルンツベルクの知る限りに於いては。


「西部貴族の如く武器や弾火薬を溜め込んでいる貴族が居るやも知れないと? 確認はできているのか? 常識的に考えるならば共和国との戦争に供出していると思うが……」


 共和国との戦争で連合王国軍は各貴族の領邦軍から兵力抽出を行い、大部分の貴族はそれに答えて相応の兵力を派兵した。


 結果、初戦で共和国軍の優位な火力の前に壊乱した。戦死者だけでも六割を超える。


 兵力も武器弾火薬も連合王国陸軍に合力した為、連合王国貴族は大いに消耗している筈であった。


「弱小貴族で兵力供出の要求すら受けなかった貴族も存在するがね、そうした連中は元より身代が少ない。元より有する兵力は乏しいだろう。 挙句に統一した指揮系統はない。寡兵を持つ弱小勢力が無数と点在するという訳だ」


 事前に情報収集を行っていたらしく、バルトシュタインの説明は良く纏まっていた。


「幾つかを見せしめに潰してはどうだ? 何より統一した指揮系統が確立していないならば、各所撃破の好機ではないのか?」


 フルンツベルクとしてはクローベル辺境伯領の周辺状況が皇国に不利になるものではないと考えていた。輜重線に不安があるとはいえ正規軍であり、各所撃破であるならば威勢を振るう事も容易い。無論、周辺貴領への侵攻を可能とするだけの地形把握あってのものであるが。


 対するバルトシュタインの見解は異なる。


「宮廷政治と技術水準を見ていない。叩くにも順序があるであろうし、各所撃破という事は時間を要する。連合の時間的猶予を与えるという事だ……何より、全体の降伏を決心する者が居ないという事は長期化を招くだろうね」


 軍人は戦の始末の付け方に於いて撃破しか知らない、と言わんばかりであるが、フルンツベクとしては、傭兵の役目は働きで在って終戦工作ではない、と言いたいところである。去れども今現在の〈傭兵師団〉師団長にはそれが求められていた。


「その辺り、貴様に丸投げして良いか?」


「何を莫迦な。そこは共に知恵を絞ろうぞ、とでも言って欲しい所ですがね」


 御貴族様は政治を知っているのだから適材適所であろうに、と考えるフルンツベルクだが、内戦後の不明瞭な状況でもフェルゼンを動かなかったところを見るに、気に敏いとは言い難い為、確かに全てを任せれば要らぬ博打を打ちかねないと思い直す。負債を積極的に負う構えを見せるのは戦死を含めた損失を内包する職務にある軍人の役目であり、当時のとてもそうは見えないが彼は意義と情に厚い事が災いして政務側にあるにも関わらず判断を過とうとした。名誉の戦死は技術者の役目ではない。


 驚いた事にトウカが内戦を敗戦ではなく終戦に持ち込むという奇跡を起こした……多分に偶然の介在する余地があるものの、その出来事に救われたバルトシュタインは、その後もフェルゼンに残留し、帝国による侵攻の最中も兵器開発や生産調整に携わり続けた。


 そうした経緯もあり、今ではトウカとの面識が薄い西部貴族はバルトシュタインの経歴を恃みにトウカとの関係構築を試みていた。


 当のバルトシュタインは、そうした心算は全くなかったが。


 しかも、トウカのバルトシュタインに関する印象は薄い。


 トウカがバルトシュタインの存在と彼の実績に気付いたのは即位後であり、これはマリアベルが兵器輸出に関して隠蔽していた事で把握が遅れたという経緯がある。内戦勃発後は兵器輸出を取り止め、その強力な生産能力を北部貴族の各領邦軍の需要の為に割り振ったが、兵器輸出先までトウカは気に留めていなかった。内戦終結後、帝国軍による皇国本土侵攻に伴い、弾火薬の事前集積を陸海軍と皇州同盟軍で共同で行った際、西部貴族が供出した弾火薬が明らかに北部で運用される兵器群の規格であった為に発覚した。


 政府は激怒した。陸海軍は沈黙した。トウカは失笑した。


 西部貴族が水面下で北部貴族に協力していた事が、この時、初めて表面化したと言える。


 三者三様の反応であるが、政府は叛乱を企てる北部に以前から協力していたと考え、 陸海軍は朧気ながらに察していたが、戦備に不安がある為、国家予算外で有事の際に有力な兵器を事前集積していると見て預かり知らぬ姿勢を取っていた。そして、トウカは、良い女は秘密が多いと聞くが、内戦中に弾火薬の買戻しが早かったのはそういう事か、と笑声を零した。


 マリアベルは有事の際には西部貴族に弾火薬を定価以上で買い戻す密約を交わしており、平時に西部に弾火薬を備蓄する事で軍備の状況を攪乱するという方針を取っていた。これらが露呈しなかったのは、そもそもシュットガルト運河からシュットガルト湖、フェルゼンから北部地域を横断して西部地域へと動く物流網があり、多数の民間貨物に紛れ込ませるという真似が可能だった為である。


 そうした取り決めにもバルトシュタインは関わっている。


 北部貴族や皇州同盟軍、或いはトウカに全てを賭けた西部貴族と今では見られているバルトシュタインだが、実際のところは逃げ時を見極められなかっただけである。故にヴェルテンベルク領邦軍出身者からは、生き方の下手糞な奴、と評判が大変に良かった。


「まぁ、確かに貴様だけに任せる訳には行かぬか……一つに固執するのは感心せん」


「意見を頻繁に変える女伯爵に苦労させられたものでね。意見を変える事の危険性を知り過ぎたという事ですよ」


 フルンツベルクの指摘に、バルトシュタインが肩を竦める。


 マリアベルが頻繁に意見を変えて苦労したので、意見を変える事で生じる周りからの非難が怖いと言えばいいものを、とフルンツベルクは苦笑するしかない。


 外観とは裏腹に臆病なのだ。


「まぁ、暫くはクローベル伯爵領の保持で十分だろう。航空基地も未だ完成していないのだろう?」


「そうですね。航空艦隊による全力出撃に耐え得る状態とするには二ヵ月は欲しい所です。その間に錬成も進む」


 その言葉にフルンツベルクは〈第一二航空艦隊〉の練度に不安があり、航空作戦は可能な限り先延ばしにしたいのだろうと察する。


 〈第一二航空艦隊〉という航空艦隊自体が未だ錬成途上にあり、航空戦力としては陸軍が想定する処の完全充足状態ではない。試算では未だ六割の作戦遂行能力とされている。そして、クローベル伯爵領に展開する航空艦隊は航空基地が未完成であり、資材搬入の輸送航空団の運用で圧迫されている事もあり作戦遂行能力に於いて完全ではなかった。四割程度の騎数が展開し、残る騎体は皇国本土の航空基地に展開している。


「練度に不安があるという事か? 実際、何処まで為せる」


 どの規模の航空作戦まで可能かという点をフルンツベルクは大いに気にしていた。 少なくとも一度は、その威力を周辺貴族に見せておかねば要らぬ軍事侵攻を助長させかねない。無論、半端であれば返って軍事侵攻を招く可能性もある。


「陸軍航空総監部が規定する完全編制の航空艦隊による作戦行動の六割程度……参謀本部はそう見ているね。まぁ、これは他の錬成途上の航空艦隊の実力も含めて平均値として算出したものらしいが、我々の場合、この航空基地に展開する戦力は航空艦隊の四割程度、更に半分以下にまで低下する事になる」


 かなりの戦力低下である。帝国との戦争ともなれば、即座に充足率回復の為に後方への再配置となる程度には乏しい戦力と言える。


 しかし、現状では一概にそうとも言えない。


「少ないと見るか多いと見るか……いや、その辺りすら分からんか」


「それが実情だね。勿論、偵察を頻繁に出して状況把握に努めているけど、ここまで周辺貴族の情報が少ないと判断ができない」


 航空優勢という原理が台頭して未だ然したる時間は経過しておらず、他国は防空手段に対して模索段階にある。無論、以前から航空騎は存在し、それを迎撃する為に対空兵器や戦術は存在したが、集中運用された航空による攻撃に対抗する手段としてではない。未だ空に脅威は乏しく、航空攻撃を軽減する手段も浸透していなかった。減少した航空戦力でも被害と脅威が増える状況ではない。


「現状、航空作戦では、練度不足による犠牲を織り込んででも作戦騎数で押し込む方針みたいだ。いや、恐ろしいね」


 曲がった口元を更に曲げるバルトシュタインに、フルンツベルクは理解しているたろうと呆れる。


「今ならば、それが叶う、という事だろう。そして、東南の空に経空脅威が少ないと見たからこその〈第一二航空艦隊〉の派遣を決めたと聞く。寧ろ、錬成を完了した航空艦隊を派遣しないだけの思慮がある事を軍人として喜ぶべきだと思うが」


 錬成を完了した航空艦隊には、非常時に備えて本国から動かさないという判断。


 フルンツベクとしては、当然の判断と見ていた。


 しかし、バルトシュタインには異なる見解があった。


「第一から第三までが錬成を終えていると聞くね。それ以外の航空艦隊は総じて錬成途上にある。恐らく、練度の高い航空兵を集中すると更に二つは総力戦に耐え得る航空艦隊を編制できるのだろうけど、それよりも分散させて各航空艦隊の教導に充てるという方針……建前はね」


 軍内では広く知られている航空戦力の実情。


 とは言え、それが問題視されないのは、錬成途上も含めた航空戦力も含めれば一〇〇〇〇騎を超える総数だからである。その飛翔を阻む戦力は未だ大陸内に確認されていない。そして、錬成完了と判断された三個航空艦隊は内戦と対帝国戦争に於いて実戦経験を持ち、その半数以上は北部出身者であり、長年に渡り北部が置かれていた状況を鑑みれば、その練度に不足がある筈もない。


「政治を見ない君には分からないだろうけど、錬成を終えた三個航空艦隊は中央貴族への抑えだ。そう簡単に動かせるものではない。正直なところ、海外派兵まで錬成途上の航空艦隊で行うという事実が、国内情勢が万全ではない事を示した様なものだ」


 そうした視点もあるのかとフルンツベルクは得心する。


 トウカと顔を合わせた際、その辺りの説明がなかった事も余計な懸念を増やすべきではないと配慮されたのだろうと苦笑を深める。主君であれ若者に配慮されるという事実をフルンツベルクは喜ぶ手合いではない。



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