第四〇六話 共和国軍の陸上戦艦
「今の戦艦は凄いぞ。最高だ!」
古式床しい鉄兜を被る将軍の断言に、リシアは共和国の人材払底が致命的な水準に在るのではないかと心底と頼りにならぬ友好国を憂う。
地を這う振動と砲声が雄々しいが、リシアとしては経験した事のある刺激でもある。
《マルテル》と改名されたヴェルテンベルク領邦軍工廠製陸上戦艦が帝国戦線を引き裂いた。何と勇壮な姿か、と感動する周囲の将校達を他所に、同行を願われたリシアとしては口元をへの字に曲げるしかない。
引き渡しが決まったという二番艦は《デテルミネ》という艦名が決まっており、鉄槌や決意などという殺意に満ちた命名をする辺り、連合王国を引き込んで後背を突かせた事が余程に腹に据えかねるのだろうと察する事ができる。
リシアは二隻揃ってからの運用を進言したが認められなかった。
奇襲効果の拡大を思えば、近い内に皇国から引き渡される二番艦を運用可能状態にしてからの攻勢であるべきであった。
しかし、共和国軍総司令部は即時投入を図った。
大統領が支持率を気にしたのかと思えばそうではなく、どちらかと言えば共和国軍総司令部が連合王国による奇襲を見逃した汚名を濯ぐ事に熱意を燃やした結果であると聞き、リシアは来るべき限定攻勢の話はどうなったのかと思わずには居られない。
甲高い金属音と振動。
直撃弾。
もう既に魔導障壁は限界を迎えて消失しているが、元より優れた防禦装甲が敵野戦砲による直撃弾を弾き返したのだ。
陸上で運用されるとはいえ戦艦である。決戦距離からの自艦の装備する主砲と同等の砲撃を受けても主要防禦区画を貫徹されないだけの防御力を有しており、性能上は未だ戦闘走行が可能であった。
文字通り帝国軍の塹壕陣地を踏み越え、その後背の砲兵陣地に差し掛かったが、そこで熾烈な曳火砲撃を受け、次々と上部構造物を損傷させていた。
ヴェルテンベルク領邦軍時代に装備されていた後甲板の多弾頭擲弾発射機は共和国への永久貸与に当たって取り外されていたが、そこには共和国軍で河川砲艦の兵装であった主砲が転用されて多数装備されていた。
しかし、主砲から副砲に格下げされた追加装備は上部構造物として既に帝国軍砲兵の集中砲撃を受けて壊滅状態であった。砲兵陣地からの集中砲撃など副砲の防盾は想定していなかった為、貫徹や破壊を許した形である。魔導障壁を利用した履帯構造は頑健であり走行に支障がなく、人間や戦車を阻止する程度の目的で作られた塹壕などものともしないが、重砲による砲撃だけは上部構造物や船体に多数の損傷を齎した。
――目標が大きいのだから命中させるなんて簡単でしょうね。
リシアとしては陸上戦艦という兵器の致命的な問題がその点にあると見ていた。移動時の交通網の破壊も勿論であるが、被発見性と被弾率の高さが致命的である。そして、艦艇とはそもそも全面に十分な装甲を施せる訳ではなく、非装甲区画や装甲の施せない構造物が点在する。相応の規模の砲列に晒されると一方的な戦闘は困難なのだ。ましてや海面と異なり地面は摩擦係数の不利から移動により大きな動力を必要とし、装甲の比重の兼ね合いは水上艦艇より不利である。
無論、共和国軍も先んじて主砲や副砲で砲兵陣地を潰しに砲撃しているが、交戦距離内の砲兵陣地を一掃するには一隻の艦載砲では手数が足りない。数百年に渡り両国が干戈を交えた戦域の塹壕線である。幾重にも折り重なった砲兵陣地の相互支援の効果は絶大であった。
帝国軍砲兵が徹甲弾を運用していたならば、船体の装甲すら貫徹を許していた可能性がある。以降の帝国陸軍は戦車への対策だけではなく、陸上戦艦への対策を考慮して各種野戦砲に徹甲弾の配備を始めるだろう事は容易に想像できた。共和国陸軍は帝国陸軍に対策の機会と時間を与えた事になる。
地雷原や機関銃陣地を歩兵諸共に踏み潰しただけでも戦果を喧伝するに充分だとリシアは考えたが、この陸上戦艦を預かった艦長は勇んで砲兵陣地にまで要らぬ手出しをしている。
「艦長、これ以上の艦は許容できないので後退するべきかと。後続に追従する部隊もないというのに、これでは軍事的に見て無意味な自傷行為です」
リシアは吐き捨てる様に上申する。
皇国が支援していると印象付ける為、特使のリシアまで搭乗させた事は察せるが、 馬鹿げた無意味な軍事行動に深入りするのは願い下げであった。しかも、突破しつつあるとは聞こえは良いが、裏を返せば敵陣地深くで孤立しているという事でもある。リシアも的中孤立を厭わぬ突破の経験がない訳ではないが、それには相応の打算があった。
全火器が沈黙し、足回りが破損すれば、歩兵が鯨波の如く押し寄せる事になるだろう。そうなれば乗員は艦内で熾烈な閉所戦闘をする必要に迫られる。
リシアとしては巻き込まれるのは御免蒙るという話であった。軍事的妥当性のない軍事作戦で戦死するなど無駄死にでしかない。
「馬鹿げた単艦突入など戦術的意義すらないでしょう。しかも、この一連の戦闘で帝国は陸上戦艦との戦争を学ぶ事になる。次は対策を講じるでしょう。新兵器の奇襲効果は失われる」
戦略的見て心底と損失が上回る程度の戦果でしかない。
共和国陸軍に陸上戦艦の速度に追従し得る装甲戦力が乏しい以上、戦果拡大の余地はない。
「死にたいなら一人で死ね。私と兵士を巻き込むな」リシアはそう吐き捨てる。
こんな阿呆共と足並みを揃えて軍事行動をしなければならないのかと、リシアは皇国陸軍府総司令部に提案した共和国との限定攻勢計画の危うさが想像以上だと認識した。
「戦域司令部より通信。隣接戦区からの敵増援を確認。後方遮断の動き在り。至急、 後退せよ、とのこと」
通信士の言葉に、艦橋は忽ちに憂色に包まれる。
艦長を拝命した将軍は後退を命令する。
「命令とあらば致し方ない。撤退する。取舵一杯!」
迅速な判断に見えるが、現場の独自判断が許されるからと馬鹿げた前進をした過去が消える訳ではない。猛将という触れ込みであったが、猪の類であるとリシアは辟易とする。
「帝国だって莫迦じゃないという事よ」
人海戦術の被害を見て帝国の軍事方針を嘲笑する者も居るが、リシアからすると好悪や善悪を別にすれば、帝国は自国の国情を理解し、それに合わせて費用対効果のある方法を選択している。
――だから、その費用対効果を上回る殺戮の必要があるという事なのだけど。
畑から兵士が採れるというのであれば、田畑を焼くしかない。離反と分裂を誘い、消耗を強要し、被害を可能な限り積み上げる。
トウカの方針は単純明快だった。
許容できない数を殺すしかない。
しかし、共和国には帝国に対する有効な軍事方針が見受けられない。戦線を押し上げるという力業に拘泥し、ただ悪戯に被害を人的資源を暖炉に薪を焼べるかの如く消費している。
「次は陸上戦艦向けの障害物を用意するか。列車砲を持ち込むか……地雷も有り得るわね」
限定攻勢に当たって陸上戦艦の対策を取られているというのは好ましい事ではない。無論、戦線全体で対応するには相当な時間を要するであろうが、どの戦線にどの様な対策が講じられているか分からぬ儘に踏み込んで、陸上戦艦を失うのは避けたいところであった。
――そもそも艦長は砲兵将校にしろと言ったのに話を聞かない連中め……
陸上戦艦という兵器は動く特火点である。
戦車の如く鉄条網を踏み越えて敵歩兵や車輛を掃討するという役目は可能であるが主目的ではない。その規模から容易に被弾し、回避行動も困難である。故にその本質は自走化と装甲化が為された重砲陣地に他ならない。
無論、そうした運用思想は共和国にも伝えているが、彼らは行き成り単艦で戦車の真似事をした。
とは言え、これには致し方ない部分もある。
内戦中、トウカは陸上戦艦二隻を装甲部隊と共に迂回攻撃に投入したが、その際の戦闘の相手は転化した公爵というある種の戦略兵器であった為、自走化と装甲化がなされた重砲陣地という扱いとはならなかった。本来の想定した決戦距離からの砲撃では有効打を与えられないのだ。接近し、可能なら衝角攻撃を試みるという戦術が選択された。
そうした経緯から積極的に踏み込んでの運用という実績が生じた。
戦場がそれを必要としたのだから止むを得ないが、それは陸上戦艦二隻の喪失を前提としたものであり、短時間でも二人の公爵を引き付けるという不利な役目を負った結果に過ぎない。特異な兵器を別の特異な目的の為に利用したに過ぎなかった。
装甲師団の役目を陸上戦艦に負わせるなど御門違いも甚だしい。
次は重砲の集中運用で撃破される公算が高い。一番、実施するにあたって障害が少なく確実である方法。
――重砲の集中を強要して他戦線での攻勢に於ける火力支援を阻害する……というのも一隻では知れてる上に、こんなに目立つのだから何処に投入されるかなんて次からは逐一把握されるのでしょうね。
浸透した斥候も陸上戦艦ほどの巨大建造物を見逃すはずがない。
早々に前線への接近は察知され、対策準備が執られるであろう事は疑いない。
「敵が莫迦である事を期待しないといけないなんて……」
とは言え、共和国戦線の帝国側司令官に変更があったという話はなく、今迄の戦績を見れば優秀な人物である事が窺える。帝国にとって最優先で排除すべき国家との戦線なのだから実力に乏しい人物が充てられる筈もない。その程度の国家であれば皇国は苦戦しなかった。
「御嬢さん、癇癪はいけない。そして悲観もいけない」
背後からの声。何処かで耳にしたが、誰かと思い起こすことができないリシアは振り向く。
「……貴方、確か……キュルテン……少佐? そう昇格したのね」
陸上戦艦に何故搭乗しているのかという話はさて置き、青白い肌の少年の様な士官にリシアは心底と驚いたが、それを表情に出す真似はしない。
皇州同盟軍第一種軍装を纏うキュルテンが艦内を徘徊していたら話題になる筈であり、そもそもリシアはキュルテンが陸上戦艦に搭乗しているとは聞いてもいない。
「艦長」
「その者は誰か? 当官は聞いていないが……」
艦を預かる者が聞いていないのだから、リシアとして知り様がない。共和国陸軍所属の兵器となったのだから乗員の運用や把握はリシアの権限の内にはない。
「最近見かけないと思ったら……特務?」
「いえいえ、大佐。特務という程のものではないですよ。ただ、運用が正しいか見てこいと言われて、船倉に予備部品共々詰め込まれていただけです」
リシアは皇州同盟軍情報部も中々どうして無理を通すと溜息を吐く。
「密航……ではないわね」
そもそも、陸上戦艦が皇州同盟軍所属時に搭乗し、そのまま共和国軍所属となった後も搭乗し続けていたのだから密航とは言い難い。退艦忘れとでも言うべき茶番である。吸血種は長期間の睡眠が可能であるので可能ではあるものの、そうまでして情報部所属軍人を潜り込ませる辺り、考えている事は容易に想像できた。
――帝国軍支配地域で行動不能となった際の自沈処分の役目を負っているんでしょうね。
魔導機関を暴走させて爆破処分させる機構が内々に用意されているのだろうとリシアは見当を付ける。トウカは陸上戦艦に戦略的価値を見ていないが、そうある様に見せかける価値はある。それには不明瞭な兵器であり続ける必要がある。鹵獲する事は避けたい筈である。
「水面下の争いね」
トウカは共和国も信用していないのかも知れない、とリシアは苦笑するしかない。
事の真相としては、政変により帝国との休戦協定の動きがあった場合、陸上戦艦の引き渡しなどが生じる可能性を考慮した結果である。その為、キュルテンは限定攻勢終了まで陸上戦艦の船倉奥深くの木箱で眠る事となった。トウカが流動的な情勢に布石を打った形である。
「それで? 任務を果たす為に出てきたという事かしら?」
「いえ、船倉が吹き飛んだので已む無く出てきただけですよ」
締まらない理由にリシアは何とも言えない表情をするしかない。
有機的自爆装置の役目を口にしないだけの分別はあったのかと感心するリシアだが、今は他に為すべき事がある。
「艦長、主砲は敵重砲陣地への攻撃に当て、周辺の軽砲や機関銃を主体とした陣地には副砲以下の兵装で応じるべきでしょう」
「同意する。砲術長、主砲の目標を前方重砲陣地に固定。他は至近の陣地への攻撃を続行せよ」
艦長も重砲を叩くべきだというリシアの意見に同意する。
ここまで踏み込んだのだから高価値目標を可能な限り叩くべきであるし、重砲はいずれの陸軍でも高級品である上、中々に排除の難しい対象である。機会を逸するべきではない。
「敵兵が甲板上に侵入!」
「ふぅん、航行中の陸上戦艦に飛び移るなんて、どんな手段を用いたのか気になるわね」
「滑空機だね。さっき影が見えた。これは大変だ」
リシアの疑問にキュルテンが早々に答える。
滑空機というのは古来より利用されている輸送手段と言える。大小様々な規模があり、皇国では航空騎による牽引で移動する事が多い。内戦中、トウカがベルゲンを強襲する際の空中挺進作戦で運用した事もあり、その有用性が再評価される流れがあった。
「遠目に見たところ二人乗りの滑空機で、多分一方が魔導士……いや、風魔術の得意な兵士でもいいのかな? 合成風力を風魔術で用意して距離を稼いで操縦もする。帝国人も面白い事を考える」
この白い殺人鬼の異名を持つ性別不詳の情報将校が目端が利くとはとは思わなかったが、それよりもリシアはその手段が偶然の産物か知る必要があった。
「殺人鬼さんとしては、陸上戦艦への対策が既にされていたと思う?」
「うん、どうだろう? 夜間に陣地後方への浸透が目的じゃないかな? 砲を潰して主力の前進を助ける……そんな計画を何処かで聞いた気がするね」
類似した発想は那辺に転がっているものであるが、帝国からそうしたものが出てくるとは思わなかったリシアとしては皮肉を感じざるを得ない。航空戦力の有用性を叩き付けたトウカの影響から、空を戦場に動員しようと帝国が試みている事は明白であった。
「一大事ではないか」
「我が国の砲兵戦力は対空戦闘も考慮した更新が既に始まっているので、そうでもありませんね。それに戦闘騎による要撃があれば容易に迎撃できる上に低速で積載量も限定的です。精々が局地的な擾乱程度でしょう」
二人乗りという所に帝国の苦しい事情が透けて見えると、リシアは考えた。動力として利用されている魔導士。キュルテンは二人乗り程度の滑空機を安定的に飛ばす程度が限界であるからこそ、魔導士という発言を訂正したが、リシアはある程度の定数を満たす上での限界が二人乗りなのだろうと見切った。
「艦長、それよりも迎撃を。前甲板は主砲の砲撃時の衝撃で叩き出せるでしょうが、後甲板は砲座が壊滅状態なので容易に降下を許すでしょう」
「あ、ああ、そうだ! 手空きの兵は武装して後甲板と中央甲板に展開! 各員は付近の砲座の分隊長の指揮に従い迎撃せよ!」
妥当な判断であり、陸上戦艦は共和国に所属を移してからも多数の銃火器を配備している点は変わらない。
リシアの知る限り、軽機関銃も十分に搭載している為に軽歩兵程度の装備相手に押し切られるという可能性は低い。小型の滑空機による波状攻撃があったとしても積載量は限られる上、陸上戦艦とは言え、その艦上に上手く”着艦”できるかと言えば困難である。飛行甲板を備えず、大部分が破壊されたとはいえ残骸の残る後甲板への降下は現実的ではなく、前甲板に限っては主砲が砲撃を繰り返している。
――砲撃を優先するなら進路変更はできない。その状況を狙ったのでしょうけど。
曲芸の類だろうと、リシアは嘆息する。
対策として有効か図られているであろう事を思えば、帝国軍指揮官は相当に優秀である。奇想兵器の登場の衝撃から早々に立ち直り、上手くいくかも知れない可能性の模索と、その準備させて実施している。皇国侵攻時の〈南部鎮定軍〉は相当に指揮官の質に振れ幅があった為、帝国軍の有力な指揮官は払底したのではないか?という意見が陸軍参謀本部の一部から出ていたが、それは皮算用の類だった事になる。政治的事情により力量ある指揮官のみで固められなかったという可能性もあった。
「この状況……ここまで踏み込ませたのは、この艦の孤立と砲座を潰す為かな?」
キュルテンの指摘に、リシアは只の殺人癖のある情報将校ではないと確信する。
陸軍府附情報参謀としてリシアは応じる。
「滑空機の航続距離の問題もあるかも知れないわね。ああ、若しかするとある程度の戦闘を継続する事で空への意識を向けない様に試みたという側面もあるのかも知れない……憶測ばかりになるのだけど」
共和国戦線の状況など情報参謀とは言え他国の軍人のリシアには限定的な部分しか分からない。
「やれやれ、帝国軍の思惑に引っ掛かったという事かな?」
「さて、どうかしら? ただ、共和国側は量産する為の箔付けを求めた事を踏まえると、思惑同士のぶつかり合いね」
共和国陸軍には陸上戦艦を量産しようという派閥が早々に誕生したが、それ以上にその威容に魅せられたのは政治家だった。軍側は製造設備から生産を始める都合を踏まえれば最低でも六年は要すると及び腰な者も多く、戦車の大規模導入を推進しようと試みる派閥の抵抗もあった。
――ヴェルテンベルク領邦軍では二隻の建造に一〇年を要した挙句に走行方法の問題で期待した活躍はできないと固定砲台になる予定だったのだけど。
それがトウカの提案で息を吹き返した形だが、ヘルミーネによる極短期間の改修という奇蹟もそこに加わった。母親を大層と困らせる一撃を作ったのだからリシアとしては天晴れという他ないが、そうした奇蹟を期待できる技術者が共和国に存在するのかという部分もある。そもそも、長期間の稼働を想定しないという割り切りもあった。
「量産? 陸上戦艦を? それは御機嫌だね」
くすくすと笑うキュルテンは幼い中世的な顔立ちも相まって奇妙な色気もあるが、そこに滲む嘲笑は屈折した人物である事を隠さない。
陸上戦艦の量産など莫迦げている。そうした心情はリシアも同意するところである。
陸上戦艦一隻の生産に必要な予算や資材を転用すれば、戦車を優に四〇〇輌以上は生産できるであろうし、装甲師団の編制も容易に叶う。汎用性や戦線全体への影響を踏まえれば明らかに戦車量産に軍配が上がる筈である。
トウカが下手に活躍させた事が悪かった、とリシアは思う。
運用が現実的ではないという意見に反証の余地ができたのだ。リシアからすると一度の実戦で使い捨ての特殊な兵器を戦略目標……公爵の足止めに利用した点を以て反証とするのは頭が悪いと言わざるを得ないが、戦果を挙げたという意見を否定し難い事もまた事実である。
――でも、トウカは設計図まで売り付ける心算だし、どの道、戦車も予定される限定攻勢には間に合わないのだから売り上げを優先したのでしょうね。中々に容赦がない。
しかし、本当にそれだけだろうか?とリシアは疑う。
帝国侵攻の遅延が確実な現状、共和国が致命的な失態をしたならば、遅延の大義名分になるとでも考えているのかも知れない。或いは、共和国側が塹壕線形成の間に合わない程に不利となる状況などを利用し、共和国本土に帝国軍を誘引して決戦を行う。しかる後に共和国経由で帝国に侵攻するという思惑があるのかも知れない。帝国陸軍の野戦軍に本土での防衛線を選択させず、時間的余裕を与えずに共和国本土で決戦を強要できるかと言われると怪しいところであるが、一度得た領土を手放し難いだろう事を思えば包囲殲滅の機会も有り得た。
これは若しかすると楽しくなるのではないか、とリシアは心躍る。たられば、が多い話であるが、それを楽しんでこその乱世である。
「やだ、素敵。そうでないとね……キュルテン少佐。艦上の害虫駆除を手伝って差し上げてはいかがかしら?」
去りとて馬鹿をし過ぎて大陸横断鉄道の敷設予定地まで帝国軍に踏み込まれては天帝陛下も御機嫌斜めになるだろうと、リシアは帝国軍人を可能な限り名もなき草花の肥料にする必要があると考える。取り合えず目先の敵の殺害を試みる提案をした。
「おや、宜しいので? 忠勇なる共和国軍人の活躍の機会を奪ってしまって?」
「艦長、宜しいですね? 帝国人にこの戦術が上手く機能しない事を明確に理解させる必要があります。そして、彼は皇州同盟軍情報部。その手の意思表示の練達者です」
些か残酷であるが、帝国人は感受性が鈍いので刺激的な対応が妥当だろうとリシアは艦長に要請する。
「……良いだろう。乗員には通告しておく」
合意を貰ったリシアはキュルテンに鷹揚に頷く。
「なれば、白い殺人鬼の異名、艦上でも轟かせて見せましょう」
上機嫌に請け負うキュルテンに、これで話題性は十分だろうと、リシアは安堵する。
陸上戦艦の活躍を喧伝するには血腥い状況に持ち込んで水を差してやるとリシアは息巻く。皇国特使も同乗して陸上戦艦の有用性を身を以て証明した、とでも触れ回るのが見えているので黙らせる必要がある。自身が莫迦だと触れ回られる事をリシアは許容できないのだ。
「キュルテン少佐、存分に皇州同盟軍の何たるかを示して差し上げなさい」
「勿論ですとも。大いに撒き散らすと致しましょう」
軍帽を被り直し、口が裂けたかの如く嗤いながら艦橋を去るキュルテンにリシアは、これは酷い事になる、と確信する。
結果として帝国兵士の遺体が後甲板の空中線に吊り下げられ、干物の如き扱いを受ける光景が展開されていく事になる。
レビュー、ポイント評価などお待ちしております。