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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》
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第四〇三話    遺産と皮算用




「貴官は……ホーエンシュタイン少佐だったか?」


 トウカは男装の麗人の如き女性憲兵将校を見て、クレアの副官だったと思い出す。 職業を間違っているのではないかと思う様な容姿の皇国軍人は多いが、彼女もまたクレアとは異なる方向でそう思える人物であった。歌劇団などで支持者(ファン)から黄色い声援を受けながら活躍していても遜色ない佇まいである。


「拝謁の栄に浴する機会を頂きましたたホーエンシュタイン少佐に御座います。此度は警護の為、帯同せよとの御下命を以て馳せ参じました」


 一分の隙もない敬礼。トウカも答礼を以て応じる。


 トウカは憲兵総監が副官を差し向けるという事に只事ではないと見る。


 フェルゼン内の幾つかの重要施設と接続されている地下通路の発見と言えば、確かに捨て置けない事であるが、副官を派遣するとなると内々に収めたい何かがある捉えられなくもない。


「副官を寄越すとはな。気に掛けるべき事でもあったという事か?」


「はい……はい、陛下。地下通路がかなりの数の重要施設と接続されていると確認されている事が問題になっております。ただ、その一部が魔導陣の一部を形成している可能性があるとの意見があった事で入念な調査が必要となりました」


 然して時間経過もない中でそうした意見が出て意思決定まで行われる統合憲兵隊司令部の迅速な対応には流石のトウカも驚いた。


 トウカの居城となる前のアルフレア離宮は皇州同盟軍の情報部、兵站局、要地局が合同調査と必要設備の洗い出しを行った経緯がある為、クレアは内心で激怒していたが、トウカはそれに気付いていなかった。危険の可能性のある構造物を見逃したという事である。広範囲に責任が及ぶ問題であり、トウカへの危害を座視するクレアではない。


 今現在、クレアは移動時間を惜しんでアルフレア離宮の通信室を占拠し、各組織に聞き取りと要求を矢継ぎ早に投げ付けているが、トウカはそれも知らない。今現在、関係各所では怒号と書類が飛び交っていた。


「見習うべき早期対応だ」


 道理で鋭兵小隊の呼集も早く、明らかに魔導士も魔導杖と複雑な術式の刻印された外套を羽織り完全装備で周囲を調査……特に地面に意識を割いている。クレアの命令であるというのであれば納得だとトウカは鷹揚に頷く。無論、トウカがクレアに耳打ちして命じたが、その時間的猶予は僅か。傍目に見れば疾風迅雷の意思決定である。


 トウカの称賛に対し、ホーエンシュタイン少佐……アヤヒは苦笑を零す。


「陛下の御身に迫るやも知れぬ危機を統合憲兵隊司令官が捨て置く事は有り得ませぬゆえ……感謝はどうか不器用なあの子に」


 一転して茶目っ気のある表情で応じるアヤヒに、トウカも苦笑する。


「そうしよう。紐付きだったと聞いていたが……愛されている様で重量だ」


 アヤヒは情報部が皇州同盟軍時代にクレアに副官として送り込んだ諜報員でもある。不穏な言動や行動を監視し、必要とあらば情報部へと通達する。クレアは要らぬ波風を立てぬ為に受け入れ、寧ろアヤヒの力量を見て副官として大いに活用した経緯があった。


 トウカはカナリスからそうした経緯を聞いている。


 そうした経緯もあってトウカはカナリスからクレアの情報をよく伝えられていた。無論、どちらかと言えば職業上の情報よりも、クレアを皇統に近しい立場に押し遺ろうという意図が明白な内容ばかりである。それは、良い娘なんです、という主張を祖父がしているかの様な光景であった。


「あの娘は血縁を失えども保護者が多いのだな。愛されているという事か」


 俺とは随分と違う、とは言わないが、そもそも桜城家の業に等しい部分もあるのでトウカは元より期待していなかった。


「それで? あれが件の地下通路への入り口か?」


 背徳的で冒涜的な邪神像の股座を潜らねば入れない位置に出入り口を作るという感性(センス)にはトウカとしても言葉がないが、確かにそれを見れば金を無心しようとする宗教屋も現れなくなる事は確実だった。


 ――邪教徒だと言い出せば、内政干渉と拡大解釈して殺すだろうしな。


 金の無心だけならば鬱陶しいという問題に過ぎないが、宗教問題を持ち込んで物事を強制するならばマリアベルは必ず殺す。有事に馬鹿げた動きをする事が明白な為である。宗教は混乱に乗じるという確信。人心に根差すのだから、その人心が乱れる戦時を逃す筈がない。


 ――炙り出しという意味もあるのだろうな……坊主は殺すものだ。


 戦国時代に桜城家も手を焼いた一向宗の存在が脳裏を過る。


 馬鹿が騒ぐ理由を作り、馬鹿を可視化しておく。目に余るなら殺す。マリアベルの考えそうな事であり、トウカとしても悪くない手だと考える。無論、その死の公式見解は事故死であるが。


 奇妙な片言の呪言を撒き散らしそうな邪神像を見上げ、トウカは早々に破壊すべきだろうと溜息を吐く。予算の無駄なので邪魔にならない限りは放置すると判断したのはトウカ自身だが、大事になるならば話は別である。胡散臭い地下通路の目印になるというのは好ましくない。


「その様です。既に一個分隊を先行させております。地下通路は分岐しているとの事で、追加での人員投入の必要がありますが、現状で危険は確認されておりません」


 アヤヒの報告に、トウカは肩を竦める。


 その意図を察し、マリアベルならそうするだろう、という確信もあった。


 マリアベルならやりかねない。


「複数の要衝と連結していると聞く。脱出の為ではないな」


 一つが露呈すると連結されている全ての地下通路が露呈する様な構造であるというならば、もしもの際の脱出路としては不安が大きい。何より脱出なら要衝同士を繋ぐのではなく、フェルゼン郊外へ地下通路を伸ばすべきである。


「反転攻勢に備えたものだろうか?」


 性質の悪い事を考える、とトウカは考える。そして、それを内戦で使用する程に追い詰められなかったのは僥倖であった。


「占領後の抵抗に使用する心算だったのだろう」


非正規(ゲリラ)戦でしょうか?」


 アヤヒの問い掛けに御行儀のよい事だとトウカは思うが、確かにそれもまた有効であった。敵の後背に回り、地下の戦力移動で奇襲の成功率を上昇させる。


「どちらかと言えば、占領後に要衝を一つ奪還し、その地下通路から各要衝に纏まった戦力を同時多発的に投入して、弾火薬庫や兵舎、指揮系統を短時間で破壊する為だろう」


 空城の計として、一度、明け渡し、その後、進出してきた司令部や物資集積地を一網打尽にするという思惑だったのだろうとトウカは看做した。


 マリアベルらしい一手である。


 肉を切らせて骨を断つ際は存亡を賭けた規模で行う事で成功時の成果を最大化すべきという発想。マリアベルは軍人ではないが、軍事的決断の際の果断は明らかに度を越した規模となる例が多々あった。


 やるならば徹底的に。それは経済対策に近い。


 ――そもそも初期計画では戦線を形成せず、全軍を以て略奪で補給物資を補いつつ皇都まで攻め寄せる計画を考えていたからな……


 馬鹿げているという北部貴族からの反論が続く内に、アリアベルによる征伐軍成立が起きた事で立ち消えになったが、現在では実施されていた場合の成功率は五割を超えると陸軍参謀本部では結論が出されていた。中央政府も陸海軍も戦争の常道から外れた軍事行動を実施される事など想定していなかった。


 もし、アリアベルが征伐軍成立を宣言し、陸軍や各領邦軍の少なくない兵力が呼応していなければ、戦時体制移行なきままに各駐屯地が各所撃破されながら皇都まで踏み込まれていた可能性は少なくなかった。征伐軍は十分に防衛戦力として機能したのだ。 だからこそアリアベルは死を免れたとも言える。状況次第では皇都の焼き討ちは有り得たのだ。


 ただ、トウカは陸軍のそうした見解を疑ってもいた。


 陸軍は内戦時の北部の狂信的な抵抗から北部貴族領邦軍や皇州同盟軍を過大評価する傾向にある。


 大軍が入念な事前準備などしては警戒されるので、その計画は各領邦軍による浸透突破に近いものがあった。恐らく戦死者だけでも七割を超えると推測され、そもそも心理的奇襲という面では七日が精々であり時間制限がある。七日での文字通りの全滅を覚悟で領邦軍投入を決意する貴族と、それを受け入れる領邦軍がどれ程の数だったのかという部分を考慮していない。北部臣民が幾ら敵愾心を燃やしていると言えど、現在の水準まで狂信性が養われたのは内戦による度重なる被害を受けての部分が大きい。


 そうした異常なまでの殺意……戦意は内戦勃発の時点ですら用意されていなかった。


 しかし、そうした断固たる破滅的提案は確かに存在した。


 乾坤一擲大いに結構。去れど敗北時すれども、敵の不利益を最大化するという決意。


 そんなマリアベルは敗北も考慮していた筈である。


 死なば諸共。私は死ぬ。御前も死ね。只では終わらぬ。御前も道連れだ。


 素直に負けを認める筈はなく、自領での徹底抗戦も想定していると考えるのは自然である。


「フェルゼンの市街戦で敵軍を消耗させ、その上で退却を偽装して敵軍の占領区域を拡大。何処かで地下通路を利用して後背となったと錯覚させた占領地の要衝を攻撃して破壊。混乱の中で戦果拡大を図る。そうしたところだろう」


 領民はシュットガルト湖を通じて南エスタンジア方面へと脱出させるであろうが、戦闘に耐え得る者は根こそぎ動員するに違いなかった。死屍累々であるが、戦闘に適さない領民を逃がすならば、籠城でも公衆衛生の悪化や食糧、医薬品を始めとした消耗品の不足を先延ばしにできる。非戦闘員は抱えていても負担でしかない。


 更に敵軍に出血を強いる期間を延長できるという事である。


「それは……この世の地獄となりましょう。天帝陛下が彼の地に招聘された事、今ほどに感謝した事はありません」


 アヤヒは心底とそう考えているのだろう。郷土を灰燼にする程の抵抗。親類縁者が軒並み戦死しかねない。至極真っ当な意見と言えた。


 トウカは苦笑する。


「馬鹿を言え。必要なら俺もそうする。そして、そうした悲壮な覚悟を胸に立つ女を……俺は美しいと思った」


 トウカは溜息を一つ。


 その覚悟の一端が遺品として存在する。


 しかも、トウカには伝えられなかったものである。


 そこにトウカは違和感を覚えていた。


 ――軍事的建造物の類なら伝えないというのは解せないな。


 マリアベルは異邦人のトウカに軍事の全権を与えた。指揮権や兵器生産計画、軍政に至るまでの権限を与えたのだから、地下通路の存在を伝えないというのは辻褄の合わない話であった。与えた権限と比較すれば地下通路の存在など影響としては些末に等しいが、内戦末期はマリアベルも領地での決戦を覚悟しており、教えないというのは考え難い。


「そんな女の遺品整理に貴官は付き合うのだ。口が軽くても死ぬだろうし、見たもの次第では無条件に死ぬかも知れん。気を付けるといい」


 余りにも重大なものが隠されていた場合、機密保持の都合上、関係者は可能な限り少ない方が良いという事になる。先代ヴェルテンベルク伯に関わる不始末であれば当代ヴェルテンベルク伯であるマイカゼは自身の進退にも影響しかねず沈黙を選択する公算が高く、その娘のマイカゼは幼少で発言の信憑性に乏しい。問題は調査に加わった鋭兵やアヤヒとなる。無論、トウカとしては問題があった場合、纏めて閉鎖都市の警備に配置転換する心算でありこの世から転属させる心算はなかった。


 しかし、脅し付けておく事は必要である。


「雑兵の死よりも、憲兵総監に知られたくない案件となった場合の対応を勘案するべきかと愚行致しますが」


「……貴官は優秀な士官なようだな。これからも期待している」


 可能性として有り得る話を匂わせ、最悪の場合、クレアを持ち出す心算であるとの意思表示にトウカはクレアが重用する理由を察した。


 ――その可能性も在り得るか……クレア経由でヨエルに伝わるという懸念もある……


 死者の名を貶める不毛をクレアやヨエルが選択するとは思えないが、遺品が存在しており、その処遇を巡って意見が分かれる可能性は捨て切れない。そして、要らぬ波風を立てる危険性(リスク)を取る場面でもなかった。


「貴方の独白は兎も角として……金銭的価値のあるものはないという事ね?」


 直截的に過ぎるマイカゼの物言いに、トウカは十分に予算を割いているだろうに、とマイカゼの金銭への執着に驚く。


 戦災で傷付いたヴェルテンベルクの復興を助ける必要もある為、国費からヴェルテンベルク領への資金投入は妥当性がありセルアノも了承していた。寧ろ、シュットガルト運河の川幅拡大まで行えと言い出す始末であり、彼女は経済発展に関わると予算に糸目を付けない。


「さて、それは分からん。建造中の超兵器やも知れないな? それなら軍が予算を割いて購入を希望するかも知れないが」


 推測という名の妄想は容易いが、マリアベルの胸中を推し測るなど容易な事ではない。


 陸上戦艦などという奇想兵器の建造を行うのだから、それ以外の奇妙な兵器が存在しても不思議ではない。揚陸機能のある戦艦を建造した実績もあるのだからマリアベルが関わると兵器開発は明らかに話題性のある方向に向かう。


「男性はその様なものを好むとは聞きますが……ああ、先代ヴェルテンベルク伯もそうした感性の持ち主ではありました」


 大型兵器と一発逆転が好きだとアヤヒは言いたいのだろうが、トウカとしては祖国にも一発逆転に寄与した超兵器がそれなりに在るので理解できな者に説明しても無意味だと反論はしない。巨大戦艦に大陸間爆撃機、弾道弾、潜水空母……大国の威信を賭けた殺意と憎悪の結晶。目の当たりにした者にしか理解できない狂気と壮麗と機能美がそこにはある。採算度外視であるが。


「見れば分かる。そもそも、ないかも知れない。あまり期待するな。場合によっては即座に廃棄する必要がある……化学兵器や生物兵器などがあれば、寧ろフェルゼンに混乱を齎しかねない」


 安全に廃棄する為の手順として避難などあれば、一部の経済活動が止まるかも知れない。税収に影響が出る上、保証という話になりかねなかった。


 化学兵器や生物兵器を埋蔵し、進出した敵軍に一撃を加えるという事もマリアベルなら考えそうな事である。大日連も欧州からの侵攻に対し、広大なユーラシア大陸で核地雷による遅滞防御を基本戦略として組み込んでいた。


 因みに生物兵器とは、微生物などの細菌兵器のみに留まらず、魔術的に培養、強化した大型生物なども含まれる為、皇国では特に警戒されている。高位種の死骸を利用した生物兵器などは特に大きな被害を齎す傾向にあるが、当然ながら現行法では禁止されている。


「既に先行した鋭兵小隊も居ります。ある程度の安全は確認されているとの事ですが、未だ全容は把握できていないとの事です」


 鋭兵が地下通路を出入りしている光景に、想像以上に広大な地下通路なのだろうとトウカは大した冒険になりそうだと頭を掻く。


 シラユキが満足したところで撤退する心算なので、トウカとしては幼女の興味と好奇心との戦いになりそうだが、そうした感情が途切れるまでの時間は不明瞭である。


「拠点まで設置するのか。相当に広いということか?」


 庭園に設置されつつある天幕を一瞥し、トウカは想像以上に大事になっていると閉口するしかないが、周囲の鋭兵を伴って出入り口を潜る。トウカとマイカゼに手を繋がれたシラユキは上機嫌である。アヤヒも思わず笑顔であった。


「通路は重戦車が通れる程だな。想像以上に大きく作られている。しかも、かなり深い上に練石(コンクリート)で補強されているとは」


 相当な予算を投じた事が窺える規模と材質であり、天井には奇妙な術式が刻まれている。


 鋭兵が短機関銃の軌条機構(レイルシステム)に装着された携帯電灯(マグライト)で前を照らし、 魔導士は魔導杖を構え、光魔術で周囲一帯の闇を払う。


 天帝と狐の一行は進む。


 地下に降る形で進んでいるが、障害物や複雑な通路形状、三叉路は存在せず、トウカは拍子抜けした。


「天井の術式の目星は付いているのか?」


「不明です。ただ、かなり微弱な影響となる点だけは確実らしいとの事です」


 トウカの問い掛けにアヤヒが現状で判明している内容を伝える。


 魔導術式を見てその内容を理解するのは容易ではないとトウカも聞いているので、そうした内容であっても致し方ないが、トウカの目には皇国で広く利用されている術式には見えなかった。


「皇州同盟軍司令部から魔導参謀、兵器開発局から魔導開発部第一課長が向かっているとの事ですので、そこで改めて調査を。という予定となっております」


「専門家の調査か……大事になったな」


 トウカとしてもただの地下通路だとは思っていなかったが、調査に専門家が必要とまでなると隠蔽を図る際に別の筋書き(シナリオ)を用意する必要があると覚悟せざるを得ない。


 暫く進むと景色が変わる。


「これは……随分と古い構造だな。地下遺構か? 歴史的価値がありそうだが……」


 石材で作られた三叉路……恐らく先程までの地下通路を建造し、年代を感じる遺構と思しき通路に接続したという事なのだろう、とトウカは見当を付ける。


 元から存在するモノを利用して時間と予算と資材を低減する事はよくある話である。


「詳しい事は不明ですが、歴史的価値を調査するとなると皇都中央大学か霊都の神学校辺りから専門家を招く必要があります」


「関係者が増え過ぎる。全容が解明され、問題がないなら好きにさせればいいが、現状では保留だな」


「妥当な判断かと。皇州同盟軍司令部も要衝への地下通路を完全に塞ぐまでは、軍事機密もある建造物の地下を嗅ぎ回られる事は望まないかと」


 アリカの意見にトウカも同意する。


 要らぬ危険性を招きかねないという事もあるが、足元から軍施設を爆破などという真似をされかねない余地を残しておきたくないというのがトウカの判断であった。坑道作戦の御膳立てをしているようなものである。


「これ、調査が済めば観光地にならないかしら?」


「駄目だ。破壊して埋める。そもそも遺構など喜んで見学する奴がいるものか」


 マイカゼが能天気な事を言うが、トウカは早々に拒絶する。


 軍事施設の地下施設と地下遺構の距離が近い場合、その地点を掘り進んで地下からの襲撃というのも有り得る。前例がある案件なのでトウカは可能性を潰しておきたかった。


「訳の分からぬ遺物に銭を落とす程に臣民に余裕はないだろう」


 暗くて財布を落とすという直接的な資金回収を期待するのであれば話は変わるが、旅行というのも未だ一般化の域には入ってない実情がある。貴族領を跨ぐ動きが複雑な交通機関経路や整備状況の差によって難しいという部分もあるが、旅行という娯楽を提供する為の企業や方法(システム)が乏しい部分も大きい。娯楽作品に登場した土地を盛り立てて観光客が押し寄せるなどという話となるほど、皇国では機運も醸成されていないのだ。それ故にトウカは鉄道行政の梃入れもかねて巡幸を行う心算であった。 当然だが、地下遺構を巡る事など予定にはない。


「あら? 付加価値を付ければ何とでもなるもの。そうね……最奥まで行くと恋愛成就するとか金運に恵まれるとか……」


 そうした戯言に群がる者が多い事は京都在住であったトウカも良く理解しているが、地球世界の企画側も恐らくはこうした考えの元でそれらしい要素を追加しているのだろうと考えると世界が変われどもヒトは変わらないと思わずにはいられない。


 ――武器を手に愉しく戦争をしているのだからヒトはヒトか……


 ヒトの業は世界を超えても変わらない。


「シラユキはこんな女になっては駄目だぞ? 金銭は妖精の目すら曇らせる。気を付けなさい」


 手を繋いだシラユキにトウカは諭す様に忠告するが、内心でシラユキが守銭奴になってはミユキに申し訳が立たないとかなり心配していた。


「でも、おかねないとごはんたべれないよ?」


「そこは匙加減だ。手段と目的を履き違えてはいけないし、偏り過ぎてもいけない」


 周囲から胡乱な視線が刺さるが、トウカは気にも留めない。実体験に基づく話だぞ文句あるのか、という心情。愚者は経験に学ぶ。


 しかし、マイカゼは心外だと頬を膨らませる。齢を重ねても全く以て愛らしい姿にトウカはミユキの影を見た。


「あら、帝国との戦争の為に要らない戦争までする羽目になった天帝の言葉とは思えない」


「目的の為に回り道をしている様に見えるかも知れないが、実はこれが勝利までの最短経路だったりする訳だ。急がば回れ、と言う。安楽な道に流されて本道を見失ってはならないという事だ」


 マイカゼとトウカの意見にシラユキは首を傾げている。幼女には難解な話であった。


 ちなみにトウカも現状には相当な苛立ちがあるが、それを表に出さぬ様に意識していた。苛立ちを露わにしても軍備拡大は進まず、国際情勢が配慮してくれる訳でもないという事もあるが、陸海軍が帝国侵攻に於ける戦略にトウカ自身の苛立ちを反映しかねないとの懸念が大きかった。


 国家指導者の強い感情によって政戦に於ける計画が左右される事は歴史上珍しい事ではないが、それを許すという事は何ら政戦に寄与しない要素が加わる事であるとトウカは良く理解していた。


 武官や文官には、萎縮させる事も配慮させる事も避けるべきである。


 ただし、それは政戦に於いて十分な力量と愛国心を携えた者が相手の場合に限る。組織や派閥の為に国益の最大化を座視する者であれば排除するしかない。無論、排除した先が市井か牢屋か泉下かという判断は内容と状況による。トウカとしては、その匙加減に悩む事も多い。


 国家指導者に必要なのは、信頼される事であって愛される事ではないとは言え、萎縮して本来の実力を損なわれては困るというのがトウカの本音であった。


 そうした諸々の感情を隠し、トウカはシラユキを諭す。


「何事も程々にしたほうが良いという事だ。極端はこの国では天帝の専売特許だからな」


「ほどほどー」


 あまり理解した様子はないが、幼子の頃から知識を詰め込んでも碌な事にはならない事は自身が証明している為、トウカとしてはそれ以上、言い募る気は起きなかった。


 そうした遣り取りを続けながらも進む天帝一行。


 石造りの遺構だが水路が並走しており、恐らくは地下水による浸食を防止する為の構造である事が窺える。


 水路を覗き込むと湖魚が泳いでおり、シュットガルト湖の何処かと繋がっているのであろうが、そうした水路があるならば今迄に発見されていそうなところであるものの、そうした報告はない。


 前方からの足音と、続く光源。


 規則正しい足音と規則正しく揺れる光源。


 先行していた偵察小隊である。アヤヒは三人の鋭兵を先行させて情報交換をさせると、別方向への偵察を命じる。トウカの警護を担う鋭兵小隊と合流させないのは警護対象に不特定多数が接近する余地を作りたくないという判断であり、それは護衛部隊の指揮官としては正しい判断であった。その神経質とも言える姿勢はヴァレンシュタイン上級大将暗殺未遂事件が原因であり、特に憲兵隊はその一件が情報部だけの落ち度とは考えておらず、明日は我が身と考えていた。


「先行している複数の偵察の情報を元に構造図を作成しているのですが、この地下遺構の通路自体が魔導陣を形成している可能性がある様です」


 情報を精査したアヤヒの言葉にトウカは意表を突かれるが、皇国では都市構造を魔導陣にするというのは珍しい事ではない。皇国北部では村落なども均整の取れた建造物配置をしているが、それは道路下に魔導刻印を付与し、降雪時に道路とその周辺を保温する事で道路と歩道の融雪を行う為であった。


 フェルゼンの場合も都市を囲む様に存在する防護壁に構造強化や防弾などの魔導術式が刻印されており、そうした技術と無縁ではなかった。都市運営や防護手段として、建造物配置による都市規模の魔導陣形成は今尚、多用されている。


「この地下遺構は随分と古い……フェルゼンが拡大した時期を踏まえても、辻褄が合わない。そうなると地下遺構の存在を知って、その地上にフェルゼンを造成したという事も有り得るか」


 愈々と話が大きくなってきたと、トウカは困惑する。


「ただの通路ではないの?」


「違うな。天井の隅……薄暗くて分かり難かったが電纜だろう。情報伝達か電源かは知らないが、そこは魔導に頼らないというも奇妙だ。相当に奇妙な事をしているという事だろう」


 トウカはマイカゼに、愉しくなってきたな、と笑い掛ける。男の子はこうした冒険が大好きである。


 しかし、軍務上ぞれを許容できないのがアヤヒである。


「いえ、陛下は至急、退避して頂きたく」


 不確定要素が増大した状況である以上、トウカとしても理解できる話であるが、ここまで踏み込んでいるので今更引くというのも気が収まらない。何よりトウカとしては未だ冒険心が満ちているシラユキを満足させる必要があった。


「俺だけ仲間外れか? ここまで来たのだ……それに悪意はないだろう」


 マリアベルの殺意も悪意も感じない。或いはマリアベルも知らなかったのではないかと思えるが、トウカは都市の地下をマリアベルが利用していた情報がない以上、それは有り得ないとも見ていた。


 フェルゼンは地下利用が制限されている。


 マリアベルの都市計画に基づいての制限であるが、軍事的に見て都市の地下とは有用な空間であり、砲爆撃からの掩体としての利用は勿論であるが、市街戦ともなれば司令部拠点や物資集積所、防空壕としても活用できる。平時から物資集積や前線司令部や野戦病院も地下空間を利用すると、戦時に突入した際の運用も齟齬を生じない。


 トウカがそうした地下の構造物を破壊する為、地上貫通爆弾の生産に踏み切った事からも、その有用性は窺い知れる。


「マリィが気付かないとも思えない。防空砲台など造る程に都市防衛に熱心だったのだから、地下に永久陣地を構築しないとも思えない」


 全てが接続されていれば、地下陣地などシュットガルト湖から水を引いて水没させてしまえばいいが、民家や公共施設の地下などに点在する地下室や地下拠点を全て潰すとなると話は変わる上に把握する事は容易ではない。現にトウカもフェルゼンを巡る市街戦では民家の地下室を利用しているが、そうした地下室も総じて深さはなかった。地下通路も存在するには存在したが、その規模は小さい。その役目も主に上下水道の点検などであった。


「軍事的なものではないだろう。危険は乏しいはずだ。侵入者向けの罠もここまで来てないとなると敷設はされていないだろう」


「全て推測に御座います」


 アリカがトウカの意見を撥ね付けるが、トウカとしても事実であるので困った顔をするしかない。


「このまま進む。申し訳ないが、これは命令だ。少佐」


「はい、承知しました」


 そうなるだろうとの諦観があったのかアヤヒはトウカの意見を間髪入れずに受け入れる。


 しかし、そうして再び進み始めると道は更に分かれる事となる。


 マイカゼが通過した経路は古い遺構といった雰囲気を持つが、別方向への地下通路は近代的な練石(コンクリート)が多用されたもので、壁面には精緻な魔導刻印が刻まれた上で透明な樹脂が塗布されている。練石の劣化による剥落で魔導刻印の欠損を防止する為の保護を兼ねているのか、その樹脂自体に魔術的な効果があるのか。或いはどちらの効果もあるのかまではトウカには判別できなかった。


「前進した距離と方角を鑑みるに、フェルゼンの中央……恐らく中央駅舎辺りの地下に出る事になるかと」


「しかも、進むにつれて下降している。かなりの深さになるだろうな。排水機構も何処かに在るだだろうが……水分に対してかなり神経質になる必要があるという事か?」


 左右に通る小さな地下水路は、地下水の漏出や寒暖差による水滴……水分の影響で魔導刻印の効果が阻害、乃至低下する事を恐れてのものである様に思えるが、それにしては深度のある方向に水分を誘導するというのは解せない。


 地下通路そのものが魔術的効果を及ぼす円陣を形成しているならば円陣外周方向へ傾斜を付けて水を外へと誘導する方が合理的である。


 ――魔術的に中央を最深度としたいという話なら止むを得ないのだろうが……


 トウカとしては首を傾げるしかない。


「大量の水を必要とする目的があるのではないかしら?」


「有り得るか……禄でもない気がする話だが……」


 マイカゼの指摘にトウカはうんざりとする。


 水資源を大量に使用する巨大施設が隠蔽されているというのは、トウカの知る国家事業で考えると核兵器製造や化学兵器製造辺りである。後者の場合、マリアベルならば確かに有り得そうな話であり、フェルゼン内に敵軍を誘引。地下で製造及び貯蔵しておいた化学兵器を都市各所から散布して一網打尽にするなどという巨大設備であった場合、早々に無力化、埋め戻す必要があった。


 マリアベルの名誉に関わるという話よりも、今後の地下開発に関わる為に放置できないという部分が大きい。遷都を為す以上、地下空間の利用を避け続けるというのは現実的ではなかった。


 徐々に興味を失い今となってはトウカに肩車されているシラユキだが、不意にトウカの頬を撫でる。


「なんかこげくさい」


「……炎の気配はないわね……燃えた後かしら? 随分と前だから微かね……」


 シラユキの言葉に、マイカゼも地下通路の奥から漂う香りに意見を口にするが、香りに鋭敏な狐系種族だからこそ分かる話であり、トウカにはその限りではない。天帝の権能との適応率が歴代天帝の中で最も低いトウカの感覚は人間種を逸脱しない。


「斥候を出せ。他はここに留まり周辺警戒を」


 トウカはアヤヒに命じ、アヤヒは鷹揚に頷く。トウカの判断に異論はないのか、アヤヒの命令で二人の鋭兵が短機関銃を抱えて駆け足で先行する。


 周辺の鋭兵達が周辺警戒をするが、地下通路という閉鎖空間である為に為せる事は壁面や天井、床に罠がないかという確認が主となっている。魔導士達の会話の内容は極めて広域からの限定的な魔力蒐集効果以外の効果は刻印から読み取れないとの事であり、フェルゼンに破壊的な効果を齎す術式ではないとの事であったが、トウカとしては機密理の魔力蒐集という時点で良からぬものを感じた。関係者を可能な限り少なくする為、巨大地下施設まで用意している時点で世間一般の感性からすると好ましくない案件だろうと予想は付くが。


「今から娘を連れて戻っても咎めないが?」


「当代ヴェルテンベルク伯の領分ですよ、これは……下がれと?」


 そう応じると考えたからこそトウカは選択の自由を与えた心算であったが、マイカゼからすると心外な話であったらしく、思いの他、風当たりが強い。


 しかし、規模の大きな話になりかねない状況になりつつある中で、遺品の内容次第ではマイカゼの不利に働く可能性もある。


「いざとなれば見なかった事になる。そこは了承しろ」


 機密保持の都合からであり、それはマイカゼを守るものでもある。もし、フェルゼン地下に隠された案件が多大な魅力や問題、危険を内包するのであれば、影響力を行使すべく、或いは入手すべく領主であるマイカゼを排除しようという蠢動があっても不思議ではない。


 トウカは現状でフェルゼンが今以上の価値を帯びる事を望まない。


 フェルゼンへの遷都によるヴェルテンベルク伯爵領の処遇は未だ決まっていない。領都フェルゼンだけを天領として召し上げるとするには、ヴェルテンベルク領に於ける人口と経済はフェルゼンに集中し過ぎている。フェルゼンを失ったヴェルテンベルク伯爵領では人口と税収の面で忽ちに立ち行かなくなるだろう。


 そうした中でフェルゼンを天領とする動きが出かねない案件が転がり出るというのは望ましくない。一歩間違えば狐系種族からの支持を失いかねない上、皇州同盟軍内に軋轢が及びかねない。皇州同盟軍将校にはヴェルテンベルク領出身者が多いのだ。


「俺はこの娘から姉だけでなく母親まで奪いたくはない。弁えろ」


 国家指導者として必要な判断を曲げる事はマイカゼにも許されない。


 そして、それはマイカゼの為でもある。


 マイカゼは溜息を一つ。


「承知いたしました、天帝陛下」


 一礼する母狐。


 しかし、素直に引き下がる狐ではない。


「その様な視線はなりませんわ、陛下。女性に向けては在らぬ者まで惹き付けてしまうでしょう」


「何を莫迦な事を。実情を見れば大抵は逃げ出すだろう」


 実情を知らんのか、とトウカは鼻で笑うしかない。シラユキを肩車したままであるので格好は付かないが、それで事実が変わる訳でもない。


「少佐、貴女はどう思うかしら?」


 戦線を拡大する意向のマイカゼにトウカは辟易とする。


 アヤヒは大いに狼狽する。


 国家指導者の所感を当事者の前で意見せよとの話に対して一佐官が身の危険を感じない筈がない。トウカは惨い真似をするとマイカゼを咎めようとするが、その前にアヤヒが口を開く。


「そうですね……厳粛なる決意に満ちた独裁者の瞳で御座いました。困難な時代なれば、婦女子はそうした瞳に惹き寄せられる事でしょう」


 君もそうした話題が楽しい類の人間か、とトウカは溜息を吐く。


 女性が色恋沙汰の話を好むというのは遺伝子に刻まれているのではないかと思える程であるが、自らがその対象に含まれる事ほどに不愉快な事はない。


「……それは災難な事だ。惹き付けられた婦女子には同情申し上げる」


 蛾は誘蛾灯に引寄せられた挙句に焼け死ぬが、婦女子が自身に引寄せられても同様に碌な事にならないので同情するしかないところである。


 ――碌な死に方をしないなら歴史に残る死に様が良いですね、などと言う奴も居るが……リシアといい明らかに資産を分散して隠しているからな。逃げる準備も万全だろう。


 清楚華憐な憲兵総監などは夢見がちであるが、同時に現実主義者でもあるので、落ち延びて安楽な夫婦生活でも良いではありませんか、などとも言う始末である。状況に見切りを付けたらトウカを担いで亡命しかねない。


「心配は不要かと。陛下の下に侍る女性は個としても乱世を征ける力量の方々に御座います。弱さあらば寄り添う事は叶わないかと」


 マリアベルはその治世から確かにそう見える人物であり、ミユキも個としての生存性は高い。トウカと邂逅するまでは狩猟によって得た獣肉を燻製にした上で売却し、十分以上の日銭を稼いでいた。個人として生活して行ける人物である事は間違いなかった。


 強さや弱さなどと言う概念は曖昧だが、マリアベルもミユキも深窓の令嬢などとは程遠く、自らの足で立って進むことができる人物である事だけは間違いなかった。


「さて、どうだろうか……ヒトの抱えるものなど簡単には見えないものだ。それを最近、痛感したところである」


 トウカはアヤヒの言葉に、どうだろうな、と曖昧な姿勢を崩さない。


 ヒトの本質などそう見えるものではない。


 相手の内心や言動よりも行動を重視するトウカではあるが、去りとて私人となるとそればかりでは差し障りがあるというのは理解している。


 実情は兎も角、考慮の必要性を感じている様に見える事は重要である。


「同意致します、我が陛下。故に臣の上官を大切に扱って頂けていると確信しております」


「愛される上官をしている様で俺も感心しているところだ」


 アヤヒとトウカは互いに瞳を眺める。


 クレアを大切に扱えとの迂遠な念押しを受けたトウカとしては、正面から応じて見せたいところであるが、鋭兵達が周囲に存在する中での発言は避けねばならない。完全に隠さねばならない訳ではないが非公式であり、公式の存在とするにはクレアを寵姫とせねばならなくなる。清楚華憐な妖精を後宮という鳥籠で飼う事は忍びないとトウカは考えていた。何より、トウカが致命的な失政をした際、寵姫は巻き添えとなる可能性が憲兵総監であるというだけよりも遥かに大きい。


 アヤヒは沈黙のままに敬礼する。


 トウカは頭を掻いた。


 ――クレアはアヤヒに自身の過去を……いや、この女は情報部が付けた鈴だったな。それにしては仲が良い。


 監視対象と監視者だったが、クレアがアヤヒの力量を高く買っており、トウカにも信頼の置ける副官だと説明していた。それは一方的な信頼ではなく、アヤヒもクレアを積極的に支えている様に思える感情が言葉の節々に感じ取れる。


 実際のところ、アヤヒは未だにクレアを監視していると言えるが、それはカナリスがトウカとクレアの関係を認識して以降は、二人の関係の進展を確認する意図に転じた。アヤヒとしては微笑ましい話であり、クレアやトウカに愛着も沸こうというものであるが、トウカはそうした点には至らない。


 既に斥候を待つ時間が要らぬ探り合いと、言質を引き出そうとする場になっていると感じたトウカのところへ斥候が帰還する足音が響く。下通路だけあって足音は響く。


「前方はどうか?」アヤヒが斥候に近付いて問う。


 トウカは敢えて近付く様な真似はせずに待機する。権威は何時も詰まらない鷹揚をトウカに求めた。


 アヤヒは早々にトウカの前へと戻ると内容を伝える。


「この先に焼け落ちた研究室の様な一室がある様です。円形の一室で、距離と方角を踏まえると、この地下遺構の中央と推測できます。魔導士曰く、魔導学的に見ても魔力集中が最も高い位置との事です……恐らくは何かの魔術的な実験施設という事になると思いますが現状では判然としません」


 幻想浪漫(ファンタジー)らしく悪魔召喚でも試みたのではないか、とアヤヒの説明を受けたトウカは返答に窮する。


 トウカもアヤヒも軍事関連の施設だと考えていた。


 軍事関連の案件でマリアベルがトウカに伝えないというのは考えられず、恐らくは長期的視野に立った軍事研究であり短期的には日の目を見ないものであったからこそトウカにも伝えなかったと考えられた。恐らくは、軍事費とは異なる資金拠出があり、トウカも気付かなかった可能性が高い。


「焼き払われたのは最近の様です。特段と罠や危険物と思えるものは確認できなかった、と」


 兵器などが放棄されている訳ではなく、薬品などが散乱している様子もないとの事で、トウカとしては怪訝な顔をするしかない。


「ただ、培養槽が幾つか並んでいるとの事です。機密理に生物兵器の開発が行われていた可能性があります」


「成程……陸軍では採算が合わないと見て基礎研究が細々と為されている程度だが……嘗ての北部は状況が異なる。有り得ると言えば有り得るのだろうが……」


 トウカとしては費用対効果だけではなく、マリアベルが戦争に備えて有効な兵器を用意すべく比較的広範囲の兵器開発を心掛けていた事を当人より聞き及んでいた。


 マリアベルは政略家であり戦略家ではない事から、そうした部分を資金力で補おうと試みていた節がある。無数の研究開発を行い、試作品を運用した結果で判断するというのは国家規模であれば有り得るが、一地方領主が為すというのは稀有な例である。選択と集中なくば量を用意できないのだ。ましてや戦力的に見て周辺勢力よりも劣勢であった事を踏まえれば冒険的な選択と言わざるを得ない。


 過去のヴェルテンベルク領邦軍の、多砲塔戦車に揚陸戦艦、陸上戦艦、重雷装艦 奇想兵器の類が散見されるのは、そうした理由もあった。


 その中に生物兵器があっても不思議ではない。


「実物の死骸などはないということか……」


 焼け焦げた培養施設が残るのみで生体兵器自体は別で廃棄されたのだろうと、トウカは見当を付ける。軍事行動に利用されたならば戦闘詳報に記載されて問題となる筈である。トウカを介さない戦闘詳報も存在しないとは言い切れないが、マリアベル存命時であれば実戦相手は内戦中の皇国陸軍であり、当時敵であった皇国陸軍がこれを問題視しない筈がない。調査が入る公算が高い。


 とは言え、そもそも生体兵器自体が運用と管理の面で困難な兵器であり、そうであるからこそ忌避されている側面がある。指揮統制に加わる事に疑義のある戦闘単位(ユニット)など不確定要素でしかない。


「その一室を見て判断するか……シラユキ、起きなさい。宝探しの時間だ」


肩車をされたままにうとうとと舟を漕いでいたシラユキが、トウカの呼ぶ声に起きて周囲を見回す。


「おたから?」


「さて、どうだろうか。君の母上の意地の張り様次第では明日にでも一緒に暮らせるようになるぞ」


 目にした内容次第では幽閉せざるを得ないという話であり、フェルゼン地下に巨大施設があると既に知られた状況で隠蔽を図るのは困難である。領都の地下なのだ。探査手段は多く、これからの経済発展を踏まえれば地下空間を放置する事は現実的ではない。


 しかし、マイカゼは異なる解釈をした。


「側妃にしていただけると……そういうのは誰も居ないところで……流石に娘の前では……」


 視線を逸らして、嫌ではありません場所を選んで……と言い募るマイカゼに、トウカは舌打ちを一つ。


「幽閉するという話だ」


 明言を避けるという配慮を正面から踏み倒してきた上、寵姫ではなく側妃という厚かましさには笑うしかないが、トウカとしては一笑に付す以外の選択肢がない。寧ろ、この話が外部に漏洩した場合、枢密院の面々などは諸手を挙げて賛成しかねない。


 マイカゼとの婚姻政策が成れば、ヴェルテンベルク伯爵領を天領としても狐系種族からの反発は出ないとの判断をする枢密院議員は多い筈である。龍系種族の台頭に政治勢力としては小さい狐系種族を対抗馬として擁立するのは、支援の機会も多く、共通利益を模索する機会も多くなると皮算用をする府も出る事は疑いない。 少なくともトウカが好意的な狐系種族を利用しようとする動きが燎原の火の如く広がる事は容易に想像が付き、そして自由気儘な狐達には重荷になりかねない。狐系種族は今迄の立場から術数権謀を担うだけの政略家は少なかった。


 狐系種族を利用した派閥争いは国力の蕩尽を招くだけである。狐達にとっても不幸である。


 トウカの結論である。


 どうも狐は政治に向いていない。例外であるマイカゼが近くに在る為、トウカも誤解してしまいそうになるが、大部分の狐はミユキの様に自由気儘で天衣無縫である。


 ――逆に天使は政治に向き過ぎる気もするが……


 種族特性から尋常ならざる統制が取れており、所属国家という枠組みを生存圏として見て国粋主義的である。トウカ個人の見立てでは、天使系種族単独であれば共産主義も成立する。空想的政治体制は空想上の生物であれば初めて実現の可能性を帯びるという皮肉。


 ――とは言え、その空想上の生物が俺の周りに多い訳だが……


 空想上であった筈の生物が跳梁跋扈する異世界。


 しかし、政治の本質は変わらない。


「ああ、そういう……女を糠喜びさせるのはいかがなものかと思います」


 酷く気落ちしたマイカゼの苦言に、トウカはアヤヒに視線を向ける。


「そこまでに為さると宜しいかと。これ以上騒ぐのであればヴァレンシュタイン上級大将を婿に、という話になりかねないかと」


 流石に亡き恋人の母を近しい将軍の嫁へと紹介するのは世間体の差し障りがある為、トウカも考えなかったが、狐系種族の嫁入りという案は胸中に存在した。何処かに明確な繋がりがあり、皇権に結び付いていると示す事で、ヴェルテンベルク領を召し上げる事への不満はある程度、避ける事が叶う。


 とは言え、その効果は未知数である。


 故に表面化しなかった。


「……この話は止めておきましょうか」真顔のマイカゼ。


 トウカは鷹揚に頷く。


 妙齢の御夫人の御茶目に付き合うことは吝かではないが、取り返しの付かない程に外野が騒ぎ出せば鎮静化させる為、マイカゼにザムエルを押し付けざるを得なくなる。


 マイカゼを取り巻く状況は時を経る毎に政治的色を強く帯びる公算が高い。シラヌイの行方不明……死から時間を経る程に、そうした世間的建前の効果は減じる。その配偶者の地位を政治情勢で選定すべしという意見はヴェルテンベルク伯爵家家臣団から出る事も疑いない。


 ――或いは、その不安があるから、という可能性も在るな。


 トウカと近しい女性という印象が周囲に在れば、畏れ多いと縁談を持ち込む者はほぼ居ないであろうし、マイカゼがそれを意図してトウカに近しい立場を誇示しているならば、決して狐系種族の政治的立場の強化というだけには留まらない。無論、配偶者を迎える事が政治問題化する事で狐系種族の立場が悪化すると考えての予防的対応であるならば、既にその振る舞い自体が政治的ではあるが。


 トウカシラユキを床に下ろす。


「狐は何時も俺を振り回す……さぁ、マリィの遺品を見に行こう」


 人々が政治に合わせて動いている。


 私人と公人の狭間で折り合いを付けている者は多いが、全てがそうとは限らない。


 或いは、マイカゼもそうではないかも知れない。


 狐系種族を酷く政治的な立場とした責任は自身に在ると、トウカは自覚している。 マリアベルがマイカゼを後継者に選択したのは確かだが、その後もマイカゼの立場を据え置いたのはトウカであった。


「遺品が何か。揉めるにしてもそれを知ってからで良いだろう……ミユキが皮算用で(はしゃ)ぐのは母親譲りだったか」


「まぁ、酷い」


 遺品整理の為、トウカ達は地下通路を進む。






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