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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》

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第三九三話    トウカのアトリエ

トウカのアトリエ フェルゼンの錬金術師




「先手を打ったか……やるじゃないか……いや、順番を変えたというところか」


 トウカは素直に称賛するが、胸中では辻褄が合ったと納得の感情を覚えていた。


 重戦略破城槌なる奇想兵器の類を考案するくらいならば、他戦線から戦力を抽出し、 共和国戦線に戦力集中を為す事が余程に現実的である。後退しつつ敵戦力を誘引し、 他戦線から抽出した戦力を加えて包囲を図る。戦略の常道である。例え、国土の失陥を銀行強盗出身の書記長並みに嫌悪感を示す者が指導層中枢に居たとしても、その事実は変わるものではない。奇想兵器の活躍前提の戦争など論外である。特異な戦場でしか使えない……それも有機的誘導装置(人間)まで搭載している巨大爆弾など例外にして得意の発想でしかなく汎用性など望むべくもない。


 エルライン要塞を破壊する為だけに用意するには、重戦略破城槌という兵器はあの戦場での運用には難易度が高過ぎた。回廊という直線ではない限定空間で有効な運用が見込める状況まで持ち込んだ作戦計画は相当な事前調査と苦労があったに違いないが、それならば超長距離砲を開発する方が遥かに合理的である。帝国は魔導技術を用いない限りに於いては皇国に匹敵する砲噴技術を有しており、時間を掛ければ超長距離砲は生産可能なはずであった。多数の戦力を投じて回廊の状況と地形を整えるなど、時間と資源と兵力の浪費でしかない。


 ――アトラス要塞線に前進配置されている阻害(バリケード)は対人のものが主体であるが、相当な火砲も配置されていると聞く上に平地ばかりだ。諜報活動も盛んとされている。


 協商国相手では長距離砲は事前に察知される公算が高い。航空偵察も行われており、 協商国は要塞線に引き籠もっていると見られがちだが、実は索敵行動には積極的である。要塞線は長大だが配置する戦力には限界があり、彼らは敵戦力を早期発見し、要塞線に沿って敷設された鉄道網で主要戦区へと迅速に兵力を増派するという方針を採用していた。初期配置されている戦力で攻撃を受けた要塞線戦区を保持しつつ、予備戦力を迅速に投入する。限られた戦力で長大な要塞線を防衛する合理的計画であった。


 トウカも感心する事頻りであるが、その場合、敵の早期発見は必須となる。


 平素から気球を用いた常態的な航空偵察も実施されており、協商国は索敵に関しては相当な予算を投じている。


 超長距離砲を用意するにしても、その射程は速射性や命中精度を犠牲にした場合でも一五〇km辺りが限界である。容易に移動できない上に途方もない規模の大型化を避け得ない以上、その設置には多大な労力と時間を要する。早々に探知される事は明白であり、間諜の浸透で破壊される可能性もある上、協商国側も連隊規模の魔導士による長距離攻勢魔術という切り札を有している。


 ――連射できるものではないと聞くが、過去の戦歴を見るに射程としては予想される超長距離砲の射程を優越する。


 陸軍参謀本部の魔導参謀曰く、威力を下げれば長射程化できるとの事である。


 運動戦……兵力移動による優位を重視する皇国軍では照準から発動まで極めて時間を要する長距離攻勢魔術というのは途絶えて久しい技術である。それなりの命中精度であるとはいえ、観測と照準が容易ではないという問題もあった。


 しかし、固定目標であれば対処できなくもない。


 無論、運動戦を考慮するならば、連隊規模の魔導士を各師団隷下の大隊に分隊規模で編入させる方が全軍の汎用性の底上げに繋がるが、要塞線防衛に特化した協商国軍の場合はそうした大胆な編制も可能であった。もし、遭遇戦などで連隊規模の魔導士が撃破されたら国を傾ける程の被害である。


 連隊規模の魔導士が吹き飛んだ際の損失など、トウカとしては考えたくもない話である。魔導資質に優れる者が多い皇国軍を指揮するトウカですらそうなのだから協商国軍であれば尚更であった。魔導資質に優れる者から野戦に耐え得る高位魔導士を見つけて育成を行うというのは国家事業である。マリアベルは激怒して断念した。苦しい台所事情からであるが、魔導士は資質と才能に依存し、力量に大きな差が伴う。訓練である程度の練度が保証できる兵科とも言い難い。だからこそ装甲兵器に傾倒したとも言える。


 ――鋼鉄は素直である、か。


 戦車を指してのマリアベルの発言である。


 装甲兵器は生産と人員育成に魔導士育成の如き制限が付かない。少なくとも予算を投じただけ戦力増強が叶う。生産数が対処できない問題で縛られる兵科など当てにできないと、早々に大幅な縮小をするマリアベルは果断というよりもせっかちと呼べるものであった。


 そして、帝国も鋼鉄が素直であるという点は同意するところである事は見て取れる。


 政治思想の問題から特定種族の特性に頼るという選択肢はなく、そもそも魔導資質に依存する事は大規模戦力を揃える上で問題となる。重戦略破城槌は正に素直な鋼鉄による問題解決の極致と言えた。


 火砲の直撃に耐え得る装甲を有した円柱状の爆弾とも言える構造物を、大推力の噴進機関(ジェットエンジン)を以て恐ろしい速度で防禦施設に叩き付ける。


 構造は単純であり、信頼性の担保も容易である上、誘導方式を踏まえると命中精度も高い。火砲の照準修正も間に合わない速度でもあり、相手の対処能力を容易に飽和させる事もできた。戦車も射撃特性に優れた特定の種族による照準を除けば、停止しての射撃が基本である時代、高速移動する兵器への砲撃は困難を極める。


「あの兵器、協商国相手に使う予定だったものか……形状が異なる部分がある点を見るに、その初期型をエルライン回廊に持ってきたのだろうな」


 航空輸送による詳細な報告書を手にしたトウカは、対面に座る挙動不審な中年男性に報告書を手渡す。


 受け取った中年男性……陸軍第一種軍装に中将の階級章を付け、兵科章は鋼鉄の車輪に交差する軌条(レール)……鉄道科という装いの彼は皇国陸軍に於ける鉄道運用の頂点に立つ男であった。


「これは……拝見しても宜しいのでしょうか?」


「構わない。広く周知すべき内容であるし、我が国もこれの威力を知る国家である」


 トウカはこの自信を何処かに置き忘れたグレーナーという男を好ましく感じていた。


 そもそも、トウカは練達者(プロフェッショナル)が為すべき事を為す姿を好ましく思い、その力量を以て物事を改善する姿が国家の随所で見られる光景の実現こそが己の為すべき事だと疑わない。足を引っ張り、他所様の上前を撥ね、ありもしない特権を振りかざす者達を踏み潰して守らねばならない姿である。


 自信がなくとも力量があるならば要職に就ける事をトウカは厭わない。


 そして、その職務の障害になる事は何人にも許されない。


 その姿に自信を持ち、大望を抱く者も居るのだ。


 陸軍鉄道総監の職責にあるグレーナーは、力量だけを評価するというトウカの意思の発露でもある。女性関係に奔放なザムエルですら許容するのだから、法的に多大な問題がなければ許容する心算であった。尤も現状ではザムエルの悪目立ちが過ぎて槍玉に挙げられるのはザムエルばかりであったが。


 尤も、トウカがグレーナーを気に入る最大の理由は何処か祖父に似ているという部分であった。


 気弱であるが、あの気の強い祖父と面影が似ているという事実をトウカは愉快に思っていた。


 報告書に目を通すグレーナー。


 トウカは紅茶を嗜みながら、その光景をほのぼのとした心情で眺める。


 継ぎ目の感覚に合わせて僅かに揺れる車輛。


 高度な衝撃緩和術式を車台に組み込む事で意識しても僅かな揺れしか感じ取れず、動力車輛からの駆動音や連結車輛からの走行音も相当に意識しなければ感じられない。


「グレーナー君。この一件を以て君の懸念事項は解決するぞ。協商国の困難に付け入れば、大陸横断鉄道の問題の多くが解決する」


「軌条幅の話でしょうか? 共和国は同意しましたが、協商国は難色を示していると聞いております」


「ああ、そうだな……だが、あの国の安全保障の前提が崩れた。他国の支援が必要という事だ。現実的に見て我が国が最も抑止力を提供できる。苦しいところではあるが……」


 順当に兵器輸出という事になるが、諸々の経費を出すと主張するので航空艦隊の派遣も吝かではなかった。


 ――練成途上の航空艦隊でも構わないだろう。帝国に戦力投射を行う余裕はない。


 共産主義者が暴れ回っているのだから、下手をすると後方遮断という事になりかねない。例え外征を強行しても、侵攻軍は後方を気にして碌に前進できない公算が高く、必要とあらば皇国側がそうした状況に持ち込めば良かった。後方遮断は将兵の士気に多大な悪影響を与える。


 他所の国の予算と土地で航空艦隊の練成を行うと考えれば負担とはならない。時折、要塞線を越えて越境爆撃でも適度に行って存在感を示せば十分だろうとトウカは見ており、勇者の目を逸らす事もできるならば重畳であるとも考えていた。


 皇国に共和国に協商国。


 複数の国境線に有力な航空戦力による脅威があるならば、その展開だけで帝国の大兵力を拘束し得る。近接航空支援の下での侵攻を想定しなければならない為であった。そして航空戦力は、有力な航空戦力と帝国が認識すれば良い話であり、内情が必ずしもそうである必要はない。


「状況を利用できる。共和国も乗り気の様だ。ああ、そうだな。我が国と共和国は協商国の苦節を見て側面支援の必要性を覚えた。それゆえの限定攻勢だ」


 元々、予定していた共和国の攻勢計画を協商国に恩を着せる為に利用しようとの思惑。


 トウカとしては失敗しても一向に構わない。


 現状の帝国軍の立て直しを妨害しつつ、勇者という生体兵器とそれを運用する帝国軍の体制の限界を見極めておこうという目算。


 元居た世界に於いて光線兵器(レーザー)を搭載した大型旅客機改造の弾道弾迎撃機が存在した事をトウカは忘れていない。迎撃性能の高い兵器を航空機に搭載する事で移動力を向上させる。加えて熱線兵器の場合、空気の薄い高空ではより抵抗が少ない為に射程が延伸され、威力も向上するという利点があった。


 勇者の攻撃は熱線兵器に類するものか?


 これは皇国陸軍技術本部の物理学者の中でも意見が分かれているとの事で、生命活動を継続している生体実験体(サンプル)が欲しいとの要望も重ねて出されていた。それを受けた陸軍参謀本部は、御自身でどうぞ、と応じた。


 ――勇者は兎も角、協商国の苦難は夢と希望が膨らむ話だな。


 皇国の持ち出しが極めて少ない中で帝国に負担を与えられるのだから乗らない手はない。


 しかし、グレーナーは異なる意見を持っていた。それも斜め上に。


「この噴進機関を搭載すると鉄道輸送の速度も向上が見込めるのではないでしょうか?」


「あー、うん、そういう意見も出るだろうな。駅で旅客を黒焦げにしかねない上に、 客車を引くには車体後部から離れた位置に噴進機関を搭載する必要があるが……」


 往復動機関(レシプロエンジン)を搭載した鉄道車輌が英国辺りに存在した事があり、 第二次世界大戦後には広大な大陸を短時間で往復するべく欧州が噴進機関(ジェットエンジン)を搭載した鉄道車輛を試作した事もあった。尚、量産はされなかった。費用対効果の面から運用には適さなかったという事である。加えて安全性の問題もある。


 トウカとしては、気持ちは分かるが気持ちしか分からない話であった。


 高速化をするくらいならば、一編制辺りの搭載量増加や牽引車輛の増加を試みるべき案件である。


「採算が合わないという事でしょうか?」


「巨大な爆発物を背負った鉄道車輛を市街に乗り入れたいか?」


 トウカとしては、そう応じるしかない。


 現実性云々と騒ぐ以前に、前提としてその点が問題である。


 燃料槽や噴進機関は爆発物である。揮発性の高い燃料を扱う以上、そうした認識をするべきであり、安全対策を幾らしたところで限界はある。魔術的な噴進機関が製造可能であれば、そうした問題を避け得るかも知れないが、実情として爆発的な推力は揮発性の高い燃料でしか得られない。


「平時でも御容赦願いたいです……しかし、帝国は噴進機関の運用に積極的に見えます。海でも噴進機関搭載した船が戦場で利用されたと聞きましたが……」


 北大星洋海戦に於いて噴進機関を搭載した魚雷艇が実戦投入された事は皇国陸海軍に大きな驚きをした。陸海軍で噴新兵器に予算が付いているのはトウカが積極的な事だけが理由ではない。


「いずれ噴進機関を搭載した飛行機械が出現するだろうな。その前に導入すべきものは在ると思うが帝国にも有能な者はいる」


 回転翅(プロペラ)推進の開発に力を入れるべきではないかとトウカは思うが、各国揃って噴進機関の研究開発に偏重している事をトウカは注視していた。


 これは単純な話で、飛行種族相手に互角、或いは優越する速度を確保する為には回転翅(プロペラ)では推力不足と見て噴進機関に可能性を見ている為である。その結果として予算に差が付き、その結果が戦場に表れていた。


 トウカはどちらにも予算を割いているが、噴進技術はどちらかと言えば噴進弾(ミサイル)の研究開発を重視していた。拙い噴進機関では回転翅に推力で劣る場合があり、 そもそも航空力学や航空機への理解が乏しい中で行き成り高速を達成する噴進機関搭載航空機は無理があると考えており、研究開発には手順を踏むべきだと見ていた。加えて回転翅の航空機にも優位な点があり、民間機や輸送機、対潜哨戒機などで利用されている事を理解していた事もある。


「飛行機械ですか……夢のある話です。やはり帝国の鉄道技術にも見るべき点はあるかと」


 信じていないのだろうとトウカは、グレーナーの言葉に苦笑するしかない。


 分かり易い事もトウカとしては評価できる。何を考えているか不明瞭な者よりも意思疎通が図り易い。


「帝国の鉄道技術に関しては貴官は相当に理解していると思うが?」


「勿論です。吐き気を催す程に理解しております。何せ皇国に四つ目の軌条(レール) 規格が組み込まれる訳ですので……」


 胃を押さえて呻くグレーナー。


 皇国には軌条の規格が現時点で三つある。


 国家統制規格と呼ばれる一般的な規格と、軽輸送規格と呼ばれる軽便鉄道などに利用される規格は皇国各地で見られる規格である。前者は全国の一般的な路線に使用されており、後者は全国の軌条幅が大きく取れない山間地や地盤の弱い地形の鉄道網に利用されている。端的に言えば軌条の幅の違いだけだが、運用する車輛は軌条幅が違うので併用できない。軸幅を変更可能な鉄道車輛も存在するが、これは試作時点で専用車輛が五倍近い価格に高騰した為、何台かの試作車輛が生産されたのみに留まっている。


 三つ目は最新であり特殊な北部鉄道規格であった。


 これはマリアベルが積極的に推進(ごり押し)した規格であり、北部で採用された規格である。最大の特徴は国家統制規格の倍近い軌条幅を持つ事であり、軌条それ自体の構造もより重量のある車輛の走行に耐え得る形状となっていた。その規模から敷設可能な地形が限られており、他の規格とあらゆる部分で互換性に乏しいという問題があるが、これは北部では大きな問題とはならなかった。


 北部鉄道規格はマリアベルの意向が完全に反映されている。


 北部で鉄道敷設に最初に踏み切ったのがマリアベルである事に加え、北部貴族も工業地帯であり、シュットガルト湖や運河を利用した輸出入を望み、その規格を採用したという事もあって導入に際して大きな抵抗はなかった。規格が異なる場合、整備や貨物の円滑な積み替え作業に多大な悪影響がある事も織り込んだ上の同意である。


 無論、北部外の勢力が侵攻してきた際、鉄道路線を利用されない為、北部独自の規格を採用すべきという理由が最も大きなものであった。


 そして、トウカは北部鉄道規格の全国的な採用を決定した。


 セルアノは激怒した。トウカもその費用算出を見て少し後悔した。


 現行鉄道路線の変更だけで聯合艦隊を五つ新たに新編できる費用。


 順次、変更していく為に年間予算に全ての負担が掛かる訳ではないが、二〇年を掛けて更新していくとしても相当の出費である。無論、時代に合わせての鉄道路線の改廃も含めた金額なので全てが鉄道路線規格変更に伴うものではないが、それでも莫大な金額である。セルアノは大陸横断鉄道の軌条規格を関係国全てに認めさせる事を最低条件として首を縦に振ったが、トウカとしては中々に難題でもあった。セルアノは軌条規格に合わせた車輌や保線部品、建設事業の輸出で出費を補おうと妥協した形であるが、それでも出費を補填するには六〇年近くかかると計算されている。


 トウカは輸送量増大の対応が容易となる点や戦力投射の難易度低下による政治的影響力の増大を計算に加えていないと、これだから銭勘定をする奴は自分の主張に有利な計算式を使うと呆れたものである。セルアノ側も、輸送量と戦力投射は明らかに軍事行動前提の話で次の戦争ありきで考えられては困る、と考えていた。


 そうした議論の中で、帝国侵攻に於ける鉄道輸送問題が出た。


 帝国もまた鉄道路線に独自規格を用いている。


 皇国は帝国への侵攻に当たって自国の鉄道機材……車輛を含めたそれらを利用できないという事になる。


 車輪軸の変更可能な車輛を量産すべきではないかという意見もあったが、その量産費用と耐久性の低さが問題となり、それならば帝国の鉄道規格の車輛を製造した方が現実的であると立ち消えた。そもそも、帝国の鉄道規格は皇国と比較すると全体的に重量物の運搬に適していない。重量制限が厳しく軍事輸送に使うには相当に編制を増やす必要があった。それを鑑みれば帝国規格の車輛の生産数は相当な数となる。


 動力車二〇〇輌、貨車三八〇〇輌。


 それが想定される輸送量に対する最低限の車輛数であった。


 去りとて皇国の鉄道規格で路線敷設を行うのは多大な時間を要する。軍事侵攻の多大な足枷となる事は明白であった。つまり皇国軍の強みである機動戦は不可能となる。


 真っ当な方法では、そうした数を用意できるはずもない。


「その問題の解決は空挺総監の手腕に掛かっておりますので……当官の力量の及ぶところではありません」


「酷い事を言う……空挺作戦で鉄道の要衝を押さえて車輛や設備を収奪すると言い出したのは貴官だろうに」


 ないなら分捕るしかない、と聞いた際、トウカは流石に笑いを堪え切れなかったものである。道理ではあるが簡単な話ではない。


 簡単ではないので空挺戦力を軒並み投入します。輸送騎も足りないので戦略爆撃騎も運用します。序でに勇者もそれまでに何とかする事を含めた作戦計画立案をお願いします。グレーナーはそうした意見を陸軍参謀本部に投げた。


 陸軍参謀本部は、戦略爆撃航空団が皇州同盟軍の指揮系統にあるので、皇州同盟軍司令部に話を流した。それは困るとトウカに上奏し、話が立ち消えると考えたのだ。 皇州同盟軍としては反対である、そうした意見を陸軍参謀本部は期待した。事実、戦略爆撃騎まで投じるとなると侵攻前の戦略爆撃への影響は大である。去りとて戦術爆撃騎を転用しては侵攻時の戦術爆撃に支障が出る。連戦は疲弊を招く上に戦術爆撃航空団の海外展開の常態化が予想される中、帝国侵攻時に余裕があると考える程に陸軍参謀本部は楽観的ではない。


 だが、そこで陸軍参謀本部が否定するのはグレーナーに配慮を見せるトウカへの印象が宜しくない。上奏に対して極めて有効なリシアという手札も今は共和国にある。


 だからこそ皇州同盟軍司令部に否定させようと考えたのだ。中々に厳しい基準で作戦計画の試案を作成し、皇州同盟軍へと伝達した。


 結果は大賛成だった。陸軍参謀本部は、そうはならんやろ、という心情であったらしいが、トウカとしては、まぁそうなるだろう、と呆れるしかない。


 大博打ではないか、面白い。中止を命じられた空挺戦車の開発計画も再開する用意がある。間諜を浸透させて同時多発的に襲撃し、対処能力を飽和させるべきではないか、という前向きな意見の数々。これに慌てた陸軍参謀本部だが、この時点で既に皇州同盟軍司令部は空挺戦車開発の裁可をトウカに仰いでいた。正に機略戦の神髄斯くやという迅速な動きであるが、それ故にトウカの知る所となる。


 トウカは、困った奴らだ、と呆れ返った。


 要らぬ配慮と皮算用の連続に加えて、奇想的作戦面白いという姿勢を隠さない面々。  


 挙句に空挺戦車の研究開発まで要求する。


 空挺戦車開発は拒絶しつつも、歩兵戦闘車の空中投下を可能にする機構(システム)を研究開発するべきと提言したトウカは、陸軍参謀本部に完全な成功を目指さなくとも良いから立案せよと”優しく”勅命を下した。


 車輛の確保も重要であるが、鉄道の結節点を占領する事で迅速な増援や兵力移動を阻止できるというだけでも空挺作戦の意義は大きい。戦線を形成するだけの移動力を相手から奪えるという程の期待はしないが、兵力の後退時の主な輸送手段を奪えば包囲は容易となる。


 そうしたある種の狂騒の発端となったグレーナーは他人事である。


 確かに帝国侵攻に於ける空挺作戦の一部となった帝国の鉄道機材確保は、ある意味に於いてグレーナーの権限の及ぶ所ではなくなった。戦略の一部に組み込まれたのだ。


「いえ、何故か気が付けば大事に……本当です」


「そうだろうな。誰かに問題のある話とは言わない。訓令の意図を十分に理解した提案であり望ましい……陸軍参謀本部の遠慮には困ったものだが」


 本来、グレーナーの提案を受けた陸軍参謀本部は、その時点で皇州同盟軍司令部に諮り、合同で作戦計画を立案し、統合参謀本部へと伝達。そこから枢密院へと話を通すというのが正規の経路である。皇州同盟軍司令部が騒ぐ事を期待した陸軍参謀本部も問題であり、喜び勇んで空挺戦車の開発計画を捥ぎ取ろうとトウカの下へと駆け込んできた皇州同盟軍司令部も問題である。前者は唯の責任逃れであるし、後者の開発計画のトウカへの直訴は天帝直属であるとはいえ、作戦計画が正式承認されていない中での勇み足である。


 実際のところ問題しかない。


 だが、トウカは問題なしとした。


 不和を外に見せる事を宜しくないと見た事もあるが、叱責すれば萎縮すると見たからでもあった。頭脳明晰ゆえか要らぬ事にまで気を回す傾向にある陸軍参謀本部が更に消極的になる事をトウカは望まない。皇州同盟軍司令部に関しては、ある意味に於いて平常運転であるが、それ故に狂信的な槍働きをする事も確かである。理解を示しつつ別の提案をした上で、計画立案を終えてから上奏するのが筋であると諭す程度であった。


 結局、トウカは軍に甘い。


 そうした市井の印象は強ち間違いではなかった。聞こえ良く言えば配慮である。


「優秀な者からの良案を聞く耳はある心算だ。指揮系統を乱す真似は避けて貰いたいが……自身の今迄の実績では、な」トウカは肩を竦める。


 国家に対する最大の横紙破りと言える叛乱に於いて首謀者となった経験もあるトウカが、指揮系統を遵守せよ、と口にしても些か説得力の欠ける話である。


「では、空挺作戦は実施為されるという事でしょうか?」


「帝国の防空網の整備状況次第だろう。構築が難航しているなら成算はあるが、熾烈な防禦砲火に晒される中で空挺降下をさせるのは損耗率の面で許容できない」


 トウカはあまり空挺降下というものを多用したくはなかった。


 実情としてトウカがこの世界に於いて最も空挺降下作戦を実施しているが、それは防空網に対する理解と構築が乏しい状況を利用した奇襲的なものであった。


 大日本帝国陸海軍が実施した空中挺進作戦などでは死屍累々だった例も少なくない。 独逸第三帝国国防軍も地中海で夥しい被害を出した事は戦史上でも知られていた。


 帝国侵攻を直ぐに行うだけの準備が皇国にはない。その間に帝国がどれ程の防空網を構築するかという点に航空作戦全般は掛かっている。尤も、これは航空作戦だけに留まる話ではない。


「ある程度車輛を確保していただけるなら少しは楽になります。異なる規格の客車からの積み替えは陛下の輸送箱(コンテナ)の実用化で乗り切れそうですから」


 異なる輸送手段の間で貨物の積み替えを単純かつ迅速に積み替える為、貨物の輸送に統一規格輸送箱(コンテナ)を用いるという方針。統一規格の輸送箱(コンテナ)を使えば、製造工場で製品を輸送箱に詰めた後は、輸送車輛や貨物列車を乗り継いで港まで輸送。港湾区内の移動と輸送艦への積載、輸送船での航海、輸送先での倉庫保管や部隊への輸送まで、一度として貨物を輸送箱から取り出して積み変える事なく輸送する事が可能である。


 基本的に載せ替えには多大な労力が掛かるものである。


 様々な形の木箱に製品を押し込み、その木箱を縄網で包んだただけの不定形な貨物。積み込みには多大な労力が必要であるし、どうしても隙間が生じて無駄が生じる上、不定形である事から荷崩れの可能性も高い。挙句に積み替えが輸送の要所に挟まれる事で遅延や滞留が起こる事も珍しくない。


「帝国の貨車に輸送箱を固定する治具を取り付ければ運用は可能です。兵站拠点となる物資集積駅での積み下ろしは工兵に専用の起重機(クレーン)を用意させる心算です」


「そうだな。それは良い事だ。輸送車輛への積載も同様の輸送箱(コンテナ)を利用する事で積み変えの手間を省きたいが、車輛の変更には時間が必要だ。無駄を省くなら車体の規模(サイズ)まで合わせる必要がある。一応、既存の車輛に積み込める様に輸送箱を固定可能な様に改造する事は行うが理想とは程遠いな」


 工業化政策を重点的に行う以上、流通網の効率化は急務である。戦争という予算が青天井となる事業の際に変更できるところは手を付けておきたいとトウカは考えていた。無論、既得権益も黙る戦争への勝利という大義名分で万事物事を押し切れるという点が最大の魅力である。


「輸送箱を前線まで送るのですか? それはまた消耗が激しかと思います。できれば避けたいところです」グレーナーは難色を示す。


 上品だな貴官は、とトウカは笑う。


「波板構造と構造保持術式で強度は底上げする。内容物が分かるように支障のない範囲で色分けもする……何より貴官が考えている必要量の数千倍は生産するぞ?」


 大言壮語ではない。


 軍用に留まらないのだ。寧ろ、軍用に留めれば生産効率と製造単価が改善しない。


「民間でも大々的に利用するが、何なら前線で兵舎や倉庫として転用する事も考えている。戦場では使い捨てる心算で利用させる。現地から送り返すより新しく生産した輸送箱(コンテナ)を利用するほうが安価になる程度には量産したいと考えているが、どうだ?」


「そこまでの共通化を……これは大仕事ですね」


 皇国陸軍鉄道総監の職責に留まらない案件である。


 皇国鉄道は勿論、流通を担う企業や輸送車輌の生産を担う企業、梱包や積み込みに関わる企業も深く関わる国策に等しい。


 トウカとしても工業化は効率化であると心得ているので、かなりの意識と労力を割く心算であった。


「色々と開発もさせている。持ってきた。これだ」


 トウカは卓上に置かれた薄い半透明の端切れを示す。


 グレーナーが持ち上げると、対面のトウカが見える程に薄く透明感があるので二人は揃って首を傾げる。


「これは梱包用の樹脂薄膜(フィルム)の一つだが、この材料は合成樹脂の一種で多用途に使用できる。今のところ装甲車輛や自動車輛の防水加工……内張りとして使用予定だ。戦闘用短靴(コンバットブーツ)の底部にも使われる。防水性を期待してだが……最大の利点は薄膜状にするとある程度の伸縮性があり梱包に使えるという事だ」


 手渡した樹脂薄膜を手元で伸ばしたり丸めたりするグレーナー。トウカは祖父が初めての舶来品を手にする光景を思い出す。


「梱包の防水包装として使えるという事でしょうか? この密閉性なら確かに湿気対策に使えそうですね」


 トウカは得意げな顔になる。専門職から駄目出しをされると凹むものがあるのだ。弁解し難い。


「まだまだあるぞ。此方は合成樹脂発泡体(発砲スチロール)という軽量で保温性に優れた素材で梱包材や容器として使える。製造が容易で紙や枯草を使う現状より安価で耐衝撃性もある上に加工が容易だ。いかなる形も作れると言っても過言ではない」


「これは軽いですね。重量物の容器には向かないでしょうが、精密部品などはこれに梱包すると輸送時の破損を低減できるかも……専用容器を安価で……」


 卓上の白い角材を手に取り、頻りに握るグレーナー。初めての玩具に興味津々の子供の様である。


 トウカとしてはそうした合成樹脂を利用した製品の名称は決めていない。興味がないので開発者が頭を捻ればいいと放置していた。命名に名誉を感じる人種も存在するので、トウカがいつも口を挟むのでは外聞が悪いという事もある。


 ――合成樹脂(プラスチック)などは語源が希臘(ギリシャ)語だからな。成形された?だったか。名の由来を聞かれては面倒だ。


 避け得る面倒は避けるべきである。


「他にも合成繊維で作製した梱包用の紐もある。留め具も誰でも確実に締められる構造にして荷崩れを低減できる」


 それらは未だ造成途上にある閉鎖都市で生み出された物品であり、トウカは早々に特許で製造環境も含めて固める様に命令した。


 これらの梱包材料の生産技術は技術的難易度が比較的低い為、トウカが製造方法の叩き台を提示するだけで短期間で実用化可能な水準まで研究開発が進んだ。


「商人も輸送費の低下が期待できる以上、文句は言わないだろう。物流企業も主導権を取ろうと積極的に投資するはずだ……というより物流に於ける共通規格の話は鉄道網の更新と一つになっている。それで小五月蠅い妖精を説得したからな」


 閉鎖都市は決して軍事技術のみに傾倒している訳ではなく、先進技術全般の研究も行われており、最近も魔術研究の一環で一角が爆発事故を起こしたばかりである。決して機密性保持という名目だけでなく、危険性のある実験を隔離環境で行うという意義も大きい。何より大部分は地下迷宮改造の施設で行われており有害物質や事故は最小限に抑えられる。


 ――とは言え、地上で無申告の実験をやった莫迦も居る訳だが……


 件の爆発事故はそれである。


「噂の閉鎖都市ですか。色々と出てくる玩具箱と陸軍では噂されているとは聞いています。海軍では艦隊の湧き出る魔法の壷を開発しているという噂があるとか」


 科学技術の敗北染みた流言飛語であるが、トウカは苦笑に留めて言及を避ける。機密性とは時に独創的妄想を生み出すものである。


「トウカの工房(アトリエ)……そう呼ぶ者も居るらしいな」


 ヴェルテンベルクの錬金術師とでも続きそうな俗称だが、確かに現在は効率的な溶接工法確立の為、錬金術師も日夜、研究開発に励んでいる。艦隊の湧き出る魔法の壷の研究はないが、艦隊規模での魔術的な影分身などは研究はされているので視覚だけの増加という意味では強ち間違いでもなかった。




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