第三八〇話 水面下の戦いⅢ
「奇妙な真似をする……そもそも、 暗殺自体にも言える事だが」
重戦車や機関銃陣地まで用意しているのだから、車輛を保管できる空間と別の空間を確保するというのは有り得ない事ではない。しかし、武器庫を分散させる程の拠点化は、最早、要塞化に等しいが、そうなると永久陣地であり、非正規任務とは対照的な産物と言える。
重装甲兵器に陣地まで敷設した事が露呈している中で、別の空間を用意して特定の兵器だけ隠蔽する意味があるとも思えない。無論、小型で高威力の兵器であれば話は変わるが、それ程の小型で高威力な兵器は未だ開発されていない。何より、そうした兵器を有しているならばザムエルの暗殺未遂で運用されていた筈である。
それだけの理由があるのか、或いは奇抜な兵力運用の教育を受けているのか判断しかねる所であるが、答えは天井の先にある。
元より、暗殺自体が採算の合わぬ話であるので、ただの馬鹿者(主義者)であるという可能性もある。
ザムエルの暗殺など起きようものなら、それを政敵の排除に利用する動きをトウカが取らないはずがない。
当然、黒幕が正体を隠蔽するのは当然であろうが、怪しい集団は全て言い掛かりを付けて排除するという判断をする事を躊躇しないのがトウカである。現在は未遂であるからか、或いは排除すべき集団の選定をしているのか、未だそうした動きはないが、それを断行すると思えるのがトウカである。
正体不明であれば躊躇するなどという筈もなく、そして暗殺に及ぶ程に利害関係の悪化を招いている集団など限られる。
言い掛かりで潰される公算が高い。
中途半端なのだ。
ザムエルだけでなく、他の文武の高官や可能ならばトウカの排除すら同時多発的に行わねば、尋常ならざる報復を受ける事は間違いないのだ。
官衙で禄を食んでいる者ならば理解できるが、軍とは強靭な組織である。
攻撃を受けて泣き寝入りする事など、そうある事ではない。そして、例えトウカが謀殺されても沈黙するはず等なく、それこそ怪しい組織を言い掛かりを付けて潰して回りかねない。当然、そこに洗練はなく、トウカが存命であるよりも多くの集団が軍事力によって撃破される事は疑いない。
その先鋒を担うのは憲兵隊である。
それを踏まえればクレアの蠢動も理解できる。憲兵隊は言わば軍内の警察である。
国家憲兵隊の様に官僚や政治家の犯罪を取り締まる例もあるが、基本的にその権限は編制された軍内に限られる。その範疇を超えて国内各地で憲法や法律を無数と足蹴にしながら殺戮の先鋒を担うというのは、真っ当な感性の持ち主であれば避けたい話である。
必要であれば断行する義務感をクレアは有しているが、必要でない軍事力の行使を喜ぶ程に戦争屋でもない。寧ろ、現実主義者である。要らぬ騒乱を避けたいが為にアリカに曖昧な任務を与えた公算が高い。
――はてさて、着地点は何処か……
アリカとしては、今回の発見と交戦は偶然の産物と思えたが、或いは想定された事であるかも知れない余地がある。憲兵と私兵と新聞記者の混成部隊というのも用意された偶然であっても不思議ではない。
アリカはクレアの力量に関しては信頼を置いているからこそ、その意図を気に掛けていた。
梯子を用意した棍棒達が次々と上階へと突入していく光景を尻目に、アリカは自らの進退や生命への影響を思わずにはいられない。クレアの脅威として見るには地位も立場も取るに足らないアリカだが、軍人とは消耗品の側面を持つ事も確かである。地位も立場も取るに足らないという事は、軍務上の損益分岐点を超えないならば、生存が覚束ない任務に投じられる事は制度上問題となりえない。
不明瞭な任務だからこそ、アリカはその点を気にしていた。
そうした思考を巡らせている内に、アリカも上階へと昇る事を薦められたので、短機関銃の負い紐を締めて腹部に固定し、佩用していた軍刀が鞘奔らない様に注意しながら梯子を上る。
陸軍歩兵の装備は諸々含めて四〇kgを超えるが、アリカと異なり棍棒達の装備もそれに劣らぬ重量である事は一目見て理解できる。短機関銃や小銃に装備品が幾つも装着されているのはアリカをしても見慣れぬものであった。憲兵隊の屋内戦闘などを担う一部の部隊も、消音機や照明器、補助銃把、光学照準器などを銃火器に装備しているが、そうした部隊は同業でも中々お目にかかれないものである。
アリカとしては少し使ってみたいと思っていた。
上り終えた先は正に武器庫であった。
「あれは……件の対戦車砲と同型だな……調べれば取得した経緯が分かるかも知れない……」
アリカは安置されていた対戦車砲を見て算段を付ける。
試作品からの部品取りによって組み立てられたならば、試作過程の設計図と照らし合わせて一致している部品が多い筈であり、クレメンティナの推察が正しいという事になる。少なくとも対戦車砲の出所を絞り込むことができる。
それ以外にも小銃や拳銃、手榴弾、対戦車小銃、軽機関銃、重機関銃などがその弾火薬と共に無数と保管されている光景は宛ら武器庫である。事実、武器庫なのだろう。 棍棒達との交戦に当たって持ち出されたと思しき開け 放たれた木箱なども散見される。
「本来の経路ではないようですが、武器庫を押さえたのは僥倖ですな。兵力は不明でも、武器庫に武器と弾火薬の余剰があるならば、それを運用する程の兵力は有していない事になる」
続いて姿を見せた棍棒一号の言葉に、アリカは、この武器庫に兵器と弾火薬が無数と残っているのだから、そうした捉え方もできると考えた。無論、暗殺未遂事件で使用された武器を押収し、製造に於ける物質的傾向を調査する事で出処の中継地点が、 この武器庫であると割り出せれば暗殺未遂事件の関係者であるという証拠になる。
つまりは、生かして捕えた者から情報が期待できるという事でもある。
末端でも、何一つ情報を有してないというには戦闘技能が優れている。ただの破落戸ではない。
「あの刻印は……化学兵器ですな」
部屋の隅に置かれた気体輸送用の円筒状の缶が並んでいる姿を見た棍棒一号が、化学兵器を示す刻印を見て何とも言えない表情をする。兵器の流出があるのは理解していても、化学兵器までとなると明らかに有力な流出経路がある。戦場で遺棄されたにしては数が多く、そして化学兵器の管理は銃火器よりも遥かに厳格である。
皇国軍で化学兵器は重視されていなかった。
化学兵器を検知する術式があり、これにより検知後直ぐに小隊単位で検知方向に対する風系統魔術の集団行使という手順が制定されていた為である。その後、大隊司令部主導で兵力展開の少ない個所へと毒性を帯びた気体を誘導しつつ霧散させ、被害の極小化を図る。
それは、確かに有効であり、だからこそ帝国軍も皇国軍に対する化学兵器の使用は極めて低調だった。逆に皇国軍も同様であり、風をある程度、操作できる世界では敵に対して効率的な拡散が容易ではない。
しかし、トウカがエルライン回廊での戦いに於いて化学兵器を集中運用した事で風向きは変わりつつある。
エルライン回廊という限定空間と滑空爆弾という新兵器の相乗効果が奇襲と大被害を実現したという研究結果が出ているが、それでも運用次第では敵軍に大打撃を与える事が可能という実績が生じた以上、陸軍で化学兵器を研究すべしという声は少なくなかった。
敵国の国力を削ぐという目的で都市部への毒瓦斯の使用や穀倉地帯への除草剤散布は、攻撃側有利な現在の航空戦では有効と看做された事も大きい。防空には限度があり、航空騎による化学兵器の投射は防御し難い。前線ではなく、広範囲に分散する都市部や穀倉地帯への攻撃であれば有効であるとの判断もあった。敵国である帝国の国民の特徴として挙げられる魔術習得率の低さも、その意見を助長させた。
よって対帝国戦役後に化学兵器使用を前提とした軍事戦略が陸軍参謀本部から起草され、化学兵器の開発と選定が勧められた。
「内容を見るに神経瓦斯ですな……これはまた」
棍棒一号が顔を引き攣らせる。アリカも同様であった。
厳重に管理すべき化学兵器、それも神経瓦斯が非正規の武装集団に流出しているというのは重大な問題であった。
化学兵器として軍に採用されなかった試作品や、旧式化した化学兵器などが流布したと思われるが、アリカは化学兵器については門外漢である為、表面的な概要を知るに過ぎない。
「しかし……この社章……確か……」
見覚えのある社章の棍棒一号が眉を顰める。
それを見たアリカも政治問題化は避けられないと覚悟する。
「ヴェルクマイスター社です。陛下が即位以前に精密機械部品の製造企業として設立されたと聞きます」
内戦後に創立されたヴェルクマイスター社は、将来的に電子機器が軍民で重要な要素となるとトウカが判断して用意した官製企業である。
しかし、実情は電子部品の研究開発だけでなく、そうした物品を生産するに当たって必要な部資材の研究開発も行っていた。
そして、化学材料の研究開発も開始されており、派生技術を以て化学兵器の試作も試みていた。これはトウカの与り知らぬ事であり、 ヴェルクマイスター社の経営陣が、電子部品やその関連技術が長期的な視点からの技術開発であり、短期的に利益を生み出さない事を見越して経営判断した結果である。
トウカの音頭によって成立した官製企業であっても、長期間利益のない企業となれば風当たりは強く、非上場企業であっても例外ではない。本来、有象無象の株主が短期的利益を優先して経営方針を過つというのは良くある話であるが、今回は非上場企業で発行株の大部分をトウカが保有している事が災いした。
トウカは短期的に電子部品が情勢に於いて重要な位置を占めるとは考えておらず、 必要性も生産規模も同様の見解であった。何より、短期的にそれらが用意できないものであるからこそ、専門性の高い企業を自身の資産で創立したと言える。民間企業は短期的利益をどうしても追及する傾向にある。それを避けるには民意や政治に左右されない様に経営に於ける主導権をトウカ自身が持つ必要があった。
兎にも角にも、ヴェルクマイスター社の筆頭株主はトウカである。
政戦両略にして武断主義の為政者。
やはり、長期間に渡って利益が出ない事に寛容ではないと、焦燥を覚えざるを得ない相手でもある。
奇妙な程に生産品目の要望に具体性がある事を除けば、目標達成の方法は一任されており、自由度も高い上に研究開発費は湯水の如く用意されていたが、それはトウカの一存で容易に覆されるものであり、政策に変更があれば明日にでも倒産を免れ得ない。
そうした焦燥感から早期に実績を求める動きが生じるのは止むを得ない事であった。
「あの会社は化学兵器も製造していたのか……いや、採用試験で漏れた試作品という可能性も……」
アリカはヴェルクマイスター社を詳しく知る訳ではなく、そもそもヴェルテンベルク領シュットガルト湖畔に造成されつつある閉鎖都市に研究所や事業所を建造しているので、全容が不明瞭であった。
不明瞭であるからこそ、出処の調査も容易ではない。
閉鎖都市。
アリカの立場でも中々に情報を得難い土地である。
国家戦略に関わる研究開発を行う施設を集中させた都市であり、研究者の家族まで住まわせて一通りの生活が可能な様にするという、正に国家規模の計画であった。
今現在も都市として造成の最中にあるが、先んじて先端技術の開発を担う企業の研究所などが稼働を始めている。警備全般を国家憲兵隊が担う為、警備上の予算の大部分を軍事費から拠出するという利点があり、国防に貢献する企業として演出できる事も大きい。そうした経緯から閉鎖都市に研究所を建造する事を望む企業は少なくなかった。
そうした特殊な環境であり、技術者達の箱庭として機能し始めた閉鎖都市だが、国家憲兵隊という国家規模の問題に投入される特殊な憲兵に守られた都市であり独立性が高い。憲兵総監であるクレアの指揮下にある国家憲兵隊だが、国家憲兵隊の場合、その特性上、運用は枢密院や天帝の意向を受けざるを得ない。
――あの陰気な面々が何を隠しているのか……
国家憲兵隊は国家への重大な背信や大きく国益を棄損する行為を取り締まる憲兵として政治家や貴族……権力者の不正調査が主任務であると誤解されているが、実際は権力中枢の防諜なども行う為、調査任務が多く実力行使を伴う任務に投入される事は稀であった。職責が曖昧であり、それでいて水面下での動きが多く、同業からも胡乱な目で見られる組織でもある。
憲兵隊の中の情報部と揶揄される事もある国家憲兵隊は、同じ憲兵隊からしても近づき難く不明瞭な存在である。
アリカも同じ憲兵隊だが国家憲兵隊には伝手がなく、上層部へ照会を行っても然したる返答はないだろうと確信していた。無論、報告書の内容で揺れる憲兵隊上層部から漏れ聞こえる内容で得られる情報もあるだろうが、それはあくまでも断片的なものに過ぎない。
「これは大事になりますな」
「既に大事でしょう。軍高官の暗殺未遂が既に起きています」
加えて化学兵器の非正規戦力への流出である。
何処に何が飛び火するか判断しかねる状況であり、改編される組織もあれば、廃止される組織もあるかも知れない。アリカとしては、強大にして不明瞭な背景があるので、いざとなればそれなりの転属先が用意されると暢気なものであったが。
「こうなると国家憲兵隊も巻き込めますかな?」
「さて……化学兵器が閉鎖都市から出たものであれば、責任の一端はある、と言えますが、生産も保管も外であったならば動かないでしょう」
そもそも、ヴァレンシュタイン上級大将暗殺未遂事件が発生した時点で国家憲兵隊が動き始めているのは確実なので、アリカとしては既に何処かで遭遇していてもおかしくないと考えていた。正直に軍装を纏い、憲兵徽章を付けているとは限らない相手である。
「……それは貴官のほうが詳しいと思いますが?」
棍棒一号を名乗る中年士官も客観的に見れば、国家憲兵隊所属であっても不思議ではない。
リシアの私兵だと宣う奇抜さからアリカも思考を止めていたが、振り返ってみれば、 実際にリシアの私兵なのかという疑問もある。軍高官の私兵を有する事を許す程に陸軍参謀本部は愚鈍ではなく、派閥争いに私兵が投じられる危険性は内戦という実体験を以て大いに思い知る事となった。
貴族が政治問題を私兵である領邦軍を以て覆そうとした。
北部貴族による叛乱は官僚の基本的な見解をみれば分かる通り、政治権力者による私兵を以ての現状打破の試みに他ならない。国家の指揮統制下にない私兵が各所に存在する、或いは指揮系統が煩雑で複数の解釈の余地がある場合、そこに付け入る者は必ず現れる。
未だにそれを理解できない者が参謀本部に属する事ができる程に、トウカの治世下の国軍は甘くない。
そうであるにも関わらず、リシアは私兵を持っている。
軍の予算では流石に問題が早々に顕在化するので、自前で予算を用立てた事は容易に想像できる。通常なら佐官程度の給与では分隊規模の戦力の維持すら叶わないが、 リシアの場合は多額の資産を有していると予てより噂されていた。
――紫芋予算でしょう。
陸軍士官学校時代の密造酒事件や陸軍正式採用酒類を巡る利益が相当なものであったという噂がある。それだけではなく、紫苑色の髪は話題性として大きく、それを以て有力者との伝手を士官候補生時代に各所で築き上げていた事もあり奇妙な利権を幾つも手にしている。
アリカとしては羨ましいところであるが、いざとなれば各所に有形無形の資産があるからこそ傍若無人に振舞えるのだろうという確信もあった。逃げ出して資産を元手に捲土重来を期すという想像。
そして、リシアの私兵が実は私兵ではないという予想もある。
或いは当人も気付いていないかも知れない。国家憲兵隊や何処かの情報部の人員である可能性。そもそも、非公式という扱いとは言え、完全に隠し遂せる筈もなく、黙認されているというならば辻褄は合う。国家憲兵隊や情報部が員数外であり、トウカと昵懇の仲であるリシアの庇護の下で活動する特殊部隊に価値を見出したというのは十分にあり得る話である。何時の時代も権力者の加護在る武装集団は垂涎の的であった。
当然、棍棒一号は尻尾を出さない。
「買い被りというものです。棍棒は棍棒に過ぎないもので」
温厚な中年という風体を崩さない姿に、アリカは更なる追及をしない。隙が見受けられない以上、不毛であるとの判断。何より確証はない。
そうしたアリカの逡巡と疑念を他所に返答し難い質問が投げ返される。
「ヴェルクマイスター社が暗殺未遂に関わっている……という可能性は?」
「有り得ませんね。研究陣は兎も角、営陣は北部出身者で固められていると聞きます。 軍神陛下に盾突く真似をした末路を知らぬという者が北部に居るとは思えません」
前提として皇国北部は政治的見て全体主義的である。
劣勢の情勢下での生存の為、異論を許容する余地がなかった期間が続き、強大な有力者の統率が当然視される土地。生存戦略としての意思統一であるが故に強固であり苛烈であった。
トウカへの抵抗は北部への抵抗である。
皇州同盟軍という北部の軍政を担う組織の指導者が天帝に即位したのだから従うのは当然という論理はかなり強固なものであり、北部貴族はトウカの政策と自領の統治方針を擦り合わせる事に汲々としていた。方針が大きく乖離する場合、領民の困惑と分断が生じかねない為である。幸いな事に、トウカは北部発展の為、株式売買で得た利益で交通網や公共施設整備を率先しており、北部貴族としてもトウカには好意的であった。降って沸いた発展である。
そうした北部の現状を踏まえると、トウカに対する露骨な背信などという真似をすれば即座に親類縁者諸共袋叩きにされかねない。
「どちらにせよ、敵が奇妙な程に武器弾薬の集積に秀でている点は明白となりました」
「それは、暗殺未遂事件が発生した時点で明白ではありませんかな?」
アリカの指摘に棍棒一号は疑問を呈する。
ヴァレンシュタイン上級大将暗殺未遂事件の現場で使用された兵器武器弾薬の質と量を見れば明白であると言いたいのだろうが、アリカとしては異なる視点での気付きがあった。
「今迄は捨て駒の戦力に武器を与えたという可能性がありました。ですが、ここには有力な実働戦力と相当量の武器弾薬が共にある。少なくとも、この場では敵が実行者と後援者に分かれている可能性は著しく低下したと思いませんか?」
「……軍人崩れや傭兵を利用して保身を図る形ではなく、相応の組織力を持つ集団の実働戦力が動いている、と?」棍棒一号は眉を跳ね上げる。
犯罪者を追う事の多い憲兵の視点からすると珍しい考え方ではないが、相当量の武器を溜め込む実働戦力というのは、軍を始めとした治安戦力以外でそうあるものではない。
基本的に相当数の実行犯が存在する暗殺事件が発生しても、それは後援者が存在が露呈せぬように、捨て駒として用意した軍人崩れや傭兵を実働戦力として投じていると見るのが普通である。
しかし、実働戦力が明らかに過剰な武器弾薬を有しているとなると話は変わる。
武器弾薬は証拠物件でもある。過剰に与えるのは、情報を手掛かりを多く与えるに等しい。何より捨て駒に過ぎたる装備を与えるのは採算に乏しい行いに他ならない。
確かに有力な組織の実働部隊である可能性は示唆されてはいたが、現在の皇国は”一応は”戦後である。軍人崩れが屯し、帝国軍の戦闘序列より離脱した脱走兵……その匪賊の討伐も継続されている。銃火器の扱に慣れ、指 揮統率に服した経験のある者達が在野に珍しくない。
何も正体が露呈する危険性のある組織の実働戦力を使わずとも、有力な戦力は金銭次第で編制できるのだ。
情報部や憲兵隊は自然と、そうした前提のもとに調査を進めていた。
皇国がトウカの治世となって国内の実働戦力再編は大車輪で進められている。戦力も指揮権も分散させるべきではないという原理原則に基づいた判断。全く以て軍事的視点からしか見てない規模でそれは実施されていた。そうした中で、何処かの組織に未確認の実働戦力が存在するというのは考え難い。無論、それはリシアの私兵が暗黙の了解の下で存在しているのではないかというアリカの疑念の根拠の一つでもあった。
「それに……連合王国陸軍が採用する格闘術も見受けられました。中々に人材の幅が広い」
暗殺未遂事件の遺体を改める中で人種確認も行われたが、皇国人も要れば帝国人、共和国人も存在しており、その事も傭兵や匪賊、軍人崩れの集成戦力であるとの見方を補強した。
しかし、連合王国人はその中に居なかった。
ここに来て連合王国陸軍の格闘術を使用する恐らくは連合王国人まで姿を見せるというのは国際色豊かという話では済まない。少なくとも複数カ国に跨る組織である可能性が出てきた。
――暗殺未遂事件の際に連合王国人の姿はなかった。敢えて除外されていたならば……
連合王国人の関りがある事を隠そうとしたとも取れる。
「今現在、戦闘中の部隊は後詰めだった可能性もありますね。捕虜や遺体が生じる場面を想定していないので連合王国人も含まれている……そうした憶測もできるでしょう」
「連合王国 しかし、あの国の封建的な体制では、これ程の……」
棍棒一号は眉を顰める。アリカは肩を竦めた。
妄想に妄想を重ねた話に過ぎない。
連合王国は封建国家であり、分権的な政治体制を持つ。国内全体を跨ぐ包括的な大組織が成立し難い土壌があり、それは軍の指揮系統や編制、装備にも表れている。外国の軍高官……それも十分に警護の付いた対象を標的に十分な計画と戦力投射が可能な程の組織は公式に存在していない。
アリカとしては、答えは転がっているので聞けばよいと考えていた。
「生かして捕えた者に尋ねれば宜しいでしょう」
「いや、そうした技術は其方の専売特許ではありませんかな?」
建屋の外からは未だ銃声が断続的に響いているが、突入時と比較するとその規模は小さくなっている。戦闘は収束に向かっており、捕虜を得る為に動いている兵士も存在した。人的証拠を押さえる為である。
――捕虜になる者が居ても、何も知らぬというならば、相当に抜け目のない組織でしょうが……
そもそも捕虜を得られない可能性もある。毒物で、或いは魔術的に自害する事で証人が出ない様な訓練を受けている可能性もあった。その場合、それは非正規任務に対して相当の理解と経験のある組織という傍証でもある。
「憲兵は分業化が進んでいるのです。自分は現場担当なので、お話を聞くのは……見よう見真似で宜しいのでしたら……粗末な解体現場になるかも知れませんが」
経験はないが自信があるアリカは、はじめてのじんもん、も吝かではなかった。恫喝と買収ばかりでは芸がない。技能が増えるに越した事はない。
「……折角の情報源。同席の上で情報部に任せる事にしましょう」
情報を吐かれる前に加工済みになってしまっては大変だ、と棍棒一号が辞退する事を、アリカは残念に思う。
同時に、さらりと情報部の伝手がありそうな意見が出てくる辺り、やはり紐付きなのだろうと確信する。リシアやクレアを経由して情報部に働き掛ける体裁を取るであろうが、実働部隊として経緯を嗅ぎ回られる事は間違いなく、それを恐れないのはやはり情報部や憲兵隊との関係があるのではないかと疑わざるを得ない。
そうしたアリカの疑念を他所に、棍棒一号は連合王国の関りについて疑問を呈する。
「しかし、連合王国ですか……纏まりがなく、今にも滅亡の淵にある国家の組織が他国に干渉する余裕などあるとは思えませんな」
それはアリカも同意であった。
ただ、同時に、マリエングラムやトウカであれば、何かしらの糸口を見つけるかも知れないと、アリカは情報を丸投げする決意をする。
しかし、その余波は絶大なものがあった。




