第三七九話 水面下の戦いⅡ
鋼鉄の巨大構造物に対する明言を憲兵とは言え、軍人であるアリカが避けるというのは意味深であるが、それは決して機密や事の重大さによるものではなかった。
無数の砲塔を装備した巨大戦車。
それが整備中のままに放置されている。
当然、事業所には無関係の軍事兵器である。砲墳火器の試作を担当したが、重装甲兵器の試作や量産に関わった経歴のない企業であり、参入に向けた申請も為されていない。皇国では兵器試作には陸海軍への申請が必要である。
「ふむ……百貨店ですな」
「「百貨店」」
棍棒一号の言葉に、アリカとクレメンティナは胡散臭い顔をする。
ヴェルテンベルク領邦軍で嘗て少数が運用されていた多砲塔戦車であるそれを、棍棒一号は懐かしいとばかりに見上げているが、クレメンティナの知識にはない兵器であった。
近年の戦車は基本的に一つの砲塔を搭載している。寧ろ、皇国陸軍では内戦前まで固定砲を搭載した戦車が主力であった為、砲塔……一般的な旋回砲塔を備えた戦車すら嘗ては稀であった。旋回砲塔という技術はヴェルテンベルク領邦軍が重視した技術である。
陸軍は長方形の限定空間であるエルライン回廊での戦闘を想定し、前方に敵が存在する事を前提とした設計の戦車を開発し、旋回砲塔の必要性は乏しいと考えたが、ヴェルテンベルク領邦軍は異なる仮想敵を更に抱えていた。
皇国陸軍である。
帝国という脅威と、皇国陸軍というクルワッハ公の影響力がある政府の意向を受ける組織の脅威。
それら二つに対抗する必要性をヴェルテンベルク領邦軍は認めていた。
それには数的劣勢の中で、大軍の運用が比較的容易な平原地帯などでの戦闘を考慮せざるを得なかった。
奇襲や側面攻撃、後方遮断、突破に包囲 対戦車戦闘に対砲兵戦闘、対歩兵戦闘……ヴェルテンベルク領邦軍は、数的劣勢を補うべく戦車という兵器に実に多くの任務を負わせようとした。旋回砲塔は、その多様な任務に対応する為の手段として大々的に採用された。構造の複雑化を招くが、即応性に優れ、全周囲へ攻撃可能な事で多くの状況に対処容易である。
ヴェルテンベルク領邦軍が旋回砲塔を望むのは当然の帰結と言えた。
エルライン回廊での帝国との対戦車戦闘に備え、追加装甲として正面装甲を大幅に強化する装備を同時開発していたことから、当時のヴェルテンベルク領邦軍がいかに多くの仮想的に備えていたかも理解できる。
戦車に可能な限りの可能性を詰め込む事で難局を乗り切ろうとしていた。
その試行錯誤の一つとして多砲塔戦車は誕生した。
旋回砲塔の即応性と対処能力は、固定砲と比較して絶大なるものがある。
ならば、一輌に更に多くの旋回砲塔を装備したならば、更に即応性と対処能力が向上するのではないか?
当時のヴェルテンベルク領邦軍はそう考えた。
特に先代ヴェルテンベルク伯マリアベルがそう考えた。彼女が難局を乗り切るべく、超兵器というものに多大な期待を掛けていた事もあった。それは、当初、揚陸機能を備えて就役した〈剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦からも察せる。
全ての状況に対処し、敵を薙ぎ払う巨大な超兵器。
それは有史以来、世界各国で夢見られたものである。
無論、理解できる部分もある。
多砲塔戦車として開発された三号重戦車は、七七mm砲を装備した主砲塔を中央に配置し、前後の一段下がった位置に二基ずつ四七mm砲と二〇機関砲を装備した副砲塔を配置するという戦車としては現時点でも極めて有力な火力を持つ車輛であった。
多方向からの同時攻撃に即応可能で、単独で戦線突破を行う陸上戦艦という触れ込みであり、一部は内戦時のクラナッハ戦線でも運用された。
しかし、量産はされなかった。
一二輌が生産されたに過ぎず、それらも内戦勃発まではフェルゼン近郊で特火点の扱いを受けていた。
その重量ゆえの脆弱な足回りは、機動力による機甲突破に難があり、全軍の装甲部隊化による機動力向上を以て突破と包囲を試みる事を考えたヴェルテンベルク領邦軍からすると装甲部隊に加えるには不適格であった。
総重量から輸送の問題や、それを軽減する為、車体規模の割に装甲を薄くせざるを得ず、砲兵火力に晒されては一溜りもないという事実が、運用を妨げたと言える。
結果、海防戦艦を転用した四号超重戦車を開発する計画にマリアベルの意識が向いた事もあり、領邦軍司令部が早々に生産中止と後備部隊への再配置が行われた。
そして、内戦で全車輛が喪失した。
内戦は北部貴族にとって総力戦であったからこその被害であるが、その被害は機動力の欠如に負うところが大きい。例え、皇国が錬金術や魔術を用いた冶金技術に秀でていても80tを超える車体重量を支えるのは、当時の方法では限界があった。
技術革新以上に発想の転換であった陸上戦艦の登場まで、重量のある兵器の陸上運用は困難であったのだ。その陸上戦艦も航空攻撃に対して脆弱であり、移動時に運用地域の交通網が寸断される事から費用対効果に乏しいとして共和国への売却が決まっている。
そうした経緯から多砲塔戦車……三号重戦車は既に書類上の存在でしかなかった筈である。
「そう言えば、戦車に百貨店を乗せるのか、と当時の陛下が仰っていたという……」
アリカが、そう言えば、と多砲塔戦車に対する若き天帝の所感を思い出す。
「その重戦車ですな……まさかこんなものがあるとは……」
軍人二人が揃って唸る。
放棄車輛を修復したであろうとは言え、巨大兵器の類を準備しているとは予想していなかったという姿である。
「うーん、運び込むのが大変だったとは思いますけど……この事業所までの道にこんな大きな履帯の跡はなかったですし、そもそも巨大戦車を国内で軍隊以外が扱えるんですか?」
「まさか……こうした巨大兵器の通過を見逃す程に軍も無能ではない」
「今は国内各地で大規模な再編成と訓練が行われているので、軍の移動に疑問を抱く者は少ないでしょうが……これ程の特異な兵器となれば噂もでるかと思います」
棍棒一号とアリカの指摘に、クレメンティナは道理だと考える。
しかし、分解して持ち込んだ上で修理するという極めて手間と時間を要する手段で用意したならば辻褄は合うが、活躍させる場があるのかという疑問は残る。巨大戦車で事業所の位置する森林地帯を突破し、何処かを襲撃するというのは現実的ではない。 事業所から付近の村落までの道は、事業所が稼働していた際の運送業務で利用されていた経緯から幅としては十分であるが、巨大戦車が長距離移動できる道路が皇国全土に張り巡らされている訳でもない。
そうなると利用状況は限られる。
「近くで何かあって、そこで使う心算だった……とか?」
この森林か、或いは森林を抜けた先の近隣地域で使用するならば、移動の問題の大部分は解決できる。
「そう言えば、共和国軍との合同演習をこの辺りで実施するという話が出ていたと聞きます」
アリカが、拙い記憶から付近での大きな行事を思い起こす。
クレメンティナは胡散臭い表情を隠さない。
「何故またこんなところで……」
「恐らく、大陸横断鉄道に絡む話では? 軍の移動にも便利であるという証明を合同演習で印象付ける事も可能でしょうし、この辺りは、中原諸国を経由して帝国領に踏み込める経路でもある」
我々には図る事も出来ない多くの利点があるのだろうと、アリカと棍棒一号は然したる疑念すら抱いていない様子であるが、クレメンティナは軍人達の上層部に対する……或いはトウカに対する無条件の信頼に嫌悪感を持った。
無論、軍事と国民の距離感を先代天帝の御代、時世に乗じて演出した一端を担う報道業界にも問題はあったが、これ程に過度な依存と呼ぶべき状況には苦言を呈したいところであった。
――そうした事を口にする新聞記者は憲兵隊や情報部から不穏分子として注視されるんだろうなぁ。
状況次第で罪状を用意されて排斥されるのは間違いない。
新聞や週刊誌などの報道媒体は殊更に目の敵にされている。
それ以外の創作物などは放置されているので、検閲というには特異な状況と言える。 現実と虚構を区別していると言えるが、独裁者とは出版物全般の検閲を志向するものである。
トウカには、そうした部分がない。報道を押さえたのは軍事行動の秘匿という部分が大きいと、クレメンティナには思えた。
小説は娯楽に過ぎないという点を踏まえ、現実小説を論拠として議会の俎上に乗せようとする外務府官僚へのトウカの発言がその意図を正確に示していた。
君、分別の付く大人になりなさい。小説を根拠に現実を批評するのか?
虚構は虚構、創作物は、創作物、娯楽は娯楽に過ぎない。
小説は何を記したところで創作物に過ぎない。
影響力を市井に与えることは認めるが、それが己の統治という現実を揺るがさないという自負心。
実際、クレメンティナの様にトウカの自負心や傲慢と取る報道関係者は多いが、実情としては全く異なる。
報道が制限を受けながらも創作物が免れているのは、トウカの意向であるが、同時にカナリスの思惑もある。
トウカは虚構に過ぎないと一蹴できる余地のある出版物にまで規制を掛けては、臣民から印象を損なう上に、そもそも将来的に画像放送が主体になる中で出版物が占める市井の影響力が将来に渡って継続しないと見ているからであった。費用対効果の上で、トウカは報道の制限……一撃を加えて萎縮を誘い、後に主要新聞社へ皇城府が主要株主として君臨した。
クレメンティナの予想を最大限に擁護するのであれば、少なくとも放送方法の大きな変化までは、安定した統治を維持できるという自負心は見られなくもない。
対するカナリスは、報道が制限を受けた事で新たな職業として創作物の執筆や刊行に舵を切る面々が多数生じる事を見越してのものであった。思想家崩れの文筆家の撒き散らす出版物……怪文章それ自体が、小説が自由な”娯楽”に過ぎないという事実を臣民に自覚させる。そうした風潮を醸成する事で新聞以外の創作物を始めとした刊行物が所詮は虚構からなる娯楽であるという常識を形成しようと試みているのだ。
報道に関わる者となるには特別な試験や認証が必要な訳ではなく、それ故に見るに堪えない輩が混じること甚だしい。それらが次の飯の種として、比較的寛容な扱いを受けている出版物……小説や散文などを執筆する文筆業を選択するのは自明の理であるが、そうした者達が記す文章の信頼性など語るべくもない。そこを突いて出版物の信頼性それ自体に疑問が生じる潮流を作りたいというのが、カナリスの思惑であった。
凡その書籍は娯楽として楽しまれても、真に受けるものではない。
そうした印象操作の一環。
現実小説であれ、散文であれ、暴露本であれ、そもそも書籍として刊行されるそうした物語は現実を反映したものではないと示せるだけの酷い出版物が短期間で多数流布する事を望んでいるのだ。信頼と名誉の棄損は不特定多数によって為され、長きに渡り一般常識を蚕食する。
報道関係者の愚劣を天下に知らしめるという副次効果もそこにはある。
結局のところ、トウカもカリスの既存の情報を扱う者達を貶め、将来的に一般市井で信頼される情報源を掌握しようと考えている事に変わりはなかった。
報道は今迄の傲慢と無秩序と恣意からなる負債を払わねばならない状況に陥っていた。
無論、クレメンティナを始めとした報道に携わる者にそうした意識はない。そうした自罰的にして自省的な者が続けられる程、報道という職種には公正や倫理は伴わない。
そして、だからこそ彼ら彼女らは危険に晒される場所へも踏み込める。
一際大きい駆動音。
後面より吹き出す青い粒子の奔流。
取り付こうとしていた棍棒達が慌てて重戦車から距離を取る。
「搭乗者の不在は確認したのではないのか?」
不在を確認しました、と告げる付近の棍棒達に棍棒一号は眉を望める。
「魔術による車輛の遠隔操作……開発中の技術だと聞きましたが」アリカは眉を跳ね上げる。
クレメンティナは写真機を構えるが、車体から分かる情報がないのかアリカも棍棒一号もそれを止めることはない。実際は、困惑が先立っていて二人がクレメンティナに意識を向けていなかっただけであり、軍人が危機に際して些事に意識を割く程に怠惰ではないだけであった。
「対戦車戦闘用意!」
棍棒一号の命令に、幾人かの棍棒達が背負っていた筒状の武器……携帯型対戦車擲弾筒を手に取り、肩に担ぐ様に構える。
噂に聞く対戦車兵器だと、クレメンティナは察する。
機密事項とされているが、大量生産される個人火器である以上、戦時下にその管理が万全である筈もなく、その形状と威力は広く知られていた。トウカは装甲兵器の優位性を可能な限り保持し続けたいと機密指定を堅持していたが、それは最早形骸化している。戦場で射耗した後の破片だけでなく、放棄や戦死した兵士の武装として無数と散乱していたのだから隠し遂せる筈もない。
小型の対戦車兵器の実戦配備は、それを決定した当時のトウカにとっても苦渋の決断であった。
内戦の本格化が避け得ない中で、ヴェルテンベルク領邦軍の長所である装甲兵器の優位性を毀損しかねない兵器の配備は、鹵獲を経て自軍へと跳ね返ってくる公算が高い。個人火器で戦車を破壊できる上に安価で運用も容易である。構造も複雑ではない為、早々に模倣される事は容易に想像できた。
しかし、トウカは大々的な生産と配備を決定した。
ヴェルテンベルク領邦軍の長所と言えど、装甲兵器の総数は陸軍に大きく水を空けられており、性能差だけでは覆し互い規模であった。それに加え、対戦車戦闘に戦車が拘束される事をトウカは酷く嫌った。
戦車は戦線を突破する為の兵器であり、対戦車戦闘はあくまでも副次的な能力に過ぎない。戦線全体に戦車を配置する事は現実的ではなく、そもそも一地方に過ぎない皇国北部は工業力で大きく劣っていた。
棍棒たる装甲部隊を一つでも多く編制するには、戦線への戦車の配置を可能な限り低減させねばならないが、兵力不足から戦車にも対戦車戦闘を期待する当時の蹶起軍は予備戦力として戦車を引き抜く事が容易ではなかった。
そうした状況で前線への戦車配備を低減させる一案として、個人で使用できる対戦車火器の配備にトウカは踏み切った。携帯型対戦車擲弾筒の大量配備で戦線からの戦車部隊引き抜きを戦線を形成する部隊に納得させた。
そして、大いに活躍した。
対戦車戦闘だけではなく、寧ろ特火点や機関銃陣地の破壊などに積極的に用いられ、内戦後は陸軍も採用した為、その形状と威力を隠しせるものでもない。
その携帯型対戦車擲弾筒から飛翔体が放たれる。
間の抜けた様な音の後、眼下の戦車の車体上面に突き刺さるように命中した瞬間、轟音と共に砲塔が火柱と共に吹き上がる。
天井を突き抜けて火柱と共に消える砲塔。
至近距離なのでクレメンティナは火柱の熱を感じ、轟音と爆風を受けて仰向けに倒れる。軍人達は何時の間にか魔導障壁を展開した魔導士の影に隠れていた。
クレメンティナは放置である。
今更何も言うまい、とクレメンティナは撮影機を構えて炎と黒煙の吹き上がる戦車を撮影する。控えめに見ても迫力ある光景であり、見出しとしてこれ以上のものはないという興奮は身の危険という意識を遠ざける。
そして、再び天井を突き破って落下してきた砲塔に陰に、クレメンティナは頬を引き攣らせた。
次の瞬間、割って入ったアリカによって砲塔は軌道を変える。
長い右脚が浮いている事から落下してきた砲塔を蹴り付けたのだと理解できるが、 そんな曲芸と身体強化を為せる人物は軍人でも相当に少ない。
「無事?」
傾いだ軍帽を被り直し、うんざりとした口調で問いかけるアリカに、クレメンティナは、惚れてしまいそう、と咳払いをする。
「私は傷一つないです」
「撮影機よ。映像の心配をしているに決まっているでしょう?」
女心の分からない軍人だとクレメンティナは胡乱な目をするが、軍人という職業ともなれば女性としての機微など摩滅するものである。
「辛うじて安全装置の動作範囲外で助かりましたな」
「貴官の部下の魔導士であれば、戦車の上面装甲を貫徹できたのでは?」
携帯型対戦車擲弾筒には安全距離が設定されており、至近の着弾では炸裂しない様に設計されている。至近での炸裂により射手が負傷する事を避ける為であった。 目標が至近距離の場合、信管が作動するかの心配は当然の事と言える。無論、定置罠としての利用も想定された構造をしているので、兵士が比較的容易に信管に手を加えられる為、安全装置を外す兵士も少なくない。
「魔導士は単価が高いので保全したいのですよ。何より、安価な兵器で対処できるなら、それに越したことはありません」費用対効果を論じる棍棒一号。
費用対効果に厳しい目を向ける……軍に対しての嘗ての報道の姿勢に他ならないが、 軍という組織は費用対効果が命の価値まで及ぶのだとクレメンティナは恐怖を覚えた。
火柱と黒煙を上げる戦車の残骸を尻目に、軍人二人は並んで進み始める。
周囲の棍棒達も油断なく短機関銃や魔導杖を構え、互いの前進を支援しながら周囲を進む。
しかし、その先には無骨な一室があるだけだった。
無機質な通路に簡素な組み立て工程や事務室の数々は全て確認されているが、生産を止めた工場には嘗ての活気を感じさせる物品が各所に放置されており、色褪せた張り紙などにもヒトの苦労と営みが感じられた。それ故に埃を被るその姿は寂感を抱かせるに十分なものであった。
しかし、目ぼしいものはない。
これ見よがしに証拠物件を放置するなど、出来の悪い小説でしかないとはクレメンティナとしても理解していたが、何一つないでは信憑性を担保できない。妙に装備と練度の良い武装勢力と交戦した、だけでは軍が民衆の危機感を煽る為に煽動を試みていると見る者も出てくる筈であった。疑い深い者は何処にでも存在する。何より、最近は大部分が殲滅されたとはいえ、対帝国戦役後には皇国北部で軍人崩れ匪賊が跳梁跋扈した経緯もあり、武装勢力の掃討作戦という情報は目新しさがない。
国臣民は軍事行動の情報に慣れつつあった。
拍子抜けしたクレメンティナは、近くの椅子の埃を払って腰を下ろす。
そこで、クレメンティナは見上げた天井に違和感を覚えた。
「あれ、何か滲んでませんか?」
天井の黒い染みを見たクレメンティナは、その奇妙な染みを指さす。
皆がが天井を見上げた。
「あれは、油?」
「おい、調べるんだ。上階の捜索をしている部隊にも連絡を」
アリカと一号が黒い染みのある天井の下へと進む。
他の相棒達も駆け寄ってきて、近くの作業机を積み上げて即席の足場を作ろうとし始めている。不安全行動を戒める壁紙を尻目に、次々と積み上げられる作業机。
作業机の山を登り一人の棍棒が天井に触れ、 そして背負った小銃を掴むと銃床で天井を殴り付ける。
石膏の粉末が舞い、破砕音と共に天井は砕けた。
力に任せて天井に開いた穴へと手を掛けて姿を消す姿に、クレメンティナは期待を寄せる。
「弾薬に…… 通信機も! 大量の武器があります!」
天丼の穴からの報告が響く。 当たりを引いた様子であった。
無論、武器や弾薬だけであれば、単なる武装勢力の証拠物件に過ぎないが、重要情報の記された書類や地図があれば話は変わる。無論、背後に存在するかも知れない面々へと繋がる情報であれば最善であった。
「図面上は事業規模縮小で使われなくなった空調の機械室という様子ですが……」
「外に雨しにされている設備類に空調設備があったのかも知れません。設備を外して、武器庫としての容積を確保した……その辺りでしょう」
一号とアリカの会話に、クレメンティナは、軍人の即決断に感心する。同時に間違いを恐れないその行動力を恐れてもいたが。
「恐らく、空調設備を設置する部屋なら床面耐荷重があるので、重量のある武器を運び込めるとの判断でしょう」
アリカの推察に、クレメンティナは優秀な軍人なのだろうと感心する。民間人を脅すだけの憲兵ではない。
「対戦車砲ですかな?」
「恐らくは。戦車を運び込める程の耐荷重はないでしょうが、対戦車砲程度ならば可能かと」
僅かながら敵の正体に彼女たちは近づきつつあった。




