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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》

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第三六七話    熾天使と九尾之狐




 ヨエルは相当に苛立っていた。


 神州国は民意に振り回されている。


 ペロポネソス戦争辺りのアテナイの如き有様である。国家指導者である神皇が、君臨すれども統治せず、とばかりに議会や有力者に国家指導を任せている点も、今回ばかりは悪い方向に作用している。


 ――幼い神皇を擁立して批判を受け難くしつつ、臣民の意向を最大限に汲む……聞こえはいいですが。


 皇統を護る事に腐心している。


 荒れ狂う民意を懸念しての事だが、それを御せない様では国家という容器自体が破壊されかねない。どの道、皇統は損なわれる。国家の存続を無邪気に信じる無能と怠惰。世界最強海軍の存在が、その姿勢を大いに補強している事は疑いない。


 ――結局、デロス同盟……アテナイの優れた艦隊も、何度もペロポネソス同盟艦隊と衝突する中で喪われましたが。


 無敵艦隊など存在しない。


 ペルシア戦争で強大無比なペルシア帝国軍すら打ち破ったアテナイ艦隊も永遠ではなかった。何時の時代にもデミストクレスの様な指揮官を得られる訳でもなければ、 幸運の海風が吹く訳でもない。



 勝利の秘剣は計画の中に在り。神は決して不注意を助けないと知れ。


 

 そうした言葉を劣勢の中で言い放ち、自然環境まで味方に得て勝利できる指揮官や政治家がそう居るはずもない。だからこそ国家に永遠の繁栄はない。


 戦船は沈む。

 栄光も沈む。

 英雄も沈む。


 無論、それだけではなく権力集中への反発や懸念もある。


 神州国は未だ分権的な部分があり、国家指導の強引が反発と叛乱を招くという点もあっただろう。或いは、民意を以て超大国となった海を隔てた国家の成功例も影響したかも知れない。若しくは、同じく海を隔てたもう一方の超大国にして宗教国家の如く、権力の過剰集中の狂信性を見たが故の忌避感があったのかも知れない。



 権力は腐敗する。絶対的に腐敗する。



 そうした言葉が在るが、ヨエルからすると、それは一方の部分を切り取った理屈に過ぎないと見ていた。所詮、権力集中への批判ありきの理屈でしかない。


 その反対もまたあり得るのだ。



 民衆は無責任になる。絶対的に無責任になる。



 民衆は母数が増える程に主権……責任と義務を感じ難くなり、安易な意見に流される。自身が主権者であるという意識が希薄になる。


 結局は主権者の質である。


 議会制度は主権者の量に重きを置く傾向にあるが、知識と自覚を有さない者が幾ら集まっても知識や自覚が産まれる訳ではない。


 零は幾つ足しても零である。


 何より不特定多数の民衆の無責任からなる暴走もまた暴政や苛政を生む事は歴史が証明している。暴政も苛政も権力集中を為した独裁者の特権ではない。


 ――ああ、そうですね。歌って踊る総統にもそれなりの理があった訳ですか。


 アテナイには、容姿に優れた煽動家に導かれて馬鹿げたシチリア侵攻をした挙句に指揮官を三人も用意した前例がある。


 容姿が影響力を持つのは、否定し難い事実である。


 注目される機会を掴み、尤もらしく聞こえるのだ。そうした傾向がある事は歴史だけではなく、近年の研究でも明らかになっている。


 ヴィルヘルミナの場合、紛れもなく容姿を利用した煽動家である。しかも、歌って踊る挙句に政治手腕もあった。政治手腕があるなら煽動家は煽動家ではなく、優れた国家指導者と見做される。


 南エスタンジアの衆愚政治に、 ヴィルヘルミナは付け入ったと言える。


 使えるモノは何でも使う。


 政治の基本である。


 ある意味、ヴィルヘルミナは無責任となり義務感を持たない民衆を、誰よりも軽蔑しているのかも知れない。歌って踊る羞恥心で、その自身の心情に気付いていないかも知れないが、ヨエルとしてはトウカと重なる部分があると見えた。


 トウカも民衆を軽蔑している。


 ヨエルの皇国宰相就任も熾天使や公爵という立場だけではなく、容姿が影響していた。広報に多用されている事からも分かる。容姿に優れたものが多い皇国でも特段と容姿に優れたヨエルを矢面に立てて情報開示を行えば反発を減じる、或いは賛同を得やすいという部分があり、トウカはその部分も含めて自身を皇国宰相に用いたとヨエルは考えていた。


 民衆をそれで宥め賺せると見たのだ。


 実際、民衆の支持率は増加し、皇国は富国強兵の道を進み始めた。


 どうしようもない客観的事実を受け入れて利用する事を厭わない。無論、それは個人の嗜好や思想を背景にした部分もあるであろうが、それを為せる者は相当に少ない。


 残念ながら神州国にそうした人物は現れなかった。


 唯一、可能性があったのが、今この時、ヨエルの前に居る九尾の妖狐であった。


 しかし、神州国を背負う理由も気概もなさげである。


 ヨエルはそれにも怒っていた。


 去りとて、それは実力があるのに世に打って出ない事ではない。それは、数千年に渡りヨエルも同様であったので言える立場ではなく、そもそも他国の出来事に過ぎない。


 九条家は国家の行く末を左右する妖狐を迎え入れ、慈愛を以て心身を絡め取った。


 ヨエルがトウカに対して成せなかった事である。


 立場が逆であってもよい。絡め取るか絡め取られるか。然したる違いはない。


 逆恨みに近いものであった。


「我が国に迷惑を掛けられては困るというのが偽らざる本音ですね」


「……本国に伝えると」


 遠に自身が反論する立場でも責任を負う立場でもないと言われた気がしたヨエルは溜息を吐くしかない。紛れもない事実である為、文句を付けようがない。


 だからこそ本題を切り出す。


「貴女と……九条家の亡命を皇国は歓迎する用意があります」


 奇襲的一擊。


 トウカの真似である。


 大きな話題を突然、投げ掛ける。奇襲効果の最大化を以て会話や議論の主導権を握る。軍人らしい発想であり、政治の場では反感を買う手法でもあった。


 しかし、反論を叫ぶ者は、丁寧な議論を、などと声高に叫ぶ者が多いが、そもそも議論する知識や能力に欠ける者が多いので、気に留めても仕方がない。議論を叫ぶのは議論の場に相手を座らせる力量と手段を持たないか、そもそもが演出に過ぎない者ばかりである。最低限、その場で妥当性のある問題と疑問をぶつけられないならば聞くに値しない。


 だが、晴明は驚きを見せなかった。


「資産の移動とよ?」


 可愛くない狐だと、ヨエルは苦笑して頷く。


 亡命を視野に入れる動きと認識した九条家の資産の国外移動。それが根拠であるかの確認。


「そうですね。皇国と共和国に分散して資産を移動させつつある。憲章同盟を避けたのは民意に左右される事に疲れた、といったところでしょう」


 余り強大な国家への資産移動は亡命……逃げ出すという側面が強く出るので、海軍力に劣る、或いは海軍力を持たない相応の国家に資産を移すというのが妥当である。 国内有力者からの反発を減じる為であろうとヨエルは推測した。


 ――しかし、あまり反発がない。やはり空母の譲渡が効いていますね。


 九条家が自前で建造した商船改造空母四隻を海軍に譲渡したという事実は、その点だけを見れば愛国心の発露と取れる。かなり衝撃的な出来事であり、新聞も国外に移される資産の話よりも部数の稼げる話に飛び付くのは当然であった。新聞社も所詮は営利企業。より利益のある話に飛び付くのは当然である。そこに義務感や愛国心はない。


「そこまで大きな話ではなかとよ。資産の国外移動は御前会議で宣言しておると」


 思ったよりも合意を得ている。


 ヨエルは中々に上手く交渉したのだろうと、晴明の力量を上方修正する。戦争前に資産を国外に移しますなどと言えば自国の敗北を予見するようなものであり、非難を免れない。


「中々に危険の大きい交渉をしましたね。生命を賭したものになりますよ?」


 ヨエルの問いを、晴明は鼻で笑う。


「海軍に、御主らでは負けとうよ、空母四隻の代わりに資産を国外に移すのを認めろ言うたまでと」


想像を超えて直球勝負に出た晴明に、ヨエルは胆力があるのか好戦的なのか悩むところであった。


 海軍とは神州国であり、神州国とは海軍である。


 斯様な言葉が朝野で聞こえる程に、神州国で海軍の影響力は強い。そうした相手に負けると言い放つのは中々に危険な行為と言えた。


「国家が負けるとは言うておらんと。海軍が負けるとよ」


 ヨエルの疑念を勘違いして晴明は言葉を重ねるが、寧ろその差を理解できる者は神州国で少ない。


 晴明は清々しい表情をしている。九つの尻尾も心なしか得意気に揺れていた。


 どの道、決裂するのであれば盛大に、という意図が明白である。海軍の敗北が事実となれば、その名声は否応なく高まる事になり、神州国への帰還の道筋も付けられる公算が高まる。


 勿論、資産は敗北の影響を受けず目減りしないので、敗北により市場価値の低下した神州国では今以上の影響力拡大を為せる。


 恐らく、眼前の妖狐にはその算段が付いている、とヨエルは見た。


 当然、晴明もまた神州国が敗戦後も続くと無邪気に信じている事になる。


 ペロポネソス戦争に於いてアテナイが滅亡しなかった様に。


 しかし、アテナイはペロポネソス戦争後期に籠城戦で感染症が流行した結果、死屍累々の地獄絵図となり、それ以降、エーゲ海の覇者という立場を失った。人口も艦隊も資金も名声も失った為である。


 最終的に時間を経て希臘(ギリシャ)の覇権はペロポネソス同盟の盟主であるスパルタに移る事になる。


 神州国も正統教国との小競り合いや、植民地政策を思えば、その可能性は十分にある。


 無論、皇国はそれを認めない。


 神州国が正統教国の橋頭保として大陸への干渉に利用される事は許容できる事ではなく、皇国は無理をしてでも神州国を版図に加えなければならない。


 例え、その後に正統教国と皇国が争う事になったとしても、である。


 だからこそ、ヨエルはこの場に居る。


「全てが終わった後、神州国を正しい方向に九条の姫君を担いで導けるというのであれば、私は支援する事も吝かではありませんよ。勿論、我が陛下を説得する自信もあります」


 踏み込んだ発言である。


 晴明も息を呑んでいるが、ヨエルとしては皇国の将来設計の為には必要な事であった。


 ヨエルには、皇国が帝国を滅亡させた後の展望がある。


 トウカは無政府状態で皇国の統治費用の増大を懸念し、軽減はできるが根本的解決の糸口はないと考えている節がある。


 対するヨエルは正統教国を憲章同盟本土に攻め込ませる事で兵器需要を青天井にする事で解決できるのではないかと考えていた。


 宗教国家が教義を掲げて自由主義が根付く国家の本土を犯すのだ。激烈な抵抗があるのは明白であり、宗教国家が占領地の文化や制度に寛容的である筈もない。夥しい死と破壊が振り撒かれるのは明白である。そうでなければ、その様に皇国が陰ながら誘導しても良い。


 兵器需要はそれに伴って激増する。


 それを帝国だった地域で軍需工場を建設して需要に答える。


 正統教国との軋轢を考慮して、あくまでも帝国軍残党や乱立する地方政府の勝手な輸出としつつも、皇国は武器輸出に精を出せば良い。銃火器や火砲、武器弾薬を夥しい数で生産すれば、旧帝国領土の雇用もそれなりに確保できる。


 無論、貧困層を訓練して傭兵として憲章同盟に輸出しても良く、不安定化しかねない貧困層の救済と減少を行える一挙両得の一手である。


 だが、これには大きな問題がある。


 正統教国が憲章同盟との大海戦に勝利し、制海権を確保した上で本土上陸を果たさねばならないのだ。


 共に不倶戴天の仇同士である為、安易な講和には走らないであろうが、憲章同盟を追い込む事は容易ではない。元より、両国共に国力も人口も皇国とは比べ物にならない。


 去りとて、正統教国を敗北させる事も容易ではなく、しかも自由主義陣営が宗教国家を無理なく解体しては激烈な抵抗に伴う兵器需要の激増を期待できない。少々の政治暴力主義(テロリズム)では国庫の足しにもならない。


 消極的選択として、憲章同盟を不利に追い込まねばならない。


 皇国の意図だと気付かれずに。無論、神州国に属する者達は利用できない。憎しみ合う関係に第三者がいては、軍事力の矛先は予期せぬ分散を招く。


 現状、そうした手段は未だ皇国にはない。


 しかし、取得する算段はあった。

 



 原子爆弾である。




 閉鎖都市の建設と並行して準備が進められており、起爆実験は北極まで偽装商船を進出させて行えば、超兵器の研究開発と取得が露呈する事もない。無論、相当な時間は掛かるが、魔導技術によりトウカの世界よりも生産技術面での難易度は低下している。


 ――原料にも目途が付きましたから。


 神州国北部には緑色に薄く光を放つ鉱石が産出する死の峡谷があるという。現在は危険地域として国家が閉鎖しているが、皇国統合情報部は、件の特殊鉱石だと機密理に調査し、上奏している。


 放射性物質を含む鉱石であるのは間違いない。


 嘗て存在した近隣の村々では抜毛や出血などが相次ぎ、平均寿命もかなり短いものであったと記録されている。


 緑色に発光しているというだけでも、明らかに尋常ならざる純度である事が窺えた。


 ――恐らく、旧文明時代の星海艦艇の残骸からの漏出物でしょう。あの辺りに星河から流れ星が落ちたとの伝承があります。


 精製が必要かまで確認する必要があり、何よりそれ故に神州国を皇国は独立国家として許容できなくなった。


 断じて神州国を版図に加えねばならない。最悪でも属国である。


 万が一、正統教国に領有されるなど論外である。


 原子爆弾を実戦配備し、商船などで機密理に憲章同盟の主要都市湾岸に停泊させ、起爆させる。


 その罪業……戦果は正統教国のものである。


 何も言わずとも、正統教国が我らの神の神罰が下ったと喧伝する事は見えていた。宗教国家とはそういうものである。憲章同盟も最大にして同規模の超大国である正統教国の超兵器によるものだと判断する公算が高い。超兵器を作る高い技術も凶行に及ぶ根拠もある。海軍基地や造船所を停泊艦艇諸共に砕き、商用航路の拠点を機能不全に陥れる。結果として正統教国が制海権を獲得する事は難しくない筈であった。


 ――三〇発は必要ですね。事が露呈した際を想定すると……抑止力を踏まえれば更に必要でしょうが。


 世界を焼き尽くす程の質も量も用意できない。


 初期型の原子力爆弾の威力程度では数百発用意した程度では世界は焼き尽くせない。 多弾頭高威力の原子力兵器の成立には更に多くの時間を必要とする。


 だからこそ、使用できる期間は限られている。


 複数国が世界を滅亡し得る規模で核兵器を整備してからの使用では全てが喪われる公算が高い。


 ――あちらの世界で最も発行されている”小説”では悪魔よりも神や天使がヒトを多く死に至らしめているそうですが……此方の世界でもそうなりますね。


 必要なら熾天使は躊躇しない。


 憲章同盟も正統教国も、ヨエルからすると目障り極まりない存在である。現状でも相当な遺恨が積み重なっている為、相争わせる事が得策であった。人口も国力も大義の為の戦争で蕩尽させる。


 疲弊し、皇国の属する大陸への手出しを防止しつつ、兵器と食糧の輸出で利益と安定を得る。


 最適解である。


 無論、その時間を用いて経済成長を図るも良いし、大陸統一を果たすも良い。或いは、どちらも為せるかもしれない。


 超大国の戦争である。隙もあれば特需もある。


 ――政治も軍事も最後に立っていなければ意味がないのですから。


 最悪、過程は黙殺できる。生じた被害が許容し得る限りは。


 皇国はトウカの下で超大国へと変貌する。


 アテナイもスパルタも幾度も干戈を交えたが、最後は纏めてアレクサンドロス大王率いるマケドニア王国の前に敗れ去る事になった様に。


 当然、アレクサンドロス大王亡き後のマケドニア王国の混乱を踏まえれば、歴史に勝者なしであるが、ヨエルはその辺りも当然ながら想定していた。


 国家と歴史。


 何方が何方を作るのか。


 それはヨエルにも分からない。


 しかし、勝利あっての存続である事は確かであった。


「後の歴史に勝者と記されたいというのであれば、賢明な判断をするべきでしょう」   

    

 神州国に対する明確な敵意を見た晴明は尻尾を揺らす。


 ヨエルは、妖狐と言えど未だ年若いと嬌然として微笑む。














「拒絶すれば敗者として扱われる事になると?」


熾天使が口にする以上、相当な実現性を以ての事であるのは当然と言える。熾天使は数多の時代で英邁な歴史的人物として存在していた。


そうした生き物が賢明な判断を求めている。


「それは状況次第でしょう……ただ、九条の姫が落武者の玩具になる未来とてないとも言い切れない」


 迂遠に陰惨な結末を与える事も辞さない。


 少なくとも晴明にはそう取った。


「脅し、嬲る……それが天使の所業とよ?」


 怒気を見せる晴明だが、ヨエルは軽やかに笑う。


 馬鹿らしい事を、そう言わんばかりである。


「私が何かをする訳ではありませんよ。何より艦隊戦力で我が国を脅迫しているのは貴国ではありませんか。因果応報。国家の失態がその地に住まう者に降り掛かるのは歴史の必定」


 謳う様に事実を告げる熾天使。


 宣告の如き未来予想。


 神州国の世界最強艦隊など最終的には問題にならないと存外に滲ませた言葉。


九条飛鳥という陽溜まりの様な少女に塗炭の苦しみを味合わせる事は、晴明にとって断じて回避せねばならない未来である。そうした晴明の心情を見透かした熾天使の言葉に晴明は大きな反発を覚えた。


「貴国の天帝陛下が、それを許容すると?」


 自身にとっての飛鳥が、ヨエルにとってのトウカである事は、近年の振る舞いからも明白であった。


「そこは然して重要ではありませんよ。私ではなく時勢が神州国に困難を強いるのですから……何より……」


 国際情勢が神州国に不利に働く。或いはその潮流を自身が作ると言わんばかりのヨエルに、晴明は熾天使の恐ろしさを見た。今まで熾天使に操られた歴史がどれ程に存在した事か。


 皇国は熾天使と共に在る。


 熾天使が幾星霜と巣食った皇国で、一体どれ程の物が静かなる影響を受けているのか。歴代天帝も例外ではなく、或いは当代天帝も気付かぬ儘に道を用意されているのかも知れない。


 だが、それは少し違った。


「愛は尽くすものであって、求めるものではないのです」


 九つの尻尾が総毛立つ感覚。そのまま尻尾は丸まって戻らない。


「或いは死を賜るかも知れませんね。それならな脳裏に焼き付いて離れぬ程の死に様を捧げねば」


 与えられたものを無駄にはできないと熾天使は語る。それが例え死であっても。 


 熾天使は、それを愛という。


 皇国の指導者層には碌な人物がいないのではないかと思える光景に、晴明は戦慄するしかない。自国の指導者層は覚悟と狂気……そして何よりも実力の面で皇国に圧倒される事は疑いなかった。


 全く異なる行動原理……政治思想や教義よりも遥かに根本的な部分での差異。


「我が天帝陛下は狐には御優しいのです。貴女の助命であれば認められるでしょうが、 九条の姫はどの様に扱うか……」


 自国の侯爵令嬢を自害に追い遣る無体を思えば、ヨエルの言葉は決して妄言の類とは言い難い。


「……去りとて、返事を頂けるとは思っておりません。国家への背信を為すならば、 滅亡直前が面倒も少ない……」


 遺恨を低減できる時期(タイミング)である事は確かであり、致し方ないという同情を醸成できなくもない。滅亡寸前とはそうした時節である。


 しかし、段取りを損じれば、九条家の信頼は地に落ちる。


 それを防ぐには皇国側の同意と協力が必要であったが、早々に逃げ出すと明言した事が露呈しては九条家にとって致命傷である。信頼なくば、孤立の末に滅亡する。歴史がそれを証明していた。


 だが、ヨエルはその点も理解していた。


「ただ、九条家の資産を皇立中央銀行に預けていただけるならば、大きな利益を御約束できますね」


 諸外国に分散している資産を皇国に集中する事で返答と見做す。


 そうであれば、資産の国外移動が御前会議で許されている為に裏切りとは言えないが、皇国側も資産を人質として見做せるので都合が良い。


 ――良い性格をしておるばい。


 互いに関係者へ都合よく説明できる提案であり、損はない様に見える。無論、皇国が資産を接収しない限りに於いて、と言えるが、個人の、それも他国人の資産接収を大義名分なく行えば、国内の資産が逃げ出しかねない。安全の保障された土地に金銭は集まる傾向がある。


 そして、皇国はこれから経済成長する。


 資産を上手く投資しておけば増加する公算は高く、皇立中央銀行だけでなく、多くの財団や商会にも影響力を持つ熾天使の後ろ盾があれば、下手な投資信託よりも信用と保証が期待できた。


「実質的に九条家を取り仕切っている貴女だからこそ、この提案をしています。ただ、資産を移すだけでいいのです」


 返答という明確な形では事が露呈した際に売国奴の誇りを免れないが、資産を移す許可は得ているので、それだけが合意の条件と言うのであれば、資産の移動先だけでヨエルに提案の可否を示すことができる。


 ヨエルは、資産の移動先で晴明に旗幟を鮮明にせよと暗に告げているのだ。


 売国ではない。


 強いて言うなれば、利率の良い投資話を持ってきた様にも取れなくもない。それもまたヨエルの計略なのだろう。


 元より神州国に資産を置き続けるというのは論外であり、共和国もまた帝国と連合王国による挟撃を受けている。協商国は商人の国であり、そもそも商人に資産を預けるというのは選択肢として存在しない。


 確かに皇国が最も安全であり、経済に対して敏感な熾天使は資産の接収などは余程の事がない限り踏み切らない筈であった。資産の保全に対する疑問符が付けば、国内から資金が群れを成して逃げ出すのは歴史が証明している。


 例え、敵国の資産であっても、先例として扱われる出来事を生じさせる程に熾天使の視野は狭くない。


 何より、敗色濃厚となれば神州国政府が資金拠出を要求しかねないし、そうした世論が形成されかねない。元から敵性国家に在って交戦中である為に接収はされないが凍結されているという言い訳は大いに利用できる。皇国は兎も角、共和国や協商国は内陸国や遠方という要素から交戦国にならない可能性も有るので、安全を期するならば皇国への資産移動は魅力的であった。


 無論、危機管理(リスクコントロール)の面から一国に資産を集中させるのは好ましくないのも確かだが、ある意味、仮想敵国が最も安全であるのも確かであった。


 神州国の熱狂はあらゆるものを焼きかねない。


 最早、理屈など通じない。


 ――狙い目とうよ。ただ……


 神州国にどれ程の被害を与え、そして九条家を傀儡とした政権を成立させるのか、或いは現在の権威を保全した儘に九条家に実権を握らせるのか。若しくは併合までの管理者として遇するのか。その点が大きな懸念点であった。


 上手く立ち回らねば、売国奴の誇りは免れない。


「魅力的ばい。ただ、九条の地に戦火が及ぶのは避けたかと」


 利率(レート)の吊り上げを試みる晴明。


 利益の最大化を図ろうという意図を晴明は隠さない。寧ろ、踏み込みが過ぎた発言であり、第三者に露呈しては失脚を免れないが、ヨエルであればその辺りの対策は万全であろうとの丸投げに等しい感情が晴明にはあった。無能な味方よりも、有能な敵手が意思疎通の面に於いて優れているという皮肉には思うところが在ったが、常識や感情よりも状況と利益を優先する事が出来るからこそ、九条家の妖狐は政略に優れた狐と知られている。


「戦略爆撃が焼くのは軍事施設と工業地帯ですよ」


「帝国では随分と都市も焼いておるではなかと?」


 都市でも兵器生産をしていたから工業地帯だ、などいう屁理屈を熾天使が捏ね回す事は在り得ないが、その業火の悲劇を正当化する根拠を晴明は気にしていた。根拠が分かれば防がれる悲劇は世に多い。


「ああ、帝国ですね。帝国ですか」


 確かに戦略爆撃は未だ帝国でしか行われていませんね、と、ヨエルは言葉が足らなかったと謝罪する。


 帝国だけが良くも悪くも特別扱いを受けている。


 不倶戴天の敵なのだから当然であるかも知れないが、都市に対する戦略爆撃というのは度を越している。虐殺だという声は諸外国にも多い。


 しかし、熾天使は微笑む。


「あれは国家と見做していませんので。害虫駆除には巣を焼くのが一番でしょう?」


 ヒトとは看做さない。


 鉄の意思を以て駆除する。


 破壊と殺戮の大義名分は、帝国を国家と看做さず、帝国人をヒトと看做さないという姿勢にある。


「国交もなく、ただ攻め寄せる野蛮な生き物の駆除……そうした生物に合理性を以て当たるのは統治機構として当然の対応なのですよ」


 最早、皇国は帝国を国家と看做さないとの発言。


 元より帝国がそうした放言をしていたが、皇国もそれを認めて同等の振る舞いを以て応じる。この発言が皇国宰相を務める熾天使からも出たのは大きい。急進的な天帝の意向だけとは言えなくなる。


「それに今では諸外国が小五月蝿い……失礼、疑問の声も多いので都市爆撃は”ある程度”は避けています」


 つい本音が出たという体だが、恐らくは騒げば神州国も立場が悪くなるとの指摘であろう、と晴明は眉を顰めた。天使よりも悪魔に等しい言葉の連続である。


「まぁ、食糧消費を支えきれぬ状況が、より帝国の被害を拡大する事になる。陛下はそうお考えですが」


 想像よりも酷い答えに晴明は絶句する。


 飢餓を人工的に作り出す。


 反乱や騒乱による人間関係の分断を主軸に置き、帝国の疲弊を誘うという方針への転換。


 ただ、都市を破壊するだけでは皇国への遺恨ばかりが増す。無論、自国の不甲斐無さへの憤懣も蓄積するだろうが、やはり直接、危害を加える相手に最大の感情が向くのは当然と言える。


 だが、食糧不足となると話は変わる。


 自身の周辺や自身に近しい者が直接、皇国軍に被害を受ける訳ではなく、食糧不足は供給を為せない自国政府や、周辺組織に目が向くものである。皇国が流通経路を攻撃しているとしても、それを直接目にしていない者には印象が薄い。


 長く生きた晴明は神州国に於ける戦国時代の飢餓を体験している。


 貧困と空腹は人々の攻撃性と排他性、不信感を増幅させる。それにより統治が崩壊する事は歴史的に見ても珍しくない。トウカがそうした動きを意図している事は明白であった。


「ある種の飢餓輸出ですね。直接、食糧を取り上げるのではなく、交通網……特に鉄道網を爆撃で破壊して、食糧を生産地で腐らせる……都市は飢餓に見舞われる」


 悍ましい輸出だと晴明は思うが、同時に帝国の統治の失敗をこれ以上ない程に帝国臣民に見せつけるという意味では確かに有効な一手であると認めざるを得ない。


 しかし、それだけではないだろうと、晴明は狐耳を揺らす。


「都市からヒトも流れるばい。ヒトの詰めぬ都市ならば攻め落とすも楽かとよ」


 都市部の攻略は容易ではない。


 古来より都市攻略によって軍勢が溶けて消える事は珍しくない。近接戦と民衆の敵対により被害は拡大し、都市という複雑な地形は戦闘を長期化させる。戦国時代には都市での戦闘を避け、包囲しての飢え殺しなどの持久策が採られる事も珍しくなかった。近代兵器を利用した現在ならば、そうははならない、という意見もあるが、晴明はそうは考えなかった。


 主に海軍がそう主張しているが、沿岸部なら艦砲で灰燼と帰するという手も在り得るだろうが、内陸の都市に艦砲射撃は届かない。


 そして、航空攻撃が日の目を見た様に、近代兵器に於ける最大の要素とは射程だと晴明は見ていた。


 より遠くから。


 自身が安全な場所からの攻撃であれば最上であり、そうでなくとも射程とは距離であり、防御力と攻撃力に加算される側面がある。晴明の見たところ市街戦は、そうした距離を殺す。


 最近もフェルゼン攻防戦で、それは実証されている。


 戦後暫くは戦災復興の為に他国人は立ち入れなかったが、現在でも爪痕は残っており、激烈な抵抗の後は、敢えて残されているものもあった。


 何より、義勇国民装甲擲弾兵として市民までもが動員された為、その戦闘推移は隠し切れるものではなく、神州国でも戦術研究の題材として情報収集が行われていた。


 古来より、市街戦とは嫌われるものである。


 複雑な戦場であり、軍の統制は維持し難く、敵味方共に散兵化を免れない。多数の民間人を巻き込む事も珍しくなく、土地勘のある敵戦力の増大や、戦後の遺恨という部分もあった。


 有力な軍隊は市街戦を極めて危険視する。


「とは言え、貴国はこれから市街戦を体験すると思います。我が国としては、その活躍を注視しておりますので」微笑む熾天使。


 神州国に齎された連合王国割譲という提案。


 特使の提案は渡りに船だったと言える。


 大陸を敵に回すのではなく、周辺諸国の合意を経て連合王国を解体して植民地を得られる。無理な大陸進出に依りて気が増える状況を避け得るならば難易度は低下すると海軍は自信を見せていた。


 海軍は世論に先導されて大陸で植民地を得ようとする主戦派が過半数を占めているが、実際のところ彼らも着地点を見い出せなかった。艦隊は上陸できず、大陸国に降伏を突き付けるのは難しく、停戦交渉の座に就かせる事も容易ではない。商用航路の封鎖……大陸封鎖は海軍にとっても負担であり、その負担の中で正統教国と争う可能性を海軍も捨て切れなかった。


 しかし、周辺諸国の敵対を避け、大陸封鎖を避け得るならば、海軍艦隊の拘束も経済的打撃も回避できる。海軍は好機だと沸き立った。


 晴明からすると、皇国の提案はとんだ毒饅頭である。


 そもそも植民地の治安維持それ自体が戦費の終わらぬ流出を招くのだ。それも、連合王国の土地は部族連邦で得ようと試みていた面積よりも広大で人口も多い。明らかに植民地運営という終わらぬ出費と疲弊に引き摺り込もうという意図がある事は明白であった。しかも、それを皇国や共和国にとり好ましくない連合王国を捨て石として行おうとしている。無論、現状のままでは大幅に領土を割譲する事になりかねない部族連邦も諸手を挙げて賛成している。


神州国に負担を強要し、それを尻目に大陸の複数国は連携する切っ掛けを得ようとしている。


当然、神州国はその枠に入っている様に見えてそうではない。


連合王国領土は、部族連邦と共和国、協商国と領土を面しており、神州国の植民地と面する事になる。大陸に踏み込んできた指し(プレイヤー)を警戒し、周辺諸国が連携を試みるのは当然と言えた。


神州国は最終的に植民地運営で疲弊した中で、連携した大陸国と対峙する事になる。


神州国の孤立を意図していると、晴明は見ていた。


「この政略は貴国の陛下の思し召しかとよ?」


「ふふっ……揃って同じ事を尋ねますね」


 熾天使は口元を隠して笑う。


 神聖不可侵を思わせるが、店内の様子と横に置かれた籠が台無しにしている。主君に一服盛ろうとする傾城の美女とも見えなかったが。


「当該国はあまり触れられたくない様ですね。陛下の御提案として欲しいと」


 それならば沈黙していればいいものを、敢えて第三国が提案したと口にするところに別の意図がある様に思えるが、晴明は手元の判断材料では思惑を推し量る事が出来なかった。


 大陸の複数国が連携を深めつつあるという印象付け程度の話であれば良いが、政治的名声を手土産に何かしらの軍事行動を迫るものであるならば国際関係が流転する事も有り得た。


 晴明はもしゃもしゃと野菜を咀嚼する。


 飯時に難しい話を投げ込んできたヨエルは空気が読めないが、そもそも晴明や九条家にそれ程の利用価値があると晴明は考えない。公家としては五摂家の一角を担うが、 その規模は小さく、領地も他と比較して栄えているとは言い難い。


 ――神州国からの離脱を求めておると?


 神州国の一部が離脱して皇国側に付けば、皇国は大規模な航空艦隊を展開して神州国本土の大部分を攻撃圏内に収めることができる。無論、諸々の準備を神州国海軍の妨害を避けて為せる、という前提があるが、皇国には内戦中に馬鹿げた規模の空輸という実績があるので侮れない。


 結局、晴明には不明瞭な状況ばかりが鎌首を捧げる。


「面倒臭かと」


 海軍と戦争していればいいものを、と自身や九条家まで巻き込もうとする姿勢に、 晴明は呆れるしかない。しかしながら権力者の定めであり、それは避け得ない事であるとも理解していた。


「それは、貴国の陛下に聞くばい。狐には優しいと聞くと」


 トウカが大層と狐に執着するという噂は世界的に有名である。


 そうした嗜好がある事は皇国では珍しくないが、世界では中々にそうした嗜好を前面に押し出す事が白眼視されない国家は少ない。無論、狐系種族の分布が限られ、尚且つ国家指導者と結び付く例が歴史的に見て稀有である事も大きい。


 最近は幼い狐娘を侍らせて視察などを行っている上、北部貴族が幼い娘を行儀見習いとして遣わせる動きが出ており、口さがない者は託児所だと口にしている。


 無論、幼女嗜好であるという意見もあるが、ミユキやマリアベル。そして、近しい関係とされるリシアやクレアがそうした容姿ではない為に支持を得ていない。何より、シラユキがミユキの妹である事も広く知られている。


 とは言え、マイカゼの頻繁な御機嫌伺を一度として拒絶せずに応じている上、遷都したヴェルテンベルク領に狐系種族が集まりつつある事も相まって、狐への厚遇があると見る者は多い。


 ――こちらは九本……野良狐など物の数ではないたい!


 狐にとって尻尾の数は権威である。


 一本しかない狐など晴明の敵ではなかった。


 少なくとも、それは晴明だけでなく、狐系種族全般一部の獣系統種族に通用する真理であった。天使系種族が覆し難い九つの種族階梯を以て成立している点と近い。


 トウカの狐に対する執着があるからこそ、晴明は特使として親書を携え、連合王国割譲についての意見交換まで押し付けられて皇国に来訪した。無論、国家指導者の提案に諸々の政治勢力が便乗したというのが実情であるが、建前としてはそうなっている。


 先程までの会話を見るに、神州国は相当な譲歩を得られる。植民地は想像よりも広大な面積と人口を得ることになる。それによる神州国の疲弊が目的なのだから当然と言えたが、植民地の拡大を神州国の政治家は諸手を挙げて賛成する事は疑いない。


「……代わりに係争地の島嶼の返還は求めると?」


 皇国と神州国には大星洋上の島嶼を巡る領土問題が存在する。


 皇国が帝国との関係悪化により軍事力を割かれる中、神州国が正当化を図って宣言もなく占領した為、国際的に見てもかなり問題のある行為とされた。皇国は天帝不在で動けず、神州国は現在も皇国本土に避難した住民の代わりに、神州国本土から入植者を投じて既成事実化を図っている。


 その返還くらいは求められるだろうと、晴明は見ていた。


 神州国としても連合王国領土に巨大な植民地を大陸諸国の合意を以て形成できるならば安いものと考える者は相当数出てくる筈であった。


 しかし、ヨエルは首を横に振る。


「構いません。貴国と争う際は、存分に撒餌として利用できますので」


 嫌な台詞を聞いたと、 晴明は顔を顰める。


 確かに在り得る事であった。


 島嶼は航空艦隊の航続距離圏内にあり、航空攻撃で駐留艦隊を粉砕し、閉塞作戦を実施すれば、神州国海軍は奪還に動かざるを得ない。入植者を見殺しにしているかの様に見える……恐らく皇国はそう喧伝して神州国海軍艦隊の誘引を図る筈であった。


 所在不明と目的不明の艦隊が最も戦略に制限を加えるが、誘引すれば所在と目的を明確にできる。


 その上、神州国海軍艦隊は、皇国航空艦隊の航空攻撃圏内に足を踏み入れなければならない。


「面と向かって言われるとは思わぬばい」

 

 もし戦争となれば、そうした作戦が取られる事は神州国海軍軍令部も想定しているであろうが、仮想敵国側から言われると些か返答し難いものがある。

 

 とは言え、対艦航空攻撃にそれだけ自信があるという宣言でもある。


 その点こそが、皇国にとっては重要なのだ。


 皇国が航空攻撃で主力艦を含めた艦隊を撃破できる前提で軍事力の整備を行っているという宣言。その断定こそを抑止力として用いるという意思を晴明は感じ取る。


 とは言え、実際に作戦行動中の艦隊が航空攻撃で甚大な被害を受けた例は未だ存在しない。神州国海軍の受け止め方次第で対応も被害も大きく変化する事は間違いなかった。


 ――其方は専門家に任せるたいね。


 伝えた内容を判断するのは海軍の役目であると、晴明は複雑に考えない。何より、海軍は連合王国領土に生まれる植民地との航路護衛にも相当の戦力を割かれる筈であり、大陸国と事を構える余裕を減じる。


 ――その植民地との長大な航路を脅かす心算とうよ。


 対艦攻撃騎と、シュットガルト湖で生産と訓練が行われているという幾つかの新兵器は、そうした思惑があってのものという可能性もある。トウカの今迄の政戦を見れば、華々しい決戦よりも、そうした継戦能力を削ぐ事に重きを置いている事は明白である。


 戦術爆撃で物資集積所を破壊し、戦略爆撃で工業地帯を灰燼とし、装甲師団で戦線を突破して輜重線を寸断する。どこまで行っても、継続的な軍事行動を挫き、敵野戦軍を孤立させる事に腐心していると取れる。

神州国臣民が大陸植民地という利益に夢見る事それ自体に付け入ろうとする中で、継戦能力を効率的に削ぐ事のできる状況を作り出す動きが生じるのは当然と言えた。


 世界最強海軍が相手でも臆して消極的になる相手ではない。


 理解していた事とは言え、神州国の将来に暗澹たるものを感じざるを得ない晴明であった。






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