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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》
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第三六六話    安倍晴明




「栄えておると」


 九本の純白の尻尾を揺らし、 市女笠の鍔に刻まれた間隙(スリット)から見える光景に妙齢の狐女は溜息を吐く。



  安倍晴明。



 神州国特使としてフェルゼンに足を踏み入れた晴明は、フェルゼンの異質な発展と喧噪に圧倒される。


 多様な文化が混じり合った建造物や商店が林立し、無数の種族が闊歩している様は無節操でともすれば下品とすら言い切る者もいるであろう光景 であった。


 しかし、活気はある。


 商店の軒先に群がる客達を見れば、金銭的な不安がある様に見えない購入を繰り広げており、 声を張り上げる商人達の表情も明るい。


 税制を簡略化し、各種輸送手段の拡充による運送費の低下に加え、工場新設への補助金などで大鉈を振るった結果がそこにある。


 税収は国内の富の流通量が増加すれば、自ずと増加するといういう割り切りをトウカとセルアノが理解していた為、二人は既得権益や反対勢力を悉く打ち払ってまで経済の活性化を断行した。それ故の労働力不足は国内だけでなく、海外にまで知れ渡っている。だからこそ国外からの出稼ぎ労働者も多い。それがまた人種と種族の多様性を増す結果となった。


 神州国は出稼ぎ労働者に紛れて多くの間諜を皇国に送り込んでいる。これは帝国も共和国も同様であり、労働者の爆発的な増加は防諜を危うくしていた。


 去りとて、見つけた者は定期的に運河で水死体となって発見されており、容赦のなさもまた知れ渡っている。惨たらしい殺害それ自体を抑止力とす るという方針。


 それでもヒトは集まる。


 銭が集まるところにヒトは集まる。少々の屍など関係者以外からは話題として消費されるに過ぎない。


「我が国に真似は……無理とよ」


 苛烈無比な経済政策。


 一体、どれ程の既得権益と反対集団を粉砕せねばならないのか見当もつかない程である。国家の屋台骨が圧し折れるのは間違いない。トウカはそれを為した。


 戦争を利用した株式売買による莫大な利益と、反対する者達に口を噤ませ……或いは殺害する軍事力を背景にあらゆる経済政策を断行した。少なくとも経済が上向いている内は評価される事は疑いない。


 トウカもセルアノも皇国北部という孤立した陣営に居た為、他の国内勢力との柵がなく、配慮の必要性を感じなかった事も大きい。


 政治権力者とは基本的に権力の拡大と共に柵も増加するものであるが、突如として軍事力で立場を得たトウカにそうした柵は少ない。強いて言うなれば、北部貴族と軍くらいのものである。


 無理ができる時に無理をする。


 対帝国戦役という戦災があり、復興と血塗れの即位による混乱を利用して一気呵成に進めた手腕は剛腕にして卓越したものである。


 復興と血塗れの即位という錦の御旗は、少々の不手際など容易く覆い隠してしまう。


 自身の知らない人物の死が少々増えようがヒトは気にも留めない。情報として流れ、忘れ去られる。ましてや国内の主要新聞社を抑えているのだからその傾向には拍車が掛かる。


 着物の袖を翻して喧噪を往く晴明。


 その姿は目立ち、喧噪の中でも多くの者が距離を取った。九本の尻尾を見て高位種と気付き、畏怖と面倒を覚えたのだ。


 晴明はふと一軒の商店の軒先で足を止める。


「大将殿、これは?」


 珍味を売っていると思しき商店の軒先には名状しがたい生物が籠に入れられているかと思えば、背徳的な生物の干物が吊るされており、冒涜的な形状の植物が瓶に収められて並んでいる。怪しさがこれ以上ない程に自己主張している光景で寄り付いている客はいない。


「御目が高い。こいつは一昨日に南部国境で収穫された茸で滋養強壮と……まぁ、夜の営みに活力を与える薬になるんでさぁ」



 黒丸の遮光眼鏡をした何故か調理人の恰好をする店主もまた如何わしさを隠さない。 右手にはお玉を握り締めている。


「ここで調理して召し上がる事も出来まさぁ」


 晴明自身も大概であるが、中々どうして何処かの胡散臭く見える方言で宣伝する姿は一周回って何処か娯楽性(エンターテインメント)を感じさせる。


 無論、その経営方針でやっていけるのだろうかと、疑念が薄れる訳ではないが。


「これならあいつと一緒に炒めると美味でさぁ」


 恐怖に満ちた人面をしている根菜をお玉で指した店主に、料理は確かに味が重要であるが、外観を投げ捨てて良い訳でもないのではないか?と首を傾げざるを得ない。


「では、それを頼もうか」


 ここまで胡散臭いと逆に興味を引かれる。或いはこの胡散臭さこそが経営戦略かも知れない。胡散臭さで集客する。商店の種類にも多様性がある。良いか悪いかは別として。


 多様性と言うよりも、経済的に見て実害が許容できる範囲なら放置するという姿勢の体現であった。


 入店し、いつでも逃れられるように出入り口に一番近い席に腰を下ろした晴明。幸いな事に背凭れ下部に隙間のある形状で、九つの尻尾が圧迫されない。


「しかし、皇国南部の食材が翌日には北部の市場に並ぶとうよ」


 これは意味が分からない。


 皇国は相応の国土を持つ。


 比較的速度のある鉄道輸送であっても翌日に届く距離ではない。五日程度は見るべきであり、そもそも駅までの配送と、到着後の商店までの配送もある。控えめに見ても一週間は掛かる。


 神州国の場合、海洋国家である為、船舶輸送が主力であり更に時間が掛かる。航空便もあるが予算と整備の都合上、価格高騰が避け得ず、使用期限の短い高級品や軽量な手紙や封筒での利用に留まっていた。


 晴明が店内に並ぶ食欲を削ぐ商品の陳列棚を見ても値札にそうした航空便の費用が加わっている様に見えない。


「ああ、それは航空便で届いたのでさぁ。今、御国では何でも航空便で直ぐに直送だよ」


「……魂消たばい」


 ――民間航空の梃入れ……聞かぬ話ばい。


 速度から航空便であろうとは見ていたが、相当に安価で利用できるという事になる。 神州国では不可能な芸当である。


 大々的な宣伝をせずに実施されている事は疑いない。元より当代天帝の即位以降、皇国の改革は規模と種類と範囲に於いて凄まじいものがあるので、他国どころか自国の有力者でも追い切れていない事もある。晴明の見落としも無理からぬことであった。


 ――これは、 航空部隊の予備戦力を用意しておく為と?


 そうとしか思えない。


 無論、航空行政の拡充で利益を出す余地があるのも間違いないだろう。


 必要なものを必要な場所へ。迅速に。


 物流の利便性は商取引規模の拡大に寄与する。


 神州国も見習うべきところであるが、残念なことに航空攻撃の威力に魅入られて軍事利用前提の増産や運用、制度の構築に前のめりになっている。


 民間まで使えば、航空騎用の部資材や人材を安価に生産、育成できる。少数生産は価格高騰を招き、大量生産は費用対効果低下(コストダウン)に寄与するのは産業の基本である。


 思いの外、我が国は不利とよ。


 何より、迅速な物流は戦力投射にも影響する。馬鹿げた規模の空挺の実績がある為にそうした運用実績と知見を積み上げようとしているのは明白であった。


 いそいそと食材とは思えない諸々を手に店内へと引き下がる店主。


 恐怖心と好奇心が入り交ざった心情を、晴明は大いに楽しむ。異文化との初遭遇というのは幾星霜を経ても心躍るものである。


 そわそわと揺れる九つの尻尾。


 神州国特使として、あろうことか一人で……護衛として同行した戦巫女を早々に撒いて観光を楽しむ晴明。


 皇国宰相の元に共和国と部族連邦、南エスタンジアの特使と共に挨拶に伺う時間までは未だ余裕がある。その時間を利用して皇国の、それも急な首都移転で栄えつつあるフェルゼンを物見するのは、大いに知見を得ることになる。


 ――と、いう言い訳が良かろうと?


 小五月蠅い戦巫女への言い訳を組み立てつつ、店内……開け放たれた儘の扉から垣間見える商店街の景色を晴明は眺める。


 雑踏の道を挟んで立つ雑居建物は、やけに原色で分かり易い色合いをしており、なんだろうかと晴明が雑踏越しに見つめていると、年若い男女が腕を組んでそのまま扉に消えていく。


 ――あ、そういう……だから、この如何わしい商店が……侮れんと。


 そうした男女が休憩する建物の対面で、それに対応した……元気が湧き出る様な食材を含めて売る事で互いに利益に相乗効果を齎そうという魂胆なのだろうと晴明は感心した。


 次々と入店していく恋人達。


 若者は特殊な食材を求めないのか、如何わしい商店には誰一人として足を踏み入れない。 掻き入れ時である夜だけなのかも知れいないと晴明は思い直す。


 実際、明らかに高位種の女性が精力が付きそうな食材の店で座っている光景に多くの恋人達がしたからに過ぎない。中には食い散らかされる男性を勝手に想像して憐れむ者も居たが、当の晴明はそこまで思考が及ばなかった。


 しかし、そんな状況下でも足を踏み入れる者は居る。


 猛者か愚者か色狂いか。


 流麗な金髪と天使系種族が種族衣裳として好んで纏う蒼い服装。地肌が極端に見えず、金糸の細かな刺繍からみて相当の立場の天使である事が察せた。


 晴明は御品書き(メニュー)で顔を隠す。


 どう見ても皇国宰相であった。


 熾天使は顔を隠している訳ではないので、報告書などに添付される写真などで晴明はその顔に見覚えがあった。下世話な新聞に掲載される下手は打たないが、公式の場での写真などがあるので身分を隠すことは難しい。


 去りとて高位種の要人。


 光学術式による容姿の擬装や記憶への不鮮明化を行っている。晴明が見たところ理解できない術式も巡っていた。


 しかし、陰陽師として練達の晴明だからこそある程度は看破できる。


 気付かぬふりをするべきか気さくに声を掛けるか悩む状況であったが、皇国宰相は幾つもある席の中で、何故か晴明が座る席の対面に腰を下ろす。


 気付かぬ振りはできない。正面に座っているのだから。


 そうした中で店主が炒め物を手に再び姿を見せる。


「おや? 天使さんで?」


「ええ、店主。狂った様に身体に力が漲る食材を欲しいの? 見繕ってくださるかしら?」


 朗らかに如何わしい食材を買い求める皇国宰相。


 晴明は一人での観光を心底と後悔した。


 偶然であっても必然であっても碌な事にならないのは確実であった。


「夜のやつか? 昼のやつか? 一服盛るやつか?」


 使用用途を確認するという店主の勤勉さだが、晴明としては昼は仕事だが、一服盛るのは法に触れると?と狐耳を揺らす。


「全て。一撃で全てを終わらせられるものをお願いします」


「……これは大変だぁ。愉しくなるねぇ」


 ひひひ、と席に炒め物を置いて店主が意気軒昂に立ち去る。


 料理を置かれたら御品書きを下ろして食べ始めるしかない。まさか御品書きで顔を隠したまま箸を使う様な器用を披露するなど余計に怪しまれる事である。


 已む無く、御品書きを下ろして箸を手に取る。


「それで、そちらの狐さんは神州国から何を御求めなのかしら?」


「……お気付きとうよ?」


 早々に露呈していた様である。


 尾行があったのだろうと、晴明は皇国の情報機関も侮れないと尻尾を揺らす。


 人面野菜の顔の部分だけ奇麗に切り取って添えられているそれを皿の縁に移動させ、 晴明は謎の茸を口に運ぶ。濃厚にして美味であった。


「偶然ですよ。私も偶には変わった食材で料理を、と思ったのです」


 そんな偶然ある訳なかとよ、と胸中で毒突く晴明。


 でも、炒め物は美味しかった。解毒術式がちらちらと反応しそうになっている事を除けば。


 薬事法と各種取締法の上で綱渡りしている様な味わいである。


そこに店主が色々と詰め込んだ籠を手に再び姿を現す。良い事をしたと言わんばかりに満面の笑みである。違法薬物教唆と、晴明は眼を背ける。眼を背けた先の籠には狂気的生物が祈る様に両手を組んで永眠していたが。


「お待たせね。高く付くけど、最高食材ね。きっと合法で男も一撃さぁ」


 犯すか殺すか判断の付かない物言いに晴明は泣きたくなった。皇国宰相がどちらであれ使い道で物議を醸しそうなものを購入する光景を見せられるなど悪夢でしかなかった。


「私の料理を大切なヒトに食べてもらいたくて……」


 幾星霜の時を経た熾天使が年頃の乙女の様に頬に朱を散らしている様だが、女でも眼を奪われるものがある。手にした籠の中の狂気を見れば霧散するが。


 食べて欲しい相手が、やんごとない御立場の方だった場合、皇統に子供が増えるか、 屍が増えるかという話になる。どちらも聞いてしまえば、要らぬ疑いを持たれかねない。


「私、こう見えても料理には自信があるんです」


「では、その如何わしい食材はどの様な料簡と?」


「ああ、それは――」


「店主、営業許可を取り消しますよ?」


 情け容赦のない公的権力が如何わしい商店を襲う。


 ――そも、営業許可出てると?


 余りにもがばがばな認可制ではないのかと思うが、晴明としては苛烈な政治姿勢と似つかわしくない妙に寛容性の商店街に困惑すること頻りである。


「貴女こそ陛下に一服盛る心算ではないでしょうね?」


「逢った事もない男に薬を盛って迫ろうなどとは考えんばい。宰相殿こそ……よもや、自国の陛下に畏れ多くも……」


 これ以上は、と晴明は言葉を止める。


 産まれても殺されても晴明は関知しない。


「そういうのは良くなかと。騙し討ちでは愛は生まれなかとうよ」


「ふふ……このなんちゃって九州弁狐……」毒突く熾天使。


 ヨエルはそれっぽい方言の出所を知っているので、晴明を殊更に胡散臭く感じている。


 そもそも神州国南部の土地が漂着した薩摩隼人や熊襲猛らがいがみ合いながらも発展させた経緯があるので方言も混じり合って意味の分からぬものとなって、更に時間を掛ける事で独自の方向に捻じ曲がる事となった。


 そんなに齢を重ねてまだ生娘みたいなことを、と言いたげな視線に晴明は苛立ちを覚えたが、そうした積極性がないからこそ未だに男性との関係がなかった。


 ヨエルは晴明の想像以上に自由闊達であった。


「立派な尻尾ですね。一本くださない?」


「非売品ばい!」


 引き千切りそうな怖さがヨエルにはある。


 天使は時に於いて残酷である。


 特に恋愛では。


「九本あるなら一本位いいと思います」


「熾天使は六枚翅の一つと交換してくれると?」


 種族的特徴を以て否定する晴明。


 しかし、ヨエルは独自の見解を振り翳す。


「左右非対称になると美しさが損なわれるので。九本なら一本なくなれば八本で左右対称……見栄えが良いでしょう?」


 納得してしまいそうになるが、一本が中央に在れば左右対称は成立するので、全く以てヨエルの詭弁でしかない。そもそも、晴明としては尻尾は幾らあっても困らない代物なので、装飾品としてもう一つ模倣品を付けて一〇本にしてもいいくらいであった。手入れの手間は増えるが、狐に取って尻尾とは美であり権威である。


 困った事に種族的特徴の部位は一部の好事家に人気があり、魔術触媒として利用される事もある為、切り取って収奪するという陰惨な事件もある。帝国による皇国侵攻ではそうした残虐行為が頻繁に発生し、それを報道機関を利用して喧伝した事で戦略爆撃已む無しの国内世論が醸成された部分もある。


 特に狐の尻尾に対する残虐行為など当代天帝が許すはずもない。尻尾や狐耳を切れば、代償に頭が切り落とされるのは明白であるが、この胡散臭い店にもそうした御禁制の品は在っても不思議ではない。


 晴明が見渡した限りはないが、蛇の道は蛇という。御禁制品や危険物が流通しない国家などそうはない。


「天帝陛下の御膝元に、こんな胡散臭い商店街があるのは良かとうよ?」


 話を逸らす意味を含めて話題を振る晴明。


 尻尾は恐怖で垂れ下がっている。


 晴明も戦闘に自信があるが、熾天使は次元が違う。下手をすると世界創生に関わってた可能性もある。


「皇城府も懸念していますね。まぁ、今は皇城から天帝が離れても皇城府を名乗るのかという問題に気を取られているようですが」


「あぁ……下らんと」


 神州国にも存在するが、名と実の整合性に拘る輩は意外と多い。行政的にも相反するものであれば混乱を招くので、一概に放置できる ものではないが、それ程の時間と予算を投じてまで議論と推進を行うべきものであるのかという問題にまで膨れ上がれば話は変わる。馬鹿は馬鹿げた話に拘る。


「名前など余程ではない限り、名乗れば勝ちですから、気にせずともいいのですが……暇な方も多いものです」


 神聖羅馬(ローマ)帝国とて、神聖でも羅馬(ローマ)でも帝国でもなかったと言うのに、とヨエルは苦笑する。


 晴明は首を傾げるが、世を知り過ぎる熾天使の言葉の一つ一つに思考を巡らせては際限がないと黙殺する。


「それに、元よりフェルゼンはヴェルテンベルク伯爵領ですから、天領という訳でもありません。陛下はゆくゆくはヴェルテンベルク領自体を天領として伯爵家を皇城府に迎え入れる意向があるのかも知れませんね」


 狐を囲い込む姿勢。


 トウカの今迄の来歴を思えば在り得る事であった。


 とは言え狐は権力に無頓着な傾向があるので、大きな権勢を誇るというのは考え難くもあった。権勢を維持するには権力を理解した者を相応に用意し、相応の要職を占めねばならないが、狐系種族にはそれができない。晴明は自身の経験からそれを良く理解していた。


「狐は権威者や有力者に侍る事でしか権勢を維持できないと。正しくはあるばい。ただ、未だ若く己の力量で何かを為したいと望むとうよ?」


 年長者の晴明からみてマイカゼという狐女は狐系種族としては珍しい感性の持ち主であり、晴明に近しい歓声の持ち主であった。同時に自身と同じ様に権勢を考え、得ようとしている事も見て取れた。


 ――九条家の取り入ったわっちと同じとうよ。


 ただ、九条家は底抜けにいいヒトばかりであった為、晴明としては目算が狂ったと言える。足掛かりに政府中枢に食い込んで自らの手で神州国の栄華を極めようと、己がどこまで為せるか挑んでみようと考えていたが、数百年を経ても九条家の重臣という立場は変わらない。


 何度も、神州国の国家中枢に食い込む機会も、傾城を試みる機会もあった。


 しかし、それを為せなかった。


 九条家を憐れみ、義理というものに絡めとられてしまった為である。恩顧というには温かく、(しがらみ)と言うには優しいものであり、歴代九条家当主もそれを意識してのものではなかったが、結果としてそうなった。


「貴女は天衣無縫に振る舞うにしては常識人に過ぎた……航空母艦に関しては、流石と称賛しますが」


 隠し切れる訳ではないとは確信していたが、皇国宰相に面と向かって航空母艦計画の推進者として把握されているというのは臆するものがあった。


 商船に格納庫を乗せ、飛行甲板を張っただけの即席航空母艦に対して、そこまでの警戒感を示す事は、航空母艦の価値と将来性への確信と言える。


「でも、海軍に取られとうよ」


 厳密には、機銃も高角砲も航空騎も陸揚げした後に投げ付けた、であるが。


 神州国海軍はその運用に四苦八苦しており、特に艦上騎の航空艤装と訓練が難航している。


 晴明は航空に関してはトウカが帝都空襲の為に、戦略爆撃機を発艦させた様に風の運用に秀でた高位魔導士を集中運用して合成風力を確保していたが、神州国海軍はそれすらも手探りであった。


 魔導士も艦上騎に適当に風をぶつけるだけではなく、効果的な風を発生させる必要がある。揚力を確保するための合成風力と、艦上騎を押し出す為の突風。そして、龍がそうした魔術的に発生する風に慣れ、風を受ける姿勢を取らせねばならない。晴明も相当に苦労したのだ。


 その辺りの人員と機材と知見(ノウハウ)は何一つ渡さなかった。


 約定には航空母艦を無償貸与するという話しかなかった。空母航空隊は含まれない。


航空騎を乗せれば済むと考えていた海軍としては驚いた筈であった。


 晴明が売り言葉に買い言葉を以て御前会議の場で無償譲渡まで話を勧めた理由はそこにある。航空騎の専門家などを含めて空母機動部隊の計画を図るという動きにまでなれば、必要物が露呈してしまう。事を単純に考えている高官達の冷静さを失わせ、その場で即決即断で恩を着せて対価を捥ぎ取る方が良い。


 利益を最大化するにはその方法と言える。


 無論、後に海軍が喚くなら諸々一式を高値で売り付けてもよければ、自前で航空母艦を建造してもいい。当然、商船改造空母で得た知見を踏まえた本格的な航空母艦を、である。


「あの様な出来損ないなど幾らでも作れるでしょう。何より、幾ら世界最高の建造技術が在っても、艦上騎の大量育成ができる訳でもありませんから」


 嫌に冷静で的確な意見を返す熾天使。天帝に対して言い寄るなら、その冷静さを維持すべきではないのか?と言い返したいところであったが、尻尾の数が減りかねないので沈黙を選択する。


「少し食うかえ?」


「人面部分はいりませんよ?」


 箸で摘まみ上げた狂気的根菜類の人面部分を一瞥する事もなく、ヨエルは晴明の”善意”を拒絶する。


「此方としては、好きになさると宜しいでしょう、というのが偽らざる本音ですが、 貴国の熱狂が何処に飛び火するのかだけは知りたいところです」


 御品書きを広げたヨエルは、そう口にする。


 本題だろうと、晴明は尻尾を伸ばす。


 それが分かれば苦労はしないというのが、晴明の偽らざる本音である。


 神州国では新聞社への検閲すら上手く行っていない。各勢力の思惑が交錯し、国家として統一された情報統制を実施できず、場当たり的なものが多い。結果として、ただただ煽情的文面が並ぶだけである。


 国民は野放図に利益を求め、その熱狂に政治家まで引き摺られる始末である。民選それ自体の脆弱性が露呈した形と言えた。民衆から選出される政治家である以上、民衆の意向に配慮せざるを得ない。次の選挙の為に政治家は大言壮語を吐き、民衆は更に熱狂する。


 終わりなき悪循環。


 終わるのは国家が致命傷を負った時のみである。






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