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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》
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第三五四話    分割統治




部族連邦は中央集権化に失敗し、周辺諸国は領土的野心を露わとしている。


 それが水面下で蹶起を、軍事政権を求める動きとなるのは自明の理であった。


皇国北部に開発独裁という先例がある事も軍事政権成立への思惑を加速させる。


 しかし、それはルゼリア演習作戦により瓦解する。


 元より神州国が領土的野心を燃やす現状で蹶起を行えば介入の余地が生じかねないと見て具体的行動に移れなかった中で発生したルゼリア演習作戦で蹶起計画は完全な瓦解を見た。


 部族連邦は周辺諸国の草刈り場となる運命が待ち構えている。


 軍人は、フィロメーラそれを覚悟した。


 皇国陸軍の空中挺身によって首都を占領され、政府高官や議員が相次いで拘束された事で危機感を覚えた政府と議会だが、軍人達からすると今更であり、時既に遅しという状況であった。軍事力は一朝一夕に獲得できるものではなく、有力な安全保障を行える隣国は既に存在しない。


 軍人と政治家がかつてない程に危機感を覚えて、国防に当たろうとしている現状は願って止まなかったものだが、神州国の植民地化への野心を止め得るだけの軍事力を獲得する為の時間はない。


「……皇国の侵攻で軍と政府の意識が纏まったのは幸いだが……それに北部の割譲だけで賠償金もなかった」


 捕虜は早々に返還され、皇国からは止むを得ぬ軍事衝突だったと士官候補生を受け入れる提案も出ている。


 部族連邦としては北部をないものとして放置していた負い目もある上、端的に言えば発展の負担にしかならないと考えていたので蓋を開けてみれば国威に傷が付いたという一点を除けば利益が大きかった。首都の損害も大きくはない。


 神州国との衝突を前に纏まれた事は僥倖である。


 皇国軍の拳が政治家の目を覚まさせ、部族連邦軍は踏み台にされた業腹であるが、 被害の規模を踏まえれば採算は合う。


 しかし、武器の密輸入といい、皇国は一貫して部族連邦の強化を推進している様に思える。


 部族連邦政府は手段を問わずに武器を集める動きに皇国も呼応した。


 フィロメーラはエイゼンタールはただの筋者(マフィア)だと思ってはいない。


 確かに狼の(ヴォルフスシャンツェンツェ)という非合法組織は存在し、武器商人としての側面がある事は古くから知られているが、フィロメーラの軍人としての勘がエイゼンタールを未だ軍人である見做していた。


 ――あれ程の女を手放す程、皇国の軍拡にも余裕があるとは思えない。


 良い女である。軍人として見た場合、であるが。


 そうした思案を木箱を見上げながら巡らせるフィロメーラの背を副官の声が叩く。


「大佐、輸送の手筈が整いました」


 年若い副官は溌溂とした声で報告し、フィロメーラは笑顔で振り向く。


「ラシルト少尉か。予想よりも多いが、輸送車輛は足りるか?」


 エイゼンタールに可能な限りの武器を求めたが、予想の三倍近い量を用意されると考えていなかったフィロメーラは、それを全て輸送 するだけの車輛を手配していなかった。


「輸送を三回に分ける事になりました。ただ、物が物ですので、近くの駐屯地から警備の兵を借りたいと思いますが……」


「いいだろう。直ぐ手配してくれ」


 背を向けて駆け足で倉庫を飛び出した若い副官に、フィロメーラは隣国の国家指導者が更に若い事を思い出して大変な時代になったと嵐の時代を予感する。


 自国は大きな時代の流れから取り残される。


 そうとばかり考えていた過去があるフィロメーラとしては、好ましからざる形で時代が祖国に役目を求めつつある現状に皮肉を覚えていた。


 国家が時代から解放される日は、滅亡して歴史となった時だけである。


「例えそうなったとしても、民衆が日常生活を送れる道筋は立てなければならない」


 国家が滅亡しても、その国家に属する国民が全滅する訳ではない。国家を失っても尚、亡国の国民の生活は続く。勝利が覚束ないならば、せめて国民生活の困窮を避ける術を模索せねばならない。


 フィロメーラは困難な道だと理解している。


 しかし、多くの将官はそれを理解していない。


 抵抗する事それ自体に意味を見出している。若き天帝の如く最悪の状況の中で最善の一手を打ち続ける事で血路を開く事が出来ると信じ……皆無に等しい可能性に縋っている。


 英雄の如き指導者は縋るが如き真似も信じる事もしない。


 元より道筋が在っての闘争であった。無秩序な政戦ではなかったとフィロメーラは見ている。


 実際、状況の推移次第で度重なる変更を迫られたが、そうした部分は航空艦隊の万能性と装甲師団の突破力が覆い隠していたに過ぎない。過大評価の産物でしかないが、絶大な戦果と揺ぎ無い狂信性は遅滞なき戦略的視野の産物だと見られていた。


 実績は実情を肯定的に見せる。


 フィロメーラは自身がトウカの様な戦略を指導できるとは考えないが、それでも無秩序な抵抗の結果だけは認識していた。


 ――我々は絶望的な本土決戦を国内が纏まらない儘に為さねばならない。


 分断して征服される事は目に見えている。戦後の植民地化でも部族間の対立は利用され、その遺恨から二度と国家として形成できなくなるのは明白であった。


 一度失われれば、次はない。


 部族連邦の紐帯とはそれ程に脆い。




「……いや、別に我が軍が本土で戦わねばならない理由などないのではないか?」




 その時、フィロメーラの思考を運命と言う名の可能性が奔った。


 負け戦を待ち受ける必要はない。


 本土決戦による祖国の荒廃を避けたいならば踏み込めばいいのだ。国際関係という前提を引っ繰り返す。

 敵と味方と中立。


 掻き回せば、国際関係は変化せざるを得ない。


 敵と味方と中立の立場も変化する。


 その時、神州国の敵が部族連邦でなくなればいいのだ。


「これは、或いは……」


 些か謀略に近いものがあるが、或いは最悪の事態を避け得る可能性も有る。拙速で構わない。政治的衝撃こそが重要であり、軍事的実情は二の次である。


 フィロメーラは軍帽を被り直す。


「少尉、至急首都に帰還する。輸送は現場に任せておけ」


 戻って来た副官に命令するフィロメーラ。


「どちらに?」


「軍総司令部に。その後は政府との折衝があるだろう」


 救国の一手か地獄の釜を開くとなるか。


 それはフィロメーラにも分からない。


 だが、一切合切を巻き込む事で見えてくる未来もある。


 救国は戦火の先にしか存在しないのだ。











「国境紛争? 次は部族連邦側からか?」


 軍と愛国心を統制できなくなったか、とトウカは見た。


 歴史的見て、そうした動きは然して珍しいものではない。軍上層部が困難を理解しても兵士や下士官は国内世論に釣られて身勝手な動きをする事は然して珍しい事ではない。


 ――だが、軍事的格差を思い知った直後に起きるとは思えなかったが。


 数を恃みにすれば押し切れると見たのか、或いは、攻勢以外の意味が在っての事かも知れない。


 しかし、トウカのそうした推測は根本から違えていた。


「いえ、部族連邦軍の攻撃には違いありませんが、攻撃を受けたのは我が軍ではありません」


 この期に及んで係争国を増やそうというのかと、トウカは驚く。神州国が相手では、国境紛争ではなく艦隊の偶発的衝突という扱いになるが、彼我の戦力差があり過ぎて踏み切る公算は低いと見て、消去法で相手が連合王国である事は理解できたトウカだが、その意図するところまで理解できなかった。


「……どういう事だ?」


「部族連邦軍と連合王国軍の間で国境紛争が勃発しました」


 先を言え、とトウカはヨエルに言葉を促す。


 トウカの想定外を心底と楽しんているのか、ヨエルは嬉々として報告書を読み始めた。


「国境での軍事衝突を、部族連邦は国難を見て付け入る真似をしたと連合王国を激しく非難。即日、大使を強制送還させたようです」


 大使の強制送還ということは、戦争を覚悟したと見れなくもない。小競り合いではない本格的な軍事衝突の可能性。


「部族連邦側は国難に挙国一致で立ち向かうとの名目で総動員法を発令……本気の様です」


 部分動員ではなく総動員という事は経済や国内問題を打ち捨てて戦争に邁進するという事である。


 連合王国を出汁にして、総動員体制を早期に構築する事で性急に戦備を整えようとの意図かとトウカは考えたが、一国敵に回してまで為すべき事とは考え難かった。確かに神州国への対抗という意味で総動員を発令すれば戦端を開く根拠を与えかねないが、第三国相手であればその限りではない。批難程度は在り得るが。


「莫迦な。この期に及んで交戦国を増やすのか……」


 神州国に割譲する領土を獲得して、本土の割譲を避けようという試みかとトウカは疑ったが、矛を収める時期は偏に神州国に帰属する為、それは余りにも投機的に過ぎるものであって現実的ではない。長々と戦争を継続して全土占領までの覚悟が神州国にある場合、少々の領土を差し出したところ大勢に変化はない。


 情報が少なく判断が付かない。


 トウカは早々に判断を諦め、国境沿いでの航空偵察と領空侵犯前提の高高度偵察を、 南部に展開している航空艦隊に命令せよと陸軍に通達する。


 両国の戦力規模を確認し、可能であれば編制や配置から戦略目標を割り出さねばならない。


 陸軍への報告の為、部屋を出たリシアと変わる様に、扉を縫う様に抜けて入出してきたネネカが敬礼する。


 トウカは執務机に頬杖を突いて報告を促す。


 動きが早く、部族連邦の政略がこの程度で留まらない事は明白であった。


「部族連邦大使が謁見を望んで参内を」


 陸軍参謀本部に属しながら、枢密院議長附でもあるネネカからの報告であるという事は不思議ではない。現状、外務府が機能不全である以上、枢密院や天帝府との折衝は陸海軍に求めるほうが迅速であるが、そうした流れが形成されつつある事に陸海軍は酷く嫌がっている。


「もう来ているというのか……」


 事前の折衝もなく無礼極まりないが、 現状と思惑を把握するには一つでも多くの情報が欲しいので合わないという選択肢はなかった。無論、興味が湧いたというトウカの個人的事情もある。


「新しい駐在武官が今朝、着任した様です。大使に同行しています。余程、重大な案件を携えての事かと」


「直ぐに会おう……交渉の窓口は大使ではなく、その新任駐在武官という事か」


 皇国との軍事衝突が集結して間もない事を踏まえれば、連合王国との交戦準備が十分に行われていない事は国力から見て明白であり、拙速が過ぎると言わざるを得ない。


 露呈が全ての瓦解を招く政略か、或いは、そもそも拙速な経緯の政略か。トウカは大いに興味を掻き立てられた。梯子を外された思いはあるが、元より主敵は神州国であり、部族連邦の動きは重視していなかった部分もある。紐帯の欠如は決断の欠如であると見ていたトウカだが、国境紛争と首都占領で危機意識から纏まった可能性もあった。


 トウカは立ち上がろうとして……再び座り直した。


「ここに呼べ。謁見の間では向こうも都合が悪いかも知れん」


 アルフレア離宮にも共和国と南エスタンジアの共同謁見の要請があった為、大車輪で謁見の間が用意されたが、未だ使用実績はない。


 共同謁見の前に利用する事に関しては咎められる事ではないが、公式の会見と喧伝するかの様な扱いは戒めるべきだとトウカは判断した。部族連邦の提案や主張が、皇国にとり秘匿した方が望ましい場合、謁見の間の利用は関係者が多過ぎた。


「承知いたしました」


 ネネカは背後に控えていた大尉の階級を持つ女性士官に命じると、部屋を一瞥し、壁の戦域図に掛け寄る。


 そして、飛び跳ねて戦域図の皇国と部族連邦の国境線沿いに師団を意味する認識記号を追加し始める。

 他の戦線や国内にも次々と師団や航空艦隊を追加で張り付けていく様に、トウカは涙ぐましい情報工作だと嘆息する。


 他国の駐在武官からすると、皇国軍の軍拡が尋常ならざる速度で進んでいる様に見える光景である。実情の確認を取り易い艦隊は据え置きにしているところが厭らしい。


「我が皇軍は圧倒的だな」


 書類上ですら存在しない軍勢に、トウカは失笑する。


 実際の兵力配置が露呈させない為の予防策であるが、中々どうして完全に有り得ないとは言い切れない規模の増加であった。


「抑止力としては十分かと。再編制や拡充が繰り返されているので、他国も実情は掴み難いでしょうが、それだけでは芸がありません」


道理であり、しかも戦域図が実情と合致しているなどという保証がある訳でもない。 相手の唯の勘違いを誘発するだけである。ネネカとしても陸軍の認可を得る必要のない”手慰み”の範疇として計略を弄んでいる心算である事は明白であった。


トウカは咎めない。


扉を叩く音。


 早くもなく遅くもない音の繰り返しに、ネネカがトウカの視線を受けて入室を促す。


 侍女に案内されて入室したのは、トウカも遣り取りした記憶がある部族連邦大使と金髪碧眼を持つ痩身の男性であった。部族連邦の軍装を纏い階級章は大佐である事を示している。


 トウカは立ち上がる。


 新任駐在武官に対する遠慮のない視線に、部族連邦大使……アラギア大使は緊張の面持ちを隠さないが、その視線の先は彼ではない。進み出た駐在武官が一分の隙のない敬礼を以て申告する。


「部族連邦陸軍、駐在武官のフィロメーラ大佐です」


「トウカだ。天帝をしている」


 頗る評判の悪い端的な自己紹介を以てトウカは答礼する。


 一切の虚飾を排した実務的な自己紹介に対して権威や威光の欠如を気にする者は多いが、元よりそうした部分を気にせず軍装で公務に励むトウカからすると今更と言える。


「偉大なる軍神に拝謁の栄に浴する事、武人として――」


「――世辞は不要だ」


 傅いたフィロメーラにトウカは、非公式である事を告げる。


 言葉にまで装飾を求める程にトウカも暢気ではない。拙速を求める類の提案であると見ているトウカは、早々に提案を聞く必要性を感じていた。


 フィロメーラは困り顔である。


 トウカは座ると執務机越しに頬杖を突いて応じる。


 ネネカとアラギアは固唾を飲んで見守っている。大使である筈のアラギアまで傍観の構えを取るのは、フィロメーラが携えている内容が拙速性だけでなく機密性を持つのではないかと、トウカは確信した。


「陛下、虚飾を排して申し上げます」


「申せ」


 端的に応じる。


 しかし、者には言動があるが、フィロメーラの言葉は余りにも直截的であった。




「連合王国、欲しくは御座いませんか?」




 騒ごうとするアラギアをネネカが制止する光景を一瞥し、トウカは、興味深い提案だ、と口にするに留める。


 トウカは全てを察した。


 連合王国までをも併合できたならば、皇国はかなりの人口を要する事になる。その発展に義務を負う事は大きな出費となるが、大規模と比較すると回収が見込める予算でもあった。


 そうした事実をもって皇国と、そして連合王国と交戦中の共和国との連携を図ろうとしている。敵の敵は味方。連合王国と交戦する中で三国の関係を深め、それを神州国に対する抑止力とする。


 しかし、問題点も多い。


「ふむ、飛び地になるな……」


「……そこは部族連邦西部の森林地帯を割譲いたします。最低限の連結は可能になるかと」


 回廊としての体裁を整える程度の地域を割譲し、飛び地である事を回避する。


「回廊ということか……ふむ、それは極めて重要な要衝という事になるな」


 その縦深の乏しい回廊の安全を図る為、有力な戦力を常時駐留させ続けなければならない。例え、連合王国の国土を十分に収益を出せるように発展させたとしても、皇国本土と接続した回廊と言うのは地政学的に見て火種であり続ける。


 皇国に弱点が生じることになる。


 部族連邦が神州国によって植民地化された後、皇国と神州国が争えば戦線が一つ増える結果となりかねない。


「何より、早期に連合王国に降伏、乃至、併合を認めさせる方法があるというのか?」


 大前提として、それが叶わないのであれば無意味である。


「我が国と皇国……共和国は兵力的余剰の問題から積極的な役目を担えないでしょうが、現在でも相当な兵力を誘引しております」


フィロメーラの言う通り、軍事的に見て連合王国は大きな弱点を晒している。


 帝国の諫言に乗り、共和国に侵攻したものの、共和国軍は帝国と長年に渡り干戈を交え続けた実戦経験豊富な国軍である。封権制から脱し切れず、装備の旧式化が目立ち、実戦経験に乏しい連合王国軍は優勢な兵力であるにも関わらず、共和国の本土深くにまで侵攻する事に失敗していた。


 去りとて封権的であるが故に、各地方には相応の兵力が残存している上に、国土自体も決して小さくない。


「軍事力で押し切るという事か。あの国土面積を。貴国の軍事力を踏まえれば我が国の軍が主攻となるだろう。負担が大きいな」


 例え、回廊を得て鉄道網を構築して、前線への戦力投射と輜重の効率化を図ったとしても、連合王国本土は相応の面積を持つ事に変わりはない。それは相当の負担であり、未だ外征能力の構築が完全ではない皇国に取って過大な遠征計画となる事が想定された。


 帝国侵攻は更に遅れ、帝国に与して共和国を支援する連合王国を討つという大義名分は在れども、自国への直截的脅威ではない為、戦争への熱意は帝国を相手にする際よりも燃え上がらない。自国の危機という建前を持ち出せない以上、長期化はトウカの支持に差し障る。


 フィロメーラもその点は重々承知しているのか、鷹揚に頷く。


 大規模な兵器供与を望み、それを以て主攻は部族連邦が担う程度の提案はあるだろうが、それでも尚、泥沼化した場合、出費が増える。止むを得ず、後から皇国軍が出兵するとなれば尚更であった。


しかし、フィロメーラの提案はトウカをして驚くものであった。


「そこで神州国にも支援を要請します」


 トウカはフィロメーラを見据える。


 その瞳は月夜の湖畔の如く澄んでおり、感情を持たない。使命感を帯び、浮世の利権や欲から解脱した狂信者の瞳である。


「……猛獣に他の餌を投げ付けて視線を逸らそうという訳か」


 神州国を連合王国に対して侵攻させ、その領土の一部なりともを植民地化させる。その運営を軌道に乗せるまでは動けないとの打算もあるが、その植民地運営自体を隣国として上手く妨害できれば疲弊を誘う事が出来る。


 しかし、綱渡りである事は疑いない。


「我が国や神州国が思い止まればどうする? 貴国はただ連合王国を単独で殴り付けただけになる」


 水面下での合意形成もなく、単独で連合王国と戦端を開いた事実に変わりはなく、 勇み足が過ぎる事もまた事実であった。皇国と神州 国が同意しなければ、単独で連合王国と争い、後背を神州国に晒すに等しい。自滅でしかなかった。


「しかし、現在、連合王国と交戦状態にある共和国の側面支援程度は可能です。無論、 同じ敵を持つ国家同士、格別の配慮を期待できるでしょう」


 共和国としては、未だ連合王国戦線への派兵準備が整わない皇国よりも、降って湧いた新たな敵の敵に戦える体制を取らせる事を重視する事は疑いない。


 ――成程、部族連邦に不足している兵器と弾火薬を共和国に期待する訳か……同盟も視野に入れいているやも知れんな。


 共和国とて武器弾薬を渡せば戦ってくれる戦友は得難いと判断する筈であった。帝国との長年の戦争で人的資源が不足する共和国からすると武器弾薬の譲渡だけで拡充できる友軍は大きな魅力を持つ。


 そして戦火の中で同盟締結まで踏み込めれば、御の字であるという計算がある事も明白であった。


 共和国を同盟に持つ部族連邦であれば、神州国が開戦する可能性は大きく低下する。 帝国と干戈を交え続けた強力な陸軍国家の軍勢が増援として出現する可能性を常に考慮しなければならない。


 艦隊が上陸できない以上、それは神州国にとって多大な脅威である。


「……共和国も我が国をその様に説得するだろうな」


 神州国の圧力を分散できる上に、帝国に与した連合王国を打つ為の予算と資源を低減できる。


 魅力的である。


 共和国と同盟関係にないとはいえ、少なくとも国家指導者同士はそれなりの関係を構築できている皇国も、そうした提案を邪険にできない。不利益が少ないのだ。


「それに、失礼ながら先の不幸な国境紛争で我が国と貴国は蟠りがある。そうした感情的な問題も共に戦野で肩を並べれば、変化を期待できるでしょう」


 かなり考え込まれた提案だと、トウカは見た。


 損益として見た場合、提案に乗る利益が大きく勝る様に聞こえるが、トウカが自身の計画への変更を大きく強いられる事に変わりはないので即答する訳にも行かなかった。


 トウカは表情を変えない。


「……しかも、領土を割譲すると言えば聞こえはいいが、連合王国の国土で新国家樹立を含めた新たな動きがあった際も、貴国との間には我が国に割譲された領土がある。 直接の脅威が生じても我が国を問題解決に引き込み易いな」


 戦後の連合王国方面で生じる危険性(リスク)を低減できる上、連合王国国土で領土を得た場合、その安定化の為、隣国である部族連邦とは協調関係と成らざるを得ない。       


だか、戦火の友誼が国家同士の友好を実現する。


 共に戦争という巨大事業に挑もうというのだから交流とて増加せざるを得ない。戦後、その友好関係は互いに戦端を開き難くする事は疑いなかった。


 ――国力の落伍を国家関係の構築で補う訳か。


 どの道、綱渡りの如き外交である事に変わりはない。


 複数国家との外交関係を上手く取り仕切る手腕を持つ為政者を常に国家中枢に用意できるかという問題もあった


「綱渡りをする……渡り切る自信はあるのか?」


「……渡る綱があるだけ幸運であると確信しております」


 他に道はなく、進むしかない以上、その道を進み切るか否かは重要ではない。


 トウカは部族連邦の国家への帰属意識の欠如という問題が解決しない限り、外交政策を安定させられないと見ていた。


 戦争という事業を前に、団結を促す為の方策を以て国家という共同体への意識付けを狙っている事も予想できるが、そうした体制や準備が為されているとは聞かない。無論、戦争前夜に等しい時節とは言え、決断ができるというだけでも救いようはある。結果が伴うかは別問題であるが。


事前準備なき政戦は基本的に成功しない。圧倒的な要素が加わらない限りは。


「我が国が動けば神州国も好機と見るか……」


 バスに乗り遅れるな、という文言がトウカの脳裏を過るが、不吉である為に振り払う。バスの行き先が亡国だと理解できない連中が騒ぎ出した挙句に巻き込まれるとなれば話は変わるが、現状はそうとも言えない。


「我が国の市井の同意を取り付ける動きくらいはあって然るべきと思うが?」


 そうした動きがあれば、否定するにも迂遠に火消しに回るにも労力を要する。無論、 自国内で要らぬ蠢動をする相手に対してトウカが融和的である筈もない。


「陛下は主要新聞社を影響下に収めておられます。要らぬ流言飛語は御不興を買うと思いました。それに協力していただけるならば、市井の戦意は陛下が良く燃え上がらせてくれると確信しております」


 フィロメーラの発言を理解はできるが、堂々と丸投げするに等しい発言に、トウカは苦笑するしかない。フィロメーラ自身も自覚があるのか苦笑している。


 ヨエルとネネカは、トウカの機嫌が悪くない事を察して怪訝な表情をしているが、トウカとしては悪くない提案だと見ていた。


「連合王国軍の戦備であれば歩兵師団を主体にした上で近接航空支援があれば事足りるだろう」


「輜重線に関しては我が国が責任を持ちましょう」


 フィロメーラの言葉に、トウカは一個軍と二個航空艦隊の程度の派兵で採算が釣り合うと見ていた。連合王国の分割統治という事もあるが、神州国を引き込み植民地化で疲弊を誘う事が期待できる上、皇国は各国軍に航空攻撃の威力を見せつけることができる。


 しかし、ここでネネカが否定的な意見を述べる。


「武器は我が国から相応に流出しています。新たに生産した兵器は軍に納入するべきです。人的資源の損耗を避ける為とはいえ、最新兵器の貸与は避けるべきかと」


 部族連邦であれ共和国であれ、皇国の最新型の武装を供与する程の生産量がある訳ではない。供給も間に合ってない以上、軍の強化に支障が出る。


 陸軍軍人の懸念としては妥当なものである。


「我が国は、あらゆる手段で兵器を集積しております。連合王国の消耗を踏まえれば、貸与を必要とする事態には陥らないと確信しております」


 断固としたフィロメーラの主張に、ネネカは言質を取ったと見たのか一礼して下がる。


立場上、武器供与を座視したとなれば陸軍府から非難されると見た組織人らしい行動でもあるが、実情として遅延を重ねている陸上戦力と再編制と増強への懸念もあった。


「神州国には我が国と貴国、そして共和国の三国……いや、協商国も含めるべきか……四か国で打診する」

 帝国の走狗でないならば、帝国に与した国家の打倒に協力せよ、と要求する。要求する国家が多い程に圧力としては大きくなる。


「陸上競技の国際競技会の様だな。競技場は連合王国で、四ヶ国は参加国だ」


 軍事行動を競い、その目標は連合国軍である。


 あまりの言い草にネネカとフィロメーラが顔を引き攣らせる。ヨエルは嫋やかに笑う。


「協商国は同意するでしょうか? 我が国でも協商国に対する参戦要請は検討為されましたが……」ネネカが問う。


 国土防衛に特化した重装備を持ち、徹底的な内戦戦略を展開していた協商国にとり外征が相当の負担になる事が予想された。帝国も外征戦力の大半を喪失したとは言え、 隙あらば無理にでも外征を敢行する可能性はある。


 しかし、フィロメーラの、部族連邦の動きは速い。


「既に勅任大使を向かわせております。色よい返答を頂けるかは分かりませんが……」


「王権同盟は加えないのか? 万年内輪揉めの奇妙な国家だが、加えないにしても合意形成は図るべきだろう」


 勅任大使を各国に派遣して要請している事は理解できるが、例え参戦するだけの余裕と能力を持ち合わせていない国家であっても無視されては軽視されたと態度を硬化させる恐れがある。加えて、連合王国の領土に対する野心を抱いて何かしらの主張を展開してくる恐れがある為、大義名分を先んじて叩き付けておく必要はあった


 トウカとしては、返答は予期していた。


「参戦要請を受諾した諸国と連名で大義名分を公表するべきと考えています」


「そうだろうな。連帯を示している事を示し、貴国と共和国に挟撃される可能性を示すべきだろう」


 王権同盟は友軍とするには頼りないが、放置するには立地的に邪魔である、というのがトウカの評価であった。


 大陸横断鉄道の草案ですら避けられていた事が歴代天帝の評価をも示している。


トウカはより率直に応じる。


「……我が国としては貴国が神州国に侵され、その抵抗の中で神州国が出血を強いられるという事を想定していた」


「……随分と武器弾火薬を融通していただきました」


 その程度は予想して然るべきでありフィロメーラの表情に驚きの色はない。軍拡を推し進める国家とは言え、尋常ではない量の武器が闇市場に流出したならば、それは国家の意志である。


「貴国は良く抵抗し、神州国は慣れぬ大陸で疲弊する。南方は混迷を極め、我が国は帝国侵攻の時間を得る」


 その時間の捻出の為に犠牲となる国家として部族連邦を差し出す動きの代替が、連合王国への侵攻である。


 トウカは鷹揚に頷く。


「そうだな。兵器の規格統一により放出されたものも多い。貴国に流れていても不思議ではない」


「ええ、意図の有無に関わらず有難い事です」


 さも他人事の様に不要となった兵器の流出をトウカは認め、フィロメーラは感謝を示す。


 例え旧式兵器であるとしても、皇国が手放すはずがない事は軍の士官であれば誰しもが理解できる事である。巨大な国土を持ち、陸軍国家として数倍の国民を擁する帝国に挑むのだ。消耗戦にして兵站の限界への挑戦という形となる事は避けられない。兵器備蓄の払底により旧式兵器を持ち出す、或いは現地の反政府勢力に与えて戦力化するなどという利用方法が想定され、決して不用品とはならない。


そうした事実を踏まえた上で部族連邦に流出する事を座視している以上、その行為に相応の意味があると考えるのは当然である。そうした経緯からトウカはフィロメーラが、部族連邦が神州国に抵抗して疲弊を誘う事を予期しているという前提で会話する。


「本土決戦を行えるだけの兵器は流れていると思うが、侵攻ともなれば話は変わる。国境沿いで騒いだ程度で済ませる心算か?」


 外征能力など皆無に等しいとまでは言えないものの、大軍を投入するだけの兵站能力を有している訳でもなければ、敵を包囲するだけの大規模な運動戦を行える指揮統制を有する訳でもない。連合王国の戦備も劣弱であるとはいえ、突破できる程の事前集積が行われたとの報告もなかった。共和国を引き込む為の性急な攻撃に過ぎない。


「他国に連合王国の打倒を丸投げするのは結構だが、我が国としては投射できる戦力は限られる……神州国に期待する形か?」


 純粋な兵站能力の問題であり、共和国であれ部族連邦であれどちらの戦線も兵站線は脆弱である。今から皇国が鉄道路線を敷設するにしても半年近くは要した。


「……我が国といたしましては、神州国の揚陸能力に期待するところであります」


「であるならば、関係国全てが占領する地域を事前に合意する必要があるな」


 神州国の矛先を逸らす事が主目標ではあるが、疲弊を誘う事を副次目標としている事は明白である為、トウカ各国の取り分を明確化する必要性を見た。神州国に広大な沿岸部や人口密集地域を押し付ける必要があった。


「そうなれば、我が国は安堵するところであります。つきましては――」


「――共和国は説得しよう。協商国が出てくるならば、そちらも説得する。商売相手でもある。貴国が出るよりも話は通しやすいだろう」


「それは……助かります」


 意図が明瞭となった以上、方策と妥協点を見出すのは容易であった。


 皇国側としても、神州国が大陸で疲弊する事は望むところであり、ましてや部族連邦よりも地理的に遠方の連合王国である事は望ましい。付け加えるならば、神州国本土から見ても連合王国は部族連邦よりも遠方である。


 それは、派兵する陸上戦力への輜重線が延伸する事を意味する。当然、その航路防衛に携わる艦艇数の増大は避けられない。神州国海軍の負担は増加する。


 ――こうした提案が部族連邦側から生じるとはな……侮り難し。


 国力に劣るとは言え、ただ座視して押し切られるばかりが国家ではない。政戦による力量が情勢を覆すことは、歴史上、度々あった事である。


 故に、そうした力量ある人物を特定する必要があった。


「ところで、これは貴官の発案か? ……ああ、虚飾と建て前は要らん」


 酷く直截的な物言いと問い掛け。


 ――中々、どうして筋が良い。不利益になるのは連合王国だけ……いや、帝国もだな。奇策と言える。


 フィロメーラは自国の大使を一瞥するが、その大使は沈黙を保っている。


 連携が取れていないのか、関わって破滅を避けたいのか。トウカはフィロメーラが駐在武官として赴任する事が突然であった為、前者と見た。


 トウカは時間を無駄にするなと言わんばかりに鼻を鳴らす。


 フィロメーラは幾許かの逡巡の末に口を開く。


「……大筋は当官の寄る所であります、陛下」


 トウカは、そうか、と木漏れ日の様な笑みを見せる。


 力量を以て難事に当たる者に対してトウカは寛容である。敵対しない限りは。 


 故に不明瞭である点を詰める事に容赦がなかった。今後も寛容であり続ける為に。


「成程、しかし、良く政治側を説得できたものだ。貴官が相応の血筋か。或いは、親族が要職に居るのか?」


 軍内でも纏まりを欠き、政治側も神州国への抗戦を決意すれども、それは消極的決断によるものでしかなかった。困難に立ち向かう優位と力量は持ち合わせないが、既存の権力基盤は保持したいという欲目。少なくとも統合情報部の報告ではそうなっていた。そうした情報は事実だった。


 しかし、覆し得るものでもある。


「はい、いいえ、陛下。私は平民で御座います。ただ、軍の要職の多くが同意した時点で、軍が国防に自信が持てない事、そして、次善の策として皇国に合流する事を望む者が軍内で少なく無い事を以て政治側と交渉に当たりました」


 フィロメーラの隣でアラギアは驚きを隠していない。外交官がそれでは落第だろうとトウカは思いはすれども、軍の要職を以て政府を恫喝したともなれば致し方ない事でもあった。


 その姿が部族連邦内での拙速な動きを証明しているとも言える。


「恐れながら、陛下の先例に倣わせて頂きました」慇懃に一礼して見せるフィロメーラ。


軍事力を背景に直截的な言動を以て政治的妥協を迫るのは、トウカの十八番である。


 内戦終結時の停戦交渉でも、一方的な不利益を被るくらいならば非正規戦に移ると一歩も譲らなかった。軍事的に押し切られた側が開き直って戦って死ぬと叫ぶのだから始末に負えない。去りとて好戦性の権化たる北部臣民が民兵化するのは、帝国の侵攻を想定すれば避けるしかなく、然したる掣肘を加えられる事なく停戦に持ち込んだ。


 情勢を最大限に利用した。


 部族連邦軍は国防を投げ出す意思を露わとして、この計略を政治側に迫ったのだ。実行されないならば、武装蜂起後に皇国の保護領として合流するとまで言い切っていても不思議ではない。


「困った事だ。特許(パテント)を取っておくべきだったか」


 情勢を利用すれば、軍事面での敗北も政治による交渉で取り戻すことができる。三枚舌の似非紳士の面目躍如を前に祖国も随分と辛酸を舐めた経験があった。トウカはそれを思い出す。


 トウカとフィロメーラは苦笑を零す。


 互いの力量を認めた。


 故に動きは加速する。


「エスタンジアと共和国が共同での謁見を望んでいる。近日中という事で予定日は決まっていないが、そこに貴国と協商国……神州国も招待して合意形成を図るというはどうか?」


「それは……そこまでしていただけるのであれば有難いです」


 恩を売る動きを取ったトウカに、フィロメーラは困惑する。


 しかし、トウカとしては事情もあった。


「貴国が提案しては連合王国に対して角が立つだろう? 国境紛争も謀略だと。それに議論の場を持つにも時間が掛かる。何より、事が終わった後も然して国境を面する訳でもない我が国が提案するべきだろう。余には色々と実績がある」


 他国の分割統治くらいはするだろうという納得と諦観。


 遺恨は生じるが、国境線の長さを踏まえれば対処は容易であり、何より主攻はその派兵規模から神州国と部族連邦とならざるを得ない直截的な軍事的打撃を行う者がより多くの恨みを買う以上、皇国の不利益は小さい。


 寧ろ、可及的速やかに神州国に毒饅頭を楽しんで貰わねばならない。それを踏まえれば許容し得る骨折りでしかなく、迅速化は部族連邦に取っても望ましい事である。 損失は両国にとって事を起こす上での許容範囲内に留まる。


「しかし、エスタンジアは協力するでしょうか? 国力の規模を思えば、他国の問題に関わる事を嫌うのではないかと……」


道理であった。破天荒な少女総統を知らなければ、という前提が付くが。


「それは我が国と貴国で費用を持つというのはどうだ? 貴国も予算を拠出すれば必要以上の恩義を感じる必要はあるまい。エスタンジアにとっても、共同での軍事行動を以て両国との結び付きもできる。懐も痛まないならば賛同するだろう」


 詰めれるだけ詰めるというトウカの意志に、フィロメーラは一瞬、驚きの表情を見せるが、納得の表情に転じると一拍の試案を以て応じる。


「それは……分かりました。同意します」


「迅速な決断だな」


 本国へ問い合わせる事もなく、同意するところにフィロメーラに与えられた権限の大きさを察せる。駐在武官として赴任した男に、政治的決断の余地まで与えているとなると、政治側の覚悟も相当なものである。


 危機に陥ってからでなければ政治家が覚悟などできる筈もない。非常時に強い政治家は平時では軋轢を生む。そして、非常時に、そうした事態に決断できる政治家を確実に擁立できる体制など存在しない。それは運の範疇でしかなかった。


「……既に政治家を拘禁して軍政を敷いているのではないか?」


 トウカは大きな決断をしている点を、既に政府が形骸化しているのではないかと考えていた。非常時に大きな決断のできる者が多い組織こそ軍である。軍とは非常時の為にこそ存在するが故に。そして、その大きな決断には軍事力による政権奪取も含まれた。善悪は別として、そうした実力と決断を行えるのが軍という組織である。


 フィロメーラは、とんでも御座いません、と否定する。


「拘禁などと……我が軍は軍事力で政治を恣にする事は下策だと考えております……ただ、他国の軍事的脅威が迫っている状況でありますので、特別な警護体制は政治家の皆様に強いる事となっております」


特別な警護体制と、トウカは口ずさむ。


 ネネカは顔を引き攣らせている。武装蜂起(クーデター)と変わらないと見ているのだ。


 だが、トウカとしては軍事政権の樹立に向けた混乱が波及しては神州国に好機と取られかねないので妥当なところだと見た。武装蜂起から軍事政権樹立までが、迅速に混乱なく行えると考える楽観や、或いは分の悪い博打として行う悲壮感がないだけ上出来である。


「……保護か。妥当なところだな。政治家にはいざとなれば責任を取るという役目もある」


 当人や家族に厳しい監視を公安権力と結合して付けることで、決断を強要する。警察と軍の協力があれば容易である。


「敢えて政治家の一部を脱出させ、貴国に保護と介入を求めるという筋書きも政府からは出ました」


 政府にも面白い人物が居ります、とフィロメーラは称賛する。


「それは……無意味だな」


「ええ、全土占領の大義名分にはなりますが、それを為すと帝国に踏み込む余力はないでしょう。着の身着のまま家族と脱出してきた政治家は不慮の事故に遭うかと」


 トウカの対応を良く理解したフィロメーラの発言。


 不慮の事故が表面化したとしても、部族連邦の政府内の謀略として異論を撥ね付ければよく、トウカは苦も無く介入への流れを途絶させるだろう。


「余に弱者の戦略は通じない」


 弱者側の立場を利用して主張を通すという行為にトウカは意味を見出さない。国益という観点からしか見ないのだから当然である。


 そして、何よりもトウカ自身が強者という立場だという認識はなかった。


「余は強者ではなく非常識な者なのだ。その点、分からぬ者が多くて困る」


 常識的な対応を取らないからこそ、その不規則性に敵は振り回され、多くの対処時間と資源を投じねばならない。無論、それはこの世 界に於ける非常識であり、その根拠を祖国の知識に求めている為でもある。


「……非常識、ですか?」


「よく言えば新たな常識を振り翳しているとも言えるが、やっている事は非常識という名の効率的な破壊と殺戮だ」


 返答しかねるのか同意も非難の声も上がらない。アラギアは顔面蒼白である。融和主義からの転換に合わせて大使を交代していない所に部族連邦の外交部門の実力が察せるところであった。


「返答し難い事を口にしているという自覚はある。気にするな。ただ、頼るにしても利用するにしても、それなりの利益を提示できるならば、余は貴官を歓迎する」


 泣き付くだけ、或いは中身のない御高説を言い立てる政治家よりも、利益を提示できる軍人を優先するのはトウカにとって当然のことである。例え、根拠の定かならぬ立場で外交をする軍人であっても。


「貴官も貴国も我が国とり利益を齎す存在であり続ける事を願っている」


 トウカは、共に他国に不幸を押し付ける同胞に対し、心底とそう願っていた。



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