第三五三話 火種
「取引は終了ということで宜しいか?」
銜えた葉巻を燻らせた痩身の女性は山高帽を押し上げて相手を見据えた。
部族連邦陸軍の第一種軍装に大佐の階級章を付けた壮年男性は叩き上げの野戦将校らしい精悍な顔立ちに隙の無い表情を以て応じる。
「勿論だとも。貴官の用意する玩具の性能に不満を持った事はないよ、チカの姐御」
縦縞の礼服を纏い、白の山高帽子を被り、首巻を首に掛けて葉巻を燻らせる姿は一般市井の者達が夢想する筋者の姿そのものであった。
「フィロメーラ大佐。銭を約束できるならば、私は幾らでも武器を用意する。流石に戦車は難しいがね」
揺れる紫煙に霞む視界。
倉庫街の一角。薄暗い倉庫の片隅で会話する光景もまた市井の者達の期待を裏切らぬものであった。
「しかし、君も随分と危ない橋を渡る。其方の国の指導者は売国奴を許しはしないのではないか?」
「だろうね。だからこそ細く長くなんて取引は望んじゃないよ。大きく僅かな回数で、一気呵成に進めるのさ」
葉巻を咥え、大仰に両手を広げたチカと呼ばれた筋者。
座る木箱。
その雑多な構造の隙間からは整然と固定された小銃が窺える。
チカの背後には同じ形状の木箱が無数と積み上げられていた。
小銃に拳銃、機関銃に迫撃砲、それらが使用する弾火薬。現状の部族連邦の生産設備では短期間での大量配備が叶わない武器の数々。皇国製と帝国製が大半を占めるが、 共和国製なども混ざっており、兎に角数が多い。
「皇国は本土決戦をしていたからね。武器は北部各地で打ち捨てられ、管理も甘くなっている。民間向けの武器生産だって野放図だった。幾らでも手に入るさ」
チカとしては、嘘を口にしている心算はなかった。
若き天帝は輜重線への負担を大層と嫌う事は有名であり、陸海軍の兵器の共通化すら強引に推し進めている事は内外に知れ渡っていた。生産管理と供給の煩雑化を嫌って旧式兵器や鹵獲兵器を運用する事に否定的なのは諸外国の軍人ならば誰しもが容易に想像できる事でもある。
だからこそ管理が甘い兵器は多いと、チカは断言する。
セルベチカ・エイゼンタールという本名と皇州同盟軍情報部将校としての本心を隠し、彼女は建前を口にする。
実情として、在庫処分を以て、その武器が神州国に打撃を与え得るのであれば皇国としては採算が取れる。
チカ……エイゼンタールは、この兵器売買の動きが何処から生じたか知る立場にないが、トウカだろうという確信はあった。ヴェルテンベルク領邦軍時代からトウカを見続けた立場として、彼女はトウカが優れた謀略家である事も理解していた。
大量の武器と皇国の保護占領という名の侵略を受けて動員が始まる中、不足する武器を密輸入で補おうという部族連邦に武器を売り付ける。本来であれば利敵行為であるが、部族連邦の軍事力を強化する事で国益を利する事があるのだろうとエイゼンタールは見ていた。少なくとも、小火器を与えたところで装甲師団や近接航空支援を以て進む皇国軍の侵攻を遅延させ得る程ではなく、その意図するところが別にあるのは容易に想像できた。
――新たな火種を作りたいという事だろうな。
皇国の版図拡大を求めてか、帝国との決戦時に後背を突かれない様に混乱を誘う一手であろうとエイゼンタールは見ていた。
情報部員として対外工作に関わる事は本懐であるが、エイゼンタールはフィロメーラが相手の正体がどの様なものであれ、戦場での蛮用に耐え得る武器を用意できるならば問題視しないと考えている事を見透かしていた。
武器と弾火薬を用意できるならば良いという割り切り。
それ程に切羽詰まっているとも取れる。
部族連邦陸軍は、皇国が新たに策定した保護領を認めておらず、直近でも新たな国境で小競り合いが発生している。そうした状況下で継戦能力は削がれ続けており、皇国との新たな国境での小競り合いでも兵力差から押し切ったものの、深入りの結果として多数の武器と弾火薬を喪失している。
そうした現状に危機感を覚えた部族連邦では、武器や弾火薬の増産に向けた取り組みが国家規模で始められているが、即座に必要な量を確保できる訳でもない。
慌てて諸外国より掻き集める必要に迫られた。
しかし、それは上手く行かない。
帝国が史上空前の外征を行い、皇国は帝国の滅亡を掲げて大軍拡を開始した。共和国を始めとした帝国との係争関係にある国家も後に続く。
そうした中で輸出用の武器という余剰が易々と生じる筈もなかった。国際的に武器と弾火薬の価格は跳ね上がっている。
そうなると非合法な手段で武器と弾火薬を獲得するしかない。
その結果として、エイゼンタールはこの場に居た。
「しかし、貴官ら狼の巣が用意してくれる武器の量は他を遥かに凌ぐ。有難い事だ」
「傷痍軍人や療養除隊した連中を使って遺棄された武器を整備しているのよ。表向きは遺体回収事業として動きつつ、同時に武器も回収して、名目上は破棄している」
それはある種の事実でもあった。
皇国北部から中央部の主要街道周辺で行われた無数の戦闘は遅滞防御や遊撃戦、戦場阻止などの目的で行われた名の付く戦闘など極一 部であり、大部分は不意の遭遇戦や各種偵察行動などの名前すら与えられぬ戦闘であった。兵士が単独で争う例もある。
両軍がそうした戦闘全てを把握している訳ではなく、同時に混乱の中で打ち捨てられた儘の遺体も珍しくなかった。帝国軍将兵に関しては国交が存在しない為、疫病対策として現地での焼却処分が基本だが、皇国軍兵士に関しては遺族への返還という方針をトウカは堅持した。
北部で軍閥を形成し、軍人の屍の上に自身の支持があると理解している天帝が、その屍に対して冷淡である筈もなかった。
合同葬儀は定期的に行われ、天帝は頻繁に顔を出し、儀仗兵まで用意する力の入れ様であり、それはある種の政治的演出でもあった。帝国への理不尽を謳い、敵愾心を煽りながら、その政策の正当性を喧伝する。理不尽に抗い散っていった者達の墓標を背に断言する天帝の姿はこれ以上ない程の正統性を持つ。
それ故に皇国軍将兵の遺体を収容する事に熱心で在り、その片手間にそれを請け負った企業、非合法団体は遺棄、或いは放棄された武器の回収を同時に進めていた。
大型兵器に関しては皇国陸軍や皇州同盟軍が請け負うが、小火器などは企業によって放棄する方針となっている。
「贅沢な事だ」フィロメーラは腰に手を当てて溜息を吐く。
「雑多な種類の兵器は輜重線を圧迫するそうよ。運用規模が増えれば、雑多な種類の武器を並行して運用するよりも採算が取れるとか」
そうした建前の下で破棄された武器だが、実際は廃棄されず整備した上で保管される事になる。
しかし、それは皇国陸軍や皇州同盟軍の知るところであり、寧ろ帝国侵攻計画の一翼を担う作戦の一つであった。
非合法団体である狼の巣。
その正体は皇州同盟軍情報部の外郭組織であった。
兵器の所在を曖昧にするべく、非合法組織を経由した上で保管。その後、帝国侵攻時に帝国支配地域……帝国側前線後方の反政府勢力に供与するという予定であった。
製造番号が奇麗に削り取られ、入手経路の定かならぬ大量の小火器が流布するのだ。帝国軍は前線への戦力投射能力を削がれる事になる。
だが、今この時、方針変更が起きた。
雑多な種類の武器は非合法組織の皮を被った皇州同盟軍情報部により、部族連邦に機密理に売却される事となる。
「そういうものか……ところで、次の取引は期待できるのだろうか?」
フィロメーラの目下の懸案事項は其方であるのは疑いない。それ程に部族連邦陸軍の戦備は不足している。エイゼンタールはフィロメーラの愛国心が報われない事を察しつつも鷹揚に応じる。
「勿論よ。帝国軍が放棄した大規模な迫撃砲陣地の処理を入札したわ。重迫撃砲も弾火薬と纏めて入手できるでしょう。ただ、不発弾が混じる可能性があるわね」
整備したとしても帝国製の兵器は問題のあるものが多い。特定の兵器工廠の質が低い事もあれば、量産性の為に除外された機能や構造の影響で運用に支障が出る事も少なく無い。そして、何よりも帝国は人海戦術を基本としている為、各種兵器を使い捨てと割り切っており、耐久性が低い傾向にあった。壊れた兵器は放棄して新たな兵器を与えるという方針である。
フィロメーラは、それは致し方ない、と頷く。
諸外国の軍人であれば誰しもが知る事実である。異を唱えるならば、浅学の誇りを免れない。
「貴国の武器がやはり一番使い易いのだがな。それは高望みだろう」
フィロメーラは腰の拳銃嚢に収まったP98自動拳銃を軽く叩く。
それはトウカが愛用している事でも有名な自動拳銃であった。
人間種などの平均的膂力の種族からすると些か重く、片手で構え続けるには難がある為、採用していたヴェルテンベルク領邦軍や皇州同盟軍でも配備数は限られていた。
しかし、同時に如何なる種族でも扱える様に配慮された形状である事や、トウカが使用している事が周知の事実となった事も相まって、今では脚光を浴びている。民間企業で準同型の型式すら生産されていた。
だが、領土を切り取られた国家の軍人が、その象徴たる自動拳銃を腰に下げる姿は非難を受けかねない。
「貴官は皇国に含むところはないのか?」
中々に珍しい感性であるというのが、エイゼンタールの正直な感想であった。
同時に部族連邦が複数の部族で緩やかな紐帯を形成しているだけの封権的体制の国家である事も理解していた。人口に乏しい辺境を奪われても自身の部族には影響がないと見る部族とて存在する。寧ろ、他の部族の影響力が削がれたと見る部族も存在した。
しかし、フィロメーラの視点は違った。
「世は正に軍事力を恃みに争う乱世だ。私は随分とそれを指摘し、軍備の拡充を要求していたのだがね。軍事費を増額しなかった面々こそが非難されてしかるべきだろう」
中々に踏み込んだ発言である。
同時に、侵略者よりも時勢を読めずに無能を晒した自国の政治指導部が悪いとの意見に、部族連邦でも群は冷遇されて屈折した感情を抱く者が少なく無いのだろうと同情を覚えたエイゼンタールであった。
「寧ろ、恥ずかしく思う。貴国の天帝は我が軍の槍働きを評価しないだろう。それは屈辱であるが、元の我が国の無策を思えば悲しむより他ない」
神州国の武士の如き発言であるが、敵対国の指導者と言えど、軍に対する厚遇や武名を持ち、戦時でも部族連邦の軍人を丁重に扱った為に軍人からの評価は存外と悪くはなかった。無論、保護した地域の整備を本格的に行う構えを見せている事も大きい。
――首都まで襲撃されても纏まれないのか。封権主義の怖さだな。
皇国も貴族による封権的な統治が見られる為、他人事とは言い難い。無論、天帝や国是という権威と象徴がある為、国家としての紐帯は国民国家並みに強い。それは多種族国家成立の経緯からなる危機感の刷り込みに負うところが大きかったが。
「それに今は神州国だ」フィロメーラが吐き捨てる。
大仰に両手を広げる姿に、エイゼンタールはロマーナ系の人物であるという調査報告を思い出す。自己表現に熱心な御国柄は微笑ましさすら覚える。実力が伴わないだけに。
「植民地化を叫んでいるそうね。確かに海であの国を防げる国は存在しないでしょう。内陸に引き込むしかない」
エイゼンタールは、 神州国のそうした動きに部族連邦が大きな反発を見せている事を理解している。部族連邦の各新聞社の非難は程度の差こそあれ、 神州国に対する脅威を書き立てていた。
皇国による保護占領と首都空挺は突然であった為、非難の時間すらなかった事もあるが、それ以上に、奪われたのは未開の土地であるという意識が強い。対する神州国は海岸沿いの発展した地域を全て抑えようという意図が明白であった。相対的に神州国への脅威が増大する事になる。
――実際に武力行使を行った国よりも脅威と見る以上、神州国は外交で相当に圧しているのだろうな。
軍事力を背景に高圧的な姿勢で臨んでいる事は周知の事実であるが、確かに部族連邦という国家は産業の多くが海岸線に集中している為、その脅威は相当に高く見積もられていても不思議ではない。
皇国の場合、長年神州国が仮想敵であった影響から、産業に必要な水を確保する為、 運河を浚渫によって拡大して内陸まで水路を各地で用意している。その為、工業地帯などは比較的内陸部に存在した。
「議員によっては、寧ろ皇国に形だけでも従属して神州国の植民地化を防ぐべきだと水面下で動いている者も居るそうだ」
「それは……売国では?」
エスタンジアにもそうした動きがあると噂されている為、或いはそこから着想を得た可能性も有る。少なくとも戦争よりは出費と遺恨が低減できる為、トウカが頷く可能性は十分にあった。
「搾取されるばかりの神州国による植民地化よりも、寧ろ経済的不均衡の是正や公共施設整備の協力まで期待できそうな皇国に従属する方が建設的という事だろう」
最悪の状況下で最善を模索した結果であろう事は疑いないが、挙国一致で戦時体制を構築して国難に当たるという選択肢が真っ先に上がらない所に病巣を感じる意見である。
フィロメーラですらも、そうした意見を否定しない。
「私としても長きに渡り文化と伝統を継承してきた権威に傅く事を魅力と思わないでもない……議会の無様な内輪揉めを見るとな」
軍が政治指導層の無理解と決断力に深刻なまでに疑念を抱いている。それは皇国でも先帝の御世で見られた光景であった。その反発の結果として北部は軍閥化した経緯がある。
「己の殺生与奪を他者に握らせるなんて御免被るわ」
「己の才覚ひとつで筋者の幹部まで伸し上がった女傑ほどの人間が議会で過半数を占めているならば、私もそうは言わないさ」
国難に対して不毛な状況を続ける議会に対する不満や、危機意識と愛国心の結合。行き着く先は軍事力による政権の簒奪である筈だが、部族連邦にはそうした気配がない。エイゼンタールは常々、それを不思議に思っていた。
「なら、貴方が起てばいい。救国と愛国を御旗とすれば、それなりには賛同者を募れる。救国の志と愛国心ほどにヒトを喜んで死地に赴かせるものはない。戦争で思い知ったわ」
従軍経験があると匂わせつつも、その皇国人から見て不可思議な状態をエイゼンタールは尋ねる。
従軍経験という前提を敢えて匂わせる事で、軍人特有の仕草や言動を正当化する余地を作る。無論、現時点で恐らくは、雰囲気という言語化し難い曖昧なもので疑念は抱かれているであろうとは覚悟していた。軍人ほど独特の雰囲気を纏う羽目になる職業は他に存在しない。そして、経歴のある職業軍人程それを完全に消し去れないと理解していない。
エイゼンタールは情報部の者としてとしてそれを理解していた。
「従軍経験が? いや、女性への詮索は不躾であるな……ま、端的に言えば、軍内部ですら部族間の確執を国難の最中でも乗り越えられなかったという事さ」
軍すらも部族対立に巻き込まれて久しい。挙句に軍の編制すらも部族毎としている為、融和よりも対立が生じやすい環境となった。種族的対立を抑えきれなかった皇国の姿がそこにはある。
歴代天帝が種族対立の芽を摘む事に腐心し続けた四〇〇〇年を超える治世はその為にこそあった。
そして、それ程の歳月と血統や立場を超越した指導者を神選にて即位させ続けるという困難な要素が複数揃わねば実現できないという事実が浮かび上がる。
「貴国の当代天帝は神に選ばれ地上に降り立ち、数多の困難と理不尽を撥ね退けて国難の悉くを退け続けている。我が国でも憧れる者は多いよ」
過大評価の極みだとエイゼンタールは考えたが、客観的に見たトウカとはそうした人物である。
「残念ながら我が国には、そうした人物は現れなかった。皇国北部ではなく我が国に漂着してして下されば、或いは部族連邦は纏まったやも知れない。そうした冗談を言う軍人も少なくない」
初耳の話にエイゼンタールは溜息を吐く。
部族対立を扇動して消耗させた挙句に外敵を呼び込んで、それに抵抗する形を演出。外敵との戦争の中で各部族の有力者を殺害しつつ権力集中を図る。
内憂外患を演出し、その解決者として振舞う、或いは解決者を支える立場として暗躍する事は疑いない。
今あるモノを打ち捨てながら、新しいモノを暴力的なまでに掴み取るという側面を理解しないからこその賞賛。
トウカの政戦両略には、何処か薄暗さが伴う。
或いは政戦両略の国家指導者というものが元来そうしたものなのかも知れない。
正しさは常に個々人にとり受け入れ難い側面を持つ。
「……それは極端な例だが、中には神州国との戦争時に皇国を引き込めないかと考える議員も少なく無いそうだ」
ある種の忠告。
恐らくは筋者の有力者として情報を扱うと見られているからこその言葉であり、エイゼンタールはその情報を売るという前提に立った発言であった。エイゼンタールが軍人である事を、或いは軍との関係が切れていないとの前提としている可能性も有った。
「寧ろ、辺境に食指を伸ばした事で領土的野心がある事が判明したのは僥倖だと言い放つ議員も居たらしい……その後、殴り合いになったそうだが」
領土の一部を割譲する事で神州国と皇国を噛み合わせて国家の滅亡を避けようとの方策。背に腹は代えられないとの判断と言えるが、部族毎の意識の断絶があってこその発言である。他の部族の土地であれば差し出しても損失とは言えないという意識の表れと言えた。
「それ程に政治が団結できないのであれば、神州国が付け入りそうね。分断を誘い各所撃破する。表の世界も裏の世界もそこは変わらない」
肩を竦めて見せたエイゼンタールに、フィロメーラも快活に笑う。
内憂外患。
理解していても団結はできないという有様に部族間の意識の差がある。
「しかし、この情勢では貴国が強過ぎる事も団結を妨げているのだぞ?」
思いがけない言葉に、エイゼンタールは眉を顰める。
斜め下への事情が山積している部族連邦に対し、エイゼンタールは不甲斐無いと厳しい感情を有していた。
皇国は帝国の打倒を最優先事項として考えており、部族連邦の不安定化による出兵に対して否定的な者は少なく無かった。トウカは労働人口の増加に寄与し、蠢動する他国への牽制となると有効性を謳っていたが、軍人からすると帝国にぶつけるべき戦力を要らぬ紛争で蕩尽しているに等しい。南方保護領を獲得するに至った国境紛争は軍人の中でも異論があった。
無論、原始的な生活を続ける種族の保護を掲げての行動であった以上、軍事的妥当性のみでは語れない為、止むを得ない大部分の軍人も理解してはいる。否定的な軍人も人道上、已む無しと知った上で、トウカに対して本分を忘れて貰っては困るとの心情からの発言であった。
トウカの即位は帝国の脅威を背景に成立した。
その治世は帝国の打倒の為にあると考える軍人は少なく無い。
「逆じゃないのかしら? 強国を前に小国は存続する為に団結する。強大な脅威と重大な危機。皇国はそれを満たしている。艦隊は国土を占領できないけど戦車はできるもの」
内心では自国の弱さを転化して貰っては困ると考えたエイゼンタールだが、軍事強国という看板を得るべく努力している若き天帝を踏まえれば避け得ぬ声望であった。
しかし、フィロメーラは首を横に振る。
「兵器や武装に関しての話ではないよ。軍事強国の傘下に加わり、生活水準まで良くなる。部族単位で合流するのであれば権力もある程度は残せるのではないか?という考えを持つ部族も出てきているという事だ」
国家という概念が希薄であるからこそ、国家という枠組みに捕らわれない。国家としての統一的意識の欠如は、皇国でも北部地域の問題から決して他人事ではなかった。寧ろ、皇国北部の場合は、相当の軍事力を持ち、軍閥を形成する至る指導者まで現れ、気が付けば至尊の座に軍装で腰掛けている。
皇国北部は地方が蹶起した上で軍事的打倒を経ずに国家指導者まで排出した稀有な例である。
「我々は部族連邦という枠組みから逃げ出す者達に銃口を向けねばならないかも知れない……」
エイゼンタールが腰掛けた木箱を一瞥するフィロメーラ。
決して外敵に向けるばかりの為に武器を用立てている訳ではないという意見。
――内戦の予兆まであると見せて更に武器を売らせようとしているのか、或いは……
内戦への積極的な介入を望んでいるという可能性も捨て切れない。
皇国を利用して神州国を排除する。
その後は、可能な限り皇国の権益を排除して独立の道を模索する。若しくは皇国に併合される事を承知で、皇国という国家の枠組みの中で自勢力の権益を可能な限り保持しようという思惑があるのかも知れない。
周辺諸国に伍するだけの軍事力を用意できないならば、最も寛容を期待できる国家の傘下に加わるというのは現実的な選択と言えなくもない。国内からの反発が大きなものとならない程に祖国への帰属意識に乏しいともなれば尚更である。
エイゼンタールには測りかねる事であるが、報告書に記すべき内容は増大していた。
「つまり、内にも外にも使う武器が欲しい、と?」
戦車や自走砲などの重兵器が欲しいと言われては、エイゼンタールも断るしかないが、その限りではないのであれば融通できた。エイゼンタールは与り知らぬ事であるが、陸軍兵站総監部はエルライン回廊周辺で鹵獲した帝国軍戦車の維持管理を避けたいが為、これの貸与を提案していたが、戦車ほどの重量兵器の輸送となると船舶輸送しかない。両国の間を遅滞なく通行できる鉄道網がない以上、船舶輸送しか選択肢はないが、それが神州国軍に露呈した場合、通商航路での小競り合いが生じかねない。それは現時点で艦隊戦力に劣る皇国には犯せない危険性であった。
「そうなる。可能な限りの数。少なくとも志を同じくする者達の部隊の充足率だけは満たしたい。欲を言うなら迫撃砲だ。簡便でいて小型。陣地転換し易く、訓練も短期間で済む。消耗し難いのも良い」
多数の迫撃砲を求めるというところにフィロメーラの優れた現実主義がある。
迫撃砲は、簡易構造の火砲で、極めて大きく湾曲した曲射弾道による砲撃を行える。 少人数で運用でき操作も簡便な事から歩兵装備として扱われ、最前線の戦闘部隊では数少ない有力な直協支援火器であった。
射程は犠牲となるものの砲口初速を抑える事で、必要強度を低減し全体を小型軽量にできた。加えて砲撃時の反動を地面に吸収させる機構の為、反動制御を行う機構を省略し、簡略化されている。
前装式であり閉鎖機も不要という特徴から、同口径の榴弾砲と比べ極めて軽量小型で、分解して携行でき、重迫撃砲も小型車輌で輸送できる為、可搬性に優れる。
命中精度や射程という短所もあるが、軽量でいて破壊力があり、速射性に優れ、安価で生産性が高いという、多くの長所を有していた。
その為、皇国では師団砲兵の標準装備であった一三〇mm前後の榴弾砲を一二〇mm迫撃砲に更新しつつあり、この事も迫撃砲の有用性を示していた。無論、榴弾砲も増強されるが、それはより強力な二〇〇㎜榴弾砲の配備に重点を置いている。
実際、トウカは内戦時の生産計画では量産性に優れる迫撃砲を重視しており、野戦砲などの開発計画などの大部分は停止していた。車載砲などは既存の野戦砲や艦載砲の流用であり、その事からも諸外国で見直されつつあった。特にその曲射弾道の特性から市街地では野戦砲よりも積極的な支援が可能であり、フェルゼン攻防戦では神出鬼没の迫撃砲陣地は征伐軍を悩ませた経緯がある。
――皇国での内戦や帝国戦役を良く調べているという事だろう。
大陸に於ける近代軍同士の大規模な軍事衝突として見た場合、稀に見る規模であり、 新基軸の兵器や戦術が多用された戦争でもある。そうした中で迫撃砲も大きな活躍を見せた。
火力を短期間で拡充する手段として皇国軍も帝国軍も多用したと言える。
「迫撃砲軽迫撃砲なら帝国製のものがある程度は用意できるでしょうけど……」
「用意してもらえると有難い」フィロメーラが要望する。
エイゼンタールは、部族連邦の内情が思いの外、複雑化しているので、拙速は寧ろ利益を損なうのではないかと思い始めていた。領土を掠め取るにも全土併合を試みるにも、反感を招かない形を演出する事は重要である。少なくともルゼリア演習作戦による保護占領に関しては現地民の大部分が好意的であり、そうした配慮を皇国が怠っていない事を示している。
去りとて油断はできない。
神州国が植民地化に当たり、皇国に全てを押し付けて解放者として振舞う可能性も有り得た。
「次の取り引きで一〇〇基は用意できるでしょうけど、砲弾は潤沢には用意できないわ。其方で密造して貰うしかないわね」
「帝国製ならば可能だろう。加工精度の問題もあるが、外交関係のある国家という訳でもない」
勝手に兵器を模倣生産したとしても、地形的に見て間には皇国が存在する。直截的な懲罰は難しく、 経済関係も非常時に在っては切り捨てられる規模のものでしかなかった。
模倣生産を早々に口にする辺り、相当に差し迫った状況である事が窺える。
「そう言えば、志を同じくする者達について聞いてもいいのかしら?」
蹶起などを考えているのであれば、部族連邦で政治的混乱が生じる可能性があると本国に報告する必要がある。エイゼンタールとしては、部族連邦に対する干渉に関して枢密院の落しどころを図りかねているので情報は特に手足り次第に求めていた。精査は統合情報部の調査部が行う。
フィロメーラがロを濁す。
エイゼンタールは畳み掛ける。
死の商人の如く。
「必要とあらば、医薬品や通信機器も用意できる。帝国製だが……」
「そうした装備の不足が帝国軍の敗北に繋がったと聞いていたのだが……」
辻褄が合わないと見たフィロメーラだが、実際のところ帝国の装備や物資は莫大な量が皇国で放棄されている。
「不足はしていたさ。前線ではな。輜重段列や物資集積所が航空攻撃で破壊され、機甲突破で背後を踏み荒らされる。後方での装備の滞留はそれなりにあったという事よ。各地で山積みで放棄された物資も多いわ」
幾ら前線で兵士を揃えても、各種物資が届かないのでは戦闘能力は維持できない。
対帝国戦役は戦争という名の物流への攻撃だった。
そう評する輜重将校も居る程である。
「成程、後方を扼する、か。我々も非正規戦で可能かも知れない。貴国の軍狼兵の如くとはいかないだろうが」
長距離浸透索敵や浸透襲撃に秀でた軍狼兵は諸外国が恐れる兵科であった。無論、皇国陸軍だけの専売特許という訳ではないが、主力戦闘狼として運用される種類の狼の保有規模と種族的な育成の力量それ自体が足枷となり、皇国陸軍のみが大量保有する形となっていた。
エイゼンタールは十分な情報を流した。
フィロメーラは嘆息する。与えられた以上、見返りがあって然るべきである。信頼はそうしたところから生じる。
「……部族連邦の植民地化阻止の為の陸軍内の勉強会だ。多数派とは言えないが理解者は多い」
必要とあらば蹶起部隊の中枢に転じるであろうあ怪し気な勉強会に、エイゼンタールは興味を示す。
皇国北部の蹶起は、必要悪として蹶起という扱いではなくなった。無論、軍規違反はその限りではないが、少なくとも内戦中の軍事行動について法的に追及される事はなくなった。
即位した新たな天帝の勅命に寄る所である。
しかし、その経緯は注目を浴び続けている。
注目を受けたのは、蹶起側が勝利して蹶起側が正当性を得たなとどいう部分では、勿論だがない。
蹶起の影響と戦後交渉が冷めやらぬ中で帝国軍の侵攻を受け、それを共同で撥ね退けたかと思えば、蹶起軍の総指揮官だった男が最高指導者としての資格を持つ事が判明したが行方不明。
暫く後に突然現れて軍の一部を忽ちに糾合すると抵抗する近衛軍を退けて攻城戦の末に血塗れの即位。
端的に言えば意味不明である。
細部は更に複雑にして怪奇であるが、意味不明である事に変わりはない。
未来の歴史家どころか現在の歴史家すらも、子孫が信じる筈がない、と匙を投げる程度には奇跡と不条理の連続である。
そうした国家に属するエイゼンタールからすると”真っ当な蹶起”というのは大いに興味を掻き立てられる事象であった。無論、顔には出さないが、返答に困る意見でもある。
「軍事政策で政府も他国からの兵器の密輸入を認めている。寧ろ、軍司令部は予算を拠出するから不足分は自前で調達しろと各部隊に言い放つ始末だ」
予算が在っても生産設備の上限から兵器を充足できないなら輸入するしかない。
「しかし、政府が主導して第三国から兵器を購入する方が安全と思えるのだけど……」
予算を握り締めたまま国外逃亡する士官が居ても不思議ではない。要らぬ複雑さと横領の余地を増やす意味をエイゼンタールは見つけられなかった。
「ならば貴官を支持する部隊の駐屯地に輸送する事もできるが?」
輸送という建前で怪しい動きをする部隊に人員を潜り込ませる好機が生じるならば、諜報精度は格段に向上する。それはエイゼンタールにとっても望ましい事であり、もし内戦が行われるにしても、神州国相手に本土決戦が行われるにしても、実働部隊に対して干渉できる余地があるのは選択肢は広がる。
「それは有難い事だが、経路は複雑にしておきたい。政府も軍司令部もそう考えたからこそ各部隊に任せているのだ。公的な動きでは神州国に露呈し易く、もし露呈したとしても言い訳し難い」
神州国を刺激しないという姿勢の堅持。
エイゼンタールとしては徹底抗戦の構えを見せるほうが抑止力になるのではないかと考えたが、政治思想は国家毎に大きな隔たりがあり、軍事は政治の影響下にある。
――既存の政治思想すらも破却できる指導者を見出せるか、だろうな。
皇国は強烈なまでに国益を追求する指導者を得た。その結果として戦雲棚引く状況となったものの、臣民はそれを支持している。世界は決して優しくもなければ寛容でもないと理解した。否、指導者がその事実を臣民に叩き付けた事で戦火に背を向け続ける事は叶わないと覚悟を決めた。
皇国もまた後がない状況だったと、エイゼンタールは理解している。
だからこそトウカの指導下にある皇国で軍人を続けている。
内戦に帝国が介入し、皇国国内で協力できずに各所撃破されるという可能性も十分に有った。全土の併合は困難であろうが、北部失陥の可能性は低くなかったというのが、皇国軍将官の一般的な評価である。
しかし、部族連邦にそうした救いはなかった。
「そうなると武器は益々必要になるわね」
武器商人らしく、エイゼンタールは不遜に笑う。
葉巻を咥えた姿は実に女の筋者であった。
そこに僅かに滲むマリアベルを彷彿とさせる振る舞いは、意識的にせよ無意識にせよ、 ヴェルテンベルク伯爵領出身の女として憧れが在ってのものであった。女の覇者としてマリアベルの姿が浮かぶのはヴェルテンベルクの女の性である。
「あるだけ購入する用意がある。丁寧に製造番号を削る必要はないぞ。それは此方でも行える」
足が付いて困るのはお互い様だろう、とフィロメーラは嘆息する。
自国で兵器を賄えない哀愁に、エイゼンタールは狂った様に重工業化の推進と政敵の排除に奔走したマリアベルの正しさを思い知る。その焦燥感は正しく、理解者を求めてる余裕がないと見たからこその強引であったと見る事もできる。
「それならば容易い。整備と修理が可能だというのであれば、安値で損傷品も売れるが……後から苦情を言われても困る……どうかしら?」
「それは……いや、例え修理不能でも部品取りに使えるか。あるだけ売ってくれると有難い」
ここぞとばかりに手当たり次第に不良在庫を押し込む姿勢を見せるエイゼンタールだが、それすらもフィロメーラは許容する。
修理して戦列に加えられるならば問題はなく、例え修理が難しくとも健全な部品を回収して予備部品として利用できるとの判断である。
戦争は消耗戦である。消耗品の備蓄量は継戦能力に直結した。
皇国が生産兵器と運用兵器を絞る試みを行っているのは、そうした部分での煩雑化に対して対帝国戦役中に多大な負担と混乱を強いられた事に起因する。
生産種類を絞る事による製造に関わる供給や教育、工程不良の低減からなる生産量の増加が絶大な効果を齎す事は現在の皇国が証明しつつある。導入設備の種類が減少する事で初期投資と整備が迅速化した事も大きい。急速な軍拡を求めたからこその効率化と言える。
「いいでしょう。売れるモノは根こそぎ輸送するわ。金さえ払えるなら……例え、化学兵器だって用意するわ」
最大の焦点はそこにあった。
皇国は化学兵器の部族連邦への売却を目論んでいた。
エイゼンタールにはその交渉の裁量が与えられていたが、少しでも多くの兵器を望むフィロメーラの姿勢に売却も不可能ではないと見て交渉の用意がある事を示す。
フィロメーラは懐疑的であった。
「……可能なのか?」
魔術によって散らす事も出来れば、加水分解や焼却処分も容易である為、化学兵器は戦場で決定打となると元より見られていないが、運用次第では敵軍に相応の打撃を与えられる事は、トウカがエルライン回廊を巡る一連の攻防戦で証明していた。
しかし、同時に皇国では多数の化学兵器が余っている状態であった。
トウカが新型の化学兵器の研究開発を命じた事で、既存の化学兵器の価値が低下傾向にある事も大きい。現時点で集中運用の機会はなく、運用が想定される頃には新型の化学兵器が実戦配備されるだろうとの思惑から旧来の化学兵器の処分が想定されていた。
選択と集中の波は化学兵器にまで押し寄せていたと言える。
エイゼンタールはそうした概要に世知辛さを覚えた。
しかし、実際はそれだけに留まらない。
皇国枢密院は化学兵器が部族連邦の人口密集地で使用する事を望んでいた。
否、工作によって人口密集地で民間人を巻き込みながら使用するように誘導する心算であった。
神州国の非道を訴えて部族連邦領土全域の保護の根拠とするべきと考えていたのだ。
そうした化学兵器は密輸ではなく、一部の武器と同様に国境紛争の際に放棄した陣地の武器庫から鹵獲されたという筋書きとなる予定であった。密輸ばかりを理由とした場合の不自然を避ける措置であり、皇国の非を最大限に低減させる為の方策でもある。
エイゼンタールはそうした情け容赦ない事実を知らない。
「放置されている訳ではないのだけど、廃棄予定のものを横流しする事は可能よ」
「しかし、盗み出せるとは思えないが……」
「急な軍拡に運用兵器の選択と集中……ヒトもモノも出入りが激しい。汚職で小金を稼ぐ輩も紛れ込む上に増える。まぁ……話の分かる軍人よ」
そうした軍人が増加している事も確かであり、憲兵隊による摘発も激化している。 横領相手と揉め事が起きた挙句に殺されてシュットガルト湖で水死体となった軍人まで出ており、それは当然の様に憲兵隊や情報部が手を打ったものと市井では囁かれている。日頃の行いと言えるが、憲兵隊は外交への関与まで要求されている為、全国的に不足しており、手段に於いて非合法であっても即効性のある方法を取る傾向にあった。
フィロメーラは納得を見せる。
軍からの非合法な物資流出は皇国の新聞社でも取り上げられており、社会問題の一つとなっていた。
「同志との合意を······いや、是非、お願いしたい」
こうした機会が早々何度も訪れいなと見たのかフィロメーラは自身の判断で化学兵器を発注する。
「料金はこのくらい。前金は何時も通り。ただ、投射手段は流石に用意できない」
木箱に乗せていた箱型靴から書類を取り出して、フィロメーラに投げ渡す。
掴み取ったフィロメーラは軽く眉を跳ね上げて、書類を読み漁った。眉が跳ね上がったのは、その安値に驚いたのだろうと、エイゼンタールは見た。
「所詮は廃棄品よ。それに、上客には特売価格で提供して今後の契約にも前向きでいて貰いたいという事ね」
可能な限り武器売却を推進せよという命令があるので、怪しまれない限りに於いては安価で売却する事も許されており、そうした意味では現場の裁量が大きい任務であった。エイゼンタールだけではなく、部族連邦の各地でこうした動きは起きている。
尤も、化学兵器に関してはエイゼンタールのみが取り引きを任されている。複数の経路が確保できる程に容易な兵器ではない以上、その経路が複数ある様に見える事は不信感を抱かれるとの判断からであった。
廃棄品が金銭に変わり、謀略にも有益で、部族連邦軍人の歓心も買える。
三方良しの精神である。
エイゼンタールは、これ程悪意のある三方良しもないだろうと口元を歪める。
言い出したのはカナリスであったが、中々どうして皮肉が利いていた。経済発展を御題目に無制限の商取引を叫んでいた経済連合の面々も草葉の陰で歓喜しているだろうと、エイゼンタールは感心するしかない。
「これは有難い事だ。上手く使えば……」
作戦を巡らせているであろうフィロメーラを、エイゼンタールは邪魔しない。
しかし、同時に”上手く使えば”という言葉には苦笑せざるを得ない。フィロメーラはその苦笑を商談への好意と見たのか然して反応を示さなかった。
――それを”上手く使える”のか。君達が。
トウカは確かに先例を作った。
だが、それは一度限りの一手であり、奇抜性を以て認識の間隙を突いた作戦に過ぎない。対抗手段は容易であり、既に各国でもそれを前提とした軍の訓練が為されている。何より、飛行爆弾という特異な兵器は現在のところ皇国しか保有していない。
そうした作戦を次々と計画するトウカだからこそ化学兵器の使用に踏み切ったと言える。
部族連邦に上手く使えると、エイゼンタールには思えなかった。
「同意頂けたようで幸いよ。輸送の日時は追って連絡するわ」
立ち上がったエイゼンタール。
フィロメーラが送り出そうと立ち上がる。
エイゼンタールは仕方がないとばかりに砕けた敬礼をして見せ、フィロメーラの一部の隙の無い答礼を受けると外套を翻した。
後には薄暗い倉庫に積み上がった無数の木箱と、部族連邦陸軍の大佐が残った。




