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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》
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第三二五話    神州国の戦巫女



「この様な状況での戦争など愚策以外の何物でもないかと」


純白の狩衣と紫の袴を纏う少女の容姿をした陰陽師の言葉に、議場は喧噪に包まれるが、それを耳にした巫女服でありながら戦動きを意識した礼装を纏う女性は尤もなことだ、と鷹揚に頷く。



 神薙・阿頼耶。



 神州国に在って霊的国防を担う神祇府の長にして神州国随一とされる戦巫女であった。


「神祇府も同様の見解です。妖魔の活発化が確認されている中で夷荻を増やすが如き真似は神聖不可侵なる本土を危うくする」


阿頼耶もまた歯に衣着せぬ物言いの陰陽師に賛同する。


霊的国防、禍つ祓い、神々とヒトの狭間にある者。


戦巫女は古来より神州国で霊的災害の先鋒を担ってきた。


陰陽師もその点は同様だが、同時に陰陽師は他国で言うところの魔導士の役目も負う為、戦巫女の様に霊的国防の専任という訳ではない。


戦巫女が刀を振るいて妖魔を絶ち、陰陽師は巫術を以て妖魔を滅する。


世界最古の国家たる神州国が霊的災害の多い国土で連綿と紡いできた那由他の歴史。


「近年は、戦巫女の才ある者すら軍は徴兵している。霊的国防は危機的状況にある事を諸兄らは理解するべきだ」


武官が一様に視線を逸らす。


 既に人間種であれば中年に差し掛かっているはずの阿頼耶だが、その顔立ちは二十歳前後としか見えない。二十歳前後とするには起伏に富む身体つきと身長だが、その眼光は鋭く文武の重鎮に対して臆する気配もない。


「尤も、ここまで進めてしまえば、最早、引くことは叶いますまい」


 正統教国は宗教思想の違いからの衝突であり、阿頼耶としても致し方ないという論調に一部分は同意できる。しかし、皇国を相手にした膨張政策に関しては国益に資する事すらないと見ていた。


 皇国の苛烈なる新皇は神州国を明確に敵と認識している筈である。


神州国海軍が世界最強である事は疑いないが、皇国の新皇は圧倒的劣勢を幾度も跳ね返してきた人物でもある。戦争ともなれば狂信的なまでの抵抗を示す可能性は十分に有り得た。


 ――うら若き主君を手籠めにして連立王朝……ともなれば私も夷荻を相手に刀を振るわねばならない。


戦巫女の役目は祓い鎮める事にある。


古来より戦争への参加は厳に戒められていた。俗世の争いに加担してはならない。戦巫女の資質を有する者が限られている以上、ヒト同士の争いによる消耗は霊的国防を困難と成さしめる。


「私は中座させていただく。夷荻との戦争は卿らの起こす事であり役目だ。努々、無様を晒さぬようにするがいい」


上座の御簾に窺える人影に平伏し、立ち上がる阿頼耶。


元より神祇府の政治権力は微々たるものであり大勢を是正し得るものではない。


勝機の見えない政争を続けるくらいならば、最悪の状況で最善の一手を為す準備を進めるべきであるというのが阿頼耶の結論であった。


 怜悧な視線を薙ぎ払う様に翻した千早を揺らし、阿頼耶は蘭州簡草の畳を進む。


――正統教国には勝利できるだろう。艦隊戦力を損なった現状を好機と見た憲章同盟が殴り付ける構えを見せている。


正統教国本土までは遠く、軍官僚も本土の割譲までは考えていないが、皇国に対しては大陸の領有の容認を求めるという方針を打ち出している。


 皇国本土の割譲ではなく、幾つかの島嶼と部族連邦の領土割譲の正統性を認めさせる。


皇国が併合した部族連邦南部ではなく、それ以外……特に東部の併合を皇国に認めさせる事が対皇国戦役の骨子である。以前の島嶼の占領ではなく、大陸の利権を求めて大陸領土を狙っていた。


 海洋国家が大陸国家の領域で争う危険を陸海軍も理解しているが、それ故に弱体化著しい事が明白となった部族連邦への領土的野心を剥き出しにしつつある。大陸国家の側面をより少ない出費で獲得できるのではないかという野心。


皇国は多種族の濫傷として、比較的近しい種族や貧困に苦しむ多種族の保護を掲げて保護占領を行ったが、神州国にはその大義名分がない。


 そこで、その正当性を皇国に担保させようとしているのだ。


単独では部族連邦全土の貧困解消を行うだけの国力を持たない。


神州国が支援するという名目で部族連邦東部への進駐を認める。講和条約にそうした条文を盛り込むことで、部族連邦に対する侵略を正当化しようとしていた。


 阿頼耶はそれを恥知らずな遣り様だと唾棄する。


 皇国が行っているから許される訳ではない。


 寧ろ、皇国による部族連邦北部の占領やエスタンジア併合の動きも、その地域に住まう者達の少なくない数が好意的に受け止め、それに応えるべく真大な予算を投じて公共施設整備や教育の平準化を目指している。それは皇国本土との生活水準の平準化を求めての事であり、皇国はそれを皇民化政策と呼んでいた。


 皇民化政策はあくまでも生活水準と権利、義務を最終的に皇国本土と同等のものとするという政策であり、文化や宗教は放置する。無論、これは各地の独自性を収奪すべきではないという建前が謳われているが、実情として新皇は文化や宗教に対して無頓着であった。実害を及ぼさなければ捨て置けという本心は、その立ち振る舞いから見て取れる。


 ――実利は忠誠と敬愛を生み、それは権威に転じると言ったところか。


個人の思想に繋がる部分に踏み込まない事は賞賛すべきことである。


例え、それが損益上の計算の結果としても。


「果たして、それを我が国にできるのか」


軍主導で大陸の権利を求めている以上、それは期待できないというのが阿頼耶の結論であった。 新皇の様に組織や傘下の団体への利益誘導を試みる官僚に対して銃口を向ける覚悟が、国内の占領地から収奪せよと叫ぶ声を軍事力を以てしてでも押さえ付ける覚悟があるのか。


 とても阿頼耶には、あるようには見えなかった。


結果として、例え皇国に有利な講和を強要できたとしても、部族連邦東部の統治には失敗する。


「その時、皇国が黙っているものか……」


 国民感情から占領地を放置できず、無血撤退すらできず大陸で大出血を強いられることになるのではないのかという懸念もある。大陸に派遣した大軍を包囲、拘束する形で海軍も出血を強いられる可能性とてあった。陸軍兵力を撤収させようと沿岸に接近する海軍艦艇に群がる航空騎の大群は容易に想像できる。


 気の遠くなる様な樹齢の木材を用い、遥か昔に作られた渡り廊下を進む阿頼耶。


 左右に窺える庭園はよく手入れされており、神州国の枢機に相応しい佇まいを見せているが、去りとて憂色の戦巫女の木を晴らすには至らない。


「府長官殿」


背後からの呼び掛け。


阿頼耶は歩みを止めない。


相手の追足音が続く。規則的であり、心情に乱れがない事が察せるが、相手の正体を思えば当然のことであると阿頼耶は然したる感慨も抱かない。


「相も変わらず愛想が悪い。それでは行き遅れますよ?」


並び立って歩く二人。



陰陽府長官・安倍晴明。



純白の髪を棚引かせ、血色の瞳が楽し気に揺れる。


知らぬ中ではないと如才なく表現するには互いの過去を知り過ぎている二人は、互いに妖魔討滅が主目的の組織の長であるが故に協力関係にあった。優位を競い、相手組織を邪魔だと考える程、現在の神州国に破邪の資質を持つ者は多くない。自然と協力関係は深化する事となった。


「九条の姫君は息災か?」


晴明の主君は蝶よ花よと育てられたにしては肝の座った人物であるが、外見通りに婿やかな人物でもあった。勘気が過ぎて寿命を縮める気質ではないが、それでも現状の神州国政治に対して思いを馳せれば感情を乱さざるを得ないと阿頼耶は見ている。優しさは時として深い憎悪を招く。


「息災過ぎて困ります」


 その姫君の意向を受けた晴明は、御前会議では外征を主張する軍と激しく対立していた。阿頼耶としては巻き込まれては堪らないというのが偽らざる本音である。貶す程度が関の山である不毛以上を阿頼耶は望まない。


「攻魔祭祀抜刀隊、予備戦力は?」


「精々が三個中隊だ。何をするにしても当てにされては困る」


まさか武力で政権奪取を図る心算か、とは国家枢機を担う建造物内で口にはできないが、その意味を察した晴明は肩を竦めるだけに留める。


選択肢の一つであると言いたげであるが、それ以外の選択肢がない訳ではないという意図であろうと見た阿頼耶は短く嘆息する。


 神祇府は戦巫女という対魔戦力を有し、それらは総称して特務攻魔遊撃隊と呼ばれている。退魔適正の都合上、全てが比較的若い婦女子で構成されており、神々の神威を得て極めて強力な武力を行使する。任務上、刀剣による近接戦闘に限られるが、その実力は一人で歩兵三個小隊に相当するとされていた。それでも妖魔討滅の際には犠牲が生じる事もある。


 そうした危険な妖魔討滅を行う戦巫女の中でも、特別に優秀な者を集めた精鋭部隊として攻魔祭祀抜刀隊が存在する。神州国全体でも五〇〇〇名程度しか存在しない戦巫女から三〇名が選出される最精鋭の戦巫女であり、三〇名を以て一個中隊という扱いを受けていた。


「愈々となれば、 この神都での市街戦の最中に陛下を御救いする事ができると知れただけでも僥倖です」


「首都決戦もり得る、と?」


 戦時下とはいえ、遠く離れた敵国の首都を無警告で焼き討ちする相手にないとは言い切れないが、軍事的に見て大星洋を超えて神州国本土に強襲上陸を敢行して首都まで攻め入るというのは現実感に乏しい。無論、島嶼を奪われ、件の戦略爆撃を行われる可能性はある。それを抑止するべく神州国海軍が大星洋での制海権獲得に躍起になっている事も理解していた。大陸からの渡洋爆撃が航続距離の都合上、不可能である事を踏まえると主要な島嶼を抑え、海上戦力の優位を保持し続ける事は必須である。


大陸に植民地が必要とは阿頼耶は考えないが、大星洋での制海権確保は必要だと考えていた。


 ――軍の考えも完全に間違いという訳ではない。


問題は何処かで誰かが金を握らされて大陸侵攻などという思惑を付け加えている事にある。部族連邦が劣弱であるから海洋国家でも攻め取れるというのは短期的な視点でしかない。隣接する事になる皇国や連合王国を商用航路の遮断を以て抑止できるという考えも甘いと言わざるを得ない。


 そうした阿頼耶の推測を笑う様に晴明は告げる。


「いえ、残敵掃討ですよ。我々は家畜の様に追い立てられて屠殺される事になる。我が姫はそうお考えです」


「被害妄想だな。医者に診せるべきではないか?」


 彼我の戦力差を踏まえると一方的な戦争にはならない。ただ、相手国の指導者が苛烈無比で優秀であるから自国が滅亡するというのは推測とはなり得なかった。


 国家方針には裏付けが必要である。


「妄想で国家は動かない」


九条の姫君……飛鳥の提案が受け入れられなかったのは根拠がなかったからに他ならない。


曖昧で中庸な現状維持でしかないと見られていた。ヒトの強欲を見れば、現状維持が暴れ狂う国益を満足させ得る事がないのは明白である。


「妄想か……それが何処かに繋がって技術が出てくるとしても? 妄想とはなにか? 狐を化かすならば姫様の妄想は妄想の域を超えるのでは……」


 それは独語に近い。


「狐系種族である晴明を化かすならば、阿頼耶としても興味を抱かずにはいられない。現世と隔世を踏み越えた先に無数の世界へと繋がる余地がある。


「曰く、新皇の幼馴染と時折、接触できる……らしい?」


確証の乏しい話を聞かされるのは一般的に傍迷惑に分類されるが、阿頼耶の場合は、その立場ゆえに荒唐無稽と断じる事ができなかった。


「新皇は次元漂流者と聞くが? ……確かに寸分違わぬ肉体や魂魄の情報連結や個の意識の混交は在り得ると聞くが……」


世界という壁を越え得る。


実はこの世界には少なからず先例がある。


無論、それは世界全体という例を更に数千年という期間で俯瞰した場合の話である。


 前世記憶と呼ばれるものを有し、明らかに既存技術とは切り離された大系を形成した例もあれば、政策、文化、物語、そして神話を成した場合もある。


 肉体諸共に突然この世界へと漂着する次元漂流者とは違う形での世界への干渉であると歴史家は語る。


事実、そうした影響が最も色濃く残る国家が世界最古の国家である神州国であった。


阿頼耶は戦巫女を統べる一族の当主であり、神州国成立時からの血脈でもある。故に一般には流布していない数々の歴史を継承している一族でもあった。


「何を得て、何を喪ったか。それが重要だろう」


 国益に資するナニカを明確に得ているならば、妄言とは言い難い。その内容が現実離れしたものであればある程に幻想は現実を滲ませる。


阿頼耶は晴明という狐を……妖怪を良く理解している。


晴明とて一族の初代が記した文献にその姓名があり、内容と整合する言動や容姿。そして何よりも歴史の彼方へと消えた筈の事実を次々と口にする為、阿頼耶も同一人物であろうと見ていた。


 そうした経緯から晴明が、主君が相手とて易々と言い包められる人物ではないという確信が阿頼耶にはある。


 相応の根拠があると阿頼耶は見ていた。


「我が国初の航空母艦……その設計と運用法。その出処ですよ」


「……皇国と内通の可能性は?」


口にしながらも阿頼耶はその線が極めて薄い事を理解していた。 相応の根拠があると阿頼耶は見ていた。


 皇国が設計図を漏洩させた可能性、或いは諜報部隊を用いて情報を収奪した可能性。


 安易に漏洩できる情報ではなく、航空母艦の建造を終えている現状を踏まえれば、新皇の到来からかなり近い段階で情報を取得したと考えられる。その短期間で建造可能になるまでの技術情報を獲得できると考える程に阿頼耶は無知ではない。


 それは軍艦に対する理解からではなく、複雑な大型建造物に対する感性としてのものに他ならない。単純な話として建造物が大型で複雑になる程に設計は規模と使用技術の種類が増える。


 無論、九条の姫君……飛鳥がトウカと連携しているという可能性も有るが、海洋国家である神州国に最先端兵器となり得る航空母艦の設計図を開示するのは不利益が余りにも大きい。


 ――他の情報源があったという線も有り得る事ではあるが……


 確かに、九条家の支援の下で航空母艦の建造が行われている事は阿頼耶の耳にも届いていたが、それは極めて迅速な動きであり、設計に要した時間は極めて短期間である事は明白であった。的確な助言があったと見れば辻褄が合う。


「航空機……飛行する機械の技術も大凡は得られた様です。技術者を集めて記憶情報や数式などを解析させていますが、技術体系が余りにも異なるので軍用に耐え得る兵器の量産となると一〇年は欲しい、と言われましたが」


 阿頼耶は聞きたくない情報を聞いたと顔を顰める。


 新皇の世界では飛行する兵器が大規模に運用されており、この世界ではそうした兵器を短期間で量産する事が困難であると見たからこそ、翼竜や飛竜を用いたのだろうと予想できる一言。


 逆説的に言えば、その程度の時間を掛ければ飛行する兵器が戦場に姿を見せるという事でもある。


 ――いや、龍種の多い皇国は航空技術に長けている。


 神州国が一〇年を要するとしても、それよりも遥かに短期間で戦場に姿を見せる可能性は十分に有り得た。


「何が言いたい?」


既に正門が見え始めた中で阿頼耶は晴明へ問う。


正統性や根拠を積み上げるのは、目的を明白にしてからである事が好ましい。議論とはそうしたものである。


尻尾を丸めた晴明は朗らかに笑う。


「今晩、お酒でもどうかしら?」


 酒精を嗜みながらの議論。


 碌なものではないが、議題が碌でもないならば致し方ない。


つまるところ阿頼耶もまた想像の外の出来事に意見を纏め切れないでいた。








「程々にせよと言ったではないか、馬鹿者め」


右腕に絡み付いてくる晴明を、文句を零しながらも阿頼耶は引き剥がす真似はしない。満更でもないなどという理由からではなく、それが無駄であると長い交友関係の中で学んだからに過ぎなかった。


 手にした行燈が揺れ、佩いた刀が揺れる。


「久しぶりはい。よかろー」


元の怪しげな方言に戻した晴明に、阿頼耶は嘆息する。


 難題を突き付けられた後であるというのに、気の抜けた遣り取りに酒精交じりの息を吐いて天を仰ぐ姿は傍目に見ても緊張感に欠ける事を阿頼耶は自覚していた。


「困った事だ……」


九条飛鳥は本物であった。


 天文学的悪意としか評し様のない事実に対し、阿頼耶は酷い嫌悪感を覚えた。異世界が己の世界と国家をより悲惨な方向へと奔らせているという印象。そして、その矛先を向ける相手を阿頼耶は見極められないでいた。


それを為した神々。


世界に遍く存在する八百万の神々。


その神の意志の尖兵、或いは駒として異邦人達が存在するのではないかという阿頼耶の直感。


 ――我々は神々の意図に抵抗している事になる。


或いは、その抵抗も意図するところであるのか。


トウカだけではなく、飛鳥と夢を介して遣り取りしているというもう一人のアスカという存在もまた神々の意向が介在している可能性が捨てきれない。同じ世界から同じ世界に干渉し、互いに敵対しつつある陣営に属している。端的に見て天文学的奇跡の重ね掛けに他ならない。


 万が一、御伺いを立てるにも神々は八百万。


その立場と意図は様々で、どの神の意向か働いているかという点から始まる以上、時間的に手遅れとなる公算が高い。


「飛行機乗ってみたかー」


大層と機械仕掛けの翼に興味があるのか、晴明は飛行機を作りたいと口にして聞かない。


 ――後部から炎を噴射して金属の塊を空へ飛ばす、か。簡単に言ってくれる。


二人のアスカは軍事の専門家ではない。


具体的な事柄や数式を口にすれども、そこに至るまでの理解と経緯がない為に実用化できる部分は限られていた。揚力の原理などが以前に海軍の研究部門に持ち込まれたとの事であるが、その技術は持て余し気味である。


 神州国海軍は航空母艦から射出する巨大な誘導砲弾に揚力を利用する事に興味を示しているが、推進器や誘導装置の技術的未熟……そして何よりも艦隊決戦に固執する派閥がそれを阻んでいた。


木造建築物の群れの中を二人は進む。


夜の帳が降りて久しく、ヒトの姿は通りにまばらであった。


 酔漢が腰掛けて眠る軒先に、夜通し営業を続ける居酒屋の提灯。声が枯れて間延びした客引きの呼び込みに、草臥れた表情で隊伍を進ませる検非違使。


変哲のない神州国首都の光景である。


そうした中で破砕音が響く。


人々は一瞥すると反対方向へと駆け始める。そこには驚きはなく緊張もない。いつもの光景。


「妖魔と?」


「だろうな」


木造家屋の屋根を駆ける戦巫女の姿に、阿頼耶も晴明と同じ答えに行き当たる。


戦巫女達は刀剣や弓矢を手に楔形の隊伍を組んで屋根から屋根へと飛び移る。決意を胸に天翔ける乙女の姿は壮観の一言に尽きるが、阿頼耶はその練度に眉を顰める。阿頼耶から見て隊伍は乱れ、速度も不十分であった。当然、戦闘技量もそれに応じた程度である事は疑いない。


 頭上を飛び越えた戦巫女達の姿に民衆からの喝采が飛ぶ。


傍目に見ても勇ましい光景だが実力が伴っていないと阿頼耶は看破した。


「攻魔遊撃隊も堕ちたものだ。我ながら情けない」


 戦巫女達の健気に対し、政治の凋落は著しい。


 予算は年々減少し、それに応じて練度は低下傾向にある。訓練をするにも環境や装備は重要であり、何よりも給与の低下は軍への人材流出を招いた。戦巫女が妖魔を討滅する際に使用する神装の運用と管理が神祇府である事は変わりないが、元より戦巫女とは総じて優れた魔導資質を有する。選択する職業として戦巫女は嘗て程の魅力を持たない。


ただ、義務感だけが現在の戦列を支えていた。


それは健気以外の何物でもない。


「行かんとよ?」


「……止むを得んか」


阿頼耶としては組織の長が軽々と戦場に姿を見せる事への躊躇があったが、眼前で座視したと知られれば、戦巫女達の士気低下を招きかねない。健気は意思である。そして意思は感情。ならば感情を損なう真似は出来なかった。


嘆息と共に阿頼耶は晴明の手を取る。


「往くぞ」


 一言。


 景色が一変する。


 夜空。


 捨て置かれた行燈が通りで燃える。


 戦巫女として卓越した技量と才覚を持つ阿頼耶が飛び上がれば、有翼種が頻繁に飛び交う主要高度まで届き得る。


本来、戦巫女の持つ破魔の力は年齢と共に減衰するが、阿頼耶はその容姿の変化と同様に減衰率は乏しかった。


「おぬしなぁ~~~~」


引き摺る様に、共に舞い上がった晴明が悲鳴交じりの文句を口にするが、早々に魔導障壁を足元に展開して大気に飛び乗る様に滑空を始める。神州国随一の陰陽師は滑空への理解と技量も持ち合わせていた。


阿頼耶は噴煙の上がる地点を、月明りを頼りに見つけ、空中で腰に伺いた愛刀を抜き放つ。


月光を受けて流麗な刀身が露わになる。


流星刀と称される隕鉄によって鍛造された護神刀である。


その刀を手にした阿頼耶は、文字通り流星の如き速度で天下る。


 地上に近づくにつれて克明となる社の一角で暴れ狂う妖魔。


無数と居るが、一際大きい一つに阿頼耶は垂直に近い角度で迫る。


上段に構えた流星刀。


妖魔へと斬り掛かる阿頼耶。


狙うは首筋。


独特の掛け声を以て一刀を振り下ろす。


自由落下による圧倒的な運動力を加えた斬撃は狙い過たず四足歩行の妖魔の首筋を一刀の元に両断する。


最大限の身体強化と風魔術による急制動……それでは足りぬと真下の妖魔を踏み付ける形で衝撃を往なして大地へと降り立つ戦巫女筆頭。


通常兵装や打撃では致命傷を与え難い妖魔の特性を忘れず、阿頼耶は欠かさず足元で拉げた妖魔に流星刀を突き立てると、刀身上を流れる粘着質の青い体液を血振りで吹き散らす。


「神祇長!」


「畳みかける、続け!」


阿頼耶の正体に気付いた戦巫女が近付くが、それを制して妖魔の群れへと斬り込む。


その光景、正に一騎当千。


常に一刀で斬り伏せる。


それも妖魔が両断される程の斬撃。


咄嗟に手足や角、尻尾などで防御する妖魔のそうした部位諸共に両断する様は悪鬼羅刹の如くあり、武芸よりも裂帛の意志で押し切るという姿は平素の彼女からは想像のできない剛剣と言えた。


その剣術は薬丸示顕流と呼ばれるもので、神州国に流れ着いた武士が伝承したものである。


 次々と討滅される妖魔。


 しかし、そこに往時の雄々しさはない。


「全く……問題ばかりだな」


 神州国、それは異世界が息衝く国家である。





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