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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》
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第三二三話    海軍の憂鬱 Ⅲ





「帝国中部への爆撃計画だと?」


トウカは鸚鵡返しに聞き返す。


航空爆弾量産化の目途が立ち……そもそも構造が簡易である為、生産数は他兵器よりも爆発的に増加しているが、戦略爆撃航空団の総数を踏まえれば未だ本格的な爆撃は避けたいというのがトウカの判断であった。エレンツィア空襲などですら本来は避けたいと考えていた程である。


「戦略爆撃航空団は空襲の対策を講じられる前に可能な限り帝国に打撃を加えたいとの意向を示しています」


皇州同盟軍航空総監として新補せられたガーランド中将の言葉に、トウカは鼻白む。


アーダルベルトを始めとした航空閥形成の動きに対し、トウカは早々に取り込む構えを見せた。その一環として龍系種族でクロウ·クルワッハ公爵領出身のガーランド中将を皇州同盟軍へと招聘して航空総監の地位に付けた。これは航空艦隊増強に当たっての協力体制の強化の一環であり、その見返りとして錬成中の航空艦隊は七つを超える規模にまで拡大している。無論、万全の状態での実戦投入には二年の猶予が必要であり、航空装備の不足も目立つ。航空騎は飛行生物を利用した生体兵器であり、個体差に合わせて調整する必要がある部品もあった。


「貴官はどうか? 賛成か? 航空閥の意向か?」トウカは矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。


複合的な要因によって戦略爆撃を為さねばならないとしても、国内政治の権力闘争の都合で成すというのであれば、トウカは掣肘する立場に回らねばならない。外敵の排除によって権力基盤の磐石化を図る動きはトウカの得意とするところであるが、自身の指導する国家で派閥が政治闘争の為に軍事行動を図るのであれば、後の意図しない暴発の先例となりかねなかった。


 ガーランドは逡巡を見せた後に頷く。


「当官も賛成です。陛下の仰られた機略戦の概念の面からも帝国に時間的余裕を与えるべきではないかと」


 対策を講じられては戦略爆撃の効果は減少する上、貴重な戦略爆撃騎を消耗する恐れもあった。現に帝国各地では空襲対策に要衝の可燃物を撤去し、各地に防空監視所を設ける事で早期発見に努めている。加えて対空砲の初期生産が始まっており、これは高初速の野戦砲を流用したものである為に増産体制までの時間は短いと見られていた。無論、対空戦闘の理論も未熟で、照準器も原始的なものである為に命中率は極めて低いが、要衝で数を揃えて弾幕射撃を受ければ脅威である。撃墜騎が生じずとも爆撃精度には多大な影響が出る事が想定された。


 ――現状、高度な爆撃照準装置が存在しないからな。


 有翼種や耳長族などの風に対する理解が深い種族が爆撃手として活躍しているが、それでも第二次世界大戦中期の爆撃精度に届くかという程度であった。これ以上の安定した爆撃精度向上は照準機によるものでしか成し得ない。


 ――種族の特性で第二次世界大戦初期の照準器に匹敵するだけでも驚きだが。


 しかし、それ以上の向上を見込めないことも事実である。


「……一理あるが……帝国の航空戦力整備は遅れていると報告を受けているが?」


航空騎の迎撃は航空騎によって行う事が最も効率的である。地対空誘導弾があったとしても生体兵器である航空騎は熱源として見た場合、低温である為に捕捉は現実的ではない。魔導波や式神などによる誘導方式の開発が進められているが、入力や出力に関しての制御が未だ模索段階にあった。


現実的な迎撃手段の中でも最も効果的なものは迎撃騎による要撃である。


 翼竜や飛竜を資源として見ていた帝国は、領内の飛行する大型生物の多くを狩り立てていた経緯がある。故に現在の生息数は極めて少なく、運用可能なまでに育成する設備や人員も限られていた。


「帝国では現在、共産党を名乗る武装勢力が反政府運動を繰り広げている。外敵の存在によりそうした勢力の伸長が阻まれるのは避けたい」


外敵による困難は国民の意識を統一する。


反政府運動が徐々に広がりつつある中で断続的な戦略爆撃を行えば、帝国の民意が帝国政府の下で一つになりかねない。


 ナポレオン曰く、敵が間違いを犯している時は邪魔するな、という名言の通り、帝国の失態は頓挫させるべきではなく、寧ろ促進する努力をするべきであった。


加えて、戦略爆撃に対応できない事に不満を募らせて政権が崩壊するという幻想は抱くべきではない。寧ろ歴史的に見て戦略爆撃のみで降伏した国家は存在しない。敵意だけが醸成される結果となる。


 本格的な本土侵攻前に集中的に交通網や工業地帯に目標を絞って行うべきであった。政治的成果しか得られない都市爆撃は敵意だけが増える。


 帝都空襲とて政治的都合……トウカの権威確立を理由としたもので、軍事的効果として見た場合は無意味な民間人の殺戮に過ぎなかった。


「それよりも洋上哨戒だ」


トウカは戦略爆撃航空団を遊ばせておく心算はなかった。


「哨戒ですか?」


印象に乏しいのかガーランドの表情は冴えない。


大星洋上での哨戒行動は、現時点では海軍艦艇が主力を担っているが、その数と範囲の都合から近海のみに留まっていた。神州国海軍との偶発的衝突の可能性もそれを後押ししている。


「戦略爆撃騎を偵察騎として大星洋の広域哨戒網を形成する。これは神州国艦隊の動向を把握する目的もあるが、それ以上に神州国に圧力を掛ける事が目的だ」


戦略爆撃騎であれば神州国海軍からの迎撃は受け難く、長い後続距離を生かして広範囲の哨戒行動が可能であった。


トウカは地下執務室の壁に貼り付けられた地図を一瞥する。


大星洋は広い。


 トウカの知識で言えば太平洋程ではないが、大西洋に近い規模を持つ。異なる点は相応の面積を持つ島嶼がそれよりも多く点在する点にある。よって拠点として利用できる海域は多く、複雑な海流が航路を制限していた。


 突然、近海に大艦隊が押し寄せるという状況を避ける為にも哨戒行動は重要であった。


「渡洋飛行訓練も兼ねる事になる。空襲目標との間に海域が存在しないとも限らない」


その意味を察したガーランドが何とも言えない表情に転じる。


 航空母艦からの発艦を思い浮かべている事はトウカにも容易に想像できたが、実際は島嶼部から神州国本土への空襲に備えてのものであった。無論、戦況次第では航空母艦からの戦略爆撃も在り得るのでトウカは否定しない。


「海を挟めば戦略爆撃ができないでは困る。意味は分かるな?」


神州国に戦略爆撃を加える。


その程度の事を察せない航空総監ではない。


しかし、その表情は硬い。


「……木造家屋への攻撃を前提とした焼夷弾の生産指示は――」


「――君、まさか虐殺だとでも言いたいのか?」トウカは呆れた表情を隠さない。


皇州同盟軍航空隊は戦略爆撃騎の比率が高い。これはトウカの戦略爆撃航空団を直轄で一元管理したいという意向からのものである。国内外を高空から睥睨する戦略爆撃騎は諸勢力の蠢動を大きく抑制するというトウカの推測に基づいた判断であった。そうである以上、その運用は政治的なものであり、組織間の利害で阻害される可能性は排除するべきである。


その結果として皇州同盟軍航空隊は戦略爆撃専従に等しい状況となっている。


そうした航空隊を統率する航空総監である以上、戦略爆撃の政治的効果への理解が乏しい事は致命的であった。軍事的、技術的理解だけでは足りない。


「まぁ、虐殺というのは端的に見て間違いではないが。相手が帝国であれ他国であれ、戦略爆撃などというものは取り繕ったところで民間人の虐殺だ。対象国が変われば罪悪感が増減するとでも言いたいのか? 我々は既にそれを実施している」


それを理解した上で尚も実施する必要があった。戦場での実行者の負担を理解しなければ、戦略爆撃航空団からの反発や抵抗が生じかねない。


 ――その辺りをノナカ大佐も嫌ったのだろうが。


当初は皇州同盟軍航空総監にはノナカを押す声が大きかったものの、当人が固辞した為、龍種派閥の意向を汲んでガーランドが推認されたという経緯がある。


現場との距離が開くことをノナカは嫌った。


 戦略爆撃というある種の虐殺を部下に命じる以上、それは自らが陣頭に立たねばならないという強迫観念をノナカは持っているとトウカは見ていた。


 それを以て正当性と、何よりも自らが部下に手を汚させるだけの卑怯者ではないと証明し続けようとしていた。


 軍人というよりも筋者の理論である。


しかし、元より戦略爆撃の経験者であるものの、組織運営や航空行政への関与に不安がある為、トウカも無理強いはしなかった。


「都市が松明になる。君達の大好きな戦略爆撃がより効率的に虐殺を行う為の手段であることを忘れるな」


龍種派閥拡大の好機だと勇み足の者が多いが、戦略爆撃の負の側面を理解している者は殆どいない。


戦略爆撃航空団が皇州同盟軍……天帝であるトウカが直率しているのは、そうした精神的負担からの保全という意味もあった。天帝という権威者の容認を以て自己正当化を図る余地が戦略爆撃航空団将兵には必要なのだ。


 無論、それはトウカがその罪から避け得ないという事でもあった。


 敵国に対して罪の意識を感じないトウカには無用の懸念であるが、天帝の権威に影響するのは確かである。ヨエルとクレアもその点については懸念していた。


「しかし、工業地帯を爆撃するという名目があります」


「それは建前だ。第一、その工業地帯に勤務する労働者は何処に居住している? 工業地帯の内部か周囲だ」


 通勤や利便性を理由に勤務地の近くに居住するのはヒトの性である。或いは、労働者を求めて人口密集地の近くに工業地帯を造成する場合もあった。


 戦略爆撃に巻き込まれる民間人は多く、そして避け得ない。


「忘れるな。余も貴様も部下に大量虐殺を要求しているのだ」


 善悪も正邪も踏み越えて、国益に為に他国の民間人を松明に()べるという、ヒトに多大な負担を強いる行為を将兵に要求しているという事実を正確に認識せねばならない。


 建前や理屈を口にする必要性はあるが、本質から目を背けて理解しない事は許されない。本質を理解し、その対策と対応を講じる立場にトウカもガーランドも立っている。


「まぁ、職場環境をより良くする努力を怠るなという事だ」一転して簡潔に纏めるトウカ。


 論理と命令は簡潔であればある程に好ましい。無論、簡潔を求めて難解に背を向ける行為は論外であるが。


戦略爆撃に無制限潜水艦戦。


民間人を殺害する事を厭わぬ時代を駆け抜ける覚悟を、トウカはガーランドに要求する。










「落成式をしてやれないのは残念だが、工兵隊には十分な褒賞を約束する」


 トウカは揺れる哨戒艇上で建設指揮を執っている工兵中佐の肩を叩く。


 眼前には巨大な掩体壕が整列している。



 船舶掩体壕(ブンカー)



 停泊中の潜水艦の隠蔽と防護を目的とした施設であり、潜水艦用の強固な掩体壕と言えた。将来的な航空攻撃への対策として十分な予算の下で建造が開始されたが、その建築には工兵師団が関与していた。


 外周部は建設企業によって建築されたが、内装や設備に関しては隠蔽の為に工兵師団の手によって建築されている。


 トウカとしては外観に不満はない。


「元々、沿岸沿いの断崖にあった洞穴を広げる形で建築を進めましたので、工期の大幅な短縮が可能となりました」


「母親唯一の息子への善行ということか……」


 トウカは知っている。シュットガルト湖が発生した経緯が自らの母親にある事を。そして、その発生経緯から大穴のある反り立つ様な崖が海岸沿いで散見される事も。自身を産み落とした点を考慮しないところが真にトウカらしい。


首を傾げる周囲を黙殺し、トウカは巨大な船舶掩体壕(ブンカー)を見上げる。


徐々に近づく哨戒艇が小型である事も相まって特段と大型に感じられるその威容は、入港する船舶が飲み込まれていく様な印象を受ける。


入港する哨戒艇。


天井には人工の明かりが等間隔に灯り、移動式起重機の軌条(レール)が無数に走っている。 内部の全高は一〇Mもなく、駆逐艦や軽巡洋艦が入港できる程度であり、潜水艦と周辺を哨戒する小型艦艇が主に運用される事となる。


皇国海軍艦艇のみならず、この世界の魔導通信は高所に空中線(アンテナ)を配置する必要性に乏しく、高所に配置したとしてもそれは兵器の部品配置の都合上に過ぎない。高所に配置する技術的優位性はなかった。その為、艦艇が花魁の簪の如く艦橋上部を飾っておらず、トウカ の知る艦艇よりも全高が低い傾向にある。


 電波通信が実用に足り得る状況になったら話は変わるが。


魔導通信は魔導波が入り乱れる戦場などでは極端な性能低下を招く。特に長距離通信は受信側の周辺環境の影響が大きい。その為、内戦中は大型騎が魔導波の乱れが少ない高空で受信を行う事も試みられた。そうした経緯もあり、安定した長距離通信や索敵の為に電子技術の発展には特に予算と人員が割かれている。


 とは言え、あくまでも潜水艦が主に運用する拠点であり、全高を必要としない上、拡充する事で費用が嵩む事は避けねばならないという部分が大きい。何より海軍に戦艦二隻と多数の重巡洋艦を永久貸与した事で皇州同盟軍艦隊は全高のある艦艇を保有していなかった。加えてシュットガルト湖という内海での戦闘を想定し、低視認性を重視している。皇州同盟軍艦隊の艦艇は列強海軍の艦艇と比較して全高が低い傾向にあった。


 現時点で問題とはなり得ない。


「付近の閉鎖都市……軍都の造成も始まっております。そちらは重要技術の研究開発の拠点ではなく、潜水艦乗組員の為の都市となります」


リシアの報告に、トウカは鷹揚に頷く。


 潜水艦の情報隠蔽を図る為、潜水艦基地には人流を極端に制限した閉鎖都市を併設する。家族やそれを取り巻く日常生活に必要な諸々も纏めて一つの都市として成立させる。周辺に農地を造成し、生活必需品の自給率を可能な限り都市周辺で完結させる事で、不便を感じる事無く無菌に近い揺り籠を実現するという目論見は軍内部でも衝撃と共に受け入れられた。


 ――そこまでするのか、か。


トウカは諧謔味を覚えたものである。軍人が勝利の為の方策に、そこまでするのか、と嫌悪感を覚えるという姿は酷く滑稽なものにトウカには思えた。敗北は全てを喪う。主権を喪うという事は、相手の思惑に殺生与奪を委ねるという事に他ならない。そうした悲劇と相対する覚悟を伴わない一言であった。


「そこまでする訳だよ」軍帽を被り直し、トウカは口元を歪める。


 鉄骨と分厚い練石製の安心感は圧迫感をも伴うが、潜水艦の艦内よりかは快適なのか停泊する潜水艦の甲板や岸壁では乗組員がぞんざいな格好で寛いでいる。賭け事に勤しむ者も居れば、缶詰と酒を楽しむ者も居り、市井が抱く精悍な軍隊という印象からはかけ離れていた。


 困った事に全員が女性である。


種族は多種多様だが、一様に小柄な種族の女性で構成されており、狭い艦内であれば小柄であれば優位な面があるという判断からであった。


無論、それは建前であり、捕虜が生じ難いという潜水艦の特性を踏まえた上での非情の判断がそこにはあった。女性の捕虜に対する処遇は想像を絶するものがある。これは帝国との絶滅戦争を前提としたものであるが、帝国海軍も仮想敵である以上、この判断は海軍軍令部でも支持される事となった。


 哨戒艇の艇長が艦橋から飛び出てくると、探照灯に飛び付いて発光信号で痛烈な恨み言を連打する。


「馬鹿共め」


リシアが吐き捨てるが、トウカは聞こえていないという姿勢を貫く。


抜き打ちでの視察である以上、少々の粗相は目を瞑るべきであり、潜水艦勤務の過酷な現状を踏まえれば規律を声高に叫ぶ真似はできない。それを踏まえた上で士官も少々の目溢しをしている事は容易に想像できる。


「どうだ? 我が軍の新兵器は?」


トウカは並び立つシュタイエルハウゼンへと笑い掛ける。


「眼福であります」


シュタイエルハウゼンは全てを察した上で朗らかに応じる。


リシアは額を抑える。


野戦将校の経験もあるリシアだが、最近は天帝の傍に仕える事を意識してか規律に対して厳しい姿勢となっていた。自身の過去の実績を忘れた振る舞いに等しいが、立場が主張を変える切っ掛けとなるのは珍しい事ではない。


「後で見舞うとしようか。抜き打ちで」


「それはいいですな。抜き打ちで」


薄着の女性乗組員に身嗜みを整える時間的余裕を与えずに見舞うというトウカの提案にシュタイエルハウゼンは賛意を示す。周囲の護衛を務める鋭兵が揃って苦笑。性別問わず。


岸壁への接岸準備が始まる中、トウカとシュタイエルハウゼンは互いに言葉を交わす。


「皇州同盟軍艦隊は若干の空母機動部隊と大規模な潜水艦隊、そしてそれを支援する艦隊で構成される事になる。華々しい艦隊決戦に踏み切る戦カは整備されない」


 主力艦は数隻の空母となり、他国との艦隊戦の主力は海軍が担う事になる。元を辿れば〈剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦二隻を地方の伯爵家が保有していた事自体がおかしい事であり、その後継である皇州同盟軍は武装親衛軍への転換に合わせて潜水艦を主体として通商破壊任務主体の軍に再編制される。


 シュタイエルハウゼンは砲術科出身の将官であり、それは大艦巨砲主義の只中にある世界の現状に於いては皇国の精華である。


「陛下は私に大砲屋であった事を忘れろと仰られる」


「その通りだ。とは言え、航空騎を長射程の砲弾と考えて貰っても困るが」トウカは苦笑する。


 旧日本海軍の小沢治三郎中将がそうした考えの下で空母機動部隊の艦載機を多数喪失して早々に交戦能力を喪った例を念頭に置いた冗談であった。無論、山口多門中将の様に飛行による疲労軽減と航空戦力の集中を為すべく過剰に敵艦隊に過剰に接近するという例もあったが。


挙句に空母同士の反航戦である。


「ベルクヴァイン中将を推すという意見もあったが、彼女には機動部隊の指揮をさせるべきだと考えて貴官を任命した」


海上航空戦は機略戦に負うところが大きい。


正しい判断が重要な点は他の戦闘指揮と同様だが、それ以上に意思決定の速度が重視される。航空兵器の威力と後続距離は一撃で勝敗を決する事を可能にし、戦域は広大なものとなった。


 可能な限り空母機動部隊の指揮は航空戦の理解者に任せたい。


それがトウカの意向である。


「潜水艦は新機軸の兵器だ。指揮は手探りになるだろう。概要は計画書に纏めているが、細部は貴官が詰めて欲しい」


最終的には五〇〇隻を優に超える規模になる以上、その指揮統率は皇国海軍史上前代未聞である。強いて言うなれば、トウカの知る第三帝国の領域であるが、概要のみを知るトウカは戦術や戦略、戦訓の概要を用意できても、皇国海軍の実情に見合った形に落とし込む事は容易ではない。


用意された桟橋を渡り、基地司令官の直立不動の敬礼に答えしたトウカは案内不要だと告げる。


「内部は把握している。後は此方で見て回る。用意されたものを見ても意味がない故な。なに、余程の事がなければ貴官の責を問うが如き真似はしない」


片隅で麻薬の栽培をしていたり、人身売買の幇助をしていたのならば岸壁で首を刎ねる必要があるが、トウカの影響下にある皇州同盟軍でそうした振る舞いの末路を理解できない者は居ない。そうした者は既に二度の戦いで戦野に咲き誇る草花の肥料となっている。


 基地司令官の下から歩き出したトウカ。


周囲のシュタイエルハウゼンやリシア、そして護衛の鋭兵一個小隊……そして、その背後に尻尾を楽し気に揺らすベルセリカが続く。


 ベルセリカに関しては枢密院議長であるが、枢密院会議が開催されなければ然して重大な職務がある訳ではない為、融通が利く立場であった。枢密院議長という立場も過ぎたる者に撃肘を加えるだけの実績を持つ人物であるという事が重視され、ベルセリカ自身の実務能力は関心が置かれていない。


 そうした経緯でベルセリカも同行していた。当人は散歩気分である。


「部資材の調達は海路が使えるとは言え、短期間でよく作れたものだ」


 大部分が練石と鉄骨とは言え、莫大な量の輸送と使用には相当の労力が払われた事は疑いない。


「ウェルテンベルク領は一部の軍事施設の地下移転を進めておりました。掘削技術とその装備はそれなりに用意があります」


 リシアの指摘に、トウカはヴェルテンベルク領の偏執的な防御設備を思い出す。


 領都フェルゼンなどは地下空間の利用を前提に建設されており、地下空間に重要施設を置く事で堪航性確保を図っていた。


「マリィの遺産に助けられた形か……」


 母親と愛人?の遺産に助けられた形だが、トウカはそれを口にする事はない。説明し難く、また説明する必要のない事であると、トウカは確信していた。


「シュットガルト運河の拡張工事も進んでいるか?」


シュットガルト湖を潜水艦隊の一大拠点とするのは、防御や機密の観点からであり、同時に現時点では神州国艦隊主力を撃破する事が不可能である為、地形的に進行を受け難い要衝に置くしかないという切実な問題があった。


トウカの姿に気付いて唖然とする、或いは直立不動で敬礼する者達に答礼を返しつつも、一行は造船を行う区画へと足を進める。


 潜水艦基地だけではなく、最奥部には潜水艦専用の船渠も備えており、建造や修理も可能であった。尤も、有事下での損傷艦受け入れを前提とした船渠である為、建造自体は一部でしか行われていない。主要な建造は屋根付きの造船所で監視と警戒の下で細々と行われている。本格的な量産は、潜水艦用の船渠が船舶掩体壕の隣接地域で建築中である為、未だ足踏みが続いていた。


 何より、未だ基礎技術が追い付いていない。


基本的な原理の合意は技術者と取れたが、耐圧に関わる形状や合金などへの理解は未熟であった。工員の習熟を目的とした先行量産艦では漏水が相次いでいる。


――潜行深度が浅過ぎては意味がない。


 トウカの憂鬱を他所に、リシアが報告を口にする。


「進捗に遅延は有りません。元より浅い個所や狭隘な個所は限られています。ただ、ベルネット海峡の防御施設建造の順位繰り下げに周辺領地の貴族が不平を零しているようです」


「公共事業とは言え、軍事基地の建築に前向きになったのは良い事だ」


ベルネット海峡……大星洋とシュットガルト運河の連結点の防衛は急務であるが、移動できない沿岸要塞よりも、移動できる艦隊増強を求めて造船所や軍港の拡充が優先される事が決定している。対艦攻撃騎を配備する〈第七航空艦隊〉が濃密な哨戒網を形成し、シュットガルト運河へ侵入した艦艇に雷爆撃を加えるという迎撃が予定されていた。回避運動に制限の付く運河での航空攻撃である以上、相当な戦果が期待できる。


 無論、シュットガルト湖には水雷艇や遊撃艇が配備されており、近傍の複数航空基地には戦闘爆撃航空団や戦術爆撃航空団が錬成中も含めて多数展開していた。これらによる迎撃が行われた場合、三個艦隊程度であれば、短時間で溶けて消えるであろうとの推測がされていた。


一行の進む先に多数の潜水艦が並ぶ船渠が姿を見せる。


下から見下ろせる限りでは、建造中である為、外板がなく内部構造が剥き出しの艦が多い。しかし積木(ブロック)工法による組み立てである為、煩雑な光景ではなかった。輪切りにされた船体を接続し、上部構造物や装を後付けする役目を負う場所であり、それ以前の工程は軍港外の需工場で行われている。そこから輸送され運び込まれていた。


 ――問題なく積木工法で潜水艦が建造できるとはな……


他所である程度、建造した部品を船渠で接続して一気に完成に近づける積木工法は船渠の占有時間を低減し、船渠以外の場所での建造を可能とする為、建造数増加に大きく寄与する。


だが、分割された船体を接続する溶接の問題から、トウカの世界では大きな問題を起こした事も少なくない。雷撃を受けて溶接個所から浸水した例もあれば、停泊中の艦艇が突然、溶接個所から切断して圧し折れて大破着底した例もある。溶接技術はそれ自体の技術的難易度もあるが工員の練度に負う部分も少なくない。


大規模な溶接は極めて有効であるが、同時に問題のある技術でもある。


しかし、皇国はそうした問題を避けた。


克服ではなく、別系統の技術を用いる事で溶接と同等の効果を取得しつつも、問題を残さなかった。


「あれが錬金術師か……」


工員と言うには肉付きに乏しく、魔術師というには軍人寄りの制服に身を包んだ者達にトウカは興味の視線を向ける。


 錬金術師は同一視されている国もあるが、皇国では前者を広義の魔術的干渉を行う者とし、後者を物質への魔術的干渉を主体とする者という区分をしている。実際、魔術大系として見た場合、両者は全く異なる原理を用いていた。


「継ぎ目も見えない。見事なものだ」


潜水艦の船体に継ぎ目が全く見えない光景にトウカは賞賛を零す。


継ぎ目とは金属板の脆弱部に他ならない。


量産性の都合上、金属板や装甲板は鉄や溶接によって複数の板を繋ぎ合わせる事が一般的である。


「錬金術師の大量育成を予定して、専門学校設立にも動いていますが、民生分野への大規模な展開を期待する声があります。軍事分野と民生分野の錬金術師の取り合いに発展する可能性もあるので注意が必要かと」


リシアの指摘に、トウカは瞳を眇める。



 錬金術師。



 トウカとしては胡散臭い印象しかない。


 狭義では化学的手段を用いて卑金属から貴金属を精錬しようと試みる奇特な者達の俗称である。広義では金属に留まらずあらゆる物質や肉体や魂魄をも対象とし、違う形へと錬成する者達を指す。そうした者達として後世に語り継がれているが、トウカは錬金術師が詐欺師の類だと考えていた。


 ――水を燃料(ガソリン)にすると嘯いて海軍から予算を騙し取った連中に重なる。


 騙す側も阿呆だが騙される側も阿呆であると、トウカは呆れたものである。


 しかし、この世界では狭義の錬金術師として本分を尽くしている。


 義務を果たし、近代社会の一翼を担う者達をトウカは評価する。


「そう言えば昔……義手と義足の錬金術師が活躍する話を聞いた気が……」


 幼馴染が随分と前に熱弁を振るっていた物語を思い出してトウカは辟易とする。


 神秘の探求を願う割には力技で解決する姿勢に対して思うところがあったが、己の意思を通す手段として暴力を排除しない事は好ましい。ドイツでは金銭を狙って決闘沙汰に持ち込む鋼鉄の義手の騎士……を名乗る破落戸が存在したので、其方よりは救いがある。


「記憶に在りませんが……」リシアが眉を顰める。


 皇国には鋼鉄の義手で暴れる錬金術師は存在しないという事実にトウカは安堵する。


 物語との区別が付き難い世界では、時折、冗談の様な状況が生じる。最たるものでは魔術的な効果による桁外れの抗堪性があった。


 魔術という技術的要素は、トウカの知る軍事力に於いて盾よりも矛が優越する技術的傾向を覆し得る要素と成り得た。それは皇国に有利を齎す場合もあれば、不利を齎す場合も有り得た。


 陸上では、戦車などの装甲車輌の魔導障壁が一層と強固な防御となり、魔導障壁と装甲による二重の防護は中空装甲としても作用して携帯型対戦車火器の貫徹を困難と成さしめた。海上では爆撃に対する障壁での防禦で軍艦……特に大型艦への打撃は魔導障壁を飽和、或いは貫徹する事でしか打撃を与えられない。


 各戦場での有力兵器が一層と強力なものとなっていた。


 魔術は防禦の加算や構造の強化に秀でており、攻撃的な科学技術との相性は限定的である。精密な加工技術や電波や粒子の遮断などへの貢献もあるが、有用性の比重は現状で防御に傾倒している。


 トウカ肩を竦める。


 神秘と幻想を戦場に動員する以上、トウカの現実との乖離は避けられなかった。


「魔導技術も見るべき点が多いが、先天的資質に依存する点を是正……軽減できねば、大規模な導入を低減させる動きを取らざるを得ない」


 皇立魔導院の解散……というには暴力的な解体が行われて以降、魔導技術の開発を統率する者は不在と成った。しかし、それは各魔導大学の自由な研究開発を許す訳ではなく、魔導府の成立によって研究開発の統括の準備が行われている。予算振り分けも国益に応じたものとなる予定であった。


 だが、現状では明確に魔導技術開発の統括は行われていない。


 トウカと皇国軍が特段と求めた技術以外は以前の皇立魔導院の方針が未だ維持されている。皇立魔導院という皇国の魔導に関わる分野を取り纏めていた組織の代用を短期間で形成する事は困難であるが故の処置であった。


「魔術の効率化や簡略化による負担軽減などは研究されていますが、一朝一夕で成せるものではありません」


 しかし、魔導府の構築は少なくとも軍需省よりは前進している。


 皇立魔導院は自身の思想に合わぬ魔導士を排除してきた歴史があり、そうした傍流の規模はかなりのものであった。そうした傍流の人物を基幹人員として魔導府は十分に構成可能である。


「組織編制に梃子摺る以上、致し方ない。しかし、急ぐ必要はない。中身が伴わない組織となっては予算を溝に捨てるに等しいからな」


 利権争いの場となる事をトウカは許さない。


 実情としてそうした部分が生じるのは止むを得ないが、黙認する姿勢は利権争いの助長を招きかねない。国益に叶うならば少々の目こぼしは致し方ないが、トウカは積極的に他国への技術や金銭の漏洩を行う者を生かしておく心算はなかった。


「潜水艦隊の増強は急務だが、先ずは練習潜水艦だ。魚雷発射管は減らしていると聞くが?」


「はい、生産性を考慮して艦首に四門です。構造の複雑化による漏水も低減できます」


 リシアが書類を手に潜水艦の能力(スペック)を解説する。


 トウカは戦略とそれに基づいた技術を与えるが、それを実現するのは皇州同盟軍であった。潜水艦の初期建造に当たっては、乗員と工員の育成を重視した潜水艦建造を行うという判断をトウカは選択し、皇州同盟軍艦隊司令部もそれを支持している。


 実情として、トウカ以外にとって潜水艦という兵器は未知数であり続けている。


 内戦中から建造と技術取得は行われたが、それは工芸品の様な一点ものを建造する形であり、量産を想定したものではなかった。それ故に潜水艦建造に工員が慣熟して以降に、潜水艦戦を行う巡洋潜水艦を建造する予定となる。


「あれは……」


 トウカは建造の進む潜水艦の中に見慣れない装備……前甲板に魔導刻印を搭載した型を発見する。


「魔導障壁の応用による仮装飛行甲板の形成に関する技術習得を目的とした潜水艦です」


 前甲板に長方形の魔導障壁を展開し、飛行甲板とする事で航空騎を運用する想定である事は、大型艦橋に格納筒があることから容易に察する事が出来た。


 ――潜水空母か……巴奈馬(パナマ)運河空襲に使用された艦よりは優秀と見るべきか。


 射出機(カタパルト)で小型水上機を数機運用する程度のものではなく、龍系種族の特徴と航空母艦に準ずる飛行甲板を重量増加なく準備できる事から軽空母相当の搭載機を期待できる。


「将来的に誘導弾を搭載する予定だがそれは先だ。当座を凌ぐことができるなら有益だろう……が、あちらは現在の建造分で止めて置け。遍在性あっての潜水艦だ。前提と相反する」


 トウカは苦笑と共に異形の潜水艦を指差す。


 その潜水艦は前後に主砲塔を搭載していた。


「重巡洋艦の艦載砲を前後に二基ずつ搭載した型です。水上砲戦を想定しているとの事です」


 仏蘭西海軍に類似した艦艇が存在したが、主砲は実戦的ではないと運用される事はなかった。防水の都合上から機構が複雑になる事を避け得ず、砲撃完了までに時間を要する為、敵艦から先制攻撃を受ける可能性が高い為である。潜水艦はその構造上、装甲強化に限界があり、ましてや主武装は喫水線下を破壊する魚雷である。敢えて大型の艦砲を搭載する必要性は薄い。


 ――魔術的な仕組みは水に対して脆弱だ。防水に利用するのは現実的ではない。


 防水を科学技術に頼らねばならない以上、その性能はトウカの知るものと大きく逸脱しない。


 つまり運用は難しい。


 魚雷の搭載数に限りがある以上、輸送船などは艦砲で撃沈する事で継戦能力の向上を図るという発想である事は理解できるが、皇国の全ての潜水艦は備砲すら搭載せず、機関砲と機銃に絞る予定である。無理に重量と水流抵抗を増加させる必要はない。


 ――備砲で敵本土を砲撃した例もあったが、政治的演出以上の効果はなかった。


 潜水艦が地上攻撃を行うのは長射程の誘導弾によるものであるべきで、それも相当の技術的難易度がある。現時点で潜水艦に大口径の艦砲を搭載する意義は乏しかった。第一に潜水艦が長所を捨てて有視界戦闘をするのは運用思想と相反する。


「あちらに旋回式魚雷発射管を備えた型もありますが――」


「――あれも現在の建造分で止めておけ。構造の複雑化は最大深度を低下させる」


 魔導技術は流水との相性が悪く、防水という点では技術利用が困難である。水面下での技術として魔導技術は水上程に自由度を持たない。溶接や構造の強化では利用できるが、水上艦艇程に目覚ましい性能向上を齎す訳でないと、トウカは判断した。


 トウカとしては挑戦と失敗を繰り返す事を咎めはしない。消極的になり建艦思想の硬直化を招く事を恐れたからとも言えるが、魔導技術が存在する以上、若しも、や、或いは、という可能性がある。実験艦としての建造程度は許容範囲に留まる。


 運用実績が思わしくないのであれば、その武装を解除して練習艦とすればいいと、トウカは考えていた。


「艦政本部も色々と考えている……潜水空母は考えていたが、この様な形で試行錯誤をするとはな」


 トウカは戦略爆撃騎部隊がある為、潜水空母を建造してまで利用する必要性は乏しいと考えていた。奇襲可能であっても少数での爆撃は政治的演出に過ぎない。現状、距離のある国家を相手に政治の為に奇襲を仕掛ける必要性は乏しく、戦略爆撃騎の航続距離外を攻撃する予定はなかった。


 しかし、運用に耐え得る艦を短期間で生産できるのであれば、戦略の幅が広がる為、保有する事はトウカとしても吝かではなかった。


 トウカは視察に於いて潜水艦隊の状況に概ね満足した。


 シュタイエルハウゼンは、女性水兵が大多数を占めると聞き、別の配慮も必要になると苦笑した。

 

 それは後々、トウカの予想すらし得ない数々の問題を引き起こす事になるが、この時の彼らには知る由もなかった。


 


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