第三二二話 海軍の憂鬱 Ⅱ
「有事に備えて商船自体を倉庫として兵器を備蓄する……という事もありますが、一番の目的は有事の際に航空母艦に改装できる大型商船を多数確保したい。そういうことでありまんか?」
室内の応接椅子に当然の如く座した熾天使。
トウカは一瞥するだけに留め、クレアは表情を輝かせてヨエルへと近づく。リシアはトウカと距離を詰めて守る構えを見せた。
「警護も易々と抜かれる様では無意味だな。困った事だ」
アルフレア迎賓館内外には皇州同盟軍を始めとした精鋭部隊が展開している筈だが、ヨエルの到来を知らせる者は誰一人としていなかった。警備の上では致命的な問題であるが、ステアの前例もある為にトウカの驚きは少ない。
「兵士としての訓練と警護の訓練は別物です。戦野で敵を殺す為の将兵を幾ら揃えようとも警備には限界があります……こちらで御用意致しましょうか?」
「警護まで派閥争いの色を帯びるのは困るな、皇国宰相」
特定種族に近しいという印象は好ましくない。特に政治勢力として有力な天使系種族ともなれば尚更である。政治的に見た場合、龍系種族よりも文官や武官として多くの要職を抑えている天使系種族がこれ以上、突出する事は均衡が崩れかねない。
「皇都で問題でも起きたか?」
ヨエルは皇国宰相として皇都に身を置き、トウカはそれによって終わりのない北部巡幸という名の転居を行った。
「御機嫌伺いに御座います。陛下の武威は遍く知れ渡っておりますゆえ。表立っての叛逆など有り得ぬ事でしょう」
威光や権威ではなく武威と表現するところに諧謔を感じたトウカだが、それを咎める真似はしない。軍事的事実を非難するには、余りにも実績があり過ぎると自覚している為である。
「神州国の鴉天狗達からの忠告を受けましたので、御耳に入れるべきと判断して罷り越しました」
天狗系種族という存在はトウカも耳にしていたが、皇国ではほぼ姿を見ない種族であり、大部分が神州国に住まう有翼種であった。
同じ有翼種として連携しているのか、或いは神州国の膨張に対しての懸念がそうさせるのかまでは見通せないが、トウカはヨエルが直接、顔を見せた事実を重く見た。
「神州国で翼竜のや飛竜の増産が開始され、集団育成の施設が新設されるそうです」
不思議な事ではない。
寧ろ、トウカの覇権は航空戦力に支えられているのは明白であり、それを見て航空戦力の重要性を理解できないのであれば、それは国家としての命数を使い果たしていると評しても過言ではない。
諸外国全てで航空部隊の戦力化が行われているとトウカは想定していた。
現在の特権が未来も特権であり続ける筈もない。
ヨエルがそれを理解していない筈はなく、トウカは言葉の続きを促す。
「ですが、一部の航空騎が極めて短く仕切られた滑走路で離着陸の訓練を行っているとのことです……そして、その短く仕切られた滑走路の全高に近い全通式の甲板を備えた平坦な艦船が建造されている……」
想像よりも早い動きにトウカは眉を顰める。
大艦巨砲主義が幅を利かせる世界で、新たな試みを海軍が積極的に行う決断を短期間で下すというのは、トウカには予想し得ない事であった。特に大艦巨砲主義の精華たる戦艦を基幹戦力とした大艦隊で諸外国を薙ぎ払ってきた神州国ともなれば尚更である。
純軍事的に見た場合、それは紛れもない正解である。
「空母か」
「恐らく」
トウカの問いに、ヨエルが嫋やかに頷く。
それを既定事実とした場合、実戦配備可能な水準の航空母艦が就役し始める時期を推察する必要がある。
太平洋という広大な海洋を挟んだ二大海洋国家が長きに渡り試行錯誤を続ける事で習得できた航空母艦という艦種を、短期間で用意する事は難しい。ましてや相応の搭載騎数を持ち、航空戦に従事できるとなれば尚更である。
しかし、この世界には魔術という要素がある。
神秘や幻想も不確定要素である。
魔導障壁による飛行甲板の延伸や、風魔術による合成風力の強化などを踏まえれば、技術的課題の少なくない部分が解決するのも事実である。航空母艦を運用するに当たっての問題点は、その艦自体の脆弱性と、飛行甲板という陸上の滑走路よりも遥かに短い空間で発着艦を行わねばならない点が大きい。
だが、魔導障壁と風魔術はそれらを容易に解決する。
この世界に於いて航空母艦の技術的難易度は低い。
無論、皇国の優位は揺るがない。
龍系種族の数が勝る以上、戦闘以外はヒトの形で待機できる以上、航空装備一式と飛行兵のみを搭載しておけばよく、格納庫に航空騎を搭載する必要もない。生体兵器などという生ものの状態を維持する困難だけでなく、容量も大幅圧縮が叶う。
概算では4万tの航空母艦の搭載騎数は、飛竜や翼竜の場合は一〇〇騎程度であるが、龍系種族で統一した場合は五〇〇騎を超える。運用騎の増加により弾火薬の搭載数量が増加するものの、それでも五倍近い航空戦力には大きな優位性があった。
単純計算であれば、一隻で五隻分の航空攻撃が可能。
無論、一隻が撃沈された場合、五隻分の航空戦力を喪失するに等しいが、ヒトの姿で救助が可能である点を踏まえれば、母艦の撃沈により格納庫内の航空機を全て喪失する事もない。
皇国の優位は揺るがない。
去りとて、想像よりも早い動きに警戒は必要であった。
「数を揃えられては面倒だな」
「はい、神州国の建艦能力は単独でも大陸諸国と比肩します。搭載騎の手当は間に合わないでしょうが、警戒は必要かと」
ヨエルは航空戦力のない航空母艦であれば恐れる必要はないと断言する。
しかし、時間を追う毎に航空戦力が充実する事も確かだった。
元来、航空騎とは海洋国家との相性が良い。
その航続距離と速度は、広大な海域の哨戒と防護に向いている。寧ろ、最近まで航空騎の積極的な艦載への試行錯誤が行われていなかった事が不思議であった。その点については大艦巨砲主義者が跳梁跋扈している為であるとの分析がトウカの下に届いているが、それでも哨戒などには現状でも利用されている。
航空戦力の拡充は、諸外国よりも容易である。
神州国は国家予算の五割を海軍に割いている。
海洋の戦闘国家。
一度、計画が開始されれば、強大な洋上航空戦力が成立しかねない。
トウカは問う。
「やるべきか?」
「損益は五分、そう申し上げます」
ヨエルは政治と軍事、経済を加味したであろう概算を以て五分と語る。
洋上航空戦力の充実によって神州国海軍の防空能力が向上して劇は困難となる前に、これに一撃を加えて既存艦艇……特に乗員の漸減を図る。
強いて言うなれば予防戦争である。
防禦が良いという者は戦争をするな。黙って踏みつけられる屈辱に耐えていろ。
トウカは避け得る屈辱を享受する心算はなく、将来の脅威を座視する心算もなかった。
戦うべきである。
神州国の海洋戦力は強大である。
削ぐ必要があった。
「神州国に対して軍事行動を行う」
トウカの明言にリシアとクレアが顔を見合わせる。
その顔には懸念が燻っている。
「陛下、海軍力の漸減を図る意図は理解できますが、それ以上に我が国が消耗してしまえば画餅となりかねません」
「戦争で最初に戦死するのは作戦計画だって、貴方言ってたじゃない」
懸念を示すクレアに、平素の口調で詰るリシア。
皇国が大陸国家であるという常識が憲兵総監と情報将校にはある。それは正しくあり、自らの長所で敵国を攻撃できない事を彼女達は良く理解していた。
加えて現在の皇国が海軍の整備にも力を入れているが、未だ空母機動部隊や大規模な潜水艦隊を有するには至っていない。海上で積極的攻勢に出るだけの艦隊戦力を有していない以上、神州国海軍艦隊の漸減は容易ではない。
「我が国は大星洋上で主導権を握れない。そうした中で敵艦隊の撃破を図るのは現実的ではない、と?」
トウカの指摘に三人が揃って頷く。
神州国海軍に艦隊戦を挑むだけの艦隊を皇国海軍は保有していない。
戦艦だけでも一〇〇隻以上保有する大海洋国家を相手に艦隊戦を挑み、そして勝利する事が可能な国家は存在しない。例え、諸外国が連携して同数を揃えたとしても、異なる言語と指揮系統により不利は免れなかった。
「故に神州国海軍艦隊を近海まで誘引する必要がある」
相当な難事である。
主導権がない以上、相手の攻勢に合わせる形で軍事行動を行うしかない。
それは極めて難易度の高いものであった。
「相手の動きに合わせて漸減を図るというのは容易ではありません。しかも、不確定要素が多く、失敗すれば動きもなくただ商用航路を閉塞させるだけで終わります」
クレアの指摘に、トウカは鷹揚に頷く。
経済損失だけを受ける機会となりかねない。
それには、何としても神州国海軍主力を皇国近海まで踏み込ませる必要がある。
問題はそれだけではない。
「皇国海軍が艦隊決戦に自信が持てない以上、神州国海軍主力を近海まで誘引した上で……艦隊戦力以外の方法で撃破する必要がある」
トウカは己が口にしつつも、現実感のない主張であると思わず苦笑を零す。
トウカはその言葉を受け入れる者は二重の意味で少ないと見ていた。当然、客観的に成算に乏しいという部分が最大であるが、トウカが受動的な戦争を行う事に対する危機感が陸海軍に生じるのではないか、トウカはそう見ていた。
トウカが能動的に動き続ける事で主導権を確保したと見る者は多い。
――必要だからそうしたまでで、そもそも航空攻撃を積極性と取られるのは筋違いだ。
航空攻撃は縦深のある攻撃手段で、同時多発的に広範囲を短時間で攻撃できる。
これを突然、目の当たりにした異世界の住人達は苛烈なまでの積極性と捉えた。
実際、トウカからすると航続距離や搭載量を踏まえた上での適正な攻撃だが、この世界では極めて苛烈な能動性を受け取られていた。
それにトウカが気付いたのは、陸海軍府長官との遣り取りの中であり、多くの者はトウカが積極性の権化だと考えていた。
可能だから実施する。
しかし、異世界では可能と見られていなかったが故に、それは積極性と取られている部分が多々あった。
認識の齟齬。
聞こえは良い。
実情は面倒の連続であった。
軍事的妥当性を周辺諸勢力どころか友軍ですら過大に捉えた。
トウカは過大な期待を同胞から背負っている。
トウカの主導権保持を当然と考える。
そうではない、とは言えない。
独裁者は正しさを謳わねばならない。
歴史は残酷であった。
トウカは見知らぬ積極性を背負っている。
当人ですら与り知らぬ積極性。
トウカは困惑したが現状は変わらない。
「画餅に過ぎない。そうだろうな。そう思う」
神州国がトウカの思う通りに動くとは限らない。相手に主導権を譲るとは、それを期待する事である。
もどかしい心情をトウカは見せないが、当人もそうした心情を覚えていた。実情として、主導権がない事に不安を覚えている事は事実である。
「神州国には大陸権益を求めて積極的介入を説く派閥がある。挑発し、利益があると錯覚させよ。神州国を大陸へと引きずり込むのだ」
聞こえが良い発言。
ヨエルが眉を顰める。
言いたいことはトウカにも理解できた。
連戦連勝……その事実に土が付くかも知れないという懸念は小さくない。国益の為ならば致し方ないという強弁も可能だが、実情として不敗の英雄が率いる国家という幻想が国益を生み出すのもまた事実である。ありもしない事実を国益に変換する事を得意とするヨエルの立場を思えば決して軽視できる批難ではなかった。
「非難は理解できる。我が国は帝国も敵として抱えている。神州国が通商航路の閉塞に留めるならば目論見も外れるだろう」
トウカは諸々の懸念……おそらくは最も不利益となる可能性を認める。
当たれば儲けもの。
そうした楽観がトウカにはある。
「だが、潜水艦隊や空母機動部隊の増強を踏まえれば、神州国の優位は永続的なものではない。通商航路の保全に失敗しても、それは一時的なものに過ぎない」
危険性を追う事は確かだが、その危険性は自らの判断による期間で在りたいという希望がトウカにはあった。軍事的主導権が己に在る必要はないが、政治的主導権は手放せない。国内諸勢力の蠢動を抑制する為に政治の主導権は必須であった。
だが、同時にトウカは己の政治的主導権が軍事力によるものだと理解している。
故に神州国に対しては被害者という立場を取らねばならないと理解していた。
「……本当に一時的、でしょうか?」
「そう考えている」
ヨエルの言葉にトウカは顔を顰める。
主導権がないとは、そうした事である。
的確に問題点を突いてきたヨエルにトウカは、父親が恃む訳だと納得するしかない。
神州国が通商航路の閉塞に留めた場合、皇国は一方的な不利益のみで終わる事になる。愛すべき主導権は敵に不利益を強要する手段でもある。主導権を譲り渡すという事は、敵により多くの選択肢を与える事を意味する。その選択肢の一つとして閉塞に留める事は十分に有り得た。
「今、ここで貴官を組み敷けば納得を抱いて帰ってくれるか?」
一切合切悉くが面倒臭くなったが故の発言。
相手の好意を逆手に取った提案にヨエルは軽やかな笑声を零す。トウカはその笑声がマリアベルとの経験から攻撃的なものと察した。
「神州国如きで納得していただけると?」
神州国が安価に見られてと観るべきか、ヨエルが己の価格設定を釣り上げたと観るべきが返答に窮したトウカ。
クレアが手を取り、助け船という名の牽制を見舞う。
「私では満足できませぬでしょうか? なれば、この身の貧相と非才を呪うばかりです」
最大級の罵倒。
自身を罵倒されるよりも遥かに有効打となり得る発言にトウカは臆する。己の身の形を指して足りぬと頭を下げられるるのは心情的に許せぬ話であった。神州国の問題よりも遥かに己を脅かす問題である。クレアもリシアもヨエルも、トウカの周囲に居る女性は悉く政治的に過ぎた。愚かしい程に政治を伴った関係となる。
「貴官達は余を困らせる乙女だとは思わなかったが?」
酷く常識的な返答。
気の利いた文言を返せない己に失望するトウカ。幾万の軍勢で敵を打倒するよりも遥かに欲する能力が己にない事実にトウカは心傷を負う。
「我々は陛下が望むならば万難を排して成しましょう……最良の未来を求めて」
ヨエルの言葉に、トウカは苦笑を零す。
唯々諾々と従うだけが都合の我々ではないと、ヨエルは謳う。
自らの判断を愛情だけで覆しはないという宣言に、トウカはマリアベルの様な事を言うと胸中で嘆息する。同時に、自身が好ましいと思える女性全てにそうした傾向がある事実に、トウカは己の趣味か血筋かと逡巡した。
「つまりいい女ということよ」
肩を竦めて結論を決めるリシア。
応接机に腰掛け、鼻を鳴らして腕と脚を組むリシア。
リシアの得意げな表情に、マリアベルの面影を見たトウカは、意見を曲げないだろうと確信する。
「共に死ぬ。大いに結構よ。でも、納得はしたいの」
吐き捨てる様に宣言するリシア。
応接椅子に座るヨエルとクレアがトウカを見据える。
納得させる必要がある。
天帝の判断に対しての諫言と呼ぶにしては私情が多分に含まれた言葉に、トウカは臆するものがあったが、それでも口にする必要がある言葉は分かった。
「では、共に詳細を詰めてくれるか?」
陸海軍に神州国に対する軍事行動を命令するにしても、明確な内容なくば持て余す事は明白であった。枢密院の合意を求めるならば、陸海軍が同意、乃至已む無しと考える程度の体裁は必要である。
「最初からそう言えばいいのよ」リシアが肩を竦める。
ヨエルとクレアは、リシアの指摘を苦笑と共に肯定する。
トウカは三人の仕草に奇妙な紐帯を覚え、女が群れる生き物であると思い出す。
――或いは俺が考える以上に三人の連携が取れているという可能性もあるが……
ヨエルはクレアの育ての親である為に納得できるが、リシアはヨエルを警戒しており、クレアに対しては敵対的ですらあった。
現在ではリシアが多少刺々しくあるものの、ヨエルとクレアは然したる隔意を見せずに情報交換に望んでいる。ヨエルとクレアは温厚な様に見えるが、その立場や戦歴、実績を踏まえれば、決してそれだけではない事は証明されていた。
それは和やかな光景。
しかし、トウカは何故か疎外感を覚えた。
「海軍が壊滅すると仰られるが、そもそも軍とは国家の為に消耗されるもの。国益に繋がるならば消耗も致し方ありますまい」
カリアは海軍軍令部の指摘に、海軍ばかりを見ていると非難する。
国家在っての軍であり、軍在っての国家ではない。同時に、共に国民の自存自衛の為に欠かす事のできない要素であるが、国家の為に消耗する事が軍の定命に他ならない事も確かである。
重要な点は、その消耗が意義のある……国益に資するものであるかという点にこそある。
トウカはその点を違えない。
少なくとも、現在に至るまで大筋では国益を違えたことはない。
「海軍の壊滅が必要と言うのであればそうなのでしょう……しかし、陛下は海軍に全滅せよと仰せではありません」
海軍は艦隊決戦に傾倒が過ぎる、とカリアが白けた表情を隠さない。
ヴェルテンベルク領邦軍艦隊を前身とする皇州同盟軍艦隊は、先例に倣いあらゆる手段を以て勝利を希求する。悪し様に言えば勝てばよいという思想が染み付いており、艦隊決戦に焦点を絞る海軍の視野には疑問があった。
「しかし、近海まで攻め寄せられたならば迎撃せざるを得まい。集中にせよ逐次投入にせよ、行き着く先は艦隊決戦となろう」ヒッパーの言葉に頷く者は多い。
航空優勢の確定した近海にまで踏み込んでくれるならば有難いというのが、カリアの偽らざる心情である。艦隊と違い航空戦力の終結は迅速であり、早々に集結した航空艦隊を敵艦隊へと殺到させる事が可能であった。
航空攻撃による大型艦の撃沈を危ぶむ声は少なくないが、少なくともカリアは可能であると見ていた。トウカも同様の見解であり、付け加えるならばトウカは航空攻撃のみを恃みとする訳ではない。
「付帯する作戦計画指針を見る限り、皇海へ誘い込み小型艦艇の襲撃や主力艦隊の待ち伏せを想定した漸減要撃の範疇を超えません」
艦隊決戦……特に戦艦による砲撃戦は最終段階で行われる事になっている。
「その通りに進めるならば、戦艦を皇都沖で全て座礁させての迎撃だ。皇国は主力を喪失する事になる」
作戦計画指針……大まかな作戦計画と共に方針が示されたが、その最終段階ではトウカの皇城での指揮の宣言と、戦艦を皇都沿岸部に座礁させての徹底抗戦が明示されていた。
カリアとしても狂気と言わざるを得ない苛烈な意図。
天帝の座する居城にまで迫れば降伏を強要できるという欲を提示し、戦艦の座礁は交戦能力を向上される。
そうした誘引によって神州国海軍艦隊主力を引き付け、後背と側面を隠蔽していた多数の遊撃艇と水雷艇による襲撃と航空艦隊による航空攻撃で大打撃を与える。主要な部分を抜き出せばそうした計画であった。
海軍は戦艦や巡洋戦艦、重巡洋艦などの主力艦を座礁させる事に大きな抵抗を見せた。
主力艦の稼働艦艇がなくなる事に対する懸念が大きく、撃沈されずとも多大な損傷を数的劣勢の砲戦で被ることは明白であった。その上、喫水線下まで損傷させては自力航行が不能となる。
皇国海軍は洋上での軍事的存在感を喪う事になる。
心情的に、劣勢の中で整備し続けた主力艦を一挙に航行不能と成さしめる事への忌避感も大きい。
しかし、海上よりも陸上からの砲撃の命中率が向上する事に加え、座礁している為に撃沈が出ない事も大きい。修理を施せば戦列に復帰可能で、水底に引き摺り込まれない為、乗員の溺死者も生じない。利点は大きく、混戦による航空艦隊からの誤爆の危険性も大きく低減できる。
カリアは軍令部の会議室……その窓から皇海に停泊する艨艟に視線を巡らせる。
修理と改修の最中に在る戦艦と巡洋戦艦含めて一七隻。
座礁して砲台となれば相当な抵抗が期待できた。
そうしたカリアの確信を他所にヒッパーが吠える。
「しかも、陛下が皇都に残られるのだぞ! 砲撃を受けられては、我らは揃って全員切腹沙汰だ!」
懸念というよりも恐怖が大きい事が見て取れるが、カリアはそれを保身とは受け取らない。
海軍に対して好意的な天帝を守れなかったという事実は大きい。トウカの最大限の好意に対して無能で返す事を恐れているのは軍備拡大の頓挫だけが理由ではない。
海軍の軍備拡大は、神州国海軍の跳梁による被害を恐れ、地形的に見て防護が容易なシュットガルト湖での建造と造船設備拡充が行われている。これはトウカの北部への産業誘致の一環でもあるが、海軍が同意したのは、そうした特殊な地形からなる場所でなければ防衛戦で自信が持てないという切実な都合もあった。
兎にも角にも、海軍の軍備拡大に関わる多くの要素が北部にある。
つまり、トウカの死後、北部貴族と他地方の確執が再燃した場合、シュットガルト湖の設備全般が使用できなくなる恐れがあった。
これは陸軍にも言える事である。
陸海軍の新規生産される装備の少なくない部分に北部が関連している為、陸海軍は国内外問わず、武力衝突に於いて北部地域と敵対、或いは敵に明け渡すという選択肢が取れなくなりつつある。
当初、帝国侵攻の為、生産拠点と前線の距離を提言すべく北部への建設を重視するという建前をトウカは口にした。陸海軍は内部の反発する派閥に対する建前として軍備拡大に必要不可欠な設備の多くが北部地域にあるという実情を求めてこれに合意した。
双方、相手の本音は理解していたが、利害が一致した為、早々に合意に至ったという経緯がある。
トウカの死は北部地域の不安定化を招き、それは北部貴族の態度硬化を誘発する。結果として軍備拡大が頓挫しかねない。そうした理屈を軍内部の統制の為に陸海軍が求めた事もある。
トウカと陸海軍の軍備拡大は一蓮托生である。
そして不安定化する国際情勢を踏まえれば軍備は国家の命運を左右する。
陸海軍は岐路にあると見ていた。
しかし、国家の興廃を賭する必要性を陸海軍は神州国との戦争に見い出せなかった。
「膨れ上がる神州国海軍を漸減する。それらしくは聞こえるけど、いま背負うべき危険性ではないと思うね」沈黙を守っていたエッフェンベルクが指摘する。
それにはカリアも同意であった。
カリアの胸中には潜水艦隊や空母機動部隊の増強成って以降の攻勢で良いのではないかという疑念が渦巻いている。無論、時間は神州国海軍の艦隊戦力も増強するが、少なくとも航空母艦や潜水艦に対抗する為の戦力ではない。
――陛下は恒常的な戦争を望んでおられる。
中央貴族を始めとした国内の敵対的勢力への不信感から、恒常的に軍事力が重きを置かれる情勢を演出しようと試みているのではないかとカリアは見ていた。
陸では帝国を殴り付ける為、軍備拡大の最中である現状を踏まえ、海での火遊びに思い至ったのではないかという推測。
実際、トウカは副次効果としてそうした軍事力の必要性が生じる事態の常態化を意識している為、カリアの懸念は的外れなものではなかった。
――貴族共が纏めて従属を誓って人質を差し出せば良いのでしょうけど。
ヴァンンダルハイム侯爵令嬢に対する仕打ちを踏まえると難易度は酷く高い。
「戦争を選ぶかは神州国次第です。挑発はすればども、こちらから打って出るだけの艦隊戦力はありませんから」
エッフェンベルクのロにする危険性は実際のところ乏しいと、カリアは見ていた。
彼我の戦力差から艦隊決戦という選択肢はなく、近海へと誘い込む事で要撃するしかない以上、主導権は得られない。
「戦略爆撃騎で、神州国の支配下にある島嶼を爆撃するという事だけどね……」
「軍港を主目標に艦隊戦力を保持する目的の設備を目標とした爆撃です。命中精度の問題から小型爆弾を大量に搭載する形で爆撃するとの事です」
沿岸施設に対する絨毯爆撃を実施する事で神州国に対する挑発を行う。これの正統性は島嶼を占領された名目を利用する。
戦略爆撃騎の航続距離を踏まえれば、少なくない数の島嶼に対して攻撃を行う事ができる。渡洋爆撃訓練は既に開始されており、迎撃が乏しいのであれば十分に成算はあると見られていた。目的が挑発である為、命中精度は重視されない。
「しかし、相手に主導権がある。大星洋の閉塞に留められた場合はどうするのかな?」
そこへの疑念はカリアも有していた。
挑発すれども、海洋国家であることを自覚して大陸への介入に対して抑制的であり続けた場合、通商航路を封鎖された皇国は経済面で打撃を受け続ける事になる。
しかし、トウカからの作戦計画草案にはそうした部分を含めた対策も盛り込まれていた。
「通商航路の封鎖には臨検の為に多数の艦艇を分散配置する必要があります。皇国の対艦攻撃騎の航続距離内に踏み込むのであれば漸減する良い機会だとの御考えです」
皇国が未だ保持している島嶼からの多段索敵を継続しつつ、航続距離内へと侵入した艦隊を撃破し続ける。特に通商航路の閉塞ともなれば主力は小型艦であり、これらを航空攻撃で撃破するのは容易であった。
「好都合です。小型艦を集中して叩きます。水兵という技能職を一人でも多く殺すのです。寧ろ、撃沈が容易な小型艦が多数展開する状況は都合が良い。陛下はそうお考えです」
神州国海軍の漸減が目的である以上、技能職である水平の殺害は効率的であった。防御面から撃沈が容易で、沈没時の溺死者を踏まえると小型艦への攻撃は寧ろ戦死者が増大する。
付け加えるならば通商航路も多段索敵内であるならば、相応の防護が可能である。
「未だ保持し続けている島に主力艦隊を差し向ける事は明白だ。確かに航空攻撃は強力だが、そこで艦隊と協力して決戦を行うでもなければ島嶼を保持できまい」
ヒッパーの指摘にカリアは鷹揚に頷く。
航空攻撃を行うにしても神州国海軍は強大に過ぎる為、被害を押してでも踏み込まれては失陥は免れないと推測されていた。ましてや洋上で大型艦に対する航空攻撃による撃沈例は未だ存在しない。
この世界に於ける艦艇攻撃の難易度は、トウカの元居た世界よりも高い。例え、対空兵装に乏しくとも魔導障壁が存在し、水面下も魔導障壁による防御こそできないものの、装甲の継ぎ目を錬金術で無くし、防水隔壁を魔導障壁で補強する為、極めて高い抗堪性を有していた。
沈可能かと言われればカリアには現時点では自信がない。
航空戦力に対する知見を相応に持つカリアですら大型艦、それも戦艦の撃沈は危ぶんでいた。
――恐らく、航空魚雷なら片舷への五発以上の命中に加えて多数の航空爆弾の命中が必要なはず……
洋上を縦横無尽に走り回る戦艦に命中させ得るかという問題もある。現在では練習巡洋艦と模擬魚雷を利用しての雷撃訓練が盛んに行われているが、弾幕や煙幕による妨害を含めると命中精度は格段に低下した。急降下爆撃や噴進弾による先制攻撃で上部構造物を破壊して迎撃、回避能力を低下させるという戦術立案も為されているが実戦証明は為されていない。
「本格的な島嶼への艦隊投入ともなれば、敵戦力の誘引は半ば成功したと捉えます。侵攻を受けた島嶼は放棄。本土近海まで誘い込みます」
放棄された島嶼の占領を以て勝利宣言される恐れもあるが、その島嶼を維持する為には相応の規模の艦隊を貼り付け続ける必要がある。その場合は本土からの航空攻撃にて漸減する。小型艦を目標とする事で人員の殺傷に重きを置く。
徹頭徹尾、戦力の漸減に重きを置く。
戦争理由自体が戦力漸減である以上、当然と言えば当然だが、それ故に戦争初期では神州国も皇国の意図を察せないと推測できた。領土や賠償金を想定しない戦争は防衛的なものではない場合、歴史的にそう多くはない。
「詳細は理解した。よく考えられている。しかし、大きな視点での疑問がある」
エッフェンベルクは、不確定要素が多いが理は有る、と溜息を吐く。
不確定要素が多い事も確かである。
「帝国とは交戦状態、部族連邦には遺恨が生じた。この期に及んで神州国まで明確に敵とするのは複数戦線を抱える事になる。戦力の分散を招く訳だね。神州国も帝国も、我々の望む状況で講和を締結できるとは限らない。違うかな?」
二正面戦争に潜在的脅威が一つ。
エッフェンベルクの疑問は当然であり、戦力集中の原則から外れる状況は軍高官として無視し得ないものであった。
帝国は大陸国家であり、神州国は海洋国家。双方で主戦力となる軍が陸と海に奇麗に分かれる以上、額面通りの二正面戦争とはなり得ないものの、それでも重複する軍需物資は少なくない。負担は相当に増加する。人的資源も同様であり、集中が疎かになる以上、それに伴う戦力規模の低下は被害比率の拡大を招く。
「故に妥協点として神州国を大陸での領有を認める心算のようです」
外交面での動きは陸海軍への作戦計画書草案には記されていない。政治的意図までをも広範囲に渡り知らせる事を忌避した事もあるが、軍が政治的な動きをする事をトウカは疎んじた事が大きい。軍は棍棒であり、棍棒が己の意志で敵を叩く事をトウカは望まなかった。
「部族連邦の東部地域の一部を領有したい。元より神州国にはそうした意図があります。我々はこれを……神州国の大陸への干渉を黙認する。何ならば、それを支援してもいいとの事です」
虚を突かれた様な表情になる海軍高官達。
自国の領土を割譲する訳ではないならば、皇国の懐は痛まない。
神州国が大陸領土の領有を目指し 軍事力を行使するに当たって、尤も懸念されるべき事は他国の介入による陸上での敗北である。
元より海洋国家であり陸上戦力に乏しい神州国は陸上での戦闘に不安がある為、敵国の増加は陸上での戦力比が大きく傾く事となる。
しかし、部族連邦東部に進出する場合、尤も近い距離にある皇国が沈黙乃至、好意的であるならば、他の介入は連合王国や共和国のみを懸念すればよい。しかし、連合王国も共和国も交戦状態にあり戦力的に余裕がない。
皇国の同意か中立は神州国が熱望するものである。
「己が身を切らずに譲歩を行う訳だね。しかも大陸に引き摺り込める。原住民から同意の得られない統治がどれ程に予算を飲み込むか、神州国は高い代償を支払う事になる」エッフェンベルクは意図を察して溜息を一つ。
神州国の部族連邦東部の統治は失敗する。
海洋国家が大陸国家の一部を掠め取り、大過なく運営できるなど妄想も甚だしい。ましてや、公共施設の敷設が遅れている為、占領統治の運営には多額の予算を必要とする。
「神州国の統治は、占領地が面する皇国の統治と比較される事になります。陛下によって潤沢な予算を獲得した我々と、です」
両国の占領地の発展に差が生じた場合、それは劣る側に大きな不満を齎す。例え、開明的な統治であったとしても、投入資金の規模による発展格差からは逃れ得ない。
前提として、神州国の占領地の不安 定化を皇国が演出すればよく、神州国の統治政策は早晩に瓦解せざるを得ない。
「悲しい事です。占領地の住民と神州国の進駐軍は凄惨な殺し合いを行うでしょう……我々が已む無く保護占領する必要が生じます」
解放者として部族連邦東部に皇国軍は進駐し、諸外国に止むを得ない軍事行動だと黙認させる。
当然であるが、部族連邦も座視せずに軍を派遣する事が推測される。神州国陸軍との交戦も予期された。
「部族連邦の軍を神州国が破れる、と?」
「アゼリア演習作戦での戦闘詳報を見る限りでは可能でしょう。何より、未だ我が国と部族連邦は正式な停戦協定の合意に至っていない。我々が策定した国境沿いに展開した軍を完全に無視して、神州国軍に主力を差し向けられるでしょうか?」
部族連邦に停戦合意を迫る好機ともなり得る。尤も、部族連邦の政府中枢は分裂状態に陥りつつある。
部族連邦首都の空挺部隊による一時的な占領の後、確保した政府要員は解放したが、開戦から極短期間の内に敵の虜囚となった政治家への支持など集まるはずもなく、部族連邦の政治は停滞と分裂の季節を迎えている。
――部族連邦の政治を身不随にしたのは諸外国の草刈り場とする為だったのでしょうね。恐ろしい子。
部族連は各部族……種族による緩やかな紐帯によって形成された国家だが、皇国の様に大権を有する絶対者が存在しない。各部族の合議による政治が主であり、混乱を短期間で治め得る絶対者の創出は容易ではなかった。
「それならば最初から密約で神州国の部族連邦への干渉を黙認するとすれば、抗戦の必要もなく消耗を誘えるのではないか?」
ヒッパーの指摘に、カリアも尤もだと同意したい心境であったが、トウカがより大きな戦果を求めている以上、頷く事は出来ない。
カリアの推測としては艦隊戦力の漸減もあるが、一度、干戈を交える事で部族連邦東部を占領する正当性を確保しようという意図があると見ていた。
諸外国に神州国と干戈を交えたにも関わらず、尚も混乱する部族連邦東部の為に再戦するという物語を欲しているという疑念。
カリアはトウカとの会話の機会が艦隊司令官の立場としては比較的多い。
そうした中で違和感を覚えたのは、トウカは理想や希望を語る事を唾棄しているにも関わらず、その有効性は明確に認識している点である。
基本的に理想と現実は相反する。
一方に傾倒するのが常で、偏りなく扱える者は驚く程に少ない。
しかし、トウカは現実主義の権化であるにも関わらず、政戦では殊更に感動的な大義名分を求めている。
トウカにとり理想や希望などは現実という歯車を動かす揮発油でしかない。それも、軽蔑すべき類の揮発油である。
将兵や国民の戦意を掻き立てる事に腐心していると、リシアが指摘している姿を見たが、カリア自身の心情としてはトウカの政戦は自作自演の類であって、そこに理想や希望はない。
カリアとしてはトウカの姿勢に思うところはある。
しかし、航空戦力への理解と積極的な予算投入を考えるとそれらの疑念など消し飛ぶ程度のものであるのも確かである。
国民を騙しているという意識はトウカにもカリアにもなかった。選択と心情の自由は未だ存在し続けているが故に。
「国力だけでなく艦隊戦力を消耗させる必要があるのです。困るのですよ。強大な艦隊を有する海洋国家が我々の商用航路に横たわるというのは」
経済的に見た場合、部族連邦や帝国よりも神州国がより脅威として大きいのは明白である。船舶輸送という最も効率の良い輸送手段を妨害し得る地政学的脅威。金銭に貪欲なトウカが最も嫌う周辺国こそ神州国である。
「しかし、例え勝てるとしても短期的には商用航路を圧迫されることになるのではないか?」
「こちらも神州国の商用航路を圧迫できる手段があります。対艦攻撃騎の長距離索敵攻撃もあれば、空母機動部隊による通商破壊も可能です」
互いに商用航路の圧迫ともなれば、海洋国家として海路という選択肢しかない神州国は皇国よりも不利な状況に置かれる。
「付け加えると、神州国が帝国との戦いに傾注する間隙を突いて島嶼の占領を行った事実は消えません。神州国は帝国を側面支援していると我が国は喧伝する事になるでしょう」
その主張に帝国と交戦、或いは緊張状態にある国々は乗る公算が高いとカリアも見ていた。主に陸上での脅威に対して神州国が果たせる割 合は僅少で、対照的に皇国は地上部隊や航空部隊を相応の規模で派遣する事も可能で、陸上兵器の貸与や技術支援も可能であった。
現に共和国に対して行われようとしている各種支援が、それを証明していた。
「しかし、航空騎では船舶の所属を確認できまい。無差別に行う心算か? 法務部が正当化の根拠を組み立てているとは聞いているが……」
「そうなります。なし崩しよりは良いでしょう。神州国と干戈を交える正統教国も乗るでしょう。憲章同盟は非難するでしょうが、元より正統教国との唾競り合いに戦力を割かざるを得ない立場です」
軍事力や経済制裁の伴わない非難など柳に風という話である。
経済制裁が行われるにしても皇国の主要な輸出相手は大陸内であり、他大陸の占める割合は三割を割り込む。憲章同盟一国ともなれば微々たるものと言えた。
大蔵府の調査では、輸出相手の切り替えは容易であるとの見立てであった。
帝国と平坦で長い国境線を持つ複数の交戦国は、対抗する必要性から軍需物資の生産に傾倒する傾向にある。民需品の不足は慢性的なものであり、それを皇国が補う形で輸出割合を増加させる事が可能であると大蔵府は見ていた。
――大蔵府よりもエスメラルダ大蔵府長官でしょうね。
トウカに負けず劣らず守銭奴であるセルアノは共に北部出身なのでカリアも既知であるが、彼女の姿勢は愛らしい妖精の姿となった現在でも変わらない。寧ろ、大蔵府長官に就任した事でより苛烈になっている。
トウカが経済効率に乏しい軍事に多額の予算を注ぎ込む為、セルアノは補填するべく剛腕を振るっていた。戦役を利用した莫大な資産があれども、忽ちに金銭に変換できる訳ではなく、もしそれを行えば未曽有の経済恐慌を誘発しかねない。
「よく考えられている……千日手となった場合に手打ちを行える方策もあるというのなら拒むことはできないね」エンベルクが溜息を零す。
天帝からの勅令である以上、拒否権など元より存在しない。
「我々は戦って生き残らねばなりません。どれ程に無様でも、天帝陛下の人的資源として」
それが未来の皇国により多くの選択肢を遺すということであるとカリアは確信していた。
腕時計で時間を確認し、カリアは立ち上がると敬礼する。 エッフェンベルクやヒッパー……軍令部の高官達が立ち上がり答礼。
海軍は海洋大国に噛み付く事に渋々と同意した。
「勿論、状況次第です。若しかすると計画の前提は早々に崩れるかもしれません」
カリアはそう願っている。
防禦が良いという者は戦争をするな。黙って踏みつけられる屈辱に耐えていろ。
普魯西王国 陸軍元帥 ヴィルヘルム・レオポルト・コルマール・フォン・デア・ゴルツ男爵




