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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第三章    天帝の御世    《紫緋紋綾》

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第三〇五話    航空母艦建造の経緯





「艦隊整備計画に基づくならば、我が国が外洋戦略を積極的に展開するのは早くとも五年後からとなるでしょう。直近では近海防衛に徹するしかない」


 海軍府長官に留任したエッフェンベルクは、聯合艦隊司令官の任にあるヒッパーへと端的な事実と現実を口にする。


実情として、皇国海軍は皇国側呼称・北大星洋海戦に於ける被害の補填すら終えておらず、損傷艦艇も修理待ちで海軍基地に係留されているものすら存在する。損傷艦艇の修理を優先する為、船体の完成した艦艇を船渠(ドック)から一時的に引っ張り出す真似まで行われていた。


 そうした経緯から艦隊整備計画は初期段階から躓いている。


 天帝の裁可を得て船渠の大規模な増設工事も行われているが、それが実を結ぶには一年以上を要すると見られていた。


「しかしなぁ、このまま神州国の狼藉を放置はできんだろ? 国威に関わる。奪還できずとも、相応の動きは見せておかねば、既成事実化するぞ?」


海軍大学で後輩先輩の間柄であった頃の様にヒッパーは言い募って見せる。


気質的な問題もあるが、今後訪れないであろう好機が今であると信じて疑わないからである。


エッフェンベルクトはヒッパーから見ると一期下の後輩であるが、出来物として知られながらも融通の利く変わった人物であった。席次を見ればヒッパーは定年間際に辛うじて提督と呼ばれる立場になる事が精々の海軍軍人であったが、エッフェンベルクに引き立てられて現在は聨合艦隊司令官の任にあった。


 咄嗟に踏み込む事を躊躇う艦隊指揮官では困る、との言からの抜擢であった。


 それを示す様にヒッパーは艦隊を棍棒の如く扱い敵艦隊の積極的な漸減をいかなる時も模索する。それを示すかのように、帝国海軍との海戦に於いての積極的な用兵は高く評価されていた。


 付け加えるならば、ヒッパー自身が北大星洋海戦に於いて多数の戦没艦と損傷艦を出した指揮官でもある。当事者である為、その被害の内情はよく理解しており、それ故に一日でも早く行動すべきだと考えていた。主力艦で即応可能な艦は三割程度であり、そうなるまで徹底的な艦隊戦という名の殴り合いを演じた当人が更なる軍事行動を提案する様は傍から見れば狂気の沙汰に他ならないという事はヒッパーにも自覚がある。


 しかし、今回は相手が違った。


「神州国は皇国の混乱に乗じて島嶼を奪った。沈黙は国際世論に間違った印象を与えるだろう」


 国際世論という政治が扱うべき案件に言及するヒッパーを、エッフェンベルクは咎めない。そうした一面があることは確かで、今までの皇国はそうした点を軽視して付け入られる事もあった。無論、経済的締め上げ返したりと決して座視する事はなかったが、海洋での軍事行動に対して腰が重いと見られることは他国の軍事行動を助長しかねない。


 そうした全てをヒッパーは理解している。


 その上でエッフェンベルクに問いかけていた。 評価されていた。


「陛下に諮ってみてはどうだ?」


 散々に寄り道と建前を口にしたが、ヒッパーの言いたい事はそれに他ならない。


ヒッパー自身にも具体的な打開策はない。あれば若手を集めて勉強会の体で作戦計画を練らせていた。或いは対帝国戦役に於ける空挺降下作戦などを、周辺海域の敵艦隊を海空共同で撃破してから行うという案もあったが、海軍には航空戦に対する知見が乏しい為に判断し難い。


 トウカであれば、何かしらの現実的な作戦計画を立案できるのではないかという期待がヒッパーにはあった。丸投げと言えば聞こえは悪いが、海軍の失点を放置し続けるよりは傷が浅くなるとの打算もある。


 渋い顔をするエッフェンベルク。


陸海軍府が今上皇であるトウカに対して軍事作戦を上奏する動きは未だ即位して間もない為に起きていない。対照的にトウカから陸海軍に対する要請という名の勅令は度々、行われている。軍事研究や作戦立案、軍備計画、部隊編制、国内戦力の再配置などを始めとして多種多様な変更を陸海軍は強いられていた。その為、軍内部の混乱は極致に達しており、特に陸軍に関しては今年中に人事部で戦死者が出ると言わしめる程の再編制が行われている。


心情としてはヒッパーも分らぬでもない。


この上、島嶼奪還への助言などを乞うた日には、負担が増大することは間違いなかった。ましてや島嶼の保持に必要な戦力と補給を踏まえれば、それは一時的なものとはなり得ない。そうした負担に耐えられるかエッフェンベルクが危ぶんでいるとヒッパーは見ていた。


「幾ら水上戦力で劣勢とは言え、航空戦力を積極的に活用すれば押し切れる余地もあるかもしれん」


 対艦航空攻撃や大規模航空輸送の訓練が頻繁に行われている事は隠し切れぬ事から公然の秘密となりつつある。ヒッパーの場合、渡洋飛行の為、海上航法の教育が一部航空隊で開始されている事も確認していた。


「先輩が直訴してみますか?」


 投げ遣りなエッフェンベルクだが、声音に乗る感情に冗談の色はない。


「おいおい、そりゃ……本気か?」


 探る目つきで出来た後輩を窺う喧嘩腰の先輩。


「ええ、きっと陛下は先輩の事を気に入りますよ」


 ヴァレンシュタイン上級大将やラムケ大佐の例もあるでしょう、と先例に倣う姿勢を見せるエッフェンベルク。名立たる名将や野戦指揮官に比肩し得ると捉える程にヒッパーも能天気ではない。寧ろ、この場合は明らかにヴァレンシュタイン上級大将やラムケ大佐の破天荒な部分を想定しての言葉だった。猥褻物や極右活動家と同列に扱われる事はヒッパーとしても不本意である。


「任命責任で御前も道連れにするがな」


 まさか一人で全ての責を負うなどという指揮官の潔さを政治の場で見せる筈もない。上申はしても政治的行動を取る心算もなかった。他者にどう見えるかなど興味はなく、トウカに対しても優れた戦略家への助言という範疇であるとヒッパーは確信していた。


面倒臭い事を、とエッフェンベルクが色褪せた畳に仰向けに倒れる。拍子に卓袱台に置かれた御猪口の水面が揺れる。


ヒッパーの私邸……というには些か年季が入っているが、それ以外の点は極一般的な皇都の住宅。その居間で二人は綿が草臥れて反発力を減じた座布団に座して酒宴の最中にあった。高級士官が酒宴を開くには質素に過ぎる神州国の趣を持つ十二畳程の一室は、未だに多くの海軍高級士官が訪れる事が一部では知られている。


 海軍大学入学前に両親を海難事故で喪ったヒッパーは入学後、皇都の自宅に苦学生を住まわせて共同生活を送り、同期や後輩を招いては盛んに酒宴を開いていた。後にして思えば生活空間を喧噪で満たし、淋しさを紛らわせる為であったとヒッパーも理解しているが、当時はそうした認識は全くなかった。


 そして、その頃の伝統……と呼ぶには大仰で、強いて言うなれば風習とでも呼ぶべき惰性に従って定期的な酒宴が続いている。無論、水上勤務者が常に顔を出すことは難しいが、それでも現在に至るまで何故か続いていた。


古惚けた壁時計を見やると、他の同僚や後輩が訪れるには時間がある。


「先輩、この先の海軍どうなると思います?」


後の海軍の行く末を担うであろう男の問いかけにヒッパーは唸る。


 神州国との島嶼を巡る争いに留まらない広義の問い掛けである事を察し、ヒッパーは瞳を眇める。


「……航空主兵だろうな。陛下は他にも想定しているだろうが、航空母艦の汎用性を考えれば、比肩し得る兵器が早々に登場するとも思えん」


ヒッパーは航空母艦という兵器を高く評価していた。そして、それに匹敵するだけの活躍を見せる兵器が短期間で用意できるとも思えなかった。


戦艦ですら登場から現在までの発展に至るには二〇〇年近い時を要し、その間に戦艦に比肩し得る水上兵器は搭乗しなかった。主力艦に近づく水雷艇を撃破する為に発展した駆逐艦が自らも水雷兵装を装備するに至り、費用対効果の面から重要視されることはあったが戦艦の地位は揺らがなかった。他の兵器が発達するように戦艦も発達したからである。


 駆逐艦などの小型艦艇に対しての自衛策として無数の副砲を装備し、迂闊に外洋で近づけば忽ちに火達磨になった。


 故に戦艦に対抗、或いは同等の活躍を意図するには全く違う性質の兵器を整備する必要があった。


 それに対するトウカの答えが航空母艦である。


航空戦力は航続距離=射程に等しく、母艦を後方に置き続ける事ができるという点はヒッパーからすると既存の兵器に遥かに優越する点である。射程に関しては言うまでもないが、母艦を後方、或いは陣形最奥に戦闘中も留め置けるのは、主力艦保全の面では望ましく、乗員の多くは攻撃に投じられる航空兵より安全な立場にあった。


 飛行兵という高度技能職育成の問題はあるが、人的消耗は最小限に抑えられる。長期的に見れば、敵国も航空戦力を整備する事で航空母艦が航空攻撃に晒される事態も在り得るが、竜種という優越性(アドバンテージ)を踏まえれば、実戦配備数は皇国が圧倒する事は疑いない。


 予算と入隊希望者数が長年低迷していた皇国海軍の艦隊指揮官らしく、ヒッパーは人的資源の消耗を常に気に掛けていた。飛行兵ほどではないが、艦艇乗員もまた技能職である。一流へと育て上げるには劣らぬほどに時間を要する。


「まあ、普通ならそうなんですけどね……」起き上がったエッフェンベルクが御猪口を手に取る。


「まさか、他にも大した兵器を提案されたのか? 水中に潜るという兵器の噂なら聞いたことがあるが……」


 ヒッパーからすると眉唾物であるが、北部統合軍時代よりトウカが開発に熱を入れていたという噂もある為、それなりの成算があっても不思議ではない。


「まあ、あの水没艦もありますけど、一番は噴進弾です」


「あのでかい花火か?」


命中率も低く、貫徹力も乏しく思える噴進弾をトウカが重視している姿を、ヒッパーは想像し難い。狂信的な現実主義者が扱うには夢と希望(妄想)の産物に過ぎる。資金集めに勤しむ科学者が予算獲得の目玉として成層圏を突破し、衛星軌道上の旧文明の遺物を回収するという目標をぶち上げていたが、現実的とは言い難い。


「二〇年後には多弾頭になったそれが高高度から正確に敵国首都の政府中枢地域を直撃するらしいですよ?」


「……そこまで精度向上を果たせるならば対艦兵器としても使える訳か。いや、航空目標を相手にする事もできるな」


 夢が膨らむどころか既存の兵器大系を無力化しかねない兵器の登場である。


 しかし、トウカの思惑は二人の思惑を超えていた。


「それどころか偵察や通信を目的とした機械を衛星軌道に投入するなんて事も想定しているそうで、陸さんの方も目を回してましたよ」


可笑しそうに笑い、御猪口の米酒を煽るエッフェンベルク。


禿頭で大層と立派な髭を持つ陸軍府長官の表情を思い出しての笑みである事は疑いない。或いは、噂の幼女参謀という可能性もあるとヒッパーは思考を明後日の方角に巡らせる。


「でも、その噴進弾の誘導方法の議論で面白い事があったみたいで……」


「ヒトが乗り込んで、直前に落下傘降下で逃げ遂せる、という訳ではなさそうだな」


海軍大学時代と変わらぬ悪戯小僧の表情をそのままにするエッフェンベルクを見れば、帰還の可能性に乏しいものではない事だけは理解できる。


 だが、崩壊したエルライン要塞調査の際、帝国陸軍が投入した重戦略破城槌という兵器が火薬を仕込まれた金属製の有人滑走破城槌であった事が判明している。当然、脱出は想定されていない必死の

兵器であった。


製造した誘導部品を組み込むのではなく、軍人を部品として兵器に組み込むという発想に対してヒッパーは帝国の南下政策に対する焦燥を見た。帝国が南下を諦めることはない。


 冗談ではあったが、エッフェンベルクは"惜しい”と苦笑した。


「依り代を誘導弾に組み込んで、母艦や母機から誘導する方式を取るべきだと、航空技術廠の連中が御前会議で突然と言い出したらしいんですよ」


ヒッパーは何とも言えない表情をする。


 航空技術廠は枢密院の直轄組織である。


 航空装備の開発全般を統括する組織としてトウカの提言の下で発足され、陸海軍の航空装備開発も航空技術廠の管轄下に置かれていた。主目的が装備の共通化と類似した開発計画の圧縮にある事は疑いない。類似兵器を別開発する二重行政を懸念するのはヒッパーにも理解できた。


「その言い様ならば、陛下の計画とは違う方針を主張し始めたという事か?」


「そういう事です。しかも、事前の根回しもなく、昨晩、思い付いたと言い出して」


突然の思い付きを御前会議で主張する。


端的に見て無礼打ち案件である。相手はトウカであり、その容赦も慈悲もない姿勢は内戦で海軍も思い知るところであった。


大砲屋のエッフェンベルクとしては航空屋の不幸が面白くて堪らないのかとヒッパーは邪推する。無論、それを責める心算はなく、寧ろ軍指揮官というのは積極的に敵に対して不幸を強要して陥れる事が本分である。建前の文言は古来より幾千と在れども、実情としては近代に至るまで変わりなく其れである。


 無論、ヒッパーはトウカ程に敵の不幸を願ってはいないという確信だけはあった。


 されどヒッパーの残酷な予想は裏切られる。


「それが陛下も大層と興味を持ったみたいで。調査費は即座に計上され、依り代の自律化も将来的に目指せと仰せられたそうです。それで、設立間もない我が海軍航空隊も色めき立ちまして」


 ヒッパーとしても理解できる話である。


 今上天帝陛下が話の分かる男であるという実体験に基づく風聞に、海軍航空隊も自らが腹案として温めていた計画を上奏する事で押し込めるのではないかと考えた事は疑いない。


正式な承認系統ではない、無数の裁可者を飛び越えた航空屋らしい”空中戦”であるが、遺恨が航空艦隊規模で来襲すること間違いなしの手段でもある。中間管理職というのは自らの知らぬ案件が自らの周りで生じることを何よりも嫌う。それに携わる力量の有無は別として。


 当然、採める。大波乱が起こる。


「どんな計画を通そうとした?」


航空母艦も飛行させようなどと嘯いたならば逆に救いようがある。上申方法だけでなく、計画もどうにかしているならば、全方位に「少し頭の可笑しい部下なもので」と言い訳もし易い。その言い訳が通るかどうかは別にして。


或いはトウカであれば可能性が皆無ではないと言えなくもない。海防戦艦とは言え、陸上を走らせて陸軍に大打撃(主に精神面)を与えた事は有名である。ヒッパーも内戦中は陸軍高官から「貴官の艦隊の戦艦は走行可能なのか?」と問い掛けられた経験があった。優秀な装甲部隊相手に打撃力に劣る陸軍が切羽詰まっている中での出来事なので、ヒッパーとしても冗談と取るべきか真に受けるか判断に悩んだ。取り敢えず返した言葉は「戦車が水上を往くより困難ですな」であるが、現在の皇州同盟軍の試作車両の中に水陸両用戦闘車がある為にそれすら冗談では済まなくなりつつあった。


 ヒッパーの諸々の懸念を他所に、エッフェンベルクは計画内容を口にする。


「北大星洋海戦で、大破した巡洋戦艦四隻を航空母艦に改装したいらしいそうで。多層式甲板型航空母艦にするとか。なんでも飛行甲板を三段にしたら発艦と着艦が同時にできて、発艦自体も短時間で行えるという代物だそうで」


理屈はヒッパーにも理解できなくはないものであった。


飛行甲板の数……厳密には面積が増えたならば発艦作業空間が増大して効率的になるというのは理に適っている様に思えた。


「陛下は、艦内空間減少による搭載騎数の低下と、全高の増大による復元性低下、昇降機増加や配置からなる無駄をその場で指摘されました」


「傾斜飛行甲板の採用を成された陛下だ。飛行甲板の多層化は嘗て俎上に在ったのかも知れん……聡い。陸だけでなく海まで知悉するか」


復元性という言葉は、相応の知識があって初めて出てくるものである。


大星洋が他の海洋と違い荒海であることから皇国海軍艦艇は、諸外国の艦艇と比較して大型の傾向があり、復元性を重視した船体構造をしていた。無論、大型化に関しては非発見性や被弾率の面で不利となるが、艦艇の安定性は命中率や航行性能に影響する。幸いにして皇国は資源があり、建造に携わる作業員が他国とは比較にならない程に脊力に優れた種族がいる為、費用と船体規模の増大は周辺諸国海軍が考える程ではなかった。無論、艦艇大型化には魔導機関という構造上、内燃機関よりも大きな規模とならざるを得ない主機を無理なく乗せる必要性に迫られたという部分もある。


「復元性ですか? 確かにそれは俺も考えましたよ。ただの航空分野に詳しいだけの人物なら復元性への懸念なんて言葉は出てきませんからね」


 若しかすると帝都空襲の際に痛い目にあったのかもしれませんけど、とエッフェンベルクは笑う。


 帝都空襲の詳細は海軍高官に戦闘詳報として開示されており、ヒッパーもその内容からエッフェンベルクが航空母艦に搭乗しての航海の際に手荒い自然の歓迎を受けたが故の理解であったのかも知れないと考えている事に思い当たる。


「いや確か同時期に艦首の構造変更で航行性能を向上させる実験が始まっていなかったか?」


球形艦首(バルバス・バウ)ですか? そう言えば、そうですね」


そうなるとトウカは元より艦艇構造について知悉しているという事になる。


球形艦首の形状と大まかな原理はトウカによって示されている。直近で最適解を示すには研究開発期間が足りないが、より効率的な形状を目指して研究は進んでいた。


トウカの提示する新技術は総じて完成度が高い。試行錯誤や紆余曲折の余地が少なく、本来であれば必要なはずの研究開発期間を年単位で圧縮していた。まるで正解を知っているかの様であるとはとある造船技官の言である。


「恐らく、そういう事なんだろうな……」


「そういう事ですか」


以前より実しやかに囁かれる噂。


トウカが次元漂流者ではないのかという噂である。


主に陸海軍高官の間での噂に過ぎないが、大蔵府や労務府などでもそうした噂は拡大しつつある。未知の軍事技術、それも完成度の高いものを数多く知り、経済対策や労働に関わる法律を具体的に提示するトウカに対して、自らの知らぬ先進国を見ていると考える者は意外と多い。経済や労働に関しては、有効であるが寿命や税制の面から最善とは言い難く、恐らくその部分こそが皇国と見知らぬ先進国との差異なのだろうと大蔵府長官などは見ていた。


 卓袱台の上に適当に並べられた皿の一つで焼け死んでいる魚群……些か焼き加減が過ぎた為にそうした表現も致し方ないそれを口に加えるヒッパー。


炭化の苦みに渋い顔をしながら、ふとした思い付きが零れる。


「魔導技術に依らぬ技術が多いとなると、そうした技術のない国家なのかも知れん」


「……なければ補わねばなりませんから、それ故の発展なのかも知れません。歪に思えますけど、向こうから見れば魔導技術こそが歪に見えるかも。逆に皇国の足りない部分を想定している動きだってないとは言えないですから」


面白い視点だとエッフェンベルクの言葉をヒッパーは肯定する。


同時に、その発想に行き着いた理由も理解した。


 ――ヴェルクマイスター社か。


電子技術の研究開発と実用化を目指して設立された企業である。


全貌が謎に包まれた非上場企業は注目こそされているが、現在に至るまで然したる動きがない為に興味を失われつつあった。トウカの行動は即効性の高いものが多く、その動向を注視する者はそちらに視線を誘導されてしまう傾向にある。


 ――電子技術は陛下の良く知る国では当然の技術やったのやも知れんな。


しかし、皇国では未知のものであった為、基礎技術もなく零からの研究開発とならざるを得なかったのではないのかとヒッパーは考えた。


 基礎的な工業技術やエ学……各分野で相応の蓄積を経て初めて近代技術は成立する。近代技術とは無数の基礎技術と工学の複合物であり、積み重ねに他ならない。基礎技術もないところから近代技術に依存した製品を作り出すことは不可能である。


 だが、トウカが即効性がないにも関わらず動いたという点をエッフェンベルクは重視しているのだとヒッパーは推測した。


逆説的に見れば、将来的に重要になる、或いは他国を大きく優越させるだけの可能性を秘めているのではないかと見る事もできる。加えて、そうした固執している技術がトウカの知る先進国では極一般的なものであるかも知れないのは在り得る話であった。少年が相応に理解できるだけの接触がある技術なのだ。


そこでヒッパーはトウカの嘲笑染みた言葉を思い出す。


「機先を制せよ。独占した技術の数だけ臣民の幸福がある、か」


技術開発に纏わる費用が莫大である為、苦言を呈した大蔵府長官に対するトウカの発言は一般市井にも知られている。


無論、それは酷く切り取られた発言に過ぎず、実際は"民衆から銭を搾り取るだけなら莫迦でもできる"や"将来の税収増加を考慮した投資もできない奴は売国奴だ”という暴言は、天帝の権威を損なう為、関係者達の胸に仕舞い込まれていた。


「理解できる話ですよ。技術(テクノロジー)が世の中を左右する時代が来ると思いますね。我々が候補生だった頃より格段の進歩ですよ? しかも最近の進歩は昔以上です」


「俺たちぁ、お払い箱だな」


 最近の技術ですら首を傾げる類の物が多く、ヒッパーも結果だけを押さえて、そうしたものだと割り切っていた。


「でも、結局、最後に決断するのはヒトですよ。そこは経験と直感がものを言う。例え、専門分野に合わせて司令部の参謀将校の数が増えても、決断するのは指揮官なんですから」


 専門職は専門職に過ぎない。全体の視野を持って、苛烈な判断を下す者をそこから育成するには以前と変わらぬ時間を要する。ヒト自身の構造と精神は進歩していないのだ。例え、法律や道徳、人権などを纏って進歩を演出したところで、ヒトの性と本能は変わらない。理屈は衣服に過ぎないのだ。焼け落ちる事もあれば腐り落ちる事もある。当然、脱ぎ捨てる事もできた。


 ヒッパーは渋面を作る。当然、焼き魚が苦いからではない。


「中々、退役させて貰えんな」


 後進が育成できていないという苦悩を海軍は持っている。


 神州国の戦備に全く追い付けない中、沿岸海軍としてもそれを阻止できるか怪しい戦力差となりつつある中で人材育成に割ける予算はなかった。当座は凌げると後回しにし続けた代償が目前まで迫っている。


艦隊戦力増強で手一杯であり、優秀な戦隊指揮官や艦隊指揮官は不足気味であった。北大星洋海戦の戦勝で昇格した面々が埋め合わせつつあるが、ヴェルテンベルク領邦軍より引き渡された艦艇と、新造が始まった艦艇の人員については未だ手当てが付いていない。


「人手が足りませんからね。老将も宿将も命ある限り現役でいて貰いたいなんて人事部は(のたま)うくらいですよ?」


 人事部にヒトの心がないのは昔からである為、ヒッパーとしては驚くに値しない。そもそも、艦隊指揮官などは親補職である為、トウカの裁可を必要とする。即位して間もない天帝……それも狂信的な実力主義者を相手に理解を得るという真似を先延ばしにしたいという意図も透けて見えた。人事部が怖れる相手が居ると思えばヒッパーとしても溜飲が下がる。


「皇州同盟軍からの引き抜きは上手くいかんのか?」


 内戦中に寝返ったシュタイエルハウゼンを始めとして、皇州同盟軍もヴェルテンベルク領邦軍水上部隊を基幹戦力とした有力な水上部隊を保有していた。その水上艦艇の大半は海軍に移籍する事となったが、乗員は皇州同盟軍所属のままであり、退役した者も居れば、商船隊や新造艦艇への移籍となった者もいる。皇州同盟軍は自前で一個空母機動部隊と複数の潜水艦隊保有を目指しており、乗員をそちらに再配置したいというのが実情であった。


 潜水艦隊の規模を思えば余裕などあるはずもない。


「北部の人間は北部から離れたがらないようで」


「不信感の払拭には未だ時間を要する、か」


 内戦に於ける遺恨は、対帝国戦役で共闘する事で大幅に軽減されたが、北部臣民の中で醸成された他地方への不信感という気質は未だ変わらぬものがある。使い捨てにされる……危険な任務に充てられるという不安もあることは疑いない。トウカが天帝となっても変わらぬ以上、その解決は時間に頼るしかなかった。


「人員増強は大幅に認められていますけど、戦力化するまでは戦争を避けたいというのが海軍の本音ですよ。陛下にもそこは上奏したんですがね」


エッフェンベルクの表情は渋い。


軍事的の行使と戦果が今上天帝最大の正統性である以上、他国への軍事行動に対する躊躇に乏しい事は致し方ないものがあった。少なくとも勝てぬ相手や国内勢力に振るうよりは救いがあり、それを見極める視野もある。


「何と?」


「情勢次第だ、と。亡国となって尚、海軍が残存する意味はない、とまで言われましたよ」


余りにも直截な物言いは天帝に相応しからざるものであるが、ヒッパーとしは曖昧な物言いの多かった先代天帝よりも好感が持てた。中道は中庸に陥りやすく、中庸は中途半端に向かう。言葉で取り繕うには軍は実力組織に過ぎ、虚構を認めない。


「和戦両様の構え。という訳ではないな。相手が仕掛けてくるなら全力で殴り返す、と言ったところか」


分かりやすくて結構だ、とヒッパーは米酒を啜る。


妥協は更なる助長を招く。


結局のところ、何処かで限界を迎えて交戦に至る。よって、相手の強硬姿勢の背後に交戦の意図が滲むならば、こちらの優位、或いは充実した時節に応じるしかない。少なくとも、政治的、軍事的均衡を作り出せないならば。


 兵力差からなる不利を認め、戦力を集中して敵の弱点を殴り付ける。


 トウカの基本的姿勢は正にそれであるが、有史以来、これ程に鮮やかにそれを成せた者は少ない。無論、幸運に助けられた事は否定できないが、過剰なまでの選択と集中への努力が可能性を最大化した事は皇国軍高官の誰もが認める事実である。


「代わりに建造していた六六艦隊を海軍所属とする事は認めて貰いましたがね」


巡洋戦艦六隻と航空母艦六隻からなる建造計画の名称をロにしたエッフェンベルクだが、当人の苦笑を見ればそれが直近の問題を解決するものではない事は明白であった。


「あの一二隻は船台に竜骨が姿を見せた程度だろう? 物資と人員が潤沢にあっても就役までに二、三年は要する筈だ。当座の問題解決にはならんな」


大型艦を一二隻同時に起工するだけの造船設備があるだけでも一国の造船能力に等しい規模だが、建造速度に関しては短縮が叶わなかった。積木(ブロック)工法の採用によって造船速度の向上を果たせたかに見えたが、接合部を錬金術によって溶接する錬金術師の不足が足枷となって現状での造船速度向上は現状では果たせていない。


 ヴェルテンベルク領での造船施設が並外れた規模を誇るのは、大型武装商船……二万t規模の建造を目的としたもので、マリアベル肝煎りの公共事業だった。危険海域を超えて商業活動を行う為の武装と装甲を兼ね備えた武装商船は諸外国からの受注を受け、既に三〇隻以上が海洋で商業航海に従事している。


 それらはヴェルテンベルク領に莫大な外貨を齎したが、マリアベルによる強力な外洋艦隊設立の準備期間でもあった。実情として船渠は商船のみを造るには大型に過ぎ、防諜と艤装を意識した構造をしている。将来の建艦計画を見越した造船設備である事は疑いない。事実、後に《剣聖ヴァルトハイム》型戦艦や《グラーフ・カレンベルク》型重巡洋艦も行われている。


 ――装甲姫が存命であれば海軍艦艇を建造するなど有り得なかっただろうな。


 ヒッパ―の感想は、トウカが知れば鼻で笑う類のものであった。マリアベルであれば大型案件として儲け話に飛び付いた上で、情勢次第では完成間際に建造艦を接収する。


 兎にも角にも、マリアベルの野心によって構築された設備が今日の海軍を支えていた。


 ヒッパーの指摘に、エッフェンベルクは「そうなんですがね……」と言葉を濁す。


小五月蠅い海軍内の面々を黙らせるだけの威力を、未だ姿すら見えぬ十二隻の鋼鉄の乙女達は有するが、それはあくまでも話題の上での衝撃(インパクト)によるものに過ぎない。実情として、直近の戦力は不足し続けていた。


海軍は有力な戦闘艦艇を可及的速やかに欲している。


強く、安く、早くの三点が揃っていなければ実現は難しい案件であり、それが可能であるならば諸外国海軍は苦労しない。


それも我らが天帝陛下に諮ってみてとうか?とヒッパーとして口にしたい衝動に駆られるが、建造計画にまで依存する姿勢を見せては海軍府の存在意義が問われかねない。唯でさえ、一人参謀本部などと言われるトウカの存在に、意気消沈する陸軍参謀本部の面々を思えば、海軍に対してそうした風評が朝野で囁かれる事は厳に戒めねばならないと考えるのは当然であった。 ならば己で考えるしかない。


出来の悪い近所の総菜屋の発想の如き、強く、安く、早く、を実現せねばならない。頭の痛い、否、頭痛が痛い案件に他ならないが、出来なければ海軍は外洋での攻勢能力を失う。


 最近の皇州同盟軍は遊撃艦なる艦を次々と就役させており、それは駆逐艦と水雷艇の中間の様な性質を持つ艦であった。優速を利して敵に肉薄し、無数の魚雷と擲弾を撃ち込むという明らかに近海防衛しか想定していない艦種の量産は、当面の海軍への期待を投げ捨てたという宣言に等しい。少なくと も海軍内の艦隊派はそう考えている。


 一種類の小型艦の存在が海軍の面目を大いに潰しているのだ。


 ヒッパーは艦隊派であり、艦隊整備を重視する一派である。そして、対となるのが近年活躍著しい航空戦力の整備を掲げる航空派であった。前者も後者も艦隊戦力を必要としている事に変わりはないが、後者の場合、当座の戦力は沿岸部に航空基地を確設し、基地航空隊の増強を以て成すべきであるという主張も中にはある。


 純軍事的な視点から見れば、基地航空隊の増強によって本土やその周辺の島嶼自体を不沈空母と成さしめる事は有効であるとヒッパーも見ていた。


 現在の諸外国の戦闘艦は僅かな対空火器を搭載する程度に過ぎず、そこに航空爆弾と航空魚雷を抱えた対艦攻撃騎が雲霞の如く攻め寄せれば、相当の戦果が期待できるとヒッパ―は考えていた。戦艦の物量に航空騎の物量が優越する事は証明されていないが、トウカが航空母艦整備を言明している事からもその公算が高い。


 しかし、戦艦と比較した場合、工数が少なく見える航空母艦だが去れども大型艦である。


 〈モルゲンシュテルン〉という艦名を与えられた航空母艦は歴史に名を残すであろう活躍をしているが、元より空母として建造された訳ではない。改装するに当たって最も大型で工期短縮できそうな構造の輸送船を選択した。海の物とも山の物とも知れない新艦種に予算を割けないという問題以上に建造期間短縮が念頭に在った。


「輸送船を改装して空母にしてみてはどうだ? 同盟軍の空母もそうした類の物だっただろう?」


工期を可能な限り短縮して実戦投入したいという意図が当時あった事は明白である。


 結果として二か月足らずで竣工した。工員と資材を集中し、就役を断行したことに無理が無数とあった事は明らかとなっているが、外洋で母艦航空隊をできた以上、航空母艦としての役目は果たしている。


「あれは小さ過ぎますよ。いや、あの領邦軍の艦艇は総じて大型なんですがね、それでも航空母艦として運用し続けるには結構無理があるみたいで、早々に練習母艦に転用する予定です」


 米酒の入った徳利を火鉢上の煮え立つ窯に置いたエッフェンベルクが勿体ないと嘆く。就役間もない時期に第二線へと下がる事を想定されている航空母艦の悲哀。いかばかりか。


「主力艦……四〇cm以上の主砲を搭載した戦艦か、十分な規模の空母が数か月で作れたら有難いのですが」


 ないものねだりであるが、主力艦に類する艦の不足は最早、隠しようがない。就役年数の長い主力艦も多く、それらの代艦建造が急務である事を踏まえれば猶更である。


「本来は、空母含めた艦隊を即座に編制できれば良いんですが......」


 だが、問題点が問題点であり続ける正当な理由はなく、技術革新と発想が問題を解決する事は有史以来、繰り返されてきた事でもある。発想の転換で解決する問題は意外と多い。


 これだから優等生は、艦船模型を作れ、とヒッパーは毒づく。因みに艦船模型の製作は短気なヒッパーに似合わぬ趣味として知られていた。


「いいか? デカい戦艦は無理だ。あんな重装甲の重量物なんて、そもそも数か月で用意するなんて船体と上部構造物が完成してなけりゃ、な」


航空騎でも主力艦を撃沈できるとヒッパーは見ていた。海軍内の艦隊派もそう考えている。


箸で焦げた焼き魚の尻尾辺りを切り落とし、もう一匹の焼き魚の頭を落とす。


 そこでヒッパーは閃くものがあった。


「いっその事、発想を変えてみてはどうだ?」


馬鹿げた発想はいつの時代にも存在する。


そして、二匹の焼き魚を寄せて切り口を付けて見せる。


「それ、こんな風に……」


「食べ物で遊ぶのは感心しませんよ」


「違うわ!」


 上品な男にはわからぬ美学がそこにはある。


 観戦模型を作る男なら一度は、二隻の船を前後に繋げて超戦艦を建造する事がある。


「<剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦の様にはいきませんよ」


「違う」


 エッフェンベルクが挙げた数少ない例であった《剣聖ヴァルトハイム》型戦艦二隻は確かに主砲まで設置され、後は艤装のみという段階であった。主砲以外は艦上に陸上用の対空砲や重砲を溶接するという無理を押しての就役であったが、それでも建造で一番時間を要する船体は完成状態にあり、主要な上部構造物も配置済みという状況である。


 戦艦である以上、相応の装甲を必要とするが、〈剣聖ヴァルトハイム〉型戦艦二隻に関してはその部分が完成していた。


「だが、空母は違う。巨弾をぶつけ合う様な戦いはしないし、装甲は最低限でいい。要はデカい船体は要るが、最悪を言えば装甲はなくても良い訳だ」


「まぁ、確かにモルゲンシュテルンも原型を踏まえれば装甲は皆無に等しいでしょうが」眉根を寄せるエッフェンベルク。


装甲はなくともよく、しかし大型の航空母艦となる程の船体規模を持つ艦。


 そうしたものが海軍にはないからこそエッフェンベルクは苦悩している。強いて言うならば、北大星洋海戦で大破した巡洋戦艦ならば可能かもしれないが、主力艦を転用するのでは母数は変わらない。その上、上部構造物や対艦戦闘に特化した艦内設備を取り払って航空母艦へと改装するには新造と変わらぬ日数を要すると算出されていた。その上、新造するに匹敵する費用が掛かるとなれば、意義は皆無に等しい。


「だから、これだ」


「……切断して繋げろ、と? 正気ですか?」


二人して卓袱台上の継ぎ足されて妙に長くなった焼き魚を見下ろす。毒々しい焦げ色は迷彩効果すら期待できる、とヒッパーは自画自賛する。焼き過ぎた事に対する自己弁護もあったが。


「重量部隊の輸送の必要性から確かに大型輸送船は建造が続いていますが……」


内戦勃発の三年前に一八隻が計画され、その内、一○隻が就役済みで、六隻が建造中、二隻が計画中であった。本来、軍縮下で渋い顔をする筈の大蔵府が予算通過を認めたのは大陸間大型客船と共通規格とし、場合によっては民間への払い下げも考慮しているとの”建前”があったからに他ならない。当時の海軍内での計画では重装備の仮装巡洋艦への転用を想定していた為、輸送艦にしては厚い外板を有していた。


 因みに、前年度辺りで、昨今の情勢が危ういので輸送艦を重武装の仮装巡洋艦に改装して当座を凌ぐと大蔵府に許可を得る(泣き付く)予定であったが、内戦勃発で目論みは露と消えた。内戦で陸軍予算が爆発的に増えて発狂する財務府長官を前に言い出せずに終わったという部分もある。


「これならば(船体を)切って繋げて、(飛行甲板を)張り付ければ完成だ!」


 渾身の計画であった。


 装甲に乏しい輸送艦であれば切断と結合が比較的容易であり、船内構造が輸送の為に広く取られて改装に時間が掛からないという点も大きい。


付け加えると、上部構造物搭載前であれば、撤去工数も削減できる。問題は発艦の為の合成風力を得る為の速度を輸送艦の主機では得られない点にあるが、そこは換装するしかなかった。それでも代替案として魔導士を確保できるならば、風魔術による風力創出による発艦距離短縮も可能である。


「出来なくはないでしょうが……こう、艦政本部の労働意欲を著しく削ぐでしょうが……」エッフェンベルクが唸る。


初めての空母計画が継ぎ接ぎのものとなれば、実験艦であるとしても設計への意欲は減じるに違いなかった。


しかし、実際は簡単な作業ではなかった。


実際、不可能ではないが包丁で食材を切るかの様な単純な作業ではない。目算で一万五千t規模の輸送艦二隻を結合させれば、切断した部分を排除しても二万六千t程度にはなると思われる。搭載騎は一○○を超えるとヒッパーは見ていた。


 それでも、航空騎を大量に抱えながら、主機の位置や放熱板、魔力循環などを想定した艦内構造を模索せねばならない。〈モルゲンシュテルン〉型航空母艦も、今は運用実績を反映した長期改修工事中である。短期間で就役まで持ち込んだ結果、無理と非合理が無数と生じた故の反動であった。


「幸い建造計画の変更で駆逐艦の主機が余っていますから、そちらを使えば更に予算は圧縮できる筈です」


「そこまでお膳立てできるのなら、艦政本部にも完成度の高い正規空母を設計する為の実験艦だとでも言えばいいだろう」


 建造時の問題も洗い出せる上、工員が航空母艦の建造に慣熟する事もできる。完成後は平時が継続するならば発艦訓練に従事させて、空母航空隊編制の時間を短縮する事も期待できた。


 斯くして、海軍府長官と聯合艦隊司令長官の突然の思い付きを発想に皇国海軍初の航空母艦建造計画は開始されることになる。


二隻を繋げられるのならば、三隻でもいけるはずだと艦政本部が騒ぎ始めたが、当人達も一晩頭を皇海で冷やし、操舵性の極端な悪化が問題だと鎮静化。そしてまたトウカの書き散らかした概念図から艦首補助推進器(バウスラスター)艦尾補助推進器(スターンスラスター)を見つけ出し、再び三隻でも繋げられると騒ぎ出したりと紆余曲折があった。艦政本部長の毛根への被害のみで抑えられた騒動であったが、それにより双胴空母の発案が生じる事となる。


 トウカもそうした案に対して前向きな言葉を残している。


”駆逐艦だが確かに前例はある、ただ、接合部の破断、脆性破壊には注意を……いや、錬金で継ぎ目のない船体を作る国では関係のない事か”


一石三鳥。無駄はなかった。


しかし、そうした公式文書に残る台詞を重視する者はいなかった。








実際にニコイチした艦が世の中には存在します。なんなら名前までニコイチぽくなってます。

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