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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第二章    第一次帝国戦役    《斉紫敗素》
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第二四七話    仔狐の決断




 ミユキは飛行場への道を駆けていた。


 護衛に付いた兵士を振り払い……唯一、情報部のキュルテンだけは一分の隙もなく追走しているものの、ミユキは撒く時間も惜しいと放置する。目的地が露呈している以上、先回りされるだけであるとの割り切りもあった。


 シュパンダウ近郊の航空基地。


 航空基地は混乱と喧騒の最中に在った。


 航空艦隊の進発に伴い、整備兵達は徹夜の整備を終え、今まさに送り出す為に総員帽振れの状態であった。一部では工具や弾薬箱を背に熟睡している者も見受けられる。


 空を見れば無数の戦略爆撃騎や戦闘騎……多種多様な航空騎が幾つもの梯団を形成し始めていた。


 そうした中、格納庫の駆け込んだミユキは、近くの整備兵……階級章の横棒と星が一番多い者の襟首を掴んで揺さぶる。尻尾も揺れる。


「えっと、飛行騎を一つ貸してください!」


 眼鏡をかけた出っ歯の整備兵が枯れた声の悲鳴を上げる。周囲に整備兵が集まってくるが、犯人がミユキであると分かると所在無さげな表情をする。どの様に接して良いか……襟首を掴まれた整備兵を助けてよいものか判断しかねたのだ。


「いや、貴女の領地でしょうに! 自前の奴があるでしょぉう!」唾を飛ばして抗議する眼鏡と出っ歯の整備兵。


 それもそうだった、とミユキは襟首を離してのしのしと格納庫を突き抜けて航空艦隊司令部に併設された兵舎へと突き進む。


「ヴィトゲンシュタイン大尉! 出てきてよ! 減俸だよ!」伝家の宝刀……給料袋を盾にして出頭を促すミユキ。


 手を拡声器にして兵舎へと勧告するミユキに、何事かと驚いた将兵や整備兵が窓から顔を出すが、そこにミユキが求める銀髪の飛行兵の姿は見受けられない。


 止むを得ないとミユキは、背後にキュルテンを伴い兵舎へと足を踏み入れる。


「なんだい、嬢ちゃん。うちの連中は仕事を終えて今から寝るところだ。静かにしてやってくれねぇか?」


 遮光眼鏡(サングラス)をした初老の整備兵が、のっそりと廊下の角から姿を見せる。白髪に生え変わった点を見れば老人に思えるが、安全衛生上、帽子や衣服に尻尾と帽子を仕舞い込む整備兵の種族を判別する事は難しい。或いは、ミユキが考える程に高齢ではない可能性もあった。


「えっと、ヴィトゲンシュタイン大尉を探しています。呼んでください」


 階級章を見れば中佐である事が分かるが、遮光眼鏡(サングラス)で表情が読み取れない事から奇妙な威圧感をミユキは感じた。


 しかし、眉を顰めただけで、彼はミユキを咎める真似はしなかった。無論、それは子爵の不興を買う事を恐れたのではなく、純粋に面倒と感じたからである事が所作から窺えた。


「シゲ! シーゲント大尉!」


「親っさぁん! 何でしょうかぁ!」


 初老の整備兵……親っさんに呼び出されたのは、格納庫で遭遇した眼鏡に出っ歯の整備兵……シーゲントであった。騒々しく駆けて来る姿は何処か愛嬌がある。


 汚れた軍手を其の儘に敬礼するシーゲントに答礼する事もなく、親っさんはミユキを一瞥すると「相手をしてやれ」と言い放って背を向ける。


「へぇ、で? あの美人の呼び出しかい? あの子なら、今の時間帯だと滑走路の橋で愛騎を磨いてるだろうさ、呼び出してやるよ。おい、そこの! 車輛を出せ!」


 近くの整備兵を呼び付け、シーゲント大尉は、ミユキを近くの一室に招く。


 〈第三航空艦隊〉司令部の立て札が掲げられた一室。


 中将の階級章を付けた将官まで遠目に窺える。第一種軍装の将官や佐官は航空艦隊司令部要員であろうが、整備兵や経理、庶務と思しき者達が司令部内の大部分を占めている。その端で整備兵達が会議をしていた。出撃した航空部隊の帰還後の整備方針を取り決めている様子である。黒板への記入内容からエルライン回廊周辺の敵兵力に対し、継続的な航空攻撃が行われる様子が垣間見えた。


 ――あ、空挺支援だ。


 近接航空支援の装備兵装項目や攻撃目標優先順位を一瞥し、ミユキは察したが口にはしない。トウカがエルライン回廊への空挺を予定していた事をミユキは以前より知っていた。逃げ道を塞ぐ事は狩猟の基本であり、驚くに値しないという部分もあった。


 着席を促されたミユキは、補修の後が目立つ応接椅子(ソファー)に座る。緩衝材は圧縮されて機能をはたしていなかった。キュルテンは応接椅子の背後に控えている。


「それで? 一体、なんなのよ? 俺達疲れちゃってるのよ?」対面の応接椅子(ソファー)に寝そべるシーゲント。


 子爵に対する礼儀を知らぬなどと思う程にミユキも貴族としての矜持など持ち合わせていないが、婦女子に対する姿勢としても落第である。


 しかし、今はそれどころではない。


「えっと、龍を飛ばしたいんです! ライネケに行きたくて……」


「ライネケ?」


「場所は秘密です」


 諸勢力に露呈しつつあるが、民間の大部分は未だ天狐族の隠れ里ライネケの存在を認識していない。隠蔽効果は完全に喪われていないと秘匿は継続されている。


 早朝、マイカゼの指示によってライネケに設置された通信設備から緊急通信があった。



 ライネケが帝国軍の襲撃を受けた、と。



 マイカゼは皇州同盟軍に大部分が移管された領邦軍戦力の中から一個大隊ほどの戦力を救援に向かわせようとしたが、帝国軍の部隊などの接触を受けて到着は大きく遅れると推測された。無論、皇州同盟軍にも救援依頼は出されたが、魔導通信の脆弱性が露呈した。


 〈南遺征伐軍〉への航空攻撃が黎明時に開始され、ドラッヘンフェルス高地の占領と〈グローズヌイ軍集団〉への迫撃戦も同時に行われている中、混乱する北部地域では長距離通信が不可能となった。戦闘魔術の各地での度重なる行使は、空気中の魔力の混乱を招き、魔術的な通信波の伝達性を著しく低下させたのだ。


 航空管制騎を介しての通信や、大出力魔導通信による強引な通信という手段もあったが、前者は決戦の為、各地で実戦投入されており予備騎が存在せず、後者は元より試作型で故障の為に停止している。


 挙句に航空戦力の大部分も出払っており、余剰の軍用騎は殆どなかった。


 しかし、苦悩するマイカゼを他所に、ミユキは自前でヴィトゲンシュタイン大尉と戦闘爆撃騎を単騎のみであるがロンメル領邦軍騎として保有しており、それを恃みに駆け付けようと目論んでいた。提案すれば止められる為、黙って移動したが、そこは母狐である。勝手に駆け付けるであろう事を想定して護衛を増員した。


 結局、護衛は振り切ったが、キュルテンだけは振り切れず随伴する結果となった。何よりキュルテンはヴィトゲンシュタインと既知でありミユキが彼女を専属の移動手段として扱っている事を知っている。


「嬢ちゃん正気かい? 制空権を確保しているとはいえ、単騎飛行? そりゃ危険だよぉ?」


 シーゲントが翻意を促すが、しかしながらミユキとしては引けない事情がある。


 ベルセリカが居れば代わりに出向いて貰う程度の理性は残っているが、戦時下で主力が決戦に赴いている中で有力な将兵が残っているはずもない。拠点防衛を前提としていることもあり、フェルゼン近郊の部隊は新兵主体となぅている。


「そもそも目的地に飛行場あんの? 軍の敷地なら連絡しとかないと落とされちゃうよ」


「大丈夫です! 落下傘を使います!」


「無茶するねぇ。と言っても俺達が子爵を止めるなんてできないだけどね」


 管轄違い……軍の序列と言える階級としては、ミユキより上位の者はこの場にも数多く居るが、ミユキはシュパンダウを治める子爵として要請している。序列によって阻止される可能性をミユキは良く理解していた。伯爵位を得たマイカゼに、己の目論見を否定される事が日常的に続いたミユキは、露呈させる術を幾つも見つけている。


 立ち上がったシーゲントは、航空騎の出撃準備と落下傘の用意を近くの整備兵に命じる。


「キュルテン大尉、情報部の人員は送れる?」


「……後続で三人。それが限界だね」


 ミユキは振り向いて、キュルテンを見上げる。何時も通りの白皙の美貌は端的な答えを返すが、当人が乗り気ではない事だけは流麗な眉が跳ね上がっている事からも窺える。


 キュルテンは情報部から出向してミユキを警護する立場にあるが、基本的にミユキの行動を阻害する真似はしない。あくまでも警護のみが職責であるという立場を堅持している。当人が子爵位を得た事に加え、母までもが伯爵位を得た結果、情報部はミユキの扱いに極めて消極的になった。


 ミユキは多くの有力者と友好関係にあり、切り札として大いに有用性があるが、状況次第では鬼札(ジョーカー)にもなる危険性を備えている。トウカとマイカゼが情報部を重用しつつある状況となった以上、情報部はミユキとの関係を重視する必要はなくなった。


 直接の連携が可能となりつつある中、ミユキを経由する必要性は低い。無論、そうした情報部の意図は、情報部九課……ミユキが偽造通貨運用の決定権を持つと知る者達とは一致しない。


 ミユキを巡る情勢は複雑怪奇なものとなりつつある。


 しかし、彼女はそれを理解していない。


 それ故に距離を取る者も少なくなかった。権力者の傍に侍る者として利用するにはミユキは能動的に過ぎたのだ。直接の護衛は現在ではキュルテンのみに絞られており、エイゼンタールはマイカゼやトウカの意向を受ける事が多くなった。ミユキが戦地に飛び込む事など想定されていなかったのだ。


「あくまでも我々は協力者という立場です。貴女を止めるだけの権限は与えられていない。……まぁ、友人としては、組織の盤根錯節を乗り越えて協力する心算だがね」


 衣服の御礼もある、とキュルテンは口角を吊り上げる。いつの日か見た殺人鬼の笑みだった。遺恨は帝国軍にぶつけてもらうしかないとミユキは笑顔を返す。


 二人が会話していると銀髪の航空徽章を付けた大尉が近付いてきて敬礼する。


「ヴィトゲンシュタイン大尉、御呼びとの事で罷り越しました。子爵様、何用でしょうか?」


「航空騎で移動したいの。今すぐ!」頻りに揺れる金色の尻尾。


 ミユキは立ち上がると、ヴィトゲンシュタインの両肩を掴む。有無を言わせぬ姿勢を以てヴィトゲンシュタインの肩を押し始めたミユキ。肩を竦めるキュルテン。動揺を隠さないヴィトゲンシュタイン。シーゲントは天を仰ぐ。


 不断の努力で鎮めていた焦燥感が胸を突き破って溢れ出しそうになる事を自覚するミユキだが、最早それを止め得る段階ではなかった。


 トウカであれば、「御前が一人赴いたところでどうにもならない」と言い捨ててミユキを拘束するだろうが、マイカゼは全てを理解しつつも自身を放置したとミユキの嗅覚は嗅ぎ当てていた。マイカゼ程の政略家がミユキの行動を予測できないはずもなく、そもそも母親なのだ。娘の動きなど手に取るように分かるだろう。


 ミユキには、その意図までは理解できない。多分に感覚的な理解に過ぎず、明確な根拠にまで至らなかった。


 しかし、母狐の思惑の渦中にあると周囲に思わせてはならない。


 他者の上に立つ、或いは他者を想定通りに動かすには、主導権がなくともあるように見せかける努力を最低限行わねばならないのだ。常に主導権を獲得する事に……例え守勢であっても固執するトウカの教えである。



 行うしか(みち)がなかった行為でも、自由意志の結果であるという印象を相手方や周囲に与えなければならない。



 ミユキは自らの思考が(つたな)い事を良く理解している。恋人が当代無双の戦争屋であり、比較対象としては些か分が悪い事もあるが、少なくともその点だけは自覚していた。だからこそ拙速を以て周囲を巻き込むのだ。冷静になる余地を与えてはいけない。


「減俸! 減俸! 減俸だよ!」


 雇い主であるミユキの命令に従わねばならない立場にあるヴィトゲンシュタインは気のない返事を零すしかない。


「しかし、飛行計画は提出しているのですか? 進路次第では友軍騎に要撃されますよ?」


「そんなの振り切れるでしょ! 頑張って!」


「はい。それは勿論、振り切れますが……」


 自身の腕に覚えのある飛行兵らしい返答であるが、今は大規模作戦の発令中であり、戦闘航空団と遭遇すれば一〇〇騎を超える戦闘騎を相手に離脱を試みねばならなくなるという計算がヴィトゲンシュタインにはあった。無論、ミユキは知った事ではない。


 それを察したシーゲントが大袈裟な仕草で両目を覆う。


「なら機関砲は要らないの? 要らないでしょ? 軽量で飛んじゃいなよ」


 騎体を軽くすれば、元より重量物を多数抱えて飛行する戦闘爆撃騎は加速性能が大きく向上する。戦闘爆撃騎に割り振られる小型騎は基本的加速性能と可搬性(ペイロード)に優れる為、非武装であれば小型騎の中では偵察騎に次ぐ優速を発揮できた。


 ヴィトゲンシュタインは溜息を一つ。


「分かりました。やりましょう。荷物は二つで?」


「うんうん! 昇格と昇給だよ!」


 信賞必罰は組織の依って立つところであるというのが、トウカの組織論の根幹を成している。口に金貨を押し込んでしまえば、大概の者は喜ぶ事もミユキは理解していた。負担ではあるが金銭で信賞必罰を示すのは最も後腐れ内ない方法である。尤も、現状のミユキは金銭と階級以外に提示できるものがないという部分もあった。複数の権力者に近しい事と、実際に権力を有している事は違うのだ。辺境島嶼の子爵の資産など然したるものではない。表沙汰にできない予算であれば潤沢にあるが。


「荷物は最小限でお願いします」


「でも、地上戦を想定してるから小銃が欲しいの」


「その胸の脂肪の塊を取り外したら重量差し引きは零でしょう」


 ミユキの申告にヴィトゲンシュタインが嫋やかな笑みを浮かべる。人使いの荒い雇い主に対する不満が滲む。ミユキは懐から取り出した金貨をヴィトゲンシュタインの胸衣嚢(ポケット)に押し込んだ。何とも言えない表情のヴィトゲンシュタイン。対価なき労働は無責任を免れないとの、トウカの教えをミユキは護ったに過ぎない。端から見れば成金貴族に他ならないが。


「アンタみたいな狐が小銃なんて当てられる訳ないでしょうに。散弾銃貸したげるから、ちょっと待っときな。いや、あんたらは先に格納庫だ」


 呆れ顔のシーゲントは後頭部を掻いて部屋から出ていく。


 ミユキはヴィトゲンシュタインと顔を見合わせると、頷き合う。


 キュルテンを含めて三人で航空艦隊司令部を出たミユキは、ヴィトゲンシュタインの案内を受けて格納庫ヘ進む。


 格納庫と言えど、シュパンダウ航空基地は最大で八〇〇騎を超える航空騎を運用する為に拡張が続いている。滑走路の規模は既に計画を満たしているが、整備兵や格納庫、掩体壕……多くの設備は未だ設置が完了していない。兵舎も戦力拡充に合わせて増築する予定となっている。当然、それらを防護する守備隊や対空防御陣地も例外ではない。


「空挺と聞いていますが、お勧めできませんね」


「でも、降りたいところに飛行場がないの」


「降ろします。貴女ならできるでしょう。生身で戦闘機動中の戦爆に飛び乗る事ができて着陸支援ができない筈がない」


 二人の馴れ初めを踏まえれば強行着陸も可能であると思わせるだけのものがあった。


 格納庫に到着すると、隅で丸まっている翼龍にミユキは駆け寄る。


 翼龍もミユキに気付き、髭を揺らして喉を鳴らした。


 幾度も移動に利用している為、翼龍もミユキを覚えていた。顔を近づけ、ミユキの頬を舐める翼龍は愛嬌があるが、ヴィトゲンシュタイン曰く陸軍戦闘爆撃騎最速であると、ミユキは聞いていた。無論、飛行兵は自信過剰な生き物であるので話半分にミユキは流していたが。


「おい、嬢ちゃん。こいつも持っていきな」親っさんが着剣された散弾銃を手渡す。


 シーゲントが隣で手にしている遊底動作(ポンプアクション)式散弾銃ではなく、ミユキが見たところ弾帯(ベルト)給弾方式の散弾銃である。軍務に就くに当たって皇国軍が運用する正式採用火器は一通り教導を受けていたが、ミユキはその散弾銃を見た事がなかった。


「タンネンベルクの新作……航空散弾銃だ。毎分三五〇発の癖に反動は通常の二割程になっている」


 試式航空速射散弾銃……正式採用され場合、零式航空散弾銃として命名されるであろう航空兵装は、本来帝都空襲に於ける航空歩兵の制圧能力を砲撃魔術以外で補う為に開発された。障害物の多い地形……屋内戦闘も想定される空挺作戦時の運用を想定したものである。帝都空襲では帝城敷地内に於ける交戦で咄嗟戦闘が相次いだ為、近接戦闘で被害範囲と速射性を以て圧倒することが可能な火器が必要とされた。当初は、更に被害範囲が大きい擲弾筒の運用が考慮されたが、あまりにも被害範囲が大きく友軍との協調が難しく、障害物の破砕にも慎重を要する為、最終的には散弾銃の速射性強化に落ち着いた。


 弾帯(ベルト)給弾方式による全自動(フルオート)射撃によって毎分三五〇発の速射性を獲得した為、航空歩兵の制圧能力は採用によって大きく向上すると見られていた。


 特筆すべきは、射撃時の反動(リコイル)を四割程度にまで低減させている点である。


 銃床(ストック)部分の反動抑制発条(バネ)による低減であり、可能な限り簡略化された構造は整備点検(メンテナンス)性にも優れていた。近接格闘戦を前提とした剛性も備えている。


 欠点として重量増加や機能的に全自動(フルオート)射撃以外を選択できないというものがあった。単射は引金(トリガー)感覚によって射手(ガンナー)が行わねばならない。


「装弾数は四五二発。弾帯の収められた背嚢弾倉……銃本体と合わせて二九kg。銃剣も含めりゃ三〇を越える」


 即ち、人間種による運用は前提としていない。


 只でさえ背嚢弾倉という重量物を背負うことで取り回しが悪化する中で、膂力に劣る人間種や混血種が銃剣での近接戦闘などできる筈もない。無論、銃剣の装備には射撃時の銃身の跳ね上がりを抑制するという副次目的もあったが、小銃や機関銃などの長物の大部分に銃剣の装着を前提としているのは皇国軍の伝統である。常に小で大に抗う歴史を続けているが故に、兵器は常に多角的な機能を備えていた。兵士が扱えるかは兎も角として。


「まぁ、価格高騰でお蔵入りになるんだがな。御前さんなら扱いきれるだろうよ」


「私、射撃は苦手なので助かります」


 弓矢であれば自信があるが、小銃などの火器はどうしても照準が逸れる。一〇〇m以上での命中には自信がなかった。元より火薬の匂いが好きではないという理由もあるが、最大の理由が槓桿に手を挟んだ為である。ミユキは複雑な機械は不得手であった。


「それは捨ててきても構わんが、後で感想を頼む」


 親っさんの配慮に満ちた言葉の下にある、ここで活躍してミユキに認められれば正式採用の可能性が生じるのではないかという期待を感じた。トウカ越しに翻意を促せるのではないかというのはミユキをしても無理があると思うが、善意を受け取る事に躊躇はない。


 善意は相手の満足感が大部分を負うものであり、受け取る事に不利益がない以上、個人間であるならば受け取れば良い、と言うのがトウカからの受け売りである。信頼と贈与物を疑うのであれば、一度断って見せて反応を窺えばよく、それが思わしくないのであれば再度断れば良い。


「何をするかは知らんが、武器を取る以上、相応の危険があるって訳だ」


「直掩騎は出せないよ? ほんとにでちゃうの? おじさん止めた方が良いと思うなぁ」


 親っさんとシーゲントの指摘を、ミユキは背を向けて黙殺する。


 時間がない。


 既に貴族としての振る舞いも限界であった。


 一族の危機に在って役に立たない爵位よりも、自らの行動を優先させる事にミユキは何ら躊躇いがなかった。


「早く飛んでください!」


「シゲさん!」


「行けるけどね。一応、胴体着陸の為の(そり)は付けとくから」


 ヴィトゲンシュタインは鷹揚に頷き、愛騎へ駆け寄る。ミユキの腕をとり騎上へと引っ張り上げる。キュルテンはさも当然の様に騎体へと駆け上がり、ミユキとヴィトゲンシュタインの間へと身体を滑り込ませる。安全装置(セーフティー)を確認し、負い紐(スリングベルト)で航空散弾銃を脇へと回して、身体を安全帯で強く縛る。飛行中の騎体から滑り落ちる事を防止する目的ものであり、航空騎での移動を多用するミユキは慣れたものであった。本来は、航空勤務免許保持者がせねばならない項目であるが、軍隊という閉鎖的な組織では日常的に行われている。


「直で出る! 下がりなさい!」


 ヴィトゲンシュタインの宣言に整備兵達が顔を引き攣らせてわらわらと距離を取る。


 本来、騎体を歩行させる。或いは牽引車で移動させて滑走路で飛行工程までの準備を行うのが通例である。両翼の角度と後方への障壁展開によって魔術による合成風力を受ける事で離陸を補助するのだ。滑走部分では後方からの合成風力のみに留まるが、離陸地点まで進めば上昇気流が騎体を空へと押し上げる。そうした手順がなくとも離陸は可能であるが、騎体の負担による後続距離低下や滑走距離増大などの弊害がある為、非常時以外で成される事は珍しい。


 手綱を握り、両足で騎体の腹を叩くと、ヴィトゲンシュタインは喉元に装備した喉頭音声変換器(タコホーン)を押さえて怒鳴る。


「航空管制! 滑走路の風力術式最大! 非常時にて離陸過程を五番まで短縮! 格納庫より直接離陸を試みる! ええ! 危険! 五月蠅い! 文句は狐に言いなさい! そう、子爵様が乗ってるのよ! 減俸されたいの!」


 航空管制官による聴取機(ヘッドフォン)からの言葉に応じるヴィトゲンシュタイン。ミユキは仕草で「私に代わる?」と示すが、ヴィトゲンシュタインは鼻で笑ってそれを拒否する。


「ロンメル領邦軍、第一航空中隊、一番騎。これより単騎での航空輸送任務に就く。戦域で作戦行動中の航空部隊に情報送れ。特に陸軍航空隊!」


 ヴィトゲンシュタインの戦闘爆撃騎の両翼や胴体には、ロンメル子爵家の家紋が印刷されているが、一目見てロンメル子爵家の騎体であると皆が察せる訳ではない。トウカの隷下にあり、何かと北部で話題になる事も多いので、皇州同盟軍内であれば一目で認識するであろうが、認知度の低い陸軍ともなれば識別不明騎という扱いをしかねなかった。平時から問題になっている貴族家の家紋を記憶し切れる筈もないという問題は、組織間不和から放置され続けている。


「ロンメル子爵! 出ますよ!」


「はい! やっちゃってください!」


 ミユキはキュルテンを後ろから抱き寄せて意気込む。


 僅かな圧迫感。そして、それを圧倒する加速が続く。


 ヴィトゲンシュタイン自身の風魔術を、戦闘爆撃騎の翼と背面魔道障壁が受けて押し出されたのだ。背後には魔導杖を構えた整備兵もいる。暴風によって道具や書類の巻き上がる格納庫の惨状を確認する間もなく、砲弾の様に飛び出す戦闘爆撃騎。


 忽ちに滑走路まで進めば、次は右からの風を受けて忽ちに離陸進路方向へと騎首を巡らせる。騎体に負担が掛かる行為であるが、魔道障壁の展開位置を頻りに変更し、合成風力の受け方を操作する事で加速や方向転換を行う事ができる。運用規定上禁止されている行為であるが、熟練飛行兵が緊急性の高い要撃任務の際に行う例が皇州同盟軍では散見された。出撃までの時間が短時間であればある程に航空基地が空襲を受ける確率が減少する為である。航空部隊指揮官も承知した上で黙認していた。


暴力的なまでの加速。胃袋が競り上がるような不快感。


 忽ちに騎体は魔術的な上昇気流を受けて浮き上がる。


 不快な浮遊感と不自然な加速に導かれ、戦闘爆撃騎が宙を舞う。


 ヴィトゲンシュタインが管制塔に敬礼する。


 皇州同盟軍に於いては、航空管制塔は鉄骨製の簡素なものである。上部から得た全面映像情報が地上の司令部へと転送されている為、航空管制塔は無人であった。攻撃目標とされ易い事からの対策であり、要塞化が進む一部航空基地では高射砲塔(フラックタワー)がその役目を担っている場合もあった。


 ミユキは進路を指し示す。


 ヴィトゲンシュタインはライネケの位置を知らない。


 危うい飛行であった。











「宜しいのですか?」


 増援を送れますが、との執事の言葉をマイカゼは一笑に付す。


 ミユキは貴族となったのだ。


 貴族には責任が伴う。それを理解していなかった訳ではない筈であるが、情がそれを上回るという為政者としては失格の振る舞いを行う娘を引き留める為、領邦軍を投じるなとどという真似はできなかった。


 フェルゼン復興を迅速に行う事で……或いは演出によって貴軍官民の大部分の支持を獲得したが、前任者のマリアベルが余りにも鮮烈に過ぎた。強く気高く、強大な相手に一歩も引かない姿勢を貫いたままに果てた人生は、理屈や理論を超えて他者を惹き付ける。マイカゼは実情としてただの意地と虚勢であったに過ぎないと理解していた。それでも当時の情勢を踏まえれば、その維持と虚勢を一分も崩さなかった点は端倪すべからざる事である。


 その意地と虚勢がトウカを引き当てた。


 そして、勝利と強弁できなくもない結果を得た。だからこそマリアベルに対する賞賛は絶大なものがある。


 結果として、大きな勝利を得た指導者の影響力は絶大なものとなる。


 戦争英雄の誕生である。


 トウカは死した英雄こそ国家が求める英雄であると嘯いたが、マリアベルの生き様は今尚、多くの貴軍官民を惹き付けて止まず、マイカゼの治世を不安定なものと成さしめていた。先代との比較に苦悩するという物語の如き出来事にマイカゼは直面しているのだ。


 マイカゼの権力拡大によって連携が崩れると警戒している気配のあるトウカを、母狐は「やはり民衆を見ていないのね」と溜息を吐くしかない。


 ヴェルテンベルク伯マイカゼの権勢を支えているのは、トウカの支持があってこそである。


 意外な事にトウカはそれを理解していない。


 気難しい暴君であったマリアベルによる手放しの賞賛、狂おしいまでの信頼を得た上、彼女の悲願であった父龍アーダルベルトに戦野で一矢報いたトウカは、マリアベルの忠臣に等しい。マリアベルの死後もそれは変わらず、トウカは思想や意志の面でマリアベルの継承者となっていた。それは伯爵位を継承しただけのマイカゼとは桁違いの権勢を持つ。


 トウカは、ヴェルテンベルク領にて絶大な支持があるとしか考えていないが、それがマイカゼの権勢をも支えているという意識には疎かった。


 マイカゼの立場は未だ不安定なのだ。


 ここで戦力を裂いて親族を助ける真似をすれば、家臣団に動揺が走りかねない。


 肉親も親族も悉くが敵乃至潜在的脅威であったマリアベルの姿勢に加え、マリアベルは家臣が責務よりも親族を優先する真似を決して許さなかった。それは「責務より優先すべき肉親があるというならば殺せ」とまで言い放つ程である。マリアベルは肉親の情を唾棄すべき弱点としてしか見ていなかった。誘拐や恫喝に妥協する要素となり得る為、間違いとは言い難いが、その生い立ち故か家臣の親族を決して人質としては扱わなかった点が、マリアベルの屈折した感情を表していると言える。


 肉親を唾棄すべき弱点と見つつも、家族は共に過ごすべきだという考えていたのだ。


 そうした姿勢の統治が数百年。


 為政者や家臣団が肉親や親族に情を見せ、統治を疎かにする事が赦されない風潮が生まれるには十分な環境と時間であった。


 ――全く、征伐軍も勝利したとして、どの様に統治する心算だったのかしらね。


 何かあれば直ぐに武器や兵器を持ち出す領民性を持つヴェルテンベルク領の統治は困難を極める。警務府は戦後に警務活動の再開を提案しているが、小銃や小銃擲弾、軽・重機関銃、迫撃砲、高射砲、魔導杖、魔導甲冑、装甲車などを装備した領邦軍憲兵隊による治安維持がなされている土地に、拳銃や小銃、曲剣(サーベル)程度の装備で投入するなど無意味でしかない。治安維持にも火力が必要なのだ。


 マイカゼは助けに行けない。


 副産物が増えた挙句に首が回らなくなった結果である。


「僅かな偵察騎や戦闘騎のみでは投じても意味がないでしょう。去りとて早期警戒騎では無理に輸送はできても着陸できない」


「ロンメル子爵は落下傘を持ち出した様ですが……志願兵を集めて空挺の真似事をしてみては?」


 執事の提案にマイカゼは物事の本質が見えていないと感じ、険しい視線を向ける。


 マリアベルの頃より執事を務めていた御老体は動じない。片眼鏡(モノクル)越しの瞳は興味深げな感情を隠さなかった。


「よもや、家出娘の為に戦力を裂く事を愧じておられるので?」


「……戦爆で家出する娘などそうは居ないわよ」


 まさか家出娘を連れ戻すなどという理由で追撃を出せと言うのか、とまでは言わない。マイカゼは執事が情報部出身者ではないかと疑っていた。関係を悪化させるべきではない。


「隠れ里とは言え、自領の集落ですぞ。攻め寄せられている中、軍を差し向けて何が悪いのですか? 領地と領民を守護してこその貴族ですぞ」


「それは……筋は通っているでしょうけど」


 より根本的な理由は抗い難い程の正統性を持つ言葉に、マイカゼは的確な言葉を返せなかった。


 以前にライネケが匪賊の襲撃を受けた際、マリアベルは陣頭指揮を執って乗り込んだという経緯がある。当時は内戦に於いて領民保護を軽視しないというマリアベルの演出に加え、旗幟を明らかにしない天狐族に対して恩を売る……少なくとも敵対する可能性は減じておこうという思惑があったに違いなかった。翌日の新聞に匪賊の背後に政府が居るのではないかと匂わせる一文があった事もある。マリアベルのライネケ救援は、軍事行動でありながら、限りなく政治行動であった。


 しかし、大前提として貴族の義務があった点に変わりはない。


 大義名分はあったのだ。


「領邦軍に余剰の航空騎を掻き集めさせなさい! 重装憲兵中隊も招集! 皇州同盟軍総司令部にも救援要請!」


 矢継ぎ早に命令を出すマイカゼは、領都憲兵隊司令への出頭命令も忘れない。本来であれば領邦軍司令部に伝達するところであるが、ヴェルテンベルク領邦軍は皇州同盟軍成立に伴って大部分が移籍しており戦わずして壊滅状態に陥っていた。退役した前領邦軍司令官であるイシュタルの後任も決まっていない。ヴェルテンベルク領邦軍のみならず、他の北部貴族の領邦軍も大部分が縮小され、皇州同盟軍の戦闘序列に組み込まれつつあるのだ。統一した指揮系統と装備の威力を知るが故に、北部貴族は軍の効率化の為に身銭を切った。


 無論、そこには北部貴族に対する制限の全てが撤廃され、経済活動の活発化が始まる可能性のある中で軍事費を削減して経済浮揚に充てたいという思惑もある。度重なる戦役に於ける軍事的消耗に耐え切れなくなりつつあった事も大きい。


 北部貴族は皇州同盟軍にある程度の軍事費を提供するが、それは往時領邦軍維持費の三割程度にまで縮小された。皇州同盟軍の軍事費は兵器販売と関連企業の寄付金が多数を占めている。企業からの干渉という欠点はあるものの、トウカという戦争英雄と政略の練達者であるセルアノは彼らを上手く餌付けしていた。


 ヴェルテンベルク領邦軍は事実上、憲兵隊と航空部隊の混成部隊という状況である。他の北部貴族領邦軍に対する規範を見せる為、トウカの求める理想的な編制が求められた結果、二個戦闘航空団と各種支援騎による航空戦隊、二個重装憲兵大隊、五個憲兵大隊を主体とした各種支援部隊という状況にあった。往時の後方支援を含めて一五万名を超える兵力は見る影もなかった。それでも領地の規模に合わせた規模としては十分で、平時の治安維持などは十分に行えた。航空騎による多段索敵や早期警戒騎による広域索敵に、行動の重複を避け得る効率的な航空管制は匪賊の跳梁を著しく低減させると期待されている。


 しかし、弊害として積極的な軍事行動は取れなくなる。


 領邦軍の小規模化によって指揮系統が簡素となった為に即応性は向上したが、即応打撃を行うだけの戦力は二個重装憲兵大隊でしかなかった。重装憲兵大隊の装備を踏まえれば、通常編制の帝国陸軍歩兵大隊と互角以上の戦闘が可能であるが継戦能力はない。治安維持が主任務である以上、輜重線は以前の編制以上に小規模なものとなっている。


「皇州同盟軍総司令部との通信は難しいかと。北部の主要戦域では大規模作戦に備えて通信妨害が始まっております。一応、陸軍の通信基地を幾つか経由して試してみますが……」


「一番速い偵察騎を伝令に出しなさい」


 一騎でも航空輸送に必要であるのは確かだが、小型の偵察騎であれば大勢に影響はないとの判断であった。何よりトウカに伝える必要がある。皇州同盟軍航空隊は苛烈な航空攻勢を継続しているが、それでも相応の戦力を抽出するだけの余裕はあった。領邦軍とは規模が違うのだ。


 直ちに、と下がる執事を他所に呼び付けていた〈第一重装憲兵大隊『カッセル』〉大隊長であるエーヴァルト少佐が敬礼を以て入室する。


「お呼びとの事で罷り越しました」


「天狐族の隠れ里……ライネケへの空挺降下作戦を命令します」


 後任者が決まらないヴェルテンベルク領邦軍を“一応”兼任しているマイカゼは答礼して見せるが馴れてはいない。無論、上官の敬礼に口を挟む程、エーヴァルトは命知らずではない。


「相手は最大で二個大隊程度と推測されるわ。可及的速やかに住民を保護。貴官が最善と思う行動を取りなさい。尚、現地にはロンメル子爵も向かっています。合流したならば扱き使って結構よ。衛生魔導士の真似事程度はできるわ」


 矢継ぎ早に情報を与えられたエーヴァルトだが、彼も元を辿ればクレアによって育成された野戦憲兵の一人である。


「……未経験者に空挺をさせるのは無謀ですな」まぁ、一度、空を飛んでみたいとも思っておりましたが、とエーヴァルトは苦笑する。


 諧謔味を滲ませて肩を竦めるエーヴァルト。マイカゼは敢えて畳み掛ける。無謀であるからと会話の主導権を明け渡すほど、マイカゼは小娘ではなかった。


「挙句に密林での戦闘経験もないでしょう?」


「いえ、そうは言えども辺境の領民です。幼少の頃より野山を駆け巡り、時期ともなれば獣を取り腹を満たしていた者達なれば」


 植生が変わらぬのであれば戦えると断言するエーヴァルト。好戦的な領民性以上に、北部では狩猟が盛んである。陸軍では猟兵扱いされる生い立ちの兵士が各兵科に数多く存在した。


「落下傘を背負って飛び降りる程度なら可能でしょう。紐を引いて開く事も。しかし、落下傘は風次第でかなり流されると聞きます。再集結までにどれ程の時間が掛かるか」


 付け加えれば、空挺降下直後の部隊は無防備となり、指揮統制も無きに等しい。輸送騎の可搬重量(ペイロード)の都合上、軽武装とならざるを得ない点も抵抗力の低下に作用している。


 よって再集結中に攻撃を受ければ容易く壊乱する。


「護衛に戦闘騎隊を大隊規模でも宜しいので一つ。戦闘騎と言えど、機銃掃射で歩兵を薙ぎ払う事もできるでしょう」


「対地攻撃の真似事をさせる、と?」


 地上襲撃騎も機関砲を搭載して車輛や兵士を攻撃している為、戦闘騎にも可能であるとは推測できる。訓練を行っていない為、命中率は思わしくないかも知れないが、速射性に優れる搭載機銃であれば十分に補い得た。現に機銃掃射で対地攻撃をする戦闘騎は今次戦役で数多く見られる。


「ライネケ周辺は密林ですが、その外周に纏めて降下させるしかないでしょうね」


 直接、集落に空挺降下するだけの練度などなく、密集した降下自体が危険である。降下中に落下傘同士の接触事故が起きれば地上に赤い染みが二つ増える結果となりかねない。


「空飛ぶ憲兵ですな。今作戦が終われば航空憲兵とでも改名するべきでしょうか?」


「……作戦結果次第よ」


 前代未聞の軍事作戦……作戦と言える程の計画性のあるものではなく、可及的速やかな戦力投射による救援。それも、作戦計画は現場指揮官の判断に委ねられる。


「では、ライネケへの救援。……可能であればロンメル子爵の確保の二点を以て作戦目標とします」


 エーヴァルトの言葉に、マイカゼは鷹揚に頷く。選択肢などなかった。


「己が思う最速を成しなさい」



 ただ速度こそが全てを決するのだ。






 行うしか途がなかった行為でも、自由意志の結果であるという印象を相手方や周囲に与えなければならない。


            花都(フィレンツェ)共和国 外交官 ニッコロ・マキャヴェッリ



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