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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第二章    第一次帝国戦役    《斉紫敗素》
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第二〇九話    銃火と謀略の中で 後篇



「全車輛、砲射開始!」


 リシアの命令の元、〈第六装甲大隊『クラインシュミット』〉所属の六五輌の内、大隊本部付装甲小隊の四輌を除く三個装甲中隊六一輌のⅥ号中戦車による砲撃音が皇都に響く。


 装輪式指揮車輛内に設置された指揮所で投影された戦闘映像を見据えるリシアは、楽し気に鼻歌など奏でだしてすらいる。


「車列を崩すな! 機銃、敵を近づけないで!」


 戦車砲による砲撃音に、機銃の断続的な重低音が加わる。昼前の皇都は俄かに慌ただしさを増しつつある。戦闘魔術や銃撃音に火砲の砲撃音が加わったのだ。その砲声はより遠くまで響き、皇都が戦闘地帯である事を証明する。


「ハルティカイネン大佐、道路の破壊の為の砲撃は許されているが、対人攻撃は閣下より……」


「問題ないわよ、敵の足元の道路を榴弾で破壊しているの。敵は偶然道路の上に居るだけよ」


 ネネカの苦言を退けるリシア。


 榴弾による人員の殺傷は想像を絶する惨たらしさを齎す。砲兵隊同士の戦闘であれば遠距離である為に被害を間近で目にする事は少ないが、今回は戦車砲である故に市街地である事もあって至近での砲撃となっている。一〇〇m程度先での惨劇は見るに堪えない。


「トウカが道路への砲撃を命令したのは流れ弾で民間人が負傷する事を懸念してでしょうね。まぁ、民間人に死者が出ても敵の攻撃によるものとなるでしょうけど」


 リシアの見当は外れていた。軍人としての視点であれば間違いではないが、惨たらしい遺体を皇都に撒き散らす事で批判が生じる点を懸念したのだ。民衆の善悪など表現次第で幾らでも逆転する。戦車砲による榴弾ともなれば、客観的に見て被害者が逆転しかねない程の遺体を量産する事になる。リシアには、それが分からない。


 ネネカは「貴女がそれでいいのなら」と止めはしない。元より、この場にいる装甲部隊を実戦で運用した経験のある将校はリシアだけなのだ。幸いなことに書類上は陸軍大佐であるリシアを臨時指揮官としたが、彼女は潔癖なまでに軍人であった。敵を討つ事に躊躇も容赦もない。軍人の存在意義を全うする事に一部の疑問すら抱いていないのだ。


「運用試験や戦技獲得を目的とした部隊……戦闘には使えないわね」


 余りにも陰惨な光景に口元を押さえて装輪式指揮車輛の後部艙口(ハッチ)から飛び出した士官は皇州同盟軍であれば持ち場を離れたと降格沙汰であるが、ネネカは特に声を上げない。研究開発を主体とする者達であれば致し方ないと見ているのか。


「逃げる敵への攻撃。政治的には過剰だと非難を受けそうです」


 ネネカの政治を配慮した一言を、リシアは鼻で笑う。


 気に入らない。ネネカほどの将校、或いはトウカすらも皇都に訪れてからは政治に対する配慮なるものを前提として行動している。我らは軍人なのだ。治安維持の責務を負い、銃火器で武装した集団が分散して逃走する状況を迷宮に等しい皇都で許すというのか。皇都全体での主義者狩りなど民衆に紛れられては区別もつかず不可能であるし反感も買う。ここで皆殺しにする事こそが最善、国民の犠牲を踏まえても尚、答えは同様である。皇都で不正規(ゲリラ)戦など御免蒙る事態なのだ。


 皇州同盟軍は武を以て国家を鎮護する軍閥。尤も得意とする武力行使で問題を解決する事に何の躊躇いがあろうか。批判が上がる事など、リシアは恐れない。予算を出さない連中に対する義理などないし、対帝国戦役の矢面に立つのは皇州同盟軍なのだ。異論があるのであれば、銃口を突き付けて「なら代わりに貴方が前線で戦いなさい」と歓迎するだけである。


「政治家なんて銭勘定と票集めしかできない連中よ。これからは戦乱の時代なのだから、邪魔立てするなら戦乱らしい末路で退場して貰うだけね」


「一応、陸軍所属の貴官にはそうした言動を慎んで貰いたいものですが」


 そうは口にしつつも、何処か諦念の入り交じった表情のネネカ。リシアは「陸軍から追い出したいなら追い出せばいいのよ、上等ね」と畳み掛ける。好き好んで陸軍に所属している訳ではないリシアとしては、追い出されても不都合はない。寧ろ、苛烈な行動で自らの現状に不満があると示す事は悪手ではないと確信していた。


 リシアは陸軍所属となった事自体にも不満があるが、それ以上にトウカが引き止める仕草や交渉を見せなかった事こそが最大の不満である。無論、口には出さないが、リシアは名声を用いて北部地域で常にトウカの覇権に貢献したという自負がある。元より髪色やマリアベルの宣伝戦(プロパガンダ)の結果から名声を獲得したリシアは、積極的にトウカの支援を貴軍官民に訴え掛けた。その効果は小さくないし、何より皇州同盟成立時の率先した“従臣”の宣言は多くの者が賛同する切っ掛けとなったと確信している。


 ――それは、銃声で耳目を集めてからなんてのはやり過ぎたと思うけど、真っ先に賛意を示した乙女を躊躇いもなく手放すのは酷いじゃない。


「全責任は私じゃなくて、政治暴力主義者(テロリスト)が負うわよ。民衆が斃れても、兵士が斃れても奴らの責任よ。……何をしているのよ、集団詠唱を阻止なさい。第一中隊、第一小隊前進! 第二中隊はこれを支援!」


 リシアが対戦車攻撃を意図した集団詠唱を見て取り、大音声で命令する。内心では、遮蔽物となる街角付近まで後退するべきかと悩んだが、その命令には淀みがない。咄嗟の判断による命令こそ自信を漲らせて発令せねばならない。トウカがそうであったように。


 公爵邸周辺は高級市街地だが、既に大部分は避難済みである。公爵邸での戦闘音により自らの判断で周辺から避難したのだ。警務官達の迅速な避難誘導に負うところも大きい。


 高級住宅街と言えど、どの道路も幅には限界がある。戦車六輌が並走する程度の広さである。故に一小隊規模の兵装が限界で、公爵邸付近の道路に分散して配置していた。


 攻撃力には制限が付き、敵集団は高級住宅内へと潜んだ為、試験部隊が立案中であった間接観測射撃を、リシアは敢行した。


 天使系種や鳥系種などの飛行種族による航空管制によって、索敵と着弾観測を行うというある種の砲兵隊の領分。航空管制の指示によっての砲撃だが、至近距離という事も相まって曲射弾道ではなく、住宅を縫う様に住宅を砲撃するという直射は思いの外、有効であった。中には、住宅の窓越しに砲撃し、一軒隣の住宅の二階を榴弾で吹き飛ばした例もある。


 高級住宅街は徐々には廃墟となりつつある。


飛行砲艦(カノーネンルフトシッフ)も支援しているのね。大丈夫かしらね」


「公爵邸への命中はないかと、公爵邸の敷地は広いですが、邸宅自体はそう巨大なものではありません」


 上空で盛んに砲火を煌かせる巨人騎の誤射を心配するリシア。戦車部隊は着発信管の榴弾を使用しているので、公爵邸への誤射の可能性は低い。何より公爵邸の外壁には、屋根と違い装甲板が挟まれていると聞く。


「後続は?」


「二個歩兵大隊が包囲中、今暫くです」


「一〇(一〇分)」で終わらせる様に伝えない!」


 通信士官に怒鳴ると、リシアは車内に備え付けられていた短機関銃を手に取る。


 全軽合金製の圧縮(プレス)加工で製造された軽機関銃は、最近、量産体制に移った皇州同盟製のものであった。銃床(ストック)がなく、円筒(ドラム)型弾倉は引き金(トリガー)に近い位置にある。被筒部(ハンドガード)上面の隙間からは内部の内には放熱板(ヒートシンク)が覗き、その先には剥き出しの銃身が伸びている。


 円筒(ドラム)型弾倉を脱着して覗くと、銃弾は尖っている。対装甲貫徹(アーマピアシング)の為に鋼鉄弾芯を採用している北部では御馴染みの拳銃弾であった。


「あら、乙女にも優しい銃ね」


「扱い易さもありますが、遊底(ボルト)が軽く速射性に優れます。個人の魔道障壁を容易に飽和させ得る点は大きい」


 寧ろ、個人防禦の為に魔導術式を編み込んだ軍装を採用している皇国が先んじて採用すれば、他国も類似した発想(コンセプト)の兵器を採用して追随するので、自らにその威力が向けられる事になりかねない点が懸念される。最終的に自国の優位性(アドバンテージ)を揺るがす可能性の兵器の量産に踏み切ったトウカの意図を、リシアは軍人としての観点から察した。


 ――まさか、短期間で帝国を打倒する事を考えているの?


 帝国さえ打倒……或いは分裂状態にしてしまえば、皇国は軍拡に転じた事もあって兵力的余裕が生じるだろう。現在の将兵の質で量の不足を補完している状態を脱する事も容易になる。或いは、帝国以外の近隣国に対して優位に立つ事すら不可能ではない。無論、帝国との戦争での被害次第だが。


 軍隊ほど儲からないものはない。しかし、軍隊がなければもっと儲からない。


 そう口にするトウカが皇国軍事に於いて要職にある間は軍が軽視される事はないし、軍縮に転じる事もないだろう。暫くは動乱という軍人の世が続く事になる。


 まさか、とは思うが、思い返してみれば、有言実行を地で行くトウカは帝国撃滅に関しては常日頃より言及している。ある意味、トウカは自らの発言に常に誠実ですらあった。


「さて、そろそろ出番ね」


 戦域図の歩兵大隊の兵力展開を一瞥し、リシアは立ち上がる。無論、短機関銃を携えて。


 陸軍の目的は敵の足止めである。民間の魔導車輌を戦車で押し退け、或いは踏み潰して迅速に展開した装甲部隊で一時的に敵を足止めし、包囲戦によって残敵掃討に移るというものである。陸軍は敵が武装したまま皇都内に拡散する事を恐れて包囲しようと目論んでいるが、リシアは殲滅せねばならないと見ていた。フェルゼンでの市街戦から市街地に於ける完全包囲など不可能であると理解しているからである。建造物や地下道、用水路、配管……遮蔽物の多い人工の密林地帯では常に敵の浸透を許す。


「まさか、自ら迎えに行かれる心算ですか? なりません、それは指揮官の成すべき事ではない」ネネカが慌てる。小狐の容姿は実に可愛げがある。尻尾を毟りたい程とリシアが想う程に。


 リシアは、三点負い紐(スリングベルト)で短機関銃を身に付けると、ネネカの肩を叩く。


「あら、これは政治とやらなのでしょう? なら、悪魔に襲われたか弱い軍神様を鋼鉄の野獣に乗った可憐な紫の姫君がお迎えに参上するなんていいでじゃない。猟兵に文屋を連行させなさい。近くに居るはずよ」


 文屋には特等席で見せてあげる、とリシアは笑う。死ねば、それはそれで読者を稼げるので本望であろう。(ペン)は剣よりも強しと嘯くのだから、是非とも実演して貰わねばならない。


 ネネカに指揮権を押し付けると、リシアは後部艙口(ハッチ)から飛び出す。


「さ、演劇の時間よ」


 呼び寄せた装甲大隊司令部直属の随伴猟兵小隊に、リシアは微笑む。











「主要な政府機関と各公爵邸の警護は完了した様だな」


 トウカは微笑んだ。


 皇都の主要建造物への兵力展開は迅速に行われた。一部では想定されていた襲撃である以上、手続きに関わる部分を簡略化する準備は成さていたと推測できる。


 二時間足らずである。


 無論、公爵邸への襲撃が止まぬ様に、増援よりも他を優先すべしと、トウカが提案したからである。故に公爵邸を警護する騎士達は少なからず死ぬ。トウカは、それを悼まない。結論として、彼らは主君の権威の為に死ぬのだ。トウカの哀悼は的外れなものである。もし、散った彼らと言葉を交わす機会に恵まれても“御前の為に戦った訳ではない”と返されるのは目に見えていた。彼らの誇りと死の意義は、アーダルベルトこそが決めるもの。


 だが、成さねばならない事もある。


「シュタイヤー少佐。貴官と貴官の部下は任務を全うしてくれた。貴方は何一つ恥ずべきところのない騎士だ。皇州同盟軍は主君を護る騎士として貴官と貴官の部下を賞賛する」


 念の為である。シュタイヤーは、その意味を理解した。


 唇を固く結んで一礼する。敬礼ではない。騎士として、である。


 公爵邸への襲撃を許し、敷地内にまで攻め入られ、少なくない部下を失ったという事実は、客観的に見て責任を求められる結果と言える。例え、当人に襲撃の責任がなくとも、責任者とはそうしたものである。


「お気遣い、感謝します。当代無双の閣下の賞賛ともなれば、部下の遺族達も喜びましょう」ぎこちなく微笑むシュタイヤー。


 責任の所在を明らかとするべく自決するのではないかという懸念。トウカはそれを自らの賞賛によって阻止する。トウカに称賛された指揮官ともなれば、責任を声高に叫ぶ者も少なくなるとの判断であった。


 しかし、とトウカはシュタイヤーのぎこちない微笑みに首を傾げる。


「貴官、もしやリットベルク大佐と血縁か?」トウカの問いに「はい、伯父(おじ)に当たります、閣下」とシュタイヤーが微笑む。


 意外な繋がりである様にも思えるが、リットベルクは察するにアリアベルのお目付け役とも思える部分がある。クロウ=クルワッハ公爵家の家臣でありながらも、近衛軍に所属しているのはその辺りが理由であろう。執事の様な所作すら感じさせる上品な老指揮官が、クロウ=クルワッハ領邦軍には多数所属している可能性もある。


 トウカは苦笑した。縁とは意外なところにあるという部分もあるが、アーダルベルトがアリアベルに付けたであろうリットベルクという鈴は少なくとも内戦時には機能していなかったという点に思い当たったからである。


「しかし、閣下の婦人(フラウ)には助かります。野戦医療に秀でた高位種というのは中々……」


 ぱたぱたと医務室代わりとなった広間で治療に勤しんでいるであろうミユキに、トウカは「確かに」と返すしかない。


 内戦時のバルシュミーデ子爵領を巡る一連の攻防戦の一つとして行われたエルシア沖海戦の際、ミユキは艦内で医療の手伝いをしていた。ロンメル子爵領では北部の各領邦軍の軍医を育成する軍医学校の設置が確定しており、既に建築は始まっている。マイカゼがグロース=バーテン・ヴェルテンベルク伯爵領とロンメル子爵領の領政を結合させる事でトウカと天狐族の関係を深化させようという意図があるのは明白だが、トウカにとり悪い話でもない。戦乱の時代であるが故に、軍医は常に不足気味である。特に戦闘部隊配備への偏重が著しい高位種や中位種の軍医育成は急務であった。手術中、迅速に血管を治癒魔術で結線し、空間制御の応用で一部の臓器の機能を一時的に代用するなどという医療技術は確立されてはいても、広く運用されている訳ではない。魔導資質に優れた種族を必要とする分野は多い。軍事や研究開発は勿論、工業や農業でも常に不足していた。


足りぬ資源が奪い合いになるのは歴史が証明している。


しかし、ロンメル領邦軍に関しては、ミユキが使途不明金を纏めて投じている為に軍医の配属が増えている。厚待遇で囲い込んでいるのだ。思うところがあるのだろう。


 どこからともなく拠出されるミユキの”裏金“の怪しさに、トウカは政治問題への発展を危惧したが、皇州同盟軍情報部が知らぬ存ぜぬを通す為、事態が進展しなかった。トウカは、皇州同盟軍情報部とミユキの裏金がどこかで繋がっているのだろうと推測した。各種工作には多額の資金を必要とするが、その性質から予算計上できない類のものである。工作内容や組織規模が推測されるのでは意味がない。独自の資金源を独自に運用する程度はトウカも認めないでもない。無論、些か規模が大き過ぎる点を不審には思っているが。


 意外とミユキに正面から訊ねれば解決する問題であるかも知れないが、婦女子の財布を気にする真似をトウカは望まない。無論、友好的であり続けるならば、情報部の財源を明らかとする真似は望ましくないというものが最大の理由である。


「と言っても、複雑な医療はできないし、正規の医療課程を修了した訳でもない。……敵の治療はさせるな」


 近づかせるなという意味である。同情心を抱かれては困るという問題以上に、危害を加えられる可能性がある。ラムケが護衛として随伴しているが、ミユキであれば患者を押さえ付ける為にラムケを利用していると予想できた。次点で、ラムケが医療用酒精(アルコール)を飲んで引っ叩かれているというのもあるが。


 了承の意を示したシュタイヤ―だが、敵は基本的に少数の捕虜を除いて処分しているとの事であった。権威への挑戦という側面があるが故に、敵に対する容赦はない。


「閣下、二個歩兵大隊が装甲大隊の直共支援を受けて包囲を狭めつつあります」


「ハルティカイネン大佐だろうな。困った事だ。現場指揮官を押し退けて指揮を執っている様が目に浮かぶ」


 一体、誰の真似だとは、些か心当たりがあるので口にはしないトウカ。背後に控えるマリエングラムの視線が僅かに生暖かくなった気がしないでもない。


 トウカの曖昧な立場からの命令など、リシアは意に介してはいない。或いは、忠告しても聞き入れないとは、トウカも覚悟していた。戦車で、少なくとも服装は民間人の敵を戦車で轢き殺す画像が明日の三面記事を飾る事がない様に祈るしかない。


 殆どの戦いの勝敗は、最初の一発が撃たれる前に既に決まっている。


 そう口にした偉大なる皇帝が存在するが、政治が関わるとその限りではなくなる。中には、軍事の敗北を政治の勝利で完全に補った例も存在するのだ。民衆という感情的な不特定多数を向こうに回しての印象操作など北部以外では難しい。それは、皇州同盟が対帝国戦争に陸海軍や各公爵を関与させようとしている事からも分かる。悪印象は分かち合うべきである。


「戦車部隊、突っ込んできます!」


 通信士官の言葉に、トウカは立ち上がる。


 短兵急に事を運ぶ理由は不明であるが、相応の理由があるのかも知れない。早期鎮圧が求められる状況となりつつあるのか、若しくは被害拡大を懸念しての短期戦を意図したのか。


 にわかに慌ただしさを増す広間に破砕音が届く。


 戦車が建造物と衝突した音である。それも、接触ではなく、破壊を意図した正面からの衝突である。砲身を背後へ向け、重量のある車体と踏破性に優れた履帯を利用し、建造物を破砕して突破口を開く行為は、フェルゼン市街戦でも盛んに行われていた。


「派手好きな女で困るな……少佐、誠に申し訳ないが表に出る」


「それは……いえ、御迎えに上がると宜しいかと。隠れてばかりでは閣下の武勇を疑う者もおりましょう。無論、小官も随伴致しますが」


 腰の曲剣(サーベル)を抜いたシュタイヤーに、トウカも自動拳銃を抜いて応じる。こうした状況での皇国軍人とは実に付き合いが良い。度し難い思想汚染がない国家の軍人とは斯くも勇ましく思慮深い。


 随伴命令を受けた一個分隊の騎士が広間の扉を開け放ち、二人を先導して公爵邸内を進む。


 窓際を避けて進む上、騎士達は重装甲と評して差し支えない騎士甲冑を身に纏ってトウカを囲んでいる為、白兵戦での突破は容易ではなかった。騎士達の物々しい外套(マント)遮光幕(カーテン)となり、トウカを視認する事すら難しい。


 トウカは自身よりも長身の男性に囲まれる圧迫感に眉を顰めながらも階段を下りる。玄関口周辺の重機関銃を三脚に据え付けた機関銃陣地が窺えた。公爵邸内から持ち出したであろう鋼鉄製の長机を利用したであろう機関銃陣地は堅固ですらある。当初より、そうした利用を前提としていたに違いなかった。


 玄関口から窺う限り、敵は壊乱状態にある。


 機関銃陣地と中戦車に挟撃されては致し方ない。敵部隊は実戦経験に乏しい比較的軽武装の“暴徒”に過ぎない。小銃と軽機関銃では、鋼鉄の野獣や練達の騎士を突破する事は数を恃みとしても困難である。


 戦車の魔導障壁と表面硬化装甲による多重防禦を当てにした騎士達は、重機関銃の流れ弾が戦車に命中する事も厭わない。戦車部隊もそれを察してか、戦車砲と同軸機銃のみに限定している。果断と言えた。


「そろそろだな」


「はい、敵は壊乱状態。直ぐに残敵掃討に移るかと」


 トウカとシュタイヤーは視線を交わす。敵部隊の練度を見るに、指揮官の能力は兎も角として、解囲を試みる程の練度はない。最早、包囲殲滅は既定事項であった。


「包囲を縮小しろ。予備を出せ。俺も前に出る」


 トウカは自動拳銃を拳銃嚢(ホルスター)に収めると、佩用した軍刀を戦車部隊に向かって抜き放つ。


 敷地内に攻め寄せる戦車部隊に随伴する歩兵部隊の奥に紫苑色の髪が窺えたが、問題は傲岸不遜な紫芋ではない。その背後に蠢く自身が最も嫌悪する集団を見たからである。


「文屋が小隊規模でいるな……」天を仰ぐトウカに「不倫が露呈しての記者会見ですかな?」とシュタイヤーが快活に笑声を零す。


 未だ婚約に過ぎず、そもそも軍人が不倫如きで会見など開く必要はない。指揮統率能力に女癖など無関係であるが故に。当然、政治的には付け入られる隙ではあるが、トウカは軍人の心算である。軍閥たる皇州同盟の実質的指導者なのだから。


「あの、目立ちたがり屋め……宜しい、重機(重機関銃)の支援を受けて前進する! 俺も往くぞ!」


 軍刀を掲げたトウカに、騎士達が一斉に武器を構えて応じる。


文屋がいる以上、トウカにも相応の槍働きをせねばならない。軍神たる風評を護る為にも。


 蛮声を振り絞っての突撃が行われる。誤射を恐れて戦車部隊の火砲は止むが、リシアが曲剣(サーベル)を振り上げて随伴歩兵と共に斬り込みを開始した。


 僅かな距離。そう言い捨てるには些か詰めるに時間を要する距離を、トウカは駆ける。続く騎士達は集結していた予備隊含め一個小隊規模だが、膂力に優れた種族であるにも関わらず、騎士甲冑の重量からトウカを追い抜いて早々に敵に殺到する程ではない。


 トウカの楯となり、或いは銃弾を騎士甲冑で弾き飛ばしながら進む姿は威風堂々としたものである。銃弾の衝撃に耐え得る足腰を羨む間もなく、トウカは逃げ惑う“暴徒”に斬り掛かる。


 背を向けている者が多い中、必死に秩序ある後退を叫ぶ者の左脇腹に刺突を繰り出す。


 易々と衣服を刺し貫いた軍刀。暴徒が軍刀の刀身を掴もうとする手を、その指諸共に右へと斬り払う。飛び出る腸を避ける為、間髪入れず足払いを掛ける。


 指揮官と思しき暴徒は未だに足元で蠢いているが、トウカは頸部を軍靴で踏み砕いて沈黙させる。残念ながら既に壊乱状態であり、指揮官の死に一層の混乱を期待できる状況ではない。


 文屋の存在から背を向けた相手を斬る事を避けたに過ぎないが、指揮官であったならば生かしておくべきであったかも知れないと後悔する間もなく、トウカは混戦の中に足を踏み入れる。


 楯で殴り付けて相手の顔面を破砕する騎士もいれば、甲冑組手と思しき体術で相手の手足の骨を圧し折る騎士もいる光景に、トウカは訓練ばかりの精鋭ではなく、実戦経験豊富な精鋭なのだと見当を付ける。訓練のみで精鋭と至ったにしては戦技が泥臭い。


 リシアもまた派手な斬り込みを敢行している。


 曲剣(サーベル)でありながら、打ち合いをせずに重戦闘機の如く一撃離脱に近い剣技で相手の脚部を中心に斬り付けていた。行動力を減じた、或いは地に倒れた暴徒は後続の歩兵の刀剣や銃剣に次々と討ち取られていく。


 互いに一直線に相手を目指して斬り進む。


 包囲作戦時の通打は戦場の華であるという事もあるが、リシアが引き連れてきた劇物の扱いについて話をせねばならないとの焦燥からであった。発令された戒厳令の中、堂々と市街地を闊歩する文屋に対して検閲条項を突き付けねばならない。トウカは皇都で検閲を行う立場にないが、そうしたものは権力者に話を通せば解決する話である。


「そこの御嬢さん(フロイライン)! どちらに御向かいかな!?」


 互いの表情が窺える距離となったトウカが訊ねる。周囲の蛮声と剣戟、射撃の多重奏の中、その声は紫苑色の髪の少女に届いた。


「籠の中の軍神を盗みにきたの! さぁ、盗まれなさいな!」


 張り上げられた声。


 リシアは、斬り付けた曲剣(サーベル)の刀身が折れ、尚も曲剣(サーベル)の残骸を投げ付けると、腰に負い(スリングベルト)で吊るした短機関銃を掃射する。忽ちに暴徒の一人が紅い襤褸雑巾になった。


 防弾術式の編み込まれた軍装も、軍用魔導障壁もない暴徒は咄嗟の判断すら劣る。乱戦である事もあって心理的余裕も時間的余裕もない事から魔導障壁の展開は難しく、素人であるが故に暴徒は群れた。


 ヒトという生き物は生命の危機に際しては、周囲に迎合するという行動を取る事が多い。無論、専門教育を経た軍人であれば是正される問題だが、相手は軍人ではない。


 近場に群がる暴徒に、リシアが構えた短機関銃を弾倉が空になるまで掃射する。


 軽快というよりも甲高さを感じさせる程の連射音は、絶大な投射量で暴徒を次々と多孔質に変えていく。


 円筒(ドラム)型弾倉は、トウカの知る発条(バネ)などを利用した装弾方式ではなく、魔力による螺旋運動を利用したものであり、その装弾数は一四二発となっている。代償に重量増加が著しいが、皇国では魔導障壁の飽和破壊を意図して銃火器は種類を問わず全体的に装弾数と貫徹力に偏重する傾向にあった。


「御転婆娘め! じっとしていられないのか!」


 リシアに近づく暴徒の頸部を突いて斬り払うトウカは、リシアに手を伸ばす。対するリシアも付近の暴徒を掃射で一掃し、トウカへ手を伸ばした。


 混乱と怒号の中、掴み合う手。


 強引に相手を引き寄せ合うが、膂力に勝るトウカがリシアを抱き留める形になる。


「あら、私が助けられてしまったわね」


「なに、何時ぞやの借りを返しただけだ」 


 血振りをして軍刀を右手のみで保持したトウカは、左手でリシアを抱き留めたまま、軍刀を掲げる。黒刃は陽光を受けて煌めく事はないが、異様なまでの闇夜を思わせる色彩は、威圧感と畏怖を伴って偉容を放った。


 集結を示す符丁に、騎士達がトウカを背にして方陣を組む。小規模であるが、楯と槍、小銃を中心とした近代戦闘に合わせた方陣は極めて堅固である。楯は魔導障壁の触媒であり、隙間や楯のない箇所を魔導障壁で防護し、開口部からは槍や小銃、魔導杖が突き出された。これが陸軍歩兵部隊であれば、機関銃も楯の一部を三脚代わりに銃列に参加するが、騎士達は比較的軽装備である。


「本当は貴方が危機に陥っていると思っていたのだけど……そう言えば、人目が多すぎるものね、皇都は」


「元より勝機など彼岸に置いてきた。戦時下の戒厳令だぞ?」


 内憂外患の最中に在って、人目を気にする余裕などないと、トウカは強がってみせる。


 実際、リシアの戦車部隊による突入は、発展途上国の政府軍による暴徒鎮圧(轢殺込み)を彷彿とさせて発狂ものであったが、トウカは既に腹を括っている為に揺るがない。無論、リシアの暴挙を許す心算もないが。


 ――しかし、真に遺憾ながら戦争なのだ。斯くなる上は首都での動乱を楽しむ他ない。


 皇都を一軍を率いて行進するのだ。実弾を装填し、立ち塞がる全てを打ち砕き進むという暴挙は、そう容易く実現できる事ではない。一生の思い出となるだろう。尤も、失敗すれば一生を終える事になりかねないが。


 トウカは今、一世一代の博打に望もうとしている。


 ミユキの安全は事前にラムケが付いており、近接航空支援を終えた飛行砲艦から戻ったノナカや飛行兵も護衛に加わる。クロウ=クルワッハ公爵邸に留まれば安全は保障されると、トウカは踏んでいた。理由はベルゲンにアリアベルがいるからである。当然、アリアベルは皇州同盟軍から派遣した精鋭が“警護”していた。


 トウカは、リシアを離すと騎士達の警護を受けて進む。


 既に残敵掃討も終えつつある。慈悲の一撃を以て戦傷者に安寧を与える騎士達を尻目に、正門前へと至る。


 砲身を振り翳し警戒する無数の戦車に、随伴して襲撃に備える随伴歩兵。機械化歩兵の装備はなく、錬成も終えていない事から輸送が戦車跨乗(タンクデサント)によって行われた事は明白である。徒歩では移動に時間を要する。車輌速度に制限の付く市街地であり、奇襲を受けい易い状況であるならば、戦車跨乗(タンクデサント)は有効である。無論、それは個人防護に優れた軍装を採用する皇国の軍事勢力であればこその選択肢と言えた。通常であれば、甚大な被害を要する手段だが、内戦を体験したリシアは容赦がない。


 彼女は知っている。初戦では躊躇が生じる事を。


 明確に先手を打たれてはいない状況で、明確な殺意を抱いて銃火を放つことを躊躇する兵士は少なくない。暴徒であれば尚更である。相手が躊躇すると知り、尚且つ車外警戒の要員を増員し、進出速度を向上させるという一手を講じた。果断と言える。屋根から屋根に飛び移れる様な種族は兵力の比率として、そう多くはないのだ。


「大佐、貴官はフェルゼンに帰還せよ。移動手段は飛行砲艦がある」


 トウカは懐より取り出した命令書を、リシアに突き付ける。


「それは……ロンメル子爵を伴って、でしょうか?」


「理解が早くて助かる。済まんな、これはどうやら俺の戦争らしい。貴官も遠慮願う」


 挙句に他勢力たる陸海軍の兵力を当てにしての戒厳令である。他人の力を用いて、他所様の土地で相争うのだ。皇都に訪れている皇州同盟軍兵員から若干名の憲兵や情報部員が合流するであろうが、それも一個中隊は超えないと推測できる。


 擾乱し、吹聴し、擬装し、煽動する。


 混乱と狂騒を以て諸勢力の行動力を削ぎ、相争わせる。確たる目的はない。強いて言うなれば諸勢力の関係と力量を把握するというところである。アーダルベルトやファーレンハイトは、当初の混乱の目的を左派勢力の減衰と、挙国一致体制への移行を判断していたが、それは正しい。だが、トウカはクレアのそうした目的に対して更に一歩、踏み込んだ。


 故に、これはある種の私闘である。


 トウカは商家に恩を売ってきたいとも考えていた。


 不意に背後のリシアが言葉を投げ掛ける。


「閣下……そちらはラムケ大佐にお任せするべきかと」


 聞き分けの悪い女だ、とトウカが振り返る。


 そこでトウカは開襟を掴まれて引き寄せられる。


 不意の口付け。


 騎士と歩兵達が囃し立てる中、リシアが唇を離す。


 頬に朱を散らしたリシア。恥ずかしげもないとはいかない様子であるが、そうであるならばしなければいいとは、トウカも言わない。乙女とはそうした生物であると、トウカは悟っていた。


「愛しい人、答えが欲しい訳じゃない。でも、遠ざけるのは違うでしょう?」


「……女に武器を取らせる事が正解とも思えないがな」


 歯が当たった唇の痛みに表情を顰めて見せるが、リシアは怯まない。


 今一度、身体を寄せるリシアをトウカは片手で抱き止める。「仕方のない奴だ」と溜息を吐くトウカに「あら、勇敢な軍神には戦乙女が必要でしょう?」と、リシアはさも当然の様に正当化の構えを崩さない。


「明日の三面記事は決まりね」


 リシアはトウカの右手に絡んで記者達へと敬礼する。


 トウカは妙に近い距離を取るリシアの意図を察して、その頬を(つね)る。


「…………御前な」


 益々と皇都の混乱を拡大する理由が増え、トウカは覚悟を決める。


 一息にリシアを横抱き(御姫様抱っこ)すると、トウカは記者達へと笑みを向けた。


 皇都擾乱は誰しもが予想しない形で拡大しつつあった。







 戦争とはそもそも危険なものであって、これを論ずるのに婦女子の情をもってするほど恐るべき誤りはない。


     普魯西(プロイセン)王国陸軍少将 カール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツ




「軍隊ほど儲からないものはない。しかし、軍隊がなければもっと儲からない」


                   古代希臘(ギリシャ)の格言


 亜細亜(アジア)に強大な波斯(ペルシャ)帝国が出現した際に生まれた格言。イオニアの商業圏に依存する希臘(ギリシャ)に属する各都市は、波斯(ペルシャ)帝国に警戒感を示しつつも、イオニアを利用せざるを得なかった。




殆どの戦いの勝敗は、最初の一発が撃たれる前に既に決まっている

 

              仏蘭西(フランス)帝国皇帝 ナポレオン・ボナパルト


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