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紫苑穢国のエトランジェ  作者: 葛葉狐
第二章    第一次帝国戦役    《斉紫敗素》
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第一七四話    懇親会の光と陰 




「面倒臭い……」


 トウカは、大御巫の正装から貴族令嬢としての平均的な衣裳へと装いを新たにしたアリアベルを前に溜息を一つ。


 主要な貴族達による意見交換の場と言えば聞こえは良いが、実際は派閥争いの場でしかなく、そもそも北部貴族は皇州同盟に在って明確な役職を得た貴族しか出席していない。袋叩きにされる場に出席したくはないという思惑からであろうが、こうした場で襟首を掴んで叩き合う甲斐性を見せて貰いたいと思うのは自身の傲慢であろうか、とトウカは思わなくもなかった。


 ――いや、彼らは彼らで領民の避難や資産や物資の後送の陣頭指揮を執っている。


 北部の人口は急速に落ち込み、あらゆる産業は停滞し、経済は流動性を喪いつつある。地方一つを諸共に戦場とするとは、そういう事なのだ。


 だが、人材が残れば復興は可能である。


 無論、敵国との国境に位置する土地に住まう者達の悲劇の演出を以て復興資金を各方面に拠出させるのは難しくない。人道主義が根付いた皇国の長所であり、欠点なのだ。各陣営が銃後に在って政戦共に活発な行動をする事を阻害する為、資金力を削ぐという判断は、セルアノやマイカゼ、エルゼリア侯も一致した見解を持っている。


 手にした硝子碗(グラス)を近場の机に置き、トウカは苦笑する。


 今もエルライン要塞で戦っている要塞駐留軍将兵の心情を考えれば、などという殊勝な事を考えている訳ではなく、純粋に果実酒が口に合わないからに過ぎない。


 アリアベルは緩やかな笑みを湛え、トウカへと言葉を投げ掛ける。


「貴方の活躍で私も右派扱いなの。だから、こうして貴方と並んでいても怪しまれない」


 自らの行動の結果を押し付けてくるアリアベルに、トウカはその手から硝子碗(グラス)を取り上げて中で揺れる白葡萄酒(ワイン)を一息に飲み干す。


「巷では巫女と戦争屋が手を組んだ、と報道する新聞社もあるらしいな」


 硝子杯を机に置き、トウカは溜息を一つ。


 衣裳が大御巫のものではないのであれば、トウカは公爵令嬢として扱うだけである。公爵令嬢を相手にするにしては些かぞんざいな口調であるが、下手に出る姿を周囲に見られることもまた都合が悪い。確かにアリアベルは皇州同盟の最高指導者に就任しているが、それは名目上に過ぎず、彼女に然したる権限はなかった。皇州同盟軍の指揮権をトウカが完全に掌握している以上、内戦勃発時の様に武装集団を私兵化する事も難しい。


 最近のアリアベルには動きがない。


 純粋に大御巫としての職務に精励しているに留まっており、政治的な動きは一切していなかった。


 ――いや、次期大御巫の継承を選定する動きがあるが……


 公爵令嬢としての立場に甘んじる心算であるとは思えないが、アリアベルから大御巫と公爵令嬢という立場を外せば残る要素で目ぼしいものはない。七武五公の令嬢の中でも、幼少の頃から大御巫としての務めを果たすが故に交友関係が限られている。宗教的権威を失ったアリアベルに付き従う者は少ないはずであった。


「私の政治生命は終わりましたが、貴方はこれからも強大な政敵と唾競り合いをしていかないといけない。貴方の部下達が、貴方に祖国の命運を賭けた様に、私も貴方に賭けた」アリアベルの独白。


 周囲の喧騒が何処か遠い。


 窓際に立つ二人を遠目に窺う者は少なくなく、喧騒の渦中に在っても尚、耳の良い種族であれば言葉を拾うなど容易い。


 彼女なりに立場を明確にしようとの行動なのかも知れない。


 迂遠に不本意な状況であるという感情が滲む言葉遣いであるが、トウカは無言を貫く。


「でも……姉様が悲しむ様な真似はしないで」


 重ねられた言葉。 


 それを言われると弱い。トウカとしては、マリアベルが狂喜乱舞する真似しかしていない積心であったのだが。


 腹違いとは言え、その(かんばせ)にマリアベルの面影が窺える表情を、トウカは正面から見据える。不器用で核心を避けた物言いをするところにマリアベルの影響が垣間見え、トウカは微笑ましく感じた。マリアベルと出逢う前であれば胡散臭いと感じたかも知れないが、今となっては懐かしさすら湧き上がる。


 トウカは被ったままの軍帽の鍔に指を添えて敬礼する。


「承知した」


 僅かな笑みを添えて願いに応じる。

 








「見てみな、戦友。あんな笑顔されたら女なんて一撃だぜ」


 ザムエルは、トウカとアリアベルが言葉を交わす姿を遠目に一瞥すると、歳の離れた“戦友”へと語り掛ける。


 相手はザムエルよりも遙かに年上のシュタイエルハウゼンであり、双方共に第一種軍装を身に纏っている。ザムエルは北方方面軍隷下となった〈装甲教導師団(パンツァーレーア)〉の師団長に留任しており、シュタイエルハウゼンは戦艦と重巡洋艦を海軍に貸与した事で弱体化した皇州同盟軍艦隊の艦隊司令官に着任していた。


「女性の相手も手慣れてきた様だ。訓練した甲斐があるというもの」


 共に面倒ながらも給料の内と訪れたはいいものの、相手は中央貴族とその親族。ザムエルは装甲部隊を指揮して征伐軍を散々に打ち破り、シュタイエルハウゼンなどは艦隊戦で敗北した上に、海軍から北部統合軍へと転籍(事実上の裏切りである)している。つまりは二人とも恨まれるに値する存在である。特に征伐軍には一部貴族の領邦軍が合流していた事から、戦死した血縁者も少なくない。


 そして、航空戦という概念は、碌な対抗手段を有さない征伐軍の将兵を実に平等に刈り取った。


 以前までの概念と戦闘教義(ドクトリン)が一瞬で失われ、後方が後方でなくなるが故に。


 貴族も少なからず戦死しているのだ。


 その上、遺体はその大多数が見るも無残なもので、判別できない者も少なくない。内戦までの経過は兎も角として、恨まれるのは致し方ない事である。


 無論、卑屈になる事も後悔する事もない。


 彼らを手当たり次第に殺傷したが故に得た勲章を、二人はこれでもかと言わんばかりに軍装の胸に留めている。簡略化を意図し、目立ち難い略綬(ローゼット)でないところが彼らの性格の“良さ”を窺わせていた。


 壁際に立つ二人の周囲は、除草剤を撒いた花壇の如く閑散としている。横柄な若造と胡散臭い中年では壁の花とすら言い難い。


「我らが軍神様が言うには、遺恨こそ軍人の誉れ、汚名こそ武人の矜持、だそうだ」


「それは大層と屈折した考えだな」間違いではないだろうが、とシュタイエルハウゼンが髭を揺らして苦笑を零す。


 特にこれからの戦争は、技術の進歩を積極的に取り入れた高威力の兵器が支配する戦場を生み出す事は疑いない。それは戦死者の爆発的な増大を齎すだろう。


 飛び来る憎悪に対する心構えとしては、それ程に斜に構えるのが望ましいのかも知れない。そうであればある程に残酷になれるのだ。より多くの相手に遺恨を抱かれ、より多くの汚名を背負う事こそが、より多くを祖国に齎す。


 だが、最近のトウカは、その残酷さを政治にまで持ち込んでいる。


 本来であれば、容易く排除されただろう。


 しかし、彼の齎した実績と指導力……なによりも有事下である状況が彼の命を繋いだ。否、それを理解した上での立ち振る舞いなのだ。


 非常識という縄の上を笑顔で綱渡りしているトウカを、中央貴族は末恐ろしく感じているかも知れない。そして、外道卑劣をさも当然の様に行い、それが許されて当然だと言わんばかりのトウカは噴飯すべき相手に他ならない。


「これは楽しくなりそうだぜ」


 狂乱と狂気の体現者たる彼は、或いは歴史の一幕の当事者となるかも知れない。


「貴官も大概だな。この状況を楽しむのか?」


 苦笑しながらも不謹慎だと零すシュタイエルハウゼン。


「美人の航空参謀を部下にして楽しんでいる奴に言われたかないな。畜生め」


 トウカの人選とは言え、年若い麗しの航空参謀を艦隊幕僚に加えて人生の絶頂期を迎えているシュタイエルハウゼンを、ザムエルは心底羨んでいた。対する自身の隷下にある〈装甲教導師団(パンツァーレーア)〉の師団司令部には、愛すべき妹であるエーリカが副官として着任するという有様で、ザムエルの女性関係は半ば監視状態にあった。給金の引き下ろしまで制限されては堪らないので派手な“夜戦”は自粛するしかない。


 ――男の生き様に口を挟みやがって。


 男の理想が異性への公平であるのに対し、女の理想は異性への不公平なのだ。


 女は自らが相手にとっての唯一であるを望み、対照的に、男は一人でも多くの女を幸せにしたいと願う生物に他ならない。これこそが神々の造り給うた本質であり、男にとって避け得ない宿命である。


 少なくともザムエルは、そう信じて疑わない。


 野郎二人が笑みを交わす光景に、不意に影が射す。


 視線を巡らせれば、そこには些かだらしない笑みを浮かべた老紳士が立っていた。


「これは、農林水産局長殿。大規模農業の準備は順調でしょうか?」


 老紳士……エルゼリア侯に対し、ザムエルは笑い掛けた。


 彼は良くも悪くも自由な人物である。


 皇州同盟の政治に関する要職への就任を依頼したトウカに対し、農業分野の発展を統括する部門の責任者となる事を希望した。元より農業分野に対する先駆者として名を馳せていたエルゼリア侯らしい選択である。この有事下に在って、己の趣味と理念を貫く点を、トウカは哄笑と共に評価して聞き入れた。ザムエルもまた、こうした変人が嫌いではない。戦時下で意地を張れるというのは、それだけで評価に値する。結果が伴えば尚良し。


「トウカ君が満足するまでには……一〇年は掛かるんじゃないかな?」


 品種改良や化学肥料の開発を考えれば致し方ないね、と続けるエルゼリア侯。流石のトウカも品種改良を加速させる事はできない。


「正直な御方だ」シュタイエルハウゼンが、困り顔で苦笑を零す。


 エルゼリア侯が口にした言葉は、恐らくは彼自身の忌憚なき真実に他ならない。それを公式の場で正直に口にして見せる度胸、或いは能天気に、どの様に返したものかと逡巡したのだ。穀物生産までをも政治的手札にと考えるトウカにとって、内部の予定を悪びれる事もなく口にする彼は頭の痛い存在なのかも知れない。


 ザムエルは眉を顰めて見せる。


 対するエルゼリア侯は手をぱたぱたと振る。


「冗談だよ。それに君達はトウカ君を政戦しかできない子だと思っているかも知れないけど、化学にもかなりの造詣を持っているよ?」


「それは初耳ですな。化学兵器の噂は聞いていますが、軍事に関連しない他の分野には疎いと考えておりました」


 エルゼリア侯の言葉に、シュタイエルハウゼンが興味を示す。


 ザムエルは理解していたので口を挟まない。


 政戦に於ける活躍と強硬姿勢があまりにも有名である為、そう思われるのは致し方ないが、彼はそれ以外の分野も十分に理解している。セルアノと経済発展の方策を議論し、七武五公相手に外交方針の提言を行っている事から、彼が国営に関する全般に強い人物であると窺えた。


「まぁ、確かに女の扱い以外の分野なら、俺達じゃ勝てねぇか」


「ふっ、その点ばかりは彼も我らの後塵を拝する訳か」


 ザムエルとシュタイエルハウゼンは手にしていた硝子碗(グラス)を鳴らして乾杯する。マリアベルを陥落させた男が誰であるか、彼らの頭からは綺麗に抜け落ちていた。


 何もかもがトウカの独壇場ではないと証明する為、ザムエルは努力せねばならないという事である。勝てる分野で戦うという実に戦略的妥当性の伴う判断と言えた。少なくとも当人はそう思っている。


 二人は、アリアベルと談笑しているトウカを眺める。


「しかし、サクラギ閣下が大御巫を仰ぐ立場になるとは意外だった。よもや先代ヴェルテンベルク伯の面影に引き摺られての行動ではないだろうが……」


「確かになぁ、気が付けば、あの巫女姫様が盟主なんてな。まぁ、思惑は明白だけどな」ザムエルは鼻を鳴らす。


 サクラギ・トウカは尊敬に値する男だが、その点だけは気に入らない。


 ――よりによって女を政争の道具にするなんてなぁ。


 しかも、使い捨てる姿勢に、ザムエルには見えた。


 皇州同盟盟主にして〈北方方面軍〉指導者という前代未聞にして胡散臭い立場を得たアリアベル。その規模は皇国最大であるが、実際には双方の組織に対する発言権は皆無であった。皇州同盟はトウカの、〈北方方面軍〉はベルセリカの影響下にあり、アリアベルは指揮系統上の命令権すらない。あくまでも政治的な支援を行うという立場であり、北部の武装勢力出身の者が強大な軍を統率するという風聞を避け、責任が生じた際にアリアベルに全てを押し付ける心算なのだ。


 少なくとも、ザムエルはそう信じて疑わない。


 七武五公は、〈北方方面軍〉と皇州同盟軍が帝国南部鎮定軍を退けたという実績を以て、内戦に関与したアリアベルの罪を相殺しようというのだろう。内戦という皇国の公式記録上は初めての現象に対し、明確な罰則規定と前例がない以上、功罪相殺という選択肢を七武五公が押し通すのは難しくない。


 だが、トウカがそれを許すだろうか?


 それこそがザムエルの不安であった。


 戦場で自身を助けた直感が叫ぶのだ。あの二人にはナニカがある、と。


「ああぁ、分かんねぇな。畜生め。一体、次ぎはどんな戦争やらかそうってんだよ」


 しかし、彼はそれを推察する事ができない。誰も彼もがトウカの様に墓荒しの如く、可能性を手当たり次第に掘り起こせなる訳ではないのだ。


 頭を軍帽の上から掻いて、手にした硝子杯の葡萄酒(ワイン)を一息に飲み干すザムエルに、シュタイエルハウゼンとエルゼリア侯が顔を見合わせる。


 しかし、浅葱色の髪を揺らした憲兵将校が割って入ると、ザムエルの懸念を見透かしたかのように一蹴した。



「臣民が望むならば。正義にもなりましょう。悪にもなりましょう。それが戦争の本質なれば」



 小鳥の囀りを思わせる可憐な声音に似合わぬ苛烈な言動。


「これは、クレアちゃん。久し振りだね」


「……ハイドリヒ少将と御呼びください。エルゼリア侯」


 二人は面識があるのか、穏やかな口調で言葉を交わす。


 警務官不足を補う為に北部全域での治安維持活動を憲兵が兼務する事態となった今では、憲兵隊はその規模と権力を著しく伸張させつつある。内乱による治安低下による匪賊や軍人崩れの跳梁を、憲兵隊は装甲部隊や航空隊と連携しつつ各地で撃破し、その有用性を各地で示し続けていた。そして、その統率者こそがクレアなのだ。


「暫くすれば七武五公が来られるでしょう。この茶番劇が終われば、クルワッハ公とサクラギ上級大将閣下の非公式会談も行われます」クレアの興味なさげな一言。


 だが、ザムエルは驚いた。


 実務会談だけでなく、非公式の会談が行われるという事は、何かしらの連携を見せるのかも知れない。


 非公式の会談ともなれば、実際的な言動による端的な意見の応酬が行われる。故に連携を模索する可能性が高い。連携を踏まえないならば、非公式の会談など必要なく、互いに政敵として敵対関係を続けるだけで良かった。寧ろ、適度な敵対関係の演出こそが各陣営の安定に寄与する部分もある。


 だが、アーダルベルトとトウカが単独で会談するとなれば興味が湧く。


 二人の仲が宜しくないのは皇国中に轟いている。一度は殺し合った仲でもあり、娘二人に色々な意味で傷を刻み付けた相手でもあり……極めて複雑な関係と言えた。


 その二人が会談する。


 内容は祖国を左右するものになるかも知れないと、ザムエルは眉を顰める。


「何故、俺達にそれを伝えるんだよ。何か企んでいるのか、ええ?」まさか巻き込む心算か、とザムエルは警戒する。


「心外ですね。ただ、サクラギ閣下が確実に外部に意識を裂けない状況で、剣聖殿とヴィトニル公にお聞きしたいことがあるだけです。御三方には同行して貰いたいのです」


 クレアの要請に、三人は言葉を失った。












「御二方、御機嫌麗しくございます。小官は、クレア・ハイドリヒ。皇州同盟軍少将として憲兵総監の大任をサクラギ閣下より拝命致しております」


 果てしなく重苦しい狼の宴。


 そこへ突然と現れた浅葱色の美しい長髪を右で纏めた妖精種系の乙女の存在を、二対の獣の視線が射抜く。


 背後で道連れとなったザムエルは、狂気の憲兵少将の背後に盟友と共に佇むしかない。その盟友たるシュタイエルハウゼンは隣で一心にクレアの尻に視線を向けている。意識を集中する事で、この重苦しい現実から逃れているのだ。策士である。


 ちなみにエルゼリア侯は腹痛と頭痛の挟撃によって別室で軍医の看病を受けている。流石の憲兵も机に突っ伏した侯爵を戦列に加えようとは考えなかった。


 対する狼二人は皇国でも五指に入る著名なる狼であった。



 方や、“剣聖“ベルセリカ・ヴァルトハイム。

 方や、“神狼”フェンリス・ルオ・フォン・フローズ=ヴィトニル。



 皇国近代史史上、最も不仲とされる二人が睨み合う宴席に乱入する度胸は買うものの、ザムエルとしては俺を巻き込むなと叫びたい衝動に駆られた。皇州同盟には複数の極右団体などが合流した事から過激な人物が増えつつあるが、本当に警戒すべきは物静かでいながらも苛烈な意志を宿した人物であろう事は疑いない。


 そう、彼女の様に。


 決して民間には注目される事はなかったが、クレアは先代ヴェルテンベルク伯、マリアベルの治政下に在っては領邦軍憲兵隊司令官と領都憲兵隊隊長を兼務していた。そして、軍務に於ける姿勢は苛烈の一言に尽きた。それでも尚、知名度が低いのは、ヴェルテンベルク領邦軍に於ける憲兵隊が秘密警察の色を帯びていたからであり、情報部という遮光幕(カーテン)に情報の殆どが遮られていたからでもあった。


 だが、ザムエルは領邦軍の高官でもあったが故に、その内情を理解していた。


 情報部と憲兵隊の双翼を以てのマリアベルの統治。匙加減が絶妙であったからこそ成功したとも言えるが、情報部の情報統制と憲兵隊の摘発能力も大きな役割を果たした。


 その中でも異色を放っていたのがクレアである。


 マリアベルの非公式な寵愛を受けるクレア。その政敵の摘発は苛烈を極めたが、そこには謎も多い。情報部も全容解明に二の足を踏む犯罪組織への鎮圧や、企業による賄賂や不正贈与、技術流出を情報部よりも迅速に対応している例も少なくなかった。


 その全ての作戦行動が彼女一人から憲兵隊に発令されている。


 情報部や憲兵隊司令部などの提案はなく、彼女は事実を口にし、それを前提に命令する。憲兵隊の中にも、その能力を評価はするものの得体の知れない“見切り”を危険視する者も少なくない。


 彼女……クレアには謎が多い。


 そして、今、ベルセリカとフェンリスに楯突かんとしている。


 表面的な概要は教えられたが、無論、それだけではないのだろう。情報の取捨選択による自身の立場の保全と向上はトウカの十八番(おはこ)であり、彼女もその部下なのだ。だが、女神の島での夜の巡回を見逃すと言われれば、ザムエルとしては否とは言えない。寧ろ、今まで可愛い妹に兄の下半身事情が筒抜けであった理由の謎が理解できた。「おのれ、憲兵め」とザムエルは歯噛みするしかない。


 兎にも角にも、三人が眼前で一堂に会したのだ。直視し難い光景である。


何用(なによう)か?」


 つまらん話では御座らんな、と存外に匂わせたベルセリカの物言いに、フェンリスの射抜くが如き眼光。


 クレアは「国体を揺るがすかも知れません」と嘯く。


 ザムエルとシュタイエルハウゼンは視線を交わす。そこまでの話は聞いていない。


 そもそも、トウカに引き立てられるまでは憲兵中佐でしかなかったクレアが、それを口にするというのは無謀に近い。無論、僭越に過ぎる、と返す程にベルセリカもフェンリスも単純ではないはずである。そこにあるのが善意か悪意か、或いは利益か不利益か。(いず)れにせよ思惑がある以上、それを捉えねば推し量ることはできない。戯言であっても、それを聞かねば認識できないのが言葉である。


「階級に権力が付帯するのではありません。権力に階級が付帯しているのです。望み、必要とした時に権力を得る。それができてこそ権力に侍る事が許される……私はそう確信しています」


 ザムエルの、否、皆の視線を受けたクレアの言葉。


 皆が、己の立場と階級に対する不信感を抱いているとの判断からの言葉であろう。トウカによるクレアの厚遇は度を越したものがある。綱紀粛正を憲兵によって図るという意志の表れでもあるが、それでも尚、美貌の憲兵総監という存在は様々な憶測を呼ぶ。


 詭弁に近いものであるが、彼女が階級と権力を切り離して思考していると明言している。トウカもまた権力と階級に対し、それに近い考えを持っている事をザムエルは理解していた。


 だからこそ警戒される。時と場合によって、己が目的を果たす為に階級以上の権力を手中に収める事に何ら躊躇がないからである。


「階級以上の権力を有しておるとも聞こえるの?」ベルセリカが問う。


 確かに、クレアの物言いではその様に捉える事もできる。そして、それが決して主導権(イニシアチブ)を握る為の虚言であると言い捨てる程にクレアは表面的な人物ではない。ましてや、彼女の背後にはトウカがいる。


 憲兵総監と剣聖の視線が交錯する。


 だが、それを遮ったのは神狼だった。


「そうね、貴女の問題もあったわ。……何回、貴女を排除しようと思ったかしらね。今の今まで隙すらなかったもの。どう? 私の部下にならないかしら?」


 酒冷樽(ワインクーラー)に刺さっていた赤葡萄酒(ワイン)酒瓶(ボトル)を抜き取ったフェンリスの言葉に、場の空気が凍り付く。


 表面的な争いの話は聞かず、ならば二人は水面下で(しのぎ)を削っているのかも知れない。


 だからこそ、トウカがクレアを求めたという可能性もある。


 ――しかし、地方の領邦軍憲兵が七武五公の一角、それも政略と謀略に秀でたヴィトニル公を相手に水面下で喧嘩をやらかすってか? 身近にとんでもない奴がいたもんだ。


 先代ヴェルテンベルク伯であるマリアベルよりも余程に凄まじい。


 表面化していないという事実は、今の今まで水面下での衝突に抑えられていたという事実でもある。マリアベルもトウカも経済や政治で解決、或いは優越しないと判断したからこそ武力を積極的に用いたのであり、それは七武五公や中央貴族、政府に政略面での隙が僅少であったからに他ならない。


 クレアは政略や謀略に見切りを付けず、少なくともフェンリスを相手に生命を失わない程に善戦したと捉える事もできる。だからこそ、トウカは銃後を心配する気配すら見せなかったのかも知れない。或いは、クレアの蠢動を知らないながらも、政治的均衡を嗅ぎ取っていたのか。


 サクラギ・トウカは政戦両略の英傑であるが、その政戦は直感に負う部分も大きいと、ザムエルは考えていた。


 彼はクラナッハ戦線に於いて困難に直面した際、合理性ではなく直感を選択した。或いは、そこにはトウカなりの仁義があったのかも知れない。


 ザムエルが可能性を見たのは、その瞬間である。


 トウカは運命に愛された男である。



 運命は、何か偉大な事を為そうとするとき、運命の与える好機に気付き、それを活用する気概に溢れ、才能にも恵まれた人物を選ぶものである。



 無論、運命が当人に幸福を齎すとは限らないのが時代や歴史である。



 反対に、破滅を呼びたいと望む時は、それに適した人物を選ぶ。



 それもまた運命である。


 或いは、自身もトウカと共に廃滅に向かって坂道を転げ落ちる様に進撃している最中なのかも知れないという感覚に、ザムエルは囚われた。


 そして、クレアもまたトウカに並び立つ程の運命を背負っているのかも知れない。


 その状況を察するに、マリアベルが見切りを付けた分野で彼女は戦い続けていたという事になるが、佐官時代からであるとなると明らかに“手札”が足りないように思える。フェンリスは陸海軍の情報部に影響力があるだけでなく、自身も領邦軍内に有力な諜報戦力を有していると(もっぱ)らの噂であった。純粋に質と量の双方でクレアは、フェンリスに劣っている。諜報や謀略に質と量の面で彼女は酷く劣勢にある。その中で尚、互角であり続けるという手腕。


 ――だが、そうなると常に相手の手を見透かして優位に立ち続けたという事になるが。


 それができるものがマリアベルの隷下にいたのならば、内戦など起きなかったはずである。若しくは、優位な状況を演出した上での蹶起となっただろう。


 赤葡萄酒(ワイン)酒瓶(ボトル)をシュタイエルハウゼンに差し出したフェンリスの表情は、麗しの貴婦人という佇まいであり、含むところがない様に思える。


「俺は、アンタと狼さんの仲直りの場に同席して欲しいって聞いただけなんだが、な」


 寧ろ、皆はクレアが一体、何処で狼達の不興を買ったのかと唖然としたが、状況は斜め上を行きつつある。


 木栓(コルク)を木栓抜き(コルクスクリュー)で抜いたシュタイエルハウゼンが、フェンリスとベルセリカの硝子碗(グラス)に注ぐ様を一瞥し、ザムエルは溜息を一つ。決して様になった所作のシュタイエルハウゼンが老執事の如く見えたからではない。地味であるが、仕草のみで、自身はあくまでも付き添いに過ぎないと示したからである。対するザムエルは口を挟んでしまったが故に当事者と勘違いされかねない。


「いえ、仲直りなのです。実は私の可愛くない捨て駒達が随分と御乱行を働いた様なので」


 心底、申し訳ないと言わんばかりに悲しげに歪む乙女の(かんばせ)


 ザムエルとしては罵声を上げたいところであるが、シュタイエルハウゼンの手から赤葡萄酒(ワイン)酒瓶(ボトル)を奪い取ると、零れ出そうになる罵声諸共に喉へと流し込む。


 自身が考えていたよりも、恐らくは途轍もない程に畜生沙汰な一件の証人にされようとしていると察したザムエルの機嫌はすこぶる悪い。


 そして、この場から奇声を挙げて立ち去る選択肢ではなく、彼女の“活躍”を聞きたい我欲を優先する選択肢を選んだ自身にも、ザムエルは腹が立った。この上なく。絶望的に。


「つまりなんだ? 簡潔に言え。回り諄いと犯す。つまらねぇなら犯す。トウカの前でな」


 トウカといい、クレアといい、無理無謀無茶を平然と貫き徹す大莫迦野郎が、困った事にザムエルは嫌いではない。例え、地獄の釜が開いた様な戦場に付き合う羽目になったとしても、である。


 だが、それでも尚、想像を絶する事はある。



「実は私が帝国の間諜(スパイ)を取り纏めているのですが、中々どうして彼らも優秀でして、ヴィトニル公爵閣下の猟犬達に甚大な被害を及ぼした様子なのです」



 その言葉が終えぬ内からの大惨事。


 シュタイエルハウゼンが新たに用意しようとしていた酒瓶を取り落とし、ベルセリカが硝子碗(グラス)を握り潰す。


 そして、ザムエルは奇声を挙げた。


 聞かれでもしたら皇州同盟の権力基盤が吹き飛びかねない不祥事である。勿論、奇声を発する事で怒りを吐き出している面もあった。


 だが、気が付けば周囲の喧騒は耳朶に届いてはいない。フェンリスによる振動遮断系の魔術である。色々な意味で恥辱に塗れた失態である。無論、クレアに銃後を任せて戦争に身を任せていた点も例外ではない。


 ザムエルはシュタイエルハウゼンから二本目の赤葡萄酒(ワイン)酒瓶(ボトル)を奪い取り、悪態を吐く。


「やっぱ犯す。絶対に犯す。今夜は身綺麗にしておけよ、畜生め!」酒瓶(ボトル)喇叭(らっぱ)飲みするザムエル。


 口元から垂れる赤葡萄酒を軍装の袖で拭い、机の乾酪(チーズ)に手を伸ばす。唯の乾酪(チーズ)ではない。先代ヴェルテンベルク伯であったマリアベルの命令によって作り上げられた最高の品質を誇る燻製乾酪(スモークチーズ)である。樽出し原酒(カスクストレングス)のウィシュケに負けぬ風味を望んだだけあり、その薫りは口を蹂躙して刺激を伴いながら鼻に抜けた。


 もしゃもしゃと貪る様に燻製乾酪(スモークチーズ)を口に運ぶザムエルを尻目に、シュタイエルハウゼンが恭しく引いた椅子にクレアが腰を下ろす。


「では、話しを続けましょう、皆様方」淡く微笑むクレア。


 装甲姫は斃れた。


 しかし、北部は未だ魔境であった。










「ヴァルトハイム卿も御気付きかと思いますが、貴方様の隷下の情報参謀、ハルティカイネン大佐とも些か揉め事が御座いました」


 クレアは、シュタイエルハウゼンに注がれた赤葡萄酒(ワイン)が揺れる硝子杯(グラス)を手に取る。


 胸中では「些かで済む程度には収まらないでしょう」と苦笑するしかない。


 北部地域では水面下で熾烈な諜報戦が行われている。


 トウカが「後世に映画化しそうだな」と呟いた理由はクレアにも不明であるが、既に戦いは軍隊同士の衝突を目前に控えた状況まで悪化しつつある。事ここに及んでは銃後を擾乱し得る可能性のある不確定要素を排除するべきであった。


 ベルセリカとフェンリスは視線を交わすと、クレアを一瞥する。


「どれ程の規模に御座ろうか?」


「五〇〇は超えておりましょう」


「能力と練度はどうかしら?」


「ヴィトニル公閣下の猟犬を退け得る程には」


 三名の女性の視線が交差する。会話は僅かでも意図は伝わる。それでこその高位種である。


 今この時代、戦争は臣民の生活に根差した背中合わせの現実である。


 だが、北部は臣民の大規模避難を継続しており、付け入る隙は大いにある。北部統合軍による警護や哨戒が、増援の陸軍五個師団と共に行われているが、それでも尚、各地で混乱が続いている。約九百万人の撤退自体が歴史上稀に見る事であり、(いにしえ)の多種族連合大移動にあってもこれ程の規模ではなかった。


 この混乱を助長させる帝国の間諜の動きを、混乱に乗じて封殺、殲滅する。


 義務と欲望。


 恐らく眼前の二人の狼は、権力を手に綱渡りをするクレアを今迄以上に敵視する。だが、この案件がトウカに露呈してはならない案件であるのは理解しているはずであった。現状でトウカが大衆酒場(ブロイケラー)で嘯いた妄言を肯定する根拠となりかねないからである。そうなれば北部の貴軍官民の悉くは態度を硬化させ、他地方にもその脅威論に迎合する可能性が生じる。


 彼の望む一切合財を戦争に注ぎ込む姿勢が肯定されかねない。そうなれば、多くの権力と各種資源が彼の下へと集結するだろう。


 彼の下で戦う(はら)は決まったが、彼に総てを与えてはならない。何処までも終わらない戦争に挑みかかりかねなかった。二人の狼は、その点に於いては一致した見解を持っている。少なくとも、クレアは、そう見ていた。


 帝国の間諜を統制下に収めているという事実。


 つまりは帝国側の策略に見せかけた政敵排除の手段として利用される可能性がある。その規模は目を覆いたくなる程に膨れ上がる可能性があり、その上、皇国臣民の反帝国感情という炎を燃やす薪として利用する可能性も有り得た。


 ――認めましょう。あの一手は失策でした。


 クレアは焦燥に駆られていた。


 帝国の脅威が増大する中、皇国は国力を低下させ続けていた。


 最高指導者不在の中で起きる国内の諸問題が国力を削ぎ、帝国の侵攻が予想される現状を打開する手段はなかった。誰も彼もが国家の普遍性を根拠もなく信じ、建国期の様に危機に在って最高指導者が到来するという夢想を抱いている者とて少なくない。


 なら、最悪の状況の中での最善を見つけ出し、その上で帝国と干戈を交えるしかない。


 国力が削がれつつあるならば、可及的速やかに戦端を開くべきであろう。


 総兵力の減少に伴う選択肢の減少を避け、有事法による七武五公や政府主体の総力戦体制への迅速な移行こそが最も可能性の高い究極の一手であった。少なくとも、当時のクレアはそう考えていた。


 そして、それを誘発させる一手が北部貴族を政府にぶつけることであった。帝国との本格的な武力衝突の前に、戦時体制への移行時間を捻出する為である。


 直接面している相手の急進的な軍拡と主張は、クレアの予想通り軍事費の減少を最低限に押さえさせた。もし、北部という脅威がなければ、政府は傾きつつある経済に予算を再分配する名目で軍事費を大きく削りかねなないという懸念が以前よりあった。だからこそクレアは、"運良く"手中に収める切掛けができた帝国の諜報網を利用して互いの脅威論を扇動した。


 帝国の諜報を司る者もクレアからしてみれば皇国の権力構造を理解しておらず、効率的に皇国世論に干渉出来ていると言い難かった。その点に付け入ったクレアは帝国の諜報網を誘導し、世論を効率的に扇動した。同時に帝国に対して早期決戦を決断させる為に多くの情報を流出させたのだ。そして、虚実を織り交ぜた情報は南部鎮定軍という結果となって表れている。


「今この時、帝国軍が侵攻する事は皇国にとり僥倖です」


 無論、自らの“成果”を強調しておくことも忘れない。


 内戦の大規模化による準戦時体制の移行が各地の工廠で進み、不足していた兵器と弾火薬の量産の結果が各師団の物資と人員の充足率に現れつつある。帝国が突然に侵攻してきた場合、戦時体制に移行しても間に合わない可能性があった。


 だからこその内戦。


 国内が擾乱すれば、兵器生産は少なくとも準戦時体制を発令する公算が大きく、事実としてそうなった。これにより事実上の本土決戦であっても弾火薬や兵器の損耗を忽ち気にする必要はない。


 だが、そんなクレアの最大の誤算がトウカであった。


 当初の予定の五倍近い被害を生じさせた戦略と、強硬派のマリアベルが要職にあり続ける理由となったトウカの存在は完全な誤算であった。


「ただ、内戦で二〇万余りもの犠牲が生じるとは考えてもみませんでした」


 一体、誰が装甲部隊で機動師団を撃破し、戦術爆撃で兵站線を各所で寸断。近接航空支援で屍の山を築くと誰が予想できたのか。挙句の果てには海軍の主力艦を撃沈し、クルワッハ公を負傷させるまで追い詰めている。


 総てを軍事力で解決する男。巷のそうした評価は、強ち間違いではない。少なくとも彼が軍事力を用いた時、全てが劇的に変化する。


 思惑など容易に吹き飛ばし、蹶起軍……北部統合軍を存続させたトウカに、クレアは迎合するしかなかった。


 トウカは皇州同盟成立に当たり、北部内の敵味方を明白にしようとした。大衆酒場での叩き付ける如き宣言は、敵味方を残酷なまでに明確とし、中立は須らくを潜在的脅威として扱うという姿勢を窺わせた。敵対はクレアが北部で築き上げた全てを喪う事になる。よって幕下に加わるしかなかった。


 しかし、(わだかま)りはない。


 彼はマリアベル以上に憲兵を重用し、護国の意志を露わにしたからである。そして、彼以外の選択肢がないと理解したからでもあった。トウカの政戦に於ける才覚は帝国主義者を確実に退け得ると確信できる。


 そして、彼もまた犠牲者と言えるからである。


「私は、この国の未来として、サクラギ上級大将閣下を選択いたしました」


 この皇国という不可思議な政体の多種族国家の為、多くを背負う立場に追い遣られた犠牲者は血塗れのまま戦場で蛮声を上げるだろう。


 有力者の誰も彼もが、それを忌避したが故に。


 クレアの思考は、眼前の二人の狼など捉えてはいなかった。


「私は彼の想い人になる事はできず、高位種の如き武勇を以て(かしず)く事も叶わない……なればこそ。なればこそです」


 一体、自身に求められる役割は何か?


 謀略や諜報は情報部が担うが故に、クレアの存在は一憲兵将校に留まるだろう。憲兵による統制を重視しているトウカだが、それでも尚、憲兵の範疇に留まる事は間違いない。逸脱はトウカも許さないだろう。


 それでも、役割を得たいのだ。


「ほぅ、如何なるを求むるか?」


 ベルセリカの問い掛け。その声音には、クレアを容易ならざる敵として認識したであろう敵意が潜んでいる。


 彼か、歴史家。


 自身が納得し、或いは諦めの付く理由を欲した。


 《ヴァリスヘイム皇国》繁栄の礎となる為に。



「共に乱世の世を堕ちて往く事のみです」



 故に交渉を始めよう。






運命は、何か偉大なことを為そうとするとき、運命の与える好機に気付き、それを活用する気概にあふれ、才能にも恵まれた人物を選ぶものである。反対に、破滅を呼びたいと望むときは、それに適した人物を選ぶ。


              《花都(フィレンツェ)共和国》 外交官 ニコロ・マキアヴェッリ


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