全国統一殺戮テスト
「はーい、好きな奴と組め」
先生がそう言って、教卓の前で手を叩いた。
各々が好き勝手に教室内を動いて、思い思いの相手と組みを作る。
賛否両論あるだろうが、教師側からしたらこれほど楽なシステムも無いだろう。
俺の相手は彼女の早川だ。
ちょうど一年前に告白したら、オッケーしてもらった。
そんな彼女と同じクラスに慣れて、俺は幸せ者である。
全員が何とか組を作って、先生の話に耳を傾けた。
「それではこれより、全国統一殺戮テストを開始します」
教室内の誰も喋らなかった。
先生がまた冗談を言ったものだと勘違いしているのだ。
しかし先生は淡々と、そして冷静に話を続ける。
「大学に行くためにも必要だから、ちゃんとペアを殺しておけよ。特に推薦狙ってるやつは、頑張って」
ピンポンパンポーンと、スピーカが鳴り響いた。
「これより、全国統一殺戮テストを開始します。ペアを組んだ相手を殺してください。制限時間は五分。手段は問いません。五分が経過しても両者が生きていた場合、どちらも殺処分する事になります。頑張ってください。これより、一分後に開始します」
スピーカーから流れる音声が止まった。
それだけ言って、本当に何事も無いように、先生が話し始めた。
「そう言うことだから、お前ら頑張ってね」
先生は自分だけは蚊帳の外のようで、余裕の態度で教室を後にした。
俺は早川を見た。
沈黙が流れ、誰も喋ろうとしなかった。
そして、一分。
「全国統一殺戮テスト、スタートです」
スタートを言われて、すぐに行動に移す奴なんていなかった。
全国統一殺戮テスト?
なんだ、それは? そんな感じだ。
しーん、としている。
カッチコッチと時計の針が進む音だけが、教室内に響いていた。
ほぼ何の説明もなく、放り出されてしまった。
全国統一殺戮テスト。
なんて物騒な名前だと思うと同時に、この名前に違和感を覚えた。
全国統一なら、俺たち以外にもやっているのではないかと思うのは、当然のことだ。
SNSを開いてみて、情報を得る。
すると、爆発的な勢いで更新されていた。
殺戮テスト、と呼ばれる謎のイベントが開始されていると。
そして、少数ではあるが、人を殺したという書き込みも見て取れた。
真偽は定かでは無いが、殺戮テストの名は全国に轟いていた。
その内皆もそのことに気付き始め、教室内がざわつき始めた。
となりの早川は真っ青な顔をして、携帯を見つめている。
五分。
全国統一殺戮テストの制限時間は五分だと、そう言っていた。
作ったペアを殺さなければならない。
それは自分の彼女を殺すという事だ。
そんなこと、できるはずがない。
この一年、仲よくしてきた人物、それ以上の関係の彼女だ。
こんな事で殺せる訳が無い。
教室内の人間は誰一人として動かなかった。
誰か動くのを待っている。
一番最初にどう動くかが、この教室内の動向を決める。
それが分かっているだけに、迂闊に動くのは自殺行為と言えた。
しかし制限時間は五分。
すでに二分はこうして、動いていない。
残り三分。
刻一刻と、時間が無くなってきている。
覚悟を決めるなら、今すぐにしなければならない。
「み――」
皆、と言おうとした時、ガツンと何かを殴る音が耳に届いた。
後ろを振り返ると、クラス内で付き合っていた男女のうち、男の方が、椅子で殴り殺していた、
突然の行動にみんなの視線が、釘付けになる。
一回、二回、三回。
椅子を女の頭に何度も振り下ろす。
その度に、女の体が痙攣して、体が暴れているのが気味が悪かった。
そのうち、殴っていた男の携帯が振動して、メールの着信を知らせた。
男はメールを確認して、ニヤッと笑った。
それを見て、悟った。
全国統一殺戮テストは本物であると。
そして、息を合わせたように、固まっていた時間が爆発した。
クラス内で殺戮の嵐が巻き起こり、皆何かを武器にして殺し合い始めた。
俺は彼女の早川を連れて、教室の外に出た。
駄目だ。
俺には殺せない。
「ど、どうしよう……」
早川が口を開いて、不安を口にした。
「大丈夫、どうにかするよ」
俺は振り返って、早川を安心させようとし、そう言った。
しかし、俺は内心どうすれば良いのかも分からず、教室を飛び出した。
廊下を走っていると、どこのクラスも殺し合いをしていた。
廊下に飛び出して、椅子で殴り合いをしている奴もいた。
巻き込まれないように注意しながら、昇降口までたどり着いた。
俺は早川を殺せない。
殺せるはずもない。
自分の彼女を何の恨みもなく殺せる訳が無い。
俺は早川を愛しているし、早川も俺に少なくなからず好意を抱いているはずだ。
俺は早川を殺さないし、早川は俺を殺さない。
しかし制限時間はある。
携帯で時間を確認すると、すでに一分を切っていた。
「ねぇ、どうするの?」
早川が落ち着いた様子で靴を履きかえている俺に疑問を投げかけた。
俺が振りかえると、早川は俯いていて顔が見えなかった。
それを疑問にも思わず、俺は「どこかに逃げよう」とだけ言った。それが唯一の方法であると、そう確信していた。
「殺処分から逃げるんだ。ほとぼりが冷めるまで、どこかに隠れていよう」
方向性が決まったところで、俺は早川が靴を履きかえるのを待ちながら、今後を思案した。
兎に角、人の少ない場所に行かなくてはならない。
山でもどこにでも行って、身を隠そう。
幸いここは田舎だ。
隠れる場所ならいくらでもある。
まだ靴を履いていない早川をせかそうとした時に、早川に右肩を触られ、そのまま強引に引っ張られた。
なんだ? と思った時にはもう遅かった。
振り返りながら見えたのは、早川が握るひとつのハサミ。
ギラリと鈍色に光る刃が目に入った。
早川は俺を左手で引きながら、右手に持つハサミで俺の喉を突いた。
「……ぇ」
俺を攻撃した早川は一歩退いて、俺の喉から噴出する血を避けた。
俺はというと、膝をついて、自分の喉に刺さるハサミの感触を確かめた。
確かに、刺さっている。
ズップリ、奥まで。
声すら出せない。
痛いというより、熱い。
溢れ出る血を止めようと、必死に喉を抑えるが、それも無駄に終わっていた。
体から力が抜ける。
そのまま仰向けに倒れると、早川が視界に入った。
「優しいのね。でも、私は死にたくないの」
早川が携帯を凝視している。
何かを待っているようだ。
「あなたのことは好きだったわ。でも、自分の命に代えられるほどじゃない」
早川が足で俺の喉に突き刺さるハサミを踏んだ。
もはや痛みなどなかった。
俺の頭の中には疑問しかなかった。
俺たちの好き合っていたじゃないか、と。
あれは嘘だったのか、虚構のものだったのかと、叫びたかった。
「……人って、なかなか死なないのね」
早川が冷徹な目で俺を見下ろしている。
そんな顔を始めてみたと、俺は恐怖した。
薄れ行く意識の中、愛とは何なのか考えた。
しかし答えは出ない。
結局は極限状態に追い込まれれば、他人のことなど考えてなどいられない。
誰でも自分の命が惜しかった。それだけだ。
俺は甘かったのか。
それとも、俺はそれほど早川を愛していたのだろうか。
今の早川を見て、俺はまだ愛せるだろうか。
後の事は分からない。
俺は目を閉じた。
意識が断絶する刹那、早川の携帯がメールの着信を知らせた。