個性的な住人が集う村! 彼の冒険の行方はーー?
「ルール? それはなに?」
「さぁ?」
キャベツの女の人は冷たく返事をすると、すぐにそれを忘れて村に入りました。ヒロキくんは不審がりましたが、とにかくルールは破らないようにしようと思いました。
「ねえ、ちょうだい」
ヒロキくんの後ろから、死にかけで、右目が大きく目立ったセミが細いその体を引きずって、彼の小さな足を掴みました。右目の大きなセミはひどく汚れていて、ヒロキくんの足と靴に黒い粉が付きました。
「たあべもの……、あべえるもの、」
「ごめんね、今はないよ」
「精液でいい、あべないとしんじゃぅ」
ヒロキくんは精液が何かをまだ知らなかったので、きっと自分の知らない、ましてや持っているはずの無いものだと思いましたが、右目の大きなセミは掴んだ手を離しません。これでは、ヒロキくんは逃げれないのです。
その時です。
キャベツの女の人は右目の大きなセミがヒロキくんを掴む手を思いっきり蹴り飛ばしました。ずどぉん。どぉんどぉん。右耳の大きなセミは吹き飛んで、悶絶をします。
「かわいそう……」
「こーするのが一番よ」
大きな右目をしたセミを無視して、キャベツの女の人は歩くので、ヒロキくんは謝罪の会釈を軽くすると、キャベツの女の人について行く。
「ねぇ、この村で何をするの?」
「……、本を読むのよ」
「図書館にはない本なの?」
「ないよ」
「面白い?」
「図書館に置けないくらい」
「読書感想文に本が必要なんだ」
「それを参考にしても良いわよ」
ヒロキくんは喜びます。
「やぁ、」
二人の前に、潰れたトマトが現れました。
「男の子がいるね。こんにちは、」
「こんにちわ」
ヒロキくんは不安定なイントネーションで返事をしました。この村に入ってから、すこし調子が悪いようです。
「みさわさん、その子は息子さん?」
「殺すわよ。ただついてきただけ」
「なぁんだ。てっきり、爪でも切ったら産まれてきたのかと。わぁっはっはっ、」
大声で潰れたトマトは笑うので、ヒロキくんは首を傾げながら、なにをやっているのだろう、と考え、見つめていました。
「いくわよ。図書館でしょ」
キャベツの女の人はそれだけ言うと、機嫌が悪いのか、てくてくとその場から離れます。
潰れたトマトはにやにやと笑いながらキャベツの女の人に猫足で近づくと、靴底をなめました。キャベツの女の人の靴は長いこと歩いていたらから、とても汚れていましたが、潰れたトマトはお構いなしです。
「ぺぇらっ、ぺえらっ……あぁぁ、」
キャベツの女の人は潰れたトマトにかかとで強烈な攻撃を与えました。すると彼は呻きながら、つばをぐちゅぐちゅと鳴らす音と並べて言います。
「ああぁ、みさわさんの汚い所を掃除していたのにぃ……」
「ほら、いくわよ」
キャベツの女の人は少し早足でその場を去りました。ヒロキくんも走ってそれについて行くと、ついに、潰れたトマトの姿はなくなりました。
「ついた」
キャベツの女の人はそう言いましたが、そこに大きな建物はありません。それどころか、本の一つも見当たらない、ただゴミが散乱する汚い山中でした。段ボール、さまざま生活用品の廃棄物、ガラクタになった子供のおもちゃ……。そんな中をキャベツの女の人はためらいなく進んでいきます。
「本は?」
「ここよ」
そう言ってついて行くと、そこには、茶色で汚いゴミに隠れていた、大量の紙がいくつも重ねてありました。一見すると挿絵はありません。
「私が書いた本」
なるほど、とヒロキくんは納得です。
確かに、ここには沢山とは言えないけれど、本がいくつかあります。だからここは図書館だと、ヒロキくんは思いました。
「これなら、君にも読みやすい物語だよ」
キャベツの女の人はA3用紙の束をヒロキくんに渡しました。ずっしりと、重量感のあるそれに、今まで挿絵があり、バランスがある本に慣れていたヒロキくんは、A3の束に妙な感覚を覚えました。
早速、ヒロキくんはその場に座り込み、冒頭を読み始めました。薄いシャープペンシルで書かれているけれど、字が綺麗だったので、手書きでも読むのに少しも苦労はしませんでした。