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坂本にアタッシュケースを渡した女性、菅野(かんの)芳佳は六本木のとあるラウンジにいた。


『…ええ、そうなんですよ。今年のバイトは思いっきり公共機関使ってるんです。今年もどうせコソコソ行動するだろうからって中身を盛りすぎましたかね』


彼女は誰かと通話をしていた。だがその手には携帯はない。

機械化した耳に通話機能が仕込まれているのだ。

菅野は相手から伝えられた情報を補助脳に預け、返ってきた最適解を通話相手の女性に伝える。


「そんなのは今更です。私が手を回しておくので貴女はとりあえず監視を続けて下さい。彼がロストしたら…」


『分かってます。それについては私が回収しますので』


どうやら相手は菅野の答えを予測していたようだ。

それは相手が有能な証拠なのだが彼女的には落第点、菅野は人と喋るのが好きなのだ。

通話を終え、手持ち無沙汰となった彼女は窓から見える都会の景色に耽ることにした。彼女の見つめる先は勿論代々木方面である。


「ふ、ふふ…もしかしたら、もうすぐ依頼がくるかもしれませんね」





暗いトンネルの中を、息を殺して歩いていた。

"武装集団に見つかるまでは隠密行動"、それが補助脳の導き出した生き残る為の策であった。

向かう先は乃木坂、灯りは足元に付けられた避難用のみ、暗すぎて機械化した右目に頼らないと周囲の状況がよく分からない。

まるで深淵に導かれているみたいだな、そんな事を考えていた時だった。


「………ついに来たか」


ガシャガシャと何か硬いものが擦れるような音がトンネル内に、それこそ計器を使わないと分からないくらい微かに反響していることにやっと気付いた。

音源は強化外骨格の足元に付属しているスパイクか、どうやら文字通りデッドエンドの足音が近づいてきているらしい。


"音量からして彼らはこちらに気付かれまいとしている"

"距離はおおよそ200m"

"先程確認できた武器は手に抱えられていた銃のようなもの"


"総括:義足を展開すれば逃げ切れる"


補助脳は脳にそんな情報をアドレナリンと共に伝え、不安や恐怖から興奮や快楽といった方向へと導いてくれた。

ありがたい、やはり補助脳というのはこうでないと。

念の為後ろを確認すると、カーブを歩いているため姿は見えないが、機械化した右目に備えられている赤外線可視化機能を用いれば壁越しに相手がこっそり歩いているのが確認できる。

もうやるしかない、最後まで怖気付いていた臆病な本能もようやく覚悟を決め、体を縛り付けていた電気信号を停止させてくれた。

命懸けの不意打ちを最高のタイミングで武装集団にぶちかますため、自身の肉体の全権限を補助脳へと預け、ただその刻を待つ。

永遠に長い一瞬の後、自分の身体が一人でに動き出した。つまるところ、ようやくその刻が来たということだ。

やることは分かっている。

持っていたアタッシュケースを利き手である右手に持ち替え、重心を低くするために腰を極限まで低くし、そして――そして、一気に駆け出す!


「こちらB線担当、対象に気づかれました!!」


そんな叫び声と共に後ろから来る足音も段々と大きくなる。

おそらく慌てて走り出したのだろうがそれでは遅い、遅すぎる。

アクションを起こしてからたった数秒だが、こちらの速度は既にトップスピードの時速80キロに差し掛かっているのだ。


速度の秘密は義足にある。

骨格を形成する生体金属が補助脳から放たれた命令をキャッチし、二足での走行における最適な形へと変形する仕組みになっているのだ。

現に自分の脚を見れば膝が逆方向にへし折られているかのような形になっている。

これこそ特殊なモーターを仕込んだ成果だ。やはり義足を買い換えなくて良かった。


歩幅は7メートル、脚をバネのようにしならせながトンネル内を駆け抜ける。

人体そのものを変形させることによって人間のままでは出来ないようなことをスマートにやってのける、これこそ「強化内骨格」の最大の利点だ。

見事な不意打ちをかましてくれた補助脳は次のステップへ移行するための情報を掻き集め勝手に分析を始める。


"後ろから発砲音が聞こえてくる"

"連発してるからマシンガンか?"

"たまに混じるモーター音も大きくなっている"

"だが近づいてきているわけではない"


"総括:このまま走り続ければ生存確率は60%"


補助脳は五感を使って得た情報を客観的に分析し結論を算出、提供してくれる。しかし今はそれどころではない。


「うわああああああああ!! 銃弾が!! 銃弾が後ろから!!」


後ろから来る銃弾によって足元はボコボコと抉られ、人工皮膚に掠めてはその下を巡る緑色の液体金属が滴り、アタッシュケースに当たっては火花を散らす。そりゃ誰でもパニックに陥って叫ぶだろう。

こんな状況で「走っていれば多分逃げられるから安心しろ」なんて言われて「そうですね安心しました」なんて言える奴がいるのなら連れてきて欲しい。隣で走らせて途中で転ばせてやる。

しかしパニック状態というのは時にパフォーマンスに影響を及ぼす。

俺を落ち着かせるために補助脳は今度は判断の根拠となった情報を与えてくれた。


"両者とも走行状態のため銃弾が命中する確率はごく僅か"

"あと3キロで乃木坂に到着"

"最終手段「便利屋」の女に貰った名刺"


どうでもいい、実にどうでもいい情報だった。


「くっ…そおおおおおおおおおお!! そんな情報を貰ったところでどうしろと…」


そこまで喚いてやっと気づく。

名刺に印刷されていたQRコードには目的地と連絡先が記されていたはずだ。

補助脳って奴はたまに突拍子もない解決策を導きやがるな、ポケットから名刺を取り出し、機械化した右目でコードを読み取る。


機械化した耳を通して音声コンタクトの要請を送ると幾秒もしない内に申請が通り、回線が繋がった。


『はい、こちら菅野ですが』


へえ、あの人の名前は菅野というのか、補助脳はどうでもいいことを記憶しているがそんなのには構っていられない。


「もしもし、さっきアタッシュケース受け取った者ですけど」


『あら、まだ生き残ってましたか』


「勝手に殺すな! お前の荷物のせいで俺は散々な目にあってるんだよ! こんなの10万じゃ全然足りねーぞ!」


『まあ落ち着きなさいな、私に文句を言うために電話してきたわけではないのでしょう?』


「ああそうだった…あの、貴女に依頼をしたいんですが」


そう言うと、電話越しに生唾を飲むような音が聞こえてきた、気がした。

一瞬の間の後、彼女からの返信が返ってきた。


「…貴方、千代田線を走っているみたいですね。乃木坂まであとどれくらいですか?」


「ええっと、乃木坂まであと2分くらいです!」


『そうですか、ではそこまでは頑張ってください。そこから先は何とかしましょう』


「分かりました。けど絶対に、絶対に何とかしてくださいよ!」


『もちろんですよ。今回は初回サービスということで、特別に代金は頂かないでおきますね』


彼女はそう言うと一方的に通話を遮断してしまった。

本当に何とかなるんだろうな、そんな微妙な恐怖心を抱えてただただ前に進んでいく。





菅野はスーツ姿の女性と共に地下リニア乃木坂駅の入り口、階段前に立っていた。このスーツの女性が先程菅野と通信していた相手だ。


武装集団が思いっきり暴れている影響か、別の駅とはいえ入っていく人はおらず、皆そこを避けて通っていた。

そのため階段の周りだけ人の穴がぽっかりと空き、異世界へと続く穴のような錯覚すら与えてくれる。


「ふ、ふ、ふ、ふ、ふふふ…今回のバイトさんは本当に面白い」


「ちょっと菅野さん、戦隊モノに出てくるやけにエロい悪役幹部みたいな顔してますよ」


「だって、あれでまだ生きているって考えるとなんだか、ね」


「本当に相変わらずですね…付き合わされる私の身にもなってくださいよ」


「だから、斎藤さんにはそれなりのお金をあげているでしょう?」


二人がそんな話をしていると、駅へと続く階段から爆音と共に黒煙が吹き上げてきた。

それを見て全てを察した地上の群衆は各々自由に叫びながら逃げ惑う。

だが二人だけは、そこから出てくる何かを待ち構えるために一歩も動かない。

彼女らにとってそこから出てくるのが坂本であろうと武装集団であろうと、そんなのは誤差でしかない。


「そろそろ来ますね。斎藤さん、それではくれぐれも首尾よくお願いします」


「もちろんですよ。私を誰だと思っているんですか?」


お互いに頷くと、斎藤さんと呼ばれていたスーツの女性はそそくさと何処かへ行ってしまった。

それを見届けた菅野が官能的な笑みを浮かべ、両腕を前に差し出す――





乃木坂駅構内にはやはり赤一色の警告ランプが灯っていた。

だがそれすらも後ろからやってきたどす黒い煙によってどんどんと薄くなっていく。

これはまずい、いよいよ機械に押さえつけられていた本能も限界を迎えようとしたいた。


"出口まであと数十メートル"

"僅かながら後ろの集団を引き離した"

"階段まで到達したら右足で跳躍"


俺はただ補助脳の提言にすがるしかなかった。

ジャンプだけでホームへ乗り上げ、出口へ続く階段に差し掛かったところで指示通りに右脚にありったけの力を込め、跳んだ。

何せ一瞬で時速で80キロを出せる義足だ。そこらの義足とは格が違う。

結構な段数を黒煙を引き連れて一気に跳び越え――地上へ出た先には、何故か件の荷物を渡してきたあいつが両手を広げて待っていた。


「えっ、ちょっと、危ないからどいて!」


そんな叫びも間に合わず、というより最初からその場を動く気はなかったのだろう、彼女は相変わらず腕を広げたままだった。

転がって着地するつもりだったために前のめりに飛翔していた俺は為す術なく顔面から彼女の開かれた腕に吸い込まれ、その胸へと飛び込む。

甘い薫りとその柔らかさに一瞬安らぎを覚えるも、首にかかったあり得ないほどの衝撃に即座に現実へと引き摺り戻される。


「ふ、ふふ、よく生き残りましたね。さあアタッシュケースを渡して下さい。何とかしてみせます」


「アタッシュケースは俺の右手にあります。自分で取って下さい」


「あら、腰でも抜かしちゃったの?」


「い、いえ、そうではなくてですね」


自分でも結構驚いてるからか、半疑問みたいなイントネーションになる。


「首から下の感覚が無いんですけど」


そんな衝撃の告白に彼女も戸惑ったのか、首から下…と、俺を抱いていた右手を顎に当てた。


「ああ、今ので脊髄をやってしまいましたか。それじゃあ貴方は先に車に乗っていて下さいますか?」


「車? 車どころか人すらいないんですけど」


「これから来るの。そーれ、飛んでけー」


菅野はそんな間の抜けた声とは裏腹に左手一本だけで俺を空中へとぶん投げた。

アーメン、アーメン、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…そんな信仰心も虚しく、一瞬で頂点に達し、その後は自由落下し始める。

ああ、今度こそ死んだな、俺は40%を引いてしまったのだ。

補助脳も先の衝撃でその機能を止めているしもう完璧に詰んでいる。

俺の記憶は、そこで途絶えた。

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