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0-1 テスト

人類はここ数十年で劇的に変化を遂げた。

「強化内骨格」、それによって先人が夢にまでみた身体の機械化、サイボーグ化に成功したのだ。

ある者は脊髄を機械化し半身不随から解放され、またある者は失った腕を機械化し、再び我が子を抱けるようになった。

とある公園のベンチに座って悩む俺、つまり坂本朋也も体の一部を機械化した人間だ。


「はあ、せっかく一浪してまで大学行ったのに就職できねえとか死にたい…このまま死んで異世界に行けたりしないかな…」


就職に苦しんでいた。就職できない原因は「身体を機械化しているから」というものだ。

差別的な意味ではなく、希望している職業に問題がある。

職業は強化内骨格の開発、つまり義足とか義手とか、そんなのを作る職業だ。

どうやら俺の義足に埋められた特殊なモーターが特殊な電磁波を出し、精密機械に特殊な影響を及ぼすので…ということらしい。

趣味の工作が転じて自分の足を改造しまくったのが悪いのだが、あいにくと新しい義足を買う訳にはいかない。改造費を考えると冗談抜きであと30年くらいは使わないと割に合わない。


そんなわけでNNTの俺はここで単発のバイトをしているのだった。

ベンチに座ってある人を待ち、そのある人が来たら荷物をもらって指定された場所に運ぶ、そんな感じのバイトだ。

報酬は10万円、交通費別途支給、優秀者は正規雇用あり。

最後の一文がとかく謎だが、とにかくそれを使って、機械化した足を覆う人口皮膚を電磁波を通さない素材に張り替えなければならない。


それにしても「異世界」だ。

街中にホログラムが浮かび上がり、交通もコンピュータによって制御され、家庭用ロボットも存在する、それくらいに科学技術も進んでいるというのにオカルティックな魔法を望む者もいる。

自分で嘆いてあれだが世の中というのは何とも不思議だ。

しかし俺はこの時はまだ気付いていなかった。

どうやら通常と異なる世界、裏社会という名の「異世界」なら案外すぐ近くにあるらしいのだ。

例えば今座っているベンチ、時にはここだって異世界の入り口となりうる。


「ちょっと、隣いいですか?」


ファンタジックな異世界でどうやって国を作ろうかと真剣に悩んでいた時、突然声がかけられた。

抱えていた頭を上げてみれば、そこには俺と同年代くらい、二十代前半くらいの可愛らしい顔をした女性がいた。

彼女は黒いスカートにワイシャツ、そして黒いネクタイといった格好でその手にはアタッシュケースが握られている。

なんか違和感がある組み合わせだな、そんな事を思った。


「ええ、構いませんが」


俺の呼びかけに女性は微笑を浮かべ、アタッシュケースを地面に置いてゆるりと隣に座った。

この人はこういった装いよりワンピースの方が似合うんじゃないかな、ついでに後ろで結ってある黒髪を下ろすのはどうだろうか、そこまで考えるも女性には声をかけない。

別に初対面の人に話しかけるのが怖いとかそういうわけではない。いや絶対に違うかといえばそれは嘘になるが、そもそも俺の雇い主から、自分からは誰にも話しかけるなという命令が出ているのだ。

相手が依頼人の時は必ず天気の話を持ちかけてくる、頭に埋め込んである補助脳はそう記憶していた。


「今日はまた、一段と暑いですね」


そんな彼女の一言で確信する。彼女が今回の依頼主だ。

後はお互いがお互いを確認するための合言葉が相手から言われるのを待つのみ、それまでは依頼主の無駄話に付き合うのだったか。


「暦で言えばまだ初夏のはずなんですがね、どうもここ最近の天気はおかしいですよ」


「異常気象とやらですね。人工皮膚が溶けてしまいそう」


「ええ本当に、暑くてしょうがないですね。義足が暴走しそうです」


「あら、冷却用のパイプは付けていないの?」


「いやあ、あいにくと貧乏なもので。今もバイトしたりと中々大変なんですよ」


「バイトですか。私はすぐ職に就いたからやったことがないんですよ」


長い、無駄話が長過ぎる。暑いんだから手短に終わらしてくれ、それともこの人は依頼主じゃないのか?

こんな綺麗な女性と会話をするのは悪くないがそれならもっと涼しいところでお話ししたい。

それに目的は女ではなく金だ。さっさと仕事を解消するために合言葉を言わせよう。


「そういえば、貴女は仕事は何をされているんですか?」


そんな促しに気づいたのか、彼女はその整った顔を少しだけ歪めた。

俺だって仕事なんだから、そんな顔しないで欲しい。


「そうですね……私はさしずめ、『便利屋』といったところでしょうか」


そのワードに補助脳が反応してくれた。

これこそがお互いを確認する合言葉だ。故に次の返しも決まっている。

やっぱりお前が依頼主かよ、そんなことを思いながら合言葉を返す。


「『便利屋』ですか。今度仕事を頼んでみようかな」


「………ふ、ふふふ、貴方が頼むようなお仕事があるなら、ね。『名刺』を渡しておきますから、お困りの時にはここに連絡を下さいな」


彼女はそう言って「名刺」を寄越し、何処かへと立ち去っていった。

その手にはアタッシュケースはない。忘れたわけではなく、これこそが今回何処かまで運ぶ荷物だ。

彼女が公園から立ち去ってから10分後、アタッシュケースを持って重い腰を上げる。これも雇い主からの指示であった。





彼女から貰った名刺に書かれていた住所、大まかに言えば六本木を目指していた。

さっきまで待機してた代々木からはまあまあ近い、最寄り駅からは少し歩くことにはなるが地下鉄で一本で行ける。

そういえばこの地下鉄網は100年以上前からあるんだったな、電車の待ち時間にそんなことを考えていた。

いくら技術が発展したといっても世界そのものが変わるわけではない。

鉄道車両はリニアへと進化し、車輪が無くなり、そして完全にコンピュータによる制御となったが、今も昔も相変わらず同じところを走り続けている。

新しく地下にトンネルを掘るよりも既存のを改修して使っていく方がコストがかからない、らしい。

自動車も相変わらず同じように地べたを走っている。よく空飛ぶ車なんてのがSFに登場していたらしいが、そもそも浮いている車が墜落したら大惨事になってしまうことぐらい昔の人は分からなかったのだろうか?


「それにしてもこのアタッシュケースを運ぶだけで10万って、幾ら何でもおかしい気がする」


駅のホームに設置された、プラスチック製の椅子に座っている時に不意にそんなことを呟いてしまった。これも一人暮らしが長いせいか。

慌てて辺りを見回すも誰も俺の方を見てはいない。なんだか安心したような、そんな感じに襲われる。

それにしても今浮かんだ疑問は尤もじゃないか。このバイトには裏があるかもしれない。

荷物を届けるだけでいいのならクロネコでもヤマトでも何でも使えばいい、それなのに適当なバイトを雇うというのはどういうことだろうか。

もしかして、アタッシュケースの中身はヤバいものなのか?


つまるところ、この時の俺は「普通の世界」と「異世界」その分水嶺に立たされていた。

そして運命という圧倒的で絶望的な力によってまさに「異世界」へと流されようとしていた。

その予兆は駅のホームに浮かぶ緑色のホログラム、そこに映し出されている電車の運行状況に現れた。


「あれ、なんか上下線とも運転見合わせになってる…めんどくせえ」


ホログラムを見てそんなことを愚痴った瞬間だった。

突如としてホームの照明は赤へと切り替わり、無機質な警告音が駅の構内に響き渡った。

つまりは非常事態の合図、先ほどの思考の主役であったアタッシュケースのこともあり頭の中はすぐに不安で塗りつぶされた。

周りにいた人達も一瞬でそれを受け取ったらしく、ざわめきとともに出口へと駆け出していく。


「おいおい嘘だろ、俺はこれを今日中に六本木に運ばなきゃならないのに」


そんな独り言を呟いて、俺は突然の恐怖を誤魔化そうとしたのかもしれない。

だがそれだけでは隠しきれないような更なる恐怖が襲いかかる。

パーン、と出口の方で一発の破裂音が響いたのだ。

これは銃声だ、本能がそう訴えかけ体をミシミシと硬直させていく。

度重なる異常事態に遂に人々の脳はショートし、今度こそパニック状態に陥っていく。

ある者は銃声から逃げるためにホームへと戻ろうとし、ある者はそれに構わず駅から脱出を試みる。

ごった返す階段、飛び交う悲鳴や怒号、それらは再び響いた銃声に全て上書きされ、あれだけ騒いでいた人の海は聖人のために道を開けるように割れていく。

しかし残念なことに、そこに立っていたのはモーセではなく銃器を持った武装集団であった。

その数およそ10人。その誰もが全身を近代的な鎧のようなもので覆っていた。

「強化外骨格」、人体の性能を外から高めていく補助装置の一種、補助脳がそんな知識を浮かび上がらせ、俺に伝えてくれる。

武装集団は怯え惑う群衆に銃を向けて何かを探し出そうとしているように見えた。

探し物は多分このアタッシュケースだ。自前の脳がそう危険信号を放つ。

逃げろ、ケースを置いて逃げてしまえ、本能がそう叫ぶもそれは補助脳によってねじ伏せられていく。

武装した彼らは人の持ち物ではなく、その顔を確認している。つまりは目標の顔は既に割れているということだ。

おそらくアタッシュケースを破棄したところで探し出されて殺される、どちらにせよ待ち受けるのは死のみ。

不条理だ。俺はこのアタッシュケースを運ぶだけだっていうのに不条理すぎる。


この何が何だか分からない非日常な状況下、頭に埋め込んである補助脳が真価を発揮し始めた。

恐怖や不安、絶望といった負の感情抱えた俺の脳を放ったらかして、理論だけで生き残るための作戦を組み立てていく。


"相手はこちらに気づいていない"

"アタッシュケースの重量はおおよそ3キロ"

"アタッシュケースがパフォーマンスに及ぼす影響は微量"

"退路は………"


補助脳が体を通して回収した情報を羅列して解決策を模索していたそんな時、ふと宙に浮くリニアを地上に押さえるレールが目に映った。

ここから別の駅に向かえば逃げ切れるんじゃないか?そんな考えはどうやら補助脳も考えていたようで、


"現在地下リニア千代田線は上下線とも運転見合わせ"

"駅を結ぶトンネルを逃走経路として使用可能"

"総括――トンネルを使って乃木坂に逃走"


補助脳がそんな案を俺に提起してきた。

振り向けば武装集団はもう直ぐそこまで迫っている。

ここまで詰んでいては選択の余地はないじゃないか、思わずそう叫びたくなった。

今にも吐きそうな気持ちをぐっと堪えて、転落防止用柵に手を掛け、そして――

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