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ファンタジーの戦後

戦後のファンタジー 帰還編

作者: べりや

お久しぶりです。


ふと思いついたネタを投下します。

『あのジョニーはもういない』もしくは『ジョニーが凱旋するとき』を聞きながら書きました。

皆様もバックミュージックにでも。

 一人の若者が街道を黙々と歩いていた。

 絹で出来た立派な服に皮鎧をつけ、背嚢を背負って彼は生まれ故郷である王国の片田舎へと一人歩いていた。

 彼は皆から勇者と呼ばれた男だった。

 『だった』と言うのはすでに勇者という称号が過去のものだからだ。

 魔王は彼によって倒され、王国につかの間の平和が訪れていた。

 街道を襲う魔物も討伐されて交易を邪魔するようなモノはもういない。街道をすれ違う交易人の顔も明るい。

 だが彼にはすでに仕事がない。勇者が王都に帰還したときには盛大な祭りが執り行われたが、それも過去のお話。

(まさか、王都から追放されるとはな……)

 勇者はこれからも王に仕えようと思っていた。だが敵がいないのに剣を握っているのと同じだ。

 権謀術数が渦巻く王宮に彼は必要とされない――いや、むしろ邪魔な存在となっていた。

(宰相の差し金か、それとも将軍か……。逆賊の汚名を着せられる前に逃げ出してよかった)


 『逃げ出してよかった』


 魔王がいたころなどこんな単語も思いつかなかった。彼の背中にはいつも民草がいた。

 自分が逃げれば彼ら彼女らがどんなめに遭うか。そう思う一心で勇者は剣を取り、戦い続けた。

 だがそれも終わったことだ。

 前方に木で出来た簡素な門が見えた。彼の故郷だ。

「開門! 開門!」

 勇者が大声を出すが、門が開く気配はない。不思議に思って門を押せば簡単に開いた。

 勇者に戸惑いが浮かぶ。これでは魔物に入ってきてくださいというようなものだと思った。

 しかし、すぐに魔物がすでにいないことを思い出した。いつの間にか世の中が平和になったことを忘れていた。

 門をくぐる。

 どこか貧しげな田舎。そこが勇者の故郷だ。

 門をくぐって目に付く教会。モルタル壁の家々。そして畑仕事をする人々。

 帰ってきた。何もかもが懐かしい故郷に帰ってきたのだ。

 そんな勇者を遠巻きに村人たちが見ていた。

「ただいま! 俺は×××××だ!」

 遠巻きに見ていた人々が戦々恐々といった様子で集まってきた。

「お前、あの×××××か? 魔王を倒した×××××なのか?」

「そうです村長。娘さんとの喧嘩は仲直りしましたか?」

 村人たちが集まってきた。皆、懐かしい顔だ。だが、どこか疲れたような表情をしている。

「勇者様。お久しぶりです」

 村の神父だ。神父が勇者に天からの啓示を伝えたのが、魔王討伐の始まりだった。

「天の恩寵を、勇者様」

「やめてください。神父様。私はそんな……」

 村を出て以来の再開に言葉が詰まる。

「そうだ。母は、元気ですか? それと妹は?」

 村全体が蜂の巣をつついたように騒がしいが、勇者の家族は、どこにもいなかった。

「それが、勇者様の家族は……殺されました」

 神父の話しを村長が受け継いだ。

「最近になって盗賊が出るようになったんだ。家畜や麦に芋に、女。獲れるものを少しずつ奪っていったんだ」

「それで、俺の、家族、も……」

 神父が静かにうなづいた。

「君の家族は勇敢だった。勇敢すぎた……」

 盗賊が来たときにはいつも抵抗をしていた。そのことに怒った首領が妹をさらおうとしたのだ。

 それを阻止しようとしたが、無理だった。皆殺しにされてしまったのだ。

「そんな……」

「みんな助けようとしたんだ。だけど、無理だった……」

 盗賊たちはそれからよくモノを奪った。人も、動物も、食料も。

「どうしてみんな戦わないんだ!? ただやられるだけじゃ――」

「勇者さま。あんたは違ったが、コッチは麦の育て方を知っている。家畜の飼い方も。だけどな、人を殺す方法なんて知らないんだ」

 村人たちは怖かったのだ。抵抗して殺されるよりかは、従順に奪われるほうがましだった。

「妹は?」

「盗賊に捕まって、それっきりだ」

「盗賊はどこにいるんだ?」

「二十分くらい先の川原にいる」

「何人くらいいるんだ?」

「十人くらいはいる。変なことは考えるな。オラたちは、平和に暮らしたいだけなんだ」



 夜が来た。全てを包み込みそうな闇がうごめいていた。

 その中に弱弱しくオレンジの炎が闇に抵抗している。その明かりが川面に反射している。月は雲に隠れている。

「うああああ!!」

「助けてくれ! 助けてくれ」

「金ならいくらでも払う! だから――」

 あたりにはムッとする濃厚な血の臭いが漂って、静かになった。

 雲が風に流れて月が姿を現す。

 大勢の血しぶきをかぶった勇者と盗賊の首領がいた。逃げようとしてそれ叶わずに事切れた盗賊たちが恨めしげな視線を投げていた。

「た、たすけて――」

「女たちは?」

 首領は奥歯を震わせながら指を指す。勇者はそれでさらわれた人々の居場所を知ると、首領の首を右手で掴んで持ち上げた。

 魔物や魔王との死闘を繰り広げてきた勇者にとっては簡単な作業だった。

 首領の口から泡があふれる。ジタバタと足が揺れる。右手を首領が握り締める。

 その顔から精気が抜けた。足と両手がブラリと垂れる。

 勇者はソレを川に捨てると首領が指差した方向に歩く。

 そこには木製の簡単な檻があり、中に村の娘たちがいた。

「もう大丈夫だ。安心しろ」

 勇者が檻を壊す。だが彼女たちは出てこようとしなかった。

「もう盗賊はいない。自由だ! 安心しろ」

 その中に見知った顔があった。妹だ。

「もう大丈夫だよ×××××」

 勇者が手をさし伸ばした。だが、それを掴もうとしない。そして彼女の口から言葉が漏れた。

「ば、バケモノ……」



「こりゃ、ひでぇ……」

「うわ! こっちにもいたぞ!」

 夜が明けた。勇者が村人たちに盗賊を倒したと伝えたので恐る恐る来たのだ。

「皆殺しにしたのでもう、大丈夫です」

 その言葉に村人たちの背筋がゾクリと寒気だった。

「神よ。迷える死者を御もとにお連れ下さい。決して彼らが道を誤らないように――」

 死者に捧げる聖句を神父が口早に唱える。

「べ、別に殺さなくてもよかったろうに……」

「可哀想に……」

「×××××! やりすぎだ! こんな、こんなのって……」

「人殺し!」

「悪魔だ……」

 止めどない言葉に勇者は唖然としていた。自分は村を救ったというのに、なぜ非難されなければならないのか考えた。そして、理解した。

 自分もそうだったが、村人は麦の育て方や家畜の育て方は知っていても人間の殺し方を知らなかった。

 だが勇者は天からの啓示を受けて村を出た。そのおかげで外の世界で色々な物事を知った。例えば、敵の殺し方だ。

 宰相も将軍も、みんなも。敵の殺し方を知っている勇者を恐れた。

 魔王を倒したその力が自分に向く事を恐れたのだ。だから勇者を王宮から追い出したのだ。

 そして生まれ故郷でも殺し方を知っている勇者をみんなが恐れた。

 盗賊なんかにしか出来ないような――自分たちとは真っ向から違う存在に変わり果ててしまった勇者に恐怖した。

「出て行け。悪魔は出て行け!」

「この人でなし!」

「バケモノめ。もう来るな」

 村人はすでに勇者を同じ村人として、いや人間として見ていなかった。

 見れなかった。

 川原に横たわる十人ほどの人間を一晩で者から物にしてしまった勇者を、かつての仲間と見れなかった。

 勇者は唇をかみ締めて、歩き出した。

 振り返りはせず、ただ黙々と歩き出した。

 絹で出来た立派な服に皮鎧は血で汚れ、村人の憎悪を背負って彼は生まれ故郷である王国の片田舎を一人、後にした。


ファンタジーにごめんなさい。



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― 新着の感想 ―
[一言] 故郷からも妹からも受け入れられず 去らなければならないのが辛いが面白かったです >盗賊なんかにしか出来ないような とあったけれどむしろ盗賊たちのが殺しをしてもあくまで人間の範囲内にしか恐れら…
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