プロローグ
なんとなく結末から思いついた話。
残酷な描写があるため、苦手な方はお気を付けください。
なんともつたない文章ですが、そこは温かい目でお願いします。
宵闇に沈む特区ゼロエリア。日本の中心である新東京市の隣、東京湾を埋め立てて造られた、法律の利かない超法規的地域。有名企業の他、あらゆる仕事、職種を持つ人々が集まる地域。そして、高性能アンドロイド・「人形」によって職を奪われた人々が作った、ろくでなしの集まる街。
その暗くじめじめした路地裏、大通りの喧騒から隔絶されたこの道を、職場から帰る途中の藤木義道は上機嫌で歩いていた。家までの近道となるこの道を、藤木はよく利用していた。特区ゼロエリアの機械製造会社で働く彼は、今日の辞令で新東京市にある本社への異動が知らされていた。
本社への異動といえば出世街道の典型例。高管理職への昇進が約束されたようなもの。何より、ならず者が集まるこのゼロエリアで働かなくて済むことが嬉しい。
あまりの嬉しさに、途中で飲んできた酒の量もついつい多すぎてしまった。ほぼ泥酔に近い状態で足元はかなりおぼつかない。
アルコールとこれからの出世の夢に酔いしれていると、ふと目の前を塞ぐ人影に気づいた。
「んん~?なんらぁ?」
切れかかった街灯が目の前の人物の顔を照らす。長い髪の女性のようだ。暗くてよくは見えない。だが、途切れ途切れにさす光が艶のある髪、白い肌、整った顔立ちなど、十人が十人「美人」と言うほどの美貌を露わにしていた。
しかし藤木はひたいの辺りの九ケタの数字を見つけ、小さく毒づく。なんだ、「人形」か。只のまがいもんじゃねえか。
「はん。人形ごときが人間様の道を塞ぐんじゃねぇっ。ほうらぁ、どいたどいたっ」
ろれつの回らない舌で一気にまくし立てる。しかし、目の前の人形は道を譲ることはなかった。ふらふらとこちらに近づき、つぶやく。
「ふふふっ。人形人形。ただのお人形ならどんなに楽だったことかしらね」
「…?」
何を言ってるんだ? と口を開こうとしたその時、
ぐさり
大きなナイフが藤木の腹を貫いていた。ナイフを握るイコンの顔は、不気味なほど曇りのない笑顔。
「あ…が、や、やめ…」
痛みと混乱で声が出せず、ただ口をパクパクさせるしかできない。
「死んでください。人間」
イコンは笑顔のまま腹からナイフを引き抜き、もう一度突き刺す。二度、三度、四度、何度も抜き差しを繰り返した。
やがて刺し飽きたのか、大量の血を流し動かなくなった藤木の死体を、人形は乱暴に突き飛ばす。
「あは、やさしいのね。あなたの方がどいてくれるなんて♪」
転がった死体を見下ろし、嬉々とした声でつぶやく。大量の返り血を浴びてなお笑うその姿は、まさに凄絶な光景だった。
「許さないわ、人間。あたしをこんなものにして。許さない許さない許さない許さない。…ふふ、うふふふふ……」
人殺しの人形は狂喜に満ちた笑い声をあげ、男の上着から何かを抜き取る仕草をするとふらふら路地の奥深くへ歩きだす。暗い夜の、そしてこの街の深い闇へと進み去って行った。