8,檻 sideスイカ
グロ注意
ゴブリンsideです
そのゴブリンは他のゴブリンよりもほんの少しだけ知能が高かった。それは過酷な環境下でゴブリンを生かすのに多いに役立った。
生まれた時から檻の中に入れられ、たまに連れ出されたと思えば他の魔物と戦わせられる。人間は笑いながらそれを見ているだけ。殺らなければ殺られる状況で相手の弱点を瞬時に探り、一気にそこを突く。向かってくる魔物にただ拳を振るうだけの他のゴブリンとの違いは彼の命を長らえさせる結果となった。しかしゴブリンにはそれが良いことであるとは言えない。この環境は死んだ方がよっぽど楽であるのだから。
逃げたくとも人間の摩訶不思議な力により叶わない。喜怒哀楽全てを知らず、ただ殺す為に生きてきた。
知っている感情は恐怖だけ。向かってくる魔物が怖い。不思議な力で押さえ付け鞭を打つ人間が怖い。死ぬのが怖い。生きるのも怖い。
知能が低く本能のみで生きていけたらどんなに幸せであっただろうか。何も分からなければ苦しまずに済んだものを。
自分達魔物を蔑む言葉も嫌悪の視線も知りたくはなかったのに、知能が高いばかりに浴びせられる言葉から勝手に学び覚えてしまう。
人間が肉として飼う魔物よりも弱い生物、家畜よりも遥かに量が少なく人間にしてみればゴミ同等の食事しか自分達には与えられていないのも知っている。糞尿はずっと垂れ流されたまま藁さえ与えられずにいるのが辛いことだと知っている。
檻の中に居る仲間達。檻の外から連れ出され再び帰ってくる者は少ない。最も多く檻へ戻って来たのが、この知能が高いゴブリンであった。
ある時外へ連れ出された一匹の雄ゴブリンが右腕を失くして檻へ戻って来る。翌日もそのゴブリンは外へ連れ出され、今度は左目を失くして帰って来た。次に左腕を、その次は両耳、そして鼻、右目、頭部の一部と日々少しずつ身体が欠けていき、背中がパックリと割れて帰って来た翌日、とうとうそのゴブリンは戻って来なくなった。
そうして暫くすると今度は別のゴブリンが同じように少しずつ身体が欠けていった。そのゴブリンは結局腹部の一部が欠けて帰って来たその日の夜に檻の中で腸が飛び出た状態で動かなくなった。それに群がり貪り喰う仲間達。その姿を見て知能の高いゴブリンは自分達が魔物であると改めて実感した。
それからも一体また一体と少しずつ欠けていく檻の中の仲間達。
そんな時ゴブリンは餌を持って来た人間達の話を聞いてしまう。
「おいおい、なんだよアレ。腕と目がないぞ」
人間の一人が今回選ばれた雌ゴブリンを見て顔を歪める。
「あれだよ、今お偉い学者の先生がゴブリンから秘薬を作るって切り刻んでるんだよ」
「うへぇ、悪趣味だな気持ち悪い。でもなんだって檻に戻してんだ?殺しちまった方が早いだろう」
「一気に殺したら肉が腐るだろ。一日の研究量にも限りがあるらしいし、少しでも肉を持たせる為に生きたままちょっとずつ切り取ってるんだよ」
「ふーん。まぁ魔物は脳みそさえ潰さなけりゃなかなか死な無いからな。気持ち悪い生き物だぜ」
「まったくだ、おかげで俺達が毎回こいつらを学者先生のところまで運んで行かなきゃならねぇってわけよ」
「研究室に置いとけばいいじゃねーか」
「臭いから嫌なんだと」
「なんだそりゃ。じゃあ今この汚ぇ檻の前で臭ぇ魔物に餌やってる俺らはどうなるんだよ」
「まぁまぁ、この檻のゴブリン全部まとめて購入して下さった太っ腹なお客様だ。文句は言えねぇさ」
「全部? 全部切り刻んじまうのか?」
いくら知能が高いと言っても人間達の話を全て理解出来るほどの賢さはない。ただ最後の『全部』と『切り刻む』は分かった。つまりこの檻に居るゴブリン達は皆少しずつ切り刻まれて死んで逝くということだ。
魔物であっても痛みは感じる。現に知能が高いゴブリンが先日外へ連れ出され魔物と戦った時も、始末が遅いと立腹した人間に剣で背中を斬り付けられた傷は悶え叫ぶほど苦しかった。少しずつ切り刻まれた仲間達も声帯を切られて声は出なかったが、壮絶な苦悶の表情を浮かべていたのだ。
知能が高いゴブリンは、その夜仲間達を全員殺した。頭部を鋭い爪で一突きにして。そして頭からボリボリと死んだ仲間を貪った。骨まで全て胃の中へと収めながら、そのギョロリとしたおぞましい目から水分が流れ出る。それが何なのかゴブリンは知らない。全員を胃に収めるまでその水分は流れ続けた。
全て終わると今度は自らにトドメを刺そうしたのだが、どうした事かどうあってもそれが出来ない。ゴブリンの魔物の本能が決して許さないのだ。
そのまま朝になってしまうと、檻に一匹しかゴブリンが居ない事に気付いた人間達が騒ぎ始めた。
恐らく自分も少しずつ切り刻まれるのだろうと思っていたゴブリンだが、人間達はそうはしなかった。騒がしい人間達の会話から聞き取った単語は『強いゴブリン』『欲しい』『金』『沢山』である。
檻から出されると身を切るような冷たい水を浴びせられ、頭から厚い布を被せられる。生まれた時から付いていた首輪に鎖をかけ引っ張られた。しばらく歩くとそこでストップがかかり、鎖が取られ人間達の話し声が耳に入る。
そのまましばらくそこでジッとしていると、突然顔に被さっていた布が取り払われた。
目に飛び込んできたものを見たゴブリンはガンと殴られたような衝撃を受ける。
そこに佇むまだ幼い人間の雌。
ゴブリンはこれほどまでに美しいものを見たことがない。彼のギョロ目は人間に釘付けになり反らす事なんて出来そうにない。この人間はまさに神から祝福を受けているのだろうと拙い知能を絞って考えた。
余談ではあるがゴブリンという魔物は人間と非常によく似た審美眼が組み込まれている。それはゴブリンが元々人間のなり損ないの妖精であることから来ている。人間になりたかったゴブリン達は人間の、特に形状の整った優良遺伝子を持つものに憧れを懐く。
その昔人間達が魔法を使い始める以前には、ゴブリンは異性の人間に焦がれ拐ってしまう事がよくあった。醜い魔物に拐われた人間は嘆き悲しみ自ら死を選ぶこともしばしば。それに絶望したゴブリンは後を追う。彼等は見た目では考えられないほど繊細一途であった。仮に人間が死を選ばなかった場合でも当然種の違うもの同士で子孫を残すことは出来ない。人間に焦がれるゴブリンが後を絶たず、その数を徐々に減らしつつあった。
そんな時人間達の中から魔力を持つ者が生まれる。それ以来ゴブリンは人間達から狩られる立場になり、皮肉にもそれがゴブリンの減少を止めることとなった。同時にゴブリン達魔物の暗黒の時代の始まりだ。
人間を目にすれば焦がれるよりも先に危ない、怖い、殺せ、逃げろ、と本能に新たに組み込まれた。
それはこの知能が高いゴブリンにも持っているものだ。だから目の前のギョロ目が潰れてしまいそうな程眩く美しい人間が怖くて仕方なかった。怖くて怖くて目が離せない。
人間の、特に雌は美しさに比例するように狂暴だと今までの経験からその法則を弾き出していたゴブリン。
檻から出された先に稀に人間ばかり居る場所へ連れて行かれることがある。そこでも狭い檻に入れられてゴブリン同士で殺し合いをさせられる。それを人間は囃し立てながら観賞するのだ。
その人間達の中でも一際楽しそうに笑い、周りに指示を出しゴブリンへ鞭を打たせるのは大抵綺麗な服を着た美しい女であった。
だからゴブリンは恐怖した。
今まで見たどんな人間よりも美しいこの少女が一体自分に何をするのかと。恐怖しながら、美しさにギョロ目は吸い寄せられる。その不思議な力にまた恐怖する。胸がざわつき落ち着かない。
少女の手が自分へと伸びる瞬間、恐怖と共に感じるこの胸の苦しみも最高潮に達していた。
一体これはなんと言う感情なのだろうか。