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5,西瓜





長年こびりついたゴブリンの汚れはちょっとやそっとでは取れなかった。最初はスポンジで身体を洗っていたが、流しても流しても濁った湯が出来るばかり。仕方がないので液体石鹸を浴槽にドブドブ入れ、その中にゴブリンを投入。十五分程そのまま浸け置きした後は風呂掃除用に置かれたブラシで力一杯擦った。

今しがた一個人として尊重しようと決めたばかりなのだが、汚れ過ぎているゴブリンは人間と同じ入浴方法ではとてもじゃないが綺麗にならないので多少乱暴でもやむを得ない。実際毛の固いブラシで擦ってもゴブリンは平気そうで寧ろ心地良さげにギョロ目を細めている。

そう、この程度では彼の肌に傷一つ付けることは出来ない。しかし、それにも関わらず頑丈な黒緑の肌には大小沢山の傷痕が残っていた。


「これ……痛い?」

「ヴォ?」


ゴブリンの逞しい背中にある一際大きな古傷へと指を這わすと、ゴブリンは不思議そうに首を傾げる。

恐らく既に痛みはないのだろう。しかし、彼が過去に多くの痛みを味わった証が確かにそこにあった。この大きな古傷は獣の爪というより何か鋭利な刃物でスッパリやられた刀傷に見える。

グッとやるせない気分が押し寄せてきたエテーナの暗い顔に気付いたのか、ゴブリンは落ち着きなく目をギョロギョロさせる。

それを見たエテーナは古傷をもう一撫でし、至宝と家族が絶賛する極上の微笑みをゴブリンへ向けた。


「これで背中も終了。残るは……」

「ヴォッ、ヴォォッッ!!」


洗われている間もずっと股間に当てていた手を、取り払おうとするエテーナ。ゴブリンはそれに慌てて抵抗する。


「こら、駄目でしょ。そこは一番清潔にしてなくちゃいけない場所だよ。」

「ヴォォォォォ………」


結局観念したゴブリンはエテーナにバッチリ洗われてしまった。普段忙しげに動くギョロ目は今はどこか遠くを見つめ哀愁を漂わせている。

エテーナの方は腰布を取られて恥じらう姿があまりに乙女に酷似していたので実は乳房の発達していない女なのかと疑っていたのだが、やはり男であったかと呑気に頷き人間と変わらないソレの形に感心していた。ただ、エテーナの前世の知識によるソレよりもかなり立派ではあったが。今世では父のも知らないのでソレがここの人間より凄いのかは不明だが。


風呂から上がると黒緑の肌は幾分明るい色に仕上がり、エテーナがいつも使用人に塗って貰っているクリームをゴブリンにも塗ってやるとガサガサ肌は多少しっとりとなった。最高級品のクリームをゴブリンの肌に惜しげもなく使う姿を使用人達が目にすればきっと気絶ものだろう。

取りあえず腰にはタオルを巻かせ、歯を何度も繰り返し磨いてやる。長い爪も短く揃えようとしたが、とてもハサミでは切れない頑丈さだったので断念。申し訳程度に生えている髪の毛はブラシで丹念に梳く。

こうしてどうにかゴブリンの身だしなみを整えたが、十歳の身体で全て一人で行ったエテーナは息も絶え絶えであった。適当に自分の服を着ると行儀に構うことなくソファーに足を投げ出して寝転ぶ。


しばらくそうして体力を回復し、そういえばゴブリンはどうしたかと辺りを見回す。彼は部屋の隅で微動だにせず立っていた。出会った時に置物と勘違いしてしまった程の直立不動ぶりに、待機する時はその様に躾られたのかもしれないと予測した。


「ほら、そんな所に突っ立ってないでこっちにおいでよ」


そう声を掛けられても当然ゴブリンが理解することはない。ギョロ目を不思議そうにギョロリとさせるだけなので、エテーナは彼を迎えに行きソファーへと誘う。ソファーの柔らかさに興味を示したゴブリンは小さく跳び跳ねてスプリングが軋む感触を楽しむ。ギョロ目もキラキラと輝きまるで幼子のような姿にエテーナの頬も緩んだ。


「あなたの名前を決めようと思うけど、いいかな?」


勿論答えは返って来ないのでエテーナは一人ゴブリンの名を考え始める。


「うーん……あなた緑だよね…緑、緑……翡翠? いや、翡翠っていうか………西瓜?」


ゴブリンの肌の配色は前世の記憶にある甘くてほぼ水分で出来ているあの野菜の名前が思い浮かぶ。あの野菜を大変美味しかったと記憶しているのでエテーナの前世の好物だったのかもしれない。残念ながら今世でそれらしい野菜を口にしたことはなく、ゴブリンを見ていると無性にその野菜が食べたくなってしまった。


「よし決めた! キミは今日からスイカだっ!」

「ヴォ?」


かなり残念なネーミングセンスだが、美味しそうな良い名前だと満足気なエテーナを止める人間は居なかった。


「よろしく、スイカ」

「ヴォ?」


四本指の中で一番長い指を握りハンドシェイク。首を傾げるゴブリンをエテーナは可愛く感じていた。初めて目にした時の恐怖心など微塵もなく女性ならば悲鳴を上げそうな不細工な顔も、愛嬌があってなかなか良いではないかといつの間にか思うようになった。


「私前世の記憶が少しあるの。だからね、人生楽しまなきゃ損だって知ってる。これから目一杯楽しむつもりだよ」


それも声の主によるオマケのおかげで簡単そうだ。恵まれたベースを持つ自分と、人間に虐げられているスイカ。ここまでかけ離れた二人が出会ったことにエテーナは何か感じるものがあった。


「スイカも私と一緒に人生を楽しもうよ。勿論まだあなたの事をまったく知らないから首輪はまだ外してあげられないんだけどね」


エテーナはスイカの人生が、楽しむなんて気楽な事が言えない厳しいものであることを理解している。それでもここでこうして出会ったのだから、一緒に楽しみたい。不細工で可愛らしいスイカが楽しい人生へと向かうのに助力するのも吝かではない。


「でも人生何が起きるか分からないからね。私の人生が暗転したらさ、その時はスイカを頼るかもだし」


何が起きるか分からない、それもまた人生の醍醐味である。二人が一体どれほどの時間を一緒に過ごす事になるのか分からないが、醜い彼とのこれからにエテーナはワクワクしてきた。


「さて、二人で何しよっか?」

「ヴォ」





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