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4,羞恥心


到着してエテーナがまずしたのは部屋の鍵をかけ息を吐くこと。そうして一先ず落ち着くと、握りっ放しだった手に気付く。

固くて長さのバラバラな四本指。長い巻き爪は物を掴むには不便そうだ。

指先まで不恰好な彼にエテーナは微笑みかけた。第一印象は大切である。特にエテーナはゴブリンを奴隷のように扱う人間の中でも、彼の主人となった所謂悪の親玉のような存在だ。ゴブリンにそれを理解出来る知能があるかは不明だが、彼を側に置くのならば常に恨まれているのはキツい。

印象最悪のマイナススタートであるが、これから少しでも挽回出来ればと意気込むエテーナはゴブリンのもう片方の手も取り胸元でギュッと握り込んだ。


「私はエテーナです、よろしくね」

「ヴ、ヴォ?」


エテーナの言葉の意味を分かってはいないだろう。ゴブリンは目玉をギュルンギュルンさせながら声を上げる。その態度はまるでエテーナに怯えているようである。屈強な肉体を持つ彼が小さな幼女に怯える光景というのはエテーナの胸を少し曇らせた。見るからに弱々しい彼女にまで怖がるようなことを人間が彼に強いたということである。

しかし彼の過去を知らないエテーナには自分のこの感情が正しいものなのか判断出来ない。父は彼が仲間を食い千切ったと言っていた。幼女に怯える彼と仲間を殺す彼。どちらが本当の姿なのかをこれから見極め、そして彼にもエテーナという人間を見極めさせ怯えを無くせるように努める決意を固める。


「さて、まずはその汚れを落とすところからね。そんな姿で部屋をウロチョロされてはそこら中あっと言う間に泥だらけよ」


部屋に備え付けられているドレッシングルームへとゴブリンを連れて行き、自分の着ているお気に入りの簡素なドレスをおもむろに脱ぎ捨てる。何故かゴブリンから悲鳴のような呻き声のようなものが聴こえたがエテーナは気にしない。下着姿でゴブリンを洗おうなどとこの世界の人間が見れば卒倒する光景であるが、エテーナはこの世界の常識が皆無なのだ。普段から使用人にあれこれ世話をされている彼女が異種族に下着姿を晒したとて羞恥など感じる筈がない。前世の記憶も、まだ子供なのだから問題ないだろうと達観した意見が浮かぶ辺りエテーナは前世ではそれなりな年齢だったのかもしれない。


「ん? どうしたの? ほらおいで」

「ヴォ……」


隅の方でデカイ身体を小さくしているゴブリンを無理矢理浴室へと引っ張ろうとするが、余程嫌なのか長い足の爪を床に立てて抵抗するので困ってしまった。あまりこの手は使いたくなかったが、この体格のゴブリンを動かすことは不可能なので、エテーナは仕方なく魔力を声に込めて発する。


《おいで》


命令した途端ゴブリンの身体から力が抜けて大人しくなった。そのまま浴室へと連れ込み今度は空の浴槽へと意識を向ける。暖かいお湯をイメージして魔力を込めると、一瞬で浴槽へお湯が溜まった。

エテーナは簡単にやってのけたが実際にはかなり難しい魔法である。顔を洗う水を用意する位は誰でも出来るが、この量の水を一瞬で出すのは容易ではない。それも火魔法を絶妙にコントロールして適温の湯を大量に作る事が出来るのは熟練された一握りの人間だけだろう。

一般的に湯を溜める場合は転移や火魔法の難しい術式の組み込まれた蛇口が備え付けられているのだ。使用する際に魔力を注ぎ少しずつ温かい湯が出るというものである。ちなみに水の出る蛇口は多く普及しているが、湯の出る蛇口は大変高価で未だに一般家庭の風呂は薪を使用している。湯を一瞬で大量にポンと出す等、自分の思う通り自由自在に出来る程この世界の魔法は万能ではなかったが彼女にとって魔法はほぼ万能であった。それもまた声の主の言うオマケなのであろうか。


突然湯が現れたのを見たゴブリンは大きな目を更に大きくさせて驚く。そんな彼を微笑ましく思いながら、湯を桶で一掬いしてゴブリンの足へとかけると一気にその湯が泥や汚れで濁る。一度全身に湯を掛けようとして、エテーナは気付いた。


「その腰布も取らなくちゃね」


意味は理解出来ないだろうが一応声をかけてゴブリンの薄汚い腰布へと手をかけた。


「ヴォォォッッ!!?」


腰布を取られるのに気付き驚いたゴブリンは戸惑いの悲鳴を上げる。エテーナがそれを無視して腰布を引っ張ると、取られまいとしたゴブリンは腰布を押さえ急いで壁際に避難してしまった。


「あ、こら! 大人しくしなさい」


ゴブリンを追い、詰め寄る。彼はどんどん近付くエテーナに怯え大きなギョロ目に涙を溜めてイヤイヤと必死に首を振った。エテーナはゴブリンの初めての意思表示に感動し、そしてブサ可愛なその仕草に少しキュンとしていた。更に最悪な事に彼女の眠れるS心まで刺激してしまい、ゴブリンは問答無用で腰布を奪われる。この時エテーナの脳裏には『悪代官』という前世の記憶にある単語が浮かび、手をわきわきさせながら「ヨイデハナイカ」という呪文を繰り返してしまった。


「お洗濯を済ませたらちゃんと返すから大丈夫だよ」


このばっちい布が余程大切なのだろうと思ったエテーナは、布の強烈な臭いに顔を歪めそうになるのを堪えてゴブリンに笑いかける。


「え? どうしたの……」


隅の方へ寄り小さくなっているゴブリンは、目玉を高速ギョロギョロさせながら手で股間を隠していた。俯きがちで心無しか黒緑の肌の色も濃くなっている気がする。


(これは……恥ずかしがっている?)


まさかゴブリンに羞恥心があるとは思わなかったエテーナは驚いた。てっきり布は人間に巻かれたものだろうと思っていたがゴブリンが自主的に巻いたものなのかもしれない。恥ずかしがっているのに無理矢理取ったのは悪かったな、と少し反省する。

二足歩行で歩き、驚き、嫌がり、羞恥心まで存在する彼は、エテーナの中で着実に尊重すべき一個人として確立していった。






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