七話 <視点・エクル>
引き続きエクル視点でお送りします。
――――パロの町を出て一週間が経った。これでゴードまでの半分を来たことになる。
清々しく晴れわたった空に真っ白な雲がたなびいている。三日目に立ち寄った村で一晩納屋を借りた以外はずっと野宿だ。
左側には店のおばさんが言っていた森がある。色々と曰くありげな言い方をしていたからどんな所かと思っていたが案外普通だった。見た目に限って言えば、だが。
この森が見えてきたあたりの昨日から何か胸がモヤモヤする。心配事や悩み事があるときの感じに似ている。
それと関係あるのか謎だがなぜか森が気になる。先入観があるせいだろうか?原因があそこにあるような気がする。直感でも勘でもなくただそう感じる。
「姉さん、ちょっと森の中を見てくる。何かあるか分からないから姉さんはここで待ってて」
覚悟を決めた。気になるのなら確かめればいいのだ。
なんだかここ数日の間にずいぶんと思い切りが良くなった気がする。今さら姉の思い切りの良さが感染したのだろうか?と、頭の片隅で冷静に自分を分析する。
大丈夫、もしもの時は気が進まないけど奥の手がある。
「えっ!?ちょっ、なに言ってるの。危険だから近づくなって言われたでしょ!」
「だからまだ明るいうちに少し見てくるよ。どうしても気になる事があるんだ」
「寄り道してたらあの子に追いつけなくなるよ」
「でも・・・・・・そんなに時間はかけないから」
「・・・・・・分かった。私も行く」
珍しくルゥカが折れた。
「危険だよ。姉さんはここで待ってて」
「危険なのは百も承知。それにそのセリフさっき私がエクルに言ったのと同じ。一人で行くより二人で行ったほうがいいこともあるよ」
「でも・・・・・・」
「ほら迷わない。行くよ」
渋るエクルの横をすり抜けてルゥカは率先して森に足を踏み入れた。
森の中は青々とした葉が茂る木々があちこちに生えており、見たことのない花やおいしそうな果実がなっている。外見どおり案外普通な光景だ。
人の気配はしないが可愛らしい小動物や鳥などの生き物はいる。とても曰くつきの所には見えない。
「意外と普通で拍子抜けだね」
ルゥカが正直な感想を漏らす。
「うん・・・・・・」
それに上の空で返事をしながら何かに引かれるように一つの方向へ進む。
拓けた場所に出た。
「エクル!」
ルゥカがいきなりエクルの腕を引っ張りその場に屈ませる。
「なに?」
尋ねるエクルに人差し指を立てて動作だけで静かにするよう訴える。
「声が聞こえる。誰かいるよ」
音を立てないようにそっと声のする方へ近づく。
小柄な人物が一人、何かを探すように行ったり来たりしているのが見えた。時折立ち止まっては屈んで地面を触っている。
「この辺りなんだよね?・・・・・・そんな~・・・・・・・・・・・・でも・・・・・・もここだって、ねぇ?」
ブツブツと誰かと会話しているみたいだ。
背中を向けていた人物が横を向いて顔が見えた。
「あ、あの子!」
バッと立ち上がり、声を上げたのはルゥカだ。
せっかく隠れていたのにこれでは台無しだ。でも、エクルも同じくらい驚いた。後を追っていた少女にこんな所で追いつくなんて。
「え?あっ昨日の!」
少女のほうもエクル達の存在に気づいた。
「どうしてここにいるの?」
頭の上に疑問符を大量に浮かべて少女が問う。
「あ、えっと・・・・・・その」
ルゥカが目を泳がせて懸命に理由を考えている横で、エクルも無言ながら必死にどう答えるべきか悩む。
とにかく、追いつくことばかりが頭にあってその先どう話を切り出すのか何と訊けばいいのか全く考えていなかった。
魔法が禁忌とされているこの国で無闇にそれを口にすることは危険だ。
「と、それは後にしてまずはこっちを片付けちゃお」
「「!?」」
気がつけばいつの間にか囲まれている。
数は・・・・・・五。町中でよく見かける犬より一回りは大きい。鋭い牙を覗かせてこちらを警戒するように低く唸る。寒い地方に生息する狼によく似ている。
「何?いつの間に?」
困惑しながらも腰からダガーを抜く。同じくエクルもダガーを抜く。
一匹が跳躍してルゥカに襲い掛かる。それをかわし着地した瞬間を狙ってダガーで薙ぐ。
「え?」
が、空を欠くようなヒュッとした音がして狼の姿が少しぶれただけで効いている様子はない。
「幻覚!?気をつけて!そいつに物理的な攻撃は効かないよ」
「何それ?どうすればいいの!?」
「幻覚って、幻?だったらあっちの攻撃も効かないんじゃ?」
突き出された爪を紙一重でかわしエクルが言う。しかし、その考えを裏切り髪が数本ハラリと落ちる。
「どうなってるんだ!?」
エクルとルゥカで三匹を相手して少女が一人で二匹を相手している。
「魔術師が作った幻覚だから」
これでは対処の仕様がない。
「姉さんっ。くっ」
三匹が一斉に襲い掛かってきた。一匹づつでも辛いのにまとめて三匹をどう相手すればいいのか。
最後の手段だ。エクルはルゥカを庇うように前に出ると片手を突き出した。
イメージするのは火。手が仄かに光り襲い掛かってきた三匹を炎が呑みこむように包み込む。
突いても薙いでも効かなかった幻覚の狼が断末魔の叫びを上げて燃え消えた。
「くっ」
「エクル」
その場で片膝をつく。荒く肩で息をするがいつもより痛みがないことにエクルは気づかない。
(あの子は?)
視線を走らせると少女が残りの二匹と応戦している姿が見えた。
「ご丁寧に見張りまでつけて何を隠しているのか、なっ」
噛みつこうと突進してくる幻覚の狼をかわし、自然な動きで人差し指を向けるとそこから閃光を放った。
光の線は一匹を貫いたあと途中で折れ曲がりもう一匹を貫き、草むらに着弾した。直後にガツっと硬い物が割れる音がした。
「わわわ、危ないよ。こっち、こっち」
何が危ないのか分からないが、違和感を感じてエクルもルゥカと一緒に手招きする少女の所に移動した。
「出るよ」
「?」
少女の言葉のわずか三秒後にさっきまでエクル達が交戦していた場所に長方形の線が浮かび上がる。
「大きい。・・・・・・小屋だ」
浮かび上がった線をなぞるようにそこには小屋が建っていた。
「な、なな、何これー!?」
「な!?」
非現実的すぎる。
どこからどう見ても小屋だ。それがなぜここに?どうやって?いや、現れた過程は一部始終見ていたがそれでも信じられないものは信じられない。我目を疑うとはこのことか。
「入り口はっと・・・・・・あった。おっ邪魔しまーす」
信じられないと言えば少女の反応も信じられない。あたかもこれが普通だと言わんばかりに戸を開けて中に入っていく。
エクルとルゥカは顔を見合わせて互いの意思を確認し、少女の後に続いた。
中はガラリとしていて物はほとんど置かれていない。部屋の隅には暖炉があり灰が積もっている。冬にはこの暖炉で部屋を暖めていたのだとうかがい知れる。
入り口の戸の他にもう一つ戸があって奥にもまだ一部屋あるらしい。
少女は四角い机の上から椅子の下、戸棚の中やはたまた家具と壁との隙間に至るまでありとあらゆる所を覗き、物色しその姿は家の主がいない間に勝手に家に上がりこむ空き巣みたいだ。正直怪しい。むしろ危ない人種だ。
「うーん、ないなぁ」
これだけ怪しく探して見つからなかったのが落胆して肩を落とす。
「「・・・・・・・・・・・・」」
エクルもルゥカもこれはこれでどう反応すればいいのか分からない。というか、言葉もない。
「ね、ねぇ・・・・・・ここは何なの?」
ルゥカが引きながらも勇気を出して、最もな質問をする。
「たぶん魔術師が隠れ家みたいな感じで使ってた所だと思うよ」
「魔法使いが?」
「使ってた?ちょっと待って、魔法使いがいなくなったのは一千年も前のことだよ。その頃の物が残っているわけないよ」
あいえないとエクルは思う。
「幻覚の見張りまでつけて魔術で隠してたんだからそれくらいはありえるよ。・・・・・・ってえ?魔術師はいない?一千年も前から?ウソ・・・・・・」
目を見開いて驚愕の表情をする。
なぜそんな事に驚くのだろうか?魔法使いがもう存在しない事は誰でも知っている。子どもだって魔法が悪だということも知っている。そう教わって育つのだから。
「そうだよ。だから私達は魔法を使えるあなたに訊きたいことがあってあとを追ってきたの」
「君は魔法使いなの?」
ようやく知りたい事が知れる。
「ううん、わたしは魔術師じゃないよ。ね、もういないってことは、えっと・・・・・・一千年前?にはいたんだよね?」
「違うの!?あれは魔法じゃないの?」
「居たよ。もうほとんど伝説だけどね」
「正真正銘魔術だよ。伝説?そんなに曖昧なものなの?」
「魔法使いじゃないのに魔法が使えるの!?」
「曖昧っていうのとはなんか違う気がする」
ルゥカが混乱するほどにエクルは冷静になる。今は誰かが冷静でないと会話が成り立たない。これでかろうじてでも会話の形になっているのがもうすでに奇跡に近い。
「あなたはいったい何者?」
「わたし?わたしは・・・・・・あ、自己紹介がまだだったよね?わたしはティティ、ティティ・アルア。ただのしがない旅人です!よろしく」
にっこりと笑う。
「え?あぁ、私はルゥカ。こっちは弟のエクル。私達も旅人だよ」
「よろしく」
そいえばまだ彼女の名前すら知らなかった。
「少女」やっと名前出ました。
まぁ、人物紹介のところにかいてあるのでいまさら感はありますが。
しかし、エクル視点が長いですね…。
閲覧ありがとうございました。
視点が切り替わらない…。