梟
テルは都についた。巨大な城壁に囲まれた門が大きく待ち構えている。鳥顔の門番が鋭い目つきで道行く人々を睨んでいる。口が突き出ていて、まるで鳥のクチバシのようだ。テルは人波に紛れて門番の目をやり過ごすと、目の前にひらけた景色に驚いた。太い大きな道が遥か彼方まで続いている。脇には建物が立ち並び、人々が激しく行き交っている。人々の姿はテルがかつて通った村や街と大きく変わるものではなかった。ただ、彼らの顔は嘘を言って見破られた時の焦りが顔ににじみ出ていた。
テルはポカンとどうすべきかわからぬままに、立ちすくんでいた。人々は忙しそうに門に入ったり、出たり、またはそのまま横切ったりした。テルは歩き出した。都は桃源郷ではなかったが、物に溢れていた。新しい着物を買うために、店を見てまわろうとする。店番はテルの手元に厳しく目を光らせながら、煙草をふかしていた。
「おじさん。これをくれ。金か?金は持ってないが、これを持っている」
テルは物の値段もわからぬままに高価な真珠を手放そうとしていた。真珠の一欠片でもあれば買えそうな物を真珠一つと交換しようと言うのだから、店番も驚いた。真珠をまじまじと見ると、本物らしいと見てとると、奥にいる店の主人にこう言った。
「親分。紅色の着物と真珠一個を交換してくれって子供が来てるんですが。どうしましょう。盗品かもしれませんぜ」
これを聞いた親分はのっそりと店に姿を現すと、店先に立っているテルを見た。
「おい。坊主。これをどこで手に入れた」
野太い声でたくましい腕をテルの肩において言った。テルにとって不幸だったのは、この店の主人が、とにかく真珠を手に入れて着物を売ってしまおう、としなかったことだった。主人は真面目な男だった。
テルは正直に、海底の城、と答えた。主人はテルが嘘をついていると思った。
海底に城などあるはずがない。この子供は嘘をついているに違いない。とすると、ここは都の治安を守る”警兵”を呼ぶ方が良いだろう。
主人は店番に警兵を呼ぶように言った。小声で言ったためにテルには聞こえていないと二人は思っていた。しかし、テルは敏感な耳で、はっきりと主人が”誰か”を呼ぼうとしているのに気づいた。主人はテルに着物を持って近づいてきた。
「お前さんの持っているものは高価なものでな、とても交換はできんよ。北の商人を呼んでいるから、ちょっと待ってくれよな」
「商人ってなんだ?」
「ん?物を売ったり買ったりしている人のことだよ」
「なら。俺も商人だな。おっさん。お前、嘘をついたな。俺のこと捕まえようとしているだろう?」
主人の顔に走った動揺をテルは見逃さなかった。主人はテルの肩に再び触れようとする。テルは後ずさり、主人から離れる。
「坊主。お前が悪いんだぞ。嘘なんかつくから。それは盗品だろう?お前は都の黒い狐の一員なんだろう?」
「そんなもの知るか!!俺はここに来たばっかりだ!!」
テルは改めて自分が弱い立場にいることを感じた。くそう。物の一つも買えないのか。せっかく真珠を持っているのに。走りだしたテルを主人が追いかけようとする。だが、自分の店もほうっておくわけにはいかない。追いかけるか迷っていると、そこに警兵二人と店番が帰ってきた。
「あの坊主だ。おい。待て」
店番が警兵に叫ぶと、警兵はテルを追いかけだした。
テルは夢中で逃げるが、相手は大人の足だ。このまま逃げれば追いつかれるのは間違いなかった。と、そこに狭い路地からテルと同じくらいの年の少年が手招きしている。目が大きく、ボロボロの服を着ている。テルはそれに気づいたが、無視をした。すると、少年は何事か叫びながら、テルに追いついて、一緒に走りだした。
「なんだよ」
息をきらしながらテルは少年に声をかける。少年は平然と走り慣れているらしく、息も切らさずに答えた。
「俺は都の孤児たちのリーダーやってる梟ってもんだ。お前も見たところ孤児みたいだな。どうだ、仲間に入らないか?」
後ろからは大人たちが追いかけてくる。二人は狭い路地に追いつめられた。道はこの先にはないように思われた。くそう、ここまでか。テルは唇を噛むと辺りを見回す。高い塀は三方にそびえている。すると、梟と名乗った少年は得意そうに、
「ついてきな。大人たちには通れない道ってもんがあるのさ」
と言って、筒状の入り口に素早く入った。テルは迷ったが、警兵たちが迫っていた。えいや。覚悟を決めて飛びこんだ。