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波浪の城  作者: 柱語シン
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部屋にて

 目が覚めた時、少年はここはどこだ?と考えた。しばらくして意識がはっきりしてくると、ここは海底らしいということを思い出した。そして、決して水の中ではない。何故なら少年は普通に息ができたからだ。水の中で呼吸できるはずはない。少年はそのことを身に染みて知っていた。生まれた村を追いだされてから、知り合った老人は少年の顔をよく水につけて、しつけをした。洗面器を持ってきて、水を満たす。そして、子供の顔を洗面器に強引につける。少年が息をしようと顔をあげようとすると、グイと力で押さえつける。その時少年には老人への憎しみと恐れが沸き上がってきた。だが、他に行くあてもない。老人は少年にきつい仕事をさせた。大人がやるような仕事を少年にやれと命じた。やらなかったり、できなかったりすると、水刑がきた。老人はたまに機嫌がいい時に歌を歌った。少年はその歌が好きだった。老人の歌に「都」という言葉が出てきたからだ。派手な服装に身を包んだ人々、あふれるばかりの食べ物、才覚で出世できるチャンス、少年は老人の語る都に憧れた。最後に老人は、都は子供の足ではいけんよ、というのみだった。少年は勇気を持てなかった。だが、いよいよ老人の飲む酒の量が多くなり、しつけという名の暴力がひどくなってから、命の危険を感じて飛び出した。都は思ったより近くにあるのではないかと希望を持って歩いたが、どこまでいっても貧しい街や村しかなかった。ちょうど歩き続けて、数年が過ぎた頃、少年は諦めた。都などどこにもないのだ。それから、住み着いた街で、行き場がなくなって、波にさらわれて、ここに来た。

 部屋を見回すと、一冊の本が目にとまった。鏡台の上にぽつんと置かれていた。少年は字が読めない。本を開くが難しい言葉が並んでいる。懸命に理解しようとするが無理だった。本を放り出すと、少年は城を探検しようと、部屋を出ようとした。部屋の中に面白そうなものは他になさそうだった。膜を再び通ろうとした少年は違和感を感じた。通れない。そう。外からは軽々と通れた膜が中からはゴムのように少年の体を跳ね返してしまうのだ。開けてくれ、誰かいないか、少年の言葉は室内に響いたが、外に届いているのかはわからなかった。抜けだそうと赤いサンゴで作られた椅子を膜に投げつける。膜は今までになく、へこんだ。だが、投げつけた時の倍くらいの速さで椅子は室内に向けて跳ね返ってきた。少年はまともに、椅子にぶつかった。少年の頭には椅子の反逆という考えはなかった。不意をつかれた少年の体は椅子によって傷めつけられた。街人に殴られた腹の傷がうずく。幸いだったのは椅子が、ごく軽かったということだった。少しの擦り傷ですんだ。少年は勝手にこの部屋を抜け出せないと知って自分の自由さ、両親に捨てられてから常に共にあった自由さを失ったことにショックを受けた。しばらくすると、また足音とともに食事がやってきた。どの皿にも昨日とは別の食材がのっている。ワカメのスープ。鯛の吸い物。ブリの刺身。雑穀米。梅干し。少年はテーブルに並べられたものをまた夢中で食べた。

 食べ終わる頃になると、部屋に少年を案内した老人がやってきた。膜を外から軽々と通ってくる。

「良く食べておるようじゃの。食べ終わったら、この城の主人に会ってもらう。お前が何のためにここに呼ばれたかも、知らされるじゃろう」

「俺を閉じこめてどうするつもりだ」

 老人は少年の敵意に触れて、少し驚いたようだった。

「閉じこめたのではない。身の安全のためじゃ。主人には敵もいる。敵からお前を守るためじゃ」

 老人の物言いは穏やかで、真実味があふれていた。ただし、少年は納得しなかった。食べ物で汚れた手を振りながら言った。

「じいさん。何と言おうと俺は閉じこめられるのが大嫌いなんだ。今度閉じこめたら許さないぞ」

 老人は少年の物を知らない態度にあきれたようだった。少年を閉じ込めたのはある目的があってのことだった。そして、城を自由に動きまわりたいという少年の申し出は老人自身の判断ではどうにもならなかった。

「そこまで言うなら主人に相談してみるがいい。ついてきなさい」

 老人は部屋の壁についている七色のボタンを順番に押す。すると、部屋を隔てる膜のような物が消え去っていく。少年は老人の様子を見て膜の通り方を知った。一方で、少年は老人の行動が理解できなかった。ここまで、こちらが偉そうな態度をしているのに、しかりつけたり不満な顔をしないのだ。少年は巧みに知恵を働かせると、このままの態度でいこうと決めた。少なくとも主人にとって俺という人間は価値のある物なのだ。だからこそ、親切にするのだ。

「いいだろう。主人とやらに会おう」

 少年は自分の物言いがとても気に入った。何度も頭の中で言葉を響かせながら、部屋を出た。老人は階上に歩き出しはじめた。少年は自信満々で老人の後ろを歩いていった。

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