ごちそう
少年がサンゴでできた入り口を老人の後について通り抜ける。中は巨大な空間だった。天井というものはなく、上を見ると、微かに日の光が射している。恐らく水面だろう。階段が上へ向かって、長くゆっくりと曲がりくねって続いていた。城の中は美しい彫像でいっぱいだ。金でできた鯛、緑色の輝くタツノオトシゴ、巨大な光沢がある鉛のような鯨。他にも見回すだけで、種々様々な海の生物が飾られていた。少年はそれらに目を奪われながらも、老人の後を足早についていった。盗みに入った時、痛めつけられた腹がズキンと痛んだ。やはり、ここは現実らしかった。少なくとも、少年の記憶の続きであることは間違いなかった。少年はぼんやりと考えた。
ここはどこだろう。俺は今まで、海の中にこんなものがあるなんて聞いたことはなかった。この豪華さをみると、城の主はさぞ名のある人物に違いない。食べ物も老人はくれる様子だ。何よりも、大事なのは腹を満たしてくれるかどうかだ。俺の腹はまだまだ空いているのだから。しかし、何が起こるかわからない危険はあるぞ。何よりも、老人の言うところによると、ここは海底なのだから。
老人は階段の途中で立ち止まると、壁に突き出たボタンを押した。すると、壁が透明な膜になり、見慣れた家具が置かれた部屋が現われた。いや、少年にとっては決して見慣れたものではなかった。どの家具をとっても、よく見ると細かい所に装飾がほどこしてある。そして、埃一つない。年季の入ったお手伝いさんが掃除した後のような部屋だ。
「入るがいい少年。ここはお前の仮の住まいじゃ。出ていく日までのな」
老人の言葉に少年は驚いて言った。
「ここの主人はさぞ偉い方に違いない。俺に何をさせる気か知らぬが、俺は行く宛もない孤児。何でもしてやろう。ただ、このような部屋を用意してもらってなんだが、俺は飯が欲しい」
老人は少年を穏やかな目で見ると、手をあげて指を鳴らした。音を聞きつけた、何か、が足音を響かせてやってくる。少年は辺りを見回すが、どこにも足音の本体はない。どんどん近づいてくる足音を居心地悪そうに聞いている少年と違って、老人は落ち着いている。むしろ、少年の動揺を試そうかというほどにじっと少年の顔を見ている。
「飯がやってくる!!」
思わず声をあげた。少年の目は確かに、皿の上にのせられた見たこともない料理の数々をとらえた。だが、皿は空中に浮いていて、それでいて、誰かが持っているようにふらりふらりと揺れていた。やがて、階段の下からやってきた皿はあっけにとられる少年の目の前を通り過ぎて、膜を通過して部屋のテーブルに置かれはじめた。そして、仕事を果たした足音は少年の前を通り、遠ざかっていく。
「さあ。部屋に入り、ぞんぶんに食べるがいい」
老人は何の説明もせずに食卓を指さした。言われた少年の好奇心や恐れは食欲に変わった。膜を恐る恐る通り抜けると、部屋には香ばしい匂いが充満していた。少年は手で食べ物をつかむと、口に放りこんだ。
うまい。こんなうまい食べ物が世の中にあろうとは。よく、母に聞かされた地獄というところとはまるで似つかぬ。とすると、ここは天国なのだろうか。しかし、盗みもした俺が果たして天国にいけるものだろうか。まったく不思議だ。先ほど老人は出ていく日と言った。つまり、いずれここも俺を追い出すつもりなのだ。それでもいい。ここは俺にとっての天国だ。束の間の天国を精一杯味わってやろう。
腹がいっぱいになると、少年は部屋にあった柔らかなベッドに寝転がると、眠りについた。