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波浪の城  作者: 柱語シン
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孤児の少年

 ある日のことだった。一人の少年が絶望の淵にいた。少年は孤児こじだった。5歳の時、親に捨てられた。それから、今まで一人きりで生きてきた。放浪ほうろうの果てに、この街にたどり着いたのだ。最初、家を持たない子供と皆、同情した。が、少年が自分たちが与えるよりも、さらに物を求めることを知ると態度が変わった。少年は自らの身の程もわきまえず欲しがる貪欲な子供である、と住人は考えた。子供としては当たり前のことかもしれなかったが、誰も知らない人間に与える余分な飯などない。この日、少年は腹が空き過ぎて、とうとう盗みに入った。家の人間がちょうど帰ってきた時、少年はその家の米を頬に入れている最中だった。家人はすぐに少年をしばりあげると、棒で傷が残るほど叩いた。少年が泥棒に入ったという話しは、すぐに街に伝わった。怪我をして一軒一軒の家を訪ね歩く少年に皆が冷たくなった。住人の中で少年は盗人であった。街の法を破った者は皆、こうなる宿命だった。街を出ていくか、野垂れ死にか、少年にはこの二つしかなかった。

 隣街まではおよそ20km。とても、今から、歩ききれるものではない。少年は街を出ていくという考えを早々に諦めた。街には海岸があった。魚がいるかもしれない。空腹で魚を腹いっぱい食うことを夢想した少年は浅瀬に入り、目を凝らす。本当にちっぽけな魚がいるのみだった。そして、魚は素早かった。少年は手を小魚にそっと近づける。今だ!と思い、水の抵抗を感じながらも、全力で手を動かす。しかし、魚はするりと逃げてしまう。魚との鬼ごっこは少年の体を冷やし、疲れさせた。足は青ざめて、血液の通りも悪くなっていた。少年はやがて、日が落ちると砂浜に戻って、体を大の字に横たえた。

「いよいよ、俺も死ぬのか」

 疲れきった体に夜風をしのぐ小屋はもうない。この街に来て一週間だった。寝床を世話してくれていた婆さんは怒って小屋を追い出した。少年は5歳の頃の出来事を思い出す。体を地面につけながら、浮かんでくるのは昔のことばかり。何故親に嫌われたのかは謎だった。もしかしたら本当の子供ではなかったのかもしれない。泣いて家に入れてくれるように頼んだが駄目だった。まるで鉄の扉のように閉ざされた門は決して開かなかった。雪がひどくなり、少年はこのままでは家の門の前で死んでしまうと感じた。そこで、少年は家を離れた。その日、寺に泊まった。寺の和尚おしょうは情を持って迎えてくれた。お茶を出してくれたし布団も貸してくれた。少年はまさか、この時、自分が親に捨てられるなどとは微塵みじんも思わなかった。和尚は雪が止んだら訪ねていって取りなしてあげようと笑った。少年の心にも希望が宿り、家の戸はいつしか普通の木に変わっていた。だが、少年の家から帰ってきた和尚はまるで別人だった。すぐにこの村から出て行け、と言われた。お金の価値などわからぬ子供にわずかばかりのお金を渡すと、わずかのためらいもなく、村の境まで連れていかれた。悲しみに沈む少年の心は凍てつく凍土のように固まっていた。固めないと今にも泣き出してしまいそうだった。挫けてしまいそうだった。村が恋しかった。父が恋しかった。母が恋しかった。だが、決して戻れないことは知っていた。もう、戻る家はないのだ。ひたすら、ふらふらと歩く足跡が少年の人生の行く末を示していた。

 ふと、物音がして我に帰る。何だろうと思って、頭を起こして、海の方を見た。すると、音は段々と大きくなり轟音ごうおんがして、巨大な波がやってくるのが見えた。高さは大人の背丈程もある。少年は逃げようと、高台に駆け上がろうとする。が、遅かった。後一歩で高台というところで、少年は水の勢いにのみこまれた。

 くそう。俺の人生もこれまでか。

 波は少年を運び去っていった。

 


 目を覚ます。少年は生きている。ここは天国か地獄かはたまた波そのものが夢だったのか。少年は考えたが、辺りの景色はそのどれとも違っていた。

 サンゴ礁がきらめき、周りを幾種類もの様々な魚が泳ぎまわっている。そして、何よりも注意を引いたのは、巨大なサンゴでできた建造物。城のようなものが、少年の目の前に存在していた。

「ようこそ。波浪はろうの城へ。人の子よ」

 声がした方を振り返ってみると、城の入り口に一人の老人が立っていた。顔には真珠の飾りや鮮やかなサンゴでできた装飾品がつけられている。胴には春色の巻物で作ったらしい、立派な服。下半身には波の紋様がついた青い布のズボン。少年は今までにこんな姿をした人間に出会ったことはなかったので、驚いて、ここはどこか?と尋ねた。

「波浪の城と言ったはずだ。そうじゃな、地上の人間が区別するところによると海底ということじゃよ。それより、お腹は空いておらぬか?食べ物は中にたくさん用意してある。来なさい」

 食べ物と聞いて、少年のお腹は鳴った。顔を赤らめるが、老人は何も言わずに赤と黄色のサンゴで囲まれた入り口を城の中へと入っていった。

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