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夏雪  作者: ゴリヴォーグ
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夏の少女

 書けない――ネタが思い浮かばない。俺は今、所謂スランプ状態にに陥っていた。物書きという湧き出るアイデアを書き連ねる職業に付き物だが、俺も例に漏れず、不振の時を迎えてしまった。これまでアイデアに困ったことは何回もあったが、ここまで深刻なスランプは初めてだった。なんというか思いついた話はすべてどこかで聞いたことがあるような、見たことのあるような既視感に囚われてしまうのだ。

 そもそも小説、それもライトノベルというジャンルは、ある程度王道とも呼べる展開が繰り広げられるが、どうしても似たような話になってしまう。一度本屋に立ち寄って見てもらったら分かると思う。似たようなキャラクターの主人公を中心にハーレム万歳なラブコメを繰り広げているだろう。全くあれのどこが面白いというのか。

 こう言いながらもライトノベルで飯を食わせてもらってる身だ。もともとそんなものを書くために作家を志したのではない。芥川賞や直木賞に応募するような純文学作家になりたかった。だから友人に進められて何の気なしに応募した作品が、出版社で行われたコンテストで佳作として入賞し、ライトノベル作家として活動することになった時は、かなり落ち込んだ。別にライトノベル自身を否定するつもりはなかったが、望まぬ成功をしてしまい、出版社には望まぬ展開を強いられた。そんな書きたくもないものが、アニメ化やらメディアミックス展開で成功してしまったから余計たちが悪い。

「どうしてこうなった……」

 作家として食っていけるのは、ホンの一握りだ。幸運なことに、俺の場合、作品が成功したため、ある程度は収入で生きていける。特にアニメ化関わった皆様には足を向けて眠れないのだ。


「こんなつもりじゃ無かったんだけどな……」


 さて話を戻そう。空前絶後のスランプに陥った俺は、取材という理由にかこつけて、故郷に帰っていた。東京は俺には少しばかり居心地が悪かったのだ。

 人気の少ない古びた神社の境内にあるベンチに寝転がりながら、俺はこれまでのことを考えていた。

昔は何かあると、ここに来ていたものだ。

「しかしここに来るのも何年ぶりかね……。何一つ変わってないや」

 自分を育ててくれた景色がそのままだということに安心する。忙しなく時間が流れた都会と違って、田舎は緩やかに悠久とも思える時間が流れる。子供達は虫取り網を持って林に入っていき、若者よりも元気なお年寄りが畑を耕している。

「何やってんだろ、俺」

 連日徹夜続きだった俺は眩いばかりの夏の日差しの中、睡魔に負けて眠りこけるのだった。



――


「――」


「ん、……寝てたのか?」


 日も沈みつつある中、夢から覚めた俺を迎えてくれたのは、聞いたことのない声の持ち主だった。


「……?」 目を開けると、小さな子供が俺を眺めていた。小学生だろうか。子供向けアニメのキャラクターのポーチをつけて、麦藁帽子をかぶっている。

「なんだ? 俺の顔になんかついてんのか?」

 ジーと見つめられて訝しげに聞く。

「……?」

「なんだよ、じろじろ見やがって。お兄ちゃんは君と遊んでる暇なんか無いんだよ」「おじさんはいそがしいのですか?」

「ああ忙しいとも。後俺はまだピチピチの24歳だ。おじさんなんて歳じゃない。ちゃんとお兄ちゃんと呼べ」

 誤解がないように言わせてもらうが、俺は断じてロリコンではない。むしろ好みのタイプは年上だ。

「お兄ちゃんねてました?」「寝ることに忙しかったんだ。つうわけで俺はもう一眠りする。あ~忙しい忙しい。話す相手が欲しかったら壁にでも話しているんだな」

「お兄ちゃんあそんでくれないのですか?」

 宝石のように濁り一つないつぶらな瞳で話しかけてくる。相手が俺だから良かったものの、特殊な性癖を持つ人が相手だったら間違いなくコイツは不幸になっていた。それでも、その眼の破壊力は凄まじく、

「うっ、そんな期待するような目で俺を見るな!」

「?」

 この俺が理性を全力で抑えなければならないほど、幼女の持つ力は凄いのだ。最近テレビで引っ張りだこの子役がなんでみんなに愛されるか分かった気がする。

「あそんでくれませんか?」

 厳しい家に育ったのか、ヘンテコな敬語を使う。年上を敬ってくれるのか。なかなか見所のある子供だ。

「わーたよ、遊んでやる。だけど今日は遅い。明日の昼もここにいてやるから、気が向いたら来いよ」

「ありがとう! あっ……」

 満面の笑顔で感謝の言葉を言ったと思うと、急に何かを思い出したかのような反応をする。

「おじいちゃんが言ってました。知らない人について行っちゃダメだって」

 子供はしょんぼりとする。それすらも今の俺は可愛いと思ってしまう。

山寺和真やまでらかずまだ。これで俺は知らない人じゃなくなったぜ」

 気を利かして名前を教えてやる。どうも俺は随分お人好しみたいだ。

「ホントだぁ。私はなかはらせっか5さいです」

 なかはらせっかねえ。なんつうか夏に合わない名前だな。どんな漢字を書くんだろうか。彼女に一つ興味がわいた。


「ゆびきりしてください」

 せっかちゃんは小指をこちらに向ける。

「あ~、指切りしなくても逃げはしないんだけどなぁ。ま、いっか」


「「指切りゲンマン嘘ついたら針千本のーます、」」


「「指切った!!」」


「お兄ちゃんバイバイ!」

 せっかちゃんは俺に手を振りながら帰る。

「ああ。また明日」

 さよならは別れの言葉じゃなくてまた会うための約束って誰かが歌っていたけど、まあその通りなんだろう。俺はせっかちゃんが見えなくなるまで、彼女の背中をずっと見ていた。


「なかはら?」

 今更になって気付いたが、俺はなかはらと言う名字を知っている。


「まさか頑固爺さんの孫か?」

 頑固爺さんと言うのは、この町では知らない人間がいない有名人だ。本名は中原なんとかというが、頑固爺さんのあだ名の通り、偏屈な性格で人の話を聞かないため周りの人たちは頑固爺さんと呼んでいる。しかし頑固爺さんに孫がいたとはねえ。大学に行ってから特に関わることが無かったから、知らなくても問題はないんだけどな。


――



「なあお袋、頑固爺さんに孫っていたのか?」

 実家に帰り、ほぼ一年振りの家族での団らんを囲む。色々つもる話も有ったり無かったりするのだが、とりあえず今日気になったことを聞いてみる。

「頑固爺さん? 知らないわよ。子供が何人かいることは知ってるけど見たことないし。いるんじゃないの?」

 実に投げやりな答えだ。あまり関心がなかったのだろう。


「どうした。急に中原さんの話題を出して」

 一家の主たる親父が会話に混じる。小説家になると言った時はかなり反対され、縁を切られる一歩手前まで行ったが、時間が解決してくれるものもあるらしく、帰って来たときには、晩酌に付き合わされるまでには関係が修復した。作品がアニメ化した時には、

「まあお前が成功することは分かっていたからな」

 と、かなり調子の良いことを言った。まあそれなりに仲がいい親子だと思う。

「いやさ、中原せっかって子にあってさ。年の割に妙に言葉遣いが正しかったから頑固爺さんの孫なんじゃないかと思っただけだよ」

「兄貴ロリコンなわけ? やめてよね、身内から犯罪者出るとか洒落なんないから」 妹は俺を害虫を見るような目で見る。

「ちげーよ。そういう残念な性癖は持ってない」

「どーだか。取材とか言って色々やってんじゃないの? キモッ」

「何もしてねえよ。偏見にまみれた目で小説家見てんじゃねえよ」

「あんたの小説ライトなやつじゃん」

 不毛な言い争いを続ける。久し振りに会ったらこれだ。妹の小春は食器をまとめて、

「御馳走様。兄貴、後でモンハンするよ」

 と言って自分の部屋に戻る。


「あんた達何だかんだ言いながら仲良いじゃない」

 一連の流れを眺めていたお袋はニヤニヤしながら言う。

「違うな。向こうが兄離れできてないだけだよ」

 文句を言い合える仲と言うと、うちらは仲のいい兄妹なんだろう。実家に帰ると徹夜でゲームもするし、たまに小春が俺の家に遊びに来ることもある。小春の友人達からは年の離れた恋人と思われているらしい。確かに身内びいきを引いても、小春は可愛い部類にはいる。お袋に聞くと、高校でも人気らしく、告白を受けた回数も二桁は有るらしい。それでも全部断り、デートでもすれば良い時間をネトゲに費やしたりスカイプで俺の所に突撃したりと無駄に過ごしているとしか思えない。

「俺としては、あいつが心配だ」

「そうかしら? そのうち兄離れしたら間違いなくアンタは取り乱すよ」

「かもね。御馳走様」

 お袋の話を適当に流しながら、妹様が待つ部屋に向かうことにする。



――



「はぁ……、はぁ……」

 作家という時間が不規則な生活を過ごしていたことを恨む。妹に付き合って朝までネトゲしていた自分を恨む。


「はぁ……はぁ……」

 暇があっても、身体を動かさなかったため体力が衰えた自分を恨む。起きたら昼前だったという動かなかった目覚まし時計をうらむ。


「ち、遅刻だぁ!」


 子供相手に何真剣になってるかと思うかもしれないが、せっかちゃんと約束を交わした以上、それを守るのが男の仕事だ。だから俺は走る。一人で境内で寂しそうな彼女が容易に想像出来てしまう。だから俺は走る。



――



「あっ、お兄ちゃんこんにちは」

 遅刻ギリギリで神社についた俺を、せっかちゃんは昨日と同じ笑顔で迎えてくれた。

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