怪音、落ち下るものは
あぁ音がなる、声がする
まやかしの光を願い
流れつくはいずこか―――
おかしな音。
そうとしか言いようがない。
どんな風に表せばよいのか、どうにも形容しがたいものだった。
擬音なんていくつでも思いつくはずだが、ごおごおだのカンカンだのそんな単純な音ではない。
そう、まさに怪音。
――――――――
夜の帳はとっくに落ちていた。
少年はポケットの中に突っ込んだ手と肘の中間にコンビニ袋をぶらさげて歩いていた。
月は遥か頭上で、残りの水が注がれるのを待っているような格好で光を放っている。
「お、流れ星」
勿体ぶったように煌めく一筋の光は、それきり降ることはなかった。
…………
「え?」遠くで誰かに呼ばれた気がした。
振り返ってみたが、人ひとりどころか声もない。
そう思った――
どォん、ドォン
花火か何かか、と考えたが今は夜となれば肌寒い秋。
この季節に花火を打ち上げる粋な人間でもいるのか。
ド、ン、ドン、ドン
だんだん近づいてくる。なんだ。隕石か?UFOか?
それにしてもなぜ誰も家から顔を出してきもしないんだ。
聞こえているはずなのに。
ド、ド、ドドド――――――
根拠はないが、まずい。このままでは。早く、
どさっ
爆発音が鳴り止むと共に転がったのは想像してたよりもずっと小規模な落下物だった。
「なんだ?…ふとん?」3mやそこらの距離で見る限りは白っぽい物体。
そういえば布団叩きって意外と爆発音並みのデカい音するんだよな、とかわけのわからない言い訳で矛盾した自分を納得させようとしていた。
この辺りにめぼしいマンションやアパートがないのは分かりきったことだった。
ここにふとんを落とせるような高所はない。
「う…」
白い塊が小さく呻いた。
「わっ」
……まさか、人?
自分はといえば落下物に警戒するあまり見えない力で金縛りにあったかのようにその場から一歩も動けないでいた。
「あの、大丈夫ですか?」
数歩踏み出して白い塊に投げかける。
返事がない。
「おいちょっと…、」ジャンパーのポケットにつっこんでいた両手をようやく出し、地面に転がったままの肩を掴んでゆすってみる。
外見はボロボロだが血などは確認できない。
どうやら本当に人らしい。
姿かたちだけは。
白い肌に白い髪、白い装束。
着ているのは昔の日本のものらしいが、どうみても異人、そうでなければ宇宙人だ。
これで瞳まで白かったら、自分も真っ白星の真っ白人間にされるかもしれないくらいの勢いだった。
しかし静かに開いた瞼の向こうは透き通った薄い黄色、いや金色と言ってもいい。
半分開いた瞳はまるで弓月みたいだった。
「あ、よかった、目が」
覚めて、そう言うつもりだった。
ッシュ
「貴様等にくれてやるものは何もない」
「………は?」
首筋に冷たい感触を覚えて頭が真っ白になった。
スローモーションで目を動かす。
雲が月に覆いかぶってのろのろと通り過ぎようとしている。
相手の手に視線を向けると鈍く光る刃物が握られていた。
小さい刀…?
「違う違う!っていうかなんのことだ!」
なにが違うのか自分でもよくわからなかったが、必死に弁明した。
とりあえずまだ刺されていてない。助かる道はある。
雲に隠れていた月が姿を現すと、辺り一帯は再び薄明りを取り戻した。
するとこちらの顔を睨みつづけていた相手が目を丸くする。
「黒じゃ、ない……?」
恐らく、瞳のことだろう。
「よくわかんねえけど、俺はあんたが思ってる奴らじゃない」
「なら…ここは、」
言いかけた途端、自らの頭の後ろを捉えようとするように視線を巡らせた。
と思うと即座に立ち上がる。
動作は早いが、体は重そうに見えた。
「おい、…」
そう呼びかけたときにはすでに飛び乗った塀の上。
白ずくめの異人は振り返ったが自分でもなぜ声をかけたのかわからない。
何も言うことなどないのに。
「お前は、人間なのか?」
こちらを見下ろす目にはなんの感情も宿っていないように見える。
短い沈黙だった。
「…そういう貴様は人間か。」
言い終わるか終らないかのうちに相手は身を翻して去って行った。
もちろん建物の屋根づたいに。
「白い猿かあいつは…。」
すぐに見えなくなったそのシルエットを、壁の向こうまでしばらく思考で追っていた。
あの時からコンビニの袋はずっと片手に持ったままだ。
「俺は、」
まごうことなき人間だ。
すぐにそう返せなかったのが心残りだった。
―――もういい、今日はあの白鴉を追うのはやめましょう。
――はっ、しかし烏羽様それでは…
黒い影がふたつ。
木の上で目を光らせている様はまるで闇に沈んだ黒い梟だった。
―――あんな一族郎党死にぞこないの小僧なんて放っておきなさい。次に刃向ってきたときには私が始末してやるわ。それにしても…面白いものが見れたわね…
静かな微笑が木々にこだまする頃には、周囲には人の影など一切無くなっていた。