神に望まれぬ捧げ物
スマホでなんとなくSNSのタイムライン画面をスクロールしていた私は、指をピタリと止めた。
画面の向こうで、私が学生時代から崇拝している最推し作家・教燃レーヌ(推しも推されぬ)先生が、TLに爆弾を投下していたのだ。
@oshimosare_nu
最近、戦記ものにハマってます。破滅に向かい突き進みつつも運命に抗おうとする主人公達の魂の輝きがたまりません。
関文庫はその宝庫なんですけど、宝庫ゆえに数が多過ぎて読み切れない……!(※幸せな悩みです)
お勧めありましたら教えて下さい!
「ハイハイハイハイ!!! 私!!! それ書いてまーーーーす!!!!!」
……と、リプライしなかった自分を褒めてやりたい。
「か……書いてる……」
実際は、まるで自分が作ったロボットに始末されるエヌ氏だかエル氏のように、私は感嘆とも、絶望の幕開けとも知れぬ独り言を呟いていた。
ある。まさに今、私が一次創作で、血反吐を吐きそうになりながらシコシコと書きまくっている話がそれだ。
主人公たちが破滅に向かって全力疾走している真っ最中である。
「言いたい……『ここにありまぁす!』ってリプしたい……!」
スマホの画面を見つめる私の親指が、頭をマイクロロボにハックされたかのように痙攣する。
これは、推しに自分の存在をアピールする最大のチャンス。
もしも、万が一にでも教燃先生が私の小説を読んでくれたら?
「面白かったです」なーんて一言でも貰えたら、私はその場で光の粒子となって消滅してもいい。
まあ教燃先生の話の続き読みたいから即座に蘇るけど。
ーーーでも。
狂熱に、冷徹な現実が脳内で冷や水をぶっかけてくる。
「……いや、そう、分かってる。分かってるんだよ」
そう、分かってる。深く転がる私は負け犬。
今ちょうどバックグラウンドで流している大好きな作曲家さんの声が自虐思考を優しく肯定してくれる。
教燃先生が求めているのは、洗練されたプロの商業作品か、あるいはツブヤイッターで万単位のいいねを叩き出すような、考察の余地がたっぷり詰まった神作家たちの傑作だ。
間違っても、私がテンションで書き殴った、語彙力底辺辻褄崩壊気味のクソ性癖を詰め込んだだけのクソ雑魚創作なんかではない。
想像してみる。
もし私が「私それ書いてます!」とクソデカリプライ遠吠えを送ったらどうなるか。
教燃先生はとにかく優しい人だ。
きっと、突然湧いて出た野生の創作者・私に対しても、大人の対応をしてくださるだろう。
以前から幾度となく教燃先生にウザ絡みにも近い感想リプだって送ってるから、優しさは向けてくださるだろう。
わざわざリンクを踏んで、私の拙い小説を一瞥し、「わあ、素敵ですね!性癖が詰め込まれていて、このシチュエーション好きなんだなって伝わってきます!これからも執筆頑張ってください(*´ω`*)」……なんて、最大級の配慮と義務感に満ちた、絵文字付きの140文字を返してくださるに違いない。
ーーーいや、地獄か?
教燃先生の優しさゆえに、絶対に気まずい空気がTLに流れる。
そして教燃先生の脳内メモリに、「なんかジャンル被りで突撃してきた、めんどくせー奴」として私のIDが永久保存されるのだ。
教燃先生の一挙手一投足を見守るファン達だってそんな私のアホな言動とウザ絡みされた憐れで大人な優しい教燃先生の返答を脳裏に刻むことだろう。
憧れの人及びそのファンの人達にそんな事故物件みたいな認知のされ方をするくらいなら、インターネットの海の藻屑として一生スルーされていた方がマシである。
「ふぅ……危ねぇ、踏みとどまった……」
大きく深呼吸をし、荒ぶる親指を大人しくさせた。
神の視界に入りたい。
けれど、不純物として視界を汚すわけにはいかない。
これがファンとしての最低限の美学であり、クソ雑魚創作者の悲しいプライドだ。
浅ましい。神にそんな手を煩わせるわけにはいかない。
SNSを閉じ、おもむろに創作サイトの投稿画面を開く。
「よし。教燃先生がいつか、万が一、億が一にでも検索避けの網に引っかかって私の作品に辿り着いてくださったとき、少しでもマシなものを読んでもらえるように……今はただ、爪を研ぐ!!」
そう一人ごちながら、画面に向かってフリックを始める。
推しの「いま、これにハマってます」という言葉は、たとえ推しに読まれなくても、背中を押してくれるような気がする。
結局、リプを送る勇気はないけれど。
今日も、私は私のクソ雑魚創作をインターネットの片隅に放流し続けるのだった。




