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共鳴分散式の魔法設計士  作者: deanagron


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6/6

見えている設備だけで組め

規格不一致の話が出た翌日、補講はいつもの小型ドームではなく、北棟と実習棟をつなぐ長い連絡通路で行われた。


床には青い避難誘導線。

壁には退避灯。

天井には簡易境界用の補助レール。


つまり、昨日までの「何もない場所で術式を組む」訓練ではない。

最初から設備がある場所で、どう設計するかを見る訓練だ。


「今日は実地でやる」


立花匡介は連絡通路の入口で言った。


「昨日の講習で、お前らは“正しい手順”の話を聞いた。

今日は逆だ。

見えている設備の中で、どこまで柔軟に組めるかを見る」


湊と神崎のほかに、鷺ノ宮理緒、そしてなぜか天城澄人まで呼ばれていた。


「なんで天城までいるんですか」


湊が聞くと、立花は即答する。


「境界保安科の視点が要るからだ」


天城は特に不満もなさそうに立っている。

昨日の議論を引きずる様子もない。

そこが逆に少し厄介だった。


黒瀬が壁の退避灯を指した。


「ここは古い公共安全格子と、新しい校内教材系ライブラリが混在してる。

昨日の実習ドームと同じで、規格が完全には揃ってない」


神崎がすぐ聞く。


「つまり、昨日みたいなことがまた起きるかもしれないってことですか」


「起きる可能性がある場所を、どう安全に使うか覚えるための訓練だ」


立花は課題を説明した。


「連絡通路の中央に仮想崩落区画を設定する。

人形を一体、向こう端まで運べ。

使っていいのは、自分の術式と、この通路に最初からある設備だけ。

勝手に新しい接続点を増やすな。

勝手に見えない場所へ潜るな。

つまり、見えている設備だけで組め」


これは昨日までと違う。


昨日までの補講では、神崎が何を持ち、湊が何を持つかが問題だった。

今日はそこに、「既にそこにある設備をどう組み込むか」が加わる。


立花は班を二つに分けた。


湊と神崎。

理緒と天城。


理緒が少し眉を上げる。


「私、走らせる側じゃないけど」


「今日は鑑識役も兼ねろ。

使った設備と順番を全部覚えとけ」


理緒は「それなら分かる」と小さく頷いた。


最初にやるのは湊たちだった。


通路の真ん中には、実習用の赤い投影で「崩落危険」の範囲が示されている。

その向こうに黄色いダミー人形。


神崎が壁の退避灯を見て、小さく言う。


「この灯り、昨日のやつと似てる」


「同じ世代の公共安全格子だと思う」


湊は床の誘導線を見ながら答えた。


「ただし、昨日みたいに勝手に外へ逃がすのは駄目だ。今日は見えてる設備だけ使えって言われてる」


神崎は腕を組む。


「じゃあ、どうする」


そこで湊は、昨日までの自分ならしなかったことをした。

すぐに式盤へ向かわず、神崎に先に見せる。


「これ、通路の設備配置」


式盤に簡単な図を出す。

床の誘導線。

左右の退避灯。

天井レール。

この三つが、最初から通路に埋め込まれている補助層だ。


「中核はどこに置くの」


神崎が聞く。


「今回は人形の頭上じゃない。ここ」


湊は通路の中央より少し手前を指した。


「ここを中核にして、床線で荷重を受ける。

右側の退避灯で熱を切る。

左側の灯りは非常時の予備。

片方が死んでも、もう片方だけで最低限持つようにする」


神崎は図を見たまま言う。


「昨日の“中核だけ見てくれればいい”とは違う説明だね」


少しだけ刺のある言い方だったが、前よりは建設的だ。


「今日は止める条件も見せる」


湊はそう言って、式盤の停止条件欄を開く。


「ここ。

一、灯り二系統が両方落ちたら停止。

二、床線の荷重が規定以上なら停止。

三、人形が安全圏へ出たら停止。

この三つ」


神崎はそれを黙って見たあと、頷く。


「分かった。

それなら、何を持ってるか分かる」


その一言で、立花がわずかに目を細めた。

聞いていたのだろう。


「開始」


湊が骨格を組み、神崎が流す。


床の青い線が強く光る。

中央の一点に薄い支点が立ち、右側の退避灯が熱を切る。

通路は細いが明瞭だ。


神崎が人形を抱えて走る。

半分まで来たところで、右側の退避灯が一瞬だけ明滅した。


規格不一致。


昨日、理緒が言っていた単語が、湊の頭に走る。

古い公共格子と新しい教材ライブラリの噛み合わせが悪い。

そのせいで、灯りの応答が一拍遅れた。


「右が死ぬ!」


神崎の声が飛ぶ。


湊は反射で新しい枝を足しかけた。

だが今日は、勝手に見えない設備へ潜ってはいけない。


立花も見ている。

天城も見ている。

ここでまた昨日と同じ「その場の最適解」に飛びつけば、前へ進まない。


湊は声で先に言った。


「左の予備に切り替える!

神崎、三歩だけ速度落として!」


神崎は迷わなかった。


右の灯りが落ちる寸前、湊は最初から図に入れていた左の退避灯へ補助を切り替える。

見えている設備の中だけで、予備系へ渡す。


通路の右側の熱が少し漏れる。

それでも中核は落ちない。

神崎は速度を抑えて人形を運び切り、安全圏へ出た瞬間、湊は停止条件三つ目を使って術式を畳んだ。


通路に静けさが戻る。


「成功」


立花が言う。


「時間内。負傷判定なし。

使った設備も規定内」


湊はそこで初めて、息を吐いた。


神崎が人形を置き、こちらを見る。


「今の、勝手に新しい逃がし先を作らなかったね」


「作れたけど、今日は駄目だから」


「……それでも持った」


「最初に予備を入れてたから」


神崎はそこで少しだけ笑った。

昨日までの反発ではなく、ちゃんと分かった時の顔だった。


「最初から見せてもらえると、私も持ち方を選べるんだね」


その言い方に、湊は少しだけ言葉を失う。

たったそれだけのことを、自分は昨日までしていなかった。


次は天城と理緒の番だった。


天城は、湊たちよりさらに手順どおりに組んだ。

見えている設備しか使わず、切り替えも口で明示する。

理緒は走らないが、どの灯りを使い、どこで切ったかを全部口に出して確認する。


「床線、起動確認」

「右灯、補助接続確認」

「停止条件一、二、三、確認」


湊はそれを見て気づく。

天城の強さは、個人の完成度だけではない。

誰が見ても同じ形で再現できることも含めて強いのだ。


実習が終わったあと、立花は全員を集めた。


「今日の課題は二つあった。

一つ、見えている設備の中だけで柔軟に組めるか。

もう一つ、相手に何を持たせてるかを言葉で共有できるか」


そこで神崎と湊を見る。


「昨日よりは、少し進んだ」


神崎が小さく言う。


「少しだけですけどね」


「最初はそのくらいでいい」


立花はあっさり返す。


その時、理緒が端末を見たまま手を挙げた。


「先生」


「何だ」


「今の右灯の明滅、保守ログ上の応答遅延と一致してます。

それと、同じ規格不一致の警告が校内の別区画でも出てる」


ホールの空気が少し変わる。


立花が表情を消した。


「どこだ」


理緒は端末を数回操作して、画面を見せる。


「北棟避難回廊。

それと、学校の外ですが――」


一拍置いてから続けた。


「東央駅の地下連絡通路にも、同じ世代の格子と同じ更新遅延があります」


神崎が聞き返す。


「駅?」


理緒は頷く。


「公共設備の公開保守情報に出てる。

学校と同じ業者の組み合わせ。

同じ規格不一致が起きる条件が揃ってる」


湊の背中に冷たいものが走る。


学校の実習設備だけなら、まだ学校の問題で済む。

だが駅は違う。

毎日、大勢の人間が通る。


天城がその画面を見て、初めて明確に顔色を変えた。


「その情報、確かか」


「公開保守ログだから、少なくとも偽装ではない」


理緒は言う。


「ただ、どこまで危険かまでは分からない。

現場の応答ログがないから」


立花がすぐに動いた。


「この話はここで止めるな。

理緒、その画面を俺と黒瀬先生に転送。

天城、お前は境界保安科の教員へ報告。

白瀬と神崎は――」


そこで一瞬だけ言葉を切る。


「次の補講まで、今日使った設備図を整理して持ってこい。

学校の外の話に首を突っ込むには、まず足元を自分で説明できるようになれ」


その指示は、冷たく見えて実は筋が通っていた。

今の湊たちは、まだ何かを“知ってしまっただけ”の学生だ。

動く前に、自分たちの足場を言葉にしなければならない。


神崎が小さく舌打ちしかけ、でも飲み込む。


「……分かりました」


天城はもう教員室の方へ向かっている。

理緒は理緒で、端末を抱えたまま転送準備を始めていた。


湊だけが、一瞬その場に立ち尽くした。


学校の中の事故だと思っていた。

自分がやったのは、一つの魔法を止めるための応急処置だと思っていた。


でも今、話は駅へ伸びた。

大勢が使う場所。

もし同じ綻びがそこで起きたら、昨日の比では済まない。


そしてその綻びは、神崎灯の削り方だけでも、学校の設備だけでもない。

魔法を社会へ流す仕組みそのものの問題だった。


神崎が隣で言う。


「白瀬」


「何」


「今度は、間に合わない前に見つけたい」


その言い方は、昨日までの彼女とは少し違った。

無茶を通したいのではない。

間に合う形で助けたいのだ。


湊は少しだけ間を置いて、答えた。


「……そのために設計するんだろ」


神崎は短く頷いた。


それが、二人が初めて同じ方向を見た瞬間だった。

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