共同執行のやり方
翌日の補講は、第一実習棟の奥にある小型ドームで行われた。
入学初日に使った広いドームより小さい。
そのぶん、何がうまくいっていないのかが隠しにくい。
床には区画線。
天井から吊られたコンクリ塊。
片側に熱源。
中央に黄色いダミー人形。
「今日は共同執行を覚えてもらう」
立花匡介が最初にそう言った。
神崎と湊は、並んで立つ。
立花はホワイトボードに簡単な図を描いた。
左に「設計」、右に「執行」。
「この世界の魔法は、一人で全部やることもできる。だが現場では、設計する側と走らせる側を分ける方が安全なことが多い。
設計側は、何を守るか、どこで止めるか、何を切るかを決める。
執行側は、その術式を現場で動かし、必要な微調整を入れる」
黒瀬が補足した。
「簡単に言えば、設計側は骨格を作る。執行側はそこへ力を流す。
この受け渡しが下手だと、どちらかが全部を抱え込んで壊れる」
立花は課題を示す。
「課題は一つ。
あの区画で、吊り荷と熱源のあいだに通路を作り、中央のダミーを九十秒以内に安全圏へ運ぶ。
採点は三つ。
一、時間内に通路を作れるか。
二、ダミーに負傷判定を出さないか。
三、最後に術式を安全に止められるか」
ここまで説明されれば、やるべきことは明確だ。
「最初は白瀬が設計、神崎が執行」
湊は式盤を起動した。
吊り荷対策。
熱遮断。
移送路。
停止条件。
湊はいつもの癖で、全部を守ろうとする。
通路全体に薄い保護層を置き、吊り荷を床へ逃がし、熱を片側で切り、停止条件も多めに入れた。
神崎が横から覗き込む。
「長い」
「必要だから」
「これ、現場で全部回してる間に一人死ぬ」
「死なないように書いてる」
「そういう話じゃ――」
「始めろ」
立花に切られ、神崎は式盤を受け取った。
彼女の実行は速い。
それは本当に速い。
だが、湊の式は安全なぶん、起動に時間を食いすぎた。
通路はきれいにできた。
熱もかなり防いだ。
しかし、人形を運ぶ前に九十秒の半分以上を使ってしまう。
「時間切れ」
立花の声と同時に、熱源側の負傷判定が人形の腕に点る。
湊は黙った。
安全だったことと、間に合ったことは同じではない。
「今度は私のやり方でやる」
神崎が言う。
彼女は停止条件を二つ削り、移送路も必要最小限にした。
見た目にも軽い。
だが吊り荷が揺れた瞬間、荷重分散と熱遮断のバランスが崩れた。
通路の端が欠け、人形の足に負傷判定が出る。
神崎はすぐに切った。
それでも失敗だ。
「速い。だが雑だ」
立花が言う。
次は逆にした。
神崎が設計、湊が執行。
神崎の式は分かりやすかった。
どこを最優先にしているかが、見ただけで分かる。
無駄も少ない。
だが、湊が実際に走らせるとすぐに分かった。
自分の出力では、その軽さを支えきれない。
中核になる部分が薄い。
壁が沈まない。
ラインが浮く。
式が悪いんじゃない。
自分が、走らせる側に向いていないだけだ。
「中断」
立花の声で術式が切られる。
短い執行なのに、湊の背中は汗でじっとりしていた。
神崎は何も言わなかった。
たぶん初めて、湊が本当に“できない側”なのだと理解したのだろう。
「どうだ、白瀬」
「速い式でも、走らせる側に余裕がなきゃ意味がない」
「神崎」
「細かく書かれてなくても、優先順位が見える式なら動ける。でも白瀬がそれを支えるのは無理」
立花が頷く。
「ようやく会話になってきたな」
黒瀬がホワイトボードに円を一つ描き、その外に枝をいくつか足した。
「中核と周辺だ」
神崎と湊がボードを見る。
「中核は、その術式で絶対に落とせない中心部分。
周辺は、それを成立させる条件や補助だ。
問題は、お前ら二人とも、中核も周辺も一人で持たせようとすることだ」
黒瀬は円を指で叩く。
「設計ってのは、強い奴の手足を増やすことじゃない。
強い奴が一人で潰れないように、周辺を分けることだ」
湊はその言葉で、昨日のことを思い出した。
中核の境界を壊さず、周辺の設備へ負荷を逃がした。
あれもつまり、「一箇所で抱え込ませない」設計だった。
四回目は、湊が最初から“全部を守る”のをやめた。
吊り荷対策は一点だけ。
熱遮断は通路の右半分だけ。
停止条件も必要最低限。
ただし、削ってはいけない部分は残す。
「ここだけ厚くして」
湊は式盤の一点を示した。
「吊り荷の真下だけ。ほかは流していい」
「熱は?」
「通路の右側だけ切る。左は受ける」
「片側だけ熱い通路になる」
「三歩なら走れる」
神崎は少し考え、それから頷いた。
「分かった」
立花の合図で神崎が走らせる。
今度の術式は軽い。
だが軽いだけではない。
必要な場所だけが、ちゃんと粘る。
吊り荷の真下にだけ光の柱が立ち、通路の右半分だけが熱を切る。
左側は熱い。だが、抜ける道は分かる。
神崎が飛び込み、人形を抱え、三歩で戻る。
吊り荷が一度揺れたが、中核にした一点だけが持った。
「八十一秒」
時間内。
しかも、余裕がある。
神崎は少し息を荒くしながら、湊を見た。
「今のはよかった」
素直な感想だった。
湊も頷く。
「君が中核だけ見てくれれば、あとは周辺で持てる」
言った瞬間、神崎の表情が止まった。
「……中核だけ?」
「そこが一番重いから」
「じゃあ私は、重いところだけ持ってればいいってこと?」
湊はそこで初めて、自分がまずい言い方をしたらしいと気づく。
理屈の上では間違っていない。
でも神崎の顔から、さっきまであった手応えが消えていく。
「私は昨日も今日も、そういう扱いばっかり受けてる」
神崎は静かに言った。
「高出力者だから、中核を握ればいい。細かい判断は後ろがやる。
そういう言い方」
湊は言葉に詰まる。
「私、自分で何を守って、どこで止めるかまで見たい。
分からないまま重いところだけ持つの、嫌なんだよ」
それだけ言って、神崎は手袋を外した。
「今日は帰る」
そのままドームを出ていく。
静かになったあと、立花が聞く。
「白瀬。今の何がまずいか分かるか」
「……正しいことを言ったつもりです」
「そうだろうな」
黒瀬が代わりに言う。
「お前は人間相手にも、最適化を先にやる」
その意味を、湊はすぐには飲み込めなかった。
実習棟を出て寮へ向かおうとした時、柱の影から声がした。
「白瀬」
鷺ノ宮理緒。情報鑑識科の新入生だった。
薄い端末を抱え、待ち伏せしていたように立っている。
「ちょっと確認したい」
「何」
「昨日の実習ログ。演習用の匿名化版を見た」
理緒は端末を少し持ち上げる。
「あなたが入れた補助、普通の一年生のやり方じゃないよね。
止めたんじゃなくて、中核を残したまま施設側に負荷を逃がしてる」
湊は答えなかった。
理緒は構わず続ける。
「その書き方、どこで覚えたの?」




