学校が見るのは、助けた事実より区分だ
人を助けたことと、学校に評価されることは、あまり同じ意味ではない。
翌朝、校内はもう、昨日の事故を半分忘れた顔をしていた。
第一実習ドームの前には立入制限の札が出ているが、それ以外は普段通りだ。
湊は管理棟の小部屋で、昨日の一次報告を見ていた。
第一実習ドーム境界不安定化事案・一次報告
収束措置:教員指導下における補助入力および緊急退避手順により収束
自分の名前はない。
なくて当然だ、と湊は思う。
学校としては、教師の管理下で収束したことにしなければならない。
もし「一年生が現場判断で旧式設備へ割り込んだ」とそのまま書けば、別の問題になる。
正しい。
正しいのだが、少しだけ腹が立った。
「不満か」
立花匡介が机に手をついたまま聞く。
「……いえ」
「あるなら言え。採用するとは限らんが」
湊は少し迷ってから答えた。
「学校としてはそう書くのが正しいと思います」
「そうだな」
立花は頷いた。
「問題は別だ。お前、なんであのドームの癖を知ってた」
「父が法器整備をやってます。自治体の払い下げ設備も店に来るので。旧式の公共安全格子は、止め方を誤ると反射が返ることがある」
立花は少しだけ目を細めた。
「触って覚えたのか」
「……たぶん」
「普通の新入生は、避難マーカーを負荷の逃がし先に使おうとは思わん」
それは、その通りだった。
新品を教科書どおりに使う授業と、壊れかけの設備を延命する整備所では、身につくものが違う。
湊が覚えたのは「何が正しいか」より、「今ある物でどう持たせるか」だった。
立花は報告書を閉じた。
「褒めてるわけじゃない。昨日のお前の判断は、結果として正しかった。だが、いつでも許されるわけじゃない」
「……はい」
「神崎も同じだ。範囲を欲張り、削りすぎた。お前は踏み込みすぎた。どっちも放っておけん」
管理棟を出ると、廊下の向こうから神崎灯が歩いてきた。
昨日より顔色は戻っているが、まだ少し乾いた感じがある。
「先生、何て言ってた」
いきなりそう聞かれた。
「放っておけないって」
「私も同じ」
神崎はそれだけ言って、すぐ本題へ入る。
「昨日のこと、ちゃんと教えて。私、どこで失敗したの」
その聞き方は、責めるより知りたいに近かった。
だから湊も、できるだけそのまま答える。
「短縮したこと自体は悪くない。
でも君の術式は、“守り続ける”方へ強く寄りすぎてた。止まるための条件と、余った負荷を逃がす先が足りなかった」
神崎が少し眉を寄せる。
「負荷って、昨日何回も言ってたやつ?」
「魔法を動かし続けた時に、術者とか設備が受ける無理のこと。
昨日は、その無理を全部、境界の中と君が抱え込む形になった」
「……私が一体増やしたから」
「増やすこと自体が悪いって言ってるわけじゃない。増やすなら、そのぶんだけ設計を変えないといけなかった」
そこへ校内放送が割って入った。
『執行工学科新入生、および高出力適性区分A以上の学生は、第三講義棟へ集合してください。実習装備貸与および奨学支援説明を行います――』
神崎が顔をしかめる。
「呼ばれてる」
「みたいだな」
「白瀬は?」
「呼ばれてない」
神崎は少しだけ意外そうな顔をした。
昨日の出来事だけ見れば、湊も何か特別扱いされると思ったのかもしれない。
だが、この学校がまず見るのは別の数字だ。
この世界では、魔法は知識があれば誰でも使える。
けれど、同じ術式をどれだけ強く、長く、安定して使えるかには個人差がある。
それを学校では、出力、制御、耐負荷、適性などの区分で管理している。
午前中、その区分が正式に掲示された。
白瀬湊 核式設計科
実習安全区分:C
出力評価:C-
制御評価:A
設計補助適性:A
推奨進路:後方支援・設備設計・監査
掲示端末の前で、何人かが小声で話す。
「昨日のやつ、出力Cなんだ」
「でも制御Aと設計補助Aか」
「現場というより後方支援向きだな」
悪意があるわけではない。
それがいちばん厄介だった。
学校は人を怒鳴って分けるのではなく、数字で分ける。
その数字で奨学支援も、実習装備も、将来の声のかかり方も変わる。
核式設計科の教室へ入ると、担任の黒瀬冬真が教卓の前に立っていた。
眠そうな顔なのに、声は妙に通る。
「座れ」
それだけで教室が静まる。
黒瀬は電子黒板に一文だけ出した。
魔法設計士とは、強い魔法を撃つ人間ではない。壊れずに現場を通る魔法を設計する人間だ。
教室が少しざわつく。
想像していたより地味だと思った者もいるのだろう。
黒瀬は気にせず続ける。
「お前らは前線の英雄になる学科じゃない。だが、医療も救助も設備保守も、設計側が手を抜いた瞬間に事故る。
優秀な一人に全部を背負わせる設計は、現場では欠陥だ。覚えとけ」
湊はその言葉に少し引っかかった。
昨日、自分がやったのも結局は「一人に全部を背負わせない」ための設計だったからだ。
昼休み、食堂へ向かおうとしたところで、窓際にいた神崎が体を起こした。待っていたらしい。
「見た」
「何を」
「区分」
神崎は率直に言った。
「昨日あれだけやって、出力Cなんだ」
「そうだけど」
「……じゃあ、なんであれを直せたの」
湊は少し考えてから答えた。
「押し切ったんじゃない。止まる形に組み直しただけ。
俺は前で押す方じゃない」
「設計ってこと?」
「たぶん」
「たぶん?」
「設計って、きれいな術式を書くことじゃないだろ。現場で抱えきれないものを、どこに流すか決めることだと思う」
神崎は少し考える顔をした。
昨日より、話を理解しようとしているのが分かる。
「私、さっきの説明会で、特別装備とか奨学支援とかの話された」
「へえ」
「断るのは自由って言われた。でも、断った後まで自由かは誰も言わなかった」
その言い方で、湊は少し黙った。
制度は入口の自由までは説明する。
その先の空気までは保証しない。
神崎は視線を戻す。
「だから、せめて失敗した理由くらいは自分で分かりたい」
「君の魔法は、守る力が足りなかったんじゃない」
湊は言う。
「抱え込みすぎたんだ」
神崎はそこで、ようやく少しだけ頷いた。
その時、廊下の向こうから黒瀬が歩いてきた。
「二人とも、放課後空けとけ」
嫌な予感しかしない言い方だった。
放課後、実習棟の小会議室で、立花と黒瀬が待っていた。机の上には封筒が二つ。
「処分じゃない」
立花が先に言う。
「補講だ」
中に入っていた紙には、同じ文字が印字されていた。
共同執行補講 実施通知
指定ペア:白瀬湊 / 神崎灯
数秒、会議室が静まる。
最初に口を開いたのは神崎だった。
「なんで私が、こいつと」
立花は即答する。
「昨日、実際に収束した組み合わせだったからだ」
黒瀬が続ける。
「相性がいいから組ませるんじゃない。偶然で済ませていい組み合わせか、学校側が確認したい」
湊は通知を見下ろしたまま思う。
最悪だ。
だが学校の理屈は分かる。
自分一人では押し切れない。
神崎一人では抱え込みすぎる。
だったら組ませる。
学校はそう考える。
合理的だ。
合理的であることと、嬉しいことは別だった。
向かいの神崎も、ほとんど同じ顔をしていた。




