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共鳴分散式の魔法設計士  作者: deanagron


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1/6

最初の実習と、止まらない魔法

東都位相工学高専の入学初日は、入学式で終わらない。


午後にはもう、魔法の実習がある。


それは試験というより、学校側が新入生の癖を見るための最初の確認だった。

誰が丁寧に組むか。

誰が力で押し切ろうとするか。

誰が焦ると手順を飛ばすか。

そういうものは、座学より早く実技に出る。


白瀬湊は、第一実習ドームの安全線の外に立ちながら、透明な式盤を片手で持ち直した。


式盤は、この時代の魔法に欠かせない端末だ。

魔法といっても、この世界では願えば勝手に起こるものではない。術式――何をどう変えるかを決めた設計図のようなもの――を組み、それを式盤から起動する。


難しいのは、起動そのものではない。

何を守るか、何を切るか、どこで止めるかを間違えないことだ。


実習ドームの中央には、四メートル四方の白線で囲われた「退避区画」があった。

その中には実習補助役の上級生が三人、黄色いダミー人形が一体、立っている。

その外、白線のすぐ外側に、もう一体だけ黄色いダミー人形が置かれていた。


教師役の立花匡介が、全員に聞こえる声でルールを説明する。


「よく聞け。今日の課題は緊急退避境界の展開だ。白線の内側にいる三名と、赤タグのダミー一体を十秒守れ」


立花は、白線の外にあるもう一体のダミーを指した。


「外の黄タグは評価対象外だ。現場では全部助けたいと思うだろうが、今日は優先順位も評価する」


生徒たちの間に、少しだけざわめきが走る。

湊もそこは理解した。

この実習は、単に壁を出せるかどうかではなく、「どこまでを守ると決めるか」も見ている。


立花はさらに続けた。


「採点は三つだ。

一つ、五秒以内に境界を立ち上げること。

二つ、十秒間、退避区画を維持すること。

三つ、俺の『解除』の合図で三秒以内に安全に畳むこと」


そこで一拍置き、はっきり言った。


「起動できるだけじゃ失格だ。止められる術式だけが術式だ」


今の説明で、その意味は明確だった。

立てること、守ること、そして安全に消せること。

その三つがそろって初めて、この学校では「使える魔法」と見なされる。


安全線の内側には、立花のほかに教員が二人いた。

一人は医療担当で、ドームの出入口脇に待機している。

もう一人は中央制御卓の前に立ち、実習中の術式ログと緊急停止系を監視していた。


新入生たちは半円状に並ばされ、一人ずつ前に出て、操作者用の起動位置で術式を行使する。

退避区画の中にいる三人の上級生は、守られる側を演じる役だ。

つまり、術者は白線の外から白線の内側を守る。


ここまでくれば、初見の生徒にも何をすべきかは分かる。

問題は、その上でどこまで欲張るかだ。


「次、神崎」


呼ばれて前に出たのは神崎灯だった。


救助実技推薦枠。

行使能力が高いと入学前から知られていた新入生。

湊はそういう肩書きにあまり興味がないが、実際の動きを見れば、たしかに普通ではないと分かる。


神崎は起動位置に立つと、式盤に短い入力を入れた。

詠唱は最小限。指先の操作も速い。


術式を一から読むのは無理でも、湊には分かる。

あれは、かなり思い切って行数を削っている。

守る範囲を決め、補強を入れ、停止条件も最低限だけ残す。そういう、速度優先の組み方だ。


透明な境界が、白線の周囲に立ち上がる。


速い。


それだけなら、ただ上手いで終わった。

だが次の瞬間、神崎の視線が、白線の外にある黄タグのダミーへ向いた。


あれも拾う気だ。

湊はそう思った。


白線の外は評価対象外だ。

でも神崎は、白線の縁ぎりぎりまで境界を広げた。

評価外の一体も入れようとしたのだ。


その瞬間、警報音が鳴った。


境界が一度、異様に膨らむ。

そして上から落ちたコンクリ片を弾き返し――外ではなく、内側へ跳ね返した。


「全員、二列退避! 安全線から下がれ!

医療担当、入口固定!

制御卓、外部強制停止は待て!」


立花の声が飛ぶ。


生徒たちが一斉に下がる。

区画の中では、赤みを帯びた境界が脈打つように厚くなっていた。

白線の内側にいた三人の上級生と赤タグのダミー、さらに神崎が無理に入れようとした外側の黄タグダミーまで、中に巻き込まれている。


神崎灯は境界の外にいるはずだった。

だが、広げた瞬間に自分も前へ踏み込み、保持位置が境界のすぐ近くになっていた。

今は片膝をつき、片手を前に出して術式を維持しようとしている。

押さえているのに、境界は薄くならない。


ただ魔法が強すぎる、という感じではない。


湊は安全線の外から壁際の観察モニタへ目を向けた。

そこには、実行中の術式ログが簡略表示されている。


守る。

補強。

危険判定。

守る。

補強。

危険判定。


止める行がない。


つまり、この境界には停止条件が足りていない。

十秒守ったら消える、危険値を超えたら切れる、教師の解除命令で畳む。

そういう「終わり方」が抜けているから、術式はひたすら守ろうとし続ける。


しかも、あの表示形式は古い。


湊は一瞬で気づいた。

第一実習ドームのこの区画、制御系が旧式の公共安全格子だ。

父の整備所にたまに回ってくる、自治体払い下げの避難設備と同じ世代。


旧式の公共安全格子には、癖がある。

停止条件が不完全な術式を流し込まれると、「危険が残っている限り守り続けろ」という側に勝手に寄る。

そして守り続けるための負荷は、術者か設備か空間のどこかに押しつける。


このまま外から乱暴に壊せば、押し返された負荷が神崎灯に返る。


制御卓の教員が緊急停止系を開きかけた時、湊は思わず声を上げていた。


「外から切らないでください!」


何人もの視線が集まる。

立花だけは、すぐ怒鳴らなかった。


「理由を言え!」


「停止条件が抜けてます! しかもこれ、旧式の公共安全格子です!

外から強制停止すると反射が中に返ります!」


「名前!」


「白瀬湊、核式設計科です!」


「できるのか!」


「壊さず抜くなら、三十秒ください!」


内側でコンクリ片がまた境界に当たり、嫌な音を立てた。

立花は一秒だけ迷い、それから制御卓の横に置かれていた補助端末を湊へ投げた。


「補助入力だけだ! 余計なことはするな!」


「はい!」


湊は端末を受け取り、補助卓へ走る。


足りないのは力ではない。

出口だ。


今、中に溜まっている負荷をその場で消すことはできない。

なら、どこか別の場所へ逃がすしかない。


湊はドームの中を見た。


床を走る青い避難誘導線。

出口上の非常マーカー。

壁の退避灯。


古い公共安全格子では、こうした設備同士が薄くつながっていることがある。

普段はただの案内表示だが、緊急時には低出力の補助層として開く。

つまり、境界に溜まった負荷の受け皿にできる。


父の整備所で何度も言われた。


一箇所に抱え込ませるな。逃がし先を先に考えろ。


湊は補助端末に線を引く。


中核の境界は壊さない。

左側だけ補強を薄くする。

そこから床の誘導線と非常マーカーへ、細い逃がし路を一本通す。


「神崎!」


赤い境界の向こうで、神崎が顔を上げた。


「三つ数えたら、左側だけ出力を半分に落として!

全部じゃない、左だけ!」


聞こえているか分からない。

だが神崎は、わずかに視線を寄こした。


「三! 二! 一!――今!」


神崎の左手が少しだけ引かれる。


その瞬間、境界の左側に細い裂け目ができた。

湊はそこへ逃がし路を接続する。


床の青い誘導線が強く光り、出口標識が白く瞬いた。

赤い境界の厚みが、そちらへ滑るように流れていく。


「開いた! 中の三人、右から出せ!」


教師と補助員が飛び込み、区画内の上級生たちを外へ出す。

神崎は最後まで残り、赤タグのダミーと、巻き込んだ黄タグのダミーを押し出してから、自分も外へ出た。


次の瞬間、赤い境界は砕けて消えた。


静かになったドームで、湊は初めて自分の手が震えていることに気づく。

三十秒くれと言ったが、体感では三秒もなかった。


「白瀬」


立花が前に立つ。


叱られる、と湊は思った。

実際、叱られて当然だ。助かったことと、勝手に踏み込んだことは別だ。


だが立花はまず、湊の顔色を見た。


「立てるか」


「……はい」


「後で話を聞く。今は端末から手を離せ」


周囲では、少しずつざわめきが戻ってきている。


「今の、誰がやった?」

「神崎じゃなくて?」

「設計科の……」


名前ではなく、役割で見られる世界だ。

まだ入学初日なのに、そのことだけはもう分かった気がした。


そのざわめきを割って、神崎灯が歩いてきた。

頬は青いのに、背筋だけは妙にまっすぐだ。


彼女は湊の前で止まり、数秒、まっすぐ見た。


それから聞いた。


「今の、私の魔法を止めたんじゃないよね」


湊は何も言わない。


神崎はさらに言う。


「逃がし先を作ったの?」

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