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「最善を尽くせ。そして、それは一流でなければならない」  作者: velvetcondor guild


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静かな革命

冬の終わりだった。


東京の空は澄んでいるのに、どこか色を失って見えた。

風は吹いている。確かに吹いている。

だが、その風を感じている者は、驚くほど少なかった。

耕作は、窓際の席に座り、通りを歩く人々を眺めていた。

誰もが忙しそうに歩いている。

スマートフォンを見つめ、何かに追われているように。

しかし――

彼らが追われている「何か」は、

実在するものではなかった。


「見えない秩序だな。」

背後から声がした。


ミンジュンだった。

彼はコートを脱ぎ、耕作の向かいに座った。

「見えない秩序?」


耕作は問い返した。

ミンジュンは頷いた。

「誰も命令していないのに、

 誰もが同じ方向に歩いている。」

少し間を置いて、彼は続けた。

「これが、三流の社会の完成形だ。」


耕作は笑わなかった。

それは冗談ではなかったからだ。


「三流の社会はな、耕作。」


ミンジュンは静かに言った。


「強制によって支配されない。」

「同調によって支配される。」


耕作は窓の外を見た。

確かに誰も強制されていない。

しかし、誰も逸脱していない。

それは自由のようでいて、

最も強固な不自由だった。


「一流の社会は違う。」


ミンジュンは続けた。


「一流の社会は、不均一だ。」

「理解できない者が存在する。」

「理解できない者が、存在を許される。」


耕作はゆっくりと頷いた。

彼は思い出していた。

釜山で出会った者たちを。

済州島で出会った者たちを。

そして、世界の様々な場所で出会った者たちを。

彼らは皆、どこかで「浮いて」いた。


だが――

彼らは沈まなかった。

むしろ、浮いている者たちが、

新しい流れを作っていた。


「三流はな。」

ミンジュンはコーヒーを口にした。

「異物を排除する。」

「二流は、異物を利用する。」

「一流は、異物を保護する。」


耕作は、静かにその言葉を繰り返した。

「保護する……」


ミンジュンは頷いた。

「なぜだと思う?」


耕作は少し考えた。

そして答えた。

「未来は、異物からしか生まれないからだ。」


ミンジュンは笑った。

「正解だ。」


それは、嬉しそうな笑いではなかった。


確認の笑いだった。

「三流は、現在を守ろうとする。」

「二流は、現在を改善しようとする。」

「一流は、現在を壊すことを恐れない。」


外を歩く人々は、相変わらず同じ速度で歩いていた。

誰も壊そうとはしていない。

誰も疑っていない。

それが「普通」だからだ。


耕作は言った。

「だが、壊す者は嫌われる。」


ミンジュンは即答した。

「当然だ。」

「壊す者は、現在を否定する存在だからだ。」

彼は続けた。

「だがな、耕作。」

「一流になる者は、嫌われることを恐れない。」

「恐れるのは――」

彼は一度言葉を止めた。

「自分が、自分を裏切ることだけだ。」


その言葉は、静かだった。

だが、重かった。


耕作は思い出していた。

自分が、何度も「安全な道」を選びそうになった瞬間を。

誰も反対しない道。

誰も疑わない道。

誰も傷つかない道。

だが、その道の先には――

何もなかった。


ミンジュンは窓の外を見た。

「革命はな。」

彼は言った。

「叫び声から始まると思われている。」

「だが、本当は違う。」


耕作は聞いた。

「どう始まる?」


ミンジュンは答えた。

「一人の沈黙から始まる。


耕作は黙った。

ミンジュンは続けた。

「誰も疑わないときに、疑う者。」

「誰も止まらないときに、止まる者。」

「誰も考えないときに、考える者。」

「それが、最初の革命だ。」


外の風が、少し強くなった。

看板が揺れた。

だが、歩く人々の速度は変わらなかった。

彼らは風を感じていない。

いや――

感じないことを選んでいる。


ミンジュンは言った。

「革命とは、外側の出来事ではない。」

「内側の決断だ。」


耕作は、その言葉の意味を理解していた。

それは、職業を変えることではない。

国を変えることでもない。

自分の「見方」を変えることだ。

世界は、突然変わるのではない。

自分の見る世界が、変わるのだ。


「耕作。」

ミンジュンは静かに言った。

「一流になる者はな。」

「世界を変えようとは思わない。」


耕作は少し驚いた。

「思わない?」


「思わない。」

ミンジュンは断言した。

「彼らは、自分を変える。」

「そして結果として、世界が変わる。」


それは、力による支配ではなかった。

存在による変化だった。

強制ではない。

重力だった。


耕作は尋ねた。

「なぜ、多くの者は変わらない?」


ミンジュンは答えた。

「変わると、孤独になるからだ。」


耕作は、何も言わなかった。

それは真実だった。

変わる者は、

同じ景色を見ている者たちと、同じ言葉を話せなくなる。

同じ笑いに笑えなくなる。

同じ恐怖を恐れなくなる。

それは自由だった。

そして――

孤独だった。


ミンジュンは立ち上がった。

「だがな。」

彼は言った。

「その孤独の先にしか、一流は存在しない。」


耕作も立ち上がった。

二人は店を出た。

風は、確かに吹いていた。

見えない風。

止めることは出来ない。

だが――

読むことは出来る。

そして、読む者だけが、

次の時代を歩く。

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