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婚約破棄された聖女は奇跡を独占しない ―婚約破棄された回復職は、帰還兵と医療国家をつくる―  作者: 冬月シオン


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第9話 制度という名の防壁

 疫病の収束宣言が出た翌日、修道院の門前には人が列をなしていた。


 発熱は収まった。だが後遺症が残る者、家族を失った者、仕事を失った者。


 奇跡は使われなかった。


 だが、その結果として、別の需要が生まれていた。


「先生、息切れが……」


「夜になると咳が止まらない」


「仕事に戻れないと、食べていけません」


 リシェルは一人ひとりを診る。


 外科、呼吸訓練、栄養指導。


 時間のかかる処置ばかりだ。


「これでは足りませんね」


 アベルが言う。


 彼は今、患者名簿を管理している。


「人手が」


「ええ」


 奇跡に頼らない医療は、人手を食う。


 その日の午後、王城から正式な招集が来た。


 今回は公的な会議だ。


 疫病対策の検証。


 大広間には、以前よりも多くの貴族が集まっている。


 評価と、責任の所在を決める場。


「結果は出た」


 軍務卿が言う。


「封鎖政策により、感染は収束した」


 だが続ける。


「経済損失は甚大だ」


 商業地区の被害報告が読み上げられる。


「奇跡による一斉回復を選ばなかった判断は、妥当だったのか」


 視線がリシェルに向く。


「妥当です」


 はっきりと言う。


「再発を防ぎました」


「だが奇跡ならば、もっと早く収まった可能性もある」


「短期的には」


 リシェルは机上の資料を広げる。


「再発率の推定値です。一斉回復を行った場合、二週間以内に第二波が発生する可能性は六割以上」


 ざわめき。


「根拠は」


「南区の小規模回復事例。感染速度と接触数の推定から算出しました」


 ロザリアが冷ややかに言う。


「推定は推定だ」


「はい。ですが奇跡は確実ではありません」


 王子が口を開く。


「では、どうすればよい」


 それを待っていた。


「常設の医療制度を設けます」


 静まり返る。


「疫病時のみならず、平時から衛生管理と基礎医療を行う組織」


「莫大な費用がかかる」


「戦場での再出撃費用より安価です」


 軍務卿の眉が動く。


「帰還兵の再訓練、装備更新、補充。戦場での回復による再出撃率は高い。だが後遺症による離脱も多い」


 資料を示す。


「段階的治療と社会復帰支援を組み合わせれば、労働力として再配置可能です」


「兵を兵でなくすというのか」


「兵でなくても、人です」


 会議室に、重い沈黙。


「聖女制度は、一人に奇跡を集中させます」


 リシェルは続ける。


「その結果、戦場は延命し、都市は奇跡に依存する」


「だから廃止せよと?」


 ロザリアの声。


「いずれは」


 ざわめきが爆発する。


「無礼だ!」


「神への冒涜!」


「落ち着け」


 レオンハルトの一声で静まる。


「……代案は」


「医療資格制度」


 言葉を置く。


「回復適性のある者を選抜し、複数で負荷を分散。外科・薬学・衛生学を体系化。奇跡は最後の手段とする」


「聖女を特別視しないと?」


「個人に背負わせない」


 王子はしばらく考え込む。


「君がその長になるのか」


「違います」


 首を振る。


「私は設計者です。制度は、個人に依存してはならない」


 その言葉は、王子に向けられていた。


 会議は紛糾したが、結論は持ち越しとなった。


 だが一つだけ決まった。


 修道院は正式に「臨時医療院」として認可される。


 小さな勝利。


 城を出ると、夕暮れが王都を染めている。


「敵が増えたな」


 エルマーが隣で言う。


「味方も」


 リシェルは答える。


 背後から足音。


 振り返ると、ロザリア大司教が立っていた。


「聖女制度を廃すなど、軽々しく口にするな」


「軽くはありません」


「奇跡は神の証だ」


「証がなくても、人は生きられます」


 ロザリアの瞳が細くなる。


「お前は、いずれ奇跡そのものを否定する」


「否定しません」


 静かに返す。


「必要なときに使うだけです」


 大司教は何も言わず、去った。


 夜。


 修道院では灯りが増えていた。


 臨時医療院としての看板が掲げられる。


 アベルがそれを見上げる。


「俺たちの場所だ」


「ええ」


 だがこれは始まりにすぎない。


 制度は、敵を作る。


 奇跡に依存していた者たち。


 奇跡で利益を得ていた者たち。


 そして――戦争を続けたい者たち。


 遠くで軍鼓が鳴る。


 隣国との緊張は、まだ解けていない。


 奇跡の限界は示された。


 だが戦争の限界は、まだ見えていない。


 リシェルは静かに息を吐く。


 制度という名の防壁を築くには、時間がいる。


 その時間を、守らなければならない。


 奇跡ではなく。


 意志で。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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