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婚約破棄された聖女は奇跡を独占しない ―婚約破棄された回復職は、帰還兵と医療国家をつくる―  作者: 冬月シオン


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第29話 最後の全快

 崩落は、夜明け前に起きた。


 国境沿いの峡谷で、大規模な地滑り。


 停戦監視のために駐屯していた両国兵が、巻き込まれた。


 岩と土砂に埋まり、退路を塞がれ、川がせき止められる。


 放置すれば、下流の村も沈む。


 急報は王都と隣国首都へ同時に届いた。


「共同救助を要請する」


 隣国医療総監イリーナの書簡は簡潔だった。


 王子は即断する。


「王立医療院を派遣」


 リシェルも同行した。


 峡谷に着いたとき、すでに隣国の外科班が動いていた。


 奇跡はない。


 血と泥にまみれ、黙々と掘り進めている。


 イリーナが振り返る。


「時間がない」


 川の水位が上がっている。


 岩盤の下に、まだ生存者が十数名。


 だが問題は、その奥。


 巨大な岩に挟まれ、動かせば崩れる。


「段階回復で支えながら引き出す」


 リシェルが指示する。


 十人の回復班が配置につく。


 呼吸を合わせる。


 光が重なる。


 挟まれた兵の内出血を抑え、骨を固定。


 だが――。


「次が持たない!」


 軍医が叫ぶ。


 さらに奥から微かな声。


 子ども。


 監視隊の家族が巻き込まれていた。


 岩盤は不安定。


 引き出せば全体が崩れる。


 十人では支えきれない。


 イリーナが低く言う。


「一人で一気に完全固定できれば……」


 沈黙。


 視線が、リシェルに向く。


 軍務卿の使者が駆けつける。


「殿下は判断を委ねると」


 委ねる。


 つまり。


 全快を使えば救える。


 だが代償は読めない。


 もう奇跡を失うかもしれない。


 セレナが震える声で言う。


「先生」


 杖はない。


 だが顔は青い。


「私たちがいます」


「間に合わない」


 イリーナが事実を告げる。


「水位はあと一刻」


 崩れれば全員圧死。


 独占の誘惑が、甘く囁く。


 ――救える。


 ――示せ。


 ラウレンツの言葉がよぎる。


 象徴になれ。


 だが今は違う。


 象徴ではない。


 目の前の命。


 子どもの泣き声が、岩の奥から微かに響く。


 リシェルは目を閉じる。


 延命を拒んできた。


 独占を拒んできた。


 だが今。


 使わなければ、確実に失われる命がある。


「条件があります」


 顔を上げる。


 全員が息を呑む。


「これが最後です」


 セレナが目を見開く。


「先生」


「最後の全快」


 十人に向き直る。


「支えてください」


 イリーナに言う。


「外科班は固定準備を」


 全員が動く。


 リシェルは岩盤に手を当てる。


 奥の生命の震えを感じる。


 深く、深く呼吸する。


 奇跡は、国のものではない。


 誰か一人のものでもない。


 だが今だけ。


 この瞬間だけ。


 集中する。


 光が、爆ぜる。


 峡谷を白が満たす。


 岩盤内部の圧力を一瞬で分散。


 挟まれた身体を完全固定。


 水位の圧迫を止める。


 十人の光が重なり、受け止める。


 外科班が一気に引き出す。


 子どもが抱え上げられる。


 泣き声。


 生きている。


 兵も、全員。


 崩落は止まる。


 川の水位が下がる。


 光が収束する。


 静寂。


 リシェルの膝が崩れる。


 セレナが抱き止める。


「先生!」


 意識が遠のく。


 最後に見えたのは。


 十人の光が、まだ揺れている姿。


 独占ではない。


 支えられている。


 そして――。


 奇跡が、静かに、途切れた。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


あと数話で完結となります。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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