第28話 奇跡の共有
講和交渉は、予想よりも静かに進んでいた。
隣国は奇跡の“全面停止”には固執しなかった。
代わりに提示してきたのは――
戦場における完全回復の禁止。
段階回復のみ許容。
それは、王立医療院がすでに実践している方式と重なる。
「敵は分析している」
カトリーナが言う。
「奇跡依存を断ち切れば、我が国の戦術は変わると」
「そして敵も変わる」
王子が応じる。
軍務卿は苦い顔だ。
「決定打は出ない」
「壊滅も出ない」
リシェルは静かに言う。
それが共有の戦い方。
派手ではない。
だが持続する。
王城の大広間に、最終案が提示された。
――聖女の軍事利用を段階的に縮小。
――完全回復は王命特例のみ。
――回復適性者の分散育成を国家政策とする。
――講和成立後、相互不可侵条約締結。
ざわめきはあった。
だが以前のような怒号はない。
揺れた末の、疲労と理解。
ラウレンツが立ち上がる。
「信仰は守られるのか」
王子は答える。
「奇跡は消さない」
「だが独占は」
「しない」
沈黙。
セレナが一歩前へ出る。
杖はもう持っていない。
「私は完全回復ができません」
静かな告白。
「でも奇跡はあります」
両手を広げる。
淡い光が灯る。
隣に立つ訓練生たちも、同時に光を灯す。
十の光。
重なり、柔らかく広がる。
軍医が息を呑む。
「安定している……」
大怪我の兵が前へ出る。
深い裂傷。
十人が呼吸を合わせる。
光が重なる。
傷が、ゆっくりと閉じる。
完全ではない。
だが確実に、命を守る光。
沈黙。
ラウレンツの目が細くなる。
「……弱くない」
「弱くありません」
リシェルが答える。
「分けただけです」
王子が宣言する。
「奇跡共有政策を正式採用する」
その言葉は、以前よりも重い。
軍務卿は深く息を吐く。
「戦い方が変わるな」
「ええ」
カトリーナが頷く。
「だが壊れにくい」
ラウレンツはしばらく黙り、やがて言う。
「聖女は一人でよいという時代は、終わったか」
「終わりました」
セレナが言う。
「私は一人じゃない方がいいです」
その素直さに、広間の空気がわずかに和らぐ。
講和条約は締結された。
戦は、いったん止まる。
王都に鐘が鳴る。
勝利の鐘ではない。
終戦の鐘。
医療院の屋上。
夕暮れの空を、十の光が静かに照らしている。
セレナが隣に立つ。
「怖くないです」
「何が」
「一人じゃないから」
リシェルは微笑む。
「奇跡は、独占されるほど弱くなります」
空を見上げる。
「共有すれば、強くなる」
王城の塔には、まだ王冠がある。
揺れたが、落ちなかった。
奇跡も同じだ。
揺れた。
だが消えなかった。
形を変えただけだ。
独占の時代は終わり、共有の時代が始まる。
それは静かな革命。
血を流さない改革。
だが決して、楽な道ではない。
それでも。
誰か一人を削るよりは、ずっといい。
夕陽が沈む。
新しい時代の始まりにしては、静かすぎる。
だが確かに。
奇跡は、もう国のものではなかった。
誰か一人のものでもなかった。
それは、人と人の間にある光へと変わったのだから。
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